InstagramInstagram

ZDHHC9遺伝子関連 X連鎖性知的障害(Raymond型・MRXSR)とは?症状・原因・遺伝・診断を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

ZDHHC9関連X連鎖性知的障害(Raymond型・MRXSR)は、たんぱく質に脂質を付ける「パルミトイル化酵素」ZDHHC9の働きが弱くなることで起こる、まれな神経発達の病気です。主に男の子にみられ、軽度〜中等度の知的障害と言語の遅れを中心に、ローランドてんかんによく似た発作、細身で手足の長い体型(マルファン様体型)、脳の左右をつなぐ「脳梁」の発達不全などがみられます。この記事では、原因となる分子のしくみから症状・遺伝の仕方・診断・経過までを、遺伝専門医の視点でわかりやすく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 X連鎖性知的障害・パルミトイル化酵素
臨床遺伝専門医監修

Q. ZDHHC9関連X連鎖性知的障害とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. ZDHHC9という遺伝子の働きが弱くなることで起こる、まれなX連鎖性の神経発達の病気です。主に男の子にみられ、軽度〜中等度の知的障害と言語の遅れを中心に、ローランドてんかんに似た発作、マルファン様体型、脳梁の発達不全などがみられます。症状の重さには個人差が大きく、根本的な治療はまだありませんが、てんかんは思春期までに自然に治まる例が多いことが報告されています。

  • 原因 → ZDHHC9遺伝子の機能喪失。たんぱく質に脂質を付ける酵素の不調です
  • 遺伝形式 → X連鎖劣性(潜性)。多くは男性が発症し、女性の多くは無症状の保因者です
  • 主な症状 → 知的障害・言語の遅れ・てんかん・マルファン様体型・脳梁形成不全
  • 診断 → 遺伝子解析で確定。ミスセンス変異から大きな欠失まで、変化の型は多彩です
  • 経過 → てんかんは思春期に軽快傾向。療育と対症療法、家族への遺伝カウンセリングが中心です

\ 遺伝子の検査や遺伝の相談をご希望の方へ /

📅 遺伝カウンセリングを予約する

遺伝子検査に関するご相談:遺伝子検査について

1. ZDHHC9関連X連鎖性知的障害とは?

この病気は、X染色体の長腕(Xq26.1)にあるZDHHC9遺伝子の働きが失われることで起こる、まれなX連鎖性の神経発達の病気です。医学の世界では「Raymond型X連鎖性症候性知的障害(MRXSR)」という正式名で呼ばれ、国際的な遺伝病データベースOMIMには番号 #300799 として登録されています[2]。2007年に英国の研究チームが、原因不明だったX連鎖性知的障害の250家系を系統的に調べ、そのうち4家系でZDHHC9遺伝子の変化を初めて見つけたことから、独立した病気として位置づけられました[1]

「知的障害」という大きなくくりのなかでも、この病気はごく一部を占めるにすぎません。X連鎖性知的障害の患者さんのうち、ZDHHC9の機能喪失が原因となるのはおよそ2%と見積もられており[8]、これまで世界の文献で報告された家系は十数家系規模とされています[4]。つまり、日常でよく出会う病気ではありませんが、「なぜ知的障害やてんかんが起こるのか」という根本のしくみを分子レベルから説明できる、遺伝医学的にとても興味深い病気です。

中心となる症状は、軽度から中等度の知的障害と、それに伴う言語発達の遅れです。加えて、睡眠中に多い焦点発作(ローランドてんかんによく似たタイプ)、細身で手足の長い「マルファン様体型」、脳の左右半球をつなぐ神経の束である脳梁の発達不全などが、しばしば組み合わさって現れます。ただし、これらが全員に同じ強さで出るわけではなく、同じ遺伝子変化を持つ血縁者どうしでも症状の重さが異なることが報告されています[4]

