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生まれてまもない赤ちゃんに、くり返すけいれんと発達の遅れが現れる――。その背景に、CSNK2Bという1つの遺伝子の変化が隠れていることがあります。この遺伝子の変化で起こる病気がPOBINDS(ポワリエ・ビアンヴニュ神経発達症候群)です。2017年に初めて報告されたばかりの、これまでに80例以上が報告されているきわめてまれな病気で、症状の重さは人によって大きく異なります。この記事では、POBINDSの症状や原因、遺伝のしくみ、診断や治療、そしてマウスで劇的な改善を示した最新の遺伝子治療研究までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. POBINDS(ポワリエ・ビアンヴニュ神経発達症候群)とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. POBINDSは、CSNK2Bという遺伝子の片方のコピーに変化が起こることで発症する、早期発症のてんかんと発達の遅れを主な特徴とする希少な神経発達症候群です。多くは生後6か月以内にけいれんで気づかれ、発達遅滞や知的障害、筋緊張の低下をともないます。症状の重さは、ごく軽い学習面の遅れから、寝たきりで発語のない重い脳症まで非常に幅広いのが特徴です。ほとんどの患者さんは、親から受け継いだのではなく、ご本人で新しく生じた新生突然変異(de novo変異)で起こります。現在は症状をやわらげる対症療法が中心ですが、マウスを使った遺伝子治療の研究が進んでいます。
- ➤正体 → 第6染色体にあるCSNK2B遺伝子の片方の変化で起こる神経発達症候群。2017年に初めて報告された
- ➤中心となる症状 → 早期発症のてんかん、発達の遅れ、知的障害、筋緊張の低下。重さは人によって大きく違う
- ➤起こるしくみ → 多くの機能喪失型バリアントでは、CK2という酵素の調整役CK2βが不足するハプロ不全が主要な病態機序と考えられ、脳の発達とてんかんに影響する。一部のミスセンスバリアントでは異なる機序も示唆されている
- ➤遺伝のしかた → 常染色体顕性(優性)。多くはご本人で新しく生じた新生突然変異で、親から遺伝したものではない
- ➤診断と治療 → 確定には遺伝学的検査が必須。治療は対症療法が中心だが、遺伝子治療の前臨床研究が進んでいる
🧬 POBINDSの基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. POBINDS(ポワリエ・ビアンヴニュ神経発達症候群)とは
POBINDS(ポワリエ・ビアンヴニュ神経発達症候群)は、早期に始まるてんかん、発達の遅れ、知的障害、そして筋緊張の低下を主な特徴とする、きわめてまれな神経発達の病気です。「POBINDS」は Poirier-Bienvenu neurodevelopmental syndrome の頭文字をとった呼び名で、報告した研究者の名前に由来します。医学の世界では、原因遺伝子の名前をとってCSNK2B関連神経発達症とも呼ばれます[1]。
この病気は2017年に初めて報告されました。第6染色体の短い腕(6p21.33という位置)にあるCSNK2B遺伝子の、片方のコピーに変化(バリアント)が起こることが原因だと突き止められました[1]。報告の歴史がまだ浅く、これまでに80例以上が報告されている希少疾患です。ただ、遺伝子をまとめて調べる遺伝子パネル検査や全エクソーム検査が広まったことで診断される人が増え、症状の幅や、遺伝子の変化と症状の関係についての理解が急速に進んでいます[2]。
POBINDSでまず知っておいていただきたいのは、症状の重さが人によって大きく違うという点です。ごく軽い学習面の遅れですむ方から、寝たきりで発語を持たない重い脳症の方まで、同じ病名でも経過はさまざまです[3]。だからこそ、一人ひとりの状態に合わせた対応が大切になります。
