InstagramInstagram

PUS10遺伝子とは?RNA修飾酵素の働きと、がん・免疫・疾患との関わりを遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

遺伝子と聞くと、多くの方は「体の設計図であるDNA」を思い浮かべます。けれど、その設計図から実際にタンパク質が作られるまでには、RNA(アールエヌエー)という「写し」を細かく整える工程がいくつもあります。PUS10(ピーユーエス・テン)遺伝子は、この「RNAを整える職人」の一つ、シュードウリジン合成酵素(pseudouridine synthase)を作る遺伝子です。近年の研究で、PUS10は単なるRNAの修飾役にとどまらず、マイクロRNAの成熟、がん細胞の動き、そして体の自然免疫にまで関わることがわかってきました。この記事では、PUS10とは何か、体の中でどんな働きをしているのか、そして「病気の原因遺伝子」と呼べるのかどうかまでを、遺伝専門医の視点で解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 RNA修飾・エピトランスクリプトミクス
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. PUS10遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. PUS10は、RNAの一部(ウリジンという部品)を「シュードウリジン(Ψ/プサイ)」という別の形に組み替える酵素を作る遺伝子です。とくに、タンパク質合成に欠かせないtRNA(転移RNA)を整える役割がよく知られています。さらに、酵素としての働きとは別に、マイクロRNA(miRNA)の成熟を助けるという第二の顔も持っています。がんや炎症、自然免疫との関わりも報告されていますが、PUS10という一つの遺伝子の変化だけで起こる遺伝性の病気は、現時点では確立していません。「原因遺伝子」というより、体のしくみを支える機能遺伝子・研究上の注目遺伝子として理解するのが正確です。

  • ➤正体 → RNAを修飾する酵素「シュードウリジン合成酵素」を作る遺伝子(2番染色体・2p16.1)
  • ➤主な仕事 → tRNAの54番目・55番目のウリジンをΨ(シュードウリジン)に変える
  • ➤第二の顔 → 酵素の働きとは無関係に、マイクロRNAの成熟を助ける
  • ➤病気とのつながり → がん・炎症性腸疾患・自然免疫との関連が研究されているが、単独の原因遺伝子ではない
  • ➤大切な視点 → 「遺伝子座が病気と関連する」ことと「その遺伝子が原因」であることは別問題

🧬 PUS10遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子記号 PUS10(ピーユーエス・テン)
正式名称 pseudouridine synthase 10(シュードウリジン合成酵素10)
染色体の位置 2番染色体 2p16.1(おおむね60.94〜61.02メガ塩基付近)
データベースID UniProt:Q3MIT2/Ensembl:ENSG00000162927
分子の分類 単独型(stand-alone)シュードウリジン合成酵素・PUS10ファミリー
主な働く相手(基質) 細胞質のtRNA(U54・U55)。加えて、pri-miRNA(マイクロRNAの前駆体)に結合して成熟を助ける
医療との関わり がん・炎症性腸疾患・自然免疫との関連が研究されている。単独遺伝子の遺伝性疾患としては未確立

※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた解説です。特定の検査を勧めるものではありません。

1. PUS10遺伝子とは ─ 「RNAを整える職人」の一人

私たちの体では、DNAの情報がまずRNAに写し取られ、そのRNAをもとにタンパク質が作られます。ところが、写し取られたばかりのRNAは「素材」の状態で、そのままでは十分に働けません。RNAには、あとから化学的な目印を付け加えるRNA修飾という工程が数多く用意されていて、これによってRNAの安定性や働き方が細かく調整されます。こうしたRNAの修飾を研究する新しい分野はエピトランスクリプトミクスと呼ばれ、近年とても注目されています。

PUS10は、そのRNA修飾を担う酵素の一つを作る遺伝子です。作られる酵素の名前はシュードウリジン合成酵素といい、RNAの部品である「ウリジン(U)」を「シュードウリジン(Ψ/プサイ)」という別の形に組み替えます。DNAメチル化などと並んで、Ψ(シュードウリジン)はもっとも古くから知られ、もっとも数の多いRNA修飾の一つで、「5番目のRNA塩基」と呼ばれることもあります。

