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B7-H3(CD276)とは? 次世代がん免疫療法の標的を遺伝専門医が徹底解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

がんの治療は、この10年で大きく変わりました。免疫チェックポイント阻害薬という、体の免疫にがんを攻撃させる薬が登場したからです。ところが、この薬が効かない患者さんも少なくありません。そこで新たな治療標的として注目されているのが、B7-H3(ビーセブン・エイチスリー/別名CD276)というタンパク質です。B7-H3は、多くのがんで高発現する一方、多くの正常組織ではタンパク質発現が低いという、治療標的として有利な性質を持っています。この記事では、B7-H3とは何か、なぜがん治療の標的として期待されているのか、そして抗体薬物複合体やCAR-T細胞療法といった最新の治療とどうつながるのかを、臨床遺伝学の観点も含めて解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 B7-H3・免疫チェックポイント・がん免疫療法
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. B7-H3(CD276)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. B7-H3(CD276)とは、多くのがん細胞で高発現する一方、多くの正常組織ではタンパク質発現が低い分子で、免疫の働きにブレーキをかける「免疫チェックポイント分子」のひとつです。正常組織とがん組織で現れ方に大きな差があるため、がんだけを狙い撃ちしやすく、抗体薬物複合体(ADC)やCAR-T細胞療法など、次世代のがん治療の標的として世界的に開発が進んでいます。免疫を抑えるだけでなく、がんそのものの増殖や転移、薬への抵抗性にも関わる「多機能な」タンパク質であることもわかってきました。

  • ➤正体 → 多くの固形がんに過剰に現れ、免疫にブレーキをかける免疫チェックポイント分子(別名CD276)
  • ➤理想的な標的 → 多くの正常組織でタンパク質発現が低いため、腫瘍選択的な標的になりうる
  • ➤多機能 → 免疫抑制だけでなく、増殖・転移・血管づくり・薬剤耐性にも関わる
  • ➤冷たく硬い腫瘍 → 免疫細胞が入り込みにくい「装甲化された冷たい腫瘍」をつくり、既存の免疫療法が効きにくくなる
  • ➤最新治療 → 小細胞肺がんなどでADC「イフィナタマブ デルクステカン」が高い奏効率を示している

🧬 B7-H3(CD276)の基本情報

項目 内容
読み方・別名 ビーセブン・エイチスリー。別名CD276(シーディー・ニーナナロク)。「B7ファミリー」に属する第3のホモログ(相同分子)という意味
分類 I型膜貫通タンパク質。免疫の強さを調整する免疫チェックポイント分子のひとつ
遺伝子の場所 第15番染色体の長腕(15q24.1)にあるCD276遺伝子
現れる場所 多くの正常組織ではタンパク質発現が低い。肺がん・前立腺がん・乳がん・大腸がん・神経芽腫・神経膠腫など多くの固形がんで過剰に現れる[1]
主なはたらき 免疫にブレーキをかける一方、がんの増殖・転移・血管づくり・薬剤耐性も後押しする「多機能」分子
医療との関わり ADC・CAR-T細胞療法・二重特異性抗体など、次世代がん治療の標的として臨床試験が進行中

※本記事は一般の方と、がん・遺伝診療に関わる方の両方に向けた用語解説です。特定の検査や治療を勧めるものではありません。

1. B7-H3(CD276)とは ─ がん免疫療法の「次の標的」

B7-H3は、がん細胞の表面にたくさん現れて、免疫の攻撃力にブレーキをかけるタンパク質です。免疫の「アクセル」と「ブレーキ」を切り替えるこうしたスイッチを、まとめて免疫チェックポイントと呼びます。がんはこのブレーキを悪用して、免疫の攻撃から逃れています。

これまでのがん免疫療法は、PD-1やPD-L1、CTLA-4といった別のブレーキを外す薬が主役でした。これらは大きな成功を収めましたが、最初から効かない患者さんや、いったん効いても後から効かなくなる患者さんが多く残されています。そこで、PD-1などとは違う「もうひとつのブレーキ」を外せないかと探された結果、有力候補として浮かび上がったのがB7-H3です[1]。

💡 用語解説:免疫チェックポイント分子

免疫チェックポイント分子とは、免疫細胞(とくにT細胞)が働きすぎて自分の体を傷つけないよう、免疫にブレーキをかける分子のことです。本来は自己免疫を防ぐ大切な仕組みですが、がんはこのブレーキを利用して免疫から逃げます。ブレーキを外して免疫を再びがんに向かわせる薬が「免疫チェックポイント阻害薬」です。

