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DGCR8関連神経鞘腫症とは|多発する神経鞘腫と甲状腺腫を引き起こす稀な遺伝性腫瘍症候群を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

DGCR8関連神経鞘腫症は、全身の末梢神経に神経鞘腫(神経のさやにできる良性のこぶ)が多発し、若い頃からのどの甲状腺にも多数のしこり(多結節性甲状腺腫)ができる、世界でごく少数の家系しか報告されていない大変まれな遺伝性腫瘍症候群です。原因はDGCR8遺伝子という、細胞のなかで「マイクロRNA」という小さな調節分子をつくる工場の部品にあたる遺伝子の変化です。まれな病気ですが、その仕組みを理解することは、より頻度の高い神経鞘腫症や甲状腺の病気、さらには「マイクロRNAが壊れるとなぜがんになるのか」という大きな問いの理解にもつながります。本記事では、この病気の症状・原因・2022年に改訂された最新の診断基準・治療の見通しまでを、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 神経鞘腫症・多結節性甲状腺腫・マイクロRNA
臨床遺伝専門医監修

Q. DGCR8関連神経鞘腫症とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. DGCR8遺伝子の生まれつきの変化によって、全身の末梢神経に神経鞘腫が多発し、若いうちから甲状腺にも多数のしこりができる、常染色体顕性(優性)の遺伝性腫瘍症候群です。神経線維腫症2型(NF2関連神経鞘腫症)で特徴的な両耳の聴神経腫瘍(両側前庭神経鞘腫)は、これまで報告されたDGCR8関連神経鞘腫症では認められておらず、典型的な特徴とは考えられていません。最大のつらさは腫瘍の大きさに不釣り合いな強い痛みで、甲状腺のしこりからがんが生じることもあるため、定期的な経過観察が大切です。まれな病気で、確立した根本治療はまだありません。

  • 中心となる症状 → 全身の末梢神経・脊髄神経に多発する神経鞘腫と、若年発症の多結節性甲状腺腫の組み合わせ
  • 原因遺伝子 → DGCR8(22番染色体)。マイクロRNAをつくる「マイクロプロセッサー複合体」の必須部品
  • 遺伝のしかた → 常染色体顕性(優性)遺伝。ただし親に病気がなく本人で初めて変化が生じる場合もある
  • NF2との違い → これまでの報告では両側の聴神経腫瘍を認めず、代わりに甲状腺の病気を伴うのが特徴
  • 診断と管理の要点 → 2022年の新基準で分類が整理され、甲状腺超音波を含む評価の検討が重要(ただし開始年齢・検査間隔は未確立)

🧬 DGCR8関連神経鞘腫症の基本情報

項目 内容
疾患名 DGCR8関連神経鞘腫症(DGCR8-related schwannomatosis)/22q関連神経鞘腫症に包括される場合があります。原記載は「多結節性甲状腺腫を伴う家族性神経鞘腫症」
原因遺伝子 DGCR8(22q11.21)/代表的な生殖細胞系列変異は c.1552G>A(p.E518K)
遺伝形式 常染色体顕性(優性)遺伝=常染色体優性遺伝。新生突然変異(de novo)の報告もあります
頻度・報告例数 世界でごく少数の家系・症例のみ報告されている超希少疾患。正確な有病率は明確なデータが示されていません
主な症状 多発性の末梢・脊髄神経鞘腫、若年発症の多結節性甲状腺腫、甲状腺がん。難治性の神経障害性疼痛。まれに小児の脈絡叢乳頭腫・ウィルムス腫瘍など
診断の決め手 血液など非罹患組織でDGCR8の生殖細胞系列病的バリアントを同定することで、DGCR8の関与を分子遺伝学的に裏づける。2022年国際コンセンサスでは22q関連神経鞘腫症という診断枠が設けられている
鑑別すべき疾患 NF2関連神経鞘腫症、SMARCB1/LZTR1関連神経鞘腫症、モザイク型NF2、DICER1症候群
再発率・保因者 顕性(優性)遺伝のため、変異を持つ方のお子さんに受け継がれる確率は理論上1回の妊娠あたり50%

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. DGCR8関連神経鞘腫症とは ─ 神経のこぶと甲状腺のしこりが同時に起こる病気

DGCR8関連神経鞘腫症は、末梢神経に良性の神経鞘腫が多発することと、若い頃から甲状腺に多数のしこりができることが組み合わさって起こる、遺伝性の腫瘍のできやすさ(腫瘍素因)を伴う症候群です。神経鞘腫症という大きなグループのなかの一つですが、原因遺伝子が特別で、甲状腺の病気を伴う点に個性があります。ご本人やご家族にとって大切なのは、これが「神経のこぶ」と「甲状腺のしこり」という別々に見える症状が、実は一つの遺伝子の変化でつながっているという点です。片方が見つかったら、もう片方も念頭に置いて体を診ていく、という見通しが立てられます。

💡 用語解説:神経鞘腫(しんけいしょうしゅ)とは

神経の線は、電線が絶縁体で覆われているように、シュワン細胞という細胞のさや(鞘)で包まれています。このシュワン細胞が増えてかたまりになったものが神経鞘腫(シュワノーマ)です。ほとんどが良性で、命に直接かかわることは多くありませんが、神経を巻き込んで大きくなるため、しびれや痛みの原因になります。これがあちこちの神経に多発する状態を「神経鞘腫症(シュワノマトーシス)」と呼びます。