2. 原因遺伝子ZDHHC9と「パルミトイル化」という化学修飾

ZDHHC9遺伝子は、タンパク質のパルミトイル化という化学修飾を担う酵素の設計図です。少しむずかしい言葉なので、まずは下の解説をご覧ください。

💡 用語解説:S-パルミトイル化とは

S-パルミトイル化とは、タンパク質に「パルミチン酸」という脂(あぶら)の分子をくっつける化学反応です。脂は水になじまない性質を持つので、脂を付けられたタンパク質は細胞膜など「脂の環境」に集まりやすくなります。つまりパルミトイル化は、タンパク質を「細胞のどこで働かせるか」を決める住所ラベルのような役割を果たします。この付け外しは体のさまざまな細胞で絶えず行われており、とりわけ神経細胞のシナプス形成や、神経を包む髄鞘(ずいしょう)の維持に欠かせません。ZDHHC9は、このラベル付けを行う酵素(パルミトイルトランスフェラーゼ)の一つです。

ZDHHC9は単独では不安定で、そのままでは十分に働けません。ゴルジ体という細胞内の小器官の膜の上で、GCP16(GOLGA7)という相棒タンパク質と結合し、「ZDHHC9–GCP16複合体」という2人1組のペアを組んではじめて安定して活性化します[3]。この複合体は、代表的な標的として小さな情報伝達タンパク質であるNRASHRASを脂で修飾し、それらが正しい場所でシグナル伝達を行えるように整えます。近年は、この複合体の立体構造が解明され、相棒のGCP16が反応そのものを担うのではなく、ZDHHC9の形を安定させる「支え役」であることも明らかになりました[6]

ZDHHC9の機能が弱まると、なぜ症状が出るのか(流れ)

ZDHHC9遺伝子(X染色体 Xq26.1)

パルミトイル化酵素の設計図

ZDHHC9–GCP16複合体が働く

たんぱく質に脂(パルミチン酸)を付ける

機能が低下すると

標的タンパク質のパルミトイル化が低下

NRAS・TC10・髄鞘に関わるタンパク質など

神経の発達に影響

抑制性シナプスの減少・髄鞘や脳梁の発達不全

知的障害・言語の遅れ・てんかん など

症状の重さには個人差があります

酵素の反応と、病気を起こす変化のしかた

パルミトイル化は2段階で進みます。まず酵素ZDHHC9自身が脂を一時的に受け取り(自己パルミトイル化)、次にその脂を標的タンパク質へ受け渡します。この病気で見つかるミスセンス変異のうち、代表的なR148WP150Sは、この2段階のそれぞれ異なる部分を邪魔することがわかっています。R148Wは酵素にいったん付いた脂が外れやすくなるように、P150Sは反応の立ち上がり自体が弱くなるように作用し、結果としてどちらも酵素の働きを落とします[5]

💡 用語解説:ミスセンス変異とナンセンス変異

遺伝子は、タンパク質の「アミノ酸の並び方」を書いた設計図です。ミスセンス変異は、設計図の一文字が変わってアミノ酸が別のものに置きかわる変化で、酵素の働きが少し弱まる程度から大きく損なわれるものまで幅があります。一方ナンセンス変異は、設計図の途中に「ここで終わり」という信号が入ってしまい、タンパク質が途中で切れて作られなくなる変化です。ZDHHC9関連の病気では、こうした変化に加えて、フレームシフト変異スプライスバリアント、遺伝子まるごとの欠失まで、さまざまな型が報告されています[4]

ここで一つ興味深い点があります。ZDHHC9を欠損させたマウスの脳全体を調べると、代表的な標的であるRasタンパク質の脂修飾は低下はするものの、完全にはなくならないことがわかっています[14]。これは、ZDHHC9とよく似た仲間の酵素(ZDHHC14など)が一部を肩代わりしているためと考えられます。つまり、体には「予備の酵素」による救済のしくみがある一方で、後で述べる神経の発達に関わる部分では、その救済が十分にはたらかないと考えられています。

なお、ZDHHC9は基礎研究の分野では、がん細胞におけるNRASの働きや、腫瘍の糖代謝(膠芽腫でのGLUT1という糖の取り込み口の調節)に関わる酵素としても研究が進められています[14][15]。これらは現時点では研究段階の基礎的な知見であり、この病気の治療に直接つながるものではありませんが、ZDHHC9という酵素が体のさまざまな場面で重要な役割を担っていることを物語っています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「たった1つの酵素」が語ること】