B7-H3が「理想的な標的」と言われる最大の理由は、その現れ方にあります。多くの正常組織ではB7-H3タンパク質の発現が低い一方、多くのがん細胞や腫瘍血管では高発現します[1]。この「正常組織とがんの差」が大きいほど、正常な細胞を傷つけずにがんだけを攻撃しやすくなります。B7-H3は、この発現差を利用して腫瘍を標的化できる候補として開発が進められています。

2. 名前と構造 ─ 「B7ファミリーの3番目」という意味

「B7-H3」という名前は、免疫にかかわる「B7ファミリー」というタンパク質のグループに属し、その3番目のホモログ(B7 Homolog 3=よく似た仲間)であることを意味します。細胞表面の分子を番号で整理するCD分類では、CD276という番号が付けられています。この2つは同じ分子の別名です。

B7-H3は、細胞膜を1回だけ貫いて外に頭を出しているI型膜貫通タンパク質です。その設計図であるCD276遺伝子は、第15番染色体の長腕(15q24.1)にあります。当初は、細胞の外側に免疫グロブリンに似た部品(IgV様ドメインとIgC様ドメイン)を1組だけ持つ「2Ig-B7-H3」として見つかりました。しかしその後、ヒトではエクソンの重複によって、この部品が2組くり返された「4Ig-B7-H3」が主要な形(アイソフォーム)であることがわかりました[1]。脳や胎盤を除くほとんどの正常組織やがん細胞では、この4Ig型が主に現れています。

💡 用語解説:アイソフォームとエクソンの重複

同じ遺伝子から、部品の組み合わせを変えて作られる「少しずつ違うタンパク質」をアイソフォームといいます。遺伝子の中でタンパク質の設計情報を担う部分を「エクソン」と呼び、これが2重にコピー(重複)されると、同じ部品がくり返された長い分子ができます。B7-H3では、これによってドメインが2組になった4Ig型が生まれました。

B7-H3は、2つの分子がペアになった二量体(ダイマー)をつくる性質があり、相手の分子と結合するときに柔軟に形を変えると考えられています。とくにIgVドメインの中にある「FGループ」と呼ばれる部分は、免疫を抑える働きのかなめで、ここに変化を加えるとT細胞への抑制作用がほぼ完全に失われることが確かめられています[1]。4Ig型はドメインが2組あるぶん、2つの相手と同時に結合できる可能性も指摘されています。

3. 受容体の謎 ─ 「相手」がまだ確定していない

B7-H3の仕組みを完全に解き明かすうえで、最大の壁になっているのが「結合する相手(受容体)がまだ確定していない」ことです。ふつう、B7-H3のような分子(リガンド)は、相手の受容体にはまることで信号を伝えます。ところがB7-H3の場合、その相手が誰なのかが長らく特定できていません[1]。

研究の初期には、B7-H3はむしろT細胞を元気にする「アクセル役(共刺激分子)」だと報告され、TLT-2という分子がその受容体だと提唱されました。しかしその後の追試で、ヒトのB7-H3とTLT-2は結合しないことが強く示され、この説は否定的に見られるようになりました。現在では、B7-H3は主にT細胞にブレーキをかける「共抑制分子」として働く、という見方が主流です[1]。

近年は、細胞表面の分子どうしの結合を網羅的に調べる技術が進み、新しい受容体候補として、IL-20受容体のサブユニット(IL-20RA)や、PLA2R1、AAMPといった分子が挙がってきました[1]。ただし、これらがB7-H3の多彩な働きをすべて説明できるかは不明で、複数の未知の受容体が状況に応じて使い分けられている可能性も考えられています。相手が確定していなくても治療の標的にはできる、という点も、B7-H3という分子の特徴的なところです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「相手がわからなくても薬になる」ということ】

ふつう、ある分子の働きを理解するには「誰と結合して、どんな信号を送るのか」を突き止めるのが王道です。B7-H3はその相手がまだはっきりしないのに、治療の標的としては最前線に立っている——これは少し不思議に思えるかもしれません。

