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日本医学会2022「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」完全解説|日本のクリニックで遺伝学的検査を受けるときの公式ルール

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

日本で遺伝学的検査やゲノム解析を受けるとき、その安全性と倫理的配慮を最終的に支えているのが日本医学会2022「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」です。法律ではなく学会の指針という立て付けでありながら、医療現場では実質的な行動規範として機能しており、患者の権利保護と検査品質の砦となっています。このページでは、ガイドラインの全体像・関連法令・国際基準との違い・患者が知っておくべき10の権利・信頼できるクリニックの見極め方までを、一般の方にもわかりやすく整理しました。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
⚖️ 法令・指針・国際基準・患者の権利
臨床遺伝専門医監修

Q. 日本医学会2022ガイドラインとは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 日本国内で遺伝学的検査を実施する医療機関が遵守すべき、検査の倫理・同意取得・結果開示・遺伝カウンセリングの基本原則を定めた最も権威ある指針です。法令ではなく学会の指針ですが、医療現場の事実上の規範として機能しています。「意義不明バリアント(VUS)を不可逆的な医学的管理に用いない」「未成年者の発症前検査は原則延期」「血縁者への波及効果を含めて事前説明する」など、患者保護のための重要な原則が明文化されています。

  • ガイドラインの位置づけ → 日本医学会140以上の加盟学会を束ねる上位組織が策定する最重要指針
  • 三層構造 → 関連法令・基本ガイドライン・補完ガイドラインによる規範体系
  • 主要条項 → インフォームド・コンセント/二次的所見/VUS/未成年者/保因者検査
  • 国際比較 → 米国ACMG・欧州ESHG・WHOとの違いと日本独自の慎重姿勢
  • 患者の10の権利 → 信頼できるクリニックを見極める5つのチェックポイント

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1. 日本医学会ガイドラインとは:位置と歴史的経緯

日本医学会(Japanese Association of Medical Sciences: JAMS)は、内科学会・外科学会・産科婦人科学会など、日本国内の主要な医学系学会140以上を束ねる連合組織です。個別の専門学会の上位概念として機能し、医療界全体の方向性や倫理的コンセンサスを形成する役割を担う、日本の医療界で最も権威ある組織の一つです。

遺伝学的検査に関するガイドラインは、急速に進歩するゲノム科学と倫理的課題に対応するため、過去数回にわたって改訂されてきました。歴史的な経緯は以下のとおりです。

📅 日本医学会ガイドラインの改訂史

  • 1995年版(前身):遺伝子解析技術の臨床応用が始まった時期に最低限の倫理原則を提示
  • 2003年版:ヒトゲノム計画完了を受け、インフォームド・コンセントと遺伝カウンセリングの重要性を体系化
  • 2011年改訂版:マイクロアレイ染色体検査など網羅的解析技術の台頭に対応
  • 2022年改訂版(現行):次世代シークエンサー(NGS)・全エクソーム解析(WES)・全ゲノム解析(WGS)の普及に伴う「二次的所見」「意義不明バリアント(VUS)」「未成年者・非発症者への適用」などを大幅に拡充

2022年改訂版の策定では、加盟する各領域の専門家が集結し、従来の単一遺伝子疾患を対象とした枠組みから、網羅的解析(WES/WGS)を見据えた包括的な枠組みへと根本的なパラダイムシフトが図られました。

2. 日本の遺伝学的検査を規定する「三層構造」

日本の遺伝学的検査を規定する規範は、単一の強行法規によってすべてが統制されているわけではありません。関連法令/基本ガイドライン/補完ガイドラインという三層構造によって構成されており、それぞれが異なる役割を担っています。

日本の遺伝学的検査を規定する三層構造

関連法令(ハードロー)
ゲノム医療推進法/個人情報保護法/医療法
基本ガイドライン
日本医学会2022(JAMS Guideline)
補完ガイドライン(領域別)
日本人類遺伝学会/日本産科婦人科学会/日本小児科学会 ほか

