【薄毛はホントに遺伝するの?】
薄毛と言われているのは,一般的には男性型脱毛症のことであろうかと思います.
男性型脱毛症(androgenetic alopecia AGA)は,思春期以降におこる脱毛で,典型的な例は,脱毛がこめかみの上から始まり,生え際の後退により特徴的な「M字」パターンとなります.
頭頂部では毛髪は細くなり,薄毛や禿髪となるのです.
女性の場合には「女性男性型脱毛症」(Female AGA, FAGA)と呼ばれます.
男性とは異なり生え際のラインは変わらずに頭頂部・前頭部を中心に頭部全体の毛髪が細くなりますが,完全な禿髪になることは稀です.
AGAには遺伝的、環境的な種々の要素が関わっているとされています.
一つの遺伝子の以上で起る単一遺伝子病ではなく,複数の遺伝子が関係した多因子遺伝のパターンを取ります.
全てが明らかになっているわけではありませんが,
X染色体上のアンドロゲンリセプターという遺伝子のCAGリピート(Cシトシン,Aアデニン,Gグアニンという塩基の繰り返しのことです)の数が人によって違い,この数が脱毛に関与しているということです.
具体的には,CAGリピート数は16~32が正常で,平均的には22~25の間にありますが,これより多いと,タンパクに翻訳されたときに,この部分が翻訳されるポリグルタミン配列と呼ばれる部分が長くなるので,アンドロゲンレセプターにアンドロゲン(男性ホルモン)が結合しにくくなるのです.
逆に,短いと,アンドロゲンが結合しやすい,ということとなります.
AGAに最もよく効くプロペシアと言う育毛剤の有効成分であるフィナステリドの
効果とCAGリピート数には大きな相関があります.
それでは,女性の場合どうなるのでしょうか?
ここからは,ネットでもあまり述べられていないのですが.
臨床遺伝専門医らしく,X連鎖遺伝について,少し詳細に述べてみたいとおもいます.
X染色体で受け継がれるのなら,女性は2本あるので,もう一つのほうが正常だから,症状が出ないのではないか?と思われる方がほとんどだと思いますが.
男性では,X染色体が一つであるため,そのX染色体の遺伝子が発現するのですが.
実は,女性の場合,X染色体は2本あるけど,2本発現しているわけではないのです.1本分は不活化されてしまうため,発現するのは,どちらかひとつの染色体からです.
それでは,1本分まるまる不活化されるのかというと,そうではなくて,この遺伝子に関してはこちらの染色体,という風に,ランダムにその個体で,各組織で決まっているようです.
だから,たまたま,薄毛に関与するCAGリピートの少ないAR遺伝子があり,もう片方の正常なAR遺伝子のほうが頭皮で不活化されると,女性でも薄毛を発現するということは十分に考えられます.
血友病などの,X連鎖遺伝形式をとる疾患でも,稀に女児で発病することがあるのもこのためです.
また,ネットでは,家系図をあげて,母方の隔世遺伝,つまり,母方の祖父からの遺伝であると書かれていますが.
これも正しくありません.
母にCAGリピートの少ないAR遺伝子を伝達したのが,祖母である可能性もあるのですから.
遺伝の話は,皆様が思っている以上に単純ではない,ということをご理解いただけたらと思います.
いずれにせよ,薄毛にはさまざまな要素が関係しており,その中で遺伝によるものは25%程度と報告されているようです.