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Bainbridge-Ropers症候群(ASXL3関連障害)とは?症状・原因・遺伝・治療・予後を臨床遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

Bainbridge-Ropers症候群(バインブリッジ・ロパース症候群、BRPS)は、ASXL3遺伝子のヘテロ接合性機能喪失型変異によって発症する、常染色体顕性(優性)遺伝形式をとる希少な神経発達症です。重度の発達遅滞、ほぼ100%の患者で認められる著しい言語発達遅延、乳児期の筋緊張低下、生命を脅かす可能性のある摂食障害を中核症状とし、近年は心血管・腎・骨格・行動領域まで広がる多臓器疾患として理解されるようになっています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 ASXL3遺伝子・神経発達症・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. Bainbridge-Ropers症候群とは、まずひとことで言うとどんな病気ですか?

A. ASXL3遺伝子の働きが失われることで生じる、希少な先天性の神経発達症です。重度の発達遅滞・著しい言語発達遅延・乳児期の重度の摂食障害を主な特徴とし、自閉スペクトラム症様の行動・睡眠障害・てんかん・特徴的な顔貌などを伴います。一方で、進行性の退行性疾患ではなく、適切な医療と支援のもとで長期的にゆっくり改善する力を持っています。

  • 疾患の定義 → OMIM #615485、ASXL3遺伝子(18q12.1)、2013年Bainbridgeらにより報告
  • 分子メカニズム → PR-DUB複合体の機能不全によるヒストンH2Aの脱ユビキチン化異常
  • 主な症状 → 言語発達遅滞(100%)・筋緊張低下・摂食障害・睡眠障害(約71%)・てんかん(約43%)
  • 遺伝形式 → 常染色体顕性(優性)。多くは新生突然変異だが、親のモザイク現象が重要なリスク因子
  • 最新の治療知見 → プレガバリンによる内臓痛覚過敏のコントロールが行動症状を劇的に改善する例も

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1. Bainbridge-Ropers症候群とは:疾患の定義と歴史

Bainbridge-Ropers症候群(BRPS、OMIM #615485)は、18番染色体長腕(18q12.1)に位置するASXL3遺伝子のヘテロ接合性機能喪失型バリアントによって発症する、希少かつ複雑な神経発達症です。ASXL3遺伝子の詳しい解説もあわせてご覧いただくと、原因遺伝子の働きへの理解がさらに深まります。

本疾患は、2013年にMatthew BainbridgeとHilger Ropersを中心とする研究チームによって、特異な神経発達症状を呈する4名の非血縁患者においてASXL3遺伝子の新規短縮型変異が同定されたことを契機に、独立した疾患概念として確立されました。研究者の名前にちなんで「Bainbridge-Ropers症候群」と命名されています。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝

人は同じ遺伝子を父親由来と母親由来で2本ずつ持っています。「常染色体顕性遺伝」とは、そのうちの片方(1本)に変異があるだけで症状が現れる遺伝の仕組みのことです。「顕性」は2022年以降に使われるようになった新しい用語で、以前は「優性」と呼ばれていました。患者本人から子どもへ受け継がれる確率は、理論上50%です。ただしBRPSの多くは「新生突然変異(de novo)」、つまり両親には変異がなく、お子さんで初めて生じた変異によって発症します。

ASXL3遺伝子は、エピジェネティック制御を担う「ポリコーム群タンパク質」のファミリー遺伝子(ASXL1・ASXL2・ASXL3)の1つで、これら3つの遺伝子の変異はそれぞれ次の症候群を引き起こします。

🧬 ASXLファミリーの遺伝子と関連疾患

これら3つはまとめて「クロマチン修飾障害」と呼ばれ、共通する病態生理学的な基盤を持ちます。その中でBRPSは世界的に最も患者数が多いとされ、次世代シーケンシング技術の普及に伴い、診断例は年々増加しています。当初は中枢神経系の発達異常が中心と考えられていましたが、最新の研究によって心血管・腎・泌尿器・骨格筋系など多臓器に影響する疾患であることが明らかになってきました。

2. 原因遺伝子ASXL3と分子病態メカニズム

BRPSの病態を理解する鍵は、ASXL3タンパク質が細胞内で果たすエピジェネティックな役割にあります。ASXL3は、脳・脊髄・腎臓・肝臓・骨髄など発生段階の多様な組織で発現し、細胞増殖や生存・アポトーシスを制御する転写調節因子です。

