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がん幹細胞(CSC)とは?可塑性・微小環境・治療抵抗性から最新の創薬までを遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

がんの治療がいったんうまくいったように見えても、数年後に再発したり、離れた臓器に転移したりすることがあります。その背景にあると考えられているのが、腫瘍のなかに潜む「がん幹細胞(Cancer Stem Cell:CSC)」という細胞集団です。CSCについては、休眠、薬剤の排出、DNA損傷応答の亢進、免疫からの回避、微小環境による保護など、治療を生き延びやすくする性質が報告されています。ただし、すべてのCSCがこれらを一様に備えているわけではありません。この記事では、CSCという概念がどう生まれ、いま「固定した細胞の種類」ではなく「行き来できる状態」として理解が更新されつつあるのか、そして2025〜2026年の創薬がどこへ向かっているのかを整理します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約20分
🧬 がん幹細胞・可塑性・治療抵抗性
臨床遺伝専門医監修

Q. がん幹細胞(CSC)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. がん幹細胞とは、腫瘍のなかで「自分と同じ細胞を作り出す力(自己複製能)」と「いろいろな性質の細胞へ変わる力(分化能)」をあわせ持ち、腫瘍そのものを一から作り直せる細胞のことです。抗がん剤や放射線は、盛んに分裂している大多数のがん細胞(バルク細胞)に効きやすい一方、CSC様の状態にある細胞は生き残りやすく、再発や転移の源になり得ると考えられています。ただし近年は、CSCは固定された「特別な細胞種」ではなく、環境や治療によって行ったり来たりできる「状態」としての側面が強調されています。

  • 概念の出発点 → 1997年、白血病でCD34陽性・CD38陰性の細胞画分が腫瘍を再構築できると示された
  • いまの理解 → クローン進化・階層性・状態の可塑性を組み合わせて考える「統合モデル」
  • 生き残る仕組み → 休眠・薬剤排出・DNA損傷応答・免疫回避・ニッチによる保護(いずれも一律ではありません)
  • 創薬の現在地 → 分化誘導、シグナル阻害、エピジェネティック創薬、代謝阻害。多くは研究段階です
  • 遺伝診療との接点 → 腫瘍の体細胞変化と、ご本人・血縁者に関わる生殖細胞系列変化を区別して考えます

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1. がん幹細胞(CSC)とは何か──腫瘍にも「階層」がある

私たちの体の多くの組織には、組織を維持・再生する「幹細胞」がいます。皮膚も、腸の粘膜も、血液も、寿命を迎えた細胞が捨てられ、幹細胞から新しい細胞が補充されることで形が保たれています。幹細胞の定義は、自分と同じ性質の細胞をもう一度作れること(自己複製能)と、その組織を構成するさまざまな細胞へ変わっていけること(分化能)の2つです。がん幹細胞(Cancer Stem Cell:CSC、腫瘍始原細胞/Tumor-Initiating Cell:TICとも呼ばれます)は、この2つの能力を腫瘍のなかで持っている細胞、と定義されます[9]

この概念が実験的に示されたのは1997年です。急性骨髄性白血病(AML)の患者さんの細胞を、免疫が働かないマウスに移植する実験が行われました。すると、CD34というタンパク質を強く出し、CD38をほとんど出していない細胞画分が、マウスの骨髄のなかで白血病を再構築したのです[1]。移植された細胞は、自分と同じ未分化な細胞も、成熟した白血病芽球も両方作り出しました。つまり白血病という病気は、無秩序な細胞の塊ではなく、正常な血液と同じように「頂点」と「その下流」がある階層構造を持っていたわけです。

💡 用語解説:自己複製能(じこふくせいのう)と分化能

自己複製能とは、分裂しても「幹細胞のまま」の娘細胞を残せる能力です。この性質があるため、幹細胞は長期間にわたって細胞集団を維持できます(もっとも、正常な幹細胞も加齢や組織の損傷、ニッチの変化によって枯渇したり機能が低下したりします)。

分化能とは、その組織に必要な多様な細胞へ「変身」できる能力です。1個の細胞が、幹細胞のままの自分と、分化していく細胞の両方を生む分裂を「非対称分裂」と呼びます。がん幹細胞はこの2つの能力を、腫瘍という組織の維持に用いていると考えられています。

