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マルファン・リポジストロフィー症候群とは?原因・症状・診断・治療をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

マルファン・リポジストロフィー症候群(MFLS)は、FBN1遺伝子の「エクソン64」という特定の場所に集中して起こる変異によって生じる、世界で報告が10例に満たない超希少な遺伝性疾患です。生まれつき皮下脂肪がほとんどつかない「部分性脂肪萎縮」、老けて見える「早老様(そうろうよう)の顔つき」、そしてマルファン症候群によく似た高身長・関節のやわらかさという3つの特徴を併せもちます。この病気の研究から、食欲と血糖をあやつる新ホルモン「アスプロシン」が発見され、肥満や糖尿病の治療にも光を当てました。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 FBN1遺伝子・脂肪萎縮症・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. マルファン・リポジストロフィー症候群とは、どんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. FBN1遺伝子のエクソン64に集中して起こる特殊な変異が原因の、極めてまれな遺伝性疾患です。「部分性脂肪萎縮(皮下脂肪がほとんどつかない)」「早老様の顔つき」「マルファン症候群に似た骨格・心血管・眼の異常」を主な特徴とします。本物の早老症(プロジェリア)とは違い、知能や精神運動の発達は正常です。

  • 疾患の定義 → OMIM 616914、常染色体顕性(優性)遺伝、世界で報告10例未満の超希少疾患
  • 分子メカニズム → エクソン64の変異がNMDを回避し、新ホルモン「アスプロシン」が欠損する
  • 主な症状 → 部分性脂肪萎縮・早老様顔貌・マルファン様の骨格/心血管/眼の異常
  • 代謝のパラドックス → 脂肪がつかないのに糖尿病になりにくい、という不思議な体質
  • 診断・管理 → 遺伝子検査による確定、心血管モニタリング、特殊な栄養管理

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1. マルファン・リポジストロフィー症候群とは:疾患の定義

マルファン・リポジストロフィー症候群(英語名:Marfanoid–progeroid–lipodystrophy syndrome、略してMFLSまたはMPL/OMIM 616914)は、(1)結合組織の異常、(2)生まれつきの部分的な脂肪萎縮、(3)老けて見える顔つき(早老様顔貌)——という3つの特徴を併せもつ、常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとる超希少疾患です。2016年の時点で世界の報告数は10例未満とされ、そのほとんどが家族に同じ病気の人がいない「孤発例(こはつれい)」です。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝

「常染色体」とは、性別を決めるX・Y染色体以外の染色体のことです。「顕性(けんせい)」は、以前は「優性」と呼ばれていた言葉で、2本ある染色体のうちどちらか1本に変異があるだけで症状が現れることを意味します。ただしこの病気の多くは、両親には変異がなく子どもで初めて生じた「新生突然変異(de novo変異)」によって起こるため、実際には親から受け継ぐケースはまれです。遺伝のしくみは遺伝形式の解説ページで詳しくご紹介しています。

生まれつき脂肪組織がほとんどないために、新生児のころからすでに老化が進んだような見た目になります。このため過去には、別の早老症である新生児早老症候群(ウィーデマン・ラウテンシュトラウフ症候群)などと誤って診断されることがありました。しかし、次世代シーケンサーによる包括的な遺伝子解析が進んだ結果、第15番染色体長腕(15q21.1)にあるFBN1遺伝子の特定の変異が原因であることが突き止められ、「プロジェロイド・フィブリリノパチー(早老様フィブリリン症)」という独立した新しい病気として整理されました。

💡 用語解説:脂肪萎縮症(リポジストロフィー)

体の脂肪組織(脂肪をたくわえる細胞の集まり)が、生まれつき、あるいは後天的に失われる病気の総称です。脂肪は「太る原因」というイメージがありますが、本来は余分なエネルギーを安全にしまっておく大切な貯蔵庫でもあります。この貯蔵庫が足りないと、行き場を失った脂肪が肝臓や筋肉にたまり、さまざまな代謝の問題を起こすことがあります。マルファン・リポジストロフィー症候群は、この脂肪萎縮症のなかでも特殊なタイプにあたります。