遺伝の相談をお受けしていると、「たった1つの遺伝子の変化で、どうしてこんなに幅広い症状が出るのですか」とよく尋ねられます。ZDHHC9はまさにその問いを考える格好の例です。脂を付けるという一見地味な化学修飾が、神経のつながり方や配線の成熟という大きなしくみに関わっているからこそ、1つの酵素の不調が知的発達・てんかん・体型にまで及ぶのです。

分子のしくみを知ることは、原因探しのためだけではありません。「これはお子さん本人にも、育て方にも原因があったわけではない」という事実を、ご家族にお伝えできることが、遺伝専門医としての大切な役割だと考えています。

3. なぜ症状が起きるのか:シナプスと髄鞘のしくみ

ZDHHC9の機能低下が知的障害やてんかんにつながる理由は、大きく2つの経路で説明されています。1つは神経細胞のつながり方(シナプス)の乱れ、もう1つは神経を包む配線カバー(髄鞘)の発達不全です。

まず神経細胞のレベルです。ZDHHC9はNRASや、Rhoファミリーの小さなGTP結合タンパク質であるTC10を脂で修飾します。NRASの修飾が低下すると、情報を受け取る「樹状突起」の枝ぶりが短く単純になり、TC10の修飾が低下すると、興奮をおさえる抑制性シナプスの形成が妨げられます[7]。その結果、神経回路のなかで「アクセル(興奮)」と「ブレーキ(抑制)」の釣り合いが興奮側に傾き、脳が発作を起こしやすい状態になります。

💡 用語解説:興奮と抑制(E/I)のバランス

脳のはたらきは、神経を活動させる「興奮(Excitation)」と、活動を静める「抑制(Inhibition)」の絶妙な釣り合いで成り立っています。これを頭文字をとってE/Iバランスと呼びます。車にたとえると、アクセルとブレーキの両方がそろって初めて安全に走れるのと同じで、抑制(ブレーキ)が弱くなると脳は暴走しやすく、てんかん発作や感覚の過敏さにつながります。ZDHHC9の機能低下では、抑制性シナプスが減ることでこのバランスが崩れると考えられています。実際に、患者さんの脳磁図(MEG)を用いた研究でも、音への反応が過剰に大きく遅れて現れ、抑制のはたらきが弱まっていることが示されています[10]

もう1つの経路が、配線カバーである髄鞘の問題です。脳の左右をつなぐ脳梁は、その細胞の7割以上がオリゴデンドロサイト(髄鞘を作る細胞)で占められています。ZDHHC9は、髄鞘化が最も盛んな時期にこの細胞で強く働く酵素です。マウスの研究では、ZDHHC9を欠損させると、成熟したオリゴデンドロサイトの総数は変わらないものの、活発に髄鞘を作るタイプの細胞が減り、別のタイプの細胞へと偏ってしまうことがわかりました。その結果、髄鞘のできる神経線維の密度が下がり、脳梁が薄くなるのです[8]

💡 用語解説:脳梁(のうりょう)と髄鞘

脳梁は、脳の右半球と左半球をつなぐ、たくさんの神経線維でできた「橋」です。左右の脳が情報をやりとりするための太い通信ケーブルにあたります。そのケーブルの一本一本を包んでいる絶縁カバーが髄鞘(ミエリン)で、これがあることで信号が速く正確に伝わります。ZDHHC9関連の病気では、この髄鞘づくりがうまく進まず、脳梁が薄く(低形成)なりやすいことが、患者さんの画像検査でくり返し確認されています。脳梁が薄いこと自体は、多くの神経発達症で見られる所見の一つで、この病気に限ったものではありません。

これらのしくみは、マウスのモデルでも裏づけられています。ZDHHC9を欠損したマウスでは、不安が減る行動、筋緊張の低下をうかがわせる握力の弱さ、空間学習の障害、そして脳波上のてんかん様の放電がみられ、MRIでは脳梁の体積が約36%減少していました[11]。ヒトの症状とよく重なるこの結果は、パルミトイル化という化学修飾が神経発達にいかに重要かを示しています。

4. 主な症状と臨床像

症状は多岐にわたりますが、ほぼ全員に共通するのは知的発達と言語発達の遅れです。とりわけ、口やのどの動きをうまく協調させる力(発話の運動)の障害と、言葉をなめらかに出す力の低下が目立ちます。一方で、日常会話の内容を理解する力は比較的保たれ、限られた範囲であれば意思疎通ができることも多いと報告されています[9]。以下に、時期や領域ごとの特徴を整理します。