💡 用語解説:バリアントと新生突然変異(de novo変異)
遺伝子の文字の並びに生じた個人差をバリアント(変化)と呼びます。そのうち病気の原因になるものが「病的バリアント」です。新生突然変異(de novo変異)とは、親の遺伝子には無く、卵子や精子がつくられるとき、あるいは受精のごく初期に、ご本人で新しく生じた変化のことです。つまり「親から受け継いだ」わけではありません。
2. 原因遺伝子CSNK2Bと、CK2という酵素
POBINDSの原因であるCSNK2B遺伝子は、7つのエクソン(タンパク質の設計図となる部分)からなり、215個のアミノ酸でできたタンパク質の設計図です[2]。このタンパク質は、カゼインキナーゼII(CK2)という酵素の一部です。CK2は、細胞の増殖や分化、不要になった細胞を整理するしくみ、傷ついたDNAの修復など、生きるうえで欠かせない多くの働きに関わる、あらゆる細胞に共通してそなわった酵素です[2]。
💡 用語解説:カゼインキナーゼII(CK2)とは
キナーゼとは、ほかのタンパク質に「リン酸」という小さな目印を付けて、その働きをオン・オフする酵素です。CK2は、2つの「触媒サブユニット」(実際に働く部品)と、2つの「調整サブユニット(CK2β)」の合計4つが組み合わさった四量体(しりょうたい)という形で働きます。CSNK2Bがつくるのは、このうち調整役のCK2βです。触媒役はよく似た別の遺伝子CSNK2A1などがつくります。
とくに脳が育つ過程で、CK2βは欠かせない役割を担っています。動物を使った研究では、マウスの神経のもとになる細胞でCsnk2bの働きを弱めると、細胞が増えて成熟する過程が強くさまたげられ、神経どうしをつなぐ突起が短く枝分かれも減り、信号のやりとり(シナプス伝達)にも異常が出ることが示されています[2]。さらに、マウスの胚でこの遺伝子を両方とも完全に失わせると、着床のあとで命を落としてしまうことも分かっており、体づくりにとってどれほど大切な遺伝子かがうかがえます[4]。
POBINDSでは、多くの機能喪失型バリアントによって正常なCK2βの量が不足するハプロ不全が、主要な病態機序の1つと考えられています。一方、一部のミスセンスバリアントでは、単純な量の不足だけでは説明できない機能低下やドミナントネガティブ作用など、異なる機序の可能性も示唆されています。こうしたCK2βの量や機能の低下が、POBINDSで見られる幅広い発達の異常やてんかんの起こりやすさにつながると考えられています[5]。
💡 用語解説:ハプロ不全とは
わたしたちは遺伝子を父方・母方から1つずつ、2つのコピーで持っています。片方が壊れても、もう片方のコピーからつくられる量で機能を保てる遺伝子もあります。しかしCSNK2Bでは、多くの機能喪失型バリアントで、正常なコピーが1つだけでは必要な量に届かないことがあります。この「1つ分では足りない」状態がハプロ不全です。POBINDSではハプロ不全が主要な病態機序の1つと考えられますが、一部のミスセンスバリアントでは異なる機序も示唆されています。
CK2酵素の構成イメージ
(CK2α)
(CK2α)
(CK2β)★CSNK2B
(CK2β)★CSNK2B
(四量体)
CK2は触媒役2つと調整役2つの合計4部品でできています。POBINDSではCSNK2Bの病的バリアントによってCK2βの量や機能が低下し、CK2ホロ酵素の機能に影響します。
3. どんな症状が、どのくらいの割合で出るのか
POBINDSは、てんかんと知的障害を中心にしながらも、全身にさまざまな影響がおよぶ多面的な病気です。診療の記録をまとめた情報からは、特定の症状が高い割合で重なって現れることが分かっています[5]。以下は、これまでに報告された主な症状のおおよその出現頻度です。母数の小さい希少疾患のため数値には幅がありますが、全体像をつかむ目安になります。
発達と行動の特徴