💡 用語解説:ウリジンとシュードウリジン(Ψ)

RNAは4種類の部品(A・U・G・C)が数珠つなぎになってできています。このうちウリジン(U)の糖と塩基の結合様式を組み替えた異性体がシュードウリジン(Ψ、プサイと読みます)です。ふつうのウリジンでは塩基の「窒素原子」を介して糖とつながっていますが、Ψでは塩基の「炭素原子」を介したC–C結合に置き換わります。この小さな組み替えによって、RNAはより多くの水素結合を作れるようになり、立体的な形が安定します。くわしくはシュードウリジン化の解説もご覧ください。

PUS10という名前の「PUS」は pseudouridine synthase(シュードウリジン合成酵素)の頭文字で、ヒトにはこの仲間が13種類あることが知られています[4]。そのうちPUS10は、進化的に少し変わった立ち位置にいます。細菌や出芽酵母(パンやお酒を作る酵母)にはPUS10そのものが存在せず、古細菌(アーキア)とヒトを含む一部の生き物にだけ受け継がれてきました[2]。同じ役割を、生き物ごとに別の酵素が担うように「配り直されてきた」ことを示す、興味深い例です。

2. シュードウリジン化のしくみ ─ 材料もエネルギーもいらない組み替え

シュードウリジン合成酵素の面白いところは、外から材料やエネルギーをもらわずに反応を進められる点です。多くの酵素はATPというエネルギー通貨や、メチル基などの「付け足す部品」を必要としますが、シュードウリジン化はウリジンそのものの向きを組み替えるだけなので、追加の材料がいりません。この組み替えは「異性化(いせいか)」と呼ばれ、同じ部品を使いながら形だけを変える反応です。

PUSの仲間は、配列(アミノ酸の並び)どうしはあまり似ていなくても、反応の中心には共通してアスパラギン酸という決まったアミノ酸を持っています。この一つのアミノ酸が、組み替え反応の「かなめ」として働きます。ヒトPUS10でも、この中心となるアスパラギン酸を別のアミノ酸に置き換えると、シュードウリジンを作る力が失われることが実験で示されています[1]。このアスパラギン酸は、PUS10の触媒活性に不可欠な残基であることを示しています。

ただし、PUS10は「決まった配列を機械的に読む」だけの単純な酵素ではありません。相手であるtRNAの立体的な形や、すでに付いている別の修飾までを「読み取って」働きます。たとえばヒトPUS10は、tRNAのT-ループと呼ばれる部分にあるm¹A58(1-メチルアデノシン)という別の修飾が先に付いていると、Ψ54を効率よく作れることがわかっています[2]。RNA修飾がバラバラに付くのではなく、「先に付いた修飾が次の修飾の目印になる」という連携プレーが働いているのです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「形を変えるだけ」の奥深さ】

遺伝子の教科書では、酵素は「何かをくっつける」「何かを切る」ものとして説明されがちです。けれどシュードウリジン化は、部品を足すのでも切るのでもなく、結合様式を組み替える異性化反応です。それによって、RNAの立体構造や安定性が変化します。「小さな組み替え」がRNAの性質を変え、細胞機能を支える一例です。

そして、そのかなめが「たった一つのアミノ酸」であること。この一点が変わるだけで酵素の働きが左右されるという事実は、遺伝子の変化を読むときの視点にも通じます。

3. PUS10の「2つの顔」 ─ 触媒する仕事としない仕事

PUS10を語るうえで、いちばん大切なのが「2つの顔」を持っているという点です。一つは、これまで説明してきたtRNAを組み替える酵素としての顔。もう一つは、酵素の力とはまったく無関係に働く、マイクロRNAの成熟を助ける顔です[1]。まずは全体像を図で見てみましょう。

PUS101つの遺伝子
▶
細胞質での顔tRNAを組み替える(酵素の力が必要)
+
核での顔miRNA成熟を助ける(酵素の力は不要)

