InstagramInstagram

低カバレッジ全ゲノムシーケンス(CNV-seq/lpWGS)とは?仕組みとマイクロアレイとの違いをわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

出生前診断の現場でも、がんゲノム医療の最前線でも、いま静かに「第一選択(ファーストライン)」の座を塗り替えつつある検査技術があります。それが、ゲノム全体をあえて“浅く”読み取ってコピー数の変化を捉える低カバレッジ全ゲノムシーケンス(CNV-seq/lpWGS)です。少ないDNA量・短い納期・低コストでありながら、従来の染色体マイクロアレイ(CMA)と同等以上の診断力を示すことが大規模研究で実証されてきました。本記事では、その仕組みから出生前診断・がん医療での使われ方、そして「わからないこと(限界)」までを、臨床遺伝専門医が一般の方にもわかるように解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 CNV-seq・出生前診断・ゲノム解析
臨床遺伝専門医監修

Q. 低カバレッジ全ゲノムシーケンス(CNV-seq)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. ゲノム全体を0.1〜1倍という極めて浅い深さでまんべんなく読み取り、染色体の数の異常や、数十キロ〜数メガ塩基単位のコピー数変化(欠失・重複)を高感度に検出する次世代シーケンス技術です。出生前診断ではマイクロアレイ(CMA)と同等以上の診断収率を示し、約5%という低レベルのモザイクまで拾えます。ただし均衡型転座・三倍体(倍数性)・点変異は検出できず、別の検査が必要です。

  • 仕組みの正体 → ゲノムを区画(ビン)に分け、各区画のリード数の増減から「量」の変化を推定
  • 出生前での強み → CMAと同等以上の診断収率に加え、再検査率が低く、必要DNA量も少ない
  • トリオ解析 → 両親も同時に浅く読むことで、コピー数が正常な片親性ダイソミー(UPD)まで判別可能に
  • がんへの応用 → ctDNAの腫瘍分画推定、HRDシグネチャ、劣化したFFPE検体のコピー数解析
  • 未解決の課題 → 均衡型転座・倍数性は原理的に検出不可、VUSの増加、CPMの解釈

\ 出生前診断・遺伝子検査について専門医に相談したい方へ /

📅 遺伝カウンセリングを予約する

出生前診断・遺伝子検査に関するご相談:遺伝子検査について

1. 低カバレッジ全ゲノムシーケンス(CNV-seq/lpWGS)とは

ゲノムの異常を調べる検査は、長らく「コスト」「解像度」「処理量(スループット)」の三つを同時には満たせない、というジレンマを抱えてきました。一塩基の変化まで確実に読むには30〜50倍という深いシーケンス(高深度WGS)が必要ですが、それには膨大な費用と計算資源がかかり、何万人規模のスクリーニングには向きません。この三すくみを一気にほどいたのが、ゲノム全体を0.1〜1倍という極めて浅い深さでまんべんなく読み取る低カバレッジ全ゲノムシーケンス(Low-pass WGS、出生前領域ではCNV-seqとも呼ばれます)です。

一見すると「そんなに浅くて何がわかるのか」と思われるかもしれません。けれども、近年の統計アルゴリズムと組み合わせることで、この”スカスカ”のデータから最高峰のマイクロアレイやジェノタイピングアレイを上回る情報量を引き出せることが、数多くの研究で実証されてきました[10]。少ないDNA量で済み、納期が短く、劣化した検体でも解析できるという実務上の利点も大きく、出生前診断・がん医療・集団遺伝学へと応用範囲が爆発的に広がっています。

💡 用語解説:カバレッジ(深度)とは

カバレッジ(depth/深度)とは、ゲノム上の同じ位置を「平均で何回重ねて読んだか」を示す数字です。30倍(30x)なら同じ場所を平均30回読んでいる計算で、これだけ重ねれば一塩基の違いも自信を持って判定できます。CNV-seqの0.1〜1倍は、ほとんどの場所を0回または1回しか読まないという極端な浅さです。一塩基ずつを確定するには足りませんが、「区画ごとに何本のリードが落ちたか」という“量”の集計には十分で、ここに浅く読む戦略の妙があります。詳しくはカバレッジとデプスの解説もご覧ください。

