InstagramInstagram

PUS3遺伝子とは?tRNAを整える酵素と、その変化が起こす神経発達症を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

私たちの細胞の中では、DNAの情報がRNAという形に写し取られ、そこからタンパク質が作られています。その主役の一つが、アミノ酸を運ぶ「運び屋」であるtRNA(トランスファーRNA)です。PUS3(ピーユーエスさん)遺伝子は、このtRNAに小さな化学的な目印を付けて、正しく働けるように整える酵素の設計図です。ふだんは意識されることのない、いわば裏方の遺伝子ですが、両親から受け継いだPUS3に変化があると、知的障害・小頭症・てんかんなどを特徴とする神経発達症が起こることがわかっています。この記事では、PUS3遺伝子とは何か、どんな働きをしていて、その変化がなぜ発達に影響するのかを、臨床遺伝学の観点から解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 PUS3・tRNA修飾・常染色体劣性の神経発達症
臨床遺伝専門医監修

Q. PUS3遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. PUS3遺伝子は、tRNA(アミノ酸を運ぶRNA)の決まった場所にあるウリジンという部品を、シュードウリジン(Ψ/プサイ)という形に作り替える酵素「pseudouridine synthase 3」の設計図です。この目印はtRNAの形と、遺伝暗号を読み取る精度を整える働きをします。両親からそれぞれ変化したPUS3を受け継いだ場合(常染色体劣性)、全般的な発達の遅れ・知的障害・小頭症・てんかんなどを特徴とする、まれな神経発達症が起こることが報告されています[1][3]

  • 正体 → tRNAのアンチコドン付近(38/39番目)をΨ化する酵素の設計図。11番染色体(11q24.2)にある
  • 働き → tRNAの形と、翻訳(タンパク質合成)での遺伝暗号の読み取りを微調整する
  • 関連する病気 → 両アレル性の変化で起こる常染色体劣性の神経発達症(MRT55/NEDMIGSなど)
  • 主な症状 → 発達の遅れ・知的障害・小頭症・筋緊張低下・てんかん。灰色強膜は必ずしも見られない
  • 遺伝形式 → 常染色体劣性(潜性)。両親が保因者の場合、子どもが発症する確率は理論上25%

🧬 PUS3遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 PUS3(pseudouridine synthase 3/シュードウリジン合成酵素3)。別名 DEG1・MRT55・NEDMIGS など
場所 第11番染色体長腕 11q24.2(GRCh38)
主な識別番号 NCBI Gene ID 83480/HGNC:25461/Ensembl ENSG00000110060/UniProt Q9BZE2
分子の働き tRNAのアンチコドン・ステムループにあるウリジンをシュードウリジン(Ψ)へ作り替える酵素(EC 5.4.99.45)
主な標的 tRNAの38番・39番の位置(Ψ38/Ψ39)[1]
関連疾患 PUS3関連神経発達症(常染色体劣性)。知的障害・小頭症・てんかんなど[3]

※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた解説です。特定の検査を勧めるものではありません。

1. PUS3遺伝子とは ─ tRNAを整える裏方の酵素

PUS3遺伝子は、正式名称をpseudouridine synthase 3(シュードウリジン合成酵素3)といい、第11番染色体の長腕、11q24.2という場所に位置しています。この遺伝子から作られるPUS3タンパク質は、細胞の中でtRNA(トランスファーRNA)という分子に、ある化学的な目印を付ける酵素として働きます。

💡 用語解説:tRNA(トランスファーRNA)とは

tRNAは、タンパク質を組み立てるときにアミノ酸を運んでくる「運び屋」の分子です。遺伝暗号(コドン)を3文字ずつ読み取り、それに対応するアミノ酸をリボソームへ届けます。tRNAはクローバーの葉のような形をしていて、暗号を読み取る先端部分を「アンチコドン」と呼びます。PUS3は、このアンチコドンのすぐ近くに目印を付けます。

遺伝子の情報がタンパク質になるまでには、DNAの情報をRNAに写し取る「転写」と、そのRNAをもとにアミノ酸をつないでいく「翻訳」という2つの段階があります。tRNAは、この翻訳の場面で欠かせない部品です。ところが、できあがったばかりのtRNAは、そのままでは十分に働けません。多くの場所に化学的な修飾(目印)が加えられて、はじめて安定して正確に機能するようになります。PUS3は、その修飾のうちの一つを担当しています。

