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SPTB遺伝子とは|β-スペクトリンの働きと遺伝性球状赤血球症(HS2)を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

赤血球は、脾臓のすき間や毛細血管を通り抜けるたびに、自分の直径より狭い道を無理やり通過しています。それでも壊れないのは、細胞膜の裏側に「バネのような網目状の骨組み」が張りめぐらされているからです。その骨組みの主役をつくるのがSPTB遺伝子(β-スペクトリン)です。この設計図に変化が起こると、膜の骨組みが薄くなり、赤血球が硬い球のかたちに変わって早く壊れてしまう遺伝性球状赤血球症2型(HS2)という病気になります。HS2はまれな病気ですが、その仕組みを理解することは、貧血や黄疸がなぜ起こるのか、そして遺伝がどう関わるのかを知る手がかりになります。本記事では、SPTB遺伝子の働きから、変化が引き起こす病気、診断、そして新しい治療の可能性までを、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 β-スペクトリン・赤血球膜・遺伝性球状赤血球症
臨床遺伝専門医監修

Q. SPTB遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. SPTBは「β-スペクトリン」というタンパク質の設計図で、赤血球の膜の裏側に張りめぐらされる網目状の骨組み(膜骨格)の中心部品をつくります。β-スペクトリンは、アクチンやアンキリンといった他の部品と結びついて、膜に柔軟性と丈夫さを与えます。この遺伝子の片方が壊れると、骨組みの密度が足りなくなり、赤血球が円盤から硬い球へと形を変えて脾臓で早く壊される遺伝性球状赤血球症2型(HS2)を、親から子へ受け継がれる形(常染色体顕性〔優性〕遺伝)で起こします。

  • 赤血球での役割 → β-スペクトリンはアクチンとアンキリンをつなぎ、膜骨格を脂質二重層につなぎ止める中心部品
  • 起こる病気 → 遺伝性球状赤血球症2型(HS2)。ANK1と並ぶHSの主要な原因遺伝子のひとつ
  • 遺伝のかたち → 常染色体顕性(優性)。片方の変化だけで発症するのは、β-スペクトリンが四量体づくりの律速段階だから
  • 変異のふるまい → ナンセンス変異やフレームシフト変異などでは、NMDにより異常mRNAが減少し、機能的なβ-スペクトリンが不足する(ハプロ不全)
  • 治療の展望 → 脾臓摘出に加え、代謝を助けるピルビン酸キナーゼ活性化薬(ミタピバット)の研究が進行中

🧬 SPTB遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 SPTB(Spectrin Beta, Erythrocytic)/別名 EL3・HS2・HSPTB1・SPH2
タンパク質 β-スペクトリン(赤血球型/βI-スペクトリン)。2,137アミノ酸からなる巨大な細胞骨格タンパク質
染色体上の位置 14番染色体長腕 14q23.3(chr14:64,746,283–64,879,907/GRCh38)
OMIM番号 遺伝子 182870/表現型(HS2)616649
主なはたらき アクチンとアンキリンを結びつけ、赤血球膜の裏打ちとなる網目状の膜骨格を組み立てて膜に柔軟性と機械的安定性を与える
主な発現部位 赤血球系前駆細胞。選択的スプライシングにより骨格筋・心臓・中枢神経系でも発現する
生殖細胞系列変異と関連疾患 遺伝性球状赤血球症2型(HS2)が中心。遺伝性楕円赤血球症、新生児溶血性貧血とも関連する
主な変異のかたち ナンセンス・フレームシフト・スプライシング変異などがみられ、機能喪失型(ヌル変異)が多い。遺伝子全体に散在し、繰り返し出る変異が少ない
遺伝形式 常染色体顕性(優性)。家族歴のない新生突然変異(de novo)例も少なくない
検査上の注意 コード領域が広大なため、次世代シークエンサー(NGS)による網羅的解析が現実的。浸透圧脆弱性試験やEMA結合試験は偽陰性を生じることがある

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. SPTB遺伝子とβ-スペクトリン ─ 赤血球を守る「バネ」の設計図

