目次
- 1 1. PUS7遺伝子とは ─ RNAに「目印」を付ける酵素の設計図
- 2 2. シュードウリジン化とは ─ 「5番目の塩基」への作り替え
- 3 3. tRNA断片と翻訳の調整 ─ PUS7のもう一つの顔
- 4 4. PUS7遺伝子と関連する病気 ─ IDDABSという神経発達症
- 5 5. 遺伝の仕組み ─ 常染色体劣性(潜性)とは
- 6 6. 変異の種類 ─ どんな変化が病気につながるのか
- 7 7. 診断と検査 ─ 出生前と出生後で分けて考える
- 8 8. 幹細胞・がんとの関わり ─ 「向き」が変わる酵素
- 9 9. まだわかっていないこと ─ 研究段階の知見
- 10 まとめ ─ PUS7が教えてくれること
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
遺伝子と聞くと、多くの方は「タンパク質の設計図」を思い浮かべます。ところが体の中には、タンパク質そのものではなく、RNAという分子に化学的な目印を付けることで働く遺伝子があります。PUS7遺伝子(ピーユーエスセブンいでんし)はその一つで、RNAの中のウリジンという部品を、シュードウリジン(Ψ/プサイ)という形に作り替える酵素の設計図です。この目印付けがうまくいかないと、知的発達症(知的障害)や小頭症(しょうとうしょう)、低身長などを伴う神経発達の病気が起こることがわかっています。一方で、同じ酵素が幹細胞やがんの性質にも関わることが報告され、注目を集めています。この記事では、PUS7遺伝子とは何か、どんな働きをしていて、どんな病気とつながるのかを、遺伝医学の観点から整理します。
Q. PUS7遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. PUS7遺伝子は、RNAの中のウリジン(U)をシュードウリジン(Ψ)に変える「シュードウリジル化酵素」の設計図です。この酵素はおもにtRNA(転移RNA)や、そこから切り出される小さな断片、一部のmRNAに目印を付け、細胞のタンパク質合成の量を適切に保つ働きをしています。両親から受け継いだ2本のPUS7遺伝子がどちらも働かなくなると、知的発達症・言語発達の遅れ・小頭症・低身長・行動の特性などを伴う、常染色体劣性(潜性)の神経発達症(IDDABS)が起こることが報告されています[1][2]。同じ酵素は、幹細胞の成熟やがんの一部とも関わることが研究で示されています。
- ▶RNAに目印を付ける酵素:PUS7はRNAのU→Ψ変換を担う「書き込み役(ライター)」です。
- ▶主な関連疾患:両アレルの機能喪失による神経発達症(知的発達症・小頭症・低身長など)。
- ▶遺伝の仕方:常染色体劣性(潜性)遺伝。ご両親が保因者のことが多いです。
- ▶診断:症状と、エクソーム/全ゲノム解析などの遺伝学的検査を組み合わせて評価します。
- ▶幹細胞・がん:作用の向きは細胞の種類や文脈で変わり、まだ研究が続いています。
PUS7遺伝子の基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 遺伝子の場所 | 第7染色体の長腕 7q22.3 |
| 作るもの | シュードウリジル化酵素 PUS7(pseudouridine synthase 7)。代表的な型は661アミノ酸・約75kDa |
| 酵素の分類 | RNAガイドを必要としない「単独型」のシュードウリジン合成酵素(TruDファミリー) |
| 主な標的 | tRNAのΨ13、tRNA由来の小さな断片、一部のmRNA など |
| 関連する病気 | 知的発達症・行動特性・小頭症・低身長を伴う神経発達症(IDDABS、OMIM 618342)[3] |
| 遺伝形式 | 常染色体劣性(潜性)遺伝 |
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた解説です。特定の検査を勧めるものではありません。
1. PUS7遺伝子とは ─ RNAに「目印」を付ける酵素の設計図