この「酵素の力がいらない仕事」というのが、PUS10研究のいちばんの驚きでした。ふつう、酵素は化学反応を起こすことで役に立ちます。ところがPUS10は、核の中では反応を起こさなくても、RNAどうしをつなぐ「橋渡し役」として働けるのです。同じ一つのタンパク質が、いる場所(細胞質か核か)によって、まったく別の仕事をこなす——PUS10は、そういう多機能なRNA結合タンパク質だと理解されています[1]。

💡 用語解説:触媒(しょくばい)依存と非依存

「触媒」とは、化学反応を進める働きのことです。PUS10がtRNAを組み替えるときは、この触媒の力が必要です(=触媒依存的)。一方、マイクロRNAの成熟を助けるときは、反応を起こす力を失ったPUS10でも同じように働けます(=触媒非依存的)。つまり「PUS10というタンパク質が存在すること」と「PUS10が実際に組み替え反応をすること」は、分けて考える必要があるのです。この区別は、PUS10を理解するうえで最も重要なポイントです。

4. tRNAでの働き ─ 「Ψ54」と「Ψ55」をめぐる最新像

tRNA(転移RNA)は、タンパク質を組み立てるリボソームに、材料であるアミノ酸を運んでくる「運び屋」です。このtRNAには、決まった位置に修飾が付くことで、正しい形と安定性が保たれています。PUS10がとくに関わるのが、tRNAの54番目(U54)と55番目(U55)のウリジンです。

ヒトPUS10については、2019年の研究で、特定のtRNA(HIVの逆転写酵素の足場になるtRNA^Lys3などを含む)でΨ54を作ることが実証されました[2]。以前は、eukaryote(真核生物)にtRNAのΨ54を作る酵素は見つかっていなかったため、これはヒトPUS10の重要な発見でした。

一方、Ψ55のほうは、少し複雑な歴史をたどっています。2021年には、「核のTRUB1」「ミトコンドリアのTRUB2」「細胞質のPUS10」が、それぞれ別々のtRNAでΨ55を担うという区画化モデルが提案されました[3]。ところが2025年、より高感度な解析法(BACS法)を使った包括的な調査によって、この描像は大きく更新されました。多くの細胞質tRNAでは、TRUB1とPUS10が広く協力・重複しながらΨ55を作っていることがわかったのです[4]。片方を欠いても、もう片方が補うため、Ψ55は失われにくいということです。

💡 「矛盾」ではなく「解像度が上がった」

2021年のモデルと2025年の結果は、一見すると食い違って見えます。けれどこれは、どちらかが間違っていたというより、技術が進歩して、より細かく全体を見渡せるようになった結果と考えるのが自然です。特定のtRNAを一つずつ調べていた時代から、すべてのtRNAのΨを定量的に地図化できる時代へ——解像度が上がったことで、「重複して働く」という冗長性が初めて見えてきたのです。Ψ54についてはPUS10への依存度が高く、Ψ55はTRUB1の寄与のほうが全体としては大きい、といった役割分担の濃淡も見えてきています[4]。

\ 遺伝子や遺伝子検査の結果について専門医に相談したい方へ /

📅 遺伝カウンセリングを予約する

お問い合わせはこちら | 遺伝カウンセリングとは

5. マイクロRNAとがん ─ 酵素の力を使わない「橋渡し」

PUS10のもう一つの顔が、マイクロRNA(miRNA)の成熟を助ける働きです。マイクロRNAは、遺伝子の働きを細かく調節する短いRNAで、まず長い前駆体(pri-miRNA)として作られ、段階的に切り出されて完成します。この切り出しを担う「はさみ」の役割を果たすのが、DROSHA–DGCR8複合体(マイクロプロセッサー)です。

PUS10が核内でpri-miRNAに結合し、DROSHA-DGCR8マイクロプロセッサーとの橋渡しをして、触媒活性に依存せずpre-miRNAへの切断とmiRNA成熟を促進する仕組みを示す模式図

