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SPTA1遺伝子とは?α-スペクトリンの異常が起こす遺伝性球状赤血球症・楕円赤血球症を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

赤血球が自分の形を保ち、狭い毛細血管を何度もすり抜けながら約120日間も生き続けられるのは、細胞膜の裏側に張りめぐらされた「網目状の骨組み」のおかげです。その骨組みの主材料をつくるのがSPTA1遺伝子(α-スペクトリン)です。この遺伝子に変化があると、遺伝性球状赤血球症・遺伝性楕円赤血球症・遺伝性熱変形赤血球症(hereditary pyropoikilocytosis:HPP)といった、さまざまな遺伝性の溶血性貧血が起こります。SPTA1は数ある赤血球膜の遺伝子のひとつにすぎませんが、その仕組みを理解すると「なぜ同じ遺伝子の変化でも、無症状の人から胎内で命にかかわる人まで幅が出るのか」という、遺伝性貧血に共通する大きな問いの答えが見えてきます。本記事では、SPTA1の働きと関連する病気、そして最新の遺伝子診断までを、遺伝専門医の視点からやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 膜骨格・低発現アレル・溶血性貧血
臨床遺伝専門医監修

Q. SPTA1遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. SPTA1は「α-スペクトリン」というタンパク質の設計図で、赤血球の細胞膜を裏打ちする網目状の骨組み(膜骨格)の主材料をつくります。この骨組みが弱ると赤血球は丸くなったり(球状赤血球症)、楕円形に固定されたり(楕円赤血球症)、さらに壊れやすくなったり(ピロポイキロサイトーシス)します。α-スペクトリンはもともと余るほど多くつくられているため、多くの病気は両方の遺伝子コピーに問題がそろって初めて発症します(潜性遺伝)。この「余分に多くつくる」という性質が、SPTA1の遺伝の仕方を理解する最大の鍵になります。

  • 膜骨格での役割 → α鎖とβ鎖が組んで四量体をつくり、赤血球膜の弾力と強度を支える
  • 遺伝形式 → α鎖が過剰産生されるため、重症の定量欠乏型HSは原則として常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)
  • 低発現アレル(αLELY・αLEPRA) → 単独では無症状だが、病的変異と組むと表現型を大きく悪化させる
  • 重症例 → 完全欠損では非免疫性胎児水腫となり、子宮内輸血が救命に必要になることがある
  • 診断 → EMA結合試験・浸透圧勾配エクタサイトメトリー・次世代シーケンシング(NGS)を組み合わせる

🧬 SPTA1遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 SPTA1(Spectrin Alpha, Erythrocytic 1)/別名 EL2, SPH3, HPP
タンパク質 赤血球型α-スペクトリン(約2,419アミノ酸・約280 kDa)
染色体上の位置 1番染色体長腕 1q23.1
主なはたらき β-スペクトリンと組んで膜骨格の網目をつくり、赤血球の変形能と膜の安定性を支える
関連する主な病気 遺伝性球状赤血球症3型(HS3・OMIM 270970)/遺伝性楕円赤血球症2型(EL2・OMIM 130600)/遺伝性熱変形赤血球症(HPP・OMIM 266140)
遺伝形式 定量欠乏によるHS3・HPPは常染色体潜性遺伝(劣性)/自己会合を妨げるHE2は常染色体顕性遺伝(優性)
臨床的に重要な多型 αLELY(低発現アレル・MAF約25%)/αLEPRA(深部イントロン・MAF約0.4%)
検査上の注意 頻回輸血中はドナー赤血球が混じるため、機能検査より遺伝子解析が確実なことがあります

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. SPTA1遺伝子とα-スペクトリン ─ 赤血球の「骨組み」をつくる設計図

SPTA1は、赤血球の膜を裏側から支えるα-スペクトリンの設計図です。この骨組みがしっかりしているかどうかが、赤血球が丸く壊れやすくなるか、正常な円盤のまま長生きできるかを決めます。ですからSPTA1を知ることは、ご本人やお子さんの貧血が「なぜ起きているのか」を分子のレベルで理解する出発点になります。

SPTA1は Spectrin Alpha, Erythrocytic 1 の頭文字をとった遺伝子名で、1番染色体の長腕、1q23.1という位置にあります。この遺伝子がつくるα-スペクトリンは、約2,419個のアミノ酸がつながった全長280 kDaほどの非常に大きなタンパク質です。その大部分は、約106個のアミノ酸からなる三本鎖のらせん(スペクトリンリピート)が22回くり返された、しなやかなロープのような構造をしています[6]。このくり返し構造が、赤血球の膜に必要な「伸びて、また戻る」弾力を生み出しています。

