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私たちの細胞のなかでは、役目を終えたタンパク質に「ゴミの目印」がつけられ、次々と分解されています。その目印を「まだ捨てないで」と外して回る消しゴム役が、この記事の主役USP10(ユーエスピー・テン)です。USP10は、がんを抑えるブレーキにも、がんを進めるアクセルにもなり、さらに免疫・動脈硬化・心臓・神経の病気にまで関わる、驚くほど守備範囲の広いタンパク質です。
この記事では、USP10がそもそもどんな酵素なのか、なぜ同じ遺伝子なのに、がんを抑えたり進めたりと正反対の顔を見せるのか、そしてSpautin-1(スポーチン・ワン)などのUSP10阻害研究やDUBTAC(ダブタック)といった新しい創薬の考え方までを、一般の方にもわかる言葉で、臨床遺伝専門医の立場から順を追ってお伝えします。
- ➤ USP10がどんな酵素で、「分解の目印」をどう外すのか
- ➤ なぜ同じ酵素が、がんを抑えたり進めたりするのか(p53との関係)
- ➤ ストレス顆粒・DNA修復・免疫・ワクチン応答での意外な役割
- ➤ 動脈硬化・心臓・神経変性といった全身の病気とのつながり
- ➤ Spautin-1やDUBTACなど、USP10を狙う新しい薬の考え方
🧬Q. USP10とは何ですか?
タンパク質についた「分解の目印(ユビキチン)」を外して、そのタンパク質を分解から守る脱ユビキチン化酵素(DUB)の一つです。16番染色体にある遺伝子から作られ、多くの重要なタンパク質の「寿命」を調節しています。
🩺Q. なぜ、がんを抑えたり進めたりするのですか?
USP10自身が善玉でも悪玉でもなく、「守る相手」しだいだからです。がん抑制役のp53を守ればブレーキに、がんを進めるタンパク質を守ればアクセルになります。
🌸Q. 治療に使えるのですか?
USP10の働きを止める阻害剤(Spautin-1、Wu-5など)の研究が進んでいます。逆に、OTUB1などの脱ユビキチン化酵素を利用して必要なタンパク質をわざと守るDUBTACという新しい発想も登場しています。いずれも主に研究段階です。
USP10とは——タンパク質の「分解の目印」を外す消しゴム役
細胞のなかの「ゴミ処理システム」とUSP10
私たちの体をつくるタンパク質は、作られては壊されるという入れ替わりをたえず続けています。この「作る・折りたたむ・壊す」の絶妙なバランスが崩れないよう見張っているのが、細胞のゴミ処理システムであるユビキチン‐プロテアソーム系(UPS)です。役目を終えたタンパク質には、ユビキチンという小さな目印がいくつも連なって取りつけられ、この目印を頼りにプロテアソームという分解装置が、そのタンパク質を細かく壊していきます。
ところがこの目印つけは、一方通行ではありません。いったんついた目印を外して、「まだ分解しないで」と分解を取り消す酵素が存在します。それが脱ユビキチン化酵素(DUB:ディーユービー)で、ヒトの細胞には約100種類あると考えられています[1]。USP10(ユビキチン特異的プロテアーゼ10)は、そのなかで最大のグループであるUSP(ユビキチン特異的プロテアーゼ)ファミリーに属しています[1]。
タンパク質についた「分解の目印(ユビキチン)」を、はさみのように切り取って外す酵素のことです。目印を外されたタンパク質は分解をまぬがれ、細胞のなかで長く働けるようになります。USP10のほか、姉妹にあたるUSP8やUSP1など、多くの仲間が知られています。
USP10がユニークなのは、その守る相手の幅広さです。がんを抑えるタンパク質から、がんを進めるタンパク質、免疫やDNA修復に関わるタンパク質まで、実に多彩な相手の目印を外して守ります。もともとはがん研究の分野で「抑えたり進めたり、状況で顔が変わる」酵素として注目されましたが、いまではエピジェネティクス(遺伝子の使われ方の制御)、DNA損傷の修復、免疫応答、代謝、心臓や神経の病気にまで関わる、細胞の司令塔の一つと理解されています。