多くのお子さんで、ことばや運動の発達の遅れが乳幼児期からはっきり現れます。運動発達の遅れは約93%に見られると報告されています[5]。発達をみる検査では、体全体を使う粗大運動、手先の微細運動、身のまわりへの適応、ことば、人とのやりとりといった幅広い領域で、発達の指数が下がる傾向が確認されています。知的障害の程度は幅広く、ある報告では、患者さんの約50%が軽度、約10%が中等度、約30%が重度から最重度に分類され、一方で約9%の方は知能が平均域にとどまるなど、個人差がとても大きいことが示されています[6]。行動面では、重い睡眠の問題、いらだち、かんしゃく、同じ動きをくり返す常同運動などが報告されており、ご本人やご家族の生活に大きく影響することがあります[5]。
体つき・成長にまつわる特徴
体つきに関しては、成長障害や低身長が比較的多く見られます。ある報告では、低身長とCSNK2Bの変化を持つお子さんに成長ホルモン療法を行ったところ、身長の伸びに改善が見られたとされています[7]。これは症例報告の段階の知見で、確立した標準治療ではありませんが、CK2βが脳の発達だけでなく、骨の成長や成長ホルモンの信号にも関わっている可能性を示すものです。顔立ちに特別に決まった特徴はありませんが、広いおでこ、低い鼻すじ、突き出たあご、薄い上くちびるなどが見られることがあります[3]。また、特定の変化(例:p.Asp32Asn)を持つ一部の患者さんでは、小頭症や手足の指の形の違いをともなう「知的障害・頭蓋指趾症候群(IDCS)」として報告された表現型があります[8]。ただし、これをCSNK2B関連神経発達症から独立した別の症候群とみなすべきかについては議論があり、現在はCSNK2B関連疾患の幅広い表現型の一部として捉える考え方もあります[5]。
👩⚕️ 院長コラム:「同じ病名でも、経過はひとりずつ違います」
POBINDSのように症状の幅が広い病気では、インターネットで見た「最も重い経過」がそのままご自分のお子さんに当てはまると思い込み、必要以上に不安を抱えてしまう方がいらっしゃいます。数字はあくまで集団全体の傾向で、一人ひとりの未来を決めるものではありません。臨床遺伝専門医の立場からお伝えしたいのは、遺伝子の変化が同じでも歩む道はさまざまだということ、そして分かっていることと分かっていないことを、いったん冷静に整理する時間が大切だということです。
4. てんかんのタイプと経過
てんかんは、POBINDSでもっとも重い中心症状です。発症する年齢は新生児期から10歳くらいまで幅がありますが、てんかんを発症した患者さんの約90%は3歳以下、その多くは生後6か月以内に初めての発作を経験しています[5]。発作のタイプはとても多彩で、全身が硬直してからガクガクとけいれんする全般性強直間代発作、体の一部が一瞬ピクッとするミオクロニー発作、意識が短時間とぎれる欠神発作、脳の一部から始まる焦点起始発作などが、単独で、あるいは組み合わさって現れます[9]。
経過にも幅があります。抗てんかん薬によく反応して、精神と運動の発達が正常に進む方がいる一方で、発作が長く止まらないてんかん重積状態をくり返す重い経過をたどる方もいます[5]。てんかんのある方全般に共通することですが、まれにSUDEP(てんかんにおける予期せぬ突然死)のリスクもあり、発作の管理が重要になります[10]。また、特定の変化(p.Thr90Pro)を持つお子さんでは、まぶたのぴくつきを主とし、光に過敏になるジェイボンズ症候群に似たタイプを示したという報告もあり、CSNK2Bの変化が引き起こすてんかんの幅の広さがうかがえます[2]。
💡 用語解説:てんかん重積状態
ふつうの発作は数分でおさまりますが、発作が長く続いたり、意識が戻らないうちに次の発作がくり返し起こったりする状態をてんかん重積状態といいます。脳への負担が大きく、すみやかな治療が必要な、救急的に対応すべき状態です。
5. 変異のタイプと、それが病気を起こすしくみ