PUS7遺伝子は、第7染色体の長腕の7q22.3という場所にあります。この遺伝子から作られるのが、PUS7(ピーユーエスセブン)というタンパク質、つまり酵素です。PUS7はシュードウリジル化酵素(pseudouridine synthase 7)と呼ばれ、RNAの中にあるウリジン(U)という部品を、シュードウリジン(Ψ)という少し形の違う部品へと作り替えます。代表的なPUS7タンパク質は661個のアミノ酸からなり、大きさはおよそ75キロダルトンです。
酵素には、目印を付ける相手(基質)を探すときに「ガイド役のRNA」を使うタイプと、自分だけで相手を見つけられるタイプがあります。PUS7は後者、つまりガイドRNAを必要としない「単独型」の酵素です。進化的に広く保存されたTruD(トゥルーディー)というファミリーに属しています。もともとよく知られていた仕事は、tRNA(転移RNA)の13番目のウリジンをΨに変えること(Ψ13)でした[7]。しかし研究が進むにつれ、PUS7はtRNAだけでなく、tRNAから切り出される小さな断片や、一部のmRNAにも目印を付ける「多才な酵素」であることがわかってきました[1]。
💡 用語解説:RNAとウリジン(U)
RNAは、DNAの情報を実際の働きにつなげる分子です。RNAは4種類の部品(A・U・G・C)が並んでできていて、そのうちの「U(ウリジン)」がPUS7の作業対象です。DNAでは同じ位置に「T(チミン)」が使われますが、RNAでは「U」に置き換わっています。PUS7はこのUの一部を、少し性質の違うΨ(シュードウリジン)へと作り替えます。
正常な体では、PUS7遺伝子は脳だけでなく、さまざまな臓器で広く働いています。ですから「脳だけで使われる遺伝子」ではありません。それにもかかわらず、PUS7の働きが失われると特に神経の発達に問題が現れます。これは、広く使われている酵素の働きが、発達のある時期の脳では特に重要になるためだと考えられています。細胞の中では、PUS7はおもに核の中に多く存在することが示されており、核の中のRNAを含むさまざまなRNAに作用できることと合っています。
2. シュードウリジン化とは ─ 「5番目の塩基」への作り替え
PUS7が行う「シュードウリジン化(Ψ化)」は、RNAの世界でもっともありふれた化学的な作り替えの一つです。ウリジンがΨに変わると、塩基どうしの重なり方(スタッキング)や水素結合のでき方が変わり、RNAの立体構造・安定性・他の分子との結びつきやすさ、そして翻訳(タンパク質を作る過程)に影響します[2]。Ψはあまりに多く見つかるため、しばしば「RNAの5番目の塩基」と呼ばれることもあります。
ヒトには、このシュードウリジン化を担う酵素(シュードウリジン合成酵素)が複数種類あり、PUS7はそのうちの一つです。PUS7の性質がよく調べられたのは、パン酵母(出芽酵母)を使った古典的な研究でした。そこでは、酵母のPUS7に相当する酵素が、複数のtRNAのU13だけでなく、U2 snRNAという別の種類のRNAにも作用する「複数部位・複数基質の酵素」であることが示されました[7]。つまりPUS7は、一つの決まった場所だけを担当する専門職ではなく、いくつもの相手を扱えるタイプの酵素だということです。
💡 用語解説:tRNAとΨ13
tRNA(転移RNA)は、タンパク質を組み立てる工場(リボソーム)に、材料となるアミノ酸を運んでくる小さなRNAです。その13番目の位置にあるウリジンをΨに変えるのが、PUS7の代表的な仕事で、これを「Ψ13」と呼びます。tRNAの目印付けは、tRNAが安定に働くための下ごしらえのようなものです。
では、PUS7は相手をどうやって選ぶのでしょうか。酵母を使った研究からは、PUS7の標的となるウリジン周辺に保存された配列特徴があり、特に標的Uから2塩基上流のUと1塩基下流のAが効率的な修飾に重要であることが示されています[8]。ただし、配列だけで標的が一意に決まるわけではありません。RNAの折りたたまれ方、近づきやすさ、細胞の状態、RNAの量などが組み合わさって、最終的にどこが目印付けの対象になるかが決まると考えられています。ヒトの患者さんの細胞では、いくつかのtRNAのΨ13が実際に失われることが確認されており、少なくともこれらのtRNAについては、PUS7が直接関わっていることに疑いは少ないと考えられます[2]。
