目次
- 1 1. SMAD6遺伝子とは ─ 骨をつくるシグナルの「ブレーキ」役
- 2 2. SMAD6はどうやってBMPを止めるのか ─ 競合と分解の二段構え
- 3 3. ブレーキが効かないと ─ 頭のかたち(頭蓋縫合早期癒合症)
- 4 4. なぜ発症する人としない人がいるのか ─ 2つの遺伝子が重なる「ジジェニック」と不完全浸透
- 5 5. 心臓と大動脈 ─ 二尖弁大動脈弁(BAV)と胸部大動脈瘤
- 6 6. 前腕と骨 ─ 橈尺骨癒合症と「骨づくりのタイミング」
- 7 7. 両方のコピーが壊れると ─ まれな両アレル性の重症型
- 8 8. 変異の読み方が変わる ─ 「機能喪失」だけでなく「機能逆転」も
- 9 9. がんでのSMAD6 ─ 文脈で顔を変えるシグナル
- 10 10. 検査とカウンセリング ─ どこで、どう調べるか
- 11 よくある誤解
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
📍 クイックナビゲーション
骨をつくるBMPというシグナルには、必要なだけ働いたら止まる「ブレーキ」が備わっています。そのブレーキ役をつくるのがSMAD6遺伝子です。このブレーキが弱まると、頭蓋骨・心臓の弁・前腕の骨など、本来は分かれて成長するはずの部分が早く固まったり作られなかったりします。SMAD6はまれな病気に関わる遺伝子ですが、その仕組みは「骨形成のブレーキ」という、多くの発生に共通する原理そのものです。ですからSMAD6を理解することは、頭・心臓・骨の生まれつきの病気を広く理解することにつながります。本記事では、SMAD6のはたらきと関連する病気、そして「遺伝のしかた」までを、遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. SMAD6遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. SMAD6は、骨をつくるBMPシグナルに「ブレーキ」をかける抑制型SMAD(I-SMAD)というタンパク質の設計図です。受容体のところで信号の受け手と競い合い、さらにSmurf1という酵素を呼んで信号の部品を分解することで、BMPシグナルを弱めます。このブレーキが効かなくなる(機能喪失する)と、頭蓋縫合早期癒合症・二尖弁大動脈弁・橈尺骨癒合症などの生まれつきの病気につながります。ただし変化があっても発症しない人が多く(不完全浸透)、別の遺伝子との組み合わせで発症が決まることが分かっています。
- ➤基本のはたらき → 骨形成のBMPシグナルを負に制御する「ブレーキ」。受容体での競合とSmurf1による分解の二段構えで信号を弱める
- ➤関連する生まれつきの病気 → 頭蓋縫合早期癒合症(特に前頭・矢状縫合)/二尖弁大動脈弁・胸部大動脈瘤/橈尺骨癒合症
- ➤遺伝のしかた → 常染色体顕性だが不完全浸透。SMAD6の変化と一般的なBMP2多型が重なって発症する「2遺伝子座(ジジェニック)モデル」が知られる
- ➤変異の読み方 → 多くは「機能喪失」だが、一部は脱アミド化により「機能逆転(機能獲得)」する。一律に扱わず機能解析が重要
🧬 SMAD6遺伝子の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. SMAD6遺伝子とは ─ 骨をつくるシグナルの「ブレーキ」役
SMAD6は、15番染色体の長腕(15q22.31)にある遺伝子で、BMPというシグナルを弱める「ブレーキ」役のタンパク質をつくります。まず押さえておきたいのは、SMAD6の変化が問題になるのは「ブレーキが効かなくなったとき」だということです。
