目次
アンジェルマン症候群 Angelman症候群(15q12欠失症候群)
1.アンジェルマン症候群 Angelman症候群とは?
アンジェルマン症候群は,重度の運動発達遅滞 や精神遅滞 ,重度の言語 障害,失調性歩行や四肢の振戦 ,頻繁に声を立てて笑ったり,微笑んだり,興奮しやすいといった,場にそぐわない愉快なふるまいが特徴です.小頭症や痙攣発作も多くみられます.
1.アンジェルマン症候群はいつ診断される?
アンジェルマン症候群の発育遅滞を初めて認めるのは生後6か月頃ですが,アンジェルマン症候群に特有の臨床的徴候は1歳すぎるまで顕在化せず,アンジェルマン症候群としての正確な臨床診断に至るまでに数年を要することもあります.
アンジェルマン症候群の成因についてはゲノム病のページをご覧ください
2.アンジェルマン症候群(Angelman症候群)の原因は?
アンジェルマン症候群の原因は15番染色体q11-q13に位置するUBE3Aの機能が損失することで発症します.UBE3Aの機能が損失してしまう原因は母由来の15番染色体q11-q13微細欠失(70%),15番染色体父性片親性ダイソミー(5%),刷り込み変異 (5%),UBE3Aの変異(10%)といわれており,残り10%については不明です.
2.アンジェルマン症候群(Angelman症候群)の診断は?
アンジェルマン症候群の診断は,臨床的な特徴と分子遺伝学的検査や細胞遺伝学的検査を組み合わせて行われます.
15番染色体の15q11.2-q13領域に対する片親特異的DNAメチル化解析試験により,アンジェルマン症候群患者の約78%に欠失,片親性ダイソミー(UPD),刷り込み変異が検出されます.アンジェルマン症候群では細胞遺伝学的検査 で染色体の再構成(転座や逆位)を認める患者は1%未満です.
アンジェルマン症候群ではUBE3A遺伝子の配列解析によって,さらに約11%の患者に変異が見つかります.合計すると,分子遺伝学的検査(メチル化試験とUBE3A遺伝子の配列解析)によって,患者の約90%に異常を特定できます.
典型的なアンジェルマン症候群の表現型を呈する残りの10%の患者については,現時点では遺伝学的機序が不明であるため,アンジェルマン症候群としての診断的検査を行うことができません。臨床診断をすることになります。
アンジェルマン症候群の細胞遺伝学的検査
細胞遺伝学的検査とは,細胞そのものを使って遺伝学的な検査をするものをさします.染色体分析,FISHなどが該当します.
アンジェルマン症候群患者の1%未満では,細胞遺伝学的検査により,(15q11.2-q13での)15番染色体の再構成(転座または逆位)を認めます.アンジェルマン症候群で発現頻度の高い5~7Mbの欠失は,通常の細胞遺伝学的検査では検出されないことが多くなっています.
アンジェルマン症候群の分子遺伝学的検査
DNAの塩基配列を決定する事などで分子的に検査をすることを分子遺伝学的検査とよびます.
GeneReviewsは,分子遺伝学的検査について,その検査が米国CLIAの承認を受けた研究機関もしくは米国以外の臨床研究機関によってGeneTests Laboratory Directoryに掲載されている場合に限り,臨床的に実施可能であるとしています.
要するに,「シークエンサー買いました」という検査機関・研究機関が臨床の検査をすることは出来ないってことです.CLIA認証はなかなか通らないので.このあたりが日本とアメリカの大きな違いです.日本でCLIA認証を通っている衛生検査所はわずかに3社のみです.
アンジェルマン症候群とUBE3A遺伝子
アンジェルマン症候群の基本的な特徴は,母由来のUBE3A遺伝子アレルの発現や機能に生じた異常によるものである.
SNRPN遺伝子
DNAメチル化試験を行ってみると,健常者へのサザンブロット解析やメチル化特異的PCR法では,SNRPN遺伝子の1つのアレルはメチル化されているが,もう片方のアレルはメチル化されていません.