🧠 発達・言語

  • 軽度〜中等度の知的障害
  • 言語発達の重い遅れ
  • 口・顔の運動の協調障害
  • 言葉の流暢さの低下(理解は比較的保たれる)

⚡ てんかん

  • 患者の多く(およそ4分の3)に発症
  • 睡眠中に多い焦点発作
  • ローランドてんかんに似た脳波
  • 思春期までに軽快する傾向

🦴 体型・骨格

  • 細身で手足の長いマルファン様体型
  • 細長い指・関節のやわらかさ
  • 胸郭の変形・扁平足
  • 手足の末梢が青みがかること

🙂 顔貌・その他

  • 面長で額が広い顔立ち
  • 外眼角の下がり・斜視
  • 脳梁の低形成(画像所見)
  • 不安・行動面の課題を伴うことも

てんかんの特徴:ローランドてんかんとの類似

この病気のてんかんは、小児期にみられる代表的なてんかんの一つ「中心・側頭部に棘波(きょくは)をもつ良性のてんかん(ローランドてんかん)」とよく似ています。英国の患者さんを詳しく調べた研究では、9名中7名がてんかんを発症し、その多くが睡眠中の顔まわりの発作や、脳波での中心・側頭部の特徴的な波を示しました[9]。抗てんかん薬への反応は比較的良好で、多くの例で思春期を過ぎるころには発作が自然に治まっていくと報告されています。この「自然に軽快しやすい」という点は、ご家族にとって大切な見通しの一つです。

マルファン様体型:マルファン症候群とは異なります

「マルファン様体型」という言葉から、心臓や大血管の病気であるマルファン症候群を思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし両者は別の病気です。ZDHHC9関連の病気では、細身で手足が長いといった体型の特徴はあっても、大動脈が広がる・水晶体がずれるといった重い結合組織の異常は伴わず、マルファン症候群の診断基準(Ghent基準)を満たしません[1][2]。見た目が似ていても中身が異なるため、正確な区別には遺伝子解析が役立ちます。

症状の幅を示す例として、同じナンセンス変異(p.Arg298*)を持つ血縁の男性2名(18歳の甥と40歳の叔父)を比べた報告があります。2人とも知的障害・言語の遅れ・舌の細かなふるえ・肘や指の関節の伸びにくさ・手足の末梢が青みがかる所見を共有していましたが、認知や適応行動の詳しいプロフィールには個人差がみられました[12]。同じ遺伝子変化でも症状の現れ方に幅があることを示す、示唆に富む例です。

5. 遺伝の仕方とX連鎖・女性保因者について

ZDHHC9はX染色体上にある遺伝子です。そのため、この病気はX連鎖劣性(潜性)遺伝の形をとり、これまで報告されている患者さんは基本的に男性です[8]。理由を、下の解説で整理します。

💡 用語解説:X連鎖劣性(潜性)遺伝とは

男性はX染色体を1本(XY)、女性は2本(XX)持っています。原因遺伝子がX染色体にある場合、男性はその1本に変化があると「予備」がないため症状が出やすくなります。一方、女性は2本のうち1本が正常であれば、多くの場合その正常な方が働いてくれるため、症状が出ない「保因者(キャリア)」となります。ZDHHC9関連の病気も、この典型的なパターンをとり、男性で発症しやすく、女性の多くは無症状の保因者です。

女性が症状を示すかどうかには、X染色体不活性化(XCI)というしくみが関わります。女性の各細胞では2本のX染色体のうち片方がランダムに休眠状態になります。通常はおよそ半々に振り分けられるため、正常なZDHHC9を持つ側が十分に働き、症状は出ません。ごくまれに、この振り分けが極端に偏り、たまたま正常な側が多く休眠してしまった場合には、理論上は女性でも症状が出る可能性が考えられます。ただし、ZDHHC9で発症した女性の確定例は現時点で文献上ほとんど報告されていません。この点は、一般的なX連鎖性疾患の原理から説明されるもので、実際の再発リスクの評価には個別の遺伝カウンセリングが必要です。