赤血球は中央がくぼんだ円盤(両凹円板)の形をしていて、直径よりずっと細い毛細血管を通るときには、いったん大きく変形してすり抜け、通り過ぎたあと元の形に戻ります。この変形と復元を約120日間、何万回とくり返せるのは、膜の裏側にα-スペクトリンとβ-スペクトリンが編み上げた二次元の網目状の骨組み(膜骨格)があるからです[2]。SPTA1に変化が起きてこの網目がほころぶと、赤血球は変形能や強度を失い、脾臓などで早く壊されてしまいます。これが、SPTA1関連の病気に共通する「溶血(赤血球が壊れること)」の正体です。

💡 用語解説:スペクトリンと膜骨格

スペクトリンは、赤血球膜の裏側で骨組みをつくる細長いタンパク質です。α鎖(SPTA1がつくる)とβ鎖(SPTBがつくる)が並んで一本のペア(ダイマー)になり、そのペアどうしが頭と頭でつながって四量体(テトラマー)になります。四量体がさらに網の目のようにつながって、膜全体を裏打ちする骨組み=膜骨格ができあがります。この網目が、赤血球のしなやかさと丈夫さの両方を生み出しています。

2. 膜骨格での役割 ─ 「横のつながり」と「縦のつながり」で病気が分かれる

赤血球膜の骨組みには、網目そのものをつくる「横のつながり」と、その網目を膜に留める「縦のつながり」の2種類があります。SPTA1の変化がこのどちらを壊すかによって、起こる病気の種類(球状か楕円形か)がはっきり分かれます。つまり、変異の場所を知ることが、病気の見当をつける近道になります。

膜骨格の安定は、2つの向きの結合で支えられています[2]。ひとつは水平結合(横のつながり)で、α-スペクトリンとβ-スペクトリンのペアどうしが頭と頭で自己会合し、四量体、さらに高次の網目を編み上げるつながりです。SPTA1のN末端側(α-Iドメイン)は、この頭どうしの結合の要にあたります。もうひとつは垂直結合(縦のつながり)で、編み上がった網目を、アンキリン1(ANK1)・バンド3(SLC4A1)・プロテイン4.2(EPB42)などがつくる膜貫通複合体を介して、脂質二重層(膜そのもの)に留めるつながりです。

📐 2種類の結合と、壊れたときに起こること

横のつながり(水平結合)が弱ると

四量体がうまく組めず、網目の引っ張り強度が落ちる → 赤血球が楕円形のまま戻れなくなる
→ 楕円赤血球症(HE)/重症型のピロポイキロサイトーシス(HPP)

縦のつながり(垂直結合)が弱ると

網目が膜から浮いて、膜が小さな袋(微小胞)として脱落 → 表面積を失い丸くなる
→ 球状赤血球症(HS)

縦のつながりが壊れると、骨組みに支えられなくなった膜が、脾臓の狭い血管を通るときのせん断応力に耐えきれず、小さな袋(微小胞)としてちぎれ落ちていきます[1]。膜を少しずつ失った赤血球は、表面積に対して体積が相対的に大きくなり、最終的に最も表面積の小さい球(球状赤血球)に近づきます。一方、横のつながりが壊れると、網目そのものの引っ張り強度が下がり、毛細血管で引き伸ばされた赤血球が元の円盤に戻れず、楕円形に固定されてしまいます。この「どちらの結合が壊れたか」という視点は、検査結果を読み解くときにも役立ちます。

3. α鎖の過剰産生と遺伝形式 ─ なぜ「片方だけ」では発症しにくいのか

SPTA1の遺伝の仕方を理解する鍵は、α-スペクトリンがもともと余るほど多くつくられている、という一点です。この余裕があるおかげで、SPTA1のコピーが片方だけ壊れても健康な保因者ですむことが多く、重症の定量欠乏型HSは両方のコピーに問題がそろって初めて起こります。ご家族の遺伝リスクを考えるうえで、この性質はとても重要です。