SPTBは、赤血球の膜の丈夫さを支えるβ-スペクトリンをつくる遺伝子です。この遺伝子に変化があると赤血球が壊れやすくなる、という一点をまず押さえておくと、この後の話がすべてつながります。

SPTBは、Spectrin Beta, Erythrocytic(赤血球型β-スペクトリン)の頭文字をとった遺伝子名です。ヒトの14番染色体の長腕、14q23.3という場所にあります[1]。この遺伝子がつくるβ-スペクトリンは、2,137個のアミノ酸がつながった非常に大きなタンパク質で[2]、赤血球のかたちと丈夫さを保つ骨組みの中心部品として働きます。染色体上の場所や部品の大きさといった事実は一見無味乾燥ですが、「どの遺伝子を調べれば診断につながるか」を決める土台になります。ご本人やご家族にとっては、原因不明とされてきた貧血の正体を突き止める入り口が、この一点にあるということです。

スペクトリンという言葉は、赤血球の膜を裏側から支える細長いタンパク質の総称です。スペクトリンには、SPTA1遺伝子がつくるα-スペクトリンと、SPTBがつくるβ-スペクトリンの2種類があり、この2本が向かい合わせに寄り添って結合し、まず「二量体(ダイマー)」をつくります[3]。さらにこの二量体が頭どうしでつながり合うことで、機能する単位である「四量体(テトラマー)」が完成します。四量体が縦横につながって、赤血球の膜の内側に六角形の網目のような広大な骨組みをつくり上げているのです。

🔎 用語解説:スペクトリンの二量体・四量体

「二量体」は部品が2つ組み合わさったもの、「四量体」は4つ組み合わさったものを指します。スペクトリンでは、α鎖とβ鎖が1本ずつ寄り添った二量体が、さらに2組つながって四量体になります。この四量体が網目の一辺となり、赤血球膜全体を裏側から支える骨組みを形づくります。

β-スペクトリンの体は、大きく3つの部分に分かれています。ひとつめは端にあるアクチン結合部(CHドメイン)で、短いアクチンという繊維に結びつきます。ふたつめは、約106個のアミノ酸からなる「スペクトリン・リピート」という単位が17回くり返した長い胴体で、これが分子にバネのような伸び縮みを与えます[4]。みっつめはアンキリン結合部で、アンキリンという別のタンパク質を介して膜そのものにつなぎ止められます。このバネ構造こそが、赤血球が狭い血管を通るときに折れ曲がり、また元に戻る「変形能」の正体です。

2. 赤血球膜の裏打ち構造 ─ 縦糸と横糸で膜をつなぎ止める

β-スペクトリンは、膜骨格を「横に広げる役目」と「膜に縦につなぎ止める役目」の両方を担っています。この二重の役目が失われると膜が支えを失うため、SPTBはHSの発症でとりわけ重要な位置を占めます。

赤血球膜の骨組みは、しばしば「縦糸」と「横糸」にたとえられます。横糸にあたるのがスペクトリンの四量体で、その両端が短いアクチン繊維とプロテイン4.1に結びつき、六角形の網目(ジャンクション複合体)を平面状に広げていきます。一方、縦糸にあたるのがアンキリンです。β-スペクトリンのアンキリン結合部にアンキリンがつながり、そのアンキリンがさらに膜を貫くバンド3(SLC4A1)というタンパク質に結びつくことで、網目状の骨組みが脂質二重層(膜そのもの)にしっかり固定されます[5]

この「縦のつなぎ止め」が弱くなると、膜は骨組みから浮いてしまい、小さな袋(微小胞)となってちぎれ落ちていきます。読者ご本人にとって大切なのは、SPTBの変化が起こす問題が「膜が破れる」ことではなく「膜が少しずつ剥がれて面積を失う」ことだ、という点です。この面積の喪失が、次のセクションで説明する赤血球の球状化に直結します。

図1:赤血球膜の裏打ち構造(縦糸と横糸)

脂質二重層(膜そのもの)+ バンド3
↕ アンキリン(縦のつなぎ止め)
β-スペクトリン = アンキリン結合部でつなぎ止め
↕ α-β 四量体(横に広がる網目)
アクチン + プロテイン4.1(網目の結び目)