💡 用語解説:エピジェネティクスとは

DNAの塩基配列そのものを書き換えずに、遺伝子の「読まれ方(オン・オフのスイッチ)」を制御する仕組みのことです。ヒストン(DNAを巻き付ける芯のようなタンパク質)に化学的な目印が付くことで、その遺伝子が働きやすくなったり、逆に静かになったりします。胎児の発生・細胞の分化・脳の発達など、生命のあらゆる場面で重要な役割を担っています。

PR-DUB複合体とヒストンH2Aの脱ユビキチン化制御

ASXL3タンパク質の中心的な機能は、BAP1と呼ばれる酵素と結びついて「PR-DUB複合体(ポリコーム抑制性脱ユビキチン化複合体)」というユニットを作ることです。この複合体はクロマチンの構成成分であるヒストンH2Aの119番目のリジン残基(H2AK119Ub1)から「ユビキチン」という目印を取り除く役割を担っています。

💡 用語解説:ユビキチン化と脱ユビキチン化

ユビキチンは、細胞内のタンパク質に付いて目印として働く小さなタンパク質です。「ここの遺伝子を抑えてください」「このタンパク質を分解してください」など、付く場所と数によってさまざまなメッセージを伝えます。ユビキチンを付けるのが「ユビキチン化」、取り除くのが「脱ユビキチン化」です。ヒストンH2Aの119番リジンに付くユビキチン(H2AK119Ub1)は、遺伝子の発現抑制に関わる重要なエピジェネティックな目印として知られています。

BRPS患者由来の細胞を用いた研究により、変異したASXL3 mRNAは細胞の品質管理機構(ナンセンス変異依存mRNA分解)によって分解されやすく、結果としてASXL3タンパク質の量が正常の半分に減少することが確認されています。これを「ハプロ不全」と呼びます。タンパク質量が減るとPR-DUB複合体の働きが落ち、本来取り除かれるべきユビキチンがヒストンH2Aに異常に蓄積してしまいます。これが、ヒトの単一遺伝子疾患においてH2A脱ユビキチン化の破綻が直接的に証明された最初の事例として、医学的にも重要な発見でした。

ASXL3変異によるエピジェネティック制御の破綻メカニズム

正常な状態 ヒストンH2A ASXL3 BAP1 Ub 除去 PR-DUB複合体がH2Aから ユビキチンを除去し、転写制御を維持 BRPSの状態 ヒストンH2A(Ub蓄積) ASXL3 機能喪失 BAP1 単独では働けず 脱ユビキチン化が止まり H2AK119Ub1が異常に蓄積

正常な状態(左)ではASXL3とBAP1で構成されるPR-DUB複合体がヒストンH2Aからユビキチン(赤)を除去する。BRPS(右)ではASXL3の機能喪失により脱ユビキチン化が止まり、H2AK119Ub1が異常に蓄積。下流の遺伝子発現や発生プロセスに広範な影響を及ぼす。

発生プロセスと睡眠リズムへの広範な影響

BRPS患者の細胞では、ゲノム全体で564個もの遺伝子の発現が変化しており、その約半数は発現が上昇、もう半数は低下しています。これらの遺伝子の多くは胚発生・転写制御・細胞増殖に関わるもので、BRPSの成長障害・重度発達遅滞・形態異常といったマクロな臨床像と矛盾なく一致します。さらにマウスモデルの研究から、ASXL3は心筋細胞の生存維持にも関与し、変異により心臓の構造異常やアポトーシスが誘導されることが示されています。

また、視床下部などにおける概日リズム(サーカディアン・クロック)の維持にもASXL3を含むポリコーム制御が関わっており、これが後述する患者の重度の睡眠障害の生物学的な基盤と考えられています。

📝 生殖細胞系列変異と体細胞変異の違い(参考)

BRPSは生殖細胞系列のASXL3変異による全身性発達症ですが、同じ遺伝子の体細胞変異は副甲状腺腺腫・膵がん・前立腺がんなど、まったく別の病態と関連することが知られています。変異が発生段階で起きるか、成人後の特定臓器で起きるかによって表現型が大きく異なる興味深い遺伝子です。

