目次
体外受精のなかでも、細い針で精子を1個ずつ卵子に注入する顕微授精(ICSI)は、多くのご夫婦に赤ちゃんをもたらしてきました。ところが、精子の数・運動率・形にまったく問題がなく、卵子も見た目は正常なのに、なぜか受精だけが起こらない——そんな原因不明の受精障害が、ごくまれに起こります。その最も主要な原因が卵子活性化障害(OAD)です。この記事では、受精のときに卵子の中で何が起きているのか、なぜそれがうまくいかないのか、精子側・卵子側それぞれの遺伝的な原因、原因の見分け方、そして人為的卵子活性化(AOA)という治療とその安全性までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. 卵子活性化障害(OAD)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. OADとは、精子と卵子が出会っても、卵子が「受精した」と目覚めるスイッチが入らず、受精が完了しない状態です。受精のとき、卵子の中ではカルシウムの波(カルシウム・オシレーション)という信号が繰り返し起こり、これが引き金となって受精が進みます。この信号が起こらない、あるいはパターンが異常だと、卵子は目覚めず受精に至りません。原因は精子側(信号を出す因子の欠陥)と卵子側(信号を受けた後のしくみの欠陥)の両方にあり、原因によって有効な治療が変わります。
- ➤正体 → 顕微授精(ICSI)で受精が起こらない「全受精障害」の最も主要な原因
- ➤引き金 → 精子が持ち込むPLCζという酵素が、卵子内にカルシウムの波を起こす
- ➤精子側の原因 → PLCZ1遺伝子の変異が代表的。ACTL7A・ACTL9などの構造遺伝子も関わる
- ➤卵子側の原因 → WEE2遺伝子などの変異。この場合、通常のAOAでは受精障害を克服できないことがある
- ➤治療 → 精子側が原因なら、人為的卵子活性化(AOA)で受精率・出産率の改善が期待できる
1. 卵子活性化障害(OAD)とは
1992年に登場した顕微授精(ICSI)は、細いガラス針を使って精子を1個だけ卵子の中へ直接注入する技術です。重い乏精子症や無精子症であっても受精の道が開けるようになり、いまでは通常70〜80%という高い受精率が得られています[1]。それでも、ICSIを行った周期の約1〜3%では、注入したすべての卵子が受精に至らない全受精障害(Total Fertilization Failure:TFF)や、受精率が極端に低い状態が起こります[1]。
精子のパラメータ(数・運動率・形)が正常で、卵子も見た目は成熟しているのに受精しない。この原因不明の受精障害で、最も主要な病因とされているのが卵子活性化障害(Oocyte Activation Deficiency:OAD)です[1]。「卵子活性化」とは、精子が入ってきたことをきっかけに卵子が受精へと動き出す一連の反応のことで、この記事のいちばんの主役です。OADは、その活性化のスイッチがうまく入らない状態を指します。
💡 用語解説:全受精障害(TFF)と低受精率
正常な受精では、卵子が第二極体という小さな細胞を放出し、続いて父由来・母由来の2つの前核(2PN)という構造ができます。全受精障害(TFF)は、採取した成熟卵子のすべてでこの受精のサインが確認できない状態です。すべてではないものの受精率が著しく低い場合を「低受精率」と呼びます。詳しくは完全受精障害(TFF)の解説ページもあわせてご覧ください。
かつてOADは、もっぱら精子側の欠陥(卵子を目覚めさせる因子の不足や機能不全)が原因だと考えられてきました。ところが近年、全エクソーム解析(WES)などの遺伝子解析が進んだことで、卵子側の遺伝子の変異もOADの重大な原因になることがわかってきました[1]。受精は、精子と卵子の精密な連携で成り立つ出来事なのだと、あらためて示されたことになります。
2. 受精のしくみ ─ カルシウムの波が引き金
🔍 関連記事:配偶子形成と受精・減数分裂のしくみ/ICSI(顕微授精)
なぜ卵子活性化が起こらないのかを理解するには、まず正常な受精で卵子の中に何が起きるのかを知る必要があります。卵子は排卵のあと、第二減数分裂の途中(MII期)で時間を止めて、精子を待っています。この停止は、受精による活性化まで解除されません。