この検査が遺伝診療と直接つながるのは、主に三つの場面です。ひとつは出生前診断で、羊水や絨毛から得た胎児細胞のコピー数変化を確定診断します。ふたつめは母体血を使うNIPT(新型出生前診断)のスクリーニングで、これも浅く読む技術が土台です。みっつめはがんゲノム医療で、血液中を流れる腫瘍由来DNAの解析に使われます。いずれも、結果の意味づけには遺伝カウンセリングが欠かせません。

2. 仕組み:浅く読んで「量」の変化を捉える

CNV-seqの解析は、まずDNAをランダムに細かく断片化し、ごく浅く読み取るところから始まります。得られた生データは品質管理(QC)でノイズや偏りを取り除き、ヒトの基準ゲノム(リファレンス)の上に正しく位置づけ(アライメント)します。この地図合わせの正確さが、後の判定の信頼性をすべて支えます。

ここから解析は、目的に応じて二つの道に大きく分かれます。一塩基単位の違い(SNVなど)を知りたい場合は、後述する遺伝子型インピュテーションで「読まずに当てる」アプローチを取ります。一方、染色体の過不足やコピー数変化を知りたい場合は、ゲノムを区画に区切ってリードの本数を数えるビン化リードカウントという、まったく別の統計手法を使います。CNV-seqという呼び名は、後者のコピー数解析を指して使われることが多い言葉です。

💡 用語解説:ビン(Bin)とリードカウント

ビンとは、ゲノムを一定の長さ(例えば50キロ塩基や1メガ塩基)ごとに区切った「区画」のことです。CNV-seqは各ビンに何本のリードが落ちたかを数えます。シーケンスが全体に均一だと仮定すると、あるビン群でリード数が周囲より増えていれば重複(コピー増加)、逆に減っていれば欠失(コピー減少)を意味します。この増減の連なりを読み解くことで、欠失や重複の始まりと終わりを数万塩基の精度で割り出せます。

CNV-seqの原理:ビンごとのリード数で「量」の変化を捉える ゲノムを一定の区画(ビン)に分け、各区画に落ちたリードの本数を数える 正常(2コピー)の基準 欠失:リード数が減少 重複:リード数が増加 染色体上の位置(ビンごと)→

灰色は正常(2コピー)の区画。リード数が基準より減れば欠失(赤)、増えれば重複(青)を意味する。CNV-seqは「配列を読む」のではなく「量を数える」検査である。

3. SNVを「読まずに当てる」:遺伝子型インピュテーション

浅く読むと、ほとんどの場所はリードが0回か1回しか当たりません。そのままでは、その位置が父型と母型の組み合わせ(ヘテロ接合)なのか、同じ型ばかり(ホモ接合)なのかを判定できません。この欠けた情報を統計の力で埋め戻し、高解像度のゲノム像を再構築する中核技術が遺伝子型インピュテーションです。

💡 用語解説:遺伝子型インピュテーション

インピュテーション(補完)とは、実際には読めていない場所のバリアントを、統計的に「高い確率でこうだろう」と推定する技術です。ヒトのゲノムはランダムに混ざるのではなく、近くにあるバリアントが一塊(ハプロタイプ)として一緒に受け継がれる傾向(連鎖不平衡:LD)があります。数千〜数万人の高深度データから作った「参照パネル」(1000人ゲノム計画やHRCなど)の中から、観測できたわずかな目印に合う型のパターンを探し当て、未観測の場所を埋めていくのです。

