目次
- 1 1. PARP1遺伝子とは:ゲノムを守る「司令塔」
- 2 2. PARP1タンパク質の構造:精密な「分子スイッチ」
- 3 3. 多彩なDNA修復経路でのPARP1の役割
- 4 4. 複製フォークの保護:DNAコピー現場の見守り役
- 5 5. 合成致死性とPARP阻害薬:がん細胞だけを狙い撃つ
- 6 6. ssDNAギャップモデル:致死メカニズムの新しい理解
- 7 7. PARP阻害薬への獲得耐性:がん細胞の「逃げ道」
- 8 8. 2025〜2026年の最新治療:適応拡大と次世代の標的
- 9 9. 検査と遺伝カウンセリング:治療の前提となる分子診断
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
私たちの細胞は、毎日数万回ものDNAの傷にさらされています。その傷をいち早く見つけて「修理班を呼ぶ」最初の一手を担うのがPARP1(パープワン)という酵素であり、その設計図がPARP1遺伝子です。近年このPARP1は、BRCA変異がんを狙い撃ちする分子標的薬「PARP阻害薬」の標的として、卵巣がん・乳がん・前立腺がん・膵臓がんの治療を大きく変えました。本記事では、PARP1のタンパク質構造から、合成致死性という治療原理、致死メカニズムの新しい理解(ssDNAギャップモデル)、獲得耐性、そして2025〜2026年の最新動向までを、臨床遺伝専門医が一般の方にもわかるように解説します。
Q. PARP1遺伝子とはどんな遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. PARP1は、DNAの傷(特に一本鎖切断)をいち早く感知して修復を始動させる酵素の設計図で、DNA損傷応答の「司令塔」です。BRCA変異がんでこの酵素の働きを止めると「合成致死性」によってがん細胞だけが死ぬため、PARP1はPARP阻害薬の標的として注目されています。PARP1そのものは「病気の原因遺伝子」というより、「治療の標的・バイオマーカーの文脈で重要な遺伝子」です。
- ➤役割 → 一本鎖切断の最初の感知役。PAR化という反応で修復装置を傷口に集める「足場」になる
- ➤構造 → ジンクフィンガーがDNAの傷を見つけ、アロステリック変化で触媒部位が開く精密スイッチ
- ➤治療 → BRCA変異がんで合成致死性を起こすPARP阻害薬(オラパリブ等)の標的
- ➤最新の理解 → 致死の本態は「単鎖DNAギャップの蓄積」へとパラダイムシフト
- ➤2025–2026 → 前立腺がんでの適応拡大、PARP1選択的阻害薬・POLθ/USP1阻害薬の登場
1. PARP1遺伝子とは:ゲノムを守る「司令塔」
PARP1遺伝子は、第1番染色体の長腕(1q42.12)に位置し、約113kDaの大きなタンパク質「ポリ(ADPリボース)ポリメラーゼ1(Poly(ADP-ribose) polymerase 1)」をコードしています。ADPRT・PPOL・ARTD1などの別名でも呼ばれます。私たちの細胞は、体の中で生じる代謝産物や、紫外線・放射線・化学物質といった外からのストレスによって、1日に数万回ものDNA損傷を受けています。この傷を素早く正確に修復することは、ゲノムの安定を保ち、発がんを防ぐうえで決定的に重要です[1]。
この複雑なDNA損傷応答(DNA Damage Response:DDR)ネットワークにおいて、中心的なセンサー(感知役)かつシグナル伝達の中継点として働くのがPARP1です。PARP1はニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD⁺)を材料に、標的タンパク質やDNA、さらにはPARP1自身に対して「ポリADPリボース(PAR)鎖」を付け加えるPAR化(ポリADPリボシル化)という反応を触媒します[4]。
💡 用語解説:PAR化(ポリADPリボシル化)とは
PAR化とは、PARP1がNAD⁺を消費して、長い「ポリADPリボース(PAR)」という鎖をタンパク質などに次々とつなげていく化学反応です。このPAR鎖はマイナスの電荷を帯びているため、固く巻かれたDNA(クロマチン)をゆるめて修復装置が入りやすくしたり、多数の修復タンパク質を傷口に呼び寄せる「目印つきの足場」として働いたりします。いわば、傷の現場に貼られる「修理班集合!」という旗のようなものです。