ところが,アンジェルマン症候群患者(病的アレルが母由来)では,15q11.2-q13の5~7Mbの欠失,片親性ダイソミー,あるいは刷り込み変異が生じていることから,メチル化されていない(つまり「父由来の」)アレルしか存在しません.つまり,アンジェルマン症候群では片親特異的なDNAメチル化刷り込み異常が起こっているのです.
※DNAはヒストンに巻き付いて折りたたまれて存在しています.ヒストンのメチル化は凝縮を起こすので,転写因子がくっついて転写を促進したりできにくい形状となるため,DNAの読み込みができなくなります.
注意事項
(1)DNAメチル化試験検査キットでは,アンジェルマン症候群が欠失によるものなのか,片親性ダイソミーによるものなのか,刷り込み変異によるものなのかを区別できません.アンジェルマン症候群の分子学的な発症機序の確定にはさらに検査を行う必要があります.
(2)欠失は,メチル化特異的PCR法に加えてMLPA法でも検査できます.
欠失・重複解析,FISH(蛍光インサイチューハイブリダイゼーション)法,染色体マイクロアレイ解析,染色体マイクロアレイ解析,その他のさまざまな欠失検査法により,アンジェルマン症候群患者の68%に5~7Mbの欠失が検出されます.
注意事項:一般的な欠失はD15S10遺伝子やSNRPN遺伝子のDNAプローブを用いたFISH法で同定できますが,通常,一般的な細胞遺伝学的検査(G分染法などのふつうの染色体検査)で欠失は検出できません.
片親性ダイソミー検査
DNA多型解析により片親性ダイソミーの約7%が検出されますが,この試験を行うためにはアンジェルマン症候群患者と両親のDNAを採取する必要があります.
一塩基多型の染色体マイクロアレイ解析により,染色体全体や一部分の片親性イソダイソミーが診断できることもあるが,片親性ダイソミーの全症例が検出できるわけではありません.
アンジェルマン症候群と刷り込み変異
アンジェルマン症候群患者の約3%の発症原因が刷り込み変異を有しています.刷り込み変異はDNAメチル化異常で,アンジェルマン症候群関連のインプリンティングセンターを含む微小欠失(6~200kb)から,刷り込み変異の10~20%が生じています.アンジェルマン症候群のこれらの微小欠失は欠失解析で用いられるさまざまな方法で検出できます.
これ以外の80~90%のアンジェルマン症候群の刷り込み変異の原因は,母体での卵形成中,あるいは初期胚形成中に生じたエピジェネティックな変化(DNAをコピーして折りたたんで染色体を形成するときのヒストン修飾の変異)であると考えられています.
遺伝子配列解析
約11%のアンジェルマン症候群患者でUBE3A遺伝子変異が検出されます.
UBE3A遺伝子の複数エクソンの欠失や遺伝子全体の欠失を認めるアンジェルマン症候群患者も少数います.このような欠失は欠失解析に用いられるさまざまな手法によりアンジェルマン症候群の遺伝子変異が検出可能です.
3.アンジェルマン症候群の症状
新生児の表現型は正常である場合がほとんどです.アンジェルマン症候群で発育遅延を初めて認めるのは生後6か月頃です.しかし,アンジェルマン症候群特有の臨床徴候は1歳すぎるまで顕在化せず,正確な臨床診断に至るまでに数年を要することもあります.
アンジェルマン症候群の典型所見
出生前や分娩経過は正常.出生時の頭囲は正常.大きな先天奇形 はなし.
代謝的・血液学的・臨床検査値は正常.
脳に軽度の皮質の萎縮や髄鞘形成異常を認める場合もあるが,MRIやCTでの脳構造は正常.
退行を伴わない発達遅滞
6~12か月 までに現れる重度の発育遅滞.
言語障害.言葉の使用はみられたとしても最小限、もしくは有意語がない.表出性言語能力よりも,受容性言語能力や非言語コミュニケーション能力が高い.