この病気が医学の世界にはっきり登場したのは比較的最近のことです。2020年、若くして多結節性甲状腺腫と神経鞘腫症の両方を発症する家系が詳しく解析され、その原因がDGCR8遺伝子の生殖細胞系列変異(c.1552G>A;p.E518K)であることが証明されました[1]。これは、それまで報告のなかった新しいタイプの常染色体顕性(優性)の腫瘍素因症候群でした[1]。長らく神経鞘腫症の原因遺伝子としてはSMARCB1・LZTR1・NF2の3つが知られていましたが、これらに変化がないのに典型的な神経鞘腫症を示す家系があり、その一部の答えがDGCR8だったのです。

💡 用語解説:生殖細胞系列変異(せいしょくさいぼうけいれつへんい)とは

生殖細胞系列変異は、卵子や精子の段階からもっている遺伝子の変化で、体じゅうすべての細胞に共有され、お子さんに受け継がれる可能性があります。これに対して、生まれたあとに体の一部の細胞だけで起こる変化を体細胞変異といい、こちらは原則として遺伝しません。DGCR8関連神経鞘腫症では、生まれつきもっているDGCR8の変化(生殖細胞系列変異)が出発点になります。この違いは、ご家族への影響を考えるうえでとても重要なので、後の章でくわしく扱います。

2. どんな症状が出るのか ─ 神経鞘腫・甲状腺・痛み

この病気の症状の中心は、多発する神経鞘腫と、若年発症の甲状腺のしこりです。そして患者さんの生活の質をもっとも大きく左右するのは、腫瘍の大きさに見合わない強い痛みです。ここを知っておくと、ご自分やご家族に起きている症状が「ばらばらの出来事」ではなく「一つの筋でつながったもの」として理解でき、次に何を確認すればよいかが見えてきます。

全身に多発する末梢神経鞘腫

神経鞘腫は、主に手足や体幹の末梢神経、そして脊髄から出る神経に多発します[1]。最初に報告された家系では、甲状腺腫を発症した6人のうち5人が1つ以上の末梢神経鞘腫をもっていました[1]。また、家族歴のない新生突然変異の症例では、12歳で最初の神経鞘腫が見つかり、その後さらに複数の神経鞘腫を発症し、若くして甲状腺がんも経験したことが報告されています[2]。発症の始まりが10代と早いことがあるのが、この病気の一つの特徴です。

臨床でもっとも重要な見分け方は、神経線維腫症2型(現在のNF2関連神経鞘腫症)で特徴的な「両耳の聴神経腫瘍(両側前庭神経鞘腫)」が、これまで報告されたDGCR8関連神経鞘腫症では認められていないという点です[1]。DGCR8関連神経鞘腫症は、NF2関連神経鞘腫症のように両側前庭神経鞘腫に伴う難聴・平衡障害を主要な徴候とする疾患ではありません。この違いは、ご本人にとって「自分はNF2ではないらしい」という見通しにつながり、その後に受けるべき検査の方向性を変える大切な情報になります。

腫瘍の大きさに見合わない強い痛み

神経鞘腫症という病気全体を通じて、患者さんをもっとも苦しめるのが痛みです。ERN GENTURIS(欧州の遺伝性腫瘍リスク症候群ネットワーク)の診療ガイドラインでも、神経鞘腫症で際立つ特徴は痛みであり、神経の脱落症状はあってもごくわずかであると述べられています[3]。この痛みは腫瘍の物理的な大きさと必ずしも一致せず、通常の鎮痛薬が効きにくいことがしばしばあります。痛みが日常生活の質を大きく損なうため、痛みへの対応がこの病気の管理の中心の一つになります。ご本人が「小さいこぶなのにこんなに痛むのはおかしいのでは」と感じる必要はなく、それはこの病気で説明のつく症状なのだと知っておくことが、まず一つの安心につながります。

若い頃から始まる甲状腺のしこり

DGCR8の変化をもつ家系で、もっとも高い割合でみられる初期症状の一つが、若年発症の多結節性甲状腺腫(甲状腺に多数のしこりができる状態)です[1]。最初に報告された家系では、3世代にわたる6人が多結節性甲状腺腫を発症し、その全員が最終的に甲状腺全摘出術を必要とする状態に至りました[1]。甲状腺の詳しい話は第5章で扱いますが、ここで押さえておきたいのは、この病気では甲状腺も「見ておくべき臓器」に含まれるということです。神経鞘腫だけに注目していると甲状腺が見落とされかねないため、両方を意識することがご本人の安心につながります。

3. 原因遺伝子DGCR8の働き ─ 「マイクロRNAの工場」の部品

DGCR8関連神経鞘腫症を理解する鍵は、この遺伝子が細胞のなかで担っている仕事にあります。DGCR8は、マイクロRNA(miRNA)という小さな調節分子をつくる工場の、欠かせない部品をつくる遺伝子です。この工場が壊れると、細胞の増え方を調節する仕組みが乱れ、腫瘍ができやすくなります。少し専門的な話になりますが、この仕組みが分かると「なぜ神経と甲状腺という別々の場所に腫瘍ができるのか」が腑に落ちます。