精子と卵子の膜が融合すると、精子の中からPLCζ(ホスホリパーゼCゼータ)というタンパク質が卵子の細胞質に放出されます。このPLCζが、卵子の中のカルシウム濃度をくり返し上下させるカルシウム・オシレーション(カルシウムの波)を起こします[2]。この波こそが「精子が来た」という信号であり、止まっていた減数分裂を再開させ、多くの精子が入ってこないようにブロックし、卵子を本格的に発生へと動かします。波がなければ、たとえ膜が融合しても卵子は受精を始められません。
💡 用語解説:PLCζ(ホスホリパーゼCゼータ)
PLCζは、2002年に発見された精子だけが持つ酵素で、卵子を目覚めさせる主要な因子(精子由来卵子活性化因子)だという見方が学術的な共通認識になっています[2]。卵子の中の膜にあるPIP2という脂質を分解してIP3という物質をつくり、これが卵子の内部にたくわえられたカルシウムを放出させます。放出されたカルシウムはさらにPLCζの働きを強め、数時間にわたるリズミカルな波が続きます。この酵素をつくる設計図がPLCZ1遺伝子です。

この図は、精子由来のPLCζ(PLCZ1)が卵子活性化を開始する分子経路を示しています。精子が卵子内に持ち込んだPLCζはPIP2を加水分解してIP3を生じさせ、IP3が小胞体(ER)からCa2+を放出させます。繰り返すCa2+上昇はCaMKIIなどの下流因子を活性化し、最終的にMPF(Cyclin B/CDK1)の活性を低下させることで、MII期に停止していた卵子を減数分裂再開と前核形成へ導きます。精子側OADではこのCa2+シグナルの開始が障害される一方、WEE2など卵子側の異常ではCa2+シグナルより下流の応答が障害されることがあります。
カルシウムの波は「引き金」にすぎません。その後、信号が正しく伝わるには卵子側のしくみも整っている必要があります。カルシウム濃度の上昇は、卵子の中のMPF(成熟促進因子)という、減数分裂を止めていた装置を不活性化します。MPFが止まることで、はじめて染色体がほどけ、第二極体が放出され、前核ができて受精が完了します。この最後の仕上げを担う卵子側のカギの一つが、次章で登場するWEE2遺伝子がつくるキナーゼ(リン酸化酵素)です。
つまり卵子活性化は、「精子がカルシウムの波という信号を出す」段階と、「卵子がその信号を受けて受精を進める」段階の、二段構えでできています。OADは、このどこかが途切れて起こります。どちらの段階でつまずいているかが、治療法を選ぶうえで決定的に重要になります。
3. 精子側(男性因子)の原因
精子側OADの代表的な原因の一つが、カルシウムの波を起こすPLCζの設計図であるPLCZ1遺伝子の異常です。世界中の独立した家系から数十種類にのぼるPLCZ1の変異が報告されており、病的な両アレル性変異(ホモ接合または複合ヘテロ接合)による症例が多数知られています。一方でヘテロ接合変異も報告されており、検出された変異の意義は遺伝形式や機能解析を含めて個別に評価する必要があります[6]。
💡 用語解説:変異のタイプ
遺伝子の変化にはいくつか型があります。ミスセンス変異はアミノ酸が1つ別のものに置き換わる変化、ナンセンス変異は途中でタンパク質づくりが止まる変化、フレームシフト変異は読み枠がずれてしまう変化です。PLCZ1ではこれらすべてのタイプが受精障害の原因として見つかっており、どれもPLCζの酵素としての働きや、精子の中での正しい配置を損ないます。
たとえば、酵素の働きの中心となる領域の変異は、PLCζがカルシウムの波を起こす能力を失わせるだけでなく、タンパク質そのものの安定性を下げ、精子内での正常な配置を失わせます。また、C末端側のC2ドメインという、PLCζを卵子内の膜へ結びつける部分の変異(I489Fなど)は、注入されたときのカルシウムの波の強さや頻度を大きく低下させます[3]。実際に、両方の遺伝子コピーにこの変異を持つ2人の兄弟では、精子の形は正常なのにICSIで完全な受精障害が起こることが示されました[3]。
PAWPをめぐる論争 ─ 主役はやはりPLCζ
かつて、PLCζ以外にPAWPという別の精子タンパク質も卵子活性化因子の候補として提唱され、学術的な論争になりました。しかし決定的だったのは、PAWPの発現も配置もまったく正常であるにもかかわらず、PLCZ1のホモ接合変異だけを持つ患者で、完全な卵子活性化障害が起こることが証明されたことです[3]。PAWPがあっても、PLCζが欠ければ卵子は目覚めない。現在では、ヒトを含む哺乳類の受精において、PLCζ単独の機能欠損が卵子活性化を妨げるのに十分だと考えられています[3]。