「階層モデル」と「確率論モデル」──どちらが正しいのか

腫瘍の成り立ちについては、長らく2つの見方が対比されてきました。ひとつは確率論モデル(クローン進化モデル)で、腫瘍細胞は確率的に腫瘍形成能を発揮し、遺伝的に有利なクローンが選択されて広がっていく、という考え方です。もうひとつが階層モデル(がん幹細胞モデル)で、腫瘍の頂点にいるCSCが腫瘍を再構築し、その下流の細胞は増殖能力に限りがある、という考え方です。

現在は、この2つを対立させるのではなく、階層性・クローン進化・状態の可塑性を組み合わせて理解するのが一般的です[9]。腫瘍のなかでは遺伝子変異によるクローン進化が進みながら、その各クローンの内部で、幹細胞性の高い状態と低い状態が階層をつくっている。しかもその階層は固定ではなく、行き来があり得る──というのが、系譜追跡や単一細胞解析が進んだ現在の見取り図です。

腫瘍の成り立ちをめぐる3つの見方

① 確率論モデル

腫瘍細胞が確率的に腫瘍形成能を発揮し、遺伝的に有利なクローンが選択されて拡大する。

② 階層モデル

頂点のCSCが腫瘍を再構築し、下流のバルク細胞は増殖能力に限りがある。

③ 統合モデル(現在)

遺伝的クローン進化と細胞状態の階層が共存し、非CSCとCSC様状態のあいだを可逆的に移行する。

①②が否定されて③に置き換わったのではなく、現在は三者を統合して理解します。

2. がん幹細胞はどこから生まれるのか──起源と「可塑性」

CSCがどこから生まれるかについては、いくつかの経路が想定されています。第一は、もともと組織にいる正常な組織幹細胞が、変異の蓄積やエピジェネティックな破綻によって悪性化するという経路です。第二は、すでに分化の道を歩み始めた前駆細胞や、分化を終えた細胞が、変異や微小環境からのシグナルによって自己複製能を「取り戻す」(脱分化)という経路です。第三に、細胞どうしの融合によって幹細胞様の性質を獲得するという仮説も提唱されています。

この第二の経路こそが、CSC研究における大きな転換につながりました。幹細胞性は「生まれ持った身分」ではなく、条件しだいで獲得も喪失もされ得る「状態」でもあるという理解です[9]

💡 用語解説:表現型可塑性(ひょうげんがた かそせい/plasticity)

「可塑性」とは、粘土のように形を変えられる性質のことです。細胞の可塑性とは、DNAの配列そのものは変わらないのに、遺伝子のスイッチの入り方(=エピジェネティックな状態)が変わることで、細胞の性格が入れ替わる現象を指します。

たとえば悪性黒色腫(メラノーマ)では、ヒストンH3K4という目印を外す酵素JARID1B(KDM5B)を高く出す、きわめてゆっくりとしか分裂しない細胞集団が見つかりました。この集団は固定メンバーではなく、JARID1B陰性の細胞が陽性に変わり、また陰性に戻る、という双方向の入れ替わりを示すと報告されています[6]。「CSCを全部殺せば終わり」という単純な戦略が通用しにくい理由が、ここにあります。

可塑性を鮮やかに示したのが、ヒト大腸がんのオルガノイド(試験管内で育てた立体的な腫瘍組織)を用いた研究です。大腸のCSCマーカーであるLGR5陽性細胞に印をつけて追跡すると、確かにLGR5陽性細胞が腫瘍を維持していました。ところが、遺伝子操作でLGR5陽性細胞だけを選択的に消し去ると、腫瘍はいったん縮小するものの、分化マーカーKRT20を出していた細胞がLGR5陽性へ戻り、腫瘍が再増殖したのです[8]。CSCを標的にする治療が、化学療法との併用でこそ意味を持つことを示唆する、重要な実験です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「敵の正体」が変わっていく20年】

私が腫瘍学を学び始めた頃、がん幹細胞は「腫瘍の司令塔である特別な細胞」として語られていました。その細胞さえ見つけて叩けば、がんは根治できる──そんな期待が確かにありました。ところが研究が進むほど、話はもっと厄介な方向へ進みました。司令塔は交代制で、平社員が昇格することもある。しかも治療そのものが、その昇格を促してしまうことがある。

