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KANSL1遺伝子とは?その役割とクーレン・デ・フリース症候群との関係をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

KANSL1遺伝子は、わたしたちの細胞の中で「どの遺伝子を読むか」というスイッチを調整したり、不要になったものを片づけたりする、とても大切な働きをになう遺伝子です。この遺伝子の2本のうち片方がうまく働かなくなると、発達の遅れや特徴的な顔つき、人懐っこい性格などをともなう「クーレン・デ・フリース症候群(KdVS)」が起こります。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 KANSL1遺伝子・クーレン・デ・フリース症候群・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. KANSL1遺伝子とは、ひとことで言うと何ですか?

A. 細胞の中で「遺伝子の読みやすさ」を調整する“エピジェネティクスの司令塔”のひとつです。ヒストンというタンパク質に目印(アセチル基)を付ける働きを助けています。この遺伝子の片方の機能が失われると、クーレン・デ・フリース症候群(KdVS)という生まれつきの病気が起こります。

  • 遺伝子の場所 → 第17染色体長腕(17q21.31)。約1,105個のアミノ酸からなるタンパク質をつくります
  • 主な働き → NSL複合体の“足場”として、ヒストンH4のアセチル化を助ける。ほかに微小管・ミトコンドリア・オートファジー・繊毛にも関与
  • 関連する病気 → クーレン・デ・フリース症候群(KdVS)。片方の機能喪失(ハプロ不全)で発症
  • 遺伝のしかた → 常染色体顕性(優性)。多くは新生突然変異(de novo)
  • 最新研究 → 13-cisレチノイン酸やフロレチンを使った治療研究が世界で進行中

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1. KANSL1遺伝子とは:基本情報と発見の歴史

KANSL1(カンスルワン)は、正式名称を「KAT8 regulatory NSL complex subunit 1」といい、第17染色体の長い腕の先のほう(17q21.31)に位置する遺伝子です。この遺伝子の設計図をもとに、約1,105個のアミノ酸がつながった大きなタンパク質がつくられます。

もともとは1999年にヒトの脳の遺伝子ライブラリーから見つかり、当時は「KIAA1267」という符号で呼ばれていました。体の中での発現を調べると、肝臓でもっとも多くつくられ、ほかの多くの臓器や胎児期の組織、脳の一部でも中くらいに発現しています。一方で、脳の奥にある「視床下核」では発現が検出されないという、ちょっと変わった分布のしかたをします。

💡 用語解説:遺伝子とタンパク質の関係

「遺伝子」は、体をつくる部品であるタンパク質の設計図です。遺伝子の情報をもとにタンパク質がつくられ、そのタンパク質が酵素になったり、構造をささえたり、スイッチの役目をしたりして、細胞のさまざまな仕事をこなします。KANSL1遺伝子からつくられるKANSL1タンパク質は、ほかのタンパク質と協力して「どの遺伝子を読むか」を調整する、いわば現場監督のような役割を担っています。

2. KANSL1遺伝子の働き:細胞の中で何をしているのか

KANSL1のもっとも中心的な働きは、「NSL複合体」というチームの“足場(スキャフォールド)”になることです。このチームは、DNAが巻きついたタンパク質(ヒストン)に化学的な目印を付けることで、遺伝子の読みやすさを変えています。

💡 用語解説:エピジェネティクスとヒストンのアセチル化

エピジェネティクスとは、DNAの文字(塩基配列)そのものを書きかえずに、遺伝子の「読まれ方」を切りかえるしくみのことです。その代表がヒストンのアセチル化。ヒストンにアセチル基という目印が付くと、ぎゅっと巻かれていたDNAがゆるみ、遺伝子が読まれやすい“開いた状態”になります。KANSL1が支えるNSL複合体は、とくにヒストンH4の16番目のアミノ酸(H4K16)にこの目印を付ける働きが強いのが特徴です。