PUS3が作り替える相手は、tRNAのアンチコドン・ステムループにある38番目・39番目のウリジンです。ウリジンをシュードウリジン(Ψ)という別の形に変えることで、tRNAの局所的な構造や、遺伝暗号を読み取るときのふるまいが微調整されます[1]。派手な働きではありませんが、翻訳の品質を保つための地道な調整役だと考えると、その大切さが見えてきます。

2. シュードウリジン化(Ψ化)という修飾 ─ 「5番目の塩基」

PUS3の仕事を理解するには、まずシュードウリジン化(Ψ化)という現象を知る必要があります。RNAは、A・U・G・Cという4種類の部品(ヌクレオチド)がつながってできています。シュードウリジン(Ψ、プサイと読みます)は、このうちのウリジン(U)を作り替えた特別な形で、あまりに広く存在するため「5番目のヌクレオシド」とも呼ばれてきました。

💡 用語解説:シュードウリジン(Ψ)とは

ウリジンは、塩基(ウラシル)と糖(リボース)が特定の場所でつながってできています。シュードウリジン化では、このつなぎ目の結合が組み替えられ、塩基が回転して別の場所で糖と結びつきます。文字(塩基の種類)そのものは変わらないのに、RNAの水素結合の作りやすさや、分子の重なり方(スタッキング)といった性質が変わるのが特徴です。いわば「同じ文字を、より頑丈な書体に書き直す」ような修飾です。

こうしたRNAへの化学修飾をまとめて研究する分野をエピトランスクリプトミクスと呼びます。RNAには、シュードウリジン化のほかにもm6A(メチルアデノシン)など170種類以上の修飾が知られており、Ψ化はその中でも最も豊富なものの一つです。PUS3は、この豊富な修飾のうち、tRNAのアンチコドン近くのΨ38/Ψ39を専門に担当する酵素、というわけです。

では、この目印は何の役に立っているのでしょうか。酵母(イースト)を使った古典的な研究では、アンチコドン付近のΨ38/Ψ39が失われると、遺伝暗号を読み取る効率(リコーディング効率)が下がることが示されています[6]。さらに、特定のtRNAでは、他の修飾との組み合わせによって、温度に依存した機能の乱れが強まることも報告されています[7]。つまりPUS3が付ける目印は、単なる化学的な飾りではなく、翻訳の正確さと効率を保つための品質管理に関わっていると理解できます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「目印を付けるだけ」の遺伝子が、なぜ重いのか】

遺伝子と聞くと、多くの方は「何か立派な部品そのものを作る設計図」を思い浮かべると思います。ところがPUS3のように、他の分子にちょっとした目印を付けるだけの「調整役」の遺伝子も、たくさんあります。地味に見えますが、こうした調整役が乱れると、細胞全体の情報の流れが少しずつ狂っていきます。

現在の医学的知見では、翻訳やRNA修飾に関わる遺伝子の変化が、重い神経症状につながることがあります。「小さな目印」の積み重ねが、脳という繊細な器官の発達を支えていることを、PUS3関連疾患の研究は示しています。

3. PUS3という酵素のかたちと働き

PUS3は、tRNAの38番・39番のウリジンをΨに作り替える反応(EC 5.4.99.45)を担う酵素です。この反応は、他の多くの酵素と違って、ATPやビタミン由来の補酵素を必要としません。塩基のつなぎ目を組み替えるだけの反応なので、外から材料を持ち込む必要がないのです。この点は、PUS3が単独で働ける「スタンドアロン型」のシュードウリジン合成酵素であることと合っています[1]

💡 用語解説:触媒残基(しょくばいざんき)

酵素が化学反応を進めるときに、中心的な役割を果たす特定のアミノ酸を「触媒残基」といいます。PUS3では、118番目のアスパラギン酸(D118と表記します)が最も重要な触媒残基で、すぐそばの116番目のアルギニン(R116)も、標的のRNAを正しい位置に置くのに役立っています[1]