💡 用語解説:マイクロRNA(miRNA)とは

マイクロRNAは、20文字ほどの非常に短いRNAで、遺伝子の「音量つまみ」のような役割をします。特定の遺伝子から出るメッセージ(mRNA)にくっついて、そのタンパク質がつくられる量を抑えるのです。細胞が増えすぎないようにブレーキをかける「腫瘍抑制」のマイクロRNAもあれば、逆に増殖を促すものもあります。マイクロRNAをつくる仕組みが壊れると、本来かかっているはずのブレーキが外れて、細胞が増えすぎることがあります。

マイクロRNAは、細胞の核のなかで長いRNAとしてつくられたあと、何段階もの加工を経て完成します。その最初の切断を担当するのが、マイクロプロセッサー複合体という装置です。この装置は、ハサミの役割をするDROSHAというタンパク質1個と、切る場所を正確に測る「定規」の役割をするDGCR8というタンパク質2個が組み合わさってできています[1]。DGCR8が長いRNAの形をきちんと認識し、「ここを切りなさい」とDROSHAを導くことで、正しい長さのマイクロRNAの材料が切り出されます。DGCR8はいわば、正確な工作のための当て木のような存在です。

マイクロRNAができるまで(DGCR8が働く場所)

長いRNA
設計図から転写
DGCR8+DROSHA
定規+ハサミで切断
細胞質へ運搬
DICERで仕上げ
完成した
マイクロRNA

DGCR8はいちばん最初の切断で「定規」として働きます。この段階がうまくいかないと、その先の工程に正しい材料が届きません。

この病気で見つかるDGCR8の変化(p.E518K)は、ミスセンス変異と呼ばれるタイプで、タンパク質の518番目のアミノ酸が1つだけ別のものに置き換わります。この場所はDGCR8がRNAをつかむために重要な部分で、変化するとRNAをつかむ力が大きく落ちてしまいます[1]。その結果、標準的なマイクロRNAづくりが広く妨げられます。ここで大切なのは、DGCR8が完全に失われるわけではなく、「働きは落ちるが、細胞は生き続けられる」という中途半端な状態になることです。この「生き残りつつブレーキだけが外れる」というバランスが、腫瘍ができる土壌をつくると考えられています[1]

💡 用語解説:ミスセンス変異とは

遺伝子は、タンパク質をつくるための文字の並びです。ミスセンス変異は、その文字が1つ変わることで、タンパク質を組み立てる部品(アミノ酸)が1個だけ別のものに置き換わる変化です。DGCR8のp.E518Kは、518番目のグルタミン酸(E)がリジン(K)に置き換わることを意味します。たった1個の置き換えでも、それが「ものをつかむ手」にあたる重要な場所であれば、はたらきが大きく変わることがあります。

4. 「3段階・6ヒットモデル」 ─ なぜ22番染色体に集まった遺伝子が問題になるのか

この病気の腫瘍のでき方は、「3段階・6ヒットモデル」という、とても精巧な仕組みで説明されます[4]。少し複雑ですが、要点は「22番染色体という1本の染色体の上に、神経鞘腫にかかわる複数の遺伝子が近くに並んでいるため、まとめて失われやすい」ということです。この構造を知ると、なぜこの病気が起こるのか、そしてなぜお子さんへの遺伝を考えるうえで整理が必要なのかが見えてきます。

DGCR8・LZTR1・SMARCB1・NF2という4つの重要な遺伝子は、いずれも22番染色体の上に近接して並んでいます[1]。この物理的な近さが、1回の大きな欠失で複数の遺伝子がいっぺんに失われるという「弱点」を生みます。実際の腫瘍のでき方は、次の3段階に分けて理解できます。

神経鞘腫ができるまでの3つの段階

1
生まれつきの第1ヒット
両親のどちらかから、変化したDGCR8(p.E518K)を1本受け継ぎます。全身の細胞が「変化1本+正常1本」の状態になります。
2
まとめて失う第2〜5ヒット
あるシュワン細胞で、正常な側の22番染色体の腕がまるごと失われます(LOH)。これで正常DGCR8だけでなく、隣のLZTR1・SMARCB1・NF2も一度に片方失われます。
3
仕上げの第6ヒット
残ったNF2にもう一つ変化が加わり、NF2が完全に働かなくなります。ここでシュワン細胞の制御が外れ、神経鞘腫ができ始めます。

💡 用語解説:ヘテロ接合性の消失(LOH)とは

私たちは同じ遺伝子を父由来・母由来で2本ずつもっています。片方に変化があっても、もう片方が正常なら働きは保たれることが多いです。ところが、その正常な側がまるごと失われてしまうことがあり、これをヘテロ接合性の消失(LOH)と呼びます。この病気では、22番染色体の腕がまるごと失われることで、近くに並んだ複数の遺伝子が一度に片方失われます。

興味深いことに、解析された13個のDGCR8変異神経鞘腫のうち、約3割の腫瘍では第3段階(残ったNF2への変化)が確認されず、DGCR8だけが「2回の打撃を受けた遺伝子」として働いていることが示されました[4]。実際、原著論文では2つの家系から得た13個の神経鞘腫を解析し、腫瘍ができるにはまず正常な22番染色体側が失われることが必要で、そのうえで3分の2を超える腫瘍でNF2が完全に働かなくなっていたと報告されています[4]。なぜDGCR8は完全に失われず、片方に変化が残る形が選ばれるのかというと、DGCR8を完全に失うことはシュワン細胞にとっておそらく致命的だからだと考えられています。事実、DGCR8のコピーが欠けている22q11欠失症候群の患者さんでは、神経鞘腫は好発しません[4]。「はたらきは残しつつ、ブレーキだけを外す」ちょうどよい変化が、腫瘍のドライバーとして選ばれているのです。