PLCζの「置き場所」を支える遺伝子 ─ ACTL7A・ACTL9
精子側の原因は、PLCZ1そのものの変異だけではありません。精子の先端にある先体(アクロソーム)や、その周囲の構造を支える別の遺伝子の異常も、OADに関わります。代表がACTL7AとACTL9遺伝子です。ACTL7AやACTL9は精子頭部・先体周辺構造の形成やPLCζの正常な局在に関与し、病的変異によって光学顕微鏡ではわからない微細な構造の欠陥が生じることがあります[5]。その結果、精子内でPLCζの量が減ったり配置が乱れたりして、二次的に受精障害を招きます[5]。ある研究では、受精障害の男性因子例の一部でACTL7AやPLCZ1の変異が高い割合で検出されており、両者をまとめて調べる意義が示されています[6]。
同じように、精子の頭部が丸くなる円頭精子症(globozoospermia)でも、精子頭部のPLCζが著しく減っていることが知られています。このタイプでは、あとで述べるAOAによる介入なしでは受精が非常に難しいとされています。より広い男性不妊の背景については、非閉塞性無精子症(NOA)や断頭精子症の解説もご参照ください。
4. 卵子側(女性因子)の原因
OADは精子側だけの問題ではありません。カルシウムの波という信号が届いても、それを受け取って受精を進める卵子側のしくみが壊れていれば、やはり受精は完了しません。近年の遺伝子解析で、卵子側の原因遺伝子が次々と同定されてきました[1]。
WEE2遺伝子 ─ 受精の「最後の一歩」を担う
卵子側因子の代表がWEE2遺伝子です。WEE2は卵子で重要な役割を担う卵子特異的キナーゼ(リン酸化酵素)で、カルシウムの波を受けたあと、減数分裂を止めていたMPFという装置を確実にオフにする役割を担います。2018年、規則正しい月経があり卵子も採取できるのに、ICSIで前核ができず受精が完了しない4人の女性から、WEE2のホモ接合変異が同定されました[4]。いずれも常染色体潜性(劣性)遺伝のパターンでした。
💡 用語解説:常染色体潜性(劣性)遺伝
遺伝子は父由来・母由来の2つのコピー(アレル)を持っています。常染色体潜性(劣性)遺伝とは、両方のコピーに変化がそろってはじめて症状が出るタイプです。片方だけ変化を持つ人(保因者)はふつう症状が出ません。血縁関係のあるご夫婦(血族婚)では、同じ変化が子に受け継がれる確率が高まるため、こうした受精障害が見つかりやすいことが知られています。次のお子さんへの再発リスクや、きょうだいが保因者かどうかを考えるうえで、遺伝カウンセリングが大切になります。
WEE2変異の患者さんの卵子は、見た目は正常で、第二極体まで放出できるのに、前核(2PN)ができずに受精が止まります[4]。ここで重要なのは、正常なWEE2の遺伝情報(cRNA)を患者さんの卵子に注入すると、受精障害が回復して前核が形成され、一部は正常な胚盤胞まで育ったことです[4]。壊れた部品を直接補うと受精が回復するという、原因と結果をはっきり示す結果でした。
その他の卵子側遺伝子 ─ TUBB8・TLE6など
WEE2以外にも、卵子側の受精障害・発生停止に関わる遺伝子が知られています。紡錘体という染色体を分ける装置の材料となるTUBB8遺伝子や、皮質下母性複合体(SCMC)を構成するTLE6・NLRP5・PATL2などです[1]。これらは卵子の成熟から受精、初期の細胞分裂までの各段階に関わり、変異があると受精障害や胚の発生停止を引き起こします。より広くは卵母細胞成熟障害(OOMD)という枠組みで整理されています。こうした卵子側の因子は、次章で述べるように、原因が精子側か卵子側かを見きわめるうえで欠かせない視点です。
🧬 OADに関わる主な原因遺伝子
5. 原因は精子側か卵子側か ─ 見分け方
OADの治療方針は、原因が精子側か卵子側かで大きく変わります。そのため、どちらに問題があるのかを見きわめる検査が重要になります。ただし、現時点で臨床の場に広く使える確立した検査法はまだ限られているのが実情です[2]。