β-スペクトリンは横糸(網目)と縦糸(つなぎ止め)の両方に関わる中心部品です。

3. なぜSPTBの変化は「片方だけ」で発症するのか

SPTBの変化は、2本ある遺伝子の片方が壊れただけで病気が現れる常染色体顕性(優性)遺伝のかたちをとります。これは、β-スペクトリンの供給量が骨組みづくりの「ボトルネック」になっているからです。

ここには、遺伝を理解するうえでとても示唆に富む仕組みがあります。健康な赤血球の前駆細胞では、α-スペクトリンはβ-スペクトリンよりも3倍ほど多くつくられています[6]。つまりα鎖はいつも余っている状態です。そのため、α-スペクトリンをつくるSPTA1遺伝子の片方に変化が起こっても、残った正常な側から十分な量が供給され、表面には症状が出にくいのです。だからSPTA1による球状赤血球症(HS3)は、両方の遺伝子に変化がそろって初めて発症する潜性(劣性)遺伝の形をとりやすくなります。

対照的に、β-スペクトリンは四量体をつくるうえでの律速段階、つまり全体のペースを決めるボトルネックになっています[6]。膜に組み込まれるスペクトリンの量は、少ない側であるβ鎖の供給量で頭打ちになるのです。ですからSPTB遺伝子の片方だけに変化が起こっても、正常なβ-スペクトリンの供給量が低下し、その結果として膜の骨組み全体の密度が不足します[7]。これが、SPTBの変化が「片方だけ」で発症し、親から子へと世代を越えて受け継がれる分子レベルの理由です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「余っている部品」と「足りない部品」の違い】

同じ球状赤血球症でも、原因遺伝子によって遺伝のかたちが違うことに、最初は戸惑われる方が少なくありません。「なぜαの変化は劣性で、βの変化は優性なのですか」という疑問です。答えは、体のなかでの部品の在庫量の差にあります。α-スペクトリンは常に多めに在庫があるので、片方が欠けても残りで足ります。βは在庫がぎりぎりなので、片方欠けると即座に不足する。この違いを知っておくと、ご家族のなかで誰にどのくらいのリスクがあるのかを考えるときの見通しが、ぐっと立てやすくなります。

遺伝形式は、次のお子さんやご兄弟のリスクを一緒に整理するときの出発点になります。私は、数字を伝えるだけでなく、その数字がどんな仕組みから出てくるのかまでお話しするようにしています。仕組みが腑に落ちると、ご自身の状況を落ち着いて受け止めやすくなると考えているからです。

4. 球状化のしくみ ─ 面積を失った赤血球が硬い球になる

β-スペクトリンが不足すると、赤血球は膜の一部を失って表面積が減り、本来の柔らかい円盤から硬い球へと形を変えます。この球状の赤血球(球状赤血球)が脾臓で捕まって壊されるのが、貧血や黄疸の直接の原因です。

スペクトリンが足りなくなると、脂質二重層は骨組みからのつなぎ止めを失い、小さな袋(微小胞)としてちぎれ落ちていきます。赤血球由来の微小胞をフローサイトメトリーという方法で調べた研究では、HS患者では健康な人よりも微小胞のレベルが高いことが確かめられています[8]。膜が少しずつ失われると、赤血球の表面積と体積のバランスが崩れ、同じ中身を包む膜が足りなくなって、円盤ではなく球のかたちを取らざるを得なくなるのです。

円盤のかたちの赤血球は、中央がくぼんでいるおかげで自在に折れ曲がり、狭い血管もすり抜けられます。ところが球になった赤血球は変形する余裕を失い、脾臓の脾索という狭いすき間を通れずに立ち往生します。そこで待ち構えているマクロファージに捕まえられ、早く壊されてしまいます(血管の外で起こるので血管外溶血と呼びます)。読者ご本人にとって、これは「なぜ貧血と黄疸が同時に起こるのか」という素朴な疑問の答えになります。赤血球が壊れれば酸素を運ぶ力が落ちて貧血になり、壊れた赤血球からビリルビンという色素が出て黄疸になる。ひとつの仕組みが、複数の症状を同時に説明しているのです。