けれども、抗体薬物複合体のような治療は、B7-H3が「がんの表面に目印としてたくさん出ている」ことさえ利用できれば成り立ちます。相手が誰であれ、目印があるところに薬を届ける、という発想です。基礎研究で仕組みを解く作業と、臨床で使える武器をつくる作業は、必ずしも同じ順番で進むわけではない。B7-H3は、そのことをよく示す例だと感じています。

4. 発現の制御 ─ なぜ「がんだけ」に多く現れるのか

B7-H3の設計図(mRNA)は、実は正常な組織にも広く存在しています。それなのに、タンパク質としてのB7-H3ががんに偏って現れるのはなぜでしょうか。その答えは、mRNAからタンパク質になる過程や、できたタンパク質の安定性が、いくつもの段階で厳しく制御されているからです。

マイクロRNA(miR-29)によるブレーキ

正常組織でB7-H3タンパク質を抑えている主役が、マイクロRNA(miRNA)と呼ばれる小さなRNAです。とくにmiR-29というファミリー(miR-29a・b・c)は、B7-H3のmRNAの3′非翻訳領域(3′UTR)にくっついてmRNAを分解し、タンパク質がつくられるのを抑えます。ところが多くの固形がんではmiR-29が減っており、そのぶんB7-H3タンパク質が異常にたまってしまいます[1]。神経芽腫の研究では、死亡例の腫瘍データではmiR-29ファミリーの発現低下がみられ、B7-H3が高く現れていたこと、そして実験的にmiR-29を補うとB7-H3が減ってNK細胞の攻撃力が回復し、腫瘍の成長が抑えられたことが報告されています[2]。

💡 用語解説:マイクロRNA(miRNA)と3′UTR

マイクロRNAは、タンパク質の設計図であるmRNAにくっついて、その働きを抑える小さなRNAです。狙いを定める先が、mRNAの末尾にある「3′非翻訳領域(3′UTR)」という部分です。ここはタンパク質そのものの情報ではなく、「どれくらい作るか」を調整する制御エリアで、miR-29はここに結合してB7-H3の量を抑えています。

糖鎖の目印とタンパク質の安定性

できあがったB7-H3を細胞膜の上に保つうえで重要なのが、糖鎖修飾(グリコシル化)です。肝細胞がんの研究では、B7-H3の215番目のアスパラギン(N215)という場所に付く糖鎖が、細胞膜上のB7-H3の量を決める「スイッチ」になっていることが特定されました。糖鎖が付いたB7-H3は、RAB11という分子が担うリサイクル経路で細胞膜へ戻され、免疫を抑え続けます。逆に、薬(ツニカマイシン)や遺伝子の改変でこの糖鎖を付けられなくすると、B7-H3は分解経路へ回って速やかに壊され、疲れ果てたT細胞(T細胞疲弊)が息を吹き返すことが示されています[3]。

がんの代謝が免疫抑制を駆動する ─ 乳酸化

最近とくに注目されているのが、がんの代謝の乱れがB7-H3を直接増やす仕組みです。がん細胞は、酸素があっても糖をどんどん分解してエネルギーを得る「ワールブルグ効果」という代謝を行い、その結果として乳酸を大量にため込みます。この乳酸は、単なる老廃物ではなく、ヒストンというタンパク質に目印を付ける「ヒストン乳酸化」という新しい仕組みを通じて、遺伝子の働きを変えるシグナルとして作用します。乳酸化された目印がB7-H3遺伝子の入口(プロモーター)に、CREB1やEP300といった調節因子とともに結合すると、B7-H3の産生が強く後押しされます[4]。つまり、がんの代謝異常が、そのまま免疫回避(B7-H3の過剰産生)を駆動するという悪循環が明らかになってきたのです。

このほか、RNAに付くm6A修飾(大腸がんでm6AリーダーのYTHDF1がB7-H3のmRNAを安定化する)や、タンパク質の分解に関わるユビキチン化など、B7-H3の量は何重もの仕組みで細かく制御されています[1]。この複雑さこそが、B7-H3ががんで暴走しやすい理由になっています。

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5. 冷たく硬い腫瘍 ─ 「装甲化された冷たい腫瘍」をつくる

B7-H3の役割は、生化学的に免疫を抑えるだけではありません。最新の研究では、腫瘍の「物理的な硬さ」とも深く結びついていることがわかってきました。メラノーマ(悪性黒色腫)やトリプルネガティブ乳がんを調べた研究で、B7-H3が高いがんは、免疫細胞がほとんど入り込んでいない「冷たい(cold)」状態と、コラーゲンが異常に沈着して硬くなった「装甲化(armored)」状態の、両方と強く相関することが示されました[5][6]。