この目印付けの実働部隊はMOF(別名KAT8)という酵素ですが、KANSL1がいないとMOFは十分に働けません。KANSL1が欠けると、神経の発生やシナプス(神経どうしのつなぎ目)づくりに必要な多くの遺伝子のスイッチが入りにくくなり、脳の発達にかかわる遺伝子群が広く抑えこまれてしまうのです。

KANSL1の働きは核の中だけにとどまりません。細胞が分裂するときには微小管(細胞の中の“レール”)に集まって染色体を正しく分ける手助けをし、ミトコンドリア(細胞のエネルギー工場)の働きや、後で述べるオートファジー(細胞のお掃除システム)にも関わります。ショウジョウバエの同じ仲間の遺伝子を働かなくすると学習能力が約25%下がることも報告されており、脳のはたらきにとって欠かせない遺伝子であることが、生き物のモデルでも示されています。

💡 用語解説:NSL複合体

複数のタンパク質が集まってひとつの“チーム”として働く集合体を「複合体」と呼びます。NSL複合体は、ヒストンに目印を付ける作業を行うチームで、KANSL1はその土台(足場)として全体をまとめる役を担っています。土台がぐらつくと、チーム全体の仕事が回らなくなる――これがKANSL1が大事である理由のひとつです。

3. KANSL1の異常で起こる病気:クーレン・デ・フリース症候群

KANSL1遺伝子の2本のうち片方が機能を失うと、「クーレン・デ・フリース症候群(Koolen-de Vries syndrome:KdVS)」という生まれつきの病気が起こります。発症のしかたは常染色体顕性(優性)遺伝で、頻度はおよそ16,000人に1人と見積もられてきました(17q21.31の微小欠失だけに限ると、近年は約30,000人に1人という推定もあります)。原因不明の発達のおくれをもつ方の中に見逃されている例も多く、実際にはもっと多いと考えられています。

💡 用語解説:ハプロ不全(haploinsufficiency)

わたしたちは1つの遺伝子を、父由来・母由来の2本ずつ持っています。ハプロ不全とは、片方が壊れて働かなくなり、残った1本だけでは必要なタンパク質の量がたりない状態のこと。KdVSは、まさにKANSL1のハプロ不全(量が半分になること)で起こる病気です。

かつてKdVSは「17q21.31の小さな染色体の欠け(微小欠失)」として知られていました。その領域にはKANSL1のほか、タウタンパク質をつくるMAPTなど複数の遺伝子が含まれます。しかしその後の研究で、KANSL1遺伝子1つだけの変化でも病気の全体像が説明できることがわかり、現在ではKANSL1の単一遺伝子疾患として位置づけられています。

4. KdVSの主な症状(概要)

KANSL1は体じゅうの臓器でつくられるため、その不足は脳だけでなく、心臓・腎臓・骨格などにも影響します。とくに目立つのが、ほぼ100%の方にみられる言語発達のおくれと、人懐っこく協調的な性格です。症状の出かたを頻度別にまとめると、次のようになります。

クーレン・デ・フリース症候群(KdVS)の主な症状と出現頻度
>75%
非常に高頻度
発語・言語のおくれ発達のおくれ・知的障害特徴的な顔つき新生児・乳児期の筋緊張低下人懐っこい性格
50-75%
高頻度
脳の構造的なちがい関節がやわらかい(過可動)
25-49%
中等度
てんかん先天性心疾患腎・泌尿器の異常視覚の問題哺乳・摂食の困難骨格の異常
10-24%
低頻度
不安ADHD難聴気管・喉頭軟化症皮膚の特徴

発達のおくれは軽度から中等度の範囲にとどまる方が多く、日常生活のスキルや社会的な適応力は比較的得意な領域であることが知られています。一人ひとりの症状の出かたや診断後のケアについては、疾患専用の解説ページでより詳しくまとめています。

症状の詳しい内容・経過・ケアの実際は、疾患ページ「クーレン・デ・フリース症候群とは」をご覧ください。このページは「KANSL1という遺伝子そのもの」に焦点をあてています。