また、この病気は保因者の母から受け継がれる例のほか、新生突然変異(de novo変異)として、家族にはない変化がその子で初めて生じる例もあります[3]。次のお子さんの見通しや、保因者かどうかの確認については、家族構成や検査結果をふまえて丁寧に整理していく必要があります。

6. 診断と鑑別

診断の中心は、原因となるZDHHC9の変化を分子遺伝学的に見つけることです。知的障害の背景を調べるX連鎖性知的障害のNGSパネルには、ZDHHC9が対象遺伝子として含まれています。この病気の変化は機能喪失(LoF)型が中心で、ミスセンス変異から、遺伝子まるごとのコピー数の変化(欠失)まで幅広いため、点の変化だけでなく大きな欠失も検出できる解析設計が望まれます[4]。見つかった変化の意味づけには、ClinVarなどのデータベース照合が用いられ、判断が難しいものは意義不明のバリアント(VUS)として慎重に扱われます。

💡 用語解説:VUS(意義不明のバリアント)

遺伝子検査で見つかった変化のなかには、「病気の原因かどうか、現時点でははっきり判断できない」ものがあります。これをVUS(Variant of Uncertain Significance)と呼びます。VUSは「病気の原因」でも「無害」でもなく、あくまで判断保留の状態です。将来、同じ変化の報告が集まったり、家族内での伝わり方が明らかになったりすることで、分類が変わることもあります。結果を受け取る際には、VUSの意味を正しく理解し、過度に不安にならないことが大切です。

似た病気との見分け(鑑別診断)

「知的障害+マルファン様体型」という組み合わせは、いくつかの異なる病気で見られるため、見た目だけでの区別は容易ではありません。実際に、この組み合わせで受診した男性28名を調べた研究では、ZDHHC9を含む代表的な原因遺伝子に病的変化が見つからず、代わりに染色体の別の異常(22番染色体長腕の欠失によるフェラン・マクダーミド症候群や、16p11.2の重複)が見つかった例がありました[13]。この結果は、確定診断のためには分子レベルの検査が欠かせないことを示しています。主な鑑別を整理します。

病気・症候群 主な原因 見分けの手がかり
ZDHHC9関連(Raymond型) ZDHHC9(Xq26.1)の機能喪失 ローランド様てんかん・脳梁低形成・マルファン様体型。大動脈や水晶体の重い異常は伴わない。
ルジャン・フリンス症候群 MED12(Xq13)などの変化 著しい鼻声(過鼻声)・面長。精神症状を伴いやすく、遺伝子検査で区別する。
マルファン症候群 FBN1(15q21)の変化 知能は正常。大動脈基部の拡張・水晶体亜脱臼など重い結合組織所見(Ghent基準)。
ホモシスチン尿症 CBSなどの代謝異常 水晶体の下方脱臼・血栓症。血液・尿の生化学検査(ホモシステイン高値)で判別できる。

診断が確定したあとは、原因の同定そのものが目的ではなく、見通しを立て、必要な支援につなぐことが大切になります。臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングでは、遺伝形式や再発の考え方、保因者の可能性、次のお子さんへの選択肢などを、ご家族の状況に合わせて整理していきます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「診断がつくこと」の意味】

知的障害やてんかんの原因を探す道のりは、時に長くなります。ようやく遺伝子診断がついたとき、「もっと早く分かっていれば」と感じるご家族もいらっしゃいます。けれど、原因が分かることには、それ自体に大きな意味があります。似た病気との区別ができ、てんかんが思春期に軽快しやすいといった見通しが立ち、次のお子さんの相談にも具体的に応じられるようになるからです。

私は成人を診る臨床遺伝専門医として、文献や専門家の知見をもとにご家族の疑問を一緒に整理する立場です。「この病気は、育て方のせいでも、誰かの責任でもありません」——診断は、その事実を根拠をもってお伝えするための出発点でもあります。

7. 経過・療育・対応

現時点では、ZDHHC9の機能喪失そのものを元に戻す根本的な治療法はありません。対応の柱は、症状に合わせた支援(対症療法)と療育、そして家族への遺伝カウンセリングです。以下の点が、日常の見通しを立てるうえで参考になります。