運動障害や平衡障害.歩行性失調や四肢の振戦が生じることが多い.
行動の特異性(頻繁に声をたてて笑ったり,笑みを浮かべる行動,愉快なふるまい,手を叩く ことの多い易興奮性の行動,多動, 集中力の短さ).
www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK1144/
より引用
4.アンジェルマン症候群における遺伝子型と臨床型の関連
わたしたち遺伝専門医はこれを genotype-phenotype relationship と申します.
要するに,genotype(遺伝子の型)が,phenotype(表現型つまり臨床症状)とどのように関係するか,ということです.
アンジェルマン症候群のすべての遺伝学的発症機序により,重度から最重度の精神遅滞 ,運動障害 ,特徴的な行動,会話と言語の重度障害といった,ある程度均一な 臨床像が現れるのですが,遺伝子型と関連した臨床症状の違いも見受けられます.
この相関関係は大まかに以下のようになります.
1.アンジェルマン症候群では5~7Mbの欠失が原因である場合は最重度となり,小頭症,発作,運動障害(運動失調,筋緊張低下,摂食困難など),言語障害が生じます.BMI(ボディ・マス・インデクス)も,片親性ダイソミーや刷り込み変異の患者と比べて低くなります.より大きな欠失を認める場合(例えば,欠失範囲がBP1からBP3まで[クラスI領域]である場合),BP2からBP3までのクラスII領域に欠失を有する場合よりも,言語障害や自閉症傾向が強くなります.
2.片親性ダイソミーの場合は,他のアンジェルマン症候群の分子学的発症機序と比べて身体発育は良好で,運動障害も運動失調も少なく,痙攣発作の頻度も低くなります.
3.刷り込み変異や片親性ダイソミーのアンジェルマン症候群の場合,他の分子学的発症機序と比べて,発達や言語能力が高くなります.欠失のないモザイク症例(刷り込み変異の約20%)の場合,会話能力が最も高く,最大50~60語を用いて単文を話します.
4.OCA2遺伝子を含む染色体欠失をもつアンジェルマン症候群の場合,虹彩や皮膚,毛髪の色素欠乏が生じることが多くなります.OCA2遺伝子はチロシン代謝に重要なタンパクをコードしており,このタンパクは皮膚,毛髪,虹彩の色素形成に関与しています.
5.アンジェルマン症候群の治療法
1.アンジェルマン症候群の症状の治療
哺乳困難,便秘,胃食道逆流,斜視の定期的治療.発作に対する抗てんかん薬.理学療法,作業療法,言語療法.言語療法では,コミュニケーション能力を改善させる補助具や身ぶりなど,非言語的なコミュニケーション方法に重点が置かれます.学校では個人に合わせた対応が必要となります.不眠には鎮静薬を用います.側弯症に対しては,胸郭-腰椎装具を用いたり,外科的処置を行います.
2.アンジェルマン症候群の続発性合併症の予防:痙攣を起こす患児には,異常行動が発作と間違えられやすく,また発作がコントロールされていても脳波異常が存在するため,投薬過多の危険があります.フェノチアジンのような鎮静剤やその他の神経遮断薬により,有害な副作用が生じやすいので注意が必要です.
3.アンジェルマン症候群の経過観察:側弯症に対する年1回の臨床検査.年長児に対しては,食欲過剰による肥満が生じていないかを評価する.
4.アンジェルマン症候群で回避すべき薬剤・環境:カルバマゼピン,ビガバトリン,チアガビンといった薬剤は,発作を悪化させる可能性がある.
6.アンジェルマン症候群の予後
生命予後は良好です.知的障害に対する特別支援教育が必要となります.アンジェルマン症候群では成人期においても側弩症の進行に注意が必要です.
7.アンジェルマン症候群の遺伝
母由来の15番染色体q11-q13微細欠失と15番染色体父性片親性ダイソミーについては,遺伝性はありません.しかし,刷り込み変異,UBE3Aの変異については遺伝性があるため、遺伝カウンセリングを受ける必要があります.