🔍 関連記事:原因遺伝子について

▶ ASXL3遺伝子の機能・関連疾患・分子病態の詳細解説

3. 主な症状と全身性の表現型

BRPSは単一の臓器に留まらず、神経・消化器・心血管・腎・骨格・行動領域など全身に影響します。患者ごとに重症度や症状の組み合わせには幅がありますが、いくつかの臨床的特徴はきわめて高い頻度で観察されます。

🧠 神経発達・運動機能

  • 著しい言語発達遅滞:ほぼ100%(多くが無発語または単語レベル)
  • 中等度〜重度の知的障害・全般的発達遅滞
  • 乳児期の筋緊張低下(フロッピーインファント)
  • 成長に伴う痙縮への移行例
  • てんかん:約43%(成人発症例も)

🍼 消化器・摂食

  • 乳児期の重度の哺乳困難・成長障害
  • 重度の胃食道逆流症(GERD)
  • 制御困難な周期性嘔吐
  • 不顕性誤嚥による反復性誤嚥性肺炎
  • 便秘・消化管運動障害

🌙 行動・睡眠・精神

  • 自閉スペクトラム症(ASD)様の特性:約50%
  • ADHD様の症状:約43%
  • 攻撃性:約57%/自傷行為:約43%
  • 重度の睡眠障害:約71%(昼夜逆転・無呼吸)
  • 特定の食感・色への極端な感覚過敏

❤️ 多臓器の合併症

  • 心疾患:心室中隔欠損・心房中隔欠損・右胸心など
  • 腎・泌尿器:水腎症・膀胱尿管逆流・多発性嚢胞腎
  • 骨格:脊柱側弯症・後弯症(進行性)
  • 眼:斜視・眼瞼下垂・睫毛毛髪肥大
  • 口腔:高口蓋・歯の密集・エナメル質形成異常

💡 用語解説:不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)

食物や唾液・胃の内容物が、本来とは違う気管側へ流れ込んでしまう現象を「誤嚥」といいます。「不顕性誤嚥」とは、咳き込みや息苦しさといった目に見えるサインを伴わずに、静かに気道に入り込んでしまうタイプの誤嚥のことです。BRPSの乳児期にはこのリスクが非常に高く、見た目には元気そうに見えても繰り返す肺炎や酸素飽和度の低下として表面化します。「気づかれにくいからこそ命に関わる」という点で、特に注意すべき合併症です。

💡 用語解説:内臓痛覚過敏(ないぞうつうかくかびん)

通常なら痛みとして感じないレベルの内臓の刺激(腸の伸展や軽い炎症など)を、過剰に強い痛みとして感じてしまう状態のことです。言葉で痛みを訴えられないBRPSの患者さんでは、この内臓の不快感や痛みが「説明のつかない興奮」「激しい叫び」「自分の身体を叩く」といった行動として表れることがあります。「行動の問題」ではなく「身体的な苦痛のサイン」と捉える視点が、近年のBRPS研究で重視されています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「行動の問題」と片付けないでほしい理由】

BRPSのお子さんが激しく叫んだり、自分を叩いたりする場面に出会うと、医療者も家族も「自閉症の特性」「感覚過敏」と説明してしまいがちです。でも近年わかってきたのは、その背景に「言葉にできない内臓の痛み」が潜んでいる可能性があるということです。

腸の動きの異常、便秘、胃食道逆流、慢性的な内臓痛覚過敏──これらをきちんと拾い上げ、痛みの治療を行うことで、行動が劇的に落ち着く例が報告されています。「説明できない苦しさを、お子さんが行動で訴えている」かもしれない。この視点を持つことが、ご家族と医療チームを救う第一歩になると私は考えています。

特徴的な顔貌について

BRPSの顔貌は、診断時に振り返って初めて気づかれることも多く、決して派手な特徴ではありません。主な特徴として、突出した前額部・アーチ状に吊り上がった眉・狭い眼瞼裂・低形成の鼻翼・突出した鼻柱・外反した分厚い下唇などが挙げられます。睫毛が異常に長い「睫毛毛髪肥大症」を伴う症例も報告されています。これらの特徴はボーリング・オピッツ症候群と一部重なりますが、後述のように疾患特異的な臨床経過の違いがあります。