PARP1の最も古典的で重要な役割は、DNA一本鎖切断(Single-Strand Break:SSB)の認識と修復の開始です。DNA鎖の切れ目を検知すると、PARP1は瞬時にそこへ結合し、酵素活性を爆発的に高めます。生成されたPAR鎖が修復ファクターを動員することで、傷ついたDNAが速やかに修復されていきます[1]。
ここで一点、誤解されやすいので明確にしておきます。PARP1自体は、変異によって特定のメンデル遺伝病(生まれつきの単一遺伝子疾患)を起こす「原因遺伝子」として確立されているわけではありません。PARP1の臨床的な価値は、むしろ「BRCAなどの相同組換え修復に欠陥を持つがんを狙い撃ちする治療の標的」という点にあります。つまり「この遺伝子に異常があると何の病気になるか」ではなく、「この酵素を薬で止めると、どんながんを攻撃できるか」という視点で語られる遺伝子なのです。
2. PARP1タンパク質の構造:精密な「分子スイッチ」
PARP1がコードするタンパク質は、機能の異なる複数のドメイン(部品)が連なった「モジュール構造」をしています。これらが協調して働くことで、DNAの傷を正確に見分け、必要なときだけ酵素活性をオン・オフする精密な制御が実現しています[1]。
ジンクフィンガー:DNAの「傷を見つける指先」
PARP1のN末端側には、3つのジンクフィンガー・ドメイン(Zn1・Zn2・Zn3)があります。X線結晶構造解析や生化学的な実験によれば、Zn1とZn2が協調して、単鎖切断の部位を1対1(モノマー)で認識します。とくに単鎖切断の認識ではZn2(第2のジンクフィンガー)が中心的な役割を果たすことが示されています[2]。Zn1・Zn2はDNAの切断部位に強く結合し、一方でZn3やWGR・BRCTは生成されたPAR鎖に親和性を持ちます。この親和性の差が、自己PAR化が進んだときにPARP1がDNAから離れる仕組みの土台になっています。
💡 用語解説:ジンクフィンガーとアロステリック制御
ジンクフィンガーとは、亜鉛イオンを抱え込むことで安定した立体構造をとり、DNAやタンパク質に結合する小さな部品です。PARP1ではこれが「DNAの傷を探り当てる指先」として働きます。タンパク質のDNA結合ドメインの代表例です。
アロステリック制御とは、タンパク質のある場所(ここではDNAの傷を感知する部分)で起きた変化が、離れた別の場所(酵素の活性部位)の働きを遠隔操作する仕組みのこと。PARP1は、傷を感知すると分子全体が大きく変形し、その情報が触媒部位へ伝わって酵素のスイッチが入る、という精密な「遠隔スイッチ」を持っています。
BRCT・WGRドメインと、自己阻害を解除する仕組み
ジンクフィンガーの下流にあるBRCTドメインは、PARP1が広大なゲノム上を効率よく探索するための「サルが鉄棒を渡るような動き(モンキーバー・メカニズム)」と呼ばれるDNA鎖内移動を仲介します[3]。さらに下流のWGRドメインは、切れたDNA鎖を修復に適した形に整える支柱になると同時に、N末端で感知した「傷の情報」をC末端の触媒ドメインへ伝える中継点として必須の役割を担います[1]。
C末端には、NAD⁺を使ってPAR鎖を伸ばす触媒ドメイン(CAT)があります。DNAに傷がない平常時は、ヘリカルサブドメイン(HD)が触媒部位に物理的にフタをして、酵素が勝手に働かないよう「自己阻害」しています。ところが一本鎖切断が生じてジンクフィンガーが結合すると、WGRを介して分子全体に大きなアロステリック変化が起こり、HDのフタが外れて触媒部位が露出し、爆発的なPAR化が始まるのです[1]。修復が進むと、自己PAR化による強い電荷の反発でPARP1はDNAから離れ、後続の修復因子(XRCC1など)に場所を譲ります。クロマチン上に居座り続ける(トラッピングされる)と細胞毒性が出るため、ユビキチン化やVCP/p97といった因子がPARP1の速やかな除去を助けています。
3. 多彩なDNA修復経路でのPARP1の役割
🔍 関連記事:DNA修復酵素の総論/相同組換え修復(HRR)/腫瘍抑制遺伝子とは
PARP1は単なる「一本鎖切断の修理屋」にとどまりません。複数のDNA修復経路で、傷のセンサー、修復装置の動員役、そして経路選択の調整役として、幅広く働いています[5]。
💡 用語解説:一本鎖切断と二本鎖切断