代表的なアルゴリズムにGLIMPSE・QUILT・STITCHがあります。GLIMPSEとQUILTは大規模な参照パネルを使い高精度かつ高速に補完します。STITCHは外部パネルに頼らず、対象集団そのもののデータからハプロタイプを組み立てる「リファレンスフリー」型で、整ったパネルがない野生動物や希少集団で威力を発揮します。連鎖不平衡やハプロタイプの考え方は多遺伝子リスクスコア(PRS)の解説でも詳しく扱っています。

この「浅く読んで補完する」組み合わせは、最高峰のジェノタイピングアレイと比べてもゲノムワイド関連解析(GWAS)の検出力を大きく高め、PRSの予測精度を改善することが示されています[7]。アレイは設計段階で選んだ目印しか見られませんが、CNV-seqはゲノム全体を広く拾うため、アレイでは探知できない新規バリアントまで回復できるのが強みです。

4. CNVを検出するアルゴリズム:WISECONDORの革新

ビン化リードカウントには弱点があります。シーケンスの読みやすさはGC含量の偏りや実験ごとのばらつき(バッチ効果)の影響を受けるため、ノイズを補正しないと偽陽性が増えてしまいます。この課題を解決し、特に母体血のセルフリーDNA解析で大きな転換点となったのがWISECONDORというアルゴリズムです[3]

従来は、検査のたびに健常コントロールを並行して読み直す必要がありました。WISECONDORは「サンプル内比較」という発想を導入し、解析対象サンプル自身の中で、似た振る舞い(同じようなGC特性)を示す他の染色体上の領域と直接比べることで、外部コントロールを不要にしました。後継のWisecondorXは計算手法を改良して実行時間を大幅に短縮し、性別の自動判別や主成分分析(PCA)によるノイズ除去を組み込み、より微細な変化を高解像度で捉えられるようになりました[4]

💡 用語解説:コピー数変異(CNV)とは

私たちのDNAは、父由来と母由来で同じ領域を通常2コピーずつ持っています。このコピーの数が増えたり(重複)減ったり(欠失)する変化がコピー数変異(Copy Number Variation:CNV)です。数キロ塩基から数メガ塩基まで幅があり、その領域に含まれる遺伝子の量が変わることで、発達障害や先天異常の原因になることがあります。CNV-seqは、このCNVを見つけることに最も特化した検査です。詳しくはCNVの解説ページをご覧ください。

さらに発展形のWisecondorFFは、母体血中の胎児由来DNAが母体由来より少し短いという生物学的特徴に着目しました。リードの「量」に加えて「断片の長さ」という独立した二つの情報を統合することで感度を飛躍的に高め、胎児由来DNAの割合(胎児分画)が2%未満という厳しい条件でも21トリソミーを確実に検出できるようになりました[5]

5. 出生前診断での有用性:核型分析・CMAとの比較

出生前の染色体検査は、長らく顕微鏡で染色体を観察するG分染法(核型分析)が標準でした。しかし顕微鏡の解像度は約5〜10メガ塩基が限界で、それより小さな微小欠失・微小重複は見逃されてしまうという致命的な弱点がありました。この隙間を埋めたのがCMA(染色体マイクロアレイ)で、いまその次の第一選択として急速に広がっているのがCNV-seqです。

CMAはチップ上に固定したプローブに依存するため、プローブのない領域は原理的に調べられません。これに対しCNV-seqはゲノム全体からまんべんなくリードを取り、事前の仮説に縛られない包括的な視野を提供します。1,000名規模の並行比較研究では、CNV-seqはCMAで見つかった病的・病的疑いのCNVや数の異常を100%の感度ですべて検出し、さらにCMAでは拾えなかった臨床的に意味のあるCNVを約1.7%追加で同定しました[1]。技術的な再検査率もCMAより低く、必要DNA量も少量で済むことが示されています。