図2:SPTBの変化から溶血までの流れ

SPTB遺伝子の片方に変化
β-スペクトリンの供給が半分に(骨組みの密度不足)
膜が微小胞として脱落 → 表面積の喪失
円盤 → 硬い球状赤血球へ変形
脾臓で捕捉・破壊(血管外溶血)→ 貧血・黄疸

遺伝子の変化から症状までが一本の因果でつながっています。

5. 変異の種類とNMD ─ 「壊れた設計図」は速やかに処分される

SPTBの病的バリアントには、ナンセンス変異やフレームシフト変異などの機能喪失型が多くみられます。未成熟終止コドンを生じる一部のバリアントでは、異常な設計図(mRNA)が細胞の品質管理システムであるNMDによって分解されることが確認されており、その結果、機能的なβ-スペクトリンが不足するハプロ不全が主要な発症機序の一つと考えられています。

次世代シークエンサーの普及で、SPTB遺伝子には非常に多様な変異が見つかることが分かってきました。代表的なのは、途中で読み取りを止めるナンセンス変異やフレームシフト変異、そしてRNAのつなぎ合わせ(スプライシング)を乱す変異です。ある大規模な解析では、SPTB変異では機能喪失型(ヌル変異)が多く、遺伝子全体に散らばって存在し、同じ変異がくり返し出ることは少ないと報告されています[7]。エクソン5がまるごと飛ばされる新しいスプライス部位変異(c.647+1G>A)など、個々の家系に固有の変異が次々に同定されています[9]

🔎 用語解説:NMD(ナンセンス変異依存mRNA分解)

遺伝子の設計図であるmRNAの途中に「ここで終わり」という誤った停止の合図(未成熟終止コドン)ができると、細胞はその設計図を「不良品」とみなして速やかに壊します。この品質管理のしくみをNMD(ナンセンス変異依存mRNA分解)と呼びます。おかしなタンパク質が作られて悪さをするのを未然に防ぐ、細胞の安全装置です。

ここで興味深いのは、途中で止まる変異があっても、患者さんの赤血球の中に短く途切れた異常なスペクトリンはほとんど見つからないことが多い、という事実です[10]。これは、未成熟な停止の合図を含む異常なmRNAが、上で説明したNMDによって速やかに分解・排除されるためです[10]。実際、複数のSPTB変異でmRNAの発現量が低下し、NMDの関与が示されています[11]。これらの機能喪失型バリアントでは、異常タンパク質による「優性阻害」よりも、機能的なβ-スペクトリンが不足するハプロ不全が主要な発症機序の一つと考えられています。読者ご本人にとって、この点は「体の中に有害なものが溜まっているわけではなく、必要な部品が足りていないだけ」という理解につながり、後述する治療の考え方(足りないエネルギーを補う発想)ともつながっていきます。

6. 遺伝子型と重症度 ─ ANK1・SLC4A1との違い

HSの原因遺伝子は複数あり、どの遺伝子が原因かによって重症度の傾向がいくらか異なります。SPTBとANK1はいずれも中等症から重症になりやすく、SLC4A1(バンド3)は比較的軽症にとどまる傾向があります。

HSを引き起こす遺伝子には、SPTBのほかにSPTA1(α-スペクトリン)、ANK1(アンキリン)、SLC4A1(バンド3)、EPB42(プロテイン4.2)があります。HSはこれら5つの遺伝子のいずれかの変化で起こり、そのうちANK1・SPTB・SLC4A1の変化はおよそ9割で常染色体顕性(優性)に、SPTA1・EPB42の変化は多くが潜性(劣性)に遺伝します[12]。最も頻度が高いのはANK1の変化で、SPTBとSLC4A1がそれに続きます[12]。オランダの233例のコホートでは、遺伝子型の内訳はANK1が30.5%、SPTBが24.9%、SPTA1が21.0%、SLC4A1が18.0%と報告されています[13]

また中国の患者集団では、家族歴のない新生突然変異(de novo)の割合がSPTBで64.2%、ANK1で87.5%と高いことも報告されています[7]。ご本人やご家族にとって、この数字は「家系に同じ病気の人がいなくても、SPTBの変化による球状赤血球症は起こりうる」ことを意味します。家族歴がないことは、この病気を否定する理由にはならないのです。