最上位の法令が基本的な権利保護と差別禁止を定め、日本医学会のガイドラインが医療現場の基本原則を構築し、各専門学会が領域ごとの詳細な手順を規定しています。

💡 用語解説:ソフトローとハードロー

ハードローとは、国会で成立した法律のように違反時に罰則(罰金・懲役・免許取消など)が伴う強行法規のこと。ソフトローとは、学会のガイドラインや指針など、直接の法的罰則は伴わないものの、業界の事実上の規範として強い影響力を持つルールのこと。日本医学会ガイドラインはソフトローに分類されますが、医療現場では実質的な行動規範として機能しており、違反した場合は学会による専門医認定の取り消しなどの内部的制裁が課されることがあります。

3. 2022年改訂版の章立てと主要条項

2022年改訂版は、個人の遺伝情報を扱う際の基本的事項と原則を6章立てで定めています。それぞれの章は、検査を受ける対象者の状況(既発症患者・非発症者・未成年者など)ごとに細かい配慮事項が規定されています。

章・節 適用範囲 主要な規定事項
第1章 基本的事項 総則・用語定義 生殖細胞系列の病的バリアントを対象。薬理遺伝学検査は別ガイドラインへ移行。
第2章 すでに発症している患者 確定診断目的の検査 臨床的有用性が高い場合は主治医の責任で実施。VUSは診断・医学的管理に用いない。
第3章 患者ではない方 非発症保因者・発症前・出生前検査 「家系内の問題」として扱う。倫理委員会への審査依頼が必要なケースを明記。
第4章 未成年者 小児期の検査 医療上の利益がある場合は実施可。成人発症疾患・保因者検査は自律的判断年齢まで延期。
第5章 情報管理と共有 個人情報・遺伝情報の管理 診療録への記載義務。多職種連携でのアクセス制御。中央管理の推奨。
第6章 遺伝カウンセリング プロセスと実施体制 医学的・心理学的・家族への影響を理解する継続的プロセス。臨床遺伝専門医との連携義務。

① インフォームド・コンセントの取得プロセス

検査前のカウンセリングで、検査の目的・手法・限界に加え、血縁者への波及効果や遺伝差別(保険・雇用など)のリスクについて十分に説明し、自律的な同意を得ることが厳命されています。結果を「知らないでいる権利(Right not to know)」の尊重も明記されています。

💡 用語解説:インフォームド・コンセント(IC)

「十分な説明を受けたうえでの自発的な同意」のこと。医師から検査の目的・方法・期待される結果・想定されるリスク(心理的負担や血縁者への影響を含む)について丁寧に説明を受け、患者本人が自分の意思で「受ける/受けない」を決定するプロセスを指します。動画視聴やタブレットへのタップだけで済ませる方式は、ガイドラインが求める「十分な遺伝カウンセリング」とは見なされません。

② 二次的所見(Secondary Findings)の取り扱い

検査の本来の目的とは異なるものの、生命を脅かす可能性があり、かつ予防・治療法が存在する遺伝子変異(例:遺伝性腫瘍・遺伝性不整脈など)が、網羅的解析によって偶発的に見つかることがあります。ガイドラインでは、事前に二次的所見を開示する可能性とその同意(オプトイン/オプトアウト)を取得することが求められています。

💡 用語解説:二次的所見(Secondary Findings)

「もともと調べたい目的とは別に、偶然見つかってしまう重要な遺伝子変異」のこと。たとえば、ある疾患の原因を探すために網羅的なゲノム解析をしたところ、別の重大な疾患(遺伝性のがんや心臓病など)の原因遺伝子に変異が見つかってしまう──こうした「予期せぬ発見」をどう扱うかは世界中で議論されています。米国ACMGはオプトアウト方式での積極的開示を推奨していますが、日本のJAMSは「丁寧な事前同意と個別判断」を重視しています。

③ VUS(意義不明バリアント)の取り扱い

病的か良性か即座に判定できないVUSについて、ガイドラインは「病的意義が確定するまでは、VUSを診断や医学的管理(予防的切除などの不可逆的介入)に用いてはならない」と厳格に規定しています。VUSを理由に過剰な医療介入を行うことは、重大な倫理的逸脱とされています。

💡 用語解説:VUS(意義不明バリアント)