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遺伝子を理解するときは、「その遺伝子が何をしているか」だけでなく、「その働きが失われたとき、どの組織や発達段階が強く影響を受けるか」という視点が重要です。PUS7のように体内で広く発現する酵素でも、病的バリアントによる影響は神経発達など特定の領域に強く現れます。また、同じ遺伝子でも、バリアントの種類や残存機能によって表現型が異なり得ます。
文献を評価するときは、「この現象はヒトの細胞で確かめられているのか」「それとも酵母やショウジョウバエなどのモデルで得られた知見なのか」を分けて考える必要があります。PUS7については、患者由来細胞、酵母、ショウジョウバエ、ヒト幹細胞など複数の実験系から、相互に補完する知見が得られています。
3. tRNA断片と翻訳の調整 ─ PUS7のもう一つの顔

PUS7はtRNA由来断片(mTOG)をシュードウリジン化してΨ-mTOGを生成します。Ψ-mTOGはPABPC1に結合し、翻訳促進因子PAIP1のリクルートを妨げることで、タンパク質合成を抑制し、翻訳量の適切な調節に関与します。
PUS7は、単なる「tRNAの下ごしらえ役」にとどまりません。近年もっとも注目されているのが、tRNAから切り出される小さな断片(tRNA由来断片、tRF)を介した、タンパク質合成の調整役としての働きです。ヒトの胚性幹細胞を使った研究では、PUS7がΨの目印を付けた特定のtRF(mTOGと呼ばれるグループ)が、タンパク質を作り始める段階(翻訳開始)を抑えることが示されました[4]。
この仕組みは、その後さらに詳しく解明されています。Ψの目印が付いたmTOGは、翻訳に関わるPABPC1というタンパク質に直接くっつき、翻訳を促す相棒(PAIP1)がPABPC1に近づくのを邪魔します。その結果、タンパク質合成が適度に抑えられます[5]。PUS7が働かなくなった幹細胞では、この抑えが外れてタンパク質合成が増えすぎてしまい、幹細胞がきちんと成熟・分化できなくなることが報告されています[4]。全体像を、簡単な流れで見てみましょう。
ここで大切なのは、PABPC1はPUS7というタンパク質が直接くっつく相手ではなく、PUS7が作り出したΨ付きのtRFがくっつく相手だ、という点です。PUS7・Ψ付きRNA・RNA結合タンパク質・翻訳装置をまとめて語るときは、「タンパク質どうしの直接の結合」と「RNAを介したはたらきのつながり」を区別して理解する必要があります。この違いは、専門的な議論では混同されやすいところです。
また、PUS7の患者さん由来の細胞では、tRNAのΨ13だけでなく、一部のmRNAのΨも失われることが示されています[2]。ですから「PUS7の役割はtRNAだけで説明できる」とするのは十分ではありません。ただし、個々のmRNAのΨが、神経発達の症状にどれくらい寄与しているのかは、まだはっきりとは決着していません。この点は、この記事の後半で改めて触れます。
4. PUS7遺伝子と関連する病気 ─ IDDABSという神経発達症
PUS7遺伝子ともっとも確立した関わりがあるのが、IDDABS(アイディーダブス)という神経発達症です。正式には「知的発達症・異常行動・小頭症・低身長を伴う症候群(intellectual developmental disorder with abnormal behavior, microcephaly, and short stature)」といい、OMIMという遺伝性疾患のデータベースでは618342番として登録されています[3]。両親から受け継いだ2本のPUS7遺伝子がどちらも働かなくなること(両アレルの機能喪失)で起こる、常染色体劣性(潜性)の病気です。
この病気が初めてまとまって報告されたのは2018年のことです。研究者らは、血縁関係のあるご両親をもつ3つの家系・6人の患者さんに、PUS7遺伝子の3種類の変異を見つけました。共通してみられた中心的な特徴は、知的発達症(知的障害)、言葉・発語の遅れ、低身長、小頭症、そして攻撃性を含む行動の特性でした。患者さんの細胞では、tRNAとmRNAに対するPUS7の働きが失われていました[1]。さらに、ショウジョウバエ(キイロショウジョウバエ)でPUS7に相当する遺伝子を壊すと、活動性の亢進・方向感覚の乱れ・攻撃性の増加といった行動の変化が現れ、ヒトの行動の特性と同じ方向の結果が得られました[1]。