POBINDSを起こすCSNK2Bの変化には、いくつものタイプがあります。1文字だけ置きかわるミスセンス変異、途中でタンパク質づくりが止まるナンセンス変異、文字の読み枠がずれるフレームシフト変異、設計図のつなぎ合わせがうまくいかないスプライシング変異など、さまざまな種類が報告されています[11]。これらは細胞のなかで、それぞれ違うしくみでCK2に影響します。
たとえば、CK2βの「ジンクフィンガー」という部分に起こるp.Arg111Proやp.Cys137Pheといった変化は、CK2βどうしが手をつなぐ働きをじゃまし、タンパク質が細胞のなかで壊されやすくなって、量が大きく減ってしまいます[12]。一方、p.Asp32Asnやp.Arg86Cysなどの変化は、タンパク質の安定性や触媒役との結合には直接影響しないものの、ほかのタンパク質との連携をじゃますることで病気を起こすと考えられています[12]。また、c.367+5G>Aのようなつなぎ目の変化は、設計図の一部(エクソン5)が飛ばされてしまい、途中でタンパク質づくりが止まることが、実験で確かめられています[13]。
💡 用語解説:ミスセンス変異・スプライシング変異とは
遺伝子は、3文字ずつでアミノ酸1個を指定します。ミスセンス変異は、1文字が変わってアミノ酸が別のものに入れかわる変化です。スプライシング変異は、遺伝子の設計図から余分な部分を切り取り、必要な部分をつなぎ合わせる「編集」の工程を乱す変化で、設計図の一部が抜け落ちてしまうことがあります。
これまでの研究から、変化が起こる場所(とくにジンクフィンガー部分かどうか)によって、てんかんのコントロールのしやすさや知的障害の重さが影響を受ける傾向が見えつつあります[6]。ただし、変化のタイプと症状の重さがきれいに一対一で対応するわけではなく、同じ変化でも経過に幅があります。
6. 脳のなかで何が起きているのか
POBINDSのさまざまな症状を理解するうえで、CK2が脳のなかでどう働いているかを知ることが手がかりになります。CK2はいつも活性を持つ酵素ですが、その「どのタンパク質に、どこで働くか」は、調整役であるCK2βによって細かくコントロールされています。ここでは、とくに大切と考えられている3つのしくみを、なるべくやさしく紹介します。
① 神経のつなぎ目(シナプス)の成熟
脳の学習や記憶の土台になるのが、神経細胞どうしのつなぎ目であるシナプスです。未熟な脳では「GluN2B」という部品を含むNMDA受容体が多いのですが、脳が育つにつれて「GluN2A」を含むタイプへと切りかわり、成熟した回路ができあがります[14]。CK2は、この切りかえで重要な役割を果たします。CK2がGluN2Bの特定の場所にリン酸という目印を付けると、GluN2Bがシナプスから外れ、結果として未熟型から成熟型への切りかえが進みます[14]。CSNK2Bの変化でCK2βの働きが落ちると、この切りかえがうまくいかず、未熟な回路が残ってしまい、脳の興奮と抑制のバランスがくずれて、てんかんや学習の困難につながると考えられています。
② イオンチャネルの配置
神経細胞が電気の信号を伝えるには、細胞膜にある「イオンチャネル」という通り道が、正しい場所に正しく配置されている必要があります。CK2は、神経が信号を出すのに関わるナトリウムチャネルなどに目印を付け、それらが適切な場所につなぎ止められるよう手助けしていることが分かっています[15]。POBINDSのてんかんは、シナプスの異常に加えて、こうしたイオンチャネルの配置の乱れによる神経の興奮しやすさも、複雑に組み合わさって起きていると推測されます。
③ Wntシグナルという発生の道すじ
もう1つの大切なしくみが、Wntシグナルという信号の道すじの調整です。Wntシグナルは、脳や体の器官がつくられる過程を導く、発生の中心となる経路です。患者さん由来の細胞を使った研究では、CK2の働きが落ちると、この経路の中心となるβ-カテニンというタンパク質の調整がうまくいかなくなることが確認されました[8]。このWntシグナルの乱れは、前に触れた「知的障害・頭蓋指趾症候群(IDCS)」で見られる、顔や指の形の違いをともなうタイプの、直接の原因のしくみとして特定されています[8]。