そしてこの病気の発見は、単に珍しい疾患が1つ増えたという話にとどまりませんでした。病態を調べる過程で、FBN1遺伝子が単なる体の「骨組み」をつくる設計図であるだけでなく、血糖と食欲を調節するまったく新しいホルモン「アスプロシン」の前駆体(もとになるタンパク質)の遺伝子でもあることが明らかになったのです。これは内分泌・代謝医学に大きな転換をもたらす発見でした。

2. 原因遺伝子FBN1と分子メカニズム

この病気を理解するうえで核心となるのが、FBN1遺伝子の「変異が起こる場所」と、それがホルモン「アスプロシン」に与える影響です。同じFBN1遺伝子の病気でも、変異の場所が違うだけで、まったく異なる病気になります。

💡 用語解説:FBN1遺伝子とフィブリリン-1

FBN1は、体の組織に強さと弾力を与える巨大なタンパク質「フィブリリン-1」の設計図となる遺伝子です。フィブリリン-1は、組織を支える細い繊維(マイクロフィブリル)の主成分で、血管・骨格・眼・皮膚などの結合組織のしなやかさを支えています。この遺伝子に幅広く変異が起こると、よく知られた「マルファン症候群」が生じます。

変異の「極端な集中」——遺伝子の終わり際、エクソン64

古典的なマルファン症候群を起こす変異が、65個あるエクソン(遺伝子の働く部分)の全体にばらばらと分布するのに対し、マルファン・リポジストロフィー症候群の変異は、遺伝子のいちばん終わりに近い「エクソン64」(一部の表記ではエクソン65)という、ごく狭い領域に驚くほど集中しています。報告されている変異の多くは、フレームシフト変異、8塩基の欠失、あるいはスプライシング異常です。

報告されている主な変異の例:
スプライシング異常:c.8226+1G>A、c.8226+5G>A
そのほか、C末端(タンパク質の終わり側)に異常をきたすフレームシフト変異・8塩基欠失など

💡 用語解説:変異の種類(ミスセンス・フレームシフト・スプライシング)

ミスセンス変異は、DNAの1文字が変わってアミノ酸が別の種類に置き換わる変異です。フレームシフト変異は、3の倍数でない数の文字が入れ替わって「読み枠」全体がずれてしまう変異です。スプライシング異常は、設計図から不要な部分を切り取ってつなぐ工程でのミスを指します。それぞれミスセンス変異フレームシフト変異のページで詳しく解説しています。

ここで分子レベルで特筆すべきは、エクソン64の変異が、細胞の品質管理システムであるナンセンス依存mRNA分解(NMD)をすり抜ける(エスケープする)という点です。ふつう、遺伝子の途中で「未成熟な終止コドン(読み取りを止める合図)」ができると、その設計図はNMDによって壊され、異常なタンパク質はつくられません。ところがこの病気では、終わり際の変異がNMDの標的にならず、異常な短いタンパク質がそのままつくられて蓄積してしまうのです。

💡 用語解説:NMDと優性阻害(ドミナントネガティブ)

NMD(ナンセンス依存mRNA分解)は、設計図の不良品を見つけて壊す細胞の検品システムです。優性阻害(ドミナントネガティブ)は、変異でできた異常タンパク質が、正常なタンパク質の働きまで「邪魔する」現象を指します。この病気では、NMDをすり抜けた異常タンパク質が、正常なフィブリリン-1の組み立てを物理的に妨げ、さらにアスプロシンづくりも妨害します。くわしくはNMDドミナントネガティブのページをご覧ください。

新ホルモン「アスプロシン」の発見と、その欠落

この病気の解明でもっとも革新的だったのは、フィブリリン-1のもとになる「プロフィブリリン」の終わり側(C末端)の約140〜170アミノ酸が、酵素フューリンによって切り離され、血液中をめぐるまったく新しいタンパク質ホルモンとして働いていた、という発見です。このホルモンは2016年、米国ベイラー医科大学のAtul Chopra博士らによって同定され、「アスプロシン(Asprosin)」と名づけられました。

アスプロシンは主に絶食(食べていない)時に白色脂肪組織から分泌され、おもに2つの臓器に作用します。

  • 肝臓への作用(血糖を上げる):アスプロシンが肝細胞表面の受容体「OLFR734」(ヒトではOR4M1)に結合し、cAMP(環状AMP)という経路を介して、肝臓にたくわえた糖を血液へ放出させます。絶食時に血糖が下がりすぎないよう守るしくみです。
  • 視床下部への作用(食欲を高める):血液脳関門を越えて脳に届いたアスプロシンは、視床下部の弓状核(きゅうじょうかく)にある別の受容体「Ptprd」に結合します。これは肝臓のOLFR734とは別物の受容体です。ここで食欲を高めるAgRPニューロンを活性化し、強い食欲増進(摂食亢進)をもたらします。