遺伝学の言葉でいえば、これは「配列の異常」だけを見ていては届かない世界です。同じゲノムを持つ細胞が、スイッチの入り方だけで別人のようにふるまう。この視点を持てるかどうかは、患者さんに「なぜ再発が起こり得るのか」を説明するときの、私自身の言葉の深さに直結していると感じています。

3. 正常幹細胞・バルクがん細胞・がん幹細胞の比較

CSCの特徴は、正常な組織幹細胞(NSC)や、腫瘍の大多数を占める「バルクがん細胞」と並べてみると、輪郭がはっきりします。正常幹細胞は、組織の恒常性を保つニッチ(周囲の環境)の制御を受けています。一方でCSCは、周囲の線維芽細胞、血管、免疫細胞などとの相互作用を通じて、自らの維持に有利な微小環境を形成・改変していくと考えられています[9]

指標 正常組織幹細胞 バルクがん細胞 がん幹細胞(CSC)
増殖のようす 組織により異なる。休眠状態を保つ幹細胞も、恒常的に分裂する幹細胞もある 制御を外れて分裂を続けるものが多い 静止期に留まる集団がある一方、活発に増殖するCSC状態も存在する
自己複製 厳密に制御された対称・非対称分裂 増殖はするが、腫瘍を一から作り直す能力は乏しいとされる 移植・系譜追跡で腫瘍を再構築できることが示されている[1][8]
ゲノム・エピゲノムの状態 DNA修復が保たれている 変異の蓄積と染色体異常が多い 腫瘍に由来する遺伝的異常を持ち、エピジェネティックな状態は可塑的
治療への反応 (治療の標的ではないが、副作用の出やすい場所) CSC様集団と比較して、化学・放射線療法への感受性が高いことが多い 生き残りやすい集団があり、再発・転移の源になり得る[4][12]
臨床上の目標 再生医療として「守り、増やす」 縮小させる 分化させる、あるいは残さない

ここに、CSC標的治療の難しさが凝縮されています。CSCが自己複製に用いるシグナル経路(Wnt・Notch・Hedgehogなど)は、骨髄での造血、腸の粘膜の再生、皮膚のターンオーバーを支える正常幹細胞と大きく重なります。したがって、これらの経路を全身で強く抑えれば、粘膜障害や骨髄抑制といった副作用が問題になります。「よく効く」ことと「安全に使える」ことのあいだの溝をどう埋めるか。これが創薬の中心課題です。

4. がん幹細胞をどうやって見つけるのか──マーカーと機能アッセイ

CSCには「これさえ見れば分かる」という万能の目印はありません。実際の研究では、細胞表面のタンパク質(マーカー)で細胞を選り分けたうえで、「本当に腫瘍を作れるか」を機能で確かめるという二段構えが取られます。マーカーは濃縮の道具であり、証明は機能アッセイが担う、という関係です。

がん種 報告されているマーカー 機能アッセイで示された性質
急性骨髄性白血病 CD34陽性/CD38陰性 免疫不全マウスの骨髄内で白血病を再構築[1]
乳がん CD44陽性/CD24低〜陰性、ALDH高活性 少数の細胞の移植で腫瘍を形成し、継代も可能[2]。ALDH高活性画分も腫瘍形成能を示し、予後と関連[3]
膠芽腫(脳腫瘍) CD133陽性、Nestin 放射線後にCD133陽性細胞が濃縮。DNA損傷チェックポイントを優先的に活性化し修復する[4]
大腸がん LGR5陽性、CD133 系譜追跡で自己複製と分化を確認。除去しても分化細胞から再生する[8]

💡 用語解説:スフィア形成アッセイと限界希釈

スフィア形成アッセイとは、細胞を足場のない浮遊状態・血清なしという条件で培養し、球状の細胞塊(スフィア)がいくつできるかを数えることで、幹細胞の頻度を推定する方法です。理屈のうえでは1個の幹細胞から1個のスフィアができるはずなので、限界希釈(1ウェルに1細胞だけ播く)が理想とされます。