SMADというのは、細胞の外から届いた指令を核まで運ぶ「伝令」のグループです。骨や器官をつくるBMP(骨形成タンパク質)が細胞の表面にある受容体に結合すると、Smad1・Smad5という受容体制御型SMAD(R-SMAD)が活性化し、共有型のSmad4と手を組んで核に入り、「骨をつくれ」という遺伝子を動かします。SMAD6はこの流れに逆らう抑制型SMAD(I-SMAD)で、信号を強めるのではなく弱める側の分子です[1]。同じ抑制型のSMAD7がBMPとTGF-βの両方を抑えるのに対し、SMAD6は主にBMPの側を抑えるという役割分担があります。
💡 用語解説:抑制型SMAD(I-SMAD)とは
SMADには、信号を伝える「アクセル側」(Smad1/5/8など)と、信号を止める「ブレーキ側」があります。抑制型SMAD(I-SMAD)はブレーキ側で、SMAD6とSMAD7の2つがあります。おもしろいことに、SMAD6をつくる指令自体がBMP信号によって出されます。つまり、BMPが強く働くほどブレーキであるSMAD6も増える、という自動ブレーキ(負のフィードバック)の仕組みになっているのです。
BMPはもともと「骨をつくる因子」として見つかりましたが、今では心臓や血管、頭蓋骨、四肢の骨など、体のあちこちの発生に欠かせないことが分かっています[1]。だからこそ、そのブレーキであるSMAD6が壊れると、影響は一か所にとどまらず、頭・心臓・腕といった離れた場所に同時に現れます。これがSMAD6という遺伝子を理解するうえでの出発点です。ご家族にとっては、「SMAD6の1つの変化が、なぜ見た目のちがう複数の症状につながるのか」という疑問の答えが、この「共通のブレーキ」という視点にあります。
2. SMAD6はどうやってBMPを止めるのか ─ 競合と分解の二段構え
SMAD6のブレーキは、1つの方法だけで働くのではありません。受容体のところで信号の受け手を追い出す「競合」と、信号の部品を壊す「分解」という、二段構えでBMPを止めています。
第一の方法は競合です。BMPが受容体(ALK3・ALK6などのBMP I型受容体)を活性化すると、本来はそこにR-SMAD(Smad1/5)が呼び寄せられて活性化します。SMAD6は自分がそのBMP I型受容体にくっつくことで、R-SMADの席を奪い、活性化を邪魔します[1]。さらに、核に運ぶための相棒であるSmad4とも競合して、Smad1との複合体づくりを妨げます。入口と運搬役の両方でブロックする、というわけです。
第二の方法は分解です。SMAD6は自分のPYモチーフという部分を使って、HECT型E3ユビキチンリガーゼであるSmurf1という酵素を呼び込みます。Smurf1はSMAD6を案内役にしてBMP I型受容体にたどり着き、受容体やR-SMADに「分解の目印(ユビキチン)」を付けて、ユビキチン‐プロテアソーム系で壊してしまいます[2]。信号を入力する「受容体」と、信号を伝える「伝令」の両方をまとめて処分するので、BMPは徹底的に止まります。この仕組みは、カエルの胚を使った実験で発生にかかわることも確かめられています[2]。

💡 用語解説:ユビキチンとプロテアソーム
細胞のなかで不要になったタンパク質には、ユビキチンという小さな目印が付けられます。この目印が付いたタンパク質は、プロテアソームという「分解装置」に運ばれて処分されます。SMAD6はこの仕組みを使って、BMPの受容体そのものを片づけます。ですからSMAD6は、ただ信号をさえぎる板ではなく、分解を手配する「段取り役」でもあるのです。
このブレーキの強さは一定ではなく、細胞の状況に応じて微調整されています。たとえばSMAD6のアルギニン残基(R81)へのメチル化や、UBE2Oという酵素による軽い修飾(モノユビキチン化)が、SMAD6の受容体への結合力を上げ下げして、ブレーキのかかり具合を調節しています[1]。読者のみなさんにとって大事なのは、SMAD6は「効く・効かない」の単純なスイッチではなく、かかり具合が変わる調光つまみだという点です。この「調節される」という性質が、後で出てくる「変異による意外な結末」の伏線になります。
3. ブレーキが効かないと ─ 頭のかたち(頭蓋縫合早期癒合症)
SMAD6の機能喪失は、頭蓋骨のつなぎ目が早く固まる「頭蓋縫合早期癒合症」と強く関係します。特に、おでこの縫合(前頭縫合)と頭頂部の縫合(矢状縫合)が早く閉じるタイプで、SMAD6の変化が多く見つかります。