マルファン・リポジストロフィー症候群の患者さんでは、異常タンパク質の優性阻害効果によって成熟したアスプロシンがほとんどつくられず、血液中の濃度が検出できないほど枯渇しています。その結果、極度の食欲不振におちいり、十分なカロリーを取りこめなくなって、エネルギー収支が常にマイナスに傾きやすくなるのです。

プロフィブリリンの切断とアスプロシン生成のしくみ

正常なプロフィブリリンはフューリンで切断され、結合組織をつくるフィブリリン-1と、血中をめぐる代謝ホルモンのアスプロシンを生み出す。マルファン・リポジストロフィー症候群では、終わり側の特殊な変異により、アスプロシンの生成が決定的に妨げられる。

3. 主な症状と特徴

症状は全身の複数の臓器におよびますが、大きく「部分性脂肪萎縮」「早老様顔貌」「マルファン様の結合組織異常」の3つに分けられます。

🧈 脂肪・体格

  • 部分性脂肪萎縮:顔・四肢の先端・臀部など
  • 体幹(胸・腹)の皮下脂肪は保たれる
  • 女性では乳房の発達は正常
  • 除脂肪体重(筋肉量)も減り、著しいやせ

👤 顔つき・頭部

  • 大頭症・仮性水頭症、突出した前頭部
  • 狭い鼻梁、眼球突出、後退した下顎
  • 頭皮の静脈が目立つ、新生児歯
  • 大泉門の閉鎖の遅れ

🦴 骨格・成長

  • 低出生体重のあと、急速な身長の伸び
  • クモ状指(細く長い指)、長い手足
  • 関節の過伸展(やわらかさ)、漏斗胸
  • 腰仙部の硬膜拡張

❤️ 心血管・眼

  • 大動脈基部拡張・大動脈解離のリスク
  • 僧帽弁逸脱症
  • 強度近視、水晶体偏位
  • まれに開放隅角緑内障

💡 用語解説:部分性脂肪萎縮(ぶぶんせいしぼういしゅく)

脂肪組織が「全身まんべんなく」ではなく、体の特定の場所だけ失われる状態です。見た目には全身がやせて見えますが、くわしく調べると顔・手足の先・臀部などで脂肪が乏しく、一方で胸やお腹の脂肪は保たれている、という偏りがあります。この特徴的な分布が、ほかの脂肪萎縮症と見分けるヒントになります。

「早老症に見える」けれど、本物の早老症ではない

ここで強調したい大切な点があります。マルファン・リポジストロフィー症候群は、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(HGPS)のような「本物の早老症」ではありません。HGPSが核膜タンパク質の異常によるDNA修復障害・細胞老化を本態とするのに対し、この病気の「老けて見える外見」は、あくまで皮下脂肪が物理的に乏しいことによる見た目上の現象です。

事実として、患者さんの精神運動発達は正常範囲にあり、中枢神経の退行や認知機能の低下は一切伴いません。「老けて見える」という外見の印象が、病気の本質や予後を表しているわけではないのです。

代謝の不思議:脂肪がつかないのに糖尿病になりにくい

通常の脂肪萎縮症(先天性全身性脂肪萎縮症や家族性部分性脂肪萎縮症など)では、脂肪をしまう場所が足りないために、余った脂質が肝臓や筋肉にたまり、重いインスリン抵抗性・高中性脂肪血症・早期発症の難治性糖尿病を引き起こします。ところがこの病気では、そうした典型的な代謝の合併症がほとんど見られないか、あってもごく軽度にとどまります。

理由はアスプロシンの欠損にあります。アスプロシンがないために、(1)肝臓からの糖の放出がおさえられ、(2)食欲も落ちて摂取カロリーが少なくなるため、血糖もインスリンも常に低めに保たれ、インスリンが効きやすい状態(正常血糖)が維持されるのです。メディアで広く知られたLizzie Velásquezさんも、体重が約29kgを超えたことがなく、1日に何度も頻回に食事を取りながら、5,000〜8,000キロカロリーを必要とするという過酷な代謝状態にあると報告されています。彼女らの遺伝子解析が、アスプロシン発見の直接のきっかけになりました。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「やせ」の常識が通じない病気】