DNAは2本の鎖がらせん状に絡み合った構造です。片方の鎖だけが切れるのが一本鎖切断(SSB)で、もう片方を手本にすれば直しやすい、比較的軽い傷です。両方の鎖が同じ場所で切れるのが二本鎖切断(DSB)で、手本が失われるため、最も危険で修復が難しい傷です。PARP1は主に一本鎖切断を、BRCA1/2が関わる相同組換え修復は主に二本鎖切断を担当します。
塩基除去修復(BER)・単鎖切断修復(SSBR):活性酸素や代謝産物による塩基の傷を、PARP1がいち早く検知し、足場タンパク質XRCC1などを呼び寄せて修復を進めます[5]。ヌクレオチド除去修復(NER):紫外線などによる大きな傷では、PARP1がDDB2と連携し、クロマチンリモデラーALC1を動員して修復を促します。二本鎖切断の修復:最も毒性の高いDSBに対し、PARP1はMRE11やNBS1(Nibrin)を速やかに動員してDNA末端の削り込み(end resection)を支え、相同組換え修復(HR)を助けます。細胞周期のG1期などHRが使えない局面では、PARP1はCHD2を動員して古典的非相同末端結合(cNHEJ)を促進します[5]。
さらに、末端のわずかな相同配列を使う代替経路「マイクロホモロジー媒介末端結合(MMEJ)」については、従来「PARP1がこの経路を促進する」と考えられてきました。しかし最近の研究では、PARPを阻害するとむしろMMEJが増えることがあることが報告され、PARP1がMMEJを抑える側に働いている可能性が指摘されています。これは、PARP阻害薬とMMEJの中核酵素POLθの阻害薬を併用する根拠の一つになっています[7]。
なお、PARP1はDNA修復以外にも、脂肪生成の抑制、自然免疫経路cGAS-STINGの調節、核内でのATP合成、細胞死(パータナトスやアポトーシス)の制御など、多彩な機能を持つ「多機能プレーヤー」です[4]。深刻な損傷でPARP1が過剰に活性化するとNAD⁺とATPが枯渇し、パータナトスと呼ばれるPAR依存性の細胞死が誘導されます。
4. 複製フォークの保護:DNAコピー現場の見守り役
細胞分裂のたびにDNAは複製されますが、その「コピー装置(複製フォーク)」が傷にぶつかると進行が止まり、ゲノム不安定の原因となる「複製ストレス」が生じます。PARP1は、止まった複製フォークの保護・再起動・崩壊防止において、極めてダイナミックな役割を果たします[6]。
💡 用語解説:複製フォークと「フォーク退行」
複製フォークとは、DNAを2本に開きながら新しい鎖をコピーしていく「Y字型」のコピー作業現場のことです。傷にぶつかって止まったとき、PARP1はSHPRH・HLTF・ZRANB3といったトランスロカーゼを呼び寄せ、フォークをいったん後退させて折りたたむ「フォーク退行(チキンフット構造の形成)」を促します。これは傷を一時的に避けて修復の時間を稼ぐ、重要な防御メカニズムです。
PARP1はまた、DNA複製とRNA転写が同じ領域で衝突する「転写・複製コンフリクト(TRCs)」の解決にも、TIMELESS・TIPINと協調して関わっています。PARP阻害薬による処理は、TRCsや病的なR-loop(DNA-RNAハイブリッド)の異常な蓄積を引き起こします。BRCA遺伝子群もTRCsとR-loopの防止に関与しているため、BRCA欠損とPARP阻害の組み合わせがコンフリクトを未解決のまま増幅し、合成致死性を強める一因になっていると考えられています[7]。
5. 合成致死性とPARP阻害薬:がん細胞だけを狙い撃つ
2005年、BRCA1・BRCA2に変異を持つ細胞だけが、PARPの活性を止めるだけで選択的に死滅することが発見されました。これが「合成致死性(Synthetic Lethality)」の臨床応用の幕開けです[8]。
合成致死性とは、「2つの遺伝子(または経路)のうち、片方だけが壊れても細胞は生きられるが、両方が同時に壊れると死ぬ」という関係です。BRCA変異がんは、二本鎖切断を正確に直す相同組換え修復(HRR)がすでに壊れています。そこへPARP阻害薬で一本鎖修復まで止めると、どちらの経路でもDNAを直せなくなり、がん細胞だけが死に至るのです。正常細胞はHRRが生きているので影響を受けにくい——これが「がん細胞だけを殺す」選択性を生みます[8]。
PARPトラッピング:「貼りついて動けないPARP」の毒性
