目次
- 1 1. NF2遺伝子とは:第22染色体長腕に存在する腫瘍抑制遺伝子
- 2 2. マーリンタンパク質:細胞骨格と細胞膜をつなぐ「足場」
- 3 3. Hippoシグナル伝達経路:マーリンが司る細胞増殖のブレーキシステム
- 4 4. 2022年新診断基準:「神経線維腫症2型」から「NF2関連シュワノマトーシス」へ
- 5 5. NF2関連シュワノマトーシスの臨床症状
- 6 6. モザイク現象:遺伝カウンセリングを左右する最重要概念
- 7 7. NF2遺伝子検査:手法と検出感度
- 8 8. ブリガチニブが切り拓く新しい治療:INTUITT-NF2試験(NEJM 2024)
- 9 9. よくある誤解
- 10 10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
NF2遺伝子は第22番染色体長腕(22q12.2)に位置する代表的な腫瘍抑制遺伝子であり、産生される「マーリン(Merlin/Schwannomin)」というタンパク質は、細胞増殖のブレーキとして働くHippoシグナル伝達経路を統合的に制御しています。この遺伝子の生殖細胞系列変異により、両側性前庭シュワン腫・髄膜腫・脊髄腫瘍を多発するNF2関連シュワノマトーシス(旧:神経線維腫症2型)が発症します。本記事では、2022年に刷新された疾患概念から、ブリガチニブによる画期的な治療成果まで、臨床遺伝専門医がわかりやすく解説します。
Q. NF2遺伝子はどんな働きをしていて、変異するとどうなりますか?
A. NF2遺伝子は第22染色体上にある「腫瘍抑制遺伝子」で、産生されるマーリンというタンパク質が細胞増殖のブレーキ役(Hippo経路)として働きます。この遺伝子の生殖細胞系列変異により両側の聴神経に腫瘍(前庭シュワン腫)が発生するNF2関連シュワノマトーシスを発症し、約25,000人に1人の頻度でみられます。2024年にはブリガチニブによる画期的な治療成果がNEJM誌に発表されました。
- ➤遺伝子の位置と産物 → 第22染色体長腕(22q12.2)の腫瘍抑制遺伝子。マーリン(Merlin/Schwannomin)をコード
- ➤分子機能 → Hippoシグナル伝達経路の上流調節因子として細胞増殖を抑制
- ➤関連疾患 → NF2関連シュワノマトーシス(2022年に「神経線維腫症2型」から改名)
- ➤遺伝形式 → 常染色体顕性遺伝(優性遺伝)。約半数は新生突然変異、その25〜50%が体細胞モザイク
- ➤最新治療 → ブリガチニブ(INTUITT-NF2試験/NEJM 2024)でFAK経路を阻害し、聴力35%改善
1. NF2遺伝子とは:第22染色体長腕に存在する腫瘍抑制遺伝子
NF2遺伝子は、ヒトの第22番染色体の長腕、より具体的には22q12.2と呼ばれる領域に位置する遺伝子です。「NF2」という名前は、長らくこの遺伝子の変異によって引き起こされる疾患「神経線維腫症2型(Neurofibromatosis type 2)」に由来していました。しかし、2022年の国際コンセンサスでこの疾患名はNF2関連シュワノマトーシス(NF2-related schwannomatosis: NF2-SWN)へと刷新されており、遺伝子名はそのままに、疾患概念だけが大きく転換しました。
NF2遺伝子は、いわゆる腫瘍抑制遺伝子(tumor suppressor gene)のひとつで、細胞が「増えすぎない」「無秩序に分裂しない」ように見張り役として働きます。腫瘍抑制遺伝子は、車にたとえるなら「ブレーキ」に相当し、一方でアクセルにあたるのが「がん原遺伝子(オンコジーン)」です。NF2遺伝子に病的な遺伝子変異が起こると、このブレーキが効かなくなり、特に末梢神経を取り巻くシュワン細胞や脳・脊髄を包む髄膜細胞が制御を失い、複数の腫瘍を形成するようになります。
💡 用語解説:腫瘍抑制遺伝子(しゅようよくせいいでんし)
細胞が「ふえすぎないように」見張る役割を持つ遺伝子の総称です。NF2のほか、TP53・RB1・APC・BRCA1/2なども有名な腫瘍抑制遺伝子です。これらの遺伝子は、両方のコピー(父方・母方の対立遺伝子)が壊れて初めて「ブレーキ完全喪失」となり腫瘍が発生する、「ツーヒット仮説(Knudson hypothesis)」と呼ばれる仕組みで腫瘍を抑える点が共通しています。詳細は腫瘍抑制遺伝子の解説ページもご参照ください。