この仕組みは、ご本人・ご家族にとっては少し難しく感じられるかもしれません。けれども大事なのは、腫瘍が一つできるまでには複数の偶然が重ならなければならないということです。生まれつきの変化を1本もっているからといって、すぐに全身が腫瘍だらけになるわけではありません。この「段階を踏む」性質は、定期的な観察で早めに変化をとらえていく管理の考え方とも結びついています。SMARCB1やLZTR1による神経鞘腫症も、同じように22番染色体の複数の遺伝子がかかわる仕組み(4ヒット・3段階)で説明されており[3]、DGCR8関連はそこにもう一段の複雑さが加わった形だと理解できます。関連する遺伝子についてはLZTR1遺伝子SMARCB1遺伝子NF2遺伝子のページでも解説しています。

5. 甲状腺の病気との関係 ─ 多結節性甲状腺腫と甲状腺がん

🔍 関連記事:DICER1症候群DICER1遺伝子

DGCR8関連神経鞘腫症では、甲状腺のしこりは単なる良性の腫れにとどまらないことがあります。これまでに報告されたDGCR8生殖細胞系列変異をもつ家系・症例では、多結節性甲状腺腫に加えて、乳頭癌・濾胞癌・低分化癌などの甲状腺悪性腫瘍も報告されています[1]。ただし、報告例がきわめて少ないため、甲状腺癌の生涯発症リスクや正確な頻度は現時点では確立していません。それでも、だからこそ甲状腺を定期的に診ておくことがこの病気では大切になります。ご本人にとっては「しこりがあると聞くと不安」でしょうが、定期的に診ることで変化を早めにとらえられるという見通しをもてることが、不安を一つ減らす助けになります。

この甲状腺の症状は、同じくマイクロRNAづくりにかかわるDICER1遺伝子の変化で起こるDICER1症候群の甲状腺の症状とよく似ています[1]。DICER1もDGCR8も、同じマイクロRNAの生産ラインの部品です。同じ経路の別々の部品が壊れると、似た臓器(甲状腺)に似た症状が出る、というのは納得のいく話です。

2026年に発表された多層的な解析(マルチオミクス)は、良性から悪性へ進む道すじをより細かく描き出しました[5]。この研究によれば、良性の段階では細胞がDGCR8の働きの低下を補おうとして、マイクロRNAをつくる遺伝子まわりの調節をゆるめています。しかし悪性化する過程で、BRAFやNRASといった別の増殖経路に新たな体細胞変異が加わり、同時にゆるめていた調節が部分的に締め直されて、マイクロRNAの産生がさらに決定的に落ちることが示されました[5]。さらに、DICER1の変化が古典的な甲状腺がんの進行経路を活性化するのに対し、DGCR8の変化は免疫にかかわる微小環境の変化を引き起こすという違いも明らかになり、同じ経路の酵素でも発がんの仕組みに微妙な差があることが示されています[5]

甲状腺のしこりが悪性化するときの流れ

DGCR8の変化
甲状腺細胞の下準備
良性のしこり
多結節性甲状腺腫
別の変異が追加
BRAF・NRASなど
悪性化
甲状腺がん

DGCR8の変化だけで一気にがんになるのではなく、後から別の変異が加わって悪性化が決まる、という段階を踏んだモデルが示されています。

この「DGCR8がまず下準備をし、後から加わる変異が悪性化を決める」という協調的な発がんモデルは、なぜ経時的な観察が意味をもつのかを裏づけます。甲状腺病変を経時的に評価しておけば、新たな変化を早めに把握し、必要に応じて対応を検討できます。甲状腺超音波を含む評価を続けることが、この病気の管理で役立ちます。BRAFやNRASといった経路についてはBRAF遺伝子NRAS遺伝子のページもご覧ください。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【一つの遺伝子が「別々の科の病気」をつなぐということ】

神経鞘腫は脳神経外科や整形外科、甲状腺の病気は内分泌の領域と、通常は別々の診療科で扱われます。そのため、同じ方に両方が起きていても、それが一つの遺伝子でつながっているとは気づかれにくいのです。DGCR8関連神経鞘腫症は、まさにその「見えないつながり」を教えてくれる病気です。

私は臨床遺伝専門医として、症状を臓器ごとにばらばらに見るのではなく、その背後にある一つの設計図の変化から全体を眺める視点を大切にしたいと考えています。若くして神経鞘腫と甲状腺のしこりの両方があるとき、それを「たまたま」で片づけず、一度立ち止まって遺伝的な背景を考える。その一手間が、その後の見通しを大きく変えることがあります。まれな病気だからこそ、知っている人が気づくことに意味があると思っています。