「ひどくやせている=栄養失調や糖尿病が心配」というのは、ふだんの診療では正しい直感です。ところがこの病気では、その常識がそのままでは通じません。脂肪がつかないのに血糖はむしろ安定している——一見すると矛盾するこの体質の裏には、アスプロシンという1つのホルモンの欠落があります。

体の見た目だけで「これは栄養の問題だろう」と決めつけてしまうと、本当の原因にたどり着けません。一人の患者さんの体の中で起きていることを、ホルモンと遺伝子のレベルまで丁寧に読み解くこと。それが希少疾患の診療の醍醐味であり、責任でもあると感じています。

4. 鑑別診断:似た病気との見分け方

症状が重なり合うため、ほかのフィブリリン関連疾患や脂肪萎縮症、早老症との慎重な見分けが必要です。確定には次世代シーケンサーによる遺伝子解析が役立ちます。

古典的マルファン症候群

原因はFBN1の全域にわたる多様な変異。高身長・クモ状指・大動脈基部拡張・水晶体偏位を特徴とします。脂肪萎縮や早老様顔貌は伴わず、代謝は正常です。

新生児マルファン症候群(eoMFS)

同じくFBN1が原因の最重症型。周産期から重い心血管異常・肺気腫・関節拘縮を呈し、予後不良です。脂肪萎縮や早老様の所見は乏しい点で異なります。

新生児早老症候群(NPS)

POLR3Aなどの変異による別の病気で、新生児期発症の本物の早老症です。マルファン様の心血管異常や水晶体偏位を持たないことで区別できます。

全身性・家族性部分性脂肪萎縮症

AGPAT2・BSCL2(全身性)やLMNA・PPARG(部分性)が原因。重いインスリン抵抗性・糖尿病・脂肪肝を伴う点が、代謝が保たれる本症候群と対照的です。

特に発見当初は、新生児早老症候群との誤診が散見されました。確定診断では、FBN1遺伝子の標的シーケンスや包括的なゲノム解析によって、エクソン64領域の特異的な変異を検出することが決め手になります。

5. 診断と遺伝子検査の進め方

部分性脂肪萎縮・早老様顔貌・マルファン様の所見という組み合わせから臨床的に疑い、遺伝子検査でFBN1のエクソン64領域の変異を確認することで診断します。検査は「生まれた後」と「生まれる前」で方法が大きく異なります。両者を混同しないことが大切です。

💡 用語解説:エクソーム解析・遺伝子パネル検査

エクソーム解析は、遺伝子のうちタンパク質をつくる部分(エクソン)全体を一度に読む方法です。遺伝子パネル検査は、関係しそうな複数の遺伝子をまとめて調べる方法です。原因がしぼりにくい多発奇形では、これらの網羅的な検査が威力を発揮します。FBN1のように特定の領域が重要な場合は、その領域までしっかり読める検査を選ぶことが見落としを防ぐ鍵になります。

出生後の確定診断(生まれた後)

生まれた後は、血液(または唾液・口腔粘膜)からDNAを取り出してFBN1遺伝子を解析します。当院では、FBN1を含む結合組織疾患のパネル検査などを通じて確定診断につなげます。

出生前の検査(生まれる前)

家系内ですでに原因となる変異が判明している場合(たとえば患者さん本人が次のお子さんを希望する場合)には、絨毛検査・羊水検査による出生前の遺伝子診断が選択肢になります。すでに変異が分かっていれば、確実な診断が可能です。

なお、母体血を用いるNIPTのインペリアルプランでは、FBN1を含む単一遺伝子の評価が可能です。ただしNIPTはあくまでスクリーニング(ふるい分け)であり、確定には絨毛検査・羊水検査が必要です。

この病気の多くは新生突然変異(de novo)で生じるため、「出生前に見つけること」が常に家族の利益になるとは限りません。検査を受けるかどうかは、メリットと限界の両方を理解したうえで、ご家族が主体的に決めるべき事柄です。