2. マーリンタンパク質:細胞骨格と細胞膜をつなぐ「足場」
NF2遺伝子がコードするマーリン(Merlin)は、英語の頭文字「moesin-ezrin-radixin-like protein」をつなげた名前で、別名「シュワノミン(Schwannomin)」とも呼ばれます。マーリンは、細胞の内側を支える骨組み(細胞骨格=アクチンフィラメント)と、細胞の外周を覆う「膜」を物理的につなぐ「足場タンパク質(scaffold protein)」に分類されます。
この足場としての立ち位置は、神経の軸索を髄鞘で包み込む役目を持つシュワン細胞や、脳を包む膜(髄膜)を構成するアラクノイド細胞において、細胞が「いま自分はどんな環境にいるか」を察知し、増えてよいかどうかを判断する機能の中枢となります。健常な細胞では、隣の細胞と接触すると分裂が止まる「接触阻止(contact inhibition)」という現象が知られていますが、マーリンはこの接触阻止プロセスにおいて不可欠な分子です。
💡 用語解説:ERMファミリー(エズリン・ラディキシン・モエシン)
細胞骨格と細胞膜を結びつける機能を持つタンパク質群です。マーリンはこのファミリーの「親戚」にあたるタンパク質で、細胞表面の受容体・接着分子の配置や、外部からのシグナルを内部に伝える橋渡しの役割を担っています。マーリンが他のERMタンパク質と異なるのは、単なる構造物としての足場機能だけでなく、細胞増殖を抑制する強力な「ブレーキ」としての働きを持つ点です。
近年の生物物理学的研究によって、マーリンには驚くべき性質があることがわかってきました。マーリンは細胞膜上に存在するリン脂質「ホスファチジルイノシトール4-リン酸(PI4P)」と強く結合することで、細胞の中で液滴のような「生体分子凝縮体(biomolecular condensate)」を形成するのです。さらに、多くの似たような相分離凝縮体が「液体状」で流動的なのに対し、マーリンの凝縮体は「固体状(solid-like)」という極めて安定した物質特性を持ちます。この物質的安定性こそが、外部からの揺さぶりに耐えて持続的に細胞増殖シグナルを抑制する能力の源泉だと考えられており、将来的にはマーリンの相分離異常を狙った新しい治療薬の開発が期待されています。
3. Hippoシグナル伝達経路:マーリンが司る細胞増殖のブレーキシステム
🔍 関連記事:Hippoシグナル経路の総論/シグナル伝達とは/機能獲得型変異との対比
マーリンの腫瘍抑制機能の中核は、臓器のサイズや組織のバランスを保つために働くHippoシグナル伝達経路の「上流レギュレーター」として働く点にあります。Hippo経路は、もともとショウジョウバエ研究で発見されたシグナル伝達系で、ヒトでも進化的に保存されており、細胞増殖・細胞死・幹細胞の自己複製を統合的に制御しています。
マーリンが正常に機能している細胞では、マーリンは細胞膜の近くでMST1/2キナーゼを活性化し、その下流のLATS1/2キナーゼを細胞膜にリクルートします。活性化されたLATS1/2は、転写共役因子であるYAP(Yes-associated protein)とTAZをリン酸化し、これらが核内に移行できないように足止めします。核内に行けないYAP/TAZは、細胞の中でやがて分解されてしまい、結果として細胞増殖シグナルが「オフ」のまま保たれます。マーリンはさらに核内にも移行して、YAPを活性化するE3ユビキチンリガーゼ(CRL4DCAF1)の働きを阻害する並行ルートまで備えており、二重三重の抑制を加えています。
マーリン(NF2遺伝子産物)はMST1/2 → LATS1/2のキナーゼカスケードを活性化し、最終エフェクターであるYAP/TAZをリン酸化させて核内移行を阻害する。マーリン機能が失われると、YAP/TAZが核内に異常蓄積し、PTGS2(COX-2)・サバイビンなど細胞増殖促進遺伝子が爆発的に発現する。
対照的に、NF2遺伝子に変異が生じてマーリンタンパク質が機能を失った細胞では、この精緻な抑制システムが破綻します。マーリンが存在しないとLATS1/2は不活性なままで、YAP/TAZはリン酸化を逃れて未リン酸化の「活性型YAP」として核内に異常蓄積します。核内のYAPはTEAD(TEA domain)と呼ばれる転写因子と複合体を形成し、サバイビン(アポトーシス抑制)やCOX-2(プロスタグランジン産生)といった細胞増殖を強力に促進する遺伝子群を爆発的に活性化させてしまいます。この複合的な発がんシグナルの連鎖こそが、シュワン細胞や髄膜細胞の制御不能な増殖を招き、複数の腫瘍を生み出す根本メカニズムです。