Variant of Uncertain Significanceの略。DNAの塩基配列に違いはあるものの、それが病気の原因なのか、ただの個人差なのか、現時点では判断がつかない遺伝子の変化のこと。検査結果として「VUS」が出た場合、「病気の原因が確定したわけではない」「良性とも言えない」というグレーゾーンの状態です。ガイドラインでは、VUSを根拠に予防的切除手術のような不可逆的な医療介入を行うことは禁じられています。データの蓄積によって将来「病的」または「良性」に再分類される可能性があります。

④ 未成年者と保因者検査への適用

将来の妊娠に向けた保因者検査や、小児に対する遺伝学的検査については、患者本人の自律的意思決定能力が極めて重視されます。小児期に治療介入が可能な疾患を除き、成人に達するまで検査を保留することが原則とされています。これは「将来の本人が知らないでいる権利」を守るための配慮です。

4. 関連法令の体系:ガイドラインを支えるハードロー

JAMSガイドラインは「ソフトロー」ですが、その基盤には法的拘束力を持つ「ハードロー(法令)」が存在します。日本の遺伝学的検査関連法令の体系は以下のとおりです。

法令・指針名 所管 主要条項 罰則
ゲノム医療推進法
(令和5年法律第57号)
内閣府・厚労省 ゲノム情報の定義/遺伝情報による不当差別の禁止(第3条3項)/検査の質確保 直接の罰則なし(基本法)
個人情報保護法 個人情報保護委員会 遺伝情報を「要配慮個人情報」と規定/越境移転規制 あり(刑事罰・行政命令)
医療法・医師法 厚生労働省 医療機関の構造設備要件/診療録の記載・保存義務/医師の守秘義務 あり(業務停止・免許取消)
医療広告ガイドライン 厚生労働省 ウェブサイトを含む医療広告の規制/優良誤認・誇大広告の禁止 あり(行政指導・是正命令)
母体保護法 厚生労働省 胎児の異常を理由とした人工妊娠中絶の原則禁止/出生前診断の倫理的枠組み あり
三省合同倫理指針 経産省・文科省・厚労省 研究目的での同意取得要件/倫理委員会(IRB)審査義務 行政的制裁のみ

ゲノム医療推進法(2023年):歴史的転換点

💡 用語解説:ゲノム医療推進法

2023年6月に公布された、日本のゲノム医療推進のための基本法です(正式名称:良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律)。特に第3条第3項では、「ゲノム情報による不当な差別が行われることのないようにすること」が基本理念として明文化されました。米国のGINA法(遺伝情報差別禁止法)に相当する位置づけで、日本の遺伝医療の歴史的転換点と評価されています。

この条文の実効性について、2024年8月の厚生労働省の労働行政判断では具体的な解釈が示されました。「労働者が会社からゲノム情報の提出を求められたケースについては、個人情報保護法や労働安全衛生法を根拠に応じる必要はない」とし、ゲノム情報を採用選考や人事評価に用いること、あるいは提出拒否を理由とした解雇は「労働契約法上の権利の濫用に当たり無効」と明確に位置づけられています。

5. 関連学会の補完ガイドライン:領域別の各論

JAMSガイドラインが「総論」だとすれば、各専門学会が策定するガイドラインは疾患や領域ごとの「各論」です。医療現場では、JAMS2022の基本原則に則りつつ、これらの補完ガイドラインが併用されます。

策定学会 対象領域 JAMSとの関係
日本人類遺伝学会(JSHG)/日本遺伝子診療学会(JBMG) 全領域・横断的 JAMSを実務面で最も強力に補完。遺伝カウンセリングの必須性、医師の倫理的拒否権の明示など、現場の運用ルールを規定。
日本遺伝カウンセリング学会(JSGC) カウンセリング 患者の自律的意思決定を支援するプロセスの標準化と、認定遺伝カウンセラー制度の運用。
日本産科婦人科学会(JSOG) 出生前・着床前 NIPT・着床前検査(PGT)に関する指針を策定。JAMSを産科特有の倫理観点から具体化。
日本小児科学会 未成年者 JSHGとの合同見解で、未成年者への発症前検査の「成人まで延期原則」の具体的適用基準を策定。
日本がん遺伝医学会 遺伝性腫瘍 がんゲノムプロファイリング検査で偶発的に生殖細胞系列の病的バリアントが疑われた場合の対応手順を規定。