2019年には、別の2つの家系から新たな変異(フレームシフト変異と、p.Asp503Tyrというミスセンス変異)が報告されました。ここでは知的障害と進行性の小頭症が中心で、低身長や難聴は人によって現れ方に幅がありました。特にp.Asp503Tyrは、酵素の働きの中心に近い、生き物の間でよく保存された領域にあり、患者さんの細胞では複数のtRNAのΨ13が失われていました。酵母を使った機能実験でも、この変異では酵素の働きを補えないことが示され、変異が病気の原因であることが裏づけられました[2]。その後も、自傷行動や睡眠の問題、運動の常同(同じ動きの繰り返し)などを伴う症例が追加で報告されており、行動の特性は「攻撃性」だけにとどまらず、もう少し幅広い可能性があることが見えてきています[9]。
⚠️ 報告されている症例はまだ多くありません
PUS7による神経発達症は、世界的にも報告数が限られる希少な病気です。ここに挙げた症状は「これまで報告された特徴」であり、一人ひとりで現れ方や程度は大きく異なります。個々の症状がどのくらいの頻度で、どの年齢で現れるか、といった細かい点は、まだ十分に定まっていません。診断や見通しについては、必ず担当の医師にご確認ください。
なお、報告された家系のなかには、PUS7の変異と同時に別の遺伝子(AASS)の変異も一緒に受け継がれていたケースがあります。この場合、どの症状がPUS7によるもので、どれが別の遺伝子によるものかを切り分けることができません[11]。ですから、たとえば「けいれんはこの病気に必ず伴う」といった一般化は、現時点では支持されていません。こうした点を丁寧に見分けることが、遺伝学的な評価では大切になります。
5. 遺伝の仕組み ─ 常染色体劣性(潜性)とは
PUS7による神経発達症は、常染色体劣性(潜性)遺伝という形で受け継がれます。ヒトは常染色体上の遺伝子について、通常、父由来・母由来の2つのアレルを持っています。常染色体劣性の病気では、この2本ともが働かなくなったときにだけ症状が現れます。片方だけに変異がある人は「保因者(キャリア)」と呼ばれ、通常は症状が出ません。
💡 用語解説:常染色体劣性(潜性)遺伝と再発の確率
ご両親がどちらも同じ遺伝子の保因者(片方だけに変異あり)の場合、お子さんが2本とも変異を受け継いで発症する確率は、妊娠ごとに4分の1(25%)です。半分(50%)は片方だけを受け継ぐ保因者となり、残りの4分の1(25%)は変異を受け継ぎません。「劣性」は近年「潜性」とも呼ばれます。意味は同じで、性質が表に出にくい、ということを表しています。
これまで報告されたPUS7の患者さんの多くは、血縁関係のあるご両親(いとこ婚など)から生まれています。血縁が近いほど、両親が同じ変異の保因者である可能性が高くなるため、常染色体劣性の病気は現れやすくなります。保因者であること自体は珍しいことではなく、誰もが何らかの劣性(潜性)疾患の保因者だといわれています。遺伝カウンセリングでは、こうした確率や家族への影響を、一つひとつ整理してお伝えします。
6. 変異の種類 ─ どんな変化が病気につながるのか
PUS7遺伝子で報告されている変異には、いくつかのタイプがあります。多くは、タンパク質が途中で切れて短くなってしまう「切断型(truncating)」の変異です。これには、フレームシフト変異やナンセンス変異が含まれます。切断型では酵素の働きが大きく失われるため、病気の原因になりやすいと考えられています[1]。もう一つのタイプが、アミノ酸が1つ別のものに置き換わるミスセンス変異で、先ほど触れたp.Asp503Tyrが代表例です[2]。
💡 用語解説:フレームシフト変異・ナンセンス変異・ミスセンス変異
フレームシフト変異は、遺伝子の文字が数個抜けたり増えたりして、以降の「読み枠」がずれてしまう変化です。ナンセンス変異は、途中に「ここで終わり」という停止の合図ができてしまい、タンパク質が短く途切れる変化です。ミスセンス変異は、アミノ酸が1つだけ別のものに置き換わる変化で、影響の大きさは場所によってさまざまです。