💡 用語解説:「冷たい腫瘍」と「装甲化」

免疫細胞(とくにT細胞)がたくさん入り込んでいる腫瘍を「熱い(hot)腫瘍」、ほとんど入っていない腫瘍を「冷たい(cold)腫瘍」と呼びます。免疫療法は熱い腫瘍に効きやすく、冷たい腫瘍には効きにくい傾向があります。さらに、コラーゲンが硬く積み重なって免疫細胞の侵入を物理的に阻む状態を「装甲化(armored)」といいます。B7-H3が高いがんは、この2つが重なった「装甲化された冷たい腫瘍」になりやすいのです。

この「装甲化された冷たい腫瘍」では、B7-H3が複数の経路で免疫療法への抵抗性を生み出します。まず、活性化した線維芽細胞などがコラーゲンを硬く架橋し、細胞外マトリックスが「装甲」となって、攻撃役のT細胞やNK細胞が腫瘍の中まで入り込むのを物理的に妨げます。さらに、硬くなったマトリックスはメカノトランスダクション(力を感じ取る仕組み)を通じて免疫細胞そのものの機能を落とし、免疫を抑える方向へ細胞を誘導します。硬く高密度な組織は薬や細胞の浸透も妨げるため、抗体薬やCAR-T細胞が届きにくくなります[6]。

こうした背景から、B7-H3が高いメラノーマや直腸がんの患者さんでは、従来の抗PD-1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬が効きにくいことが臨床データで裏づけられています[5]。逆に言えば、B7-H3を抑えることが、既存の免疫療法の「効きにくさ」を突破する鍵になる可能性を示しています。実際、トリプルネガティブ乳がんのモデルでは、B7-H3を狙う抗体がこの「装甲化された冷たい」状態を逆転させ、抗PD-1療法の効果を高めたと報告されています[6]。

6. 免疫を介さない働き ─ がんそのものを悪くする「多機能」

B7-H3が「多機能」と呼ばれるのは、免疫を介さない独自の仕組みでも、がんの悪性度を直接高めているからです。がん細胞の内部で、B7-H3はPI3K/AKT経路やNF-κB経路、JAK2/STAT3といった、がんを進める代表的な信号経路を活性化します[1]。

代謝の面でも、B7-H3は先ほどの「乳酸をため込む代謝(ワールブルグ効果)」を後押しし、がん細胞がエネルギーを確保しやすくします。血管づくり(血管新生)では、大腸がんでNF-κB経路を介してVEGF(血管内皮増殖因子)の分泌を促し、腫瘍に栄養を運ぶ血管をつくらせます[1]。

さらにB7-H3は、がん細胞が浸潤・転移する能力を高める上皮間葉転換(EMT)を促し、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)などを増やして転移を後押しします。加えて、抗がん剤(5-FU、パクリタキセルなど)や放射線への抵抗性も与えるため、治療が効きにくくなる一因にもなっています[1]。免疫を抑えながら、同時にがんそのものを強くする——この二重の働きこそ、B7-H3が「多機能な標的」として重視される理由です。

💡 用語解説:上皮間葉転換(EMT)

ふだん、上皮細胞はタイルのように隣どうしがしっかり結びついています。この結びつきをほどいて、動きやすい細胞へと性質を変えるのが上皮間葉転換(EMT)です。がん細胞がEMTを起こすと、もとの場所を離れて別の臓器へ移動する「転移」の能力を獲得します。

B7-H3は、細胞の膜から切り離されて血液中に流れ出す「可溶性B7-H3」としても存在します。これは、抗B7-H3抗体の治療において、抗体ががん細胞に届く前に結合してしまう「おとり(デコイ)」として働き、治療効果を弱めるおそれが指摘されています[1]。また、細胞が放出する小さなカプセル(エクソソーム)の表面にもB7-H3が現れ、離れた臓器での転移の準備や、周囲の細胞の免疫抑制的な作りかえに関わることも報告されています[1]。

7. 最新の治療開発 ─ 抗体薬物複合体(ADC)の躍進

正常組織にはほとんど現れず、がんや腫瘍血管に多く現れるというB7-H3の性質は、がんだけに強力な薬を届ける治療にうってつけです。とくに抗体薬物複合体(ADC)の分野で、大きな成果が出ています。