6. 国際比較:米国ACMG・欧州ESHG・WHOとの違い

日本のJAMS 2022ガイドラインの性質を正確に理解するには、世界の二大潮流である米国(ACMG)と欧州(ESHG)のスタンスと比較することが不可欠です。日本は米国流の「プロアクティブな情報開示」と欧州の「厳格な用途制限」の中間に位置しつつ、独自の倫理的慎重さを持っています。

項目 日本(JAMS 2022) 米国(ACMG) 欧州(ESHG)
二次的所見 ICに基づく開示を許容/個別判断 SF v3.3で84の介入可能遺伝子を指定/オプトアウト方式で積極開示 主目的以外の所見回避を強く推奨
未成年者検査 小児期治療介入可能なもの以外は成人まで延期 早期介入メリットを重視/親同意での開示容認 厳格な延期原則/本人の「知らないでいる権利」を最優先
保因者検査 厳格なカウンセリングと家系配慮を要求 拡大保因者スクリーニングを広く推奨 公的推奨に制限的/対象疾患の厳密選定
VUS管理 不可逆的介入には用いない 日本と同様、不可逆的介入を戒める 日米と同様のアプローチ
法的拘束力 ソフトロー/ゲノム医療法が基盤 ポリシーステートメント/訴訟リスクが規律 欧州医療機器規則(IVDR)等で強い法的規制
DTC検査 直接の対象外/関連学会レベルで注意喚起 強く非推奨/臨床的有用性の欠如を警告 強固な規制志向/医療従事者を介さない検査に懸念

米国流「ゲノムファースト」と日本の慎重姿勢

米国ACMGの最大の特徴は、「Secondary Findings リスト」を継続的に改訂し、元の検査目的によらず積極的に変異を拾い上げ報告を推奨する点にあります。最新のSF v3.3では84遺伝子が指定されています。これは「予防可能な疾患を未然に防ぐ」プロアクティブな医療思想です。

一方、日本のJAMS 2022や欧州ESHGは、予期せぬ重大な疾患リスクを知らされることによる心理的インパクトや、確定していない情報による混乱を重く見ています。ESHGの報告では、がん以外の目的で全エクソーム解析(WES)を受けた患者の約2%にがん感受性遺伝子の二次的所見が見つかることが示されており、心理的負担が懸念されています。そのため日本では、包括的リストの一律適用ではなく、検査前の丁寧な対話を通じて患者自身の「知る権利」と「知らないでいる権利」のバランスを個別調整するプロセスが重視されます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「知らないでいる権利」を守るということ】

「もし重大な病気の原因が見つかったら、教えてほしいですか?」──遺伝カウンセリングで私が必ずお聞きする質問です。米国の流儀では「予防できる病気なら積極的に教える」ことが標準ですが、日本のガイドラインはもう少し慎重で、本人が「知りたくない」と選ぶ権利も尊重します。なぜなら、検査前に十分な心の準備ができていない状態で重大な遺伝情報を受け取ることは、その後の人生設計に大きな影響を及ぼすからです。

大切なのは「結果が出てから考える」のではなく、「検査を受ける前に、自分はどこまで知りたいのかを言葉にしておく」ことです。これは正解のない問いで、ご家族の価値観や人生観によって答えが変わります。だからこそ、十分な時間をとった事前カウンセリングが必要なのです。テンプレ的な同意書にサインするだけで終わるような体制では、本来の「インフォームド・コンセント」とは呼べません。

7. 臨床現場の運用実態とガイドラインの限界

ガイドラインと現実の医療現場の間には、施設の性質に応じたグラデーションが存在します。特に保険診療と自費診療の間に深刻なガバナンスの分断があることは、日本の遺伝医療の重大な構造課題です。

🏥 拠点病院・大学病院

がんゲノム医療中核拠点病院や大学病院の臨床遺伝部門では、ガイドラインが極めて高い水準で遵守されています。院内倫理委員会(IRB)の関与、多職種連携によるエキスパートパネル、VUSや二次的所見の慎重な協議体制が整っています。

⚠️ 自費診療の一部

保険適用外の広範な遺伝子パネル検査や一部のNIPTでは、ガイドライン適用度が大きく乖離するケースがあります。遺伝医学の専門知識を持たない医師が、海外ラボのレポート基準に丸投げする事例もあり、結果解釈の不確実性が患者に跳ね返るリスクがあります。