4. 鑑別診断:BOS・Shashi-Pena・コルネリア・デランゲとの違い

BRPSの臨床診断において最も鑑別が必要となるのは、同じASXLファミリー遺伝子の変異による2つの疾患──ボーリング・オピッツ症候群(BOS、ASXL1)とShashi-Pena症候群(ASXL2)です。エピジェネティック制御の類似性から、多くの臨床像が重なります。一方で、初期診断ではコルネリア・デランゲ症候群が疑われる例も少なくありません。

2023年に発表されたBOSとBRPSの大規模比較研究(定量的歩行解析を含む)により、両疾患の臨床的な質的差異が初めて明確に示されました。以下に主要な違いをまとめます。

比較項目 BOS(ASXL1) BRPS(ASXL3)
発達上の懸念に気づく平均月齢 生後4ヶ月 生後9ヶ月
発達性協調運動障害(DCD)の有病率 100% 100%
運動障害が教室での学習に大きく影響した割合 71% 0%
ASDと運動機能不全の相関 相関なし 強い相関あり
周期性嘔吐の誘因 ワクチン接種・感染症・麻酔がトリガー 疾患特異的トリガーの研究は途上、BOSからの外挿で管理

この表からわかるのは、BOSでは異常がより早期(生後4ヶ月)に認識され、運動障害が学習環境にも直接影響する一方、BRPSでは発達遅滞の認識がやや遅れ、運動障害そのものが学習を阻害する程度は軽い、という点です。さらにBRPSではASDの併発が運動機能の不全を悪化させる相乗的な悪影響が見られますが、BOSではこの相関は確認されていません。両疾患は分子病態の類似性を共有しながらも、遺伝子特異的な臨床像を持っていることが、近年の研究で明らかになってきました。

Shashi-Pena症候群(ASXL2)との鑑別

ASXLファミリー3疾患の中で最も患者数が少なく、マクロセファリー(巨頭症)が高頻度に見られる点でBRPSと異なります。遺伝子検査による鑑別が確実です。

コルネリア・デランゲ症候群との鑑別

濃く繋がった眉毛・哺乳障害などの臨床的な類似から、初期診断で疑われることがあります。NIPBL・SMC1A・HDAC8などの遺伝子検査と臨床特徴の総合評価で区別されます。

他のクロマチン修飾障害との鑑別

コフィン・シリス症候群歌舞伎症候群もエピジェネティック制御異常を共有しますが、特徴的顔貌や合併症のパターンに違いがあります。

5. 診断・遺伝子検査の進め方

BRPSの確定診断は、臨床的に疑われる症状の組み合わせを起点に、分子遺伝学的検査によってASXL3遺伝子の病的バリアントを同定することで行います。日本国内ではミネルバクリニックを含む臨床遺伝専門医のもとで、出生後・出生前の両方の段階で遺伝子検査を受けることができます。

出生後の診断アプローチ

出生後にBRPSが疑われる場合、第一選択となるのは全エクソーム解析(WES)または包括的遺伝子パネル検査です。BRPSは知的障害・発達遅滞・自閉スペクトラム症などを呈する多くの疾患の鑑別対象であるため、ASXL3単独の解析よりも、関連遺伝子をまとめて調べる方が効率的かつ正確です。

🔬 当院でASXL3を検査できる検査メニュー

出生前の診断アプローチ

家族内に既知のASXL3バリアントがある場合(前の妊娠でBRPSと診断されたお子さんがいるご家族など)、次回の妊娠で出生前診断を選択することができます。出生前の確定診断には、妊娠10〜13週の絨毛検査、または妊娠15週以降の羊水検査を行い、胎児DNAを直接解析します。詳しくは単一遺伝子疾患の出生前診断のページもご参照ください。

また、妊娠初期から行えるスクリーニング検査として、当院のNIPTインペリアルプランでは154遺伝子・218疾患を対象としており、その中にASXL3も含まれています。ただし、NIPTはあくまでスクリーニング検査であり、確定診断には絨毛検査または羊水検査が必要です。

📝 検査選択は中立的に。BRPSのように表現型に幅があり、長期的にゆっくり改善する可能性のある疾患では、出生前に診断を受けることが必ずしも家族の負担を軽くするとは限りません。検査を受けるかどうかは、ご夫婦の価値観・将来設計・心理的準備を踏まえ、遺伝カウンセリングのなかで丁寧に話し合いながら決定することが大切です。