比較項目 核型分析(G分染法) CMA CNV-seq(lpWGS)
基本原理 分裂期染色体の顕微鏡観察 既知プローブへのハイブリダイゼーション 全ゲノムの浅いシーケンスとリード深度解析
解像度 低(約5〜10メガ塩基以上) 高(プローブ密度に依存、通常50〜100キロ塩基) 高(均一なゲノムカバレッジ)
事前のターゲティング 不要(全体を俯瞰) 必要(設計済みプローブに限定) 不要(全ゲノムをアンバイアスに解析)
低レベルモザイク 培養アーティファクトの影響を受けやすい 概ね20%程度が限界 約5〜10%まで検出可能
均衡型転座・倍数性 均衡型転座・三倍体を検出可能 均衡型転座は不可(SNP型は三倍体可) いずれも原理的に不可
所要時間・DNA量 長い(細胞培養に1〜2週間) 中程度 迅速・少量DNAで可能

出生前と出生後、スクリーニングと確定診断を分けて理解する

ここで非常に大切なのは、「スクリーニング検査」と「確定診断検査」、そして「出生前」と「出生後」を混同しないことです。NIPTはあくまでスクリーニングであり、確定診断ではありません。整理すると次のようになります。

🤰 出生前の検査

非侵襲的スクリーニング:NIPT(母体血で胎児由来DNAを調べる。あくまでスクリーニング)

確定診断:絨毛検査・羊水検査で得た胎児細胞のCNV-seqまたはCMA。G分染法では検出できない微小欠失も確定可能(学会指針では原則として超音波での構造異常がある場合などが対象)

👶 出生後の検査

確定診断:お子さんの血液からCNV-seqまたはCMA(微小欠失の確定はG分染法では困難)

網羅解析:原因が特定できない場合は全エクソーム解析(WES)などへ

なお当院でNIPTを受けた方には互助会(8,000円)が全員に適用され、万一陽性となった場合の羊水検査費用が全額補助されます。スクリーニングで気になる結果が出ても、確定診断まで安心して進めるための仕組みです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「解像度が高い=安心」ではありません】

出生前診断の遺伝カウンセリングをしていると、「いちばん細かく調べられる検査を」というご希望をよくいただきます。お気持ちはよくわかります。けれども、解像度が高いことと、知りたい答えにたどり着けることは、必ずしも同じではありません。CNV-seqは感度が上がるほど、病的か無害か判断のつかない「グレーな結果」も増えるという、避けられない一面を持っています。

妊娠という人生で最も繊細な時期に「意味のわからない変化が見つかりました」とお伝えするのは、専門医にとっても重い瞬間です。だからこそ私は、検査の前に「不確実な結果が出る可能性」をきちんと共有することに、いちばん時間をかけています。検査は答えを買うものではなく、考える材料を一緒に集めるもの。その伴走こそが大切だと考えています。

6. モザイクとUPDの検出:CNV-seqの真価

出生前診断で最も解釈が難しく、影響も大きいのがモザイクです。受精卵が分裂する過程のエラーで、正常な細胞と異常な細胞が混ざり合った状態を指します。CMAは蛍光シグナルの比から推測するため、異常細胞の割合が約20%を下回る低レベルモザイクは信頼性をもって拾うのが難しいとされてきました。

低レベルモザイクの検出下限:CNV-seq と CMA の比較

数値が低いほど、より微量なモザイクまで検出できる(=高感度)

約5%
約20%

CNV-seq(lpWGS)

CMA(マイクロアレイ)

CNV-seqは培養を必要としないため、異常細胞の割合が約5〜6%という低レベルのモザイクまで統計的に捉えられます。なお核型分析は細胞単位で観察できる一方、培養中に特定の細胞株が優先的に増える「培養アーティファクト」の影響を受けやすく、感度が不安定になります。

67例のモザイクサンプルを対象とした研究では、CNV-seqはCMAと比べて34.88%も多くのモザイク症例を追加で診断し、その大部分はCMAの検出限界を下回る低レベルモザイクでした[6]。培養を介さない直接的なDNA解析であることが、この感度を支えています。

💡 用語解説:片親性ダイソミー(UPD)