🔍 関連記事:BMPシグナル伝達経路/ハプロ不全/機能喪失型変異
赤ちゃんの頭蓋骨は、脳の急な成長に合わせて広がれるよう、いくつかの骨片に分かれています。そのつなぎ目を「頭蓋縫合」といい、ここで骨が少しずつ足されて頭が大きくなります。BMPは、この縫合で「骨をつくれ」と命じる信号です。SMAD6のブレーキが弱まると縫合の骨づくりが止まらなくなり、つなぎ目が早く固まってしまいます。すると頭は固まった方向には伸びられず、特徴的な形になります。頭蓋縫合早期癒合症はおよそ2,000人に1人に起こる病気です[3]。
795人の原因未確定の頭蓋縫合早期癒合症患者を調べた研究では、18種類(2.3%)の稀で有害なSMAD6の変化が見つかりました。とりわけ前頭縫合が早く閉じるタイプ(三角頭蓋)での頻度が高く(5.8%)、一般集団と比べて機能喪失型の変化が18.3倍も多く集まっていました[3]。前頭縫合が早く閉じると額が三角に尖り、両目の間が狭くなる(眼窩間狭小)といった特徴が現れます。ご家族にとってこの数字が意味するのは、原因が分からなかった正中線の頭蓋縫合早期癒合症で、SMAD6が候補になりうるということです。原因が名前のつく形で分かると、次の子どもや血縁者のリスクを考える手がかりになります。
💡 用語解説:機能喪失(LoF)とハプロ不全
機能喪失型変異(LoF)とは、その遺伝子の働きが失われる(あるいは弱まる)タイプの変化です。ヒトは遺伝子を父由来・母由来の2本もっていますが、片方が働かなくなっただけで足りなくなる状態をハプロ不全といいます。SMAD6のブレーキは、量が半分になるだけでも効きが足りなくなり、BMPが止まりにくくなると考えられています。
4. なぜ発症する人としない人がいるのか ─ 2つの遺伝子が重なる「ジジェニック」と不完全浸透
SMAD6の変化があっても、発症しない人がたくさんいます。この「不完全浸透」のなぞを解いたのが、SMAD6と別の遺伝子BMP2の一般的な多型が重なって初めて発症する、という2遺伝子座(ジジェニック)モデルです。
正中線の頭蓋縫合早期癒合症を調べた研究では、SMAD6に稀な機能喪失の変化をもつ子どもの多くが、症状のない親からその変化を受け継いでいました。SMAD6の変化だけでは発症率は60%未満にとどまります[4]。ところが、BMP2という別の遺伝子の近くにある一般的な多型(rs1884302)を一緒にもっていると、発症がほぼ説明できるようになりました。研究チームは、SMAD6の稀な機能喪失変異と、このありふれたBMP2リスク多型という2つの組み合わせが、正中線の頭蓋縫合早期癒合症のおよそ7%の原因になっていると報告しています[4]。
2つの因子が重なって「発症の閾値」を超える
親A
SMAD6の機能喪失変異
だけをもつ
→ 症状なし
親B
BMP2の一般的な
リスク多型だけをもつ
→ 症状なし
子ども
両方を受け継ぐ
=BMPシグナルが過剰
→ 縫合が早期に癒合
それぞれ単独では無症状の親から、2つの因子が子どもで重なると発症の閾値を超えることがあります。
ただし、この多型(rs1884302)を1人ずつ調べても、発症するかどうかを正確に予測できるわけではありません。795人を対象にした別の研究では、rs1884302の型だけでは表現型のばらつきを説明しきれず、この多型の遺伝子型判定を臨床の予測に使う価値は限られると結論づけています[3]。まだ分かっていない他の要因もあるということです。ご家族にとって大切なのは、「SMAD6の変化が見つかっても、それだけで発症を断定も否定もできない」という点です。だからこそ、家系のなかで誰にどの因子があるかを整理する遺伝カウンセリングが役に立ちます。
🩺 院長コラム【「原因が1つ」とは限りません】