原因遺伝子 タンパク質 主な遺伝形式 重症度の傾向
SPTB β-スペクトリン 顕性(優性) 中等症〜重症になりやすい
ANK1 アンキリン 顕性(優性) 中等症〜重症になりやすい
SLC4A1 バンド3 顕性(優性) 比較的軽症の傾向
SPTA1 α-スペクトリン 潜性(劣性)が多い 両アレル変異で重症化しうる
EPB42 プロテイン4.2 潜性(劣性)が多い 日本人に比較的多いとされる

ただし、遺伝子型と重症度の関係は集団や個々の変異の性質によってばらつきがあり、一律に決まるものではありません。同じSPTB変異でも、赤血球の寿命など溶血の程度を直接測った解析では、遺伝子ごとの明確な差が出ないという報告もあります[14]。ご本人にとって大切なのは、「原因遺伝子が分かれば重症度が確定する」わけではなく、あくまで傾向を知る手がかりだ、という受け止め方です。実際の重症度は、血液検査の数値やご本人の症状とあわせて総合的に判断されます。

7. 診断の進め方 ─ 血液検査から遺伝子検査へ

HSの診断は、血液塗抹での球状赤血球の確認や膜の状態を調べる検査から始まり、非典型的な場合や原因遺伝子を確定したい場合には遺伝子検査(NGS)へと進みます。SPTBはコード領域が広大なため、遺伝子検査ではNGSが中心的な役割を果たします。

HSの診断は歴史的に、末梢血の塗抹標本で球状赤血球を顕微鏡で確認すること、赤血球の浸透圧脆弱性試験、そしてエオシン-5′-マレイミド(EMA)結合試験に頼ってきました。EMA結合試験はフローサイトメトリーで膜の面積の喪失を反映する検査で、感度92.7%・特異度99.1%と高い性能が報告されています[15]。ただし浸透圧脆弱性試験は、鉄欠乏や網状赤血球の増加などがあると正常に出てしまうことがあり、症例の10〜20%で偽陰性になりうるとされます[15]。サラセミアや他の先天性の貧血との区別が難しいこともあります。

近年、診断の中心は次世代シークエンサー(NGS)を使った遺伝子解析へと移りつつあります。SPTB遺伝子はコード領域が非常に広大なため、従来のように1つずつ調べる方法は時間と費用の面で現実的ではありませんでした。NGSの登場で、これまで「原因不明の非免疫性溶血性貧血」とされてきた症例の中から、新生児期に発症したSPTBやANK1の新しい変異が次々と同定されるようになっています[16]。とくに家族歴のない孤発例や、症状が典型的でない場合には、遺伝子検査によって正確に原因を特定することが、その後の見通しを立てるうえで役立ちます。

図3:HS診断の進め方(STEP)

STEP 1 血算・血液塗抹(球状赤血球)・網状赤血球・ビリルビン
STEP 2 EMA結合試験・浸透圧脆弱性試験・浸透圧勾配エクタサイトメトリー
STEP 3 NGSパネルによる原因遺伝子(SPTB・ANK1ほか)の確定

まず一般的な血液検査から始め、必要に応じて遺伝子検査へ進みます。

もうひとつ注目されているのが浸透圧勾配エクタサイトメトリーという検査です。さまざまな浸透圧の環境で赤血球にせん断応力を加え、どれだけ伸びるか(変形能)を連続的に測る方法で、原因遺伝子ごとに特有のカーブが描かれることが分かってきました。233例を解析した研究では、最大変形能(EImax)はSPTB変異でSLC4A1やSPTA1よりも低下しており(0.509対0.557・0.564)、一方で水和状態を反映するOhyperはSLC4A1変異で最も低下していた(最低値416 mOsm/kg)と報告されています[13]。この物理的な指標は、遺伝子変異の性質を細胞の力学的な特徴として読み解く新しい手段になりつつあります。