切断型の変異でできた不完全なRNAの多くは、細胞の品質管理のしくみによって分解されます。これをNMD(ナンセンス変異依存mRNA分解)といいます。実際、報告された切断型変異の一つでは、このNMDによる分解が確認されています[1]。こうしたしくみを理解することは、見つかった変異が本当に病気の原因になり得るかを判断するうえで役立ちます。
遺伝子の変異情報を集めたClinVarというデータベースには、PUS7に関する多数の記録が登録されています。ただし注意したいのは、「登録件数の多さ」がそのまま「病気を起こす変異の数」ではないという点です。データベースには、良性のもの、意義がまだ不明のもの(VUS)、病的なものなどが混ざって含まれています。ある変異が本当に病気に関わるかどうかは、両アレルにあるか、症状と合っているか、集団での頻度はどうか、患者さんの細胞でΨ13の働きが実際に落ちているか、家系内での受け継がれ方はどうか、といった複数の情報を総合して判断します。
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7. 診断と検査 ─ 出生前と出生後で分けて考える
PUS7による神経発達症が疑われるのは、たとえば小頭症、著しい言語・発語の遅れ、知的発達症、低身長、行動の特性などがみられ、特に血縁関係のあるご両親のもとで生まれた場合や、常染色体劣性の遺伝が疑われる場合です。診断の中心になるのは、症状の評価と遺伝学的検査の組み合わせです。
出生後の診断では、原因を幅広く調べるために、多くの遺伝子を一度に読む全エクソーム検査(WES)や全ゲノム解析が用いられます。PUS7に病的または病的可能性が高いバリアントが両アレルにあり、原則として互いに異なる染色体上(in trans)に存在し、症状と整合する場合に診断が支持されます。ミスセンス変異の場合は、その場所が生き物の間でよく保存されているか、集団での頻度はどうか、家系内での受け継がれ方はどうか、といった点に加えて、研究的な機能解析が可能な場合には、患者さん由来細胞などでtRNAのΨ13低下を確認することが、病的意義の判断を補強する情報になります。小頭症や発達の遅れといった症状の面から検査を検討する場合には、小頭症NGS遺伝子パネル検査や、発達障害・自閉症・知的障害の染色体シーケンス解析といった選択肢もあります。どの検査が適しているかは、症状や家族歴によって変わります。
💡 用語解説:エクソーム検査(WES)
遺伝子のうち、タンパク質の設計に関わる部分(エクソン)をまとめて読み取る検査です。原因がはっきりしない発達の遅れや、複数の症状が組み合わさった状態で、幅広く原因を探すときに使われます。PUS7のような希少な遺伝子の変異も、この検査で見つかることがあります。
一方、出生前の診断については、すでにご家族の中で原因となるPUS7の変異が特定されている場合に、その変異に的をしぼって調べる形が基本になります。ご家族ごとに状況が異なるため、出生前の検査を検討する際は、事前の遺伝カウンセリングで、検査でわかること・わからないこと、結果の受け止め方までを含めて整理しておくことが大切です。
8. 幹細胞・がんとの関わり ─ 「向き」が変わる酵素
PUS7は、神経発達だけでなく、幹細胞やがんの分野でも研究が進んでいます。ここで重要なのは、PUS7の働きが「常に良い」あるいは「常に悪い」と一言では言えないことです。細胞の種類や状況によって、作用の向きが変わります。
血液を作るもとになる細胞(造血幹細胞)や、その異常が関わる骨髄異形成症候群(MDS)では、PUS7が作るΨ付きのtRF(mTOG)が、行き過ぎたタンパク質合成を抑える「守り役」として働くことが報告されています。この守りが弱まると、異常なタンパク質合成が進み、白血病への進行や予後の悪さと関連することが示されました[5]。この文脈では、PUS7の働きは細胞にとって好ましいものとして現れます。造血幹細胞の成熟にPUS7が必要だという知見とも整合します。
ところが、脳の悪性腫瘍である膠芽腫(こうがしゅ、グリオブラストーマ)では、様子が逆に見えます。膠芽腫のがん幹細胞では、PUS7の働きがむしろ腫瘍の増殖を助けることが報告されました。PUS7を遺伝子操作で抑えたり、酵素の働きをなくしたりすると、がん幹細胞の増殖や腫瘍の形成が低下することが示されています[6]。つまり、幹細胞やMDSでは「守り役」、膠芽腫では「増殖を助ける役」というように、同じ酵素でも文脈によって作用の向きが変わるのです。これは単純な矛盾ではなく、「どのRNAが、どの細胞で、どんなタンパク質合成のプログラムを制御しているか」が異なるためだと考えられています。