遺伝子検査で1つの変化が見つかると、「これが原因だ」と結論づけたくなります。お気持ちはよく分かります。けれどもSMAD6は、その素朴な期待を静かに裏切る遺伝子です。同じ変化をもっていても発症する人としない人がいて、しかも別の遺伝子の平凡な多型が結末を左右する。私は、こうした「1つの答えに閉じない」病気こそ、遺伝医学の本質を映していると考えています。
ですから、変異が見つかったときに私が大切だと考えているのは、その1つを結論にしないことです。家系のなかで誰が何をもっているかを一緒に整理し、「分かること」と「まだ分からないこと」を正直に線引きする。分からない部分を「異常なし」と言い換えないことが、遺伝を扱う医療の責任だと思っています。
5. 心臓と大動脈 ─ 二尖弁大動脈弁(BAV)と胸部大動脈瘤
SMAD6は心臓の弁と大動脈の発生にも関わり、二尖弁大動脈弁(BAV)という生まれつきの心臓病の原因遺伝子の一つです。特に、若くして大動脈の合併症を起こすタイプで、SMAD6の変化が目立ちます。
🔍 関連記事:先天性心疾患/遺伝性大動脈疾患 総論/NOTCH1遺伝子
大動脈弁はふつう3枚の弁尖からできていますが、発生の途中でうまく分かれず2枚になったものが二尖弁大動脈弁で、一般人口のおよそ1〜2%にみられる、最も多い生まれつきの心臓病です[5]。弁が2枚だと負担がかかりやすく、生涯のあいだに大動脈弁の狭窄や閉鎖不全、上行大動脈の拡張(胸部大動脈瘤)などを起こしやすくなります。原因遺伝子としてはNOTCH1やGATA5などと並び、SMAD6が確立した一つとして位置づけられています。
実際に、上行大動脈の拡張と大動脈弁の重い石灰化を呈した患者から、SMAD6の新しいインフレーム重複変異(p.Gly390_Ile391dup)が見つかっています。試験管内の解析では、この変化はSMAD6のBMP阻害能を落とし、BMPが引き起こすアルカリホスファターゼ活性を異常に高めることが示されました[5]。ブレーキが弱まってBMPが過剰になると、弁の組織が骨のように石灰化しやすくなる、というわけです。心臓のなかでBMPを適切に抑えることが、弁や大動脈を正常に保つうえで重要だと分かります。
さらに、どんな患者でSMAD6の変化が集まりやすいのかも見えてきました。30歳より前に合併症のための治療が必要になった「早期発症の二尖弁大動脈弁(EBAV)」の患者群では、SMAD6・GATA4・NOTCH1・ROBO4といった遺伝子の稀な有害変異が、遺伝性の胸部大動脈疾患として来院した群に比べてはっきりと多く集まっていました[6]。これは、SMAD6の変化をもつ人が、遺伝的にはっきり区別できるハイリスクなサブグループを形づくっていることを示しています。ご本人・ご家族にとっては、若い年代での遺伝子検査と、その後のていねいな経過観察が意味を持つ、ということです。SMAD6を欠いたマウスでは大動脈の骨化や血圧の異常上昇が起こることも、この重要性を裏づけています[1]。
6. 前腕と骨 ─ 橈尺骨癒合症と「骨づくりのタイミング」
SMAD6は、前腕の2本の骨が分かれるプロセスや、骨が伸びるタイミングにも関わります。前腕の橈骨と尺骨が根元でくっついたままになる「橈尺骨癒合症」で、SMAD6は最も多く変異が見つかる遺伝子です。
橈尺骨癒合症は、手のひらを上下に返す動き(前腕の回旋)が強く制限される生まれつきの骨の異常です。他の異常を伴わない橈尺骨癒合症の患者を調べた研究では、SMAD6が最も頻繁に変異している原因遺伝子でした[7]。興味深いことに、細胞の外でBMPを邪魔するNOG遺伝子の変異はこの病気ではまれでした。つまり前腕の骨が2本に分かれるには、細胞の外でBMPを止めるよりも、SMAD6による細胞の中での局所的で精密なブレーキが決め手になる、ということです。
骨が伸びる仕組みとの関わりも分かっています。胎児の骨の多くは、まず軟骨の型ができ、それが徐々に骨に置き換わる軟骨内骨化という過程を経て作られます。BMPは軟骨細胞を「肥大」させて石灰化への道を開きますが、SMAD6を軟骨で過剰に働かせたマウスでは、軟骨細胞の肥大とそれに続く石灰化が大きく遅れ、小人症や骨減少が生じました[8]。SMAD6は、骨づくりの「進めすぎ」を防ぐ一時停止ボタンとして、成長のペースを調整しているのです。ご家族にとっては、SMAD6が「骨をつくる/つくらない」の単純な役ではなく、タイミングを整える役だと理解すると、症状のばらつきが腑に落ちやすくなります。