8. 脳や筋肉での役割 ─ 「赤血球型」でも他の組織で働く理由

SPTBは「赤血球型」と名づけられていますが、選択的スプライシングという仕組みによって、筋肉や脳などでも別のかたちで発現しています。それでも脳の症状がほとんど出ないのは、脳には似た働きをする別のスペクトリンが豊富にあり、役割を肩代わりできるからです。

SPTBの転写産物は、3’末端のエクソンの使い分け(選択的スプライシング)によって、主に2つのアイソフォームを作り分けます。赤血球系細胞では、短くリン酸化されたC末端をもつβIΣ1が、筋肉や脳などではC末端の異なるβIΣ2が翻訳されます。同じ遺伝子から、組織に応じて少しずつ性質の違うタンパク質が作られているのです。

ここで自然にわく疑問が、「では脳でも働いているなら、SPTBの変化で脳の症状も出るのではないか」というものです。ところが、重い溶血性の病気を起こすSPTB変異をもつご家族の多くで、目立った中枢神経系の異常は見られません。その理由は、脳には他の豊富なβスペクトリン(SPTBN1がつくるβII、SPTBN2がつくるβIII)が存在し、これらが役割を肩代わりする「機能的な予備」があるためと考えられています。実際、脳の神経細胞では、βIIとβIIIのスペクトリンが共存し、どちらか一方だけでも網目構造を保てることが示されています[17]

このパラログ(似た遺伝子の仲間)の多様さは、進化の産物です。無脊椎動物では1種類のαと2種類のβしかありませんが、脊椎動物では5つのβスペクトリン遺伝子(SPTB・SPTBN1SPTBN2SPTBN4SPTBN5)に増えました[18]。SPTBはそのうち、赤血球で高い変形能を担うよう機能的に特化したアイソフォームと位置づけられます。ご本人やご家族にとって、この事実は「SPTBの変化は主に赤血球の問題として現れ、脳や神経の症状を伴わないことが多い」という安心材料にもなります。

9. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際

SPTBの遺伝子検査は、診断の確定、家族内でのリスクの整理、そして治療方針の最適化に役立ちます。検査の前後には、結果が何を意味するのかを一緒に整理する遺伝カウンセリングが大切になります。

SPTBを調べる場面は、大きく分けて3つあります。ひとつは、球状赤血球症が疑われるものの、血液検査だけでは他の貧血と区別がつかないとき。ふたつめは、原因遺伝子を確定して、ご家族のなかでのリスクや遺伝形式を整理したいとき。みっつめは、新生児期の重い黄疸や貧血で、原因を早く突き止めて治療方針を決めたいときです。いずれの場合も、NGSパネルでSPTB・ANK1・SLC4A1・SPTA1・EPB42を同時に調べるのが効率的です。

当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にどのような意味を持つのか、そして結果を受けてどのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。SPTBの変化は常染色体顕性(優性)遺伝のため、親のどちらかが同じ変化をもつ場合、お子さんに受け継がれる確率は1回の妊娠あたり50%と計算されます。一方で、家族歴のない新生突然変異(de novo)で起こることも少なくないため、家系の状況によって見通しは変わってきます。

なお、重い高ビリルビン血症が溶血の程度に見合わないほど強いときには、ビリルビンの処理にかかわるジルベール症候群など、別の要因が重なっている可能性も考えられます[19]。黄疸の強さだけで重症度を判断せず、複数の要因を切り分けて考えることが、正確な理解につながります。

10. 新しい治療の展望 ─ 脾臓摘出と代謝を助ける薬

現在の治療は、重症例に対する脾臓摘出術を中心とした対症療法です。これに加えて、赤血球のエネルギー代謝を助けるピルビン酸キナーゼ活性化薬(ミタピバット)という新しい選択肢の研究が進んでいます。

SPTB変化によるHSに対して、遺伝子そのものを治す治療はまだ実用化されておらず、治療は溶血性貧血の管理が中心です。輸血が必要になる重症例や胆石を合併する患者さんでは、赤血球が早く壊される場所である脾臓を摘出する脾臓摘出術が、ヘモグロビン値を回復させる主な選択肢になります。ただし脾臓を摘出すると、肺炎球菌などの細菌に対する重い感染症のリスクや、長期的な血栓症のリスクを伴うため、小児では免疫が十分に育つ年齢まで延期することが国際的にすすめられています。