PUS10は核内でpri-miRNAに結合し、DROSHA-DGCR8からなるマイクロプロセッサーとの相互作用を介してpri-miRNAの切断とmiRNA成熟を促進します。この機能はPUS10のシュードウリジン合成酵素としての触媒活性には依存せず、RNAとマイクロプロセッサーをつなぐ「橋渡し役」としての働きによることが示されています。

PUS10は核の中で、このpri-miRNAに直接くっつき、マイクロプロセッサーとの橋渡しをして、切り出しを助けます[1]。PUS10を細胞から取り除くと、多くの成熟マイクロRNAが減り、切り出される前の前駆体がたまってしまいます。そして冒頭で述べたとおり、この働きにはシュードウリジンを作る酵素の力はいりません。反応を起こせないPUS10でも、橋渡し役としてはちゃんと働けるのです[1]。

この「橋渡し」の働きが、がんの研究とつながってきました。2023年の研究では、腎細胞癌(じんさいぼうがん)でPUS10の発現が低下しており、発現が低い患者さんほど予後がよくない傾向が報告されています[5]。実験的には、PUS10が「miR-194-5p」というマイクロRNAの成熟を促し、それがNUDC・コフィリン1という分子を介して、がん細胞の移動(遊走)を抑えることが示されました。つまりPUS10は、腎細胞癌ではがん細胞の動きにブレーキをかける側に働いていると考えられています[5]。この移動を抑える作用もまた、酵素の力に依存していませんでした。

PUS10核内
▶
miR-194-5p成熟を促進
▶
NUDC抑制
▶
がん細胞の移動ブレーキ

なお、この研究では、低酸素状態やHIF-1Aという因子がPUS10の発現を抑えることも示されています[5]。ただし、これはあくまで腎細胞癌の細胞や組織を用いた研究段階の知見です。PUS10を治療の標的にできるかどうかは、まだ臨床で実証されたものではありません。PUS10を人為的に増やせば、正常なtRNA修飾やマイクロRNA全体、免疫にも影響が及ぶ可能性があるため、慎重な検討が必要です。

6. 免疫との関わり ─ マウス研究が示した意外な役割

2025年には、PUS10の役割がさらに広がりました。ノックアウト(遺伝子を働かなくしたマウス)を使った研究で、PUS10が自然免疫のバランスにも関わることが示されたのです[6]。

この研究によれば、PUS10を失うと、tRNAが断片化してできる小さなRNA(tRNA由来small RNA)の量が変わります。すると翻訳(タンパク質合成)が乱れ、ふだんは抑えられている内在性レトロエレメント(その一部に内在性レトロウイルスを含む)の発現が変化します。その結果、細胞内でインターフェロン(免疫のシグナル)が高まり、RNA-DNAハイブリッドの蓄積を介してcGAS-STING経路が活性化する可能性が示されました[6]。

ここで大切なのは、Ψという小さな修飾の欠如が、「tRNAの安定性を少し変える」だけにとどまらないという点です。tRNAの切れ方が変わり、それが小さなRNAによる調節→翻訳→レトロエレメントの制御→自然免疫の感知へと波及していく。PUS10の生物学的な影響は、RNAの化学修飾そのものよりずっと広い範囲に及びうる、ということが見えてきました[6]。なお、この研究ではPus10欠損マウスに明らかな発生異常は認められませんでしたが、寿命を含む長期的な影響まで、この研究だけから判断することはできません。

7. 疾患との関係 ─ 「原因遺伝子」と呼べるのか

ここまで読むと、「PUS10はいろいろな病気に関わる原因遺伝子なのか」と思われるかもしれません。ここは、遺伝診療の視点からとくに丁寧に整理したい部分です。PUS10と疾患の関係は、大きく3つのレベルに分けて考える必要があります。

① GWASで見つかった「共有リスク座位」

2011年のGWAS(ゲノムワイド関連解析)のメタ解析で、PUS10を含む2p16.1という領域が、クローン病とセリアック病(いずれも腸の慢性炎症性疾患)の共有リスク座位の一つとして報告されました[7]。ただし、これはとても重要な注意点があります。