4. 2022年新診断基準:「神経線維腫症2型」から「NF2関連シュワノマトーシス」へ
2022年、神経線維腫症の診断基準を扱う国際コンセンサスグループ(I-NF-DC)は、長年使われてきた「神経線維腫症2型(Neurofibromatosis type 2)」という名称を、「NF2関連シュワノマトーシス(NF2-related schwannomatosis: NF2-SWN)」へと刷新しました。この変更の背景には2つの重要な事実があります。1つは、この疾患では「神経線維腫(neurofibroma)」が実質的に発生せず病理学的に矛盾していたこと。もう1つは、神経線維腫症1型(NF1)との臨床的な混同が患者・家族・医療者に大きな混乱を招いていたことです。
シュワノマトーシスの遺伝学的再分類
新しい基準では、シュワン腫が複数できる「シュワノマトーシス」を、原因となる遺伝子ごとに以下のサブタイプに分類するアプローチが採用されました。
NF2関連シュワノマトーシスの新診断基準(2022)
2022年基準で「NF2関連シュワノマトーシス」と確定診断されるのは、以下のいずれかを満たした場合です。遺伝子検査の役割が大きく強化された点が、従来基準との最大の違いです。
- ①両側性の前庭シュワン腫が存在する
- ②解剖学的に異なる2つ以上のNF2関連腫瘍から、同一のNF2病的バリアントが分子的に証明される
- ③大基準2つ、または大基準1つ+小基準2つを満たす
大基準には「片側性前庭シュワン腫」「同胞以外の第1度近親者にNF2-SWNの家族歴」「2つ以上の髄膜腫」「非罹患組織からのNF2病的バリアント検出」が含まれます。小基準には「上衣腫」「前庭以外のシュワン腫」「若年性白内障」「網膜過誤腫」「40歳未満での網膜上膜」「単一の髄膜腫」などが含まれます。2022年版で新しく加わったのは「上衣腫」と「網膜過誤腫」、削除されたのは「神経線維腫」と「グリオーマ」です。
5. NF2関連シュワノマトーシスの臨床症状
🔍 関連記事:NF2関連シュワノマトーシス疾患ページ/髄膜腫とは/上衣腫とは
NF2関連シュワノマトーシスは、約25,000人に1人の頻度で発症する稀少な遺伝性腫瘍症候群で、平均発症年齢は18〜24歳とされます。生涯にわたって新たな腫瘍が発生し続けるのが特徴で、対処を誤れば失聴・歩行困難・脳幹圧迫へと進行します。
👂 両側性前庭シュワン腫
- 第8脳神経の両側に発生
- 耳鳴り・難聴・平衡感覚障害
- 本疾患の決定的所見
- 放置で完全失聴・脳幹圧迫
🧠 髄膜腫(Meningioma)
- 生涯リスクは80%に迫る
- 主に頭蓋内・時に脊髄
- 線維芽細胞型が多い
- 視神経圧迫・水頭症のリスク
🦴 脊髄腫瘍
- 患者の3分の2以上で発症
- 多くは「亜鈴型」のシュワン腫
- 上衣腫・低悪性度星細胞腫も
- 麻痺など最も深刻な症状
👁 眼科的所見
- 若年性後嚢下白内障(皮質楔状)
- 網膜過誤腫
- 網膜上膜(40歳未満で診断的)
- 視神経の肥厚
小児期の見逃されやすい初期症状
NF2関連シュワノマトーシスは「成人発症の疾患」と誤解されがちですが、約10%の患者は小児期に最初の症状を呈します。前庭シュワン腫の神経症状が現れる何年も前に、眼科的所見(後嚢下白内障など)として発見されることが少なくありません。また小児期には、不完全な回復にとどまる持続性の顔面神経麻痺、斜視(第3脳神経麻痺)、ポリオに類似する手下垂・足下垂といった単一神経障害として発症することもあり、専門医以外には見逃されがちです。
なお、NF2関連シュワノマトーシスでも約3分の1の患者に淡褐色の色素斑(カフェ・オ・レ斑)がみられることがあります。ただしカフェ・オ・レ斑はNF1(神経線維腫症1型)の主徴であり、NF2-SWNでは数が少なく診断基準にも含まれません。両者を見分けるうえでも、最終的には遺伝子検査による分子診断が決定的な役割を果たします。
6. モザイク現象:遺伝カウンセリングを左右する最重要概念
🔍 関連記事:体細胞モザイクと生殖細胞系列モザイク/遺伝形式の基本/遺伝カウンセリングとは