ところが実際には、1細胞だけにするとスフィアはほとんどできません。細胞は互いに増殖因子を分泌し合って生きているため、孤立させると育ちにくいのです。また、幹細胞でない前駆細胞も一時的にスフィア様の塊を作ることがあります。スフィアの数だけでCSCの頻度を語ると過大評価になり得るため、いったん作ったスフィアをばらして再びスフィアを作れるか(二次スフィア形成能)を確認することが欠かせません。

「CSCは希少である」という前提の落とし穴

CSCはしばしば「腫瘍のごく一部の希少な細胞」と説明されますが、この希少性は、実験に使うマウスの免疫状態に強く依存していることが分かっています。従来よく使われたNOD/SCIDマウスでは、腫瘍を作れる細胞は0.1〜0.0001%と極端に希少に見えました。ところが、より免疫抑制の強いマウス(インターロイキン2受容体γ鎖欠損マウス)を使い、移植条件を最適化すると、メラノーマでは選別していない細胞のおよそ4個に1個が腫瘍を形成したと報告されました[7]

これは「がん幹細胞など存在しない」という意味ではありません。むしろ、異種移植アッセイという“ものさし”が、腫瘍の種類によっては幹細胞性を過小評価することを示しています。だからこそ現在は、移植実験に加えて、生体内で細胞の運命を追いかける系譜追跡や、オルガノイドを使った検証が重視されるようになりました[9]。数字を鵜呑みにせず、どの実験系で得られた値なのかを確認する姿勢が、この分野では特に大切です。

5. 可塑性を生む仕組み──エピジェネティクスと転写因子ネットワーク

細胞の「状態」を決めているのは、どの遺伝子のスイッチがオンで、どれがオフか、という組み合わせです。CSC様の状態にある細胞では、胚性幹細胞で多能性を保つ中心的な転写因子であるOCT4・SOX2・NANOGの発現が高いことが、多くのがん種で報告されています。これらは互いを活性化し合うループを作り、分化を促すシグナルに抵抗して未分化な状態を保ちます。

EMT──「上皮の顔」を捨てると幹細胞性が上がる

上皮細胞がきちんと並んだ極性を失い、バラバラに動ける間葉系の性質を獲得する現象を上皮間葉転換(EMT)と呼びます。ヒト乳腺上皮細胞でEMTを人為的に誘導すると、幹細胞マーカーの発現が上がり、スフィア(マンモスフィア)形成能や腫瘍形成能が高まることが示されました[10]。EMTは転移の前段階であると同時に、幹細胞性を引き上げる引き金でもあるわけです。

膠芽腫では、この関係が治療抵抗性と直結していることが示されています。EMTの制御因子であるZEB1は、マイクロRNA(miR-200)やc-MYBを介して、抗がん剤テモゾロミドの効き目を左右するDNA修復酵素MGMTの発現に関わっており、ZEB1発現が高い患者さんではテモゾロミドの効果が乏しく、予後も不良である傾向が報告されました[11]「動けるようになること」と「薬が効きにくくなること」が、同じ転写因子でつながっているのです。

💡 用語解説:CSCに関わる4つのエピジェネティック因子

  • DNMT(DNAメチル化酵素):遺伝子の入口(プロモーター)にメチル基という封印をかけ、分化を促す遺伝子を読み出されにくくします。
  • EZH2(ヒストンメチル化酵素):ヒストンH3の27番目のリシンを三重にメチル化し、その領域を「読めない状態」に折りたたみます。未分化な状態の維持に関わります。
  • HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素):アセチル基を外してDNAの巻き付きを固くし、細胞死や分化を促す遺伝子の転写を抑えます。
  • JARID1B(H3K4脱メチル化酵素):ゆっくり分裂する可塑的なCSC様集団の目印であり、その状態の維持に関わります[6]

6. 腫瘍微小環境(ニッチ)というシェルター

CSCの性質は、細胞内の仕組みだけで決まるものではありません。周囲を取り巻く細胞外マトリックス、線維芽細胞、免疫細胞、血管網が一体となった「ニッチ」によって、強く維持されたり、変化させられたりします[9]。この生態系全体を腫瘍微小環境(Tumor Microenvironment:TME)と呼びます。