6. 治療と長期管理:プレガバリンが拓く新たな視点

現時点でASXL3遺伝子の異常そのものを根本から修正する治療法は確立されていません。医療的なアプローチは、患者一人ひとりの複雑な合併症を管理し、機能的な自立を最大化する集学的(マルチディシプリナリー)な対症療法と継続的なサーベイランスに依存しています。

乳児期の栄養・誤嚥管理

嚥下造影検査で不顕性誤嚥が確認された場合や、継続的な摂食困難で体重が増えない場合は、早期の胃瘻(ガストロストミー)造設が選択肢となります。重度のGERDには噴門形成術(Fundoplication)など外科的介入も検討されます。

周期性嘔吐の予防

近縁疾患であるBOSの知見をもとに、予防接種・感染症・全身麻酔が嘔吐のトリガーとなる可能性に注意します。ただし標準ワクチンの完全接種は強く推奨されます。発作の予防には、抗ヒスタミン・抗セロトニン作用を持つシプロヘプタジンの毎日投与が試みられています。

行動・自傷の管理

応用行動分析(ABA)の機能的分析に基づくアプローチで、自傷行為を持続的に減少させた例が報告されています。睡眠不足や便秘などの身体的な不快が背景にないかを徹底的に確認することが重要です。

プレガバリンによる症状コントロール──近年の重要なブレイクスルー

BRPSの治療領域で近年もっとも注目されているのが、神経障害性疼痛治療薬プレガバリン(製品名:リリカ)の適応外使用です。極度の感情調節不全・パニック・深刻な自傷や他害行動を呈するBRPS患者に対し、プレガバリンが劇的な改善をもたらした複数のケースレポートが発表されています。

この発見が示唆するのは、BRPS患者の説明のつかない激しい行動が、単なる自閉スペクトラム症の特性や精神的パニックではなく、腸管異常などに起因する「内臓痛覚過敏」という強烈な身体的苦痛のサインである可能性が高い、ということです。痛みの伝達経路を直接ブロックすることで、行動障害がほぼ完全に改善し、他の向精神薬を漸減できた成人症例も報告されています。

なお、プレガバリンは日本においても保険適用のある薬剤ですが、BRPSの行動症状に対する使用は適応外使用であり、専門医による慎重な判断と家族との十分な情報共有のうえで検討する必要があります。

継続的なサーベイランス(健康監視)プロトコル

診断確定後は、生涯にわたる定期的な医学的フォローアップが推奨されます。

  • 診断確定時:心エコー検査(先天性心疾患の除外)と腎臓超音波検査(嚢胞・異形成の確認)をベースラインとして実施
  • 毎回の診察:成長パラメータ・栄養状態・発達進捗・てんかんの新規発症・筋緊張変化・睡眠障害の確認
  • 眼科評価:斜視・眼瞼下垂・屈折異常の早期発見のため少なくとも年1回
  • 歯科評価:3歳以降は6ヶ月ごと、エナメル質形成異常・歯の密集に伴う齲蝕・歯周疾患の予防

7. 遺伝カウンセリングと「親のモザイク」という最大の論点

BRPSは常染色体顕性(優性)遺伝性の疾患で、患者本人が次世代に病的バリアントを伝える確率は理論上50%です。ただし、多くの患者で重度の知的障害を伴うため、次世代への直接の遺伝は実臨床ではきわめて稀でした。歴史的には、BRPSの病的バリアントのほぼすべてが「新生突然変異(de novo)」、つまり精子・卵子の形成過程または受精後ごく初期に新たに生じた変異であると考えられてきました。

2025年の重要な発見:父親のモザイクから子へ

近年、高深度シーケンシング技術の導入により、この前提が大きく覆されつつあります。表現型がまったく正常な親からの「モザイク現象」を介した遺伝が、BRPSの家族内再発における重要な、そして長く過小評価されてきたメカニズムであることが明らかになったのです。

💡 用語解説:モザイク現象

モザイク現象とは、1人の体の中に「正常な細胞」と「変異を持つ細胞」が混在している状態のことです。特に、生殖細胞(精子・卵子)の一部にだけ変異がある状態を「生殖細胞系列モザイク」または「性腺モザイク」と呼びます。親自身は無症状でも、変異を持つ精子や卵子を介して子どもに病気を引き継ぐことがあります。「両親が健康だから次の子も大丈夫」とは限らない──この概念がBRPSの遺伝カウンセリングを根本から変えつつあります。