6. なぜ腫瘍ができるのか ─ 「let-7」というブレーキが外れる仕組み

🔍 関連記事:RAS/MAPK経路MAPKKRAS遺伝子

DGCR8の働きが落ちると、具体的にどうやって細胞が増えすぎるのでしょうか。その鍵をにぎるのが、let-7(レットセブン)という、細胞増殖のブレーキ役をする代表的な腫瘍抑制マイクロRNAです。この仕組みが分かると、なぜ将来の治療薬の候補が見えてきたのかまで理解できます。

let-7は、増殖を促すRASというタンパク質のメッセージにくっついて、その量を抑える働きをします。神経鞘腫では、もともとlet-7のような腫瘍抑制マイクロRNAが増えており、良性の状態を保つために働いていると考えられています[6]。ところがDGCR8が壊れると、このlet-7を含む腫瘍抑制マイクロRNAの産生が大きく落ちてしまいます。ブレーキ役がいなくなるため、RASタンパク質が過剰にたまります。実際、DGCR8変異神経鞘腫では、正常な腫瘍と比べてKRASやNRASのメッセージがはっきり増えていることが報告されています[1]

DGCR8が壊れると増殖のブレーキが外れる

DGCR8が
うまく働かない
let-7が減る
ブレーキ役の喪失
RASがたまる
KRAS・NRAS増加
MAPK経路の暴走
細胞が増えすぎる

ブレーキ(let-7)が減ることで、アクセル(RAS)が踏まれっぱなしになる、というイメージです。

RASタンパク質がたまると、その下流にあるMAPK経路という増殖のスイッチが入りっぱなしになります[4]。このRAS/MAPK経路の過剰な活性化こそが、細胞の無秩序な増殖を促す原動力です。そしてこの発見には、もう一つ大切な意味があります。「どこが壊れているか」がはっきりすれば、「どこを狙えば治療になるか」も見えてくるのです。MAPK経路を抑える薬(MEK阻害薬)が、理論上のねらいどころとして浮かび上がってきます。これは第9章で扱います。

💡 用語解説:RAS/MAPK経路とは

RAS/MAPK経路は、細胞に「増えなさい」という指令を伝える、リレーのような信号の道すじです。RASが最初のスイッチで、その信号がMAPKへと順に伝わって細胞の増殖が進みます。この経路が過剰に働くと、細胞が増えすぎてしまいます。がんや、生まれつきこの経路が活発になる一群の病気(RAS病)で共通して重要な、体の中心的な仕組みの一つです。

7. 2022年に改訂された神経鞘腫症の診断基準とDGCR8の位置づけ

神経鞘腫症の診断は、長らく混乱の歴史をたどってきました。2022年、Plotkinらを中心とする国際コンセンサスグループが、遺伝学・病理・画像診断の進歩をふまえて診断基準と呼び名を大きく改訂しました[7]。この改訂を知っておくと、ご自分やご家族が受け取った診断名の意味を正しく理解でき、必要な検査の道筋も見えてきます。

この改訂の最大のポイントは、かつての「神経線維腫症2型(NF2)」という独立した病名をやめて、「神経鞘腫症(シュワノマトーシス)」という大きな傘の下にまとめたことです[7]。そのうえで、原因遺伝子に応じて「NF2関連」「SMARCB1関連」「LZTR1関連」「22q関連」に分け、原因が特定できない場合の「病型不明(NOS)」や、基準は満たすが分類しきれない「該当分類なし(NEC)」といった枠も設けられました[7]。分子診断(遺伝子検査)がとても重視される形になっています。主なタイプの特徴を整理すると、次のようになります。

分類(2022年基準) 特徴的な所見 両側聴神経腫瘍
NF2関連神経鞘腫症(旧NF2) 髄膜腫・上衣腫・皮内神経鞘腫 典型例で特徴的
SMARCB1関連神経鞘腫症 多発性の末梢神経鞘腫、まれに髄膜腫 原則なし
LZTR1関連神経鞘腫症 多発性の末梢神経鞘腫、まれに片側の聴神経腫瘍 片側のことがある
DGCR8/22q関連神経鞘腫症 多発性神経鞘腫、多結節性甲状腺腫、甲状腺がん 原則なし

ここで注意したいのは、2022年の国際コンセンサス基準そのものが「DGCR8関連神経鞘腫症」という独立したカテゴリーを定めたわけではないという点です。2022年基準が正式に設けた原因遺伝子別の枠は、NF2関連・SMARCB1関連・LZTR1関連と、染色体22長腕の関与を示す「22q関連」までです。DGCR8はこの22番染色体上にあるため、2022年基準の枠組みのなかでは「22q関連神経鞘腫症」として捉えられる位置にあります。そのうえで、2020年以降に積み重なったDGCR8の分子遺伝学的な知見を踏まえて、専門家のあいだでは「DGCR8関連神経鞘腫症(DGCR8-related schwannomatosis)」という呼び方が使われるようになってきた、という関係です。

では、2022年基準に沿って診断をどう確定するのでしょうか。一つは、血液や唾液などの正常組織を使った遺伝子検査で、DGCR8の生殖細胞系列の病的な変化(例:c.1552G>A;p.E518K)が見つかる場合です。この場合は分子診断としてDGCR8の関与が裏づけられます。もう一つは、生殖細胞系列の変化がはっきりしない場合の「22q関連」の基準で、解剖学的に離れた2つ以上の神経鞘腫を調べ、同じ22番染色体マーカーのヘテロ接合性の消失(LOH)が両方にあり、かつ各腫瘍で「異なる」体細胞のNF2変異があって、それが正常組織からは検出されない、という条件を満たす場合です[7]