こうした脱ユビキチン化酵素は、近年、薬の標的としても大きな期待を集めています。従来の薬の多くが「酵素の働きを止める」ことをねらうのに対し、脱ユビキチン化酵素は、狙ったタンパク質の「量」や「寿命」そのものを調節できるためです。壊しすぎて足りないタンパク質を守って回復させる、あるいはがんを支えるタンパク質を壊れやすくする——どちらの方向にも設計できる点が、これまでの薬にはなかった魅力です。USP10は、その代表格の一つとして、基礎研究と創薬の両面から関心を持たれています。この記事の後半では、USP10を阻害するSpautin-1などの研究と、脱ユビキチン化酵素を利用するDUBTACという創薬技術にも触れていきます。
遺伝子としてのUSP10——場所と基本データ
ヒトのUSP10遺伝子は、16番染色体の長腕(16q24.1)にあり、そこから作られるUSP10タンパク質は798個のアミノ酸からできています[2]。マウスなど他の動物とも配列がよく似ており、進化のなかで大切に受け継がれてきた、生き物にとって欠かせないタンパク質だと考えられます。
なお、現時点では、USP10という一つの遺伝子の生まれつきの変化だけで発症する、はっきりした遺伝性の病気(メンデル型の遺伝病)は確立されていません。この記事で扱うのは、主に体の細胞で後天的に起こる病態や、USP10が働く量やタイミングの乱れが、がんや動脈硬化などにどう関わるか、という視点です。生殖細胞を通じて「必ず子どもに伝わる病気」の話ではない、という点は最初に押さえておいてください。
構造と働き——「はさみ」と「相手を選ぶ手」でできている
目印を切る「触媒ドメイン」
USP10は大きく二つの部分に分けられます。一つは、実際にユビキチンの鎖を切る「はさみ」にあたる触媒ドメインで、アミノ酸のおよそ415番から795番の領域にあります[3]。ここには、反応の中心となる触媒システインC424があり、USPファミリーに共通するシステインプロテアーゼ型の触媒機構でユビキチン結合を切断します。UniProtではC424が求核性触媒残基、H749がプロトン受容体として注釈されています[29]。USP10は、この反応をシステインの力で行うシステインプロテアーゼの一種です。
図1:USP10が「分解の目印」を外すしくみ
相手を見分ける「N末端」
もう一つの部分が、はさみとは反対側にあるN末端で、ここが「どのタンパク質を守るか」を見分ける役割を担います。たとえばN末端の一部は、がん抑制役のp53(TP53)と結合するのに使われ、別の部分は、後で登場する「ストレス顆粒」というしくみに関わるG3BP1などのタンパク質と結合するのに使われます。この見分ける手が多彩なので、USP10は非常に幅広い相手を守れるのです。
遺伝子の「使い方」も書き換える
USP10の働きは細胞質だけにとどまりません。核のなかで、遺伝子の巻き取り方(クロマチン)を調節するエピジェネティクスにも関わります。具体的には、ヒストンバリアントH2A.Zというヒストンの一種についた目印を外すことで、特定の遺伝子のスイッチを入れます[4]。前立腺がんでは、男性ホルモンの受容体(アンドロゲン受容体)が使う遺伝子の入口にUSP10が呼び込まれ、H2A.Zの目印を外してスイッチをオンにする「共活性化因子」として働くことが報告されています[4]。分解の調節だけでなく、遺伝子の使われ方そのものにも手を入れているわけです。
スイッチを切り替える「リン酸化」
USP10は、細胞が置かれた状況に応じて、その働きどころを機敏に切り替えます。DNAが傷ついたときには、見張り役のATMという酵素がUSP10に印(リン酸化)をつけ、USP10を核へ送り込みます。核に入ったUSP10はp53を守り、傷ついた細胞にブレーキをかけます[5]。一方、エネルギーが足りなくなったときには、AMPKという「省エネの司令塔」がUSP10に印をつけて活性を高め、活性化したUSP10は今度はAMPK自身を守り返す——というお互いを支え合う好循環をつくります[6]。このように、印のつけ方しだいでUSP10は行き先も相手も変えるのです。免疫の場面でも同じで、B細胞が刺激を受けるとAKTという酵素がUSP10に印をつけ、USP10を核へ移して抗体づくりを助けます[15]。同じ一つの酵素が、DNA損傷・エネルギー不足・免疫刺激という別々の合図を、それぞれ違う「印」で受け取り、行き先と守る相手を切り替えている——この柔軟さこそ、USP10が細胞の司令塔と呼ばれるゆえんです。
がんの二面性——守る相手しだいで「ブレーキ」にも「アクセル」にも