PARP阻害薬の真の細胞毒性は、単に酵素活性を止めること以上に、「PARPトラッピング(捕捉)」という現象に由来します。阻害薬がPARP1の触媒部位に入り込むと、PARP1は自己PAR化ができなくなり、DNAから離れられず、傷口に強固に貼りついたままになります。この「動けないPARP-DNA複合体」が、後からやってくる複製フォークの進行を物理的にブロックする巨大な障害物(ポイズン)となり、フォーク崩壊と致死的な損傷を引き起こすのです[9]。遺伝的にPARPを欠損させた細胞よりも、PARP阻害薬を投与した細胞のほうが強い毒性を示すのは、この「貼りついたPARP」自体が有毒だからです。
💡 用語解説:PARPトラッピング(捕捉)とは
PARP阻害薬がPARP酵素に結合すると、PARPがDNAから離れられなくなり、DNA上に「物理的に貼りついて動けないPARP」ができあがります。これがPARPトラッピングです。単に酵素を止めるだけでなく、DNA複製の邪魔をする「毒性のある障害物」を作り出す点が、PARP阻害薬の強力さの正体です。トラッピングの強さは薬によって大きく異なります。
主要なPARP阻害薬は、酵素を止める力(触媒阻害能)に大きな差がないにもかかわらず、DNAへのトラッピング効率は数桁にわたって違います[10]。下のグラフは、ベリパリブを基準(1倍)としたときの相対的なトラッピングの強さを示したものです(対数スケール)。
主要PARP阻害薬のDNAトラッピング相対効力
ベリパリブを1倍とした相対倍率(対数スケールのイメージ)
タラゾパリブはニラパリブの約100倍という圧倒的なトラッピング能を持ち、ごく低用量で効果を発揮します。一方ベリパリブはトラッピングが弱く、毒性の多くを触媒阻害に頼ります。ただし強ければ良いわけではなく、強力なトラッピングは骨髄抑制などの毒性とも相関するため、各薬は固有の「効きと副作用のバランス」を持ちます[10]。
6. ssDNAギャップモデル:致死メカニズムの新しい理解
🔍 関連記事:POLQ(POLθ)遺伝子/USP1遺伝子
PARP阻害とBRCA欠損による合成致死性の「なぜ死ぬのか」については、長年「二本鎖切断(DSB)衝突モデル」が定説でした。複製フォークが未修復の傷やトラップされたPARPに衝突して致死的なDSBが生じる、という考え方です。しかし最近の研究により、この理解は「単鎖DNA(ssDNA)ギャップモデル」へと書き換えられつつあります[7]。
💡 用語解説:ssDNAギャップと複製カタストロフィ
ssDNAギャップとは、DNAをコピーした後に残る「埋め残された一本鎖の隙間」のことです。PARP1は、コピーのラギング鎖でできる岡崎フラグメントの隙間を見張るセンサーでもあり、PARPを阻害するとこの隙間が修復されずに溜まっていきます。溜まった隙間が次の細胞周期で致死的な二本鎖切断に変換され、細胞が壊滅する現象を「複製カタストロフィ」と呼びます。これは、PARP阻害薬を投与してから腫瘍が縮むまで数サイクルの「タイムラグ」がある理由も説明します。
このモデルでは、PARP阻害薬に対する感受性を決める本当の病変は、DSBの直接的な生成ではなく、複製の過程で生じる「ssDNAギャップ」の蓄積だと考えます。BRCA欠損細胞では、これらの隙間を保護する力が失われており、生き延びるためにDNAポリメラーゼθ(POLθ)などのバックアップ酵素で隙間を埋めようとします。そこにPARP阻害薬+POLθ阻害薬を加えると、隙間の蓄積が破滅的なレベルに達し、強力な合成致死性が誘導されることが実証されています[7]。また、PCNAの脱ユビキチン化酵素であるUSP1が欠損すると、BRCA変異細胞でssDNAギャップが著しく蓄積し、これも有望な治療標的となっています[11]。
7. PARP阻害薬への獲得耐性:がん細胞の「逃げ道」
PARP阻害薬はBRCA変異がんに劇的に効く一方で、治療を続けるうちに高い確率で獲得耐性が生じることが、最大の臨床的障壁です。がん細胞は驚くべき柔軟性で修復ネットワークを組み替え、生き延びようとします[11]。
💡 用語解説:復帰突然変異とは
BRCA遺伝子に最初の変異(ミスセンス変異やフレームシフトなど)があってタンパク質が作れない状態だった細胞で、二次的な変異が生じて読み枠が「読める」状態に戻ってしまう現象です。元の機能が完全に戻るわけではありませんが、部分的に機能するBRCAができ、HRRが復活して薬が効かなくなります。機能喪失型バリアント(LoF)が「機能をいくらか取り戻す」という、皮肉な逆転現象です。