💡 なぜ2つの腫瘍を調べるのか

この厳密な基準には理由があります。神経鞘腫症とよく似た「モザイク型NF2」(体の一部の細胞だけにNF2変異がある状態)を確実に見分けるためです。1つの腫瘍だけでは区別が難しいので、少なくとも2つの独立した腫瘍を調べることが強くすすめられています[7]。この違いはご本人の診断名だけでなく、ご家族への影響やその後の管理方針も左右するため、慎重に確かめる価値があります。

8. 検査と遺伝カウンセリング ─ 診断のつけ方と家族への意味

DGCR8関連神経鞘腫症が疑われる場面では、遺伝子検査と遺伝カウンセリングが大きな役割を果たします。ご本人にとっては、診断がつくことで「なぜ複数の症状が起きているのか」が説明でき、その後の管理やご家族への影響を落ち着いて考えられるようになります。ここでは、どんなときに疑い、どう調べるのかを整理します。

この病気を疑うのは、2つ以上の非皮内性の神経鞘腫があり、両側前庭神経鞘腫を認めず、常染色体顕性(優性)遺伝に矛盾しない神経鞘腫症または多結節性甲状腺腫の家族歴があるような場合です[7]。ただし新生突然変異(de novo)の可能性があるため、家族歴がないからといって病気を否定することはできません[1]。若くして神経鞘腫と甲状腺のしこりの両方があるという組み合わせに出会ったら、この病気を念頭に置く価値があります。

確定診断には、血液など正常組織を使ってDGCR8の生殖細胞系列変異を調べます。神経鞘腫症に関連する複数の遺伝子(NF2・SMARCB1・LZTR1など)をまとめて調べたい場合には、当院でも神経線維腫症のNGS遺伝子パネル検査を実施しています。どの検査が適しているかは、症状やご家族歴によって変わりますので、検査計画は臨床遺伝専門医とご相談のうえで立てることをおすすめします。

当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合うのは、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にとってどんな意味をもつのか、そして結果を受けてどんな選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。常染色体顕性(優性)遺伝では、変異をもつ方のお子さんに受け継がれる確率は理論上1回の妊娠あたり50%と計算されますが、受け継いでも症状の出方には幅があります。こうした数字の意味も、遺伝カウンセリングのなかで一緒に整理していきます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「まれな病気」の診断が持つ意味】

世界でごく少数しか報告のない病気の名前を告げられると、多くの方が「そんなに珍しい病気なら、調べても意味がないのでは」と感じられます。けれども私は、まれな病気ほど正確な診断に価値があると考えています。診断がつくことで、これまでばらばらに見えていた神経鞘腫と甲状腺のしこりが一つの筋でつながり、次に何を診ておけばよいかがはっきりするからです。

診断は、不安を消す魔法ではありません。しかし、見通しを持つための地図にはなります。どの臓器を、どのくらいの間隔で診ていけばよいのか。ご家族のどなたに、どんな影響が及びうるのか。そうした問いに一つずつ答えを積み重ねていくことが、まれな病気と長く付き合っていくうえでの支えになると、私は信じています。分からないことは分からないと正直にお伝えしながら、今わかっていることの輪郭を丁寧にお渡しすることを大切にしています。

9. 治療とサーベイランス ─ 今できることと、これからの見通し

現在のところ、DGCR8関連神経鞘腫症を根本から治す方法はまだ確立していません。治療の目標は、病気を消し去ることではなく、神経の働きを保ち、生活の質(特に痛み)を最大限に守ることです[3]。「治せない」と聞くと不安になるかもしれませんが、定期的に体を診て、必要なときに適切な対応をとっていくことで、見通しを持って付き合っていける病気でもあります。

定期的なサーベイランス(経過観察)

ERN GENTURISのガイドラインでは、診断された方や遺伝的リスクをもつ無症状のご家族に対して、12〜14歳ごろから定期的な臨床的・神経学的評価を始めることがすすめられています[3]。画像では、頭蓋と脊髄のMRIで病気の広がりをまず把握し、その後は症状に応じて定期的に確認します。可能であれば全身MRIを取り入れると、症状のない末梢の腫瘍を早めにとらえるのに役立ちます[3]。そしてDGCR8関連神経鞘腫症では甲状腺の病変が重要な表現型であるため、これに加えて甲状腺超音波を含む評価を検討することが合理的だと考えられます。ただし、ここには注意が必要です。ERN GENTURISの神経鞘腫症ガイドライン自体は、DGCR8に特化した甲状腺サーベイランスの間隔を定めているわけではありません。本疾患は報告例が非常に少ないため、何歳から、どのくらいの間隔で甲状腺超音波を行うべきかについて、DGCR8に特化した標準的なサーベイランス指針はまだ確立していません。そのため実際には、一般的な甲状腺結節の管理の考え方と、担当医の専門的な判断を組み合わせて、個別に方針を決めていくことになります。