USP10のいちばんの特徴は、がんにおいて「がん抑制役」と「がん促進役」の正反対の顔を持つことです[7]。カギは、USP10が善玉でも悪玉でもなく、あくまで「相手のタンパク質を守る係」にすぎない点にあります。守る相手ががんを抑える側なら、USP10はブレーキとして働き、守る相手ががんを進める側なら、アクセルになってしまうのです[1]。
ブレーキとして:p53とPTENを守る
がん抑制役の代表格であるp53は、ふだんMDM2という酵素によって目印をつけられ、どんどん分解されています。ここでUSP10が登場し、p53についた目印を外して分解から守り、必要なときには核のなかでもp53を安定させます[5]。守られたp53は、傷ついた細胞の増殖を止めたり、アポトーシス(細胞の自死)を促したりして、がん化にブレーキをかけます。正常なp53を持つ腎臓のがん(淡明細胞型腎細胞がん)などでは、USP10が減ると、このブレーキが効かなくなって腫瘍が育ちやすくなると報告されています[7]。
USP10はもう一つの重要なブレーキ役、PTENも守ります。PTENは、細胞を増やす方向へ働くPI3K/AKT/mTORという経路を抑える「ブレーキ役の酵素」です。USP10がPTENのK63結合型ポリユビキチン化を外してPTENの脂質ホスファターゼ活性を回復させることで、非小細胞肺がん細胞のPI3K/AKT/mTORシグナルと増殖を抑えることが報告されています[21]。
アクセルとして:変異p53やがん促進タンパク質を守る
ところが、がん細胞のp53が「機能を失ったうえに悪さをするタイプの変異(機能獲得型変異)」を持っている場合、USP10はその悪玉化した変異p53まで守ってしまい、かえってがんを悪化させます[7]。実際、野生型p53を欠く非小細胞肺がんでは、USP10-HDAC6軸がシスプラチン抵抗性に関与することが報告されています[8]。
USP10は「善玉」でも「悪玉」でもありません。守っている相手が善玉ならブレーキ、悪玉ならアクセルになる——これがUSP10の二面性の正体です。だからこそ、がんの種類やp53の状態によって、USP10を「増やすべきか、抑えるべきか」の答えも変わってきます。
p53を介さないルートでも、USP10はさまざまながん促進タンパク質を守ります。肝細胞がんでは、細胞の増殖に関わるYAP/TAZ(Hippo経路のエフェクター)を脱ユビキチン化して安定化し、がん細胞の増殖を促すことが報告されています[9]。急性骨髄性白血病(AML)では、予後を悪くするFLT3-ITDという変異タンパク質を守って白血病細胞の増殖を支えることが報告されています[10]。反対に、USP10がSIRT6という別のタンパク質を安定させ、c-Mycという増殖の司令塔を抑えて大腸がんを抑制する、という「ブレーキ側」の報告もあります[11]。このように、文脈によって役割が変わります。
前立腺がんでは、USP10はとくに複雑な立ち回りを見せます。細胞質でG3BP2というタンパク質やアンドロゲン受容体(男性ホルモンの受容体)と一緒に働き、先に述べたヒストンH2A.Zの目印外しとあわせて、男性ホルモンで動く遺伝子のスイッチを入れる「転写のアクセル役(共活性化因子)」として機能します[4]。USP10が多い前立腺がんでは予後が悪くなる傾向も報告されており[7]、ここでのUSP10はがんを進める側に立っています。分解の調節と遺伝子スイッチの操作という、二つの働きを同時に使ってがんを後押しする——USP10の器用さと厄介さが同居する例です。
DNA修復と「合成致死」への応用
USP10は、傷ついたDNAを直すDNA損傷応答(DDR)にも深く関わります。とりわけ注目されているのが、DNA修復の要であるPARP1との関係です。DNAが傷つくと、USP10はPARP1を守って安定させ、安定したPARP1は今度はUSP10を修飾してその働きをさらに高める——というお互いを強め合う好循環ができます[12]。乳がんのモデルでは、USP10を阻害するとこの好循環が崩れ、PARP阻害薬が効きやすくなることが確認されています[12]。これは、片方の弱点をもう片方でつく合成致死性の考え方につながる、治療応用の期待が大きい発見です。