健康な赤血球の前駆細胞では、α-スペクトリン(SPTA1の産物)は、相方のβ-スペクトリン(SPTBの産物)にくらべておよそ3〜4倍も多くつくられています[4]。つくられたα鎖は、利用できるβ鎖と手早く結びついて安定し、余ったα鎖は細胞内で速やかに分解されます。つまりα鎖は「常に余分に用意されている材料」であり、少しくらい減っても骨組みづくりに支障が出ません。

このため、SPTA1の片方のコピーが完全に働きを失っても(ヌル変異など)、残ったもう片方の正常なコピーが十分な量のα鎖を供給し続けます。結果として膜骨格づくりに実質的な支障は生じず、多くの場合は無症状の保因者(キャリア)にとどまります[1]。したがって、量の不足による重症の球状赤血球症は、原則として常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の形をとります。これは、片方の変異だけで発症しやすいSPTB・ANK1(こちらは量が骨組みづくりの「律速」になるため、多くが常染色体顕性遺伝=優性遺伝)とは対照的です。

ただし例外もあります。SPTA1から異常なタンパク質がつくられ、それが正常な四量体づくりを物理的に邪魔してしまうタイプ(ミスセンス変異による質的な欠陥)では、片方のコピーの変異だけでも楕円赤血球症(HE)として顕性遺伝の形で現れることがあります[2]。同じSPTA1でも「量が足りない」のか「質が悪い」のかで、遺伝の仕方が変わってくるのです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「量の病気」と「質の病気」を分けて考える】

同じ遺伝子の変化でも、「材料が足りない」タイプと「変な材料が混ざる」タイプでは、遺伝の仕方も、家族の中での現れ方も違ってきます。SPTA1はまさにその両方を併せ持つ遺伝子です。ご家族から「うちは誰も病気じゃないのに、なぜこの子だけ?」と聞かれることの背景には、この「α鎖は余分につくられている」という生化学的な事情があります。

私は、遺伝の説明をするときにこの「量か質か」の軸をまずお伝えするようにしています。仕組みが腑に落ちると、次に知りたい「きょうだいはどうなのか」「次の妊娠は」という問いにも、筋道を立てて考えていけるからです。医学的な正確さを保ちながら、その方にとって必要な見通しをお渡しすることを大切に考えています。

4. 低発現アレル(αLELY・αLEPRA)─ 単独では無害でも、組み合わせで牙をむく

SPTA1には、それ単独では病気を起こさないのに、反対側のコピーにある病的変異と組み合わさると、α-スペクトリンの量を危険域まで減らして病気を一気に重くする「低発現アレル」が知られています。代表がαLELYとαLEPRAで、遺伝子検査の結果を正しく読むには、この2つの理解が欠かせません。

αLELY(Low Expression LYon)は、集団の約25%が持つごくありふれた多型です[1]。イントロン45のスプライシング変異(c.6531-12C>T)とエクソン40のミスセンス変異のセットからなり、この変異があると転写産物の約半分でエクソン46が部分的に飛ばされ(エクソンスキッピング)、このコピーからつくられる正常なα-スペクトリンは通常の約50%に減ります。それでも、もともとα鎖は余分につくられているため、αLELYを両方に持つ人でも、ヌルアレルと組み合わさっても、総量は正常の約25%以上が保たれ、発症しません[4]。正常な骨組みづくりには、野生型の約25%あれば足りるということです。

問題は、このαLELYが楕円赤血球症(HE)を起こす病的変異と反対側のコピー(トランス位)で組み合わさったときです。正常型α鎖の供給が半減する結果、細胞内での「変異型α鎖 対 正常型α鎖」の比率が上がり、異常なタンパク質が骨組みに過剰に組み込まれます。これにより、軽症だったはずのHEが、重症のピロポイキロサイトーシス(HPP)へと劇的に悪化します[1]。同じαLELYが、相手しだいで無害にも、病気の増悪因子にもなるのです。

αLEPRA(Low Expression PRAgue)は、MAF約0.4%と比較的まれな深部イントロン変異(c.4339-99C>T)です[5]。イントロン30の中にクリプティック(隠れた)スプライス部位を目覚めさせてしまい、mRNAに異常な配列が入り込んでフレームがずれ、未熟な終止コドンができます。その多くはナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)で壊されるため、このコピーから正常につくられるα-スペクトリンは、わずか約16%まで落ち込みます[5]