💡 用語解説:抗体薬物複合体(ADC)

抗体薬物複合体(ADC)は、がんの目印に結合する「抗体」に、強力な抗がん剤(ペイロード)を「リンカー」でつないだ薬です。抗体が目印を頼りにがん細胞に取りつき、抗がん剤をがんの内部に直接届けます。いわば「狙いを定めたミサイル」のような仕組みで、正常な細胞への影響を抑えながらがんを攻撃できます。

B7-H3(CD276)が高発現する腫瘍細胞に抗体薬物複合体イフィナタマブ デルクステカン(I-DXd)が結合し、細胞内へ取り込まれた後にDXdを放出してトポイソメラーゼIを阻害し、DNA損傷と腫瘍細胞死を引き起こす仕組みを示す模式図

B7-H3(CD276)は多くの腫瘍で高発現するため、抗体薬物複合体(ADC)の標的として研究されています。I-DXdはB7-H3に結合して細胞内へ取り込まれ、リンカーの切断によってDXdを放出します。DXdはトポイソメラーゼIを阻害し、DNA損傷を介して腫瘍細胞死を誘導します。

イフィナタマブ デルクステカン(I-DXd)

B7-H3を狙うADCの中でも、いま最も注目されているのが、第一三共とMerck(MSD)が開発するイフィナタマブ デルクステカン(I-DXd/開発コードDS-7300)です。この薬は、トポイソメラーゼI阻害剤(DXd)というタイプの抗がん剤を、安定なリンカーで抗体につないでいます[7]。

I-DXdの特徴は、細胞膜を通り抜けやすいペイロードによる「バイスタンダー効果」です。標的とした細胞の中で放たれた抗がん剤が、隣り合うB7-H3の少ない細胞にも染み出して攻撃するため、B7-H3の現れ方にムラがある腫瘍でも、広く効果を及ぼせると考えられています[7]。

進展型小細胞肺がん(ES-SCLC)を対象とした第II相試験「IDeate-Lung01」の主解析(12mg/kg投与、137例)では、確定した客観的奏効率(ORR)が48.2%、病勢コントロール率は87.6%に達しました[7]。これは、これまで治療の選択肢が限られていた再発小細胞肺がんにおいて、際立った成績です。なお、用量を最適化する初期段階では12mg/kg群で54.8%という高い奏効率も報告されていました。この結果を受けて、米国FDAは2025年8月にI-DXdを画期的治療薬(ブレークスルーセラピー)に指定し、現在は標準治療と比較する大規模な第III相試験(IDeate-Lung02)や、転移性去勢抵抗性前立腺がんを対象とした第III相試験(IDeate-Prostate01)が進行しています[7]。

⚠️ 注意:ADCの副作用

I-DXdの安全性はおおむね管理可能とされていますが、重篤な副作用として間質性肺疾患(ILD/肺に炎症が起きる病気)のリスクが知られています。実際の治療では、早期発見と適切な対応がとても重要です。効果や安全性、使える範囲は国や時期によって異なり、今後も更新されていきます。治療に関する判断は、必ず主治医とご相談ください。

抗体・二重特異性抗体

ADC以外にも、多彩な治療が開発されています。モノクローナル抗体のエノブリツズマブは、免疫の攻撃力を高める工夫(抗体依存性細胞傷害=ADCCの増強)を施した抗体です。PD-1阻害薬(ペムブロリズマブ)との併用試験では、これまで免疫療法を受けていない非小細胞肺がんで36%、頭頸部がんで33%の奏効率が示され、自然免疫と獲得免疫の双方を標的とする併用療法として抗腫瘍活性が示されています[8]。

また、T細胞の目印(CD3)とがんのB7-H3を同時につかんで両者を引き寄せる二重特異性T細胞誘導抗体も開発されています。この種の薬の課題は、T細胞が一気に活性化することで起こるサイトカイン放出症候群(CRS/発熱や血圧低下などを起こす反応)です。次世代の抗体では、CD3への結合力をあえて弱めに調整することで、がんを攻撃する力は保ちつつ副作用を抑える工夫が進んでいます[1]。

8. 小児がんへの応用と、開発の教訓

B7-H3は、神経芽腫(しんけいがしゅ)やびまん性橋グリオーマ(DIPG)、横紋筋肉腫といった、治療が難しい小児の固形がんでも広く現れます。そのため、これらを標的としたCAR-T細胞療法の開発が急ピッチで進んでいます[1]。