🌐 DTC(消費者向け)検査

「医療行為ではない」という建前のため、医療法やJAMSガイドラインの管轄外となり、消費者の心理的保護や二次的所見の医学的フォローが構造的に欠如しています。海外検査会社の利用時は、越境医療データ規制の観点でも注意が必要です。

ガイドラインの構造的な限界

JAMS 2022ガイドラインの最大の限界は、それが「法令」ではなく「指針」に留まる点にあります。違反した場合の法的サンクション(免許取消や罰金など)は存在せず、学会による専門医認定の取り消しといった内部的制裁に限定されます。そのため、悪質な事業者(利益優先の一部自費診療クリニックや、医療行為ではないと標榜するDTC事業者)を強制的に排除する効力を持たないのが現状です。

また、改定サイクルの遅さも構造的課題です。米国ACMGがゲノム科学の進展に合わせて頻繁にSFリストを更新しているのに対し、日本医学会の改定は10年単位(2003年・2011年・2022年)であり、AIを用いた解釈技術や急速に進化する検査手法のスピードに制度が追いついていません。

8. 患者の10の権利とトラブル時の対処

法的拘束力の緩さと医療機関ごとの格差が存在する日本において、患者や家族が安全に遺伝学的検査を受けるためには、自身の権利を明確に理解しておくことが不可欠です。以下の10項目は、ガイドライン上もしくは関連法令上、すべての患者が等しく有する権利です。

✅ 遺伝学的検査における患者の10の権利

  • 検査を受ける/受けないを自律的に決定する権利(医師や家族から強制されない)
  • 結果を知る権利と、「知らないでいる権利」を行使する権利
  • 検査前にメリットだけでなくデメリット(心理的負担・血縁者への影響・差別リスク)について十分な説明を受ける権利
  • VUSや二次的所見の取扱方針を事前に確認する権利
  • 血縁者へ結果をどこまで・どのように伝えるか自分で判断する権利
  • 臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーによる、非指示的(誘導しない)な遺伝カウンセリングを受ける権利
  • 結果の意味について、納得がいくまで質問し説明を求める権利
  • 他の専門医のセカンドオピニオンを取得する権利
  • 自身の遺伝情報(要配慮個人情報)が同意なく第三者や海外企業に提供されない権利
  • 結果解釈に疑義がある場合、再評価や訂正の要請を行う権利

トラブルが起きたときの相談ルート

もし検査前の説明が不十分だったり、結果開示時に不適切な対応を受けたりした場合、泣き寝入りする必要はありません。日本の医療行政には、患者を保護するための救済・苦情申立の経路があります。

トラブル時のエスカレーション経路

① 当該医療機関内での対話
② 他施設へのセカンドオピニオン
③ 医療安全支援センターへの相談
④ 法的相談

まずは医療機関内の相談窓口やセカンドオピニオンを活用し、解決しない場合は各都道府県に設置されている医療安全支援センター等の公的機関へ相談することが推奨されます。

ファーストオピニオンに納得がいかない場合、患者にはセカンドオピニオン外来を受診する権利があります。担当医に紹介状(診療情報提供書)と検査データの添付を依頼し、他の専門医の意見を仰ぐことが可能です。それでも解決しない場合は、医療法に基づき都道府県等に設置されている「医療安全支援センター」に苦情・相談を申し立てることができます。ここでは中立的な立場で医療機関との調整や助言が行われます。

9. 信頼できるクリニックの見極め方:5つのチェックポイント

ガイドラインの強制力が限定的な日本において、患者が安全かつ倫理的な遺伝学的検査を受けるためには、自身の目で「信頼できるクリニック」を見極める能力が不可欠です。特に全額自己負担となる自費診療領域を提供する医療機関を選ぶ際、必ず確認すべきチェックポイントは以下のとおりです。

① 臨床遺伝専門医の「常勤」在籍

院長や主治医が臨床遺伝専門医の資格を有しているかを確認。「非常勤医が週1回」「提携医がいる」といった名義貸し的体制ではなく、予期せぬ結果やVUSが出た際に常駐専門医が即座に対応できる体制が必須です。