このαLEPRAがSPTA1のヌル変異(完全欠失)とトランス位で組み合わさると、赤血球内のα-スペクトリン総量は約8%まで落ち込みます。この水準は骨組みを安定に保つ最低ラインを下回るため、患者は重症の常染色体潜性遺伝型の球状赤血球症(HS3)を発症します[1][5]。実際、こうした低発現アレルの関与は、従来の検査で原因不明とされてきた慢性溶血の解明にもつながっています[5]。ご本人やご家族にとって、この「無症状の多型が、もう片方の変異と出会って初めて意味を持つ」という考え方は、なぜ家系内で症状の重さがばらつくのかを理解する助けになります。

📊 α-スペクトリンの量と、現れる状態のめやす

100%超正常/正常・ヌル → 健常(無症状の保因者を含む)
約25%αLELY・ヌル → 無症状(機能はほぼ代償される)
約8%αLEPRA・ヌル → 重症の球状赤血球症(HS3)
1%未満ヌル・ヌル → 致死的な胎児水腫
構造的欠陥HE変異型・αLELY → 重症のHPP

※野生型の約25%が、正常な赤血球骨格の形成と無症状での生存に必要なめやすとされています。総量が大きく下回るか、構造的なHE変異が四量体づくりを妨げる場合に発症します。

5. 遺伝性球状赤血球症3型(HS3)─ 縦のつながりが壊れる潜性遺伝の病気

SPTA1によるHS3は、α-スペクトリンの深刻な量的不足で「縦のつながり」が壊れ、膜が少しずつ失われて赤血球が球状になる病気です。多くは両方のコピーに問題がある潜性遺伝で、重症度は残るα-スペクトリンの量に応じて幅があります。ご家族にとっては「両親がともに保因者のことがある」という点が、次のお子さんを考えるうえで大切な情報になります。

遺伝性球状赤血球症3型(HS3・OMIM 270970)は、常染色体潜性遺伝の形をとります[7]。縦のつながり(垂直結合)が壊れて膜が微小胞として脱落した赤血球は、表面積を失って球状となり、変形能を失います。変形できない球状赤血球は脾臓のマクロファージに捕らえられ、慢性的な血管外溶血(脾臓での破壊)を起こします[2]。症状としては貧血・黄疸・脾腫(脾臓の腫れ)が典型的です。

なお、赤血球膜症としてのHS全体で見ると、原因遺伝子はANK1やSLC4A1が多数を占め、SPTA1変異による定量欠乏型は相対的に少数派です。しかし、重症・潜性型のHSにおいてはSPTA1が重要な位置を占め、集団によっては報告例のなかで最も多い原因遺伝子とされることもあります[12]。「まれだが、重い型では鍵になる」という位置づけを知っておくと、検査結果の意味を取り違えずにすみます。

SPTA1関連HSは、つくられるα-スペクトリンの量に応じて重症度が分かれます[1]。脾臓を摘出することで輸血から完全に離脱できる重症型(ヌル変異とαLEPRAの複合ヘテロ接合体など)もあれば、小児期の一定期間だけ輸血を要してその後安定する中等症型、そして脾摘後も生涯にわたり輸血が続く、あるいは胎児期に胎児水腫を発症する最重症型まであります。同じ「HS3」でも、残る骨組みの量によって見通しが大きく変わる点が、この病気を理解するうえで重要です。

6. 楕円赤血球症(HE2)とピロポイキロサイトーシス(HPP)─ 横のつながりの病気

SPTA1の「横のつながり」を担うN末端側が変異すると、四量体づくりが妨げられ、赤血球が楕円形に固定される楕円赤血球症(HE2)が起こります。その最重症型が、熱にも弱く赤血球が断片化するピロポイキロサイトーシス(HPP)です。多くは無症状に近いHE2ですが、低発現アレルとの組み合わせでHPPへと悪化しうる点が、家系内の症状のばらつきを説明します。

遺伝性楕円赤血球症2型(HE2・OMIM 130600)は、常染色体顕性遺伝の形をとります[8]。SPTA1の自己会合部位であるα-Iドメイン(N末端側)のミスセンス変異(例:p.His54Proなど)により、ペアどうしの頭の結合が立体的に妨げられます[2]。正常な赤血球は毛細血管で楕円形に引き伸ばされた後に円盤へ戻りますが、この自己会合が弱い赤血球は戻れず、永久的な楕円形(楕円赤血球)として固定されます。多くの患者は無症状のキャリアか、軽度の代償性貧血にとどまりますが、感染や酸化ストレスのときに溶血発作を起こすことがあります。