脳波(EEG)と睡眠の関係
診断とてんかんの評価には、脳波(EEG)検査が欠かせません。POBINDSの脳波では、脳全体に広がるてんかん性の波が特徴で、とくに高い振幅の波が睡眠中に多く現れることが観察されています[5]。てんかんの波は睡眠と深く関わっており、とりわけ深い眠りであるノンレム睡眠のときに出やすくなる傾向があります[16]。このため、日中の短い脳波だけでは異常が見つからない場合、睡眠中を含めた長めの脳波検査がすすめられます[5]。
7. 遺伝のしくみと、ご家族へのカウンセリング
POBINDSは常染色体顕性(優性)遺伝の形をとります。これは、2つある遺伝子のコピーのうち片方に変化があれば発症しうる、という意味です。ただし、大切なのは、ほとんどの患者さんが親から受け継いだのではなく、ご本人で新しく生じた新生突然変異(de novo変異)で発症しているという点です[5]。まれに、軽い知的障害や熱性けいれんを持つ親から受け継いだ家族例も確認されていますが、これは例外的です[17]。
💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝とは
「顕性(優性)」とは、片方のコピーに変化があるだけで症状が現れうる遺伝の形のことです(近年は「優性」に代えて「顕性」という用語も使われます)。POBINDSはこの形をとりますが、多くはご本人で新しく生じた変化のため、親やきょうだいが同じ病気とはかぎりません。
新生突然変異が原因の場合、ご両親が同じ変化を持っている可能性は低く、次のお子さんに同じことが起こる確率は一般に低いと考えられます。ただし、ごくまれに、親の体の一部(卵子や精子をつくる細胞)にだけ変化がまじっている「生殖細胞モザイク」という状態があり、この場合はきょうだいでの再発リスクが一般よりわずかに高くなります[5]。こうした再発の可能性や、お子さんの診断がご家族にとって持つ意味については、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングのなかで、ていねいに整理していくことができます。
8. 診断と検査、鑑別すべき病気
POBINDSには、症状だけで確定できる特別な診断基準は今のところありません。そのため、確定診断には遺伝学的検査が欠かせません[5]。発達の遅れ、早期に始まるてんかん、筋緊張の低下といった症状からこの病気が疑われる場合、全エクソーム解析(WES)やゲノム解析が、もっともすすめられるアプローチです。CSNK2Bの病的バリアントの多くはタンパク質の設計図の内側にあるため、こうしたまとめて調べる解析でその大部分が検出できるとされています[5]。てんかんや知的障害に関わる遺伝子をまとめて調べるてんかん遺伝子パネル検査も、有力な選択肢になります。
早期に発症するてんかんと発達の遅れを起こす病気はほかにも多く、たとえばドラベ症候群をはじめとする発達性てんかん性脳症などがあります。これらは症状が重なることも多いため、原因となる遺伝子を突き止める検査が、正確な診断と今後の見通しの両面で役立ちます。
👩⚕️ 院長コラム:「診断がつくことの意味」
原因が分かっても今すぐ根本的な治療につながらないなら、検査をする意味があるのか、と迷われる方もいらっしゃいます。臨床遺伝専門医の立場からは、診断がつくことには、それ自体にいくつもの意味があるとお伝えしています。長い「原因さがしの旅」に区切りがつくこと、同じ病気のご家族とつながれること、再発の可能性を落ち着いて考えられること、そして――POBINDSのように――将来の治療研究の対象になったとき、いち早く情報が届く立場になれること。検査を受けるかどうかは、こうした点も含めてご本人・ご家族が決めることで、わたしたちは中立の立場で判断材料を整理します。
9. 現在の治療とケア