NF2関連シュワノマトーシスは常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の形式をとります。NF2遺伝子は1人につき2コピー存在し、そのうち1コピーに病的変異があれば発症します。しかし、NF2の遺伝学が複雑なのは、孤発例(家族歴のない患者)の約半数は受精後の新生突然変異(de novo変異)に由来し、さらにその25〜50%が「体細胞モザイク」であるという特異な事情があるためです。
💡 用語解説:体細胞モザイク(たいさいぼうモザイク)
受精後の細胞分裂の途中で突然変異が起こった結果、正常な遺伝子を持つ細胞と、変異を持つ細胞が一人の体内に混在する状態を指します。体のすべての細胞が変異を持つわけではないので、症状が比較的軽症で済むことがあります(例:両側ではなく片側のみに前庭シュワン腫が出る)。NF2では片側性前庭シュワン腫の患者の約60%、両側性の患者の約33%がモザイクとされ、診断にも遺伝カウンセリングにも大きな影響を与える概念です。詳細は体細胞モザイクの解説ページもご覧ください。
モザイクの有無は、次世代への遺伝確率(再発リスク)を評価するうえで決定的に重要です。
- ➤生殖細胞系列変異がある場合:通常の常染色体顕性遺伝として、子への遺伝確率は50%
- ➤モザイクNF2の場合:変異が精子・卵子に及んでいる割合が不明のため、子への遺伝確率は50%未満へと低下
- ➤血液DNA陰性のモザイクの場合:腫瘍からは変異が検出されても血液からは検出されないなら、次世代への伝播リスクは1%未満と推定
この情報は「子どもに必ず遺伝してしまうのではないか」という患者さんの絶望感を、「科学的に評価・管理できるリスク」へと変える力を持ちます。さらに、発端者がモザイクと証明されれば、その兄弟姉妹に対するリスクも上昇しない(両親が変異を持っていないため)と説明できるため、家族計画上の意思決定にも大きな影響を与えます。
7. NF2遺伝子検査:手法と検出感度
NF2遺伝子検査では、単一の手法では病的バリアントの全てを拾い切れないため、多角的なアプローチが採用されます。検査の戦略を出生前と出生後で分けて考える必要があります。
👶 出生後の検査
NGS配列解析:ミスセンス・ナンセンス・スプライス変異の検出(発端者の約75%で陽性)
コピー数解析:MLPAやマイクロアレイ(CMA)で大規模欠失・重複を検出(追加で約20%が陽性)
💡 用語解説:ミスセンス変異・ナンセンス変異とは
ミスセンス変異は、DNAの1塩基が変わって作られるアミノ酸が別の種類に置き換わる変異で、タンパク質の形や機能が変わります。ナンセンス変異は、1塩基の変化により、本来あるべきアミノ酸の指示が「ここでタンパク質作成を終わりにせよ」という終止コドンに変わってしまう変異で、不完全なタンパク質が作られます。NF2ではナンセンス変異やフレームシフト変異など、マーリンタンパク質の機能を完全に失わせるタイプの変異が多く検出されます。
モザイクを見逃さないための高深度シーケンス
モザイク症例では、変異を持つ細胞の割合(バリアントアレル頻度:VAF)が低くなるため、標準的なシーケンスでは「陰性」と誤判定される可能性があります。臨床的にNF2関連シュワノマトーシスが強く疑われるのに血液DNAでは変異が出ない場合は、高深度シーケンス(deep sequencing)を用いた解析や、手術で切除された複数の腫瘍組織そのものを直接解析するアプローチが採用されます。解剖学的に離れた2つ以上の腫瘍から同一のNF2病的バリアントが検出されれば、それは生殖細胞系列ではなくモザイク由来であっても診断確定の根拠となります。
8. ブリガチニブが切り拓く新しい治療:INTUITT-NF2試験(NEJM 2024)
🔍 関連記事:FAK(焦点接着キナーゼ)とは/バスケット型臨床試験/マーリンの機能
これまでNF2関連シュワノマトーシスに対する治療は、外科的手術と放射線治療(ガンマナイフ等)が中心でした。しかし多発する腫瘍に何度も外科介入を重ねれば、聴力喪失や顔面神経麻痺など医原性の神経損傷が避けがたく、患者さんのQOLは著しく低下します。放射線治療には長期の腫瘍制御率の限界(60〜80%)、聴力維持率の低さ(約35%)、そして最大15年経過後の悪性転化リスク(5〜6%)という重大な懸念があります。