遺伝性熱変形赤血球症(hereditary pyropoikilocytosis:HPP・OMIM 266140)は、HEの最重症型に位置づけられ、常染色体潜性遺伝の形をとります[8]。乳幼児期から重い溶血性貧血を呈し、45℃以上の熱に対する赤血球の顕著な破砕(熱脆弱性)が特徴です。末梢血の塗抹標本では、極端な大小不同、微小球状赤血球、断片化赤血球や奇形赤血球が見られます。多くは、片方の親からHE変異を、もう片方の親からαLELYなどの低発現アレルを受け継いだ複合ヘテロ接合体で発症します[1]。αLELYが正常なα鎖の供給を下げるため、相対的に変異型スペクトリンの組み込み比率が上がり、骨組みの崩壊が致命的な水準に達するのです。

💡 用語解説:複合ヘテロ接合体とトランス位

ヒトは同じ遺伝子を父由来・母由来の2本持っています。この2本の別々の場所に、それぞれ異なる変異を1つずつ持っている状態を複合ヘテロ接合体と呼びます。2つの変異が父由来・母由来の別々のコピーに分かれて乗っていることをトランス位といいます。SPTA1では、HE変異と低発現アレルがトランス位にそろうことが、HPP発症の引き金になります。逆に同じコピーに並んで乗っている(シス位)場合は、意味合いが変わります。

7. 胎児水腫と新生児黄疸 ─ 最重症例で何が起こるか

SPTA1の両方のコピーが機能を失う最重症例では、機能的なα-スペクトリンがほぼ完全に欠損し、胎内で重い貧血と非免疫性胎児水腫を起こすことがあります。適切な時期の子宮内輸血で救命できる場合があり、出生後も継続的な治療が必要になります。妊娠中にこの状況に直面したご家族にとって、「介入の選択肢がある」ことを知っておくことは、見通しを立てる助けになります。

SPTA1の両アレルが完全に機能を失う(ヌル/ヌル)か、自己会合を完全に妨げる重い変異がホモ接合で生じた場合、機能的なα-スペクトリンは実質的に完全欠損となります。この状態は赤血球の生存期間を極端に縮め、非免疫性胎児水腫という致死的な病態を引き起こします[9]。胎内での深刻な溶血は重い胎児貧血を招き、代償のための心拍出量増加から高拍出性心不全と全身のむくみへと進みます。超音波ドップラーで胎児の中大脳動脈収縮期最大血流速度(MCA-PSV)が上昇していれば、重症貧血が疑われます。

こうした子宮内での危機を回避する救命処置が、超音波ガイド下の子宮内胎児輸血(IUT)のくり返しです。実際に、SPTA1のc.6154delGをホモ接合で持つ胎児が重い貧血と胎児水腫をきたし、妊娠26〜30週の間に4回の子宮内輸血で管理された報告があります[9]。出生後もこれらの最重症例は、強い新生児黄疸と持続する貧血を呈し、生涯にわたる輸血依存となることがあります。脾臓摘出は破壊の場を減らして一定の改善をもたらしますが、完全欠損例では赤血球そのものの脆弱性が極限にあるため、脾摘後も溶血が止まらず輸血から離脱できないことが少なくありません[1]。定期輸血に伴う鉄過剰への鉄キレート療法や、根治を目指す同種造血幹細胞移植が選択肢となります。

新生児期の黄疸を重くする要因として、ビリルビンを処理する酵素の遺伝子であるUGT1A1のプロモーター多型(ジルベール症候群)の同時保有が知られています。UGT1A1の働きが弱いこと自体は通常は無症状ですが、HSやHPPによって大量のビリルビンが生じる場面では処理能力の限界を超えさせ、神経障害を伴う核黄疸のリスクを高めることが報告されています[11]。このため、併存する修飾因子の評価は、重症高ビリルビン血症のリスクを考えるうえで参考になる場合があります。

8. 検査と診断の進め方 ─ 機能検査と遺伝子検査を組み合わせる

SPTA1関連の病気の診断は、赤血球の変形能を見る機能検査(EMA結合試験・浸透圧勾配エクタサイトメトリー)と、原因を確定する遺伝子検査(NGS)を組み合わせて進めます。とくに家族歴がはっきりしない場合や、頻回に輸血している場合には、遺伝子検査が確定診断の決め手になります。ご本人にとっては「血液を採るだけで多くのことが分かる」ことが、検査へのハードルを下げてくれます。