💡 用語解説:CAR-T細胞療法

CAR-T細胞療法は、患者さん自身のT細胞を取り出し、がんの目印(この場合はB7-H3)を認識する人工の受容体(CAR)を組み込んでから体に戻す治療です。改造したT細胞が、目印を頼りにがんをピンポイントで攻撃します。血液がんで大きな成果を上げ、固形がんへの応用が研究されています。

DIPGなどを対象とした第I相試験「BrainChild-03」では、B7-H3を狙うCAR-T細胞を脳室内にくり返し投与する局所療法が評価されました。この局所投与に特有の副作用として、腫瘍炎症関連神経毒性(TIAN)という反応が新たに定義されています。DIPG/橋部のびまん性正中神経膠腫を対象とした解析では、21人中16人(76%)がTIANの基準を満たす症状(頭痛や発熱など)を示しましたが、その大部分はグレード1〜2の一過性のもので、症状が治まるまでの時間の中央値は24時間未満と、管理可能な範囲でした[9]。一部の患者さんでは、長期にわたる臨床的・画像的な改善も観察されています。

神経芽腫では、別の標的(GD2)と組み合わせ、GD2とB7-H3の両方が現れる細胞だけを攻撃する「ANDゲート型」の二重標的CAR-Tなど、正常な神経を守りつつ腫瘍だけを選ぶ工夫も進んでいます[1]。

一方で、開発が順調に進んだものばかりではありません。神経芽腫の中枢神経転移を対象に、マウス抗B7-H3抗体に放射性ヨウ素を付けた「131I-omburtamab」という薬は、FDAへの承認申請が行われましたが、有効性の比較対象が過去の外部データ(歴史的対照)だったため、薬単独での延命効果の証明が不十分と判断されました。2022年10月、FDAの諮問委員会(ODAC)は16対0の全会一致で承認を支持せず、その後FDAから承認できない旨の通知(完全回答書)が出されています[10]。これは、患者数の少ない希少な小児がんで、適切な比較試験をどう設計するかという難しさを示す象徴的な事例となりました。

9. 遺伝診療との接点 ─ 「がんの分子」をどう読み解くか

B7-H3は、生まれつきの遺伝性疾患を起こす遺伝子というより、後天的にがんの中で暴走する「がんの分子」です。ただ、その働きを理解することは、がんゲノム医療や遺伝診療の視点からも意味があります。B7-H3は、癌遺伝子(オンコジーン)のように、その量やふるまいが治療の効きやすさを左右するバイオマーカー(治療の目印)になりうるからです。

実際に、B7-H3がどれくらい現れているか、あるいはPD-L1との組み合わせで腫瘍がどのタイプ(「装甲化された冷たい腫瘍」かどうか)かを見分けることで、免疫療法が効きやすいかどうかを予測しようという研究が進んでいます[6]。こうした「分子の特徴で治療を選ぶ」という発想は、がんの個別化医療(プレシジョン・メディシン)の中核であり、分子標的治療の考え方と地続きです。

当院では、臨床遺伝専門医が、遺伝性のがんに関わる遺伝子検査や遺伝カウンセリングを行っています。検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、そしてどのような選択肢があるのかを、中立の立場で整理します。なお、B7-H3そのものは主に研究・治療開発の段階にある分子であり、日常の遺伝診療で直接検査する対象ではありません。ここでは「がんの分子を、その量や働きから読み解く」という考え方の一例として位置づけています。正確な診断と治療選択を考える際の、分子標的の一例として位置づけられます。

10. よくある誤解

誤解①「B7-H3はPD-1と同じもの」

どちらも免疫にブレーキをかける仲間ですが、別の分子です。B7-H3は正常組織での現れ方がさらに少なく、PD-1/PD-L1が効かないタイプのがんでも標的にできる可能性がある点が注目されています。

誤解②「受容体が不明なら薬にできない」

結合する相手はまだ確定していませんが、B7-H3ががんの表面に多く現れる「目印」であることを利用すれば、ADCやCAR-Tは成り立ちます。実際に臨床試験で高い成績が出ています。