7. 両方のコピーが壊れると ─ まれな両アレル性の重症型
通常SMAD6関連の病気は、2本ある遺伝子の片方の変化(ヘテロ接合)で起こります。しかしごくまれに、両方のコピーが壊れる「両アレル性」の変化が報告されており、その場合は症状がより重くなります。
たとえば、血縁関係のない2人の患者で、SMAD6のホモ接合(両アレル性)の変化により、頭蓋縫合早期癒合症と橈尺骨癒合症を合わせもつ重い表現型が報告されています[9]。片方が壊れただけなら現れなかった、あるいは軽く済んでいた症状が、両方壊れることで一度に、より強く現れるのです。これは、SMAD6のブレーキが完全に失われると、組織ごとに何とか補っていた仕組みの限界を超え、複数の器官の発生に大きな影響が及ぶことを示しています[1]。
ただし報告例はごく少数で、両アレル性の重症型はまれです。ご家族が過度に不安になる必要はありません。大切なのは、SMAD6関連疾患には「片方だけの一般的なタイプ」と「両方壊れるまれな重症型」があり、遺伝のしかたも再発のリスクも異なるということです。両親がそれぞれ変化をもっている(保因している)可能性がある場合には、次の妊娠のリスクの見積もりが変わってきますので、家系の情報を含めて整理することが役立ちます。
8. 変異の読み方が変わる ─ 「機能喪失」だけでなく「機能逆転」も
SMAD6の変異は長らく「機能喪失(ブレーキが効かなくなる)」で説明されてきました。ところが2024年、一部の変異はブレーキであるはずのSMAD6を逆にアクセルに変えてしまうという、まったく新しい仕組みが報告されました。
この研究によると、ある種の稀な病的SMAD6変異は、BMP経路に対して本来の「抑える」効果ではなく、一貫して「活性化する」効果を示しました。その共通の原因が脱アミド化というタンパク質の化学変化の亢進です。変異型SMAD6では、特定のアスパラギン残基(N262とN404)が脱アミド化を受けやすくなり、この反応はGFPT2という酵素が主に触媒します。脱アミド化が進んだSMAD6は、BMP受容体BMPR1Aを細胞内に蓄積させ、新たな複合体をつくって、かえってBMP信号を推し進めてしまうのです[10]。
同じ「SMAD6の変異」でも、結末は2通り
① 機能喪失(多くの変異)
ブレーキが効かない
→ BMPが止まらない
→ 骨づくりが過剰に
② 機能逆転(一部の変異)
脱アミド化でアクセルに
→ BMP受容体が蓄積
→ BMPを積極的に推進
どちらの結末になるかは変異によって異なり、見つかった変異を一律に「機能喪失」と決めつけないことが重要です。
この仕組みは、正常なSMAD6を人工的に脱アミド化した状態にまねると同じ逆転が再現され、逆に病的変異をもつ細胞を脱アミダーゼ阻害剤で処理するとSMAD6の正常なブレーキが回復することでも裏づけられました[10]。まだ細胞・分子レベルの研究段階ですが、遺伝子そのものを編集せずに化学反応の側を調整するという、新しい発想の予防・治療戦略につながる可能性があります。ご本人・ご家族にとって実際的に重要なのは、「SMAD6に変化があります」という結果だけでは、意味づけが決まらないということです。その変化がブレーキを弱めるのか、逆にアクセルに変えるのかを、機能解析を含めて評価していく必要があります。
9. がんでのSMAD6 ─ 文脈で顔を変えるシグナル
SMAD6は、生まれつきの病気とは別に、がんの一部でも発現が変化することが知られています。ただしその働きはがんの種類によって促進側にも抑制側にも振れ、SMAD6は「単独のがん遺伝子」ではありません。