通常は父母から1本ずつ受け継ぐ染色体を、片方の親から2本受け継いでしまう状態が片親性ダイソミー(UPD)です。コピー数は2本のままなので、量を測るだけの標準的なCNV-seqでは見えません。けれど15番染色体のUPDはプラダー・ウィリ症候群やアンジェルマン症候群の原因になるなど、臨床的に非常に重要です。詳しくはUPDの解説をご覧ください。

標準的な浅い深度のCNV-seqは、コピー数は正常なのに配列の由来が偏るUPDやヘテロ接合性の消失(LOH)を、長らく苦手としてきました。この壁を突破したのがトリオ解析(家系に基づく低深度解析)です。胎児だけでなく両親のDNAも同時に浅く読み、親子間の共通・差異のある目印を比較することで、ある染色体が一方の親に偏って受け継がれていないかを統計的に見抜きます[9]。これにより、CNV-seqの低コスト・高速というワークフローを変えずにUPDまで判別できるようになり、CMAを真に代替し得る包括的なプラットフォームへと成熟しました。

7. がん領域への応用:sWGS・HRD・リキッドバイオプシー

浅く読む技術の応用は出生前にとどまりません。がんはゲノムが不安定になる病気で、進行とともに多数の増幅や欠失が蓄積します。浅い全ゲノムシーケンス(sWGS)で腫瘍ゲノム全体のコピー数プロファイルを描くと、相同組換え修復欠損(HRD)に特徴的な「コピー数シグネチャ(傷跡)」を低コストで素早く検出できます[14]

HRDの有無は、PARP阻害剤という分子標的薬が効きやすいかどうかを予測する強力なバイオマーカーです。BRCA1/2変異などで相同組換えによる正確なDNA修復ができないがん細胞は、ゲノム全体に特有のスカーを残します。sWGSはこれを地図化し、最適な治療方針の決定を後押しします。また、ホルマリン固定で激しく断片化したFFPE検体からでも、相対的なリード深度の変動なら計算できるため、何十年も保管されたがん組織から新たな知見を掘り起こせる点も大きな利点です。

💡 用語解説:腫瘍分画とichorCNA

血液中には、がん細胞が壊れて放出した微量のDNA(ctDNA)が流れています。ichorCNAという統計モデルは、sWGSのデータからゲノム全体のコピー数の変動を解析し、血漿中のセルフリーDNAのうち何%が腫瘍由来か(腫瘍分画)を推定します。この数値を経時的に追えば、微小残存病変(MRD)の監視や再発の早期発見、治療効果の非侵襲的なチェックが可能になります。当院のリキッドバイオプシー検査も、この考え方に基づくゲノムワイドなCNV解析です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【がんの現場と出生前の現場をつなぐ「同じ技術」】

私はがん薬物療法専門医として、血液中のctDNAから腫瘍の動きを追うリキッドバイオプシーの臨床に携わってきました。同じ「ゲノムを浅く読んで量の変化を捉える」技術が、出生前の赤ちゃんの染色体を調べるCNV-seqと地続きであることに、いつも不思議な縁を感じます。がんの再発を早く見つける技術と、新しい命の染色体を調べる技術が、根っこで同じ発想でつながっているのです。

大切なのは、技術はあくまで道具だということです。腫瘍分画の数字も、胎児のコピー数の結果も、それ自体が答えを与えてくれるわけではありません。その数字を、目の前の方の人生の意思決定にどうつなげるか——そこに臨床医の本当の仕事があると、私は考えています。

8. 集団遺伝学とガイドラインの整備

CNV-seqの波は人の医療を越えて、進化生物学や保全遺伝学、動植物の育種にも広がっています。商用のSNPアレイは、設計段階で「情報量が多い」と選ばれた目印(その多くはヨーロッパ系集団で選定)に依存するため、アサーテインメントバイアス(確認バイアス)という構造的な弱点があります。アレイに載っていない新規・希少なバリアントや、非ヨーロッパ系集団に特有のバリアントは、原理的に見逃されてしまうのです。