浸透圧勾配エクタサイトメトリー(OGE)は、非免疫性溶血性貧血を見分けるうえでの基準となる機能検査です[2]。連続的に変化する浸透圧の環境で赤血球に一定のせん断応力を与え、レーザー回折で変形能を測定します。HSでは曲線全体が低浸透圧側へずれ、最大変形能が下がる特徴的な形を示すのに対し、HE/HPPでは浸透圧によらず変形能が低いままの平らな曲線を描くため、両者を見分けられます。

EMA(エオジン-5-マレイミド)結合試験は、フローサイトメトリーを用いたHSの第一選択スクリーニングで、感度・特異度ともに高いことが報告されています[13]。EMAはバンド3タンパク質の特定の部位に結合する蛍光色素です。SPTA1変異によるHSではバンド3の遺伝子自体に異常はありませんが、縦のつながりが壊れて膜が微小胞として脱落する際にバンド3も一緒に失われるため、赤血球1個あたりのバンド3量が二次的に減り、蛍光強度の低下として検出されます。「原因はα-スペクトリンなのに、測っているのはバンド3」という点が、この検査を理解する鍵です。

🔬 診断の進め方(STEP)

1血算・網赤血球・血液塗抹で溶血と赤血球の形態異常を確認する
2EMA結合試験・OGEで膜症のタイプ(HSかHE/HPPか)を絞り込む
3NGS遺伝子パネルで原因遺伝子・複合ヘテロ接合・修飾遺伝子を確定する

次世代シーケンシング(NGS)は、SPTA1・SPTB・ANK1・SLC4A1・EPB42などの赤血球膜症関連遺伝子をまとめて解析する方法で、現代の診断に欠かせません。SPTA1関連疾患では常染色体潜性遺伝の重症型や、家系内で軽症者が見逃されている顕性型などがあり、明らかな家族歴を認めない場合もあります。また、まれにde novo変異が関与する可能性もあるため、臨床像や生化学検査だけでは原因遺伝子を特定しきれないことがあります[12]。深部イントロン領域を解析対象に含むNGS検査では、αLEPRAのような深部イントロン変異の同定、複合ヘテロ接合のフェージング(どちらの親由来かの決定)、そしてジルベール症候群などの修飾遺伝子の同時検出において、大きな価値を発揮します[12]。とくに、すでに頻回輸血を受けていてドナー赤血球が混じり、機能検査が正確に行えない重症例では、遺伝子解析が特に重要な確定診断手段となります[1]

なお、SPTA1関連の膜症は、骨髄での造血がうまくいかない先天性赤血球形成異常性貧血(CDA)と臨床像が似ることがあり、鑑別が課題になります。とくに転写因子GATA1とともに赤血球特異的遺伝子の発現を制御するKLF1のミスセンス変異(E325K)によるCDA IV型は、SPTA1を含む膜タンパク質群の広範な発現不全を二次的に引き起こし、HSやHPPに似た溶血性貧血を呈します[10]。膜タンパク質そのものの異常(SPTA1)と、上流の転写制御因子の異常(KLF1)を切り分けるうえでも、NGSは有力なツールです。実際、SPTA1などの膜蛋白遺伝子の発現は、GATA-1やNF-E2といった造血の司令塔が、プロモーターよりむしろ深部イントロン領域に結合して制御していることが分かっており、ノンコーディング領域の変異を読み解く基盤になっています[3]

🧬 関連する検査ページ

SPTA1を含む赤血球膜症を網羅的に調べる遺伝性球状赤血球症NGS遺伝子パネル検査、鑑別が問題になる先天性赤血球形成異常性貧血(CDA)NGS検査パネル、胎児水腫の原因を包括的に探る非免疫性胎児水腫(NIHF)包括的遺伝子パネル検査があります。

9. 遺伝カウンセリングの要点 ─ 保因者と再発率をどう考えるか

SPTA1関連の重症型は潜性遺伝が中心のため、両親がともに無症状の保因者で、お子さんに1/4の確率で受け継がれることがあります。低発現アレルの有無で見通しが変わるため、家族全体を視野に入れた遺伝カウンセリングが役立ちます。「なぜ健康な両親から発症児が生まれたのか」を理解することは、次の妊娠を考えるうえでの不安を整理する助けになります。