5. 遺伝のしくみ:なぜ起こるのか

KANSL1の機能が失われる原因は、大きく2つに分けられます。約75%は17q21.31の微小欠失(KANSL1を含む領域がまるごと欠ける)、残り約25%はKANSL1遺伝子の内部に起こる小さな変異です。重要なのは、巨大な欠失を持つ方と、数文字だけの変異を持つ方とで、中核となる症状に大きな差がないこと。これが「周囲の遺伝子ではなくKANSL1単独の問題である」決め手になっています。

💡 用語解説:微小欠失と機能喪失型変異

微小欠失とは、染色体のごく一部(ここでは約50〜65万塩基)がまるごと抜け落ちること。ふつうの染色体検査では見つからず、後述のマイクロアレイ検査が必要です。

遺伝子内の変異では、タンパク質づくりが途中で止まるナンセンス変異や、読み枠がずれるフレームシフト変異などが見られます。いずれもタンパク質が作れなくなる機能喪失型変異で、結果として量が半分になります。

では、なぜこの場所で欠失が起こりやすいのでしょうか。鍵は「H2系統」と呼ばれる染色体のかたちにあります。ヨーロッパ系・中東系の人の約20%が持つこの型では、この領域がぐるりと180度ひっくり返った「逆位」という構造をとっています。H2系統を持つ人自身はまったく健康ですが、卵子や精子をつくるときに染色体のペアリングがうまくいかず、交換ミス(不等乗換え)が起きやすくなります。その結果、片方の染色体でKANSL1を含む領域がすっぽり抜け落ちる――これが偶発的(新生突然変異)に起こるのです。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)と新生突然変異(de novo)

常染色体顕性(優性)遺伝とは、2本ある染色体のうち片方に変異があるだけで症状が出る遺伝のしかたです(2022年に「優性」は「顕性」へ用語変更されました)。変異を持つ人から子へ伝わる確率は理論上50%です。

新生突然変異(de novo)とは、両親には変異がなく、精子や卵子がつくられる過程でその子に初めて生じた変異のこと。KdVSのほとんどはこのde novoで起こるため、家族歴のない“初めての世代”として現れます。

そのため、次のお子さんに同じことが起こる確率は一般の方とほぼ変わらず、通常1%未満と考えられています(ごくまれに親の生殖細胞の一部に変異がまじる「生殖細胞モザイク」があるため、ゼロではありません)。ゲノム疾患・コピー数変化(CNV)という考え方とあわせて理解すると、より見通しがよくなります。

6. 病態メカニズムの最前線:4つの新しい発見

「なぜKANSL1が半分になるだけで、これほど多彩な症状が出るのか」――この謎は長く未解明でした。しかしここ数年で、①オートファジー(お掃除)の不全、②酸化ストレスの増加、③神経ネットワークの不調、④繊毛(せんもう)の異常という4つのしくみが次々と明らかになり、治療の標的として注目されています。

KANSL1が半分になると細胞で何が起こるか(病態と治療標的)
KANSL1のはたらきが半分に(ハプロ不全)
抗酸化酵素 SOD1↓
→ 酸化ストレス(ROS)が増える
融合タンパク STX17↓
→ 融合のスイッチが入らない
オートファゴソーム ✕ リソソーム
(ゴミ袋とゴミ処理場が合体できない)
不要物・傷んだミトコンドリアが細胞内にたまる
シナプス・神経ネットワークの不調
💊 13-cisレチノイン酸
融合のスイッチを回復させる(研究段階)
🍃 フロレチン
酸化ストレスを抑え回路を回復(研究段階)

① オートファジー不全:2022年の研究で、KANSL1がオートファゴソーム(細胞のゴミ袋)とリソソーム(ゴミ処理場)を合体させるのに必要な「STX17」というタンパク質の量を調整していることがわかりました。KANSL1が半分になるとSTX17が枯れ、ゴミ袋が処理されず細胞内にたまってしまうのです。分裂せず長く生きる神経や心臓の細胞にとって、これは深刻なダメージになります。

💡 用語解説:オートファジー(自食作用)