研究レベルで用いられているのが、患者さんの精子をマウスの卵子に注入し、カルシウムの波を起こせるかどうかを見るマウス卵子活性化試験(MOAT)や、精子の中のPLCζの量と配置を蛍光染色で調べる免疫染色です[2]。精子がマウス卵子を活性化できなければ精子側、活性化できるのに患者さんの卵子で受精しないなら卵子側、というように原因を切り分ける手がかりになります。あわせて、PLCZ1・WEE2などを対象とした遺伝子検査(全エクソーム解析など)で、原因となる変異を直接探すアプローチも進んでいます[1]。
6. AOA(人為的卵子活性化)という治療
精子側OADが疑われる適切な症例で検討される治療法が人為的卵子活性化(Artificial Oocyte Activation:AOA)です。精子がうまく起こせないカルシウムの上昇を、人の手で外から補ってあげる方法です[10]。
最も広く使われているのが、カルシウムイオノフォアという薬剤を使う化学的な方法です。ICSIの直後に、A23187(カルシマイシン)やイオノマイシンといった薬剤を一定時間(一般に10〜30分程度)作用させ、卵子内のカルシウム濃度を人工的に引き上げます[9]。これによって、止まっていた受精のプロセスが動き出します。
日本の多施設研究が示した効果
AOAの効果は、日本で行われた大規模な多施設共同研究でも示されています。慶應義塾大学とJISART加盟の17施設が参加し、原因不明の低受精率を経験した198組のご夫婦を対象とした後方視的研究では、同じカップルにおける従来ICSI周期と、その後のICSI-AOA周期を比較しました[7]。その結果、胚移植あたりの生児獲得率は、ICSI-AOA群で18.0%(57/316)と、通常ICSI群の4.7%(4/85)より有意に高いことが示されました(オッズ比4.5、95%信頼区間1.6〜12.6)[7]。
過去に受精障害を経験した患者でのICSI-AOAの受精率改善
過去のICSIで受精障害を経験した患者における受精率の比較。左は全体的なAOAの効果、右は活性化薬剤(カルシマイシン vs イオノマイシン)の比較。
ICSI-AOA
(全体)
カルシマイシン
イオノマイシン
※受精率(%)の比較。左2本は全体的なAOAの受精率改善、右2本はTESE-ICSI周期での活性化薬剤どうしの比較にもとづく。
薬剤による違い ─ イオノマイシンとカルシマイシン
AOAに使うイオノフォアには、A23187(カルシマイシン)とイオノマイシンの2種類が主に用いられます。両者を比較した研究では、精巣内精子を用いるTESE-ICSIの周期で、イオノマイシン群の平均受精率が68.70%と、カルシマイシン群の57.16%より有意に高いことが報告されています(p=0.024)[8]。この研究では、臨床妊娠率もイオノマイシン群で高い傾向が示されました[8]。イオノマイシンはカルシウムを上昇させる力が強いことが、こうした差の一因と考えられています。ただし、施設ごとにプロトコルや使用薬剤が異なり、どの患者さんにどの薬剤が最適かは、なお研究が続いている段階です。
なお、AOAはすべての受精障害に等しく有効なわけではありません。とくにWEE2変異など卵子側が原因の場合、通常のAOAでは受精障害を克服できないことがあると報告されています[1]。カルシウムを外から補っても、その先の受精のしくみ自体が壊れているためです。だからこそ、前章で述べた「原因の見分け」が治療選択の前提になります。
7. AOAの安全性 ─ 何がわかっているか
AOAは自然の受精とは異なる方法でカルシウムを動かすため、その安全性はご夫婦にとって最も気になる点です。現在得られているエビデンスを、正確にお伝えします。
複数の研究を統合したメタ解析では、カルシウムイオノフォアを用いたAOAが、流産率・先天奇形の発生率・出生時の男女比などを有意に上昇させなかったと報告されています[9]。前述の日本の多施設研究でも、流産・早産・胎児の先天奇形の割合は、AOA群と通常ICSI群で同程度でした[7]。国際的なガイドラインでも、AOAは受精障害や低受精率の患者さんなど、一定の条件を満たす場合に用いることが検討できる選択肢と位置づけられています[10]。
インプリンティング(遺伝子の刷り込み)への影響
🔍 関連記事:DNAメチル化/インプリンティング疾患
もう一つ議論されてきたのが、ゲノムインプリンティングへの影響です。インプリンティングとは、遺伝子が父由来か母由来かによって働き方が変わるしくみで、DNAメチル化という化学的な標識で制御されています。この標識が乱れると、まれに特定の疾患につながることが知られています。