また、USP10はDNAの傷を見張るしくみの一部であるMSH2(ミスマッチ修復の中心タンパク質)を守ることも知られており、DNA修復の効率や、抗がん剤への感受性の調節にも関わっています[13]。DNA修復を強めることは、正常な細胞にとっては大切な守りですが、がん細胞にとっては「抗がん剤の攻撃を耐え抜く力」にもなり得ます。USP10がDNA修復の味方になるか、治療の邪魔になるかも、やはり文脈しだいなのです。
「鉄の細胞死(フェロトーシス)」からがんを守ってしまう
近年注目されている細胞死の一つに、鉄に依存して脂質が酸化されることで起こるフェロトーシスがあります。がん細胞をこの細胞死に追い込むことは、新しい治療のねらいの一つですが、USP10はここでもがんを守る側に回ることがあります。甲状腺がんでは、USP10がSIRT6(サーチュインの一種)を通じて、脂質の酸化を無毒化する主役の酵素GPX4の量を増やすように働き、フェロトーシスを弱めてがん細胞を生き延びさせると報告されています[22]。GPX4が働くには、細胞のなかの重要な抗酸化物質であるグルタチオンが欠かせません。フェロトーシスを治療に使おうとするときには、USP10のこうした「守りの働き」も考える必要があります。
腎臓がんと「低酸素への適応」
USP10は、腎臓のがん(淡明細胞型腎細胞がん)では、酸素が足りない環境にがん細胞を適応させる司令塔HIF2α(エイチアイエフ・ツーアルファ)を守り、HIF2αを脱ユビキチン化して安定化し、腎細胞がん細胞の増殖を支えることが報告されています[23]。同じ腎臓がんでも、前に述べたようにp53を守る文脈ではブレーキとして働くことがあり、USP10は一つの臓器のなかでさえ、守る相手によって正反対の顔を見せます。このことは、USP10を「増やすか抑えるか」を一律には決められないことを、あらためて示しています。
免疫とウイルス——「炎症のブレーキ」とワクチン応答の意外な立役者
ウイルスへの過剰反応をおさえる「安全装置」
体がウイルスのRNAを感知すると、RIG-Iというセンサーが、ミトコンドリア上のMAVSという中継役を活性化し、強力な自然免疫の反応(I型インターフェロン)を起こします。この中継役MAVSが集まって働くには、MAVSに「足場」となる特殊なユビキチンの鎖がついていることが必要です。USP10は、この足場となる鎖を外す唯一の脱ユビキチン化酵素として働き、免疫の過剰な暴走を防ぐブレーキの役目を果たします[14]。実際、USP10を欠いたマウスは、インターフェロンの反応が強く続き、RNAウイルスへの抵抗力が高くなることが示されています[14]。免疫は強すぎても弱すぎても困るため、USP10はそのバランスを取る安全装置といえます。
ワクチンで良い抗体を作るのを助ける
一方で、USP10は「良い抗体」を作るうえでも重要です。B細胞が、より強力な抗体へと自らを作り変えるとき、AID(活性化誘導シチジンデアミナーゼ)という酵素が活躍します。USP10はこのAIDを核のなかで守り、安定させます[15]。マウスの実験では、B細胞でUSP10が欠けると、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やHIV-1に対する中和抗体を作る力(ナノ粒子ワクチンへの応答)が下がったと報告されています[15]。免疫のブレーキであると同時に、ワクチンの効き目を支える立役者でもある——ここにもUSP10の多面性が表れています。
がんの「免疫逃れ」にも関与する
がん細胞は、免疫の攻撃をかわす「免疫逃れ」の技を使います。大腸がんでは、USP10がNLRP7というタンパク質を守ることで、まわりのマクロファージ(免疫細胞)を、がんを攻撃する型から、がんを許してしまう型(M2型)へと切り替え、転移しやすい環境を作ると報告されています[16]。免疫チェックポイントとの関わりも研究が進んでおり、USP10はがんと免疫の攻防の両側に顔を出す存在です。細胞のなかのDNAを見張り、ウイルスやがんへの警戒信号を出すcGAS-STING経路との関わりも指摘されており、USP10が免疫の火加減をどう左右するのかは、いまも活発に研究されているテーマです。免疫を強めすぎればサイトカインストームのような過剰反応につながり、弱めすぎればウイルスやがんを許してしまう——その微妙なバランスの調整に、USP10は深く関わっています。
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心臓・神経・全身——がん以外でも働くUSP10