2024年には、ヒトのPUS3がtRNAをどのように認識しているのかを、原子レベルで示した研究が発表されました[1]。この研究では、単粒子クライオ電子顕微鏡(cryo-EM)という手法で、PUS3がtRNAと結びついた瞬間の立体構造がとらえられています。最も分解能の高い構造は2.66オングストロームという細かさで、PUS3がどのようにtRNAを抱え込むのかが、はっきりと見えるようになりました。ここで大切なのは、現在確立しているヒトPUS3の実験構造はX線結晶構造ではなく、クライオ電子顕微鏡の構造だという点です。文献を調べるときには、この違いに注意が必要です。

この研究が明らかにした最も重要な仕組みは、PUS3が左右対称の二量体(にりょうたい:同じタンパク質が2つ組んだ複合体)として、tRNAを一つの認識装置のように読み取っている、ということです[1]。片方のサブユニットが標的のウリジンを活性中心へ導き、もう片方がtRNAの遠い部分を認識します。この幾何学的な「物差し」のおかげで、数あるウリジンの中から、ちょうど38番・39番の位置を正確に選び出せるのです。しくみを図で整理すると、次のようになります。

PUS3ホモ二量体がtRNAの肘領域とアンチコドン・ステムループを認識し、活性中心のAsp118付近でU39をシュードウリジン(Ψ39)へ修飾する仕組みを示した模式図

PUS3はホモ二量体としてtRNAを認識し、アンチコドン・ステムループのU39を活性中心へ配置してシュードウリジン(Ψ39)へ変換します。tRNAの複数部位を認識することで、修飾する位置を選択する仕組みが明らかになっています。

PUS3が二量体を形成同じ酵素が2つ組む
tRNAを両側から認識位置を測る物差し
38/39番のUを活性中心へD118が反応を担う
Ψ38/Ψ39が完成tRNAが整う

さらにこの研究では、成熟したtRNAだけでなく、まだ加工途中の前駆体tRNA(pre-tRNA)にもPUS3が結合できることが示されました[1]。これは、PUS3による修飾の少なくとも一部が、tRNAが作られる比較的早い段階で起きている可能性を示しています。細胞内でのPUS3タンパク質は、主に核の中(核質)に存在し、加えて細胞質にも見られます。これは、核で作られる途中のpre-tRNAと、細胞質で働く成熟tRNAの両方に近づける位置にいることと合っています。

PUS3の触媒の中心は、タンパク質のおよそ67番目から329番目にかけての「シュードウリジン合成酵素ドメイン」と呼ばれる領域にあります。ただし、tRNAを正しく認識したり、二量体を組んだり、タンパク質の形を安定に保ったりする働きは、この中心部分だけでなく、その周りの領域も担っています。そのため、ある変異が病気につながるかどうかを考えるときには、「触媒の中心部分に入っているかどうか」だけでなく、tRNAの認識や二量体形成、タンパク質の安定性に関わる周辺の領域への影響も、あわせて見ていく必要があります。この視点は、後の章で紹介するミスセンス変異の理解にもつながります。

PUS3のような酵素は、生き物の進化の中で古くから保たれてきました。ヒトのPUS3と、マウス、ショウジョウバエ、酵母(Deg1と呼ばれます)、植物、さらには細菌や古細菌のTruAというタンパク質まで、触媒の中心部分や重要なRNA結合の要素がよく似ています。実際、酵母のDeg1/Pus3がtRNAのΨ38/Ψ39を作る酵素であることは1998年に、マウスのPus3が同じ働きを持つことは2000年に、それぞれ実験で示されています。触媒活性を捨てずに長く保たれてきたという事実そのものが、この酵素がいかに基本的で大切な役割を担っているかを物語っています。

4. PUS3はどこで働いているのか ─ 脳だけの遺伝子ではない

PUS3関連の病気が神経に強く現れることから、「PUS3は脳で特別にたくさん働いている遺伝子なのだろう」と考えたくなります。ところが実際は、そうではありません。ヒトの正常な組織を調べたデータベース(Human Protein AtlasやGTEx)によると、PUS3のRNAは特定の組織にかたよらず、全身に広く、比較的低いレベルで発現しています。脳の中の各領域を比べても、特にどこかに集中しているわけではありません。