💡 用語解説:ゲノムインプリンティング
私たちは同じ遺伝子を父・母から1つずつ持っていますが、一部の遺伝子は「どちらの親から来たか」で働き方が変わります。これがインプリンティングで、精子・卵子ができる過程でDNAメチル化という目印として書き込まれます。この目印の異常は、インプリンティング疾患とよばれる病気につながることがあります。
ヒトの胚を調べた研究では、興味深い結果が得られています。AOAを行った胚では、通常のICSIと比べて分割期胚(初期の胚)の段階でSNRPNやH19といったインプリンティング遺伝子のメチル化率に違いが見られたものの、胚盤胞(さらに育った胚)や胎盤の段階では、その違いが見られなくなったと報告されました[11]。少なくともこの研究では、初期胚で認められたメチル化の差は、胚盤胞や胎盤では確認されませんでした。この研究の著者らは、AOAを行う場合には胚盤胞まで育ててから移植すること(胚盤胞移植)を検討するよう推奨しています[11]。
とはいえ、これらの研究はいずれもサンプル数が限られており、長期的な安全性を確定するにはさらなる検証が必要です。AOAは有望な治療である一方、その適応は慎重に判断すべきもの、というのが現在の位置づけです[10]。
8. これからの治療 ─ 原因に応じた次世代の選択肢
現在広く用いられるカルシウムイオノフォアによるAOAは、原因そのものを修復するのではなく、卵子内のCa2+上昇を人為的に補う方法です。しかし研究の最前線では、原因そのものを狙い撃ちする、より生理的な治療が模索されています。
その一つが、組換えヒトPLCζタンパク質を使う方法です。精子側のPLCζが欠けているのなら、足りないPLCζそのものを卵子に補えばよい、という発想です。研究では、精子由来の変異型PLCζでは卵子を活性化できないのに対し、正常な組換えヒトPLCζタンパク質を注入すると、受精のときに見られる特徴的なカルシウムの波が再現され、卵子活性化と初期発生が回復することが示されています[12]。イオノフォアが単純にカルシウムを一度上げるだけなのに対し、PLCζは本来のリズミカルな波を再現できる点が、理論上の利点とされています。ただし、これはまだ研究段階の技術です。
卵子側が原因の場合には、前述のように正常なWEE2などのcRNAを注入して受精を回復させる試みも研究されています[4]。また、卵子側因子でAOAが効かないケースでは、健康な提供卵子の細胞質を用いる方法や、卵子・精子の提供といった選択肢が話し合われることもあります[1]。いずれも安全性の検証が前提であり、現時点で標準治療として確立したものではありません。
9. OADと遺伝診療のつながり
OADは、遺伝診療の現場と深くつながっています。冒頭で述べたとおり、OADには「①原因遺伝子を調べる診断」と「②遺伝形式にもとづく再発リスクの説明」という2つの側面で、遺伝カウンセリングが関わります。
PLCZ1やWEE2の変異による受精障害の多くは、両方の遺伝子コピーに変化がそろう常染色体潜性(劣性)遺伝です[4]。このため、原因遺伝子が特定できると、次のお子さんへの再発リスクや、ご夫婦それぞれのきょうだいが保因者である可能性など、家族計画に関わる情報を、事実にもとづいて整理できます。原因不明のまま同じ治療をくり返すのではなく、なぜ受精しないのかを分子レベルで理解することが、選択肢を広げる第一歩になります[1]。
当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にどのような意味を持つのか、そしてどのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。受精障害の背景にある遺伝的な要因が気になる方は、男性不妊症の遺伝子検査や女性不妊症の遺伝子検査もあわせてご相談いただけます。
よくある質問(FAQ)
🏥 受精障害・不妊に関わる遺伝子診断のご相談
くり返す受精障害や、その背景にある遺伝的な要因についての
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
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