たとえば非小細胞肺がんでは、SMAD6の発現が高い患者ほど手術後の予後が悪い傾向が報告されています。組織の解析では、SMAD6の発現が認められない患者の5年無再発生存率が高かったのに対し、発現が認められた患者では低下していました。細胞の実験では、SMAD6を抑えると、本来がん細胞を抑えるはずのTGF-βシグナルのバランスが回復し、がん細胞の増殖にブレーキがかかりました[11]。この文脈では、SMAD6は「がん細胞が増殖抑制から逃れるための道具」として働いていると考えられます。
とはいえ、これらはがん組織の細胞で起きる体細胞レベルの変化であり、生まれつきの体質(生殖細胞系列の変異)とは切り離して考える必要があります。読者のみなさんが押さえておくとよいのは、「SMAD6=がんになる遺伝子」ではないこと、そして生まれつきの発生の話と、がんでの発現の話は別の層の出来事だということです。この区別は、次の基本情報BOXでも「生殖細胞系列変異」と「体細胞変異」を分けて示したとおりです。
10. 検査とカウンセリング ─ どこで、どう調べるか
SMAD6は、単独で調べるより、関連する病気の遺伝子をまとめて調べるパネル検査のなかで評価するのが一般的です。当院では、心血管系の遺伝子を包括的に調べるパネルにSMAD6が含まれています。
🔍 関連記事:遺伝形式/遺伝カウンセリング・遺伝診療/臨床遺伝専門医とは
二尖弁大動脈弁や胸部大動脈瘤、原因のはっきりしない先天性心疾患の背景を調べたい場合、SMAD6は心血管疾患の遺伝子パネルの対象に含まれています。このパネルには、SMAD6と一緒に働くNOTCH1・GATA4・GATA6・NKX2-5や、兄弟分子であるSMAD3・SMAD4なども含まれます。より広く網羅的に調べたい場合はクリニカルエクソーム検査という選択肢もあります。どの検査が適しているかは、症状やご家族歴によって変わります。
検査結果を読むうえで、SMAD6には知っておきたい特徴が3つあります。1つ目は遺伝形式で、多くは常染色体顕性ですが不完全浸透を示し、症状のない親から伝わることが少なくありません。2つ目は、前述のとおり見つかった変化の意味づけで、機能喪失か機能逆転かで解釈が変わります。3つ目は、生殖細胞系列変異(生まれつき・遺伝する)と体細胞変異(後天的・がんなど)を混同しないことです。これらは、当院の遺伝カウンセリングのなかで、臨床遺伝専門医がご家族歴を含めて整理し、結果の意味と今後の選択肢をお伝えします。私は、検査で分かるのはあくまで一部であり、分からない部分を「異常なし」と言い換えないことが大切だと考えています。
よくある誤解
誤解①「SMAD6に変化があれば必ず発症する」
SMAD6の変化は不完全浸透を示し、変化があっても発症しない人が多くいます。頭蓋縫合早期癒合症では、変化をもつ子の多くが症状のない親から受け継いでいます。発症には別の遺伝子(BMP2)の多型との組み合わせが関わります。
誤解②「SMAD6の変異はすべて“働きが失われる”タイプ」
多くは機能喪失ですが、一部は脱アミド化により機能が逆転し、かえってBMPを活性化します。見つかった変化を一律に「機能喪失」と決めつけず、機能解析を含めて評価する必要があります。
誤解③「SMAD6はがんの遺伝子だ」
がんで発現が変化することはありますが、これはがん組織での体細胞レベルの変化で、生まれつきの体質とは別です。SMAD6は単独の「がん原因遺伝子」ではなく、働きは組織によって促進側にも抑制側にも振れます。
誤解④「もう治療薬がある」
脱アミダーゼ阻害でSMAD6のブレーキを回復させる、といった戦略が報告されていますが、いずれも細胞・分子レベルの研究段階です。ヒトの病気に対する治療として確立したものではありません。
📎 このページを読んだあなたへ
この記事にたどり着いた方には、検査でSMAD6の変化を指摘された方、ご自身やお子さんの二尖弁大動脈弁・頭のかたち・前腕の動きが気になっている方、ご家族に同じ病気が見つかった方などがいらっしゃると思います。次に確認しておくとよい観点を、SMAD6に即して挙げます。
・遺伝形式と不完全浸透(発症しない人も多い点)
・見つかった変化が機能喪失か機能逆転か、という意味づけ