ストレス顆粒と「液−液相分離」の安全弁
細胞が強いストレス(酸化ストレスや熱、ウイルス感染など)にさらされると、タンパク質を作る作業を一時停止し、材料のRNAを一か所に集めてストレス顆粒という「一時避難所」を作ります。この集まりは、水と油が分かれるように成分が寄り集まる液−液相分離(LLPS)という現象で作られます。
USP10は、この避難所づくりに対して「行きすぎを防ぐ安全弁」として働きます。ふだんはG3BP1というストレス顆粒の中心タンパク質にフタをするように結合し、不用意に避難所が作られないよう抑えています。強いストレスがかかると、別のタンパク質(Caprin-1)がフタを押しのけ、抑えが外れて避難所が一気に作られます。この安全弁の役目は、はさみで目印を切る働きとは別のしくみ(相手と結合して物理的にフタをする働き)で成り立っています。同じUSP10でも、酵素としての働きとは独立した「結合による調節」という、もう一つの顔を持っています[25]。
この相分離の調節は、神経の病気とも無関係ではありません。ストレス顆粒が正常に作られて片づけられているうちはよいのですが、うまく解消されずに残り続けると、有害なタンパク質凝集の足場となり、神経変性疾患の病態に関与する可能性があります。アルツハイマー病の病変では、USP10がTau凝集体と共局在し、培養神経細胞ではUSP10がTau陽性ストレス顆粒の形成に必要であることが報告されており、病的Tau凝集の開始に関与する可能性が示されています[26]。一方、パーキンソン病ではUSP10がαシヌクレインを含むアグリソーム形成を促し、レビー小体でαシヌクレインと共局在することが報告されています[27]。さらに近年、USP10がシャペロン介在性オートファジーを抑えてαシヌクレインの分解を妨げ、その蓄積を増やすという報告もあり[28]、USP10の役割は病態や細胞内経路によって異なる可能性があります。
動脈硬化:マクロファージの「泡沫化」を後押し
動脈硬化の始まりは、免疫細胞のマクロファージが酸化した悪玉コレステロール(酸化LDL)を取り込みすぎて、脂肪をため込んだ「泡沫細胞」に変わることにあります。USP10は、脂肪を取り込む入口である受容体CD36と結合し、その目印を外して安定させます[17]。USP10の阻害剤Spautin-1を使ったり、USP10を減らしたりすると、CD36が壊れやすくなり、マクロファージの脂肪の取り込みと泡沫細胞化が大きく抑えられました[17]。このことから、USP10とCD36のつながりを断つことが、動脈硬化の進行を防ぐ新しい標的になりうると考えられています。
心臓:ミトコンドリアを守り、心肥大を防ぐ
高血圧などで心臓に負担がかかり続けると、心筋細胞のミトコンドリア(細胞の発電所)が傷み、病的な心肥大や心不全につながります。負担のかかった弱った心臓ではUSP10が大きく減っていることが分かっています[18]。通常、USP10はミトコンドリアの膜にあるMfn2(エムエフエヌ・ツー)というタンパク質を守っており、USP10を補うと、Mfn2が安定してミトコンドリアの形と働きが保たれ、心肥大や心機能の低下が大きく改善することが報告されています[18]。興味深いことに、USP10とMfn2のやり取りは、ミトコンドリアの表面ではなく細胞質のなかで起こり、Mfn2がミトコンドリアへ運ばれる前の段階で安定化させている、と考えられています[18]。ここでは、USP10は心臓を守る側に回っています。がんの文脈では抑える標的になりうるUSP10が、心臓では減ってはいけないタンパク質になる——臓器ごとの役割の違いを示す好例です。
神経変性:傷んだミトコンドリアの掃除(マイトファジー)
細胞にたまった異常なタンパク質や、壊れたミトコンドリアを片づけるオートファジーのしくみが乱れると、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患につながります。なかでも、傷んだミトコンドリアだけを選んで掃除するマイトファジーは、PINK1とParkin(パーキンソン病・認知症の遺伝子としても知られます)という経路で進みます。