💡 「遺伝子座が関連する」≠「その遺伝子が原因」

GWASで「PUS10の領域が病気と関連する」とわかっても、それはPUS10という遺伝子そのものが病気を起こしている証拠にはなりません。近くにある別の遺伝子や、遺伝子の働きを調節する部分(エンハンサーやeQTL)が本当の原因かもしれないからです。統計的な「関連」と、原因となる「因果」は、はっきり区別して考える必要があります。この領域の名前にたまたまPUS10が付いているだけ、という可能性も残っているのです。

② がんでの機能的な関わり

前の章で紹介したとおり、腎細胞癌ではPUS10の発現低下が予後の悪さと関連し、がん細胞の移動を抑える働きが実験的に示されています[5]。これは、生まれつきの遺伝子の変化(生殖細胞系列変異)ではなく、がん組織でのPUS10の量の変化という、別のレベルの話です。

③ 単独遺伝子の遺伝性疾患としては未確立

では、PUS10という一つの遺伝子に生まれつきの変化があることで起こる、確立した遺伝性の病気(メンデル遺伝病)はあるのでしょうか。今回もとにした英語の一次文献の範囲では、PUS10単独の病的な変異(バリアント)による確立した遺伝性疾患は、確認できませんでした。

💡 用語解説:バリアント(遺伝子の変化)とミスセンス変異

「バリアント」や「変異」とは、遺伝子の設計図(DNAの並び)が多くの人と異なっている状態です。病気につながるものもあれば、体質の個性にとどまるものもあります。たとえばミスセンス変異は、設計図の1文字が変わってアミノ酸が別のものに置き換わるタイプの変化です。PUS10については、こうした個々のバリアントを「病的」と一般化できるだけの根拠は、現時点ではありません。特定のバリアントの意味を臨床的に判断するには、そのつどClinVarなどのデータベースや、集団での頻度、家系での分かれ方、機能実験などを個別に確認する必要があります。

これらをまとめると、PUS10は「強い遺伝性疾患の原因遺伝子」と表現するよりも、GWASの候補座位・がんや免疫における機能遺伝子・RNA修飾酵素として位置づけるのが、いまのところ最も正確です。なお、2p16.1付近を含む大きな染色体欠失(複数の遺伝子にまたがるコピー数変化)は発達の問題と関連しうることが知られていますが、その場合もPUS10単独の寄与かどうかは判定できません。

8. PUSファミリーと構造 ─ 仲間たちと未解明の部分

PUS10は、ヒトに13種類あるシュードウリジン合成酵素ファミリーの一員です[4]。同じ「Ψを作る」仕事をしながら、それぞれ担当するRNAや位置が異なります。当院の遺伝子解説では、以下のような仲間のページもご用意しています。

🧬 PUS10と関連する主な遺伝子

遺伝子 関わり
TRUB1 細胞質tRNAのΨ55形成をPUS10と重複して担う、最も近い相棒
PUS1 tRNAの別の位置を修飾するPUSファミリーの一員
PUS3 tRNAのアンチコドン近傍などを修飾するPUSファミリー
PUS7 tRNAやmRNAを修飾し、がんとの関連も研究されるPUSファミリー
DKC1 ガイドRNAを使ってΨを作る、少し異なるタイプのPUS(先天性角化不全症に関与)

※各遺伝子の詳細はリンク先の解説をご覧ください。

構造の面では、PUSファミリーに共通する「かなめのアスパラギン酸」がPUS10でも中心的な役割を果たします。ヒトPUS10そのもののX線結晶構造は2007年に2.0 Å分解能で解析され、PDB 2V9Kとして公開されています[8]。この構造では、保存された触媒ドメインとPUS10に特徴的なTHUMPを含む補助ドメイン、RNA結合に関与しうる「forefinger(人差し指)ループ」「thumb(親指)ループ」が示されています。古細菌Pus10を用いた変異実験でも、これらのループがtRNAの認識やΨ54・Ψ55形成に関与することが示されています。ただし、ヒトPUS10がtRNAやpri-miRNAと結合した複合体の立体構造は、まだ十分に解明されていません。なぜ同じタンパク質が隣り合うU54とU55の両方を修飾できるのか、なぜ核では酵素の力を使わずに働けるのかを原子レベルで説明するには、ヒトPUS10とtRNA・pri-miRNAの複合体構造の解明が待たれます。これは、PUS10研究に残された課題の一つです。