  • 言語・発話の支援:口や顔の運動の協調が課題になりやすいため、早い時期からの言語面の療育(言語聴覚士による訓練など)が役立ちます。理解する力は比較的保たれることが多く、この強みを活かす関わりが大切です。
  • てんかんの管理:睡眠中の焦点発作が中心で、抗てんかん薬への反応は比較的良好とされます。多くの例で思春期を過ぎるころに自然に軽快していきます[9]
  • 骨格・眼の評価:斜視に対する眼科的な対応や、関節・扁平足に対する整形外科・リハビリの視点からの評価が、生活の質を保つうえで役立ちます。
  • こころのケア:不安や行動面の課題を伴うことがあり、本人と家族の双方を支える視点が求められます。

全体として、知的障害の程度は軽度〜中等度にとどまることが多く、てんかんが自然に軽快しやすいことは、長い目で見たときの安心材料の一つです。もちろん症状の幅は大きいため、一人ひとりの状況に合わせて、必要な専門科と連携しながら支えていくことが基本となります。

8. よくある誤解

誤解①「マルファン様体型だから心臓や大血管が危ない」

体型は似ていても、ZDHHC9関連の病気はマルファン症候群とは別物です。大動脈が広がる・水晶体がずれるといった重い結合組織の異常は伴わず、Ghent基準を満たしません。正確な区別には遺伝子解析が役立ちます。

誤解②「てんかんがあると一生続く」

この病気のてんかんはローランドてんかんに似たタイプで、薬への反応も比較的良好です。思春期を過ぎるころに自然に軽快していく例が多いと報告されています。過度に将来を悲観する必要はありません。

誤解③「女性の保因者は必ず発症する」

女性の多くは、2本のX染色体のうち正常な側が働くため無症状の保因者です。極端なX染色体不活性化の偏りで症状が出る可能性は理論上ありますが、ZDHHC9での発症女性の確定例はほとんど報告されていません。

誤解④「育て方や環境が原因だ」

この病気は生まれつきの遺伝子の変化が原因で、育て方や環境、本人の努力とは関係がありません。新生突然変異として、家族にない変化がその子で初めて生じる例もあります。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【まれな病気だからこそ、正確な情報を】

ZDHHC9関連の病気は、報告例が限られたまれな疾患です。まれであるがゆえに、インターネット上の情報は断片的で、時に不正確なものも混ざっています。だからこそ、原著論文や公的データベースといった一次情報にもとづいて、「今わかっていること」と「まだわかっていないこと」を正直にお伝えすることを心がけています。

この病気には、知的障害の程度が比較的軽いことや、てんかんが自然に軽快しやすいことなど、前向きに受けとめられる面もあります。ご家族が過度に不安を抱えこまず、必要な支援に確かにつながっていけるよう、遺伝専門医として情報の整理をお手伝いします。気になることがあれば、どうぞご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. ZDHHC9関連X連鎖性知的障害は治りますか?

現時点では、原因となる遺伝子の機能喪失そのものを元に戻す根本的な治療法はありません。対応は、症状に合わせた療育や対症療法、家族への遺伝カウンセリングが中心となります。一方で、知的障害の程度が軽度〜中等度にとどまることが多く、てんかんは思春期までに自然に軽快しやすいなど、長い目で見て前向きに受けとめられる面もあります。

Q2. どうやって診断するのですか?

診断は、ZDHHC9の変化を遺伝子解析で確認して行います。知的障害の背景を調べるX連鎖性知的障害のNGSパネルにはZDHHC9が含まれています。この病気の変化はミスセンス変異から大きな欠失まで多彩なため、点の変化と欠失の両方を検出できる解析が望まれます。見つかった変化の意味づけには、データベース照合と専門的な判断が必要です。

Q3. 女の子でも発症しますか?

これまで報告されている患者さんは基本的に男性で、女性の多くは無症状の保因者です。女性は2本のX染色体のうち正常な側が働くためです。X染色体不活性化が極端に偏った場合には理論上は女性でも症状が出る可能性が考えられますが、ZDHHC9での発症女性の確定例は現時点でほとんど報告されていません。実際のリスク評価は個別の遺伝カウンセリングで行います。

Q4. 次の子どもにも遺伝しますか?