手術と痛みへの対応

神経鞘腫の主な治療は、今でも外科的な切除です。痛みの原因になっている腫瘍を取り除くと、痛みが劇的にやわらぐことがあります[3]。一方で、神経鞘腫は大事な運動・感覚の神経を巻き込んで大きくなるため、切除には神経の麻痺や機能障害のリスクがつきまといます[3]。ですから手術をするかどうかは、腫瘍の大きくなる速さ、神経の症状、痛みの程度を総合的に考え、ご本人とよく話し合って決めていくことになります。なお放射線治療は、二次的ながん化を招く可能性があるため、神経鞘腫症の管理では一般にすすめられず、ごく限られた状況でのみ慎重に検討されます[3]

これからの治療 ─ 分子標的療法への期待

第6章でみたように、DGCR8が壊れるとlet-7が減り、RAS/MAPK経路が過剰に働きます[1]。この仕組みは、MAPK経路を抑える薬(MEK阻害薬)という、理論的なねらいどころを与えてくれます。MEK阻害薬は、神経の痛みにかかわる過剰な感作をやわらげる作用も期待されており、腫瘍を抑えることと痛みをやわらげることの両方から、この病気の最大の課題である難治性の痛みに対する新しい戦略になりうると考えられています[3]

💡 ここは誤解されやすい:まだ「確立した治療薬」ではありません

MEK阻害薬(セルメチニブやトラメチニブなど)は、DGCR8関連神経鞘腫症に対して承認された治療薬ではありません。あくまで、分子の仕組みから導かれる理論的なねらいどころであり、基礎研究の段階にあります。この病気に対する有効性や安全性が確かめられたわけではないため、「もう治療薬がある」と受け取らないことが大切です。現在の治療は、外科的切除と経過観察、痛みへの対応が中心です。

10. よくある誤解

誤解①「神経鞘腫症=NF2(聴神経腫瘍の病気)だ」

DGCR8関連神経鞘腫症では、NF2で特徴的な両側の聴神経腫瘍が、これまでの報告では認められていません。そのため、両側前庭神経鞘腫に伴う難聴・平衡障害を主要な徴候とする疾患ではありません。代わりに甲状腺の病気を伴うのが特徴で、2022年の新分類でも別のタイプとして整理されています。

誤解②「家族に誰もいないから遺伝病ではない」

この病気は新生突然変異として、ご本人で初めて変化が生じることがあります。実際、家族歴のない散発例が報告されています。家族に同じ病気の人がいないことは、遺伝性を否定する理由にはなりません。

誤解③「甲状腺のしこりは放っておいてよい」

DGCR8関連神経鞘腫症では、多結節性甲状腺腫に加えて甲状腺がんも報告されています。ただし、すべての結節ががんになるわけではなく、正確な発症リスクもまだ分かっていません。だからこそ甲状腺超音波を含む評価を検討しておくことが役立ちます。過度に怖がる必要はありませんが、「診ておくべき臓器」に含まれると理解しておくとよいでしょう。

誤解④「もう効く治療薬がある」

MEK阻害薬などは分子の仕組みから導かれた理論的なねらいどころ・基礎研究の段階であり、この病気に承認された治療薬ではありません。現在の治療は外科的切除・経過観察・痛みへの対応が中心です。

📌 このページを読んだあなたへ

この記事にたどり着いた方には、いくつかの状況が考えられます。神経鞘腫や甲状腺のしこりが見つかって原因を調べている方遺伝子検査でDGCR8の変化を指摘された方、あるいはご家族にこの病気が見つかり、自分やお子さんへの影響を心配されている方もいらっしゃるでしょう。

次に確認するとよい観点は、①この病気の遺伝のしかた(遺伝カウンセリングで整理できます)、②原因遺伝子そのものの働き(DGCR8遺伝子のページ)、③よく似た神経鞘腫症との違い(NF2関連神経鞘腫症SMARCB1関連神経鞘腫症)、④甲状腺の病気を伴う近縁の疾患(DICER1症候群)の4つです。気になるところから読み進めてみてください。

よくある質問(FAQ)

Q1. DGCR8関連神経鞘腫症とはどんな病気ですか?

DGCR8遺伝子の生まれつきの変化によって、全身の末梢神経に神経鞘腫という良性のこぶが多発し、若い頃から甲状腺に多数のしこり(多結節性甲状腺腫)ができる、大変まれな遺伝性の腫瘍素因症候群です。神経線維腫症2型(NF2関連神経鞘腫症)で特徴的な両耳の聴神経腫瘍は、これまで報告されたDGCR8関連神経鞘腫症では認められておらず、典型的な特徴とは考えられていません。甲状腺のしこりから甲状腺がんが生じることもあるため、定期的な経過観察が大切です。遺伝のしかたは常染色体顕性(優性)遺伝です。

Q2. この病気は子どもに遺伝しますか?

DGCR8の生まれつきの変化は常染色体顕性(優性)遺伝の形をとるため、変化をもつ方のお子さんに受け継がれる確率は理論上1回の妊娠あたり50%です。ただし受け継いでも症状の出方には幅があります。また、ご本人で初めて変化が生じる新生突然変異のこともあり、その場合はご両親に病気がなくても発症します。ご家族への影響を正確に整理するために、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングをおすすめします。

Q3. NF2(神経線維腫症2型)とは何が違うのですか?