6. 治療と長期管理

現時点で根本的な遺伝子治療は確立されていないため、各臓器の症状に応じた予防的・集学的なケアが中心になります。小児科・循環器科・眼科・整形外科・臨床遺伝科などが連携します。

心血管の管理

大動脈解離は命に直結するため、定期的な心エコーで大動脈基部の径を厳密に監視します。拡張を遅らせる目的でβ遮断薬や、TGF-βの働きを抑える可能性のあるアンジオテンシン受容体拮抗薬(ロサルタンなど)が検討され、一定の閾値を超えれば大動脈基部置換術が行われます。

眼・骨格の管理

強度近視・水晶体脱臼・網膜剥離・緑内障に対し、眼科の定期評価と屈折矯正、必要に応じて手術を行います。骨格では、進行する側弯症や重度の漏斗胸に対し、装具療法や外科的矯正が検討されます。

栄養の管理

長時間の絶食に耐えられず、食事の間隔が空くと低血糖を起こす危険があります。少量・高カロリーの食事を1日を通じて頻回にとり続ける栄養管理が欠かせません。

「ふつうの脂肪萎縮症の治療」をそのまま当てはめない

一般的な脂肪萎縮症(全身性や家族性部分性)では、レプチン欠乏による代謝異常を改善する目的で、組換えヒトレプチン製剤(メトレプチン)の補充療法が標準治療として確立しています。メトレプチンは中枢に作用して食欲を抑え、インスリンの効きを改善します。

しかしマルファン・リポジストロフィー症候群では、すでにアスプロシン欠損によって食欲が極端に抑えられ、インスリン感受性も自然に保たれているという特殊な状態にあります。ここに食欲を抑える薬を加えれば、ただでさえ困難な食事摂取をさらに妨げ、致命的なエネルギー不足を招きかねません。画一的なレプチン補充は適さず、一人ひとりの代謝の状態を厳密に評価したうえでの、高度に個別化された判断が求められます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【教科書どおりの治療が、ときに危険になる】

「脂肪萎縮症にはレプチン補充」という知識は正しいものです。けれども、その正しさが当てはまらない例外がこの病気です。同じ「脂肪萎縮症」という言葉でくくられていても、原因となるしくみが違えば、最適な治療はまったく変わります。

希少疾患の管理でいちばん怖いのは、よく似た一般的な病気の治療方針を、確認せずにそのまま当てはめてしまうことです。診断名だけでなく「体の中で何が起きているのか」を見極めること——その一歩が、患者さんの安全を守ります。

7. 遺伝カウンセリングの意義

確定診断のあとは、ご家族への丁寧な遺伝カウンセリングが大切です。主に次のような内容を扱います。

  • 遺伝形式と再発リスク:多くは新生突然変異(de novo)で、両親に同じ変異は認められません。ただし常染色体顕性(優性)遺伝のため、患者さん本人が子どもを持つ場合の遺伝確率は理論上50%です。生殖細胞モザイクの可能性もあり、次のお子さんの検討時には個別の説明が必要です。
  • 予後についての情報:知能や精神運動の発達は正常であるという事実は、教育・社会参加・自立に向けた長期的な見通しを立てるうえで、ご家族にとって大切な支えになります。
  • 中立・非指示的な支援:表現型に幅があり、出生前に見つけることが常に利益とは限りません。私たちは情報提供者として、特定の選択を勧めたり、不安をあおったりすることなく、決定はご家族に委ねます。遺伝カウンセリングとはもあわせてご覧ください。

8. よくある誤解

誤解①「早老症だから寿命が短い」

本物の早老症(HGPS)とは異なり、細胞の老化が加速しているわけではありません。老けて見えるのは皮下脂肪が乏しいための外見上の現象で、精神運動発達も正常です。

誤解②「脂肪萎縮症だから糖尿病になる」

この病気はむしろ逆で、インスリンが効きやすい状態が保たれます。アスプロシン欠損により肝臓からの糖放出が抑えられ、血糖が低めに安定するためです。

誤解③「栄養を増やせば普通に太れる」

アスプロシン欠損で食欲そのものが落ちており、長い絶食で低血糖を起こす危険もあります。少量・高カロリーを頻回にとる、特別な栄養管理が必要です。

誤解④「マルファン症候群と同じ病気」

同じFBN1の病気でも、変異の場所(エクソン64)としくみがまったく異なります。脂肪萎縮や早老様顔貌は古典的マルファン症候群には見られません。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【10例未満の病気が、世界の医療を変える】