⚠️ 治療への応用はまだ研究段階です
膠芽腫に対してPUS7を抑える低分子化合物が、細胞やマウスの実験で腫瘍増殖を抑えたことが報告され、C17などの候補については特許資料でも詳細が開示されています[6][10]。しかし、これは前臨床(人で使う前)の段階の知見です。人での安全性や、狙った腫瘍だけに効かせられるか(選択性)はまだ確立していません。PUS7は正常な造血幹細胞や発生、神経の働きにも必要なため、全身で一律に抑えると影響が及ぶおそれがあります。腫瘍だけを狙う工夫が、これからの大きな課題です。
9. まだわかっていないこと ─ 研究段階の知見
PUS7の研究では、しっかり確立したことと、まだ推論の段階のことを分けて考えることが大切です。確実性が高いのは、PUS7がガイドRNAを必要としないTruDファミリーのシュードウリジン合成酵素であること、tRNAのΨ13を作ること、両アレルの機能喪失が常染色体劣性の神経発達症を起こすこと、そしてΨ付きのtRFを介して翻訳を調整する力を持つことです。これらは、患者さんの遺伝情報、患者さんの細胞、酵母、ショウジョウバエ、ヒト幹細胞という、独立した複数の系で支持されています[1][4]。
一方で、どのRNAが脳の症状の主な原因なのかは、まだ決着していません。患者さんの細胞ではtRNAのΨ13もmRNAのΨも失われるため、tRNAの目印不足、tRF、mRNAの修飾のどれが、小頭症・言語の遅れ・行動の特性を生んでいるのかを、いまの症例だけから切り分けることはできません[2]。今後は、患者さん由来のiPS細胞や脳オルガノイド(試験管内で作る脳のミニチュア)を使い、個々のRNAの目印だけを修復して確かめる研究が重要になると考えられます。
また、PUS7が相手を選ぶしくみ、多数あるとされる転写産物(アイソフォーム)それぞれの役割、発生期の脳での時期ごとの働き方など、基礎的な部分にもまだ多くの空白があります。がんでの「一見逆向きに見える作用」も、異なるRNAが異なるタンパク質合成を制御しているという考え方で説明できる可能性が高いものの、まだ統合仮説の段階です。こうした点は、これからの研究で少しずつ明らかになっていくでしょう。診断がつくまでの時間が長くなりがちな希少・遺伝性疾患の分野では、こうした基礎研究の積み重ねが、将来の診断や理解の支えになります。
まとめ ─ PUS7が教えてくれること
PUS7遺伝子は、RNAに「Ψ」という目印を付けることで、細胞のタンパク質合成の量を適切に保つ酵素の設計図です。この働きが両アレルで失われると、知的発達症・小頭症・低身長などを伴う常染色体劣性の神経発達症(IDDABS)が起こることが、複数の独立した研究で確かめられています[1][2]。同じ酵素が、幹細胞の成熟やがんの一部にも関わり、その作用の向きが文脈によって変わることも、RNA修飾という分野の奥深さを示しています。
PUS7は「希少疾患の原因遺伝子」であると同時に、RNAの修飾を通じてタンパク質合成の恒常性がどう保たれているか、という生命の一般的な原理を教えてくれる遺伝子でもあります。見つかった変異が本当に病気に関わるのかを見極めるには、症状・家族歴・遺伝学的検査を丁寧に組み合わせることが欠かせません。気になる症状や家族歴がある場合は、正確な診断に基づいて今後の対応を検討するため、臨床遺伝専門医にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. PUS7遺伝子とは何ですか?
PUS7遺伝子は、RNAの中のウリジン(U)をシュードウリジン(Ψ)に変える「シュードウリジル化酵素」の設計図です。第7染色体の7q22.3にあり、おもにtRNAやそこから切り出される小さな断片、一部のmRNAに目印を付けて、細胞のタンパク質合成の量を適切に保つ働きをしています。ガイドRNAを必要としない単独型の酵素で、進化的に広く保存されたTruDファミリーに属します。
Q2. PUS7遺伝子の変異でどんな病気が起こりますか?