🔎 用語解説:ピルビン酸キナーゼ(PK)とATP

ピルビン酸キナーゼは、赤血球がエネルギー源であるATPを作るために欠かせない酵素です。赤血球はミトコンドリアを持たないため、糖を分解する「解糖系」だけでATPを作っています。ATPは、赤血球が形を保ち、水分やイオンのバランスを維持するために必要です。ATPが足りないと、赤血球はしなやかさを失いやすくなります。

こうした背景から、手術を伴わない新しい薬の開発が進んでいます。近年、HS患者の赤血球では、解糖系の要となる酵素ピルビン酸キナーゼ(PK)の活性が相対的に低下していることが分かってきました。18人のHS患者を調べた研究では、PK活性の指標(PK/ヘキソキナーゼ比)が健康な人の11.4に対しHSでは7.6と低下しており、解糖系が損なわれていることが確認されています[20]。膜が不安定になることで、膜に付着していた解糖系の酵素が失われ、局所的なATP産生が妨げられていると考えられています。

そこで注目されているのが、PKを強力に活性化する薬ミタピバット(Mitapivat)やテバピバットです。体外(ex vivo)でHS患者の赤血球にミタピバットやテバピバットを作用させると、PK活性が50%以上、ATPレベルが44%以上増加したと報告されています[20]。さらに、プロテイン4.2を欠損させたHSのマウスモデルでは、ミタピバット投与が溶血を抑え、その効果は脾臓摘出に劣らなかったことが示されました[21]。これは、膜骨格の不足そのものを直接修復するわけではないものの、細胞のエネルギーを補うことで膜のもろさを乗り越える、いわば「代謝を助ける」新しい発想の治療になりうる可能性を秘めています。ご本人やご家族にとって、これは「不可逆的な手術以外にも選択肢が広がりつつある」という将来への見通しにつながります。ただし、これらはまだex vivo研究や前臨床研究の段階にあり、現時点でHSに対する確立した標準治療ではない点にご留意ください。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「原因を直す」以外の道を知っておく意味】

遺伝性の病気というと、「原因の遺伝子を治さないかぎりどうにもならない」と受け止められがちです。けれどSPTBによる球状赤血球症は、膜骨格が足りないという根本の問題を残したまま、細胞のエネルギー代謝を底上げすることで症状をやわらげられるかもしれない、という新しい発想が生まれています。原因を直接治すのとは別の角度から、生活の質を守る道が研究されているのです。

私は文献や研究の動向を追うなかで、こうした「別の切り口」の治療が、患者さんの選択肢を広げていく流れを重要だと考えています。まだ研究段階のものも多いですが、今どこまで分かっていて、何がこれからなのかを正確にお伝えすることが、過度な期待も過度な不安も生まない、誠実な情報提供だと考えています。

📌 このページを読んだあなたへ

この記事にたどり着いた方は、いくつかの状況が考えられます。健康診断や血液検査で貧血・黄疸を指摘された方、球状赤血球症と診断されて原因遺伝子を知りたい方、あるいはご家族にこの病気が見つかって、ご自身やお子さんへの影響が気になっている方もいらっしゃるでしょう。

次に確認しておくとよい観点を、いくつか挙げます。

遺伝形式と家族内リスク:SPTBは顕性(優性)遺伝ですが、新生突然変異のこともあります。遺伝カウンセリングで整理できます。

確定診断の選択肢遺伝性球状赤血球症のNGS検査で、SPTBを含む原因遺伝子をまとめて調べられます。

関連する病気の理解:スペクトリン異常症全体の位置づけはスペクトリノパチーのページが参考になります。

よくある質問(FAQ)

Q1. SPTB遺伝子はどこにあって、何をつくる遺伝子ですか?