② 遺伝カウンセリングの十分な提供体制

インフォームド・コンセントを、動画視聴やタブレットへのタップだけで済ませる施設は、ガイドラインの「十分な遺伝カウンセリング」要件を逸脱しています。生身の専門家と疑問が解消するまで対話できる時間枠が確保されているかを確認しましょう。

③ 検査会社の品質認証(国際基準)

検体が解析されるラボ(国内・海外問わず)が、CAP認証(米国病理医協会)やCLIA認証(臨床検査改善修正法)などの国際的な品質基準を満たしているかをウェブサイトで確認します。これは検査結果の信頼性を支える基本要件です。

④ 同意書の網羅性

同意書に「二次的所見の取扱方針」「VUSが出た場合の報告の有無」「データが海外の第三者に譲渡されないか(オプトアウト可否)」が明記されているかを精読しましょう。あいまいな同意書は後のトラブルの温床です。

⑤ アフターフォローの確立

陽性や判定保留が出た場合、結果を郵送して終わりではなく、確定診断のための追加検査や、必要に応じた高次医療機関への紹介ルートが明確に確立されているかを確認します。検査は「結果を出す」だけが目的ではありません。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「公式ルールを知っていること」が、最大の防御になる】

遺伝学的検査の世界では、患者さんと医療機関の間に、知識の非対称性が大きく存在します。検査の精度、結果の意味、二次的所見の扱い、データの行方──これらの専門領域を一般の方が独力で完璧に理解することは困難です。だからこそ、ガイドラインが存在する意味があります。ガイドラインは「医療従事者向けの規範」であると同時に、患者さんが「本来受けるべき対応とはどういうものか」を知るための地図でもあるのです。

日本のガイドラインがソフトローである以上、悪質な事業者を完全に排除する仕組みは未完成です。だからこそ、患者さん自身が「自分にはどんな権利があるのか」「どんな体制を備えたクリニックが信頼に値するのか」を知っておくことが、最大の防御策になります。このページを読んでくださった方が、ご自身またはご家族の意思決定の場面で、納得のいく選択をされることを願っています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 日本医学会ガイドラインは法律ですか?違反した医療機関は罰せられますか?

日本医学会ガイドラインは法律ではなく、学会が策定した「指針(ソフトロー)」です。違反しても刑事罰や行政罰は科されませんが、所属学会による専門医認定の取り消しや、医療界における信用失墜といった内部的制裁の対象になります。また、ガイドライン違反が個人情報保護法や医療法など関連法令の違反に該当する場合は、法的な責任が問われることもあります。

Q2. 検査結果でVUS(意義不明バリアント)が出たらどう対応すればよいですか?

VUSは「現時点では病的か良性か判定できない」状態です。ガイドラインでは、VUSを根拠とした不可逆的な医学的介入(予防的切除など)は厳格に禁じられています。臨床遺伝専門医による定期的なバリアント再評価を受けながら、症状や家族歴に応じた経過観察が基本となります。データの蓄積によって将来「病的」または「良性」に再分類される可能性があるため、最新文献との照合が継続的に必要です。

Q3. 二次的所見について、検査前にどんなことを確認しておくべきですか?

検査前に必ず以下を確認してください。①二次的所見の報告対象となる遺伝子の範囲、②オプトイン/オプトアウトの選択肢があるか、③もし重大な所見が見つかった場合のカウンセリング体制、④家族への波及をどう扱うか。日本のガイドラインでは「丁寧な事前同意」が重視されており、十分な対話なしに包括的開示を行うことは標準ではありません。同意書の文面を必ず精読し、不明点はすべて質問しておくことが大切です。

Q4. 未成年の子どもに遺伝学的検査を受けさせることはできますか?

小児期に治療介入が可能な疾患(早期治療が予後を改善する疾患など)の確定診断目的であれば、医療上の利益が明らかなため実施が可能です。一方、成人発症疾患の発症前検査や、本人が将来の妊娠について判断するための保因者検査は、原則として本人が自律的に判断できる年齢(成人)まで延期することがガイドラインで定められています。これは「将来の本人の知らないでいる権利」を守るための配慮です。

Q5. ゲノム医療推進法は、私たちの生活にどう関係しますか?