むしろ、細胞の種類ごとに見ると、肝臓の細胞(肝細胞)や膵臓の一部の細胞で相対的に高めに検出されます。タンパク質のレベルでも、リンパ組織や卵管の細胞、卵巣の顆粒膜細胞、肝細胞、卵母細胞などで比較的多いと報告されています。つまり、PUS3欠損が主に重い神経発達の症状を引き起こす理由を、「脳だけにたくさんある遺伝子だから」という単純な説明で片づけることはできないのです。この「なぜ神経に症状が偏るのか」という問いは、後の章であらためて取り上げます。

💡 用語解説:発現(はつげん)

遺伝子が実際に読み取られて、RNAやタンパク質が作られている状態を「発現している」といいます。どの組織でどれだけ発現しているかを調べると、その遺伝子がどこで活躍しているかのヒントになります。ただし、発現している場所と、変化したときに症状が出る場所は、必ずしも一致しません。PUS3はその代表例です。

\ 遺伝形式や検査について専門医に確認したい方へ /

📅 遺伝カウンセリングを予約する

お問い合わせはこちら | 遺伝カウンセリングについて

5. PUS3に関連する病気 ─ 常染色体劣性の神経発達症

現在わかっているPUS3関連の病気は、原則として両アレル性(りょうアレルせい)の変異による、常染色体劣性(潜性)の神経発達症です。両アレル性とは、父由来・母由来の2本の遺伝子の両方に変化がある状態を指します。ホモ接合型(両方が同じ変化)と複合ヘテロ接合型(2本それぞれ別の変化)のどちらも報告されています。最初のヒトの症例が、血族結婚のある家系から見つかったこともあり、当初は同じ変化を2本持つホモ接合型の報告が中心でしたが、その後、それぞれ別の変化を持つ複合ヘテロ接合型の患者さんも複数報告され、変異の組み合わせは多様であることがわかってきました。一方で、片方のPUS3にだけ変化を持つ人(ヘテロ接合の保因者)が、それだけで発症したという確立した報告は、これまでのところ主要な文献からは見あたりません。つまり、現在の臨床的な証拠は、劣性遺伝のモデルを強く支持しています。この病気は、MRT55、PUS3関連神経発達症、NEDMIGS(小頭症と灰色強膜を伴う神経発達症)など、いくつかの名前で呼ばれてきました。国際的な遺伝性疾患のデータベースであるOMIMでは、NEDMIGS(#617051)として登録されています[5]

2021年に発表された多施設共同研究では、新たな7例と既報の14例、合わせて21例がまとめられ、PUS3関連の病気の臨床像が最も体系的に整理されました[3]。それによると、中心となる症状は、全般的な発達の遅れ・知的障害・小頭症・筋緊張低下・てんかんです。加えて、成長の遅れ、言葉や運動の発達の遅れ、斜視、さまざまな顔つきの特徴なども報告されています。

💡 灰色強膜がなくても否定はできません

最初に報告された家系では、灰色強膜(きょうまく:白目の部分が灰色がかって見える)や斜視、広い範囲の皮膚のあざ(真皮メラノサイトーシス、いわゆる蒙古斑の広範なもの)が目立ったため、特徴的な症候群と考えられていました。しかし21例をまとめた研究では、灰色強膜が見られたのは21例中7例にとどまり、はっきりとした共通の顔つき(gestalt)も成立しませんでした[3]つまり、灰色強膜がないからといって、PUS3関連の病気を否定することはできません。

さらに近年は、この病気の症状の幅(表現型スペクトラム)が広いこともわかってきました。たとえば、腎臓の障害(タンパク尿・ネフローゼ症候群)や、脳の白質の変化(白質脳症)を伴った例も報告されており、初期に考えられていたよりも多様な現れ方をすることが示されています[8]。一方で、てんかんや脳梁の異常を伴わず、比較的安定した経過をたどった例も報告されており[9]、同じPUS3の変化でも、症状の重さや現れ方には個人差があると考えられます。

6. PUS3のおもな変異と、その意味

ヒトのPUS3が病気に関わることが最初に確定したのは、2016年のことです。血族結婚のある家系で、autozygosity mapping(自己接合性マッピング)とエクソーム解析が行われ、p.Arg435*というナンセンス変異が同定されました[2]。この研究では、患者さん由来の細胞でtRNAのΨ化が実際に低下していることも確かめられ、「遺伝子の変化」と「生化学的な異常」が結びつけられました。これが、PUS3とヒトの認知・神経発達を結ぶ最初の決定的な一歩になりました。