SPTBは14番染色体の長腕(14q23.3)にある遺伝子で、β-スペクトリン(赤血球型)というタンパク質をつくります。β-スペクトリンは、α-スペクトリンと組み合わさって二量体をつくり、さらに四量体となって、赤血球膜の裏側に張りめぐらされる網目状の骨組み(膜骨格)を形づくります。アクチンやアンキリンと結びつくことで、膜に柔軟性と丈夫さを与え、赤血球が狭い血管を通り抜けても壊れないようにしています。

Q2. SPTBの変化はどうやって遺伝しますか?子どもに受け継がれますか?

SPTBによる遺伝性球状赤血球症2型(HS2)は、常染色体顕性(優性)遺伝のかたちをとります。これは、2本ある遺伝子の片方に変化があるだけで発症しやすいという意味で、親のどちらかが同じ変化をもつ場合、お子さんに受け継がれる確率は1回の妊娠あたり50%と計算されます。一方で、家族歴のない新生突然変異(de novo)で起こることも少なくありません。ご家族の状況によって見通しは変わりますので、遺伝カウンセリングで整理することをおすすめします。

Q3. なぜα-スペクトリン(SPTA1)の変化は劣性で、SPTBの変化は優性なのですか?

健康な赤血球の前駆細胞では、α-スペクトリンはβ-スペクトリンよりも3倍ほど多くつくられています。そのためSPTA1の片方に変化があっても、残りで足りてしまい症状が出にくく、両方に変化がそろって初めて発症する潜性(劣性)遺伝になりやすいのです。対照的に、β-スペクトリンは四量体づくりの律速段階(ボトルネック)になっているため、SPTBの片方に機能喪失型の変化があると供給量が低下し、骨組みの密度が不足します。これが、SPTBの変化が顕性(優性)遺伝になる分子的な理由です。

Q4. SPTBによる球状赤血球症は重症になりやすいですか?

SPTBはANK1と並んで、遺伝性球状赤血球症の中でも中等症から重症のかたちを起こしやすい遺伝子とされ、比較的軽症にとどまりやすいSLC4A1(バンド3)とは対照的です。ただし、遺伝子型と重症度の関係は集団や個々の変異の性質によってばらつきがあり、赤血球の寿命など溶血の程度を直接測った解析では遺伝子ごとの明確な差が出ないという報告もあります。原因遺伝子が分かれば重症度が確定するわけではなく、実際の重症度は血液検査の数値やご本人の症状とあわせて総合的に判断されます。

Q5. SPTBは「赤血球型」なのに、脳や筋肉でも働いているのですか?脳の症状は出ますか?

SPTBは選択的スプライシングによって、赤血球ではβIΣ1、筋肉や脳ではβIΣ2という少し性質の違うかたちを作り分けています。ただし、重い溶血を起こすSPTB変異をもつご家族の多くで、目立った脳の症状は見られません。これは、脳には他の豊富なβスペクトリン(SPTBN1がつくるβII、SPTBN2がつくるβIII)があり、役割を肩代わりできる「機能的な予備」があるためと考えられています。したがってSPTBの変化は、主に赤血球の問題として現れることが多いです。

Q6. SPTBの遺伝子検査は、どんなときに受けるとよいですか?

球状赤血球症が疑われるものの血液検査だけでは他の貧血と区別がつかないとき、原因遺伝子を確定して家族内のリスクや遺伝形式を整理したいとき、新生児期の重い黄疸や貧血で原因を早く突き止めたいときなどが挙げられます。SPTB遺伝子はコード領域が広大なため、次世代シークエンサー(NGS)でSPTB・ANK1・SLC4A1・SPTA1・EPB42を同時に調べるパネル検査が効率的です。検査の前後には、結果の意味を一緒に整理する遺伝カウンセリングを受けることをおすすめします。

Q7. SPTBの変化があると、異常なタンパク質が体に溜まって悪さをするのですか?

多くの場合、そうではありません。SPTBの病的バリアントにはナンセンス変異やフレームシフト変異などの機能喪失型が多く、未成熟終止コドンを生じる一部のバリアントでは、異常な設計図(mRNA)がNMD(ナンセンス変異依存mRNA分解)によって減少することが確認されています。その結果、機能的なβ-スペクトリンが不足する「ハプロ不全」が主要な発症機序の一つと考えられています。ただし、すべてのSPTBバリアントが同じ分子機序をとるわけではありません。

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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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