USP10の阻害剤Spautin-1は、従来は「オートファジーを止める薬」とされてきました。ところが最近の研究で、Spautin-1はPINK1-Parkin依存のマイトファジーについては、むしろ強く促進するという、一見矛盾する働きが明らかになりました[19]。Spautin-1はミトコンドリアの膜でPINK1を安定させることで掃除を進め、アルツハイマー病のモデル動物で学習能力を改善したと報告されています[19]。同じ薬でも、対象とする掃除の経路によって働きが変わりうる、という点が注目されています。
USP10は、がんでは相手しだいでブレーキにもアクセルにもなり、動脈硬化では「進める側」、心臓では「守る側」に回ります。同じ酵素でも、臓器や状況によって役割が変わる——だからこそ、USP10を薬で動かすときには「どこで・何を狙うか」を見きわめることが欠かせません。
最新の治療戦略——「止める薬」から「利用する薬」へ
USP10の働きを止める阻害剤
USP10ががんを進める側に回っている場合には、その働きを止める阻害剤が治療の候補になります。代表的なものが、これまで何度か登場したSpautin-1(スポーチン・ワン)で、USP10とその姉妹USP13の両方の働きを抑えます[20]。また、急性骨髄性白血病に対してはWu-5(ダブリュー・ファイブ)という阻害剤が、FLT3-ITDタンパク質を分解へ導いて白血病細胞にアポトーシスを起こすことが報告されています[24]。ただし、多くのUSP10阻害剤は「狙いの正確さ(選択性)」が課題で、現時点ではがん治療薬として承認されたものはなく、いずれも研究段階にあります[7]。
発想を逆転させる「DUBTAC」
いま創薬の世界では、不要なタンパク質をわざと分解へ導くPROTAC(プロタック)という技術が広がっています。これは「壊す」方向の薬ですが、病気の原因が「大事なタンパク質が壊されすぎること」にある場合には使えません。そこで登場したのが、発想を逆転させたDUBTAC(ダブタック)です。
PROTACは、狙ったタンパク質にわざと「分解の目印」をつけさせて壊す、いわば「壊し屋」の薬です。セレブロン(CRBN)などの目印つけ役を利用します。
DUBTACはその逆で、OTUB1などの脱ユビキチン化酵素(消しゴム役)を、守りたいタンパク質のそばに人工的に連れてくることで、目印を外させ、そのタンパク質を分解から守って回復させる「守り屋」の創薬技術です[30]。
DUBTACは、守りたいタンパク質にくっつく部品と、脱ユビキチン化酵素を呼び寄せる部品を、リンカーでつないだ二股の分子です。最初に実証されたDUBTACではOTUB1を呼び寄せる分子が使われ、標的タンパク質のユビキチン化を減らして細胞内での量を回復させました[30]。この発想は、これまで薬が作りにくいとされてきた「壊されすぎるタンパク質」を安定化する手段として研究されています。なお、USP10を直接リクルートするDUBTACが代表的な実証系として確立しているわけではありません。ただしDUBTACもまだ研究段階の技術であり、実際の診療で使える承認薬ではありません。
まとめ——「相手を見る」という視点
USP10は、タンパク質についた「分解の目印」を外す脱ユビキチン化酵素であり、単なる分解のブレーキ役ではありません。がんではp53の状態しだいでブレーキにもアクセルにもなり、ストレス顆粒の相分離を調節し、DNA修復ではPARP1と好循環を作り、免疫では過剰反応のブレーキとワクチン応答の支え手を兼ね、動脈硬化では悪玉方向に、心臓では守り手に回ります。一つの酵素がこれほど多彩な顔を持つのは、USP10が「何をするか」ではなく「誰を守るか」で意味が決まるからです。
この「相手を見る」という視点は、Spautin-1のような阻害剤やDUBTACのような新しい発想の薬を、どの病気の・どの場面で使うべきかを考えるうえでも欠かせません。USP10をめぐる研究はまだ発展の途上にあり、多くは基礎研究や前臨床の段階です。それでも、同じ分子が状況しだいで正反対に働くという理解は、遺伝子や遺伝子の変化を読み解くときの土台になります。ある遺伝子の変化が見つかったとき、それが体のどこで・どう働くかまで踏み込んで考えることが、正確な診断に基づいて方針を検討するための出発点になります。
よくある質問(FAQ)
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参考文献
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