がん関連線維芽細胞(CAF)は、コラーゲンを過剰に敷き詰めて組織を硬くし、薬が届きにくい物理的な壁を作ります。同時にCXCL12やHGFといった増殖因子を出し続けて、がん細胞の浸潤を後押しします。腫瘍関連マクロファージは、TGF-βなどのサイトカインを放出して幹細胞性の維持に関わると同時に、細胞傷害性T細胞の働きを抑え込み、免疫が働きにくいゾーンを作り出します。細胞外小胞(エクソソーム)を介した情報のやり取りも、このネットワークを支えています。

低酸素という「守りの環境」

腫瘍の中心部は血流が乏しく、酸素が足りない状態(低酸素)になります。一見すると細胞に不利ですが、CSC様の状態にとってはむしろ好都合な環境です。酸素が少ないと、通常は分解されてしまう低酸素誘導因子(HIF)が安定して核へ移動し、幹細胞性を支える遺伝子群を動かします。膠芽腫では、HIF2αが非CSCよりも膠芽腫幹細胞に優先して発現しており、HIFの働きを止めると自己複製・増殖・生存が抑えられ、マウスでの腫瘍形成能も低下したことが示されています[5]。HIFは血管内皮増殖因子(VEGF)を誘導して新しい血管を呼び込むため、低酸素はニッチを強化する方向にも働きます。

7. 代謝可塑性──エネルギーの使い方を切り替える

多くのがん細胞は、酸素があっても解糖系(糖をすばやく分解する回路)に頼ってエネルギーを作ります。これがワールブルグ効果として知られる現象です。ではCSCはどうか。ここは誤解が多いところですが、「CSCは必ずミトコンドリア呼吸に依存する」と一律に言うことはできません。がん種・環境・治療歴によって代謝の型は異なり、共通しているのは切り替えられること(代謝可塑性)そのものです。

代表的な報告が膵臓がんのモデルです。がん遺伝子KRASのスイッチを人為的に切ると腫瘍は縮みますが、生き残った休眠細胞はCSCの特徴を示し、解糖系ではなくミトコンドリアの酸化的リン酸化(OXPHOS)に依存していました。この細胞はOXPHOS阻害薬に感受性を示し、再発を抑えられたのです[13]。「ドライバー遺伝子を叩く薬」と「代謝を叩く薬」を組み合わせる、という発想の原点になった研究です。

💡 用語解説:代謝とエピゲノムは互いを縛り合う

エピジェネティックな「書き込み」や「消去」を行う酵素は、代謝でできる中間産物を材料や補助因子として使っています。たとえばヒストンにアセチル基を付ける酵素はアセチルCoAを、メチル基を付ける酵素はS-アデノシルメチオニン(SAM)を必要とします。

つまり代謝が変われば、ゲノムに書き込まれる印も変わり得ます。逆に、書き換わったエピゲノムが代謝酵素の発現を変え、生存に有利な代謝を固定することもあります。この相互作用が、CSC様の状態を安定させる一因と考えられています。活性酸素(ROS)を低く保ち、酸化ストレスから身を守ることも、この回路の重要な出力のひとつです。

8. なぜ治療をすり抜けるのか──治療抵抗性・免疫回避・再発

CSCが治療をすり抜ける仕組みは、ひとつではありません。複数の防御が重なり得るところに、この問題の厄介さがあります。ただし、すべてのCSCがこれらを一様に備えているわけではなく、がん種や状態によって組み合わせは異なります

がん幹細胞で報告されている5つの生存戦略

① 休眠(静止期)

分裂しない細胞には、分裂中の細胞を狙う抗がん剤が届きにくくなります。

② 薬剤の汲み出し

ABCトランスポーターが薬を細胞外へ排出し、細胞内の濃度を下げます。

③ DNA損傷応答の亢進

放射線でDNAが傷ついても、チェックポイントを速く動かして修復します。

④ 免疫からの回避

抗原提示の低下、免疫チェックポイント分子、免疫抑制性サイトカインなどを介して、T細胞・NK細胞による排除を逃れることがあります。

⑤ ニッチによる保護

低酸素・線維化・免疫抑制の環境が、物理的・化学的な盾になります。

治療 → バルク細胞が縮小 → 一部のCSC様細胞が残存 → 休眠解除 → 再発・転移、という流れが想定されています。

②については、ATP結合カセット(ABC)トランスポーターが抗がん剤を細胞外へ汲み出し、幹細胞様の細胞を薬剤から守るという古典的な総説があります[12]。③については実験的な裏づけが明確です。膠芽腫では、放射線を当てたあとCD133陽性細胞の割合が増え、この細胞はCD133陰性細胞よりもDNA損傷チェックポイントを優先的に活性化し、傷を効率よく修復していました。そしてチェックポイントキナーゼ(CHK1/CHK2)の阻害薬を加えると、この放射線抵抗性が打ち消せたのです[4]