残念ながら、現時点でPOBINDSそのものを治す根治療法や、病気の進行を変える薬はまだ承認されていません。そのため治療は、症状をやわらげ、合併症を防ぎ、生活の質を高めることを目指した対症療法と、いろいろな専門職が連携する集学的ケアが中心になります[5]。
POBINDSに特別によく効く抗てんかん薬は確立していませんが、薬が効きにくいタイプでも、複数の薬を組み合わせることで発作の管理に成功した症例が報告されています[5]。どの薬をどう使うかは、お子さん一人ひとりの発作のタイプや経過に合わせて、専門医が慎重に判断します。
10. 最新の遺伝子治療研究と、これからの展望
今は対症療法が中心のPOBINDSですが、根本的な治療の可能性を示す研究が進んでいます。2026年に医学雑誌に発表された研究では、ヒトのPOBINDSでみられるハプロ不全をまねた、CSNK2Bが片方だけ欠けたマウス(Csnk2b+/-)がつくられました[18]。このマウスは、脳のなかのCsnk2bの量が正常の約半分に減り、体重や脳の重さの減少、生存率の低下に加え、大脳皮質や海馬の構造の異常を示しました。とくに、脳の興奮をおさえる神経のはたらきの障害が確認され、これが自閉症に似た行動や、自然に起こるてんかん発作といった中心的な特徴の原因になっていることが分かりました[18]。
研究チームは、このマウスの生まれてまもない時期に、血液から脳へ届きやすいウイルスの運び屋(AAVベクター)を使って、正常なCSNK2B遺伝子を脳全体に補う遺伝子治療を行いました。その結果、この早期の治療が、大脳皮質や海馬の構造を大きく修復し、生存期間を延ばし、自然に起こるてんかん発作と自閉症に似た行動の両方を、はっきり改善したと報告されています[18]。
💡 用語解説:AAVベクターを使った遺伝子補充療法
AAV(アデノ随伴ウイルス)は、病気を起こしにくいウイルスを「遺伝子の運び屋」として使う技術です。足りない遺伝子の正常なコピーを細胞に届けて、不足した働きを補うことを遺伝子補充療法といいます。POBINDSは片方の遺伝子が足りない病気なので、この考え方が理にかなうと期待されています。
この研究のもう1つの大きな成果は、将来のヒトへの臨床試験にそのまま使える脳波(EEG)のバイオマーカーを見つけたことです。治療前のマウスでは、脳の興奮と抑制のバランスの乱れを反映して、脳波の特定の帯域のパターンに異常が出ていましたが、CSNK2Bを補うことで、これらの脳波の指標が正常なレベルにまで回復しました[18]。このような、体に負担をかけずに測れる脳波の指標は、将来ヒトで遺伝子治療を試すとき、薬がきちんと効いているかを確かめたり、効果を長く見守ったりするための、信頼できる目印になると期待されています[18]。
ただし、これはあくまでマウスを使った前臨床の研究段階の成果で、ヒトでの安全性や効果が確かめられたわけではありません。実際の治療として使えるようになるには、これからさらに多くの研究と時間が必要です。それでも、対症療法しかなかったこの病気に、根本的な治療の道すじが見えてきたことは、大きな希望といえます。
似た病気:OCNDS(オクル・チャン神経発達症候群)との関係
CK2の調整役(CK2β)の変化がPOBINDSを起こす一方で、CK2の触媒役(CK2α)をつくるCSNK2A1という遺伝子の変化は、OCNDS(オクル・チャン神経発達症候群)を起こします[19]。この2つは、同じCK2という酵素の部品に由来するため、知的障害や発達の遅れ、ことばの障害など、多くの特徴を共有する「コインの裏表」のような関係にあります[19]。ただし詳しく比べると、POBINDSはてんかんの多さと重さがきわだつのに対し、OCNDSは運動やことばの遅れ、常同運動などがより目立つ傾向があるなど、はっきりした違いも見られます[19]。
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よくある質問(FAQ)
参考文献
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