これらの耐性に共通する究極の結果は「HRR機能の回復」です。なおATMなどのHRR関連遺伝子の変異でも、BRCA変異ほどではないものの一定の感受性が見られることがあり、変異ごとの感受性差を踏まえた治療設計が重要になっています。
8. 2025〜2026年の最新治療:適応拡大と次世代の標的
🔍 関連記事:PARP阻害剤の最新治療戦略/POLQ遺伝子/USP1遺伝子
前立腺がんでの適応拡大(2025年12月)
PARP阻害薬の活躍の場は、当初の卵巣がん・乳がんから前立腺がん・膵臓がんへ、そしてより早い病期へと広がっています。2025年12月には、米国FDAが前立腺がんに対する2つの重要な承認を行いました。1つはニラパリブ+アビラテロン+プレドニゾン(Akeega)が、BRCA2変異の転移性去勢感受性前立腺がん(mCSPC)という、より早期の病期へ適応拡大されたこと(AMPLITUDE試験に基づく)[13]。もう1つはルカパリブ(Rubraca)が、BRCA変異の転移性去勢抵抗性前立腺がん(mCRPC)に対して正規承認を取得したことです。これは405例を対象としたTRITON3試験に基づき、化学療法(ドセタキセル)を含む医師選択治療と比較して無増悪生存期間を有意に延長したことが示されました[12]。
PARP1選択的阻害薬・POLθ阻害薬
既存のPARP阻害薬はPARP1とPARP2を同等に阻害しますが、抗腫瘍効果に主に寄与するのはPARP1で、PARP2の阻害は貧血や好中球減少などの血液毒性を悪化させる主因であることがわかってきました。そこで開発されたのがPARP1選択的阻害薬「サルパリブ(AZD5305)」です。PARP2と比べてPARP1を1,000倍以上効率よくトラップするため血液毒性が大幅に軽減され、他剤との高用量併用が可能になります。POLθの代替修復経路を断つPOLθ阻害薬(ART4215など)も、PARP阻害薬との併用で耐性の打破を狙い臨床試験が進んでいます[7]。
耐性を克服する新発想:UNI418
2026年に報告された化合物「UNI418」は、従来とは異なる発想で耐性に挑みます。UNI418はPIKfyveとPIP5K1Cという酵素を阻害して細胞内のIP6(イノシトール六リン酸)を低下させ、その結果Cul4Aユビキチンリガーゼ依存的に、相同組換え修復に不可欠なRAD51・CtIP・CHK1を分解させます。これにより、53BP1の喪失などでHRを取り戻し耐性化したがん細胞でも、修復装置を内側から解体して再びPARP阻害薬への感受性を引き出せる可能性が示されました(前臨床段階)[14]。「酵素活性を止める」だけでなく「修復タンパク質そのものを分解する」という、耐性克服の新しい地平です。
9. 検査と遺伝カウンセリング:治療の前提となる分子診断
ここで重要なのは、PARP1そのものは、がん遺伝子パネルで「測定する遺伝子」ではないということです。PARP1は薬の標的であり、実際に検査で調べるのはBRCA1・BRCA2・ATM・PALB2・RAD51C/Dなどの相同組換え修復関連遺伝子です。これらに病的変異があったり、HRD(相同組換え修復欠損)が陽性だったりすると、PARP阻害薬の効果が期待できます。
💡 用語解説:HRD(相同組換え修復欠損)とは
HRD(Homologous Recombination Deficiency)は、二本鎖切断を正確に直す相同組換え修復に何らかの欠陥がある状態の総称です。BRCA1/2変異だけでなく、ATM・PALB2・RAD51C/Dなど他の修復遺伝子の変異や、エピジェネティックな異常も含みます。BRCA変異がなくてもHRD陽性であればPARP阻害薬が効く可能性があるため、恩恵を受けられる患者さんの裾野を広げる重要な概念です。専用のコンパニオン診断で判定します。
ミネルバクリニックでは、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)を含む遺伝性腫瘍症候群について、臨床遺伝専門医が原因遺伝子の同定と遺伝カウンセリングを担っています。BRCA1/2に加えATM・PALB2・RAD51C/Dなど複数のHRR関連遺伝子を一度に解析する多遺伝子パネル形式の検査(アクショナブル遺伝子パネルなど)を通じて、PARP阻害薬の適応判断に役立つ情報を包括的に得ることができます。検査の詳細は遺伝子検査についてをご覧ください。