NF2で特徴的な両側の前庭神経鞘腫(聴神経腫瘍)が、これまで報告されたDGCR8関連神経鞘腫症では認められていない点が、大きな違いです。そのため、両側前庭神経鞘腫に伴う難聴・平衡障害を主要な徴候とする疾患ではありません。代わりに、若年発症の多結節性甲状腺腫や甲状腺がんを伴うのが特徴です。2022年の国際コンセンサスでは、かつてのNF2は「NF2関連神経鞘腫症」と呼ばれるようになり、DGCR8関連はその後の分子遺伝学的知見を踏まえて扱われる別のタイプです。

Q4. どうやって診断するのですか?

DGCR8関連神経鞘腫症が疑われる場合、血液や唾液などの正常組織でDGCR8の生殖細胞系列病的バリアントを調べます。DGCR8病的バリアントが確認されればDGCR8の関与を分子遺伝学的に裏づけることができます。一方、2022年の国際コンセンサス基準そのものはDGCR8関連神経鞘腫症を独立したカテゴリーとして定義しておらず、原因遺伝子が確定しない症例では22q関連神経鞘腫症の基準に沿って複数腫瘍を解析することがあります。具体的には、解剖学的に離れた2つ以上の神経鞘腫を調べ、同じ22番染色体マーカーのヘテロ接合性の消失があり、かつ各腫瘍に異なるNF2変異があって正常組織からは検出されないという条件です。モザイク型NF2と見分けるために、2つ以上の腫瘍を調べることがすすめられています。

Q5. 甲状腺のしこりがあると、がんになるのですか?

これまでに報告されたDGCR8生殖細胞系列変異をもつ家系・症例では、良性の多結節性甲状腺腫に加えて、乳頭癌・濾胞癌・低分化癌などの甲状腺悪性腫瘍も報告されています。ただし、報告例がきわめて少ないため、甲状腺癌の生涯発症リスクや正確な頻度は現時点では確立していません。しこりがあれば必ずがんになるわけでもありません。それでも、甲状腺超音波を含む評価を検討することは重要です。ただし、何歳から・どのくらいの間隔で行うべきかについて、DGCR8に特化した標準的な指針はまだ確立していません。良性の段階でとらえておけば変化を早めに把握して対応を検討できるため、甲状腺も注意して診ておくべき臓器だと理解しておくことが役立ちます。

Q6. 治療法はありますか?MEK阻害薬が効くと聞きました。

現在、この病気を根本から治す方法は確立していません。治療の中心は、痛みの原因となる神経鞘腫の外科的切除、定期的な経過観察、そして痛みへの対応です。MEK阻害薬は、DGCR8が壊れるとRAS/MAPK経路が過剰に働くという分子の仕組みから導かれた理論的なねらいどころですが、この病気に対して承認された治療薬ではなく、基礎研究の段階にあります。「もう効く薬がある」と受け取らないようご注意ください。

Q7. DICER1症候群と似ていると聞きました。どう違うのですか?

どちらもマイクロRNAをつくる仕組みの部品(DGCR8とDICER1)の変化で起こり、甲状腺の病気を伴う点が似ています。実際、DGCR8関連の甲状腺の症状はDICER1症候群の甲状腺の症状とよく似ています。一方で、最近の解析では、DICER1の変化は古典的な甲状腺がんの進行経路を活性化するのに対し、DGCR8の変化は免疫にかかわる微小環境の変化を引き起こすという違いも示されています。同じ生産ラインの別の部品が壊れることで、似ているけれど少しずつ異なる病気になる、と理解するとよいでしょう。

Q8. なぜ神経と甲状腺という別々の場所に腫瘍ができるのですか?

DGCR8はすべての細胞でマイクロRNAづくりにかかわっていますが、その働きの低下に対してとりわけ弱い組織があります。シュワン細胞(神経のさやをつくる細胞)と甲状腺の細胞がその代表で、ほかに小児の腎臓や特定の脳の細胞なども含まれます。これらの細胞では、腫瘍抑制のマイクロRNAが減ることで増殖のブレーキが外れやすく、腫瘍ができやすくなると考えられています。つまり「別々の場所」に見えても、根っこは一つの遺伝子の変化でつながっているのです。

🏥 神経鞘腫症・遺伝性腫瘍の遺伝子診断のご相談

多発する神経鞘腫や若年発症の甲状腺のしこりなどに関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] DGCR8 microprocessor defect characterizes familial multinodular goiter with schwannomatosis. J Clin Invest. 2020. [PMC7269565]
  • [2] RARE-22. Germline Pathogenic Variant c.1552G>A;p.E518K in DGCR8 Confers Susceptibility for Schwannomatosis and Thyroid Tumors. Neuro-Oncology. 2020. [PMC7715759]
  • [3] ERN GENTURIS clinical practice guidelines for the diagnosis, treatment, management and surveillance of people with schwannomatosis. Eur J Hum Genet. 2022. [PMC9259735]
  • [4] DGCR8 and the six hit, three-step model of schwannomatosis. Acta Neuropathol. 2022. [PubMed 34821987]
  • [5] Tracing the molecular route to progression in miRNA-biogenesis-defective thyroid lesions. JCI Insight. 2026. [PMC12893109]
  • [6] miRNA signature of schwannomas: Possible role(s) of “tumor suppressor” miRNAs in benign tumors. Oncotarget. 2011. [PMC3260820]
  • [7] Updated diagnostic criteria and nomenclature for neurofibromatosis type 2 and schwannomatosis: An international consensus recommendation. Genet Med. 2022. [PubMed 35674741]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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