転移と休眠──なぜ何年も経ってから再発するのか

原発巣を離れたがん細胞の一部は、循環腫瘍細胞(CTC)として血流に入ります。ただしCTCのすべてがCSCというわけではありません。血液のなかは、血流によるずり応力にさらされ、足場を失った細胞は本来なら死ぬ(アノイキス)という過酷な環境です。そのなかで、幹細胞様の性質を持つ細胞が遠隔臓器で生き残り、播種腫瘍細胞として休眠する可能性が指摘されています。休眠していた細胞が微小環境からのシグナルをきっかけに増殖を再開したとき、臨床的な転移巣として姿を現します。

手術から数年後に起こる遅発性の再発について、この「眠りと目覚め」は重要な機構のひとつと考えられています(遅発再発のすべてがこれで説明できるわけではありません)。目に見えない残存細胞をどう捉えるかは臨床上の課題であり、血液中を漂うがん由来のDNA(循環腫瘍DNA:ctDNA)を調べるリキッドバイオプシーが、微小残存病変の検出手段として研究されています。

9. 治療の考え方と、近年の薬剤をどう位置づけるか

CSCを意識した治療戦略は、大きく3つの方向に整理できます。①未分化な状態を解除して分化させる(分化誘導)、②発生シグナル(Notch・Wnt・Hedgehog)を止める、③エピゲノムや代謝の逃げ道をふさぐ、です。Hedgehog経路の阻害薬は皮膚基底細胞がんなどで実用化されており、経路阻害という発想自体はすでに臨床で検証されています。一方で、正常幹細胞と共通の経路であるがゆえに、副作用との綱引きが続いています。

分化誘導療法──最も確立した成功例

急性前骨髄球性白血病(APL)は、かつて出血で急死することの多い致死的な白血病でした。そこにビタミンA誘導体である全トランス型レチノイン酸(ATRA)亜ヒ酸(三酸化ヒ素)が導入され、未分化なまま止まっていた細胞を成熟へ導くことで、治癒が期待できる病気へと変わりました[14]。細胞を殺すのではなく「育て直す」という発想が現実に成立することを示した、分化誘導療法の原型です。

💡 用語解説:分化誘導療法(differentiation therapy)

未分化なまま増え続ける細胞を、殺すのではなく成熟した細胞へ「育てて」増殖を止めさせる治療の考え方です。APLに対するATRAはその代表例で、細胞毒性による殺傷とは異なる原理で高い効果を上げてきました。がん幹細胞の研究においても、幹細胞性を解除して分化させる方向の創薬が続けられています。

エピジェネティック創薬の光と影──タゼメトスタットの撤回

CSC様の状態はエピゲノムに支えられているため、エピゲノムを標的とする薬(エピドラッグ)は理にかなった戦略です。EZH2阻害薬タゼメトスタットは、2020年に米国で濾胞性リンパ腫に対して迅速承認されました[15]。ところが2026年3月、開発企業は確認試験(SYMPHONY-1)で二次性の血液悪性腫瘍の発生が問題となったことを受け、全適応・全市場から本剤を自主的に撤回すると発表しました[16]

⚠️ この経緯は、エピジェネティック治療では短期的な効果だけでなく、二次悪性腫瘍を含む長期安全性の検証が不可欠であることを示しています。なお、報告された二次性血液悪性腫瘍と薬剤との因果機序がすべて解明されたわけではありません。

2025年の新規承認薬を、どう位置づけるか

2025年には、幹細胞性や分化と関わりの深い分子を標的とする薬がいくつか承認されました。ただし、これらは「がん幹細胞を標的とする薬」として承認されたわけではありません。以下は、あくまで分化や分子・代謝的な脆弱性を利用する治療の例として位置づけてください。