細胞が、いらなくなったタンパク質や傷んだ部品を自分で包みこんで分解・リサイクルするお掃除システムです。まず「オートファゴソーム」というゴミ袋がゴミを包み、つぎに分解酵素を持つ「リソソーム」と合体して中身を処理します。この“合体”の段階がうまくいかないのが、KdVSの細胞で起きている問題です。

② 酸化ストレスの増加:患者さんの細胞からつくったiPS細胞を神経に育てる「皿の上の脳」モデルでは、抗酸化酵素SOD1が減って活性酸素(ROS)が増え、それがさらにお掃除を妨げる悪循環が確認されました。③ 神経ネットワークの不調:電極で神経の電気活動を測ると、ネットワーク全体の発火がうまくそろわず、リズムが乱れることがわかり、その背景にCLCN4というイオンチャネル遺伝子の異常が関わっていました。④ 繊毛の異常:2024年には、KANSL1が気道や脳室で液を動かす「運動性繊毛」づくりにも必要だと示され、患者さんで繊毛機能の指標(鼻の中の一酸化窒素)が下がっていることも確認されました。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【“ひとつの遺伝子”が教えてくれること】

KANSL1は、ヒストンの目印付けという“情報の制御”から、細胞のお掃除や繊毛という“物理的なはたらき”まで、まるで別々の仕事を一手に引き受けています。だからこそ、片方が半分になるだけで、脳・心臓・腎臓・耳…と全身に影響が出るのです。

一見バラバラに見える症状が、たった1つの遺伝子の不足でつながっている――この“筋の通り方”が見えてくると、診断の精度も、ご家族への説明の納得感も大きく変わります。遺伝子から疾患を眺める意味は、まさにここにあると考えています。

7. 診断と遺伝子検査

KANSL1の関わる病気を調べる方法は、「生まれる前(出生前)」と「生まれた後(出生後)」で分けて考えるのが基本です。「診断=出生前」という思い込みは禁物です。

出生前の検査

妊娠中のスクリーニングとしては、母体の血液で胎児のde novoの単一遺伝子変化を調べるNIPT(新型出生前診断)があり、当院のインペリアルプランではKANSL1が対象遺伝子に含まれています。ただしNIPTはあくまでスクリーニングであり、確定診断には絨毛検査・羊水検査が必要です。なお羊水検査+マイクロアレイ(CMA)は、従来のGバンド法では見つからない微小欠失も確定できますが、学会指針では原則として超音波で構造異常がある場合などが対象とされます。

出生後の検査

生まれた後は、血液を用いた検査が中心になります。微小欠失タイプはマイクロアレイ染色体検査(CMA)で、遺伝子内変異タイプは次世代シーケンス(NGS)で見つけます。当院のレット・アンジェルマン症候群NGSパネル検査には、KANSL1が解析対象遺伝子として含まれています。

💡 用語解説:CMA(マイクロアレイ染色体検査)とNGS

CMAは、染色体のどこかにコピー数の増減(欠失・重複)がないかを細かく調べる検査で、顕微鏡(Gバンド法)では見えない小さな欠失もとらえられます。NGS(次世代シーケンス)は、遺伝子の文字配列を高速で読み取り、数文字レベルの小さな変異まで検出する技術です。微小欠失にはCMA、遺伝子内変異にはNGS、と使い分けます。

8. 治療研究の最前線

病態のしくみが解けてきたことで、「原因不明の不治の病」から「分子の標的をねらえる病気」へという大きな転換が起きつつあります。代表的な研究を2つ紹介します。

💡 用語解説:ドラッグ・リポジショニング

すでに別の病気の薬として使われている「既存の薬」を、新しい病気に転用する研究手法です。安全性や体内での動きのデータがすでにあるため、まったく新しい薬を一から開発するより、臨床試験に進みやすいという利点があります。