X連鎖劣性(潜性)遺伝のため、再発の考え方は母親が保因者かどうかによって変わります。母親が保因者の場合、男の子には一定の確率で受け継がれます。一方で、家族にない変化がその子で初めて生じる新生突然変異の例もあります。正確な再発リスクは、家族構成や検査結果をふまえて遺伝カウンセリングで整理します。

Q5. マルファン症候群とはどう違うのですか?

体型が似ているため混同されやすいのですが、別の病気です。マルファン症候群はFBN1遺伝子の変化で起こり、大動脈基部の拡張や水晶体亜脱臼など重い結合組織の異常を伴い、知能は通常保たれます。一方ZDHHC9関連の病気は、知的障害やてんかんを伴い、そうした重い結合組織の異常は伴いません。区別には遺伝子解析が役立ちます。

Q6. ミネルバクリニックではどんな相談ができますか?

当院は臨床遺伝専門医が、遺伝子検査に関する情報提供や、診断後の遺伝の考え方・再発リスク・家族への説明などについての遺伝カウンセリングを担当します。てんかんや発達の日常的な診療は小児神経・小児科などの専門科が担いますので、必要に応じて連携・ご紹介の形をとります。まずはお気軽にご相談ください。

🏥 遺伝子検査・遺伝カウンセリングのご相談

知的障害やてんかんの背景にある遺伝子の検査、
診断後の遺伝の相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

  • [1] Mutations in ZDHHC9, which encodes a palmitoyltransferase of NRAS and HRAS, cause X-linked mental retardation associated with a Marfanoid habitus. Am J Hum Genet. 2007. [PubMed 17436253]
  • [2] OMIM #300799. Intellectual Developmental Disorder, X-Linked Syndromic, Raymond Type (MRXSR). Johns Hopkins University. [OMIM 300799]
  • [3] OMIM 300646. ZDHHC Palmitoyltransferase 9 (ZDHHC9). Johns Hopkins University. [OMIM 300646]
  • [4] ZDHHC9 X-linked intellectual disability: Clinical and molecular characterization. Am J Med Genet A. 2023. [PubMed 36416207]
  • [5] GCP16 stabilizes the DHHC9 subfamily of protein acyltransferases through a conserved C-terminal cysteine motif. Front Physiol. 2023. [Frontiers in Physiology]
  • [6] Regulation of RAS palmitoyltransferases by accessory proteins and palmitoylation. Nat Struct Mol Biol. 2024. [Nature Structural & Molecular Biology]
  • [7] The X-Linked Intellectual Disability Gene Zdhhc9 Is Essential for Dendrite Outgrowth and Inhibitory Synapse Formation. Cell Rep. 2019. [Cell Reports]
  • [8] The X-Linked Intellectual Disability Gene, ZDHHC9, Is Important for Oligodendrocyte Subtype Determination and Myelination. Glia. 2025. [PMC12121472]
  • [9] Epilepsy, cognitive deficits and neuroanatomy in males with ZDHHC9 mutations. Ann Clin Transl Neurol. 2015. [PMC4435709]
  • [10] Synaptic Function and Sensory Processing in ZDHHC9-Associated Neurodevelopmental Disorder: A Mechanistic Account. 2025. [PMC12044517]
  • [11] Disruption of the Zdhhc9 intellectual disability gene leads to behavioural abnormalities in a mouse model. Dis Model Mech. 2018. [PMC6104741]
  • [12] Expanding the clinical phenotype of patients with a ZDHHC9 mutation. Am J Med Genet A. 2014. [PubMed 24357419]
  • [13] Tentative clinical diagnosis of Lujan-Fryns syndrome—A conglomeration of different genetic entities? Am J Med Genet A. 2016. [PubMed 26358559]
  • [14] Palmitoylacyltransferase Zdhhc9 inactivation mitigates leukemogenic potential of oncogenic Nras. Leukemia. 2016. [Leukemia]
  • [15] DHHC9-mediated GLUT1 S-palmitoylation promotes glioblastoma glycolysis and tumorigenesis. Nat Commun. 2021. [Nature Communications]

関連記事

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

お電話での受付可能
診療時間
午前 10:00~14:00
(最終受付13:30)
午後 16:00~20:00
(最終受付19:30)
休診 火曜・水曜

休診日・不定休について

クレジットカードのご利用について

publicブログバナー
 
medicalブログバナー
 
NIPTトップページへ遷移