薬剤 FDAが示す作用機序と適応 この記事での位置づけ
ジフトメニブ
(2025年11月)
メニン阻害薬。NPM1変異を有し、適切な代替治療のない再発・難治性AMLの成人が対象[17] メニンとKMT2Aの相互作用を阻害し、NPM1変異AMLで維持されているHOXA/MEIS1などの白血病性転写プログラムを抑えて分化を促す、という考え方に立つ薬です
ドルダビプロン
(2025年8月)
FDAはprotease activator(プロテアーゼ活性化薬)と記載。H3 K27M変異を有し前治療後に進行したびまん性正中線膠腫(1歳以上)が対象で、この疾患に対する初の全身療法の承認[18] 腫瘍の分子・代謝的な脆弱性を利用する新規薬です。エピゲノムの「正常化薬」やCSC標的薬として承認されたものではありません
仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「殺す」から「育て直す」へ、しかし慎重に】

がん治療の歴史は長らく「殺す」ことを軸にしてきました。ところがCSCの研究が教えるのは、殺しきれない細胞がいるという現実です。そこで浮かび上がるのが分化誘導という考え方で、APLがビタミンA誘導体で治癒の期待できる病気に変わった歴史は、この発想が絵空事ではないことを示しています。

ただし、光の裏には影もあります。タゼメトスタットの撤回は、エピゲノムを触る薬が予期せぬリスクを生み得ることを、静かに、しかし厳しく教えてくれました。新しい治療のニュースに触れたとき、「何がどこまで確かめられたのか」を一緒に見極めていくことが、遺伝診療に関わる者の役目だと考えています。

10. 遺伝診療との接点──「腫瘍の変化」と「生まれ持った変化」を分ける

CSCそのものを調べる遺伝学的検査があるわけではありません。一方で、がんの遺伝子検査には2つの異なる目的があり、これを区別して理解することが大切です。ひとつは腫瘍がどの治療に反応しやすいかを決める体細胞の変化、もうひとつはご本人や血縁者のがんリスクに関わる生殖細胞系列(生まれ持った)変化です。

💡 用語解説:体細胞変化と生殖細胞系列変化

体細胞変化は、生まれたあとにがん組織のなかで生じた変化で、原則としてお子さんには受け継がれません。生殖細胞系列変化は、生まれつき全身の細胞が持っている変化で、血縁者と共有される可能性があります。

腫瘍の検査で見つかった変化が、どちらなのかは自動的には分かりません。生殖細胞系列の変化が疑われた場合に、遺伝カウンセリングと確認検査(血液などを用いた検査)が重要になります。

たとえば、BRCA1/BRCA2などの相同組換え修復に関わる遺伝子の異常は、腫瘍にDNA修復上の「弱点」を生みます。この弱点を突くのがPARP阻害薬で、卵巣がんではBRCA変異(生殖細胞系列でも体細胞でも)を持つ患者さんの維持療法として承認されています[19]。ここで大切なのは、「DNA修復が強いから生き延びる」という話と、「DNA修復が弱いから薬が効く」という話は別のレイヤーだという点です。前者はCSC様細胞のふるまい、後者は腫瘍が抱える遺伝的な弱点であり、混同しないでください。

また、ミスマッチ修復欠損(dMMR)や高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-H)は、免疫チェックポイント阻害薬の治療選択に関わる指標です[20]。ただしこれらが見つかったからといって、直ちに遺伝性とは限りません。多くは腫瘍のなかで後天的に生じたものですが、一部にリンチ症候群など生殖細胞系列の変化が背景にある場合があります。だからこそ、腫瘍の検査結果を「ご家族の話」につなげるかどうかの見極めに、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが必要になります。遺伝子検査の一覧もあわせてご覧ください。

📌 本記事で扱った治療の多くは研究段階、あるいは特定の変異を持つ患者さんに限られた適応です。当院ではがん幹細胞を標的とする治療そのものは行っておらず、本記事は文献に基づく学術的解説として提供しています。

11. よくある誤解

誤解①「がん幹細胞さえ殺せば治る」

大腸がんオルガノイドの実験では、CSCを選択的に除去しても、分化した細胞が再びCSC様の状態へ戻って腫瘍が再増殖しました[8]。単独ではなく、化学療法などとの組み合わせが前提になると考えられています。