① 13-cisレチノイン酸(イソトレチノイン):重症ニキビの治療薬として知られる既存薬です。KdVSモデルマウスに投与すると、減っていたSTX17が回復してオートファジーの“合体”が再開し、傷んだミトコンドリアが片づけられ、行動の異常までも改善したと報告されました。② フロレチン:リンゴの葉などに含まれる天然の抗酸化物質で、患者さん由来の神経細胞で活性酸素を抑え、シナプスの密度と神経ネットワークの活動を健常レベルへ近づけたと報告されています。

ご注意:これらはいずれも細胞や動物モデルの段階の研究であり、ヒトのKdVSに対して効果や安全性が確立した治療法ではありません。患者団体や研究機関は2026年に初の臨床試験の開始を目標に、病気の自然な経過を記録する「自然歴調査」などの準備を進めています。最新の動向は専門医とともに継続的に見守っていくことが大切です。

9. 遺伝カウンセリングの意義

KANSL1に関わる診断が得られたとき、ご家族への遺伝カウンセリングが大切な意味を持ちます。主に次のような内容を、中立・非指示的な立場でお話しします。

  • 再発リスクの説明:多くは新生突然変異(de novo)のため、次のお子さんでの再発は通常1%未満です。ただし生殖細胞モザイクの可能性は完全には否定できません。
  • ご本人が子を持つ場合:常染色体顕性(優性)遺伝のため、理論上は50%の確率でお子さんに伝わります。
  • 出生前診断の選択肢:家系内で変異がすでに分かっている場合は、絨毛検査・羊水検査による確実な診断や、着床前遺伝学的検査(PGT)が選択肢となります。
  • 意思決定の主体はご家族:検査を受けるかどうか、結果をどう受け止めるかは、十分な情報のうえでご家族が決めるものです。医師は情報を提供し、その決定に伴走します。
仲田洋美院長

🩺 院長コラム【遺伝子の名前がわかったあとに】

「KANSL1」という遺伝子名にたどり着くことは、ゴールではなく出発点です。原因が分かると、これから何に気をつけ、どんなケアを準備すればよいかが見えてきます。人懐っこくやさしい性格は、この病気の大切な“その子らしさ”でもあります。

同時に、検査で何かが分かることが、いつもご家族の安心につながるとは限りません。だからこそ私たちは、結果の意味を一緒にていねいにひもとき、ご家族自身が納得して進めるよう、中立の立場でお手伝いしています。迷いや不安は、どうぞ遠慮なくお聞かせください。

10. よくある誤解

誤解①「原因はタウ(MAPT)遺伝子」

欠失領域にはタウをつくるMAPTも含まれるため当初はそちらが原因と考えられていましたが、病気を説明するのはKANSL1単独のハプロ不全であることが証明されています。

誤解②「親が健康だから遺伝ではない」

多くは新生突然変異(de novo)で、両親に変異はありません。「両親が健康だから遺伝の病気ではない」という思い込みが、診断を遅らせることがあります。

誤解③「大きな欠失ほど重い」

巨大な微小欠失でも、わずか数文字の遺伝子内変異でも、中核となる症状に大きな差はありません。大切なのは欠失の大きさではなく、KANSL1の量が半分になることです。

誤解④「治療法のない不治の病」

根本治療はまだありませんが、病態の標的が見つかり治療研究が進行中です。多職種による支持療法とサーベイランスで、できることはたくさんあります。

よくある質問(FAQ)

Q1. KANSL1遺伝子はどんな働きをしていますか?

細胞の中で、NSL複合体という“チーム”の足場となり、ヒストン(DNAが巻きつくタンパク質)に目印(アセチル基)を付ける働きを助けています。これにより遺伝子が読まれやすくなります。ほかにも、細胞分裂のときの微小管、ミトコンドリア、オートファジー(お掃除システム)、繊毛づくりなど、多くの場面で重要な役割を担っています。

Q2. KANSL1に変異があると何が起こりますか?