💡 用語解説:ナンセンス変異とミスセンス変異

ナンセンス変異は、タンパク質の設計図の途中に「ここで終わり」という停止の合図ができてしまい、短く切れた不完全なタンパク質しか作れなくなる変化です(p.Arg435*の「*」は停止を意味します)。一方、ミスセンス変異は、アミノ酸が1つ別のものに置き換わる変化です。フレームシフト変異のように、読み枠がずれて以降がすべて変わってしまう変化もあります。

特に重要な教訓を与えてくれたのが、2022年に詳しく解析されたp.Tyr71Cys(Y71C)というミスセンス変異です[4]。精製したタンパク質だけを試験管の中で調べると、Y71CはtRNAへの結合もΨ化の反応も、ほとんど壊れていないように見えます。ところが、実際の体温や細胞の環境では、このタンパク質は不安定で、患者さんの細胞ではPUS3タンパク質そのものがほとんど失われ、結果としてΨ化が低下していました。同じ研究で調べられたp.Ile299Thr(I299T)では、タンパク質が凝集(かたまってしまうこと)を起こすことが主な原因でした[4]

💡 「試験管では正常」でも病気になりうる

Y71Cの例は、変異の影響を評価するうえで大切なことを教えてくれます。酵素の反応そのものを1回測るだけでは、病気になるかどうかを判断できないのです。PUS3のミスセンス変異を評価するときは、酵素活性だけでなく、タンパク質の量、熱に対する安定性、凝集の有無、細胞の中で実際にΨ化がどれだけ起きているか——といった複数の面から見る必要があります[4]

2024年の研究では、こうした患者さん由来の変異や、構造をもとに設計した変異を横断的に測定し、病的な変異を大きく「触媒活性そのものを壊すもの」「tRNAへの結合を壊すもの」「タンパク質の安定性を壊すもの」という、異なる分子メカニズムに分けられることが示されました[1]。同じ「PUS3が働かなくなる」という結果でも、そこに至る道すじはいくつもある、ということです。

こうしたPUS3の研究では、一つの手法だけで病原性を判断できないことがよくわかります。研究者は、遺伝学的に家系の中で変異と症状が一致するか(分離)を確かめ、細胞の中のPUS3タンパク質の量を測り、酵素としての反応を試験管で調べ、tRNAのどこにΨがあるかを地図化し、さらに立体構造まで解析する——といった複数のアプローチを組み合わせています。たとえば、化学試薬CMCを使うとΨの位置を選択的に読み出すことができ、これがΨの地図化の基盤になっています。タンパク質がtRNAと結合する強さや、熱に対する安定性、かたまりやすさ(凝集)は、それぞれ別の実験で測られます。「Ψが減っている」という一つの結果が見えても、その原因が触媒の欠陥なのか、結合の欠陥なのか、タンパク質量の低下なのかは、別々の実験で切り分ける必要があるのです。2022年と2024年の研究は、この地道な切り分けを実践して見せた好例です[1][4]

🧬 PUS3のおもな変異(報告例)

変異 タイプ わかっていること
p.Arg435* ナンセンス変異 最初に病気と結びついた変異。患者細胞でtRNAのΨが低下することが実証された[2]
p.Tyr71Cys ミスセンス変異 試験管では活性が保たれるが、熱に不安定。細胞ではPUS3量とΨが大きく減少[4]
p.Ile299Thr ミスセンス変異 タンパク質が凝集。細胞内のPUS3量とΨが低下[4]
その他の両アレル性変異 ナンセンス/ミスセンス/スプライス変異など ホモ接合または複合ヘテロ接合で、発達の遅れ・小頭症・てんかんなどを示す[3]

※個々の変化が病気の原因かどうかの判断(病原性の評価)は、変異ごとに慎重に行う必要があります。

なお、変異情報のデータベース(ClinVarなど)でPUS3を検索すると多数の記録が返りますが、その中にはPUS3を含む大きな染色体の欠失・重複といった、複数の遺伝子にまたがる変化も混ざっています。そのため、検索でヒットした件数を、そのまま「PUS3単独の病的変異の数」と考えるのは正確ではありません。臨床の場面では、変異ごとに一つずつ、丁寧に評価していくことが求められます。