・血縁者への影響や再発のリスク(遺伝カウンセリングで整理できます)
・心血管の合併症に対する経過観察の方針(遺伝性大動脈疾患 総論)
よくある質問(FAQ)
🏥 SMAD6・心血管・頭蓋骨格の遺伝子診断のご相談
二尖弁大動脈弁・胸部大動脈瘤・頭蓋縫合早期癒合症などに関する
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
- [1] SMAD6-deficiency in human genetic disorders. npj Genom Med. 2022. [PMC9681871]
- [2] Cooperative inhibition of bone morphogenetic protein signaling by Smurf1 and inhibitory Smads. Mol Biol Cell. 2003. [PMC165678]
- [3] SMAD6 variants in craniosynostosis: genotype and phenotype evaluation. Genet Med. 2020. [PubMed 32499606]
- [4] Two locus inheritance of non-syndromic midline craniosynostosis via rare SMAD6 and common BMP2 alleles. eLife. 2016. [eLife 20125]
- [5] A novel SMAD6 variant in a patient with severely calcified bicuspid aortic valve and thoracic aortic aneurysm. Mol Genet Genomic Med. 2019. [PMC6503022]
- [6] Rare deleterious variants of NOTCH1, GATA4, SMAD6, and ROBO4 are enriched in BAV with early onset complications but not in BAV with heritable thoracic aortic disease. Mol Genet Genomic Med. 2020. [PMC7549564]
- [7] SMAD6 is frequently mutated in nonsyndromic radioulnar synostosis. Genet Med. 2019. [PubMed 31138930]
- [8] Smad6/Smurf1 overexpression in cartilage delays chondrocyte hypertrophy and causes dwarfism with osteopenia. J Cell Biol. 2004. [PMC2172180]
- [9] Homozygous SMAD6 variants in two unrelated patients with craniosynostosis and radioulnar synostosis. J Med Genet. 2024. [J Med Genet 61:363]
- [10] Deamidation enables pathogenic SMAD6 variants to activate the BMP signaling pathway. Sci China Life Sci. 2024. [PubMed 38913236]
- [11] SMAD6 Contributes to Patient Survival in Non–Small Cell Lung Cancer and Its Knockdown Reestablishes TGF-β Homeostasis in Lung Cancer Cells. Cancer Res. 2008. [PMC3617041]