この停滞状況に決定的なブレイクスルーをもたらしたのが、2024年6月に『New England Journal of Medicine』に発表されたPlotkinら(INTUITT-NF2コンソーシアム)による第2相プラットフォーム・バスケット型適応的臨床試験の結果です。ブリガチニブ(Brigatinib)は、もともとALK融合遺伝子陽性肺がんの治療薬として承認されていた経口マルチキナーゼ阻害剤ですが、NF2-SWN腫瘍に対してはFAK(焦点接着キナーゼ、PTK2)・FAK2(PTK2B)・FERといった非受容体型チロシンキナーゼを阻害することで、ALKを介さず抗腫瘍効果を発揮することが解明されました。
INTUITT-NF2試験の主な成果
試験では進行性の標的腫瘍を持つ12歳以上のNF2-SWN患者40名(年齢中央値26歳)が経口ブリガチニブ180mg/日で治療されました。バスケット型試験デザインにより、前庭シュワン腫・非前庭シュワン腫・髄膜腫・上衣腫の4腫瘍タイプにまたがる有効性が評価されています。
INTUITT-NF2試験:腫瘍タイプ別の客観的奏効率
追跡期間中央値10.4ヶ月時点の放射線学的奏効率(≥20%腫瘍縮小)
髄膜腫
非前庭
シュワン腫
全腫瘍
過去の
対照データ
12ヶ月無増悪率:髄膜腫77%・非前庭シュワン腫83%(過去のベバシズマブのリアルワールドデータ:髄膜腫62%)。対象耳の35%で聴力改善、患者の疼痛重症度も有意に低下。
特に注目すべきは、グレード4または5の重篤な治療関連有害事象は1例も報告されなかった点です。長年使われてきたベバシズマブ(VEGF阻害剤)には、長期投与でタキフィラキシー(効果減弱)が起きる、高血圧・タンパク尿・血栓塞栓症などの累積毒性が現れる、小児では成長や内分泌系に懸念があるといった重大な限界がありました。経口剤で副作用管理も比較的容易なブリガチニブは、長期維持療法に耐えうる新しい選択肢として、世界中のNF2-SWN診療を大きく変えつつあります。
将来の治療:ADCと遺伝子治療
小分子キナーゼ阻害剤の成功に続き、より根本的な治療法の開発も加速しています。NF2Tx社などのバイオテクノロジー企業は、米国Children’s Tumor Foundation(CTF)とのパートナーシップのもとで、孤発性・NF2関連の髄膜腫を標的とした抗体薬物複合体(ADC)を開発しています。ADCは特定の腫瘍細胞の表面抗原を狙う抗体に抗がん剤を結合させ、健常組織へのダメージを最小限にして腫瘍だけを破壊する「魔法の弾丸」です。さらに、前庭シュワン腫に対しては、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを使って正常なNF2遺伝子を直接導入する遺伝子治療の開発も進められています。
9. よくある誤解
誤解①「NF2はNF1の一種」
名前は似ていますが、NF1(17番染色体)とNF2(22番染色体)はまったく別の遺伝子・別の疾患です。NF1ではカフェ・オ・レ斑・神経線維腫・Lisch結節が特徴的ですが、NF2ではそれらは出現しないか稀です。2022年に名称が「NF2関連シュワノマトーシス」へ変更された主な理由の一つも、この混同を防ぐためです。
誤解②「家族歴がなければ遺伝病ではない」
NF2関連シュワノマトーシスの孤発例の約半数は新生突然変異によるものです。家族歴がなくても、本人の生殖細胞系列に変異が生じていれば、その先の子孫に遺伝する可能性があります。一方、モザイク(特に血液陰性モザイク)では子孫への伝播リスクが極めて低いケースもあり、検査による正確な評価が重要です。
誤解③「孤発性の聴神経腫瘍も遺伝性」
孤発性(片側のみ)の前庭シュワン腫や髄膜腫の多くは、腫瘍細胞内のみで起こった体細胞変異によるものです。生殖細胞系列ではないため次世代への遺伝性はありません。ただし、若年発症や両側性などNF2-SWNを疑う所見があれば遺伝子検査が推奨されます。
誤解④「治療法は手術と放射線しかない」
2024年に経口分子標的薬ブリガチニブの有効性がNEJM誌に発表され、状況は大きく変わりました。腫瘍縮小・聴力改善・疼痛軽減のいずれにも効果が示され、繰り返しの手術や放射線に頼らずに長期的に病勢をコントロールできる可能性が広がっています。
10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
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参考文献
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