7. なぜ全身に発現するのに、脳に症状が偏るのか

ここまで見てきたように、PUS3は脳だけの遺伝子ではなく、全身に広く発現しています。それにもかかわらず、両アレル性の変異では小頭症・知的障害・てんかんといった神経の症状が前面に出ます。この「神経選択的な弱さ(脆弱性)」がなぜ生じるのかは、PUS3研究における最も大きな未解決の問題の一つです[1]

考えられている仮説はいくつかあります。発達の途中にある神経細胞は、翻訳の正確さや、特定のtRNAの量、タンパク質の品質管理に、とりわけ敏感なのかもしれません。あるいは、脳の発生に関わる特定のタンパク質群が、たまたまΨ38/Ψ39に依存するtRNAを多く使って作られているのかもしれません。いずれもまだ検証が必要な段階ですが、tRNA修飾の異常が、なぜ脳という器官に強く響くのかを解き明かす鍵になると考えられています。

この問いに答えるうえで不足しているのが、発生の時系列に沿ったデータです。現在よく使われる正常組織のデータベースは、主に成人の組織を対象にしています。PUS3関連の病気が、生まれつき、あるいは早期に発症する神経発達症であることは、発生の時期にPUS3が必要とされていることを強く示唆します。しかし、それは「胎児の脳で特別に多く発現している」という直接の証拠とは異なります。胎児期の脳や、神経のもとになる細胞(神経前駆細胞)、成熟した神経細胞を通して、PUS3タンパク質の量とΨ38/Ψ39の量がどう対応しているのかを、体系的に調べた研究は、まだ限られています。患者さん由来のiPS細胞から神経細胞やオルガノイド(試験管内で作る小さな脳の模型)を作り、変異を修復した細胞と比べる研究は、この病気の仕組みを直接検証する研究手法の一つと考えられます。これは現在のデータから導かれる、研究上の優先課題です。

PUS3の病気で確立している因果関係を整理すると、次のような流れになります。この流れのうち、最初の数段階(PUS3の機能低下 → Ψ38/Ψ39の低下)までは、患者さんの細胞や生化学、構造解析によってかなり強く裏づけられています。一方、最後の「どのtRNAのどんな変化が、最終的に神経の症状を生むのか」は、依然として研究の中心的な課題です[1]

PUS3の機能低下両アレル性の変異
Ψ38/Ψ39が低下tRNAの修飾不足
翻訳の乱れ読み取りの精度低下
神経発達への影響最終段階は研究中

もう一つ、PUS3研究で長く議論されてきたのが、PUS3がmRNA(メッセンジャーRNA)も修飾するのかという問題です。以前の一部の研究では、PUS3に依存すると解釈されたmRNAの候補が報告されていました。しかし2024年に、PUS3を欠損させたヒト細胞(HEK293)を使ってRNA全体のΨを地図化した研究では、これらの候補を十分に再現できず、「ヒトPUS3がmRNAを修飾するという証拠は得られなかった」と結論づけられました[1]。現時点では、ヒトPUS3の確かな生理的な標的はtRNAが中心とみなすのが最も慎重な見方です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「機能を失う」の中身は一つではない】

遺伝学的バリアントを解釈するときは、「機能を失う」といっても、その分子機序は一つではないことが重要です。PUS3では、酵素の反応を直接壊す変異もあれば、タンパク質を不安定にする変異、かたまらせてしまう変異もあります。試験管内の一つの検査だけでは捉えきれない病原性が、細胞内で明らかになることがあります。

同じ遺伝子でも、バリアントの種類や分子への影響によって臨床的な意味は変わります。検査で見つかった変化を一面的な数値だけで判断せず、遺伝学的所見・機能解析・臨床像を総合して評価することは、臨床遺伝における基本的な考え方です。

8. 遺伝形式と検査 ─ 常染色体劣性という受け継がれ方

PUS3関連の病気は、常染色体潜性(劣性)遺伝という形式で受け継がれます。私たちは、多くの遺伝子を父由来・母由来の2本1組で持っています。常染色体劣性の病気では、この2本の両方に変化があってはじめて発症します。片方だけに変化を持つ人は保因者(キャリア)と呼ばれ、通常は症状が出ません。