CNV-seqは事前のマーカー選択を廃したアンバイアスなアプローチで、この偏りを乗り越えます。たとえば大型犬グレート・デーンの先天性巨大食道症の研究では、平均約1倍の浅い読み取りデータと参照ゲノムからの補完によって、商用アレイでは見落とされていた調節バリアントやVNTR(可変反復配列)アレルという主要な関連座位の同定に成功しました[8]。アレイが整っていない非モデル生物の複雑形質解析で、いかに費用対効果が高いかを物語る成果です。

エビデンスの蓄積を受け、国際的な専門機関も動いています。米国遺伝医学会(ACMG)は、生殖細胞系列の構造バリアント検出に関する見解の中で、lpWGSはマイクロアレイと少なくとも同等の診断収率を提供し、さらに高解像度の恩恵をもたらし得る「手頃で強力なCNV検出法」であると位置づけています[11]。臨床実装が最も進む中国では、2019年に専門家コンセンサスがlpWGSを第一選択の診断検査として推奨し、2024年1月には羊水検体向けのCNV-seq検出キットが国家承認を受けるという歴史的なマイルストーンを迎えました[13]

9. 限界と注意点:CNV-seqで「わからないこと」

CNV-seqは万能ではありません。最大の制約は、コピー数(量)が変わらない異常は検出できないことです。DNAの総量が変わらない均衡型転座や逆位は、リード数の増減を起こさないため原理的に探知できません。不妊や反復流産の原因究明で均衡型構造異常が疑われる場合は、いまも核型分析や高深度WGSによる切断点の直接マッピングが必要です。

💡 注意:三倍体(倍数性)も見逃します

ゲノム全体が均等に1.5倍になる三倍体(69本)は、流産絨毛などでしばしば見られる重要な異常です。ところがリード深度だけを見るCNV-seqでは、すべての区画が同じ割合で動くため、相対的な差が出ず検出できません。均衡型転座と並ぶ盲点で、SNP情報を読めるアレイや核型分析が必要になります。検査の選択を誤らないことが、最短で正確な診断にたどり着く鍵です。

また、嚢胞性線維症やデュシェンヌ型筋ジストロフィーのように点突然変異(一塩基の変化)や微細なインデルが原因となる単一遺伝子疾患の確定には、浅い深度では不十分です。こうした場合は全エクソーム解析(WES)や深いカバレッジのターゲットパネルが必要です。

解像度が上がることで、病的か良性か判断のつかない意義不明バリアント(VUS)の報告も増えます。さらに、CNV-seqが誇る低レベルモザイクの高感度は諸刃の剣でもあります。羊水や絨毛から検出された10%未満の小さなモザイクが、胎盤だけに限られた変異(限局性胎盤モザイク:CPM)なのか、胎児本体に及ぶ重篤なモザイクなのかを、DNA情報だけで完全に見分けるのは生物学的に困難です。確定のための直交的な検証(FISH法など)を適切に組み合わせ、不確実性を正確に伝える遺伝カウンセリング体制が欠かせません。限局性胎盤モザイク(CPM)の解説もあわせてご覧ください。

よくある誤解

誤解①「浅く読むなら精度が低いはず」

一塩基を確定するには浅すぎますが、コピー数(量)の解析には十分です。大規模研究ではCMAの病的CNVを100%の感度で検出し、追加診断まで得ています。目的に合えば、浅さは弱点ではありません。

誤解②「NIPTもCNV-seqも同じ確定診断」

同じ技術を使っても役割が違います。母体血のNIPTはスクリーニング、羊水・絨毛の細胞を使うCNV-seqは確定診断です。段階の異なる別の検査として理解する必要があります。