9. 遺伝診療との接点 ─ PUS10から学べること

PUS10は、日常の診療で直接検査する遺伝子ではなく、基礎研究が中心の分野です。それでも、この遺伝子は遺伝診療にとって大切な視点をいくつも教えてくれます。

一つめは、「遺伝子の働きを、酵素の力だけで判断してはいけない」ということです。PUS10は、酵素としての反応を起こさなくても、橋渡し役として重要な仕事をしていました。ある遺伝子産物が化学反応を起こさないとしても、それが橋渡しや足場として働くなら、その変化は意味を持ちうるのです。

二つめは、「遺伝子座と病気の関連は、原因の証明ではない」ということです。GWASでPUS10の領域がクローン病・セリアック病と関連するとわかっても、それだけではPUS10が原因とは言えません[7]。遺伝子検査で見つかった変化が体にどう影響するかを考えるときにも、「関連」と「因果」を分けて慎重に読み解く姿勢が欠かせません。

当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのか——こうした点を、中立の立場で一緒に整理していきます。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人です。PUS10のような研究段階の遺伝子については、「遺伝子の働きをどう読み解くか」という理解の土台として位置づけています。

10. よくある誤解

誤解①「PUS10はtRNAを修飾するだけの酵素」

PUS10は、tRNAを組み替える酵素であると同時に、酵素の力を使わずにマイクロRNAの成熟を助ける橋渡し役でもあります。いる場所によって2つの顔を使い分ける、多機能なタンパク質です。

誤解②「Ψ55はPUS10が一人で作る」

最新の研究では、細胞質tRNAのΨ55はTRUB1とPUS10が広く重複して作っていることがわかりました。片方を欠いても、もう片方が補います。Ψ54のほうがPUS10への依存度が高い傾向です。

誤解③「PUS10の領域が病気と関連=原因遺伝子」

GWASで領域が関連しても、PUS10が原因とは限りません。近くの別の遺伝子や調節領域が本当の要因である可能性があり、「関連」と「因果」は区別が必要です。

誤解④「がんに関わるなら、すぐ検査や治療に使える」

腎細胞癌での知見は、あくまで研究段階です。PUS10を治療の標的にできるかは臨床で実証されておらず、日常診療で検査する遺伝子でもありません。

まとめ ─ 「小さな組み替え」が支える大きなしくみ

PUS10は、RNAの部品をほんの少し組み替える「シュードウリジン化」という地味な反応を担う遺伝子です。けれどその役割は、tRNAを整えるだけにとどまりません。酵素の力を使わずにマイクロRNAの成熟を助け[1]、がん細胞の動きに関わり[5]、tRNAの断片を通じて自然免疫にまで影響する[6]——PUS10研究は、いま急速に広がっています。

同時にPUS10は、「一つの遺伝子を単純に病気の原因と決めつけない」という、遺伝診療の基本姿勢の大切さも教えてくれます。GWASでの関連、がんでの機能、そして生まれつきの変異——これらはそれぞれ別のレベルの話であり、丁寧に切り分けて理解する必要があります[7]。今後、ヒトPUS10の立体構造が解明され、「PUS10というタンパク質の存在」と「PUS10による組み替え反応」を実験的に分けて調べる研究が進めば、この遺伝子の姿はさらにはっきり見えてくるはずです。

よくある質問(FAQ)

Q1. PUS10遺伝子とは何ですか?