誤解②「がん幹細胞はごく少数しかいない」

希少に見えるかどうかは、実験に使うマウスの免疫状態に大きく左右されます。条件を変えると頻度が桁違いに変わったという報告があります[7]。数字は実験系とセットで理解してください。

誤解③「がん幹細胞の検査を受ければ再発が分かる」

現時点で、日常診療として「がん幹細胞を測る検査」は確立していません。再発の早期把握については、ctDNAなどを用いた研究が進んでいる段階です。

誤解④「がん幹細胞に効く」とうたう治療がある

「がん幹細胞を叩く」と説明される自由診療やサプリメントを見かけることがありますが、CSCを標的として有効性が確立し標準治療になったものは、現時点ではありません。標準治療を中断してこうした選択に切り替えることは、大きな不利益につながる可能性があります。

よくある質問(FAQ)

Q1. がん幹細胞と正常な幹細胞は、どこが違うのですか?

自己複製能や分化能という基本の能力は共通しています。違いは、周囲の環境との関係にあります。正常な幹細胞は、組織の恒常性を保つニッチの制御を受けています。一方でがん幹細胞は、周囲の線維芽細胞、血管、免疫細胞などとの相互作用を通じて、自らの維持に有利な微小環境を形成・改変していくと考えられています。また、遺伝的にもエピジェネティックにも不安定で、状態が変わりやすい点も異なります。ただし利用しているシグナル経路は大きく重なるため、これががん幹細胞を標的とする治療の副作用の問題につながっています。

Q2. なぜ抗がん剤や放射線ががん幹細胞に効きにくいのですか?

報告されている理由は複数あります。多くの抗がん剤は分裂中の細胞を狙うため、静止期に留まっている細胞には作用しにくいこと。細胞膜にあるABCトランスポーターが薬を外へ汲み出してしまうこと。そして放射線でDNAが傷ついても、DNA損傷チェックポイントをすばやく動かして修復してしまうことです。膠芽腫では、チェックポイントキナーゼの阻害薬を併用することで放射線抵抗性が打ち消せたと報告されています。ただし、これらの性質をすべてのがん幹細胞が一様に備えているわけではありません。

Q3. がん幹細胞は遺伝しますか?家族に伝わるものですか?

がん幹細胞そのものが遺伝することはありません。がん幹細胞は、体のなかにできた腫瘍の一部の細胞が持つ「状態」を指す言葉だからです。一方で、DNA修復に関わる遺伝子などの生殖細胞系列(生まれ持った)変化は、血縁者と共有される可能性があります。この場合に伝わるのは「がん幹細胞」ではなく「がんになりやすさ」です。腫瘍の検査で見つかった変化が生まれ持ったものかどうかは自動的には分からないため、疑われる場合には遺伝カウンセリングと確認検査が必要になります。

Q4. がん幹細胞を標的とする治療は、いま受けられますか?

「がん幹細胞そのものを標的とする」と銘打った治療で、標準治療として確立しているものは、現時点ではありません。分化誘導という考え方が実を結んだ例として急性前骨髄球性白血病に対するATRAがありますが、これも「がん幹細胞治療」として承認されたものではありません。特定の遺伝子変異を持つ患者さんに使われる薬はありますので、適応の有無については主治医とご相談ください。

Q5. 「治療そのものががん幹細胞を増やす」というのは本当ですか?

治療によるストレスが、幹細胞性の高い状態への切り替わりを促し得ることは、複数の実験系で示されています。膠芽腫で放射線後にCD133陽性細胞の割合が増えたという観察もそのひとつです。ただしこれは「治療を受けない方がよい」という意味ではまったくありません。バルク細胞を減らすことは治療の土台であり、そのうえで残った細胞にどう対処するかが次の課題である、という理解が正確です。

Q6. 分化誘導療法とは何ですか?

未分化なまま増え続けている細胞を、殺すのではなく成熟した細胞へ「育てて」増殖を止めさせるという治療の考え方です。急性前骨髄球性白血病に対するビタミンA誘導体(ATRA)と亜ヒ酸が代表例で、かつて致死的だったこの病気を治癒が期待できるものへと変えました。がん幹細胞の分野でも、幹細胞性を解除して分化させるという方向の研究が続けられています。

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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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