誤解③「これ1つで全部わかる」

均衡型転座・三倍体・点変異は検出できません。何でもわかる万能検査ではなく、核型分析やWESと組み合わせる必要があります。

誤解④「結果が出れば白黒はっきりする」

実際には病的か無害か判断できないVUSや、CPMのような解釈の難しい所見が一定の割合で見つかります。だからこそ検査前のカウンセリングが大切です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【検査は「組み合わせて設計する」もの】

CNV-seq・CMA・核型分析・WES——出生前から、がん、希少疾患まで、ゲノムを調べる選択肢はこの数年で驚くほど増えました。情報があふれる時代だからこそ、「いちばん新しい検査」「いちばん細かい検査」を選べば安心、という誤解も生まれやすくなっています。

けれど本当に大切なのは、何を知りたいのか、その答えにどの検査が最短でたどり着けるのか、という設計です。臨床遺伝専門医として文献を踏まえつつ私が心がけているのは、無駄な検査を重ねさせず、目的に合った検査を順番に、納得のうえで選んでいただくこと。迷ったときは、どうぞ気軽にご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. CNV-seqとマイクロアレイ(CMA)は何が違うのですか?

どちらもコピー数変化(CNV)を高解像度で調べる検査ですが、CMAはチップ上のプローブに依存するのに対し、CNV-seqはゲノム全体を浅くシーケンスして事前の仮説に縛られず解析します。大規模研究ではCNV-seqはCMAの病的CNVを100%検出し、追加診断や低い再検査率、少ない必要DNA量という利点も示されています。検査の選択は目的・症状に応じて専門医が設計します。

Q2. CNV-seqとNIPTは同じものですか?

土台となる「浅く読む」技術は共通していますが、役割が異なります。NIPTは母体血の胎児由来DNAを調べるスクリーニング検査で、確定診断ではありません。羊水・絨毛で得た胎児細胞のCNV-seqは確定診断にあたります。NIPTで気になる結果が出た場合、確定のために羊水検査・絨毛検査が選択肢になります。

Q3. CNV-seqで検出できない異常は何ですか?

コピー数(量)が変わらない異常は苦手です。具体的には均衡型転座・逆位、ゲノム全体が1.5倍になる三倍体(倍数性)、そして一塩基単位の点突然変異や微細なインデルです。これらが疑われる場合は、核型分析・FISH法・全エクソーム解析(WES)など別の検査を組み合わせます。

Q4. 標準のCNV-seqでも片親性ダイソミー(UPD)はわかりますか?

標準的な浅い深度では、コピー数が正常なUPDを直接判定するのは困難です。ただし両親も同時に浅く読むトリオ解析を用いると、親子間の目印を比較してUPDを高い信頼性で判別できます。これによりCNV-seqの守備範囲はさらに広がりました。

Q5. モザイクはどのくらい低い割合まで検出できますか?

CMAは概ね20%程度が限界とされますが、培養を必要としないCNV-seqはモザイクを約5〜6%まで捉えられます。ただし、検出された低レベルモザイクが胎盤だけのもの(CPM)か胎児本体に及ぶものかの区別は難しく、FISH法などによる追加確認と丁寧な遺伝カウンセリングが重要です。

Q6. CNV-seqはがんの検査にも使えますか?

はい。浅い全ゲノムシーケンス(sWGS)は、腫瘍ゲノム全体のコピー数プロファイルからHRD(相同組換え修復欠損)のシグネチャを検出したり、劣化したFFPE検体を解析したりするのに有用です。さらに血液中のctDNAを使うリキッドバイオプシーでは、腫瘍分画の推定や再発モニタリングに応用されています。

Q7. VUS(意義不明な結果)が出たらどうすればよいですか?

VUSは「病的か無害か現時点では判断できない」結果です。有効な対応の一つが両親も同時に調べるトリオ検査で、受け継いだものか新たに生じたものかを比較します。VUSは医学の進歩とともに再分類されることもあり、結果の長期的な再評価と、臨床遺伝専門医によるカウンセリングが重要です。

Q8. CNV-seqはミネルバクリニックで相談できますか?