PUS10は、RNAの部品であるウリジンを「シュードウリジン(Ψ)」という別の形に組み替える酵素(シュードウリジン合成酵素10)を作る遺伝子です。2番染色体の2p16.1にあります。とくに、タンパク質合成に使われるtRNAを整える役割がよく知られていますが、それとは別に、マイクロRNAの成熟を助ける働きも持っています。

Q2. PUS10の「2つの顔」とは何ですか?

一つは、細胞質でtRNAのウリジンをΨに組み替える「酵素としての顔」です。この働きには反応を起こす力(触媒活性)が必要です。もう一つは、核の中でマイクロRNAの成熟を助ける「橋渡し役としての顔」で、こちらは酵素の力を使いません。同じタンパク質が、いる場所によって別の仕事をこなします。

Q3. PUS10は病気の原因遺伝子ですか?

現時点では、PUS10という一つの遺伝子の生まれつきの変化だけで起こる、確立した遺伝性の病気は確認されていません。GWASという解析で、PUS10を含む領域がクローン病やセリアック病と統計的に関連することは報告されていますが、これはPUS10そのものが原因である証拠にはなりません。がん(腎細胞癌)での機能的な関わりも研究されていますが、これも研究段階の知見です。

Q4. PUS10はがんと関係がありますか?

腎細胞癌の研究では、PUS10の発現が低下しており、発現が低いほど予後がよくない傾向が報告されています。実験では、PUS10がマイクロRNA(miR-194-5p)の成熟を促して、がん細胞の移動を抑える方向に働くことが示されました。ただし、これは研究段階の知見であり、治療の標的として臨床で実証されたものではありません。

Q5. PUS10の検査は受けられますか?

PUS10は基礎研究が中心の遺伝子で、日常の診療で単独に検査する対象ではありません。遺伝子や染色体に関わる検査の結果の意味や、遺伝性の病気についてご不安がある場合は、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで、何が分かり何が分からないのかを一緒に整理することができます。

🏥 遺伝子や染色体に関わる検査のご相談

遺伝子の働きや遺伝性の病気、遺伝子検査の結果の意味について
お悩みの方は、臨床遺伝専門医が在籍する
ミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] Differential roles of human PUS10 in miRNA processing and tRNA pseudouridylation. Nat Chem Biol. 2020. [PubMed 31819270]
  • [2] The human ortholog of archaeal Pus10 produces pseudouridine 54 in select tRNAs where its recognition sequence contains a modified residue. RNA. 2019. [PubMed 30530625]
  • [3] Mammalian nuclear TRUB1, mitochondrial TRUB2, and cytoplasmic PUS10 produce conserved pseudouridine 55 in different sets of tRNA. RNA. 2021. [PubMed 33023933]
  • [4] A comprehensive tRNA pseudouridine map uncovers targets dependent on human stand-alone pseudouridine synthases. Nat Cell Biol. 2025. [PubMed 41136621]
  • [5] HIF1A-repressed PUS10 regulates NUDC/Cofilin1 dependent renal cell carcinoma migration by promoting the maturation of miR-194-5p. Cell Biosci. 2023. [PMC10439626]
  • [6] PUS10-induced tRNA fragmentation impacts retrotransposon-driven inflammation. Cell Rep. 2025. [PubMed 40402745]
  • [7] A meta-analysis of genome-wide association scans identifies IL18RAP, PTPN2, TAGAP, and PUS10 as shared risk loci for Crohn’s disease and celiac disease. PLoS Genet. 2011. [PubMed 21298027]
  • [8] Crystal Structure of Human Pus10, a Novel Pseudouridine Synthase. J Mol Biol. 2007;373(5):1243-1254. [PubMed 17900615]

関連記事

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 当サイトの記事は、院長が自ら執筆し、医学的な内容を確認してから公開しています。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

記事の作り方と生成AIの使い方は、編集方針をご覧ください。

お電話での受付可能
診療時間
午前 10:00~14:00
(最終受付13:30)
午後 16:00~20:00
(最終受付19:30)
休診 火曜・水曜

休診日・不定休について

クレジットカードのご利用について

publicブログバナー
 
medicalブログバナー
 
NIPTトップページへ遷移