2本ある遺伝子の片方が機能を失い、KANSL1タンパク質の量が半分になる(ハプロ不全)と、クーレン・デ・フリース症候群(KdVS)が起こります。発達のおくれ、特徴的な顔つき、乳児期の筋緊張低下、人懐っこい性格などが代表的で、てんかんや先天性心疾患などをともなうこともあります。

Q3. KdVSは遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の病気ですが、報告されている多くは新生突然変異(de novo)で、両親には変異がありません。そのため次のお子さんでの再発は通常1%未満です(生殖細胞モザイクの可能性はゼロではありません)。ご本人が子を持つ場合は理論上50%の確率で伝わります。詳しくは臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q4. 検査で調べられますか?

調べられます。生まれる前はNIPT(当院インペリアルプランにKANSL1が含まれます)で母体血からスクリーニングでき、確定診断は絨毛検査・羊水検査で行います。生まれた後は、微小欠失タイプはマイクロアレイ染色体検査(CMA)、遺伝子内変異タイプは次世代シーケンス(NGSパネル)で調べます。CMAはGバンド法では見えない小さな欠失も検出できます。

Q5. 治療法はありますか?

現時点で根本的な治療法は確立していませんが、13-cisレチノイン酸(イソトレチノイン)やフロレチンといった既存物質が、細胞・動物モデルで病態を改善しうると報告されています。これらはまだ研究段階で、ヒトでの有効性は証明されていません。患者団体・研究機関は2026年の初の臨床試験を目標に準備を進めています。現状は多職種による支持療法と定期的なサーベイランスが中心です。

Q6. 微小欠失と遺伝子内変異で症状は違いますか?

中核となる症状(特徴的な顔つき、発達のおくれ、人懐っこい性格など)に、はっきりした差は見られません。これは、症状が周囲の遺伝子の欠失ではなく、KANSL1の量が半分になること(ハプロ不全)そのものによって起こることを示しています。約75%が微小欠失、約25%が遺伝子内変異と報告されています。

Q7. 「人懐っこい性格」は本当にこの病気の特徴ですか?

はい、多くの方が友好的で愛想がよく、協調的な気質を持つことが知られており、ウィリアムズ症候群と並んで臨床的にKdVSを疑う手がかりのひとつになっています。一方で一部の方では、年齢が上がり社会的な要求が高まるにつれて不安やADHD、社会的スキルの課題が表面化することもあり、発達支援は引き続き大切です。

🏥 遺伝子・遺伝性疾患のご相談について

KANSL1遺伝子やクーレン・デ・フリース症候群をはじめとする
遺伝性疾患のご相談は、臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックへ。

参考文献

  • [1] MedlinePlus Genetics. KANSL1 gene. [MedlinePlus]
  • [2] National Center for Biotechnology Information. KANSL1 KAT8 regulatory NSL complex subunit 1 (Gene ID: 284058). [NCBI Gene]
  • [3] OMIM. KANSL1; KAT8 Regulatory NSL Complex Subunit 1 (*612452). Johns Hopkins University. [OMIM]
  • [4] Koolen DA, Morgan A, de Vries BBA. Koolen-de Vries Syndrome. GeneReviews®. University of Washington, Seattle. [GeneReviews]
  • [5] Orphanet. Koolen-De Vries syndrome (ORPHA:96169). [Orphanet]
  • [6] Pan X, et al. Kansl1 haploinsufficiency impairs autophagosome-lysosome fusion and links autophagic dysfunction with Koolen-de Vries syndrome in mice. Nat Commun. 2022;13(1):931. [Nature Communications]
  • [7] KANSL1 deficiency causes neuronal dysfunction by oxidative stress-induced autophagy. bioRxiv (preprint). 2020. [bioRxiv]
  • [8] Verboven AHA, et al. Integrative transcriptomics and electrophysiological profiling of hiPSC-derived neurons identifies novel druggable pathways in Koolen-de Vries Syndrome. Mol Psychiatry. 2026. [Molecular Psychiatry]
  • [9] Koolen-de Vries Syndrome causal gene KANSL1 is required for motile ciliogenesis. bioRxiv (preprint). 2024. [bioRxiv]
  • [10] Koolen-de Vries Syndrome: a journey from diagnosis to treatments. PMC. 2024. [PMC11287726]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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