定量欠乏によるHS3やHPPは常染色体潜性遺伝の形をとることが多く、この場合、両親はそれぞれ無症状の保因者で、次のお子さんに同じ病気が受け継がれる確率は理論上1/4(25%)です。ただし、SPTA1では低発現アレル(αLELY・αLEPRA)が表現型を大きく左右するため、単純に「変異があるかどうか」だけでなく、どの変異とどの低発現アレルがトランス位で組み合わさるかまで見ないと、見通しは立てられません。ここが、SPTA1の遺伝カウンセリングの難しさであり、同時に遺伝子検査が力を発揮するところです。

保因者であることが分かった場合、次の妊娠に向けた選択肢としては、妊娠してから絨毛検査・羊水検査で調べる方法があります。また、ご家族の状況によっては、結婚・妊娠前に受ける保因者(キャリア)スクリーニング検査で、あらかじめ夫婦それぞれの保因状況を把握しておく道もあります。どの方法にも適応や条件があり、どの家系でも同じように選べるわけではありませんので、時間に余裕をもって遺伝カウンセリングで相談されることをおすすめします。なお当院の遺伝カウンセリングは臨床遺伝専門医が担当します。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「家族歴がない」は「遺伝ではない」ではありません】

潜性遺伝の病気では、両親ともに無症状の保因者であることが珍しくありません。ですから「家系に誰も同じ病気の人がいない」ことは、遺伝性を否定する理由にはならないのです。SPTA1関連のHSでは、明らかな家族歴がない例も相当数あることが知られています。

こうした場合こそ、遺伝子検査が力を発揮します。原因が分子のレベルで確定すると、きょうだいや次の妊娠のリスクを具体的に考えられるようになり、新生児期の黄疸への備えといった実際的な準備にもつながります。私は、結果そのものよりも「その結果をどう次の判断に生かすか」を一緒に整理していく姿勢を大切に考えています。

10. よくある誤解

SPTA1をめぐっては、遺伝の仕方や検査の意味について誤解が生じやすい点がいくつかあります。ここで代表的なものを整理しておくと、検査結果を落ち着いて受け止める助けになります。

誤解①「SPTA1に変異があれば必ず貧血になる」

α-スペクトリンはもともと3〜4倍多くつくられているため、片方のコピーが完全に働きを失っても、多くは無症状の保因者です。SPTA1に変化がある=発症、という単純な図式では説明できません。

誤解②「αLELYが見つかったから重症になる」

αLELYは集団の約25%が持つありふれた多型で、単独ではまず症状を起こしません。問題になるのは、HEを起こす病的変異とトランス位でそろったときだけです。持っていること自体は珍しくありません。

誤解③「家族歴がなければ遺伝病ではない」

潜性遺伝では両親ともに無症状の保因者のことが多く、家族歴がなくても遺伝性のことがあります。SPTA1関連HSでは家族歴のない例も相当数報告されています。

誤解④「脾臓を取れば必ず治る」

脾摘は多くのHSで有効ですが、α-スペクトリンがほぼ完全に欠損する最重症例では、赤血球そのものが脆弱なため脾摘後も溶血が続き、輸血から離脱できないことがあります。重症度によって効果が異なります。

📌 このページを読んだあなたへ

この記事にたどり着いた方には、いくつかの状況が考えられます。お子さんやご自身がSPTA1の変異を指摘された方、これから赤血球膜症の遺伝子検査を検討している方、あるいは妊娠中に胎児貧血や胎児水腫を指摘され原因を調べている方などです。次に確認しておくとよい観点を挙げておきます。

遺伝形式(潜性か顕性か)と、きょうだい・次子の再発率
複合ヘテロ接合や低発現アレルの有無(見通しを左右します)
保因者検査など、血縁者・パートナーへの影響と確認方法
・新生児黄疸を重くしうるUGT1A1(ジルベール症候群)など、併存する修飾因子

よくある質問(FAQ)

Q1. SPTA1遺伝子はどこにあって、何をつくる遺伝子ですか?

SPTA1は1番染色体長腕の1q23.1にある遺伝子で、赤血球型α-スペクトリンというタンパク質をつくります。α-スペクトリンはβ-スペクトリンと組んでペア(ダイマー)になり、さらに四量体、網目状の骨組み(膜骨格)を形成して、赤血球の膜を裏側から支えます。この骨組みが赤血球の弾力と丈夫さを生み、狭い毛細血管を通り抜けながら長く生き続けることを可能にしています。

Q2. SPTA1に変異があると、必ず貧血になりますか?