報告例が10例に満たないこの病気の研究から、アスプロシンという新しいホルモンが見つかりました。患者さんは、いわば「アスプロシンが生まれつき欠けたモデル」として、血中アスプロシンが枯渇しても代謝は破綻せず、むしろインスリンが効きやすくなることを身をもって示してくれたのです。

この知見は、世界で数億人が苦しむ肥満や2型糖尿病に対し、アスプロシンを標的とする新しい治療の道を開きつつあります。ごく少数の希少疾患の探求が、巡りめぐって多くの人の医療に還元される——希少疾患の情報を発信し続ける理由が、まさにここにあります。

よくある質問(FAQ)

Q1. マルファン・リポジストロフィー症候群は遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の疾患ですが、報告されている多くの症例は新生突然変異(de novo)によるもので、両親には同じ変異がありません。患者さん本人が子どもを持つ場合の遺伝確率は理論上50%です。次のお子さんの検討にあたっては、生殖細胞モザイクの可能性も含め、臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q2. 早老症(プロジェリア)と同じですか?寿命は短いのですか?

本物の早老症であるハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(HGPS)とは異なる病気です。老けて見えるのは皮下脂肪が乏しいための外見上の現象で、細胞の老化が加速しているわけではありません。精神運動発達は正常で、認知機能の低下も伴いません。予後は主に心血管の合併症の管理にかかっています。

Q3. 脂肪がつかないのに、なぜ糖尿病になりにくいのですか?

ホルモン「アスプロシン」が欠損しているためです。アスプロシンがないと肝臓からの糖の放出が抑えられ、さらに食欲も落ちて摂取カロリーが少なくなります。その結果、血糖もインスリンも低めに保たれ、インスリンが効きやすい状態(正常血糖)が維持されます。一般的な脂肪萎縮症とは正反対の代謝プロファイルです。

Q4. アスプロシンとは何ですか?

2016年に発見された、絶食時に脂肪組織から分泌されるホルモンです。フィブリリン-1のもとになるタンパク質の終わり側が切り離されてできます。肝臓では受容体OLFR734(ヒトではOR4M1)を介して血糖を上げ、脳の視床下部では受容体Ptprdを介して食欲を高めます。この病気ではアスプロシンがほとんどつくられません。

Q5. マルファン症候群とどう違うのですか?

どちらもFBN1遺伝子の病気ですが、変異の場所が異なります。マルファン症候群は遺伝子全域の多様な変異で起こり、脂肪萎縮や早老様顔貌は伴いません。マルファン・リポジストロフィー症候群は終わり際のエクソン64に集中する特殊な変異で起こり、部分性脂肪萎縮・早老様顔貌・アスプロシン欠損という独自の特徴を示します。

Q6. どのように診断しますか?

部分性脂肪萎縮・早老様顔貌・マルファン様の所見の組み合わせから臨床的に疑い、FBN1遺伝子の解析(パネル検査やエクソーム解析)でエクソン64領域の特異的な変異を確認することで確定します。新生児早老症候群やマルファン症候群との見分けが重要で、変異の「場所」を厳密に評価することが鍵になります。

Q7. 食事管理で気をつけることは何ですか?

長時間の絶食に弱く、食事の間隔が空くと低血糖を起こす危険があります。少量・高カロリーの食事やスナックを1日を通じて頻回にとり続けることが基本です。一般的な脂肪萎縮症で使われる食欲を抑える薬(メトレプチンなど)は、この病気では慎重な判断が必要なため、主治医とよく相談してください。

Q8. メタボや糖尿病の治療に役立つというのは本当ですか?

この病気の研究から見つかったアスプロシンは、肥満やインスリン抵抗性の人で逆に高値になることが分かっています。そこで、アスプロシンを中和する抗体や、その受容体をふさぐ薬の開発が進められています。動物実験では食欲・体重・血糖の改善が示されており、新しい治療薬の有望な標的として注目されています。

🏥 希少疾患の診断・遺伝カウンセリングについて

マルファン・リポジストロフィー症候群をはじめとする希少遺伝性疾患のご相談は、
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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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