当院は臨床遺伝専門医が在籍し、NIPTから確定検査、遺伝カウンセリングまで一貫して対応しています。検査の選び方や結果の解釈について、お一人おひとりの状況に合わせてご説明します。なお当院でNIPTを受けた方には互助会(8,000円)が全員に適用され、陽性時の羊水検査費用が全額補助されます。まずは遺伝カウンセリングでご相談ください。

🏥 出生前診断・ゲノム検査のご相談

CNV-seq・NIPT・羊水検査・がんゲノム検査など
検査の選び方や結果の解釈は
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

  • [1] Low-pass genome sequencing versus chromosomal microarray analysis: implementation in prenatal diagnosis. PMC. [PMC7042067]
  • [2] Genotype imputation from low-coverage data for medical and population genetic analyses. PMC. [PMC12400947]
  • [3] WISECONDOR: detection of fetal aberrations from shallow sequencing maternal plasma based on a within-sample comparison scheme. PMC. [PMC3950725]
  • [4] WisecondorX: improved copy number detection for routine shallow whole-genome sequencing. PMC. [PMC6393301]
  • [5] WisecondorFF: Improved Fetal Aneuploidy Detection from Shallow WGS through Fragment Length Analysis. PMC. [PMC8774687]
  • [6] Integrated CNV-seq, karyotyping and SNP-array analyses for effective prenatal diagnosis of chromosomal mosaicism. PMC. [PMC7905897]
  • [7] Low-pass sequencing increases the power of GWAS and decreases measurement error. PMC. [PMC8015847]
  • [8] GWAS using low-pass whole genome sequence reveals a novel locus in canine congenital idiopathic megaesophagus. PMC. [PMC10600401]
  • [9] Trio-Based Low-Pass Genome Sequencing Reveals Characteristics and Significance of Rare Copy Number Variants in Prenatal Diagnosis. Frontiers in Genetics. [Frontiers]
  • [10] Low-Pass Genome Sequencing: Validation and Diagnostic Utility from 409 Clinical Cases for the Detection of Copy Number Variants to Replace Constitutional Microarray. J Mol Diagn. 2020. [ScienceDirect]
  • [11] Points to consider in the detection of germline structural variants using next-generation sequencing: A statement of the ACMG. Genet Med. [ScienceDirect]
  • [12] China’s first “Chromosomal Aneuploidy and Microdeletion Detection Kit” for CNV-seq officially approved. Annoroad. 2024. [Annoroad]
  • [13] Prenatal Whole-Genome Sequencing for Fetal Anomalies: Diagnostic Performance, Challenges, and Clinical Implications. Int J Mol Sci (MDPI). [MDPI]
  • [14] Shallow whole genome sequencing for robust copy number profiling of formalin-fixed paraffin-embedded breast cancers. PubMed. [PubMed 29608913]

関連記事

用語解説染色体マイクロアレイ(CMA)とはCNV-seqの主要な比較対象であるCMAの仕組み・適応・限界を解説します。用語解説コピー数変異(CNV)とはCNV-seqが最も得意とするコピー数変化の基本概念をやさしく解説します。用語解説片親性ダイソミー(UPD)トリオ解析で判別できるUPDの仕組みと関連疾患を解説します。検査NIPT(新型出生前診断)母体血で行う非侵襲的スクリーニングの仕組みと当院の方針を解説します。検査羊水検査・絨毛検査出生前にCNV-seqやCMAを行うための確定検査の内容と費用を解説します。検査リキッドバイオプシー血液中のctDNAから腫瘍の動きを追う、がんゲノム検査を解説します。

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

お電話での受付可能
診療時間
午前 10:00~14:00
(最終受付13:30)
午後 16:00~20:00
(最終受付19:30)
休診 火曜・水曜

休診日・不定休について

クレジットカードのご利用について

publicブログバナー
 
medicalブログバナー
 
NIPTトップページへ遷移