遺伝子検査の結果は、ご本人の治療だけでなく血縁者のリスク評価にも影響します。生殖細胞系列変異が見つかった場合は、ご家族の遺伝についても丁寧な説明が必要です。検査を受けるかどうかを含め、検査前後の臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが推奨されます。
10. よくある誤解
誤解①「PARP1に変異があると病気になる」
PARP1は、変異が特定の遺伝病を起こす「原因遺伝子」として確立されているわけではありません。臨床的に重要なのは、PARP1を薬で止めるとBRCA変異がんを攻撃できるという「治療標的」としての側面です。
誤解②「PARP阻害薬はBRCA変異がないと効かない」
BRCA変異以外でも、相同組換え修復に欠陥があるHRD陽性のがんでは効果が期待できます。ATM・PALB2・RAD51C/Dの変異やHRDスコアの上昇でも感受性が高まる可能性があり、適切な検査での判定が重要です。
誤解③「PARP阻害薬は酵素を止めるだけの薬」
じつは細胞毒性の主役はPARPトラッピング——DNAに貼りついて動けないPARPが複製の邪魔をする現象です。単なる「酵素のオフ」を超えた、毒性のある障害物を作る薬だと理解すると本質がつかめます。
誤解④「効くなら一生効き続ける」
残念ながら、進行がんでは高い確率で獲得耐性が生じます。復帰突然変異や53BP1/Shieldinの喪失などでHRRが回復し、薬が効かなくなります。これを克服する次世代の併用戦略が研究されています。
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] PARP Power: A Structural Perspective on PARP1, PARP2, and PARP3. PMC. [PMC8150716]
- [2] The DNA-Binding Domain of Human PARP-1 Interacts with DNA Single-Strand Breaks as a Monomer through Its Second Zinc Finger. PMC. [PMC3094755]
- [3] The BRCT Domain of PARP1 Binds Intact DNA and Mediates Intrastrand Transfer. PMC. [PMC8769213]
- [4] PARP1 – Poly [ADP-ribose] polymerase 1 – Homo sapiens (Human). UniProtKB P09874. [UniProt P09874]
- [5] The multifaceted roles of PARP1 in DNA repair and chromatin remodelling. PMC. [PMC6591728]
- [6] PARP1 recruits DNA translocases to restrain DNA replication and facilitate DNA repair. PMC. [PMC9794062]
- [7] ‘Where is my gap’: mechanisms underpinning PARP inhibitor sensitivity in cancer. Biochemical Society Transactions. [Portland Press]
- [8] The underlying mechanism for the PARP and BRCA synthetic lethality. PMC. [PMC5528309]
- [9] Differential trapping of PARP1 and PARP2 by clinical PARP inhibitors. PMC. [PMC3528345]
- [10] Differences in PARP Inhibitors for the Treatment of Ovarian Cancer: Mechanisms of Action, Pharmacology, Safety, and Efficacy. PMC. [PMC8073512]
- [11] Clinical approaches to overcome PARP inhibitor resistance. PMC. [PMC12123805]
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