2023年に成立したゲノム医療推進法(令和5年法律第57号)は、遺伝情報を理由とする不当な差別を禁止することを基本理念として明文化しました。2024年8月の厚労省の解釈では、企業が労働者にゲノム情報の提出を求めることや、ゲノム情報を採用選考・人事評価に用いることは「労働契約法上の権利の濫用に当たり無効」と位置づけられています。米国のGINA法に相当する法的基盤がようやく日本にも整った形ですが、罰則を伴う個別法の整備は今後の課題です。

Q6. 海外の検査会社に検体が送られても大丈夫ですか?

遺伝情報は個人情報保護法上の「要配慮個人情報」に該当し、海外への越境移転には本人の同意が必要です。検体を海外ラボに送付する場合、①どの国・どのラボに送られるのか、②データはどう管理されるのか、③研究利用される可能性はあるのか、④オプトアウト(研究利用拒否)の選択肢があるかを必ず確認してください。同意書に明記されていない場合は、説明を求める権利があります。

Q7. 臨床遺伝専門医が在籍しているかは、どうやって調べればよいですか?

医療機関のウェブサイトで医師のプロフィールを確認し、「臨床遺伝専門医」の資格表示と、可能であれば認定番号が明記されているかを確認してください。日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会の合同認定資格で、基本領域の専門医資格を持った上で数年間の専門研修と厳しい認定試験を経て付与されます。常勤か非常勤かも重要なポイントで、予期せぬ結果が出た際に直接対応できる体制かどうかを見極めましょう。

Q8. 検査の結果について納得できないとき、どこに相談できますか?

まずは検査を受けた医療機関内の相談窓口に問い合わせ、担当医に説明を求めてください。それでも解決しない場合は、他の医療機関でセカンドオピニオンを取得する権利があります。担当医に紹介状(診療情報提供書)と検査データの添付を依頼してください。さらに解決しない場合は、医療法に基づき各都道府県等に設置されている「医療安全支援センター」に苦情・相談を申し立てることができます。中立的な立場で医療機関との調整や助言が行われます。

🏥 遺伝学的検査・遺伝カウンセリングについて

遺伝学的検査に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

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参考文献

  • [1] 日本医学会. 医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン(2022年3月改定). [日本医学会公式]
  • [2] 日本人類遺伝学会. 遺伝学的検査に関するガイドライン. [JSHG]
  • [3] e-Gov 法令検索. 良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律(令和5年法律第57号). [e-Gov]
  • [4] 厚生労働省. 良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律(概要). [厚労省PDF]
  • [5] 株式会社労務行政. 遺伝情報での労働差別禁止 厚労省、法解釈を明確化. 2024年8月19日. [労政時報]
  • [6] Miller DT, et al. ACMG SF v3.2 list for reporting of secondary findings in clinical exome and genome sequencing: A policy statement of the American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG). Genet Med. 2023. [PMC10524344]
  • [7] ACMG Secondary Findings Working Group. ACMG SF v3.3 list for reporting of secondary findings in clinical exome and genome sequencing: A policy statement. Genet Med. 2025. [Genet Med]
  • [8] European Society of Human Genetics (ESHG). Policy Statements and Recommendations. [ESHG Documents]
  • [9] European Society of Human Genetics (ESHG). Public and Professional Policy Statements. [ESHG Policy]
  • [10] 医療安全支援センター. 苦情・相談への対応(初任者研修資料). [医療安全支援センター]
  • [11] Miller DT, et al. ACMG SF v3.1 list for reporting of secondary findings in clinical exome and genome sequencing. Genet Med. 2022;24(7):1407-1414. [PubMed]
  • [12] National Center for Biotechnology Information. ACMG Recommendations for Reporting of Secondary Findings in Clinical Exome and Genome Sequencing. [NCBI ClinVar]

プロフィール

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、
臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。
のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、
検査結果の数値そのものだけでなく、
「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、
一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、
日本人として異文化の中で生活した経験があります。
価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。
この経験は現在の診療においても、
「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、
36週6日で一人を死産した経験があります。
その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、
そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。
現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、
出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、
家族の未来に関わる重要な意思決定です。
年齢や統計だけで判断するのではなく、
医学的根拠と心理的支援の両面から、
ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/
日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。
2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け
複数の海外メディア・専門誌で特集掲載
されました。

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