誤解③「免疫を抑えるだけの分子」

B7-H3は免疫抑制だけでなく、がんの増殖・転移・血管づくり・薬剤耐性にも直接関わる多機能な分子です。だからこそ、抑えることの意味が大きいと考えられています。

誤解④「もう承認された薬がある」

2026年9月14日時点で、B7-H3を標的とした薬は米国FDAではまだ承認前の開発段階です。ただしI-DXdが画期的治療薬に指定されるなど、実用化に近づきつつあるのが現状です。

まとめ ─ 次世代がん治療の鍵を握る分子

B7-H3(CD276)は、多くの固形がんに広く現れながら、免疫抑制とがんの悪性化の両方を駆動する多機能な分子です。正常組織にはほとんど現れないという際立った性質から、いま最も汎用性の高いがん治療の標的のひとつとして期待されています[1]。

受容体をめぐる議論を経て、現在ではmiR-29や糖鎖修飾、乳酸化といった発現制御の仕組み[2][3][4]、そしてコラーゲン沈着を伴う「装甲化された冷たい腫瘍」の形成[5][6]まで、B7-H3の全体像が分子レベルで明らかになりつつあります。臨床では、トポイソメラーゼI阻害剤をつないだADC「イフィナタマブ デルクステカン」が小細胞肺がんなどで高い奏効率を示し[7]、小児脳腫瘍へのCAR-T療法も新たな道を開こうとしています[9]。今後の課題は、最適な患者さんの選び方(バイオマーカー)、可溶性B7-H3による「おとり効果」の克服、そして副作用の緻密な管理です。B7-H3を標的とした次世代のがん治療は、今後のがん治療における重要な開発領域の一つです。

よくある質問(FAQ)

Q1. B7-H3(CD276)とは何ですか?

B7-H3(CD276)とは、多くのがん細胞で高発現する一方、多くの正常組織ではタンパク質発現が低い分子で、免疫の働きにブレーキをかける「免疫チェックポイント分子」のひとつです。「B7ファミリー」というグループの3番目のホモログ(相同分子)という意味で、CD分類ではCD276と呼ばれます。免疫を抑えるだけでなく、がんの増殖・転移・血管づくりにも関わる多機能な分子として、次世代のがん治療の標的として注目されています。

Q2. なぜB7-H3はがん治療の標的として期待されているのですか?

最大の理由は、正常な組織にはほとんど現れないのに、多くのがんには過剰に現れるという「現れ方の差」が大きいことです。この差が大きいほど、正常な細胞を傷つけずにがんだけを狙い撃ちしやすくなります。抗体薬物複合体(ADC)やCAR-T細胞療法など、がんの目印を利用する治療にとって、B7-H3は理想的な標的と考えられています。

Q3. B7-H3を狙う薬はもう使えるのですか?

2026年9月14日時点で、B7-H3を標的とした薬は米国FDAではまだ承認前の開発段階にあります。ただし、抗体薬物複合体「イフィナタマブ デルクステカン(I-DXd)」が進展型小細胞肺がんの試験で高い奏効率を示し、米国FDAから画期的治療薬(ブレークスルーセラピー)に指定されるなど、実用化に近づいています。使える薬や適応は国や時期によって変わりますので、治療については必ず主治医とご相談ください。

Q4. B7-H3とPD-1・PD-L1は何が違うのですか?

どちらも免疫にブレーキをかける免疫チェックポイント分子ですが、別の分子です。PD-1/PD-L1を標的とする薬は多くのがんで成功していますが、効かない患者さんも少なくありません。B7-H3は、PD-1/PD-L1が効きにくいタイプのがん(免疫細胞が入り込みにくい「冷たい腫瘍」など)でも標的にできる可能性があり、既存の免疫療法を補う新たな標的として研究されています。

Q5. B7-H3は遺伝する病気と関係がありますか?

B7-H3は、生まれつきの遺伝性疾患を起こす遺伝子というより、後天的にがんの中で暴走する「がんの分子」です。そのため、日常の遺伝診療で直接検査する対象ではありません。ただし、その量やふるまいが治療の効きやすさを左右する「バイオマーカー(治療の目印)」になりうるため、がんの個別化医療の観点から重要視されています。

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参考文献

  • [1] Smith D, Tyagi A, Battula VL. B7-H3 (CD276): an actionable therapeutic target and prognostic biomarker across human malignancies. Front Immunol. 2026;17:1857767. doi:10.3389/fimmu.2026.1857767. PMID:42539719. [PMC13424197]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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