💡 用語解説:保因者と発症の確率

両親がともにPUS3の同じタイプの変化を1本ずつ持つ保因者の場合、生まれてくる子どもが両方の変化を受け継いで発症する確率は、理論上25%(4分の1)です。子どもが保因者になる確率は50%、変化をまったく受け継がない確率は25%です。保因者の仕組みと遺伝の確率について、より詳しくはこちらで解説しています。

診断は、次世代シーケンサー(NGS)を用いた遺伝子解析によって、PUS3の両アレル性変異を同定することで確定されます。PUS3は、てんかんや発達の症状に関わる多数の遺伝子を一度に調べる検査パネルにも含まれています。たとえば当院で扱うてんかん包括的遺伝子検査では、けいれんに関わる多くの遺伝子とともにPUS3も対象に含まれています。小頭症や発達の遅れが前景に立つ場合には、小頭症NGS遺伝子パネル検査や、発達障害・知的障害の遺伝子検査といった、症状に応じた検査が検討されることもあります。どの検査が適しているかは、症状や家族歴によって異なります。

当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを行っています。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、そしてどのような選択肢があるのか、といった点です。PUS3のような常染色体劣性の病気では、ご家族の中での受け継がれ方や、次のお子さんに関わる確率の考え方も、重要な話題になります。当院では、こうした遺伝情報を整理し、正確な診断に基づいて利用可能な選択肢を検討するための遺伝カウンセリングを行っています。

9. よくある誤解

誤解①「目印を付けるだけの遺伝子なら重要ではない」

PUS3はtRNAに小さな目印(Ψ)を付けるだけの酵素ですが、その目印は翻訳の正確さと効率を支えています。両アレル性の変化は、重い神経発達症の原因になります。

誤解②「灰色強膜がなければPUS3の病気ではない」

灰色強膜は初期に特徴と考えられましたが、21例中7例にとどまりました[3]灰色強膜がなくても、PUS3関連の病気は否定できません。

誤解③「試験管で活性が正常なら病気にならない」

Y71Cのように、試験管では活性が保たれても、細胞内ではタンパク質が失われて強い機能低下になる変異があります。安定性まで含めた評価が必要です[4]

誤解④「PUS3は脳だけで働いている」

PUS3は全身に広く発現しており、脳特異的な遺伝子ではありません。なぜ神経に症状が偏るのかは、まだ解明されていない研究課題です。

まとめ ─ 小さな目印が支える、脳の発達

PUS3遺伝子は、tRNAのアンチコドン近くにシュードウリジン(Ψ)という目印を付ける、地味だけれども欠かせない酵素の設計図です。ATPも補酵素も使わず、左右対称の二量体としてtRNAを正確に読み取り、38番・39番のウリジンをΨに作り替えます[1]。この小さな修飾が、翻訳という生命の基本作業の品質を陰で支えています。

両親からそれぞれ変化したPUS3を受け継ぐと、tRNAの修飾が不足し、発達の遅れ・知的障害・小頭症・てんかんを中心とする、まれな常染色体劣性の神経発達症が起こります[2][3]。全身に発現しているのに神経に症状が偏る理由や、どのtRNAの変化が症状を生むのかは、まだ完全には解明されていません。今後、患者さん由来のiPS細胞やオルガノイドを使った研究が、この謎に迫っていくと期待されています。PUS3は、「小さな目印」の積み重ねが、脳という器官の発達をいかに繊細に支えているかを、私たちに教えてくれる遺伝子です。

よくある質問(FAQ)

Q1. PUS3遺伝子とは何ですか?

PUS3遺伝子は、tRNA(アミノ酸を運ぶRNA)のアンチコドン付近にあるウリジンを、シュードウリジン(Ψ)という形に作り替える酵素「pseudouridine synthase 3」の設計図です。第11番染色体(11q24.2)にあり、この目印はtRNAの形と、翻訳での遺伝暗号の読み取りを整える働きをします。

Q2. PUS3の変化でどんな病気が起こりますか?