必ずしもそうではありません。α-スペクトリンはもともとβ-スペクトリンの3〜4倍も多くつくられているため、片方のコピーが完全に働きを失っても、残ったコピーが十分な量を供給し、多くは無症状の保因者にとどまります。量の不足による重症の球状赤血球症は、原則として両方のコピーに問題がそろう常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の形をとります。一方、異常なタンパク質が四量体づくりを妨げるタイプでは、片方の変異だけで楕円赤血球症として現れることもあります。

Q3. αLELYが見つかったと言われました。心配ですか?

αLELYは集団の約25%が持つ、ごくありふれた低発現アレルです。単独では、両方に持っていても、ヌルアレルと組み合わさっても発症しません。これは、正常なα-スペクトリンが約25%あれば骨組みづくりに足りるためです。ただし、楕円赤血球症を起こす病的変異と反対側のコピー(トランス位)で組み合わさった場合には、表現型を重いピロポイキロサイトーシスへと悪化させることがあります。持っていること自体は珍しくなく、相手の変異があるかどうかが重要です。

Q4. 家族に誰も同じ病気の人がいません。それでも遺伝性のことがありますか?

あります。SPTA1関連の重症型は常染色体潜性遺伝が中心で、両親がともに無症状の保因者のことが少なくありません。この場合、家系に発症者がいなくても、お子さんに病気が受け継がれることがあります。まれにde novo変異が関与する可能性もあります。実際にSPTA1関連の球状赤血球症では、明らかな家族歴がない例も相当数報告されており、こうした例では遺伝子検査が原因究明の決め手になります。

Q5. すでに頻繁に輸血を受けています。それでも遺伝子検査はできますか?

できます。むしろ、頻回に輸血を受けている場合はEMA結合試験や浸透圧勾配エクタサイトメトリーといった機能検査が、混じったドナー赤血球のために正確に行えないことがあります。遺伝子検査は末梢血の白血球などから抽出したご本人のDNAを調べるため、輸血の影響を受けにくく、こうした状況では確定診断の有力な手段になります。深部イントロンのαLEPRAのような、通常の方法では見つけにくい変異の検出にもNGSが役立ちます。

Q6. SPTA1とSPTBは何が違うのですか?

SPTA1はα-スペクトリンを、SPTBはβ-スペクトリンをつくり、この2つが組んで膜骨格の基本ユニットになります。大きな違いは量です。α鎖は3〜4倍も多くつくられているため、SPTA1の量的な不足による重症HSは潜性遺伝が中心です。一方、β鎖は量が骨組みづくりの律速になるため、SPTB変異によるHSは片方の変異だけで発症しやすく、多くが顕性遺伝です。同じ膜骨格をつくる遺伝子でも、遺伝の仕方が異なります。

Q7. 新生児の黄疸が強いと言われました。SPTA1と関係がありますか?

SPTA1関連のHSやHPPでは、赤血球が壊れやすいために新生児期に強い黄疸が出ることがあります。さらに、ビリルビンを処理する酵素の遺伝子UGT1A1のプロモーター多型(ジルベール症候群)を併せ持つと、処理能力の限界を超えて黄疸が重くなり、まれに核黄疸のリスクが高まることが報告されています。このため、こうした修飾因子の評価は、重症高ビリルビン血症のリスクを考えるうえで参考になる場合があります。具体的な検査計画は臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q8. 胎児が重い貧血・胎児水腫と言われました。SPTA1が原因のこともありますか?

あります。SPTA1の両方のコピーが機能を失う最重症例では、α-スペクトリンがほぼ完全に欠損し、胎内で重い貧血と非免疫性胎児水腫をきたすことがあります。適切な時期に子宮内胎児輸血をくり返すことで救命できた報告があります。胎児水腫の背景には多くの原因があるため、SPTA1だけでなく複数の原因を包括的に調べる遺伝子検査が有用です。超音波所見やご家族歴によって進め方は変わりますので、臨床遺伝専門医とご相談のうえ検査計画を立てることをおすすめします。

🏥 赤血球膜症・遺伝性貧血の遺伝子診断のご相談

遺伝性球状赤血球症・楕円赤血球症・胎児水腫などに関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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