両親から受け継いだ2本のPUS7遺伝子がどちらも働かなくなると、知的発達症(知的障害)・言語や発語の遅れ・小頭症・低身長・行動の特性などを伴う神経発達症(IDDABS、OMIM 618342)が起こることが報告されています。世界的にも報告数の限られた希少な病気で、症状の現れ方や程度は一人ひとりで異なります。
Q3. どのように遺伝しますか?保因者でも症状が出ますか?
常染色体劣性(潜性)遺伝という形で受け継がれます。2本の遺伝子がどちらも働かなくなったときにだけ症状が現れ、片方だけに変異がある「保因者」の方は通常は症状が出ません。ご両親がどちらも同じ変異の保因者の場合、お子さんが発症する確率は妊娠ごとに4分の1(25%)です。詳しい確率や家族への影響は、遺伝カウンセリングで整理してお伝えします。
Q4. どんな検査で調べられますか?
出生後の診断では、多くの遺伝子を一度に読む全エクソーム検査(WES)や全ゲノム解析が中心になります。病的または病的可能性が高いPUS7バリアントが両アレルにあり、症状と整合する場合に診断が支持されます。症状の面からは、小頭症NGS遺伝子パネル検査や、発達障害・自閉症・知的障害の染色体シーケンス解析といった選択肢もあります。すでにご家族で原因変異がわかっている場合は、その変異に的をしぼって調べます。どの検査が適しているかは症状や家族歴によって変わります。
Q5. PUS7はがんとも関係があるのですか?
関係が研究されています。血液の幹細胞や骨髄異形成症候群(MDS)では、PUS7が作るΨ付きのtRNA断片が行き過ぎたタンパク質合成を抑える「守り役」として働く一方、脳の悪性腫瘍である膠芽腫のがん幹細胞では、PUS7の働きがむしろ腫瘍の増殖を助けると報告されています。同じ酵素でも細胞の種類や状況によって作用の向きが変わります。PUS7を抑える薬の候補もありますが、まだ前臨床(人で使う前)の研究段階です。
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参考文献
- [1] Variants in PUS7 Cause Intellectual Disability with Speech Delay, Microcephaly, Short Stature, and Aggressive Behavior. Am J Hum Genet. 2018. [PubMed 30526862]
- [2] PUS7 mutations impair pseudouridylation in humans and cause intellectual disability and microcephaly. Hum Genet. 2019. [PubMed 30778726]
- [3] Intellectual Developmental Disorder with Abnormal Behavior, Microcephaly, and Short Stature; IDDABS. OMIM. [OMIM 618342]
- [4] Pseudouridylation of tRNA-Derived Fragments Steers Translational Control in Stem Cells. Cell. 2018. [PubMed 29628141]
- [5] Pseudouridine-modified tRNA fragments repress aberrant protein synthesis and predict leukaemic progression in myelodysplastic syndrome. Nat Cell Biol. 2022. [PubMed 35292784]
- [6] Targeting PUS7 suppresses tRNA pseudouridylation and glioblastoma tumorigenesis. Nat Cancer. 2021. [PMC8809511]
- [7] The Saccharomyces cerevisiae U2 snRNA:pseudouridine-synthase Pus7p is a novel multisite-multisubstrate RNA:Psi-synthase also acting on tRNAs. RNA. 2003. [PubMed 14561887]
- [8] RNA Sequence and Two-dimensional Structure Features Required for Efficient Substrate Modification by the Saccharomyces cerevisiae RNA:Psi-Synthase Pus7p. J Biol Chem. 2009. [PubMed 19114708]
- [9] A PUS7 gene pathogenic variant causing self-injurious behavior, sleep disturbances, and developmental delay: A case report. Am J Med Genet A. 2023;191(7):1953-1958. doi:10.1002/ajmg.a.63212. [PubMed 37067188]
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- [11] Next generation sequencing reveals novel homozygous frameshift in PUS7 and splice acceptor variants in AASS gene leading to intellectual disability, developmental delay, dysmorphic feature and microcephaly. Saudi J Biol Sci. 2020;27(11):3125-3131. doi:10.1016/j.sjbs.2020.09.033. [PubMed 33100873]
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