両親からそれぞれ変化したPUS3を受け継いだ場合(常染色体劣性)、発達の遅れ・知的障害・小頭症・筋緊張低下・てんかんなどを特徴とする、まれな神経発達症が起こることが報告されています。MRT55やNEDMIGSなどの名前で呼ばれます。腎臓の障害や脳の白質の変化を伴う例も報告されており、症状の幅は比較的広いことがわかってきています。

Q3. 灰色強膜(白目が灰色)は必ず出ますか?

いいえ。灰色強膜は最初の報告で特徴的とされましたが、21例をまとめた研究では21例中7例にとどまりました。そのため、灰色強膜が見られないからといって、PUS3関連の病気を否定することはできません。診断は症状の組み合わせと遺伝子解析によって行われます。

Q4. PUS3の病気はどのように遺伝しますか?

常染色体潜性(劣性)遺伝という形式で受け継がれます。父由来・母由来の2本のPUS3の両方に変化があってはじめて発症します。両親がともに同じタイプの変化を1本持つ保因者の場合、子どもが発症する確率は理論上25%、保因者になる確率は50%です。片方だけに変化を持つ保因者は、通常は症状が出ません。

Q5. PUS3はどんな検査で調べられますか?

次世代シーケンサー(NGS)を用いた遺伝子解析で、PUS3の両アレル性変異を調べます。PUS3は、てんかんや発達の症状に関わる多数の遺伝子を一度に調べる検査パネルにも含まれています。どの検査が適しているかは症状や家族歴によって異なるため、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングの中で検討することが大切です。

🏥 遺伝子や染色体に関わる検査のご相談

遺伝子の働きや遺伝性の病気、遺伝子検査の結果の意味について
お悩みの方は、臨床遺伝専門医が在籍する
ミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] Lin TY, et al. The molecular basis of tRNA selectivity by human pseudouridine synthase 3. Mol Cell. 2024;84(13):2472-2489.e8. doi:10.1016/j.molcel.2024.06.013. [PubMed 38996458]
  • [2] Shaheen R, et al. A homozygous truncating mutation in PUS3 expands the role of tRNA modification in normal cognition. Hum Genet. 2016;135(7):707-713. doi:10.1007/s00439-016-1665-7. [PubMed 27055666]
  • [3] Nøstvik M, et al. Clinical and molecular delineation of PUS3-associated neurodevelopmental disorders. Clin Genet. 2021;100(5):628-633. doi:10.1111/cge.14051. [PubMed 34415064]
  • [4] Lin TY, et al. Destabilization of mutated human PUS3 protein causes intellectual disability. Hum Mutat. 2022;43(12):2063-2078. doi:10.1002/humu.24471. [PubMed 36125428]
  • [5] NEURODEVELOPMENTAL DISORDER WITH MICROCEPHALY AND GRAY SCLERAE; NEDMIGS. OMIM. [OMIM #617051]
  • [6] Lecointe F, et al. Lack of pseudouridine 38/39 in the anticodon arm of yeast cytoplasmic tRNA decreases in vivo recoding efficiency. J Biol Chem. 2002;277(34):30445-30453. doi:10.1074/jbc.M203456200. [PubMed 12058040]
  • [7] Han L, Kon Y, Phizicky EM. Functional importance of Ψ38 and Ψ39 in distinct tRNAs, amplified for tRNA(Gln(UUG)) by unexpected temperature sensitivity of the s2U modification in yeast. RNA. 2015;21(2):188-201. doi:10.1261/rna.048173.114. [PubMed 25505024]
  • [8] Brandão de Paiva AR, et al. PUS3 mutations are associated with intellectual disability, leukoencephalopathy, and nephropathy. Neurol Genet. 2019;5(1):e306. doi:10.1212/NXG.0000000000000306. [PubMed 30697592]
  • [9] Aygün H, et al. Expanding the Phenotypic Spectrum of PUS3 Deficiency: A p.Tyr71Cys Case Demonstrating a Stable, Nonprogressive Leukoencephalopathy Pattern. Mol Syndromol. 2026 Feb 5. Online ahead of print. doi:10.1159/000550869. [PMC]

関連記事

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

お電話での受付可能
診療時間
午前 10:00~14:00
(最終受付13:30)
午後 16:00~20:00
(最終受付19:30)
休診 火曜・水曜

休診日・不定休について

クレジットカードのご利用について

publicブログバナー
 
medicalブログバナー
 
NIPTトップページへ遷移