2025年に詳細に分析されたある家系の報告では、表現型が完全に正常な父親が極めて低レベルのモザイク変異を持ち、それがBRPSを発症した8歳の女児と、その後同じ変異を理由に妊娠中絶された胎児の双方に受け継がれていました。父親の血液サンプルを標的とした超高深度シーケンシング(10,000倍の網羅度)による解析で、変異の頻度は末梢血中で8.17%、精液中で15.03%という、BRPSとして文献報告された中で最も低いレベルでした。

別の家系では、軽度の眼瞼下垂のみを臨床的特徴として呈する母親から、重度のBRPSを持つ2人の異父兄弟(半兄弟)へ同じフレームシフト変異が伝播した事例も報告されています。これらの発見は、BRPSの家族計画における再発リスクの評価を根本から見直す必要性を示しています。

超高深度シーケンシングを用いた遺伝カウンセリング

従来のサンガー法による遺伝子検査では、変異頻度が15%未満の低レベルなモザイクを見逃してしまう可能性が高いことが知られています。したがって、患児に「de novo」とされるASXL3バリアントが同定された場合であっても、家族計画を検討する両親に対しては、末梢血だけでなく精液(父親の場合)など複数の組織からDNAを抽出し、感度0.5%以上の変異負荷を定量可能な超高深度ターゲットシーケンシングを実施することが、世界的に強く推奨されるようになっています。

親がモザイクキャリアであることが判明した場合、次子の妊娠に際しては、妊娠18週頃の超音波ガイド下羊水穿刺などによる出生前診断が重要な選択肢となります。臨床遺伝専門医のもとで、リスクの正確な層別化と、ご夫婦の価値観に寄り添った意思決定支援が行われます。

8. よくある誤解

誤解①「進行性の病気で、年齢とともに悪くなる」

BRPSは退行性(悪化していく)疾患ではありません。2025年の自然史研究では、64名のコホートで多くの症状が長期的にゆっくり改善する軌跡が示されています。特に乳幼児期の重度の摂食障害は、消化管の成熟とともに大きく改善する傾向があります。

誤解②「両親が健康だから、次の子は絶対に大丈夫」

これは最近もっとも重要な軌道修正が起きている領域です。親の生殖細胞系列モザイクが存在する場合、次子の再発リスクは無視できません。正確なリスク評価のためには、超高深度シーケンシングによる多組織解析が推奨されます。

誤解③「激しい行動はASDの特性だから仕方ない」

激しい興奮や自傷の背景に内臓痛覚過敏という身体的な苦痛が潜んでいる可能性があります。プレガバリンによる痛みのコントロールで行動が劇的に改善する例も報告されており、「身体の声を拾う」視点が重要です。

誤解④「ボーリング・オピッツ症候群と同じ病気」

同じASXLファミリー遺伝子の変異による疾患ですが、発症時期・運動障害の学習への影響度・ASDとの相関などに明確な違いがあります。遺伝子検査によって確実に区別できます。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【ゆっくりでも、確実に進む発達の軌跡を信じて】

BRPSと診断されたお子さんのご家族とお話していると、「この子はずっとこのまま、よくならないのではないか」という不安を抱えている方が本当に多くいらっしゃいます。でも、2025年に発表された大規模な自然史研究は、私たちに大切な真実を教えてくれます。BRPSは退行性の病気ではなく、時間はかかってもゆっくりと前へ進んでいける疾患だということです。

乳幼児期の壮絶な摂食困難も、消化管の成熟とともに改善していきます。発語が困難でも、コミュニケーションへの試みは確実に積み重なります。そしてもし、ご家族が「親のモザイクかもしれない」という新しいリスクの話に直面したとき──私たち臨床遺伝専門医は、責めるためにその情報を伝えるのではありません。正確なリスクを知ることで、次の選択肢を一緒に考えるための材料を提供しているのです。一人で抱え込まず、いつでも遺伝の専門家に相談してください。

よくある質問(FAQ)

Q1. Bainbridge-Ropers症候群は遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の疾患ですが、報告されているケースの多くは新生突然変異(de novo)によるもので、両親には同じ変異が存在しないケースが大半です。ただし近年、表現型が正常な親の生殖細胞や血液に潜む低レベルのモザイクが、家族内再発の重要な要因として浮上しています。両親が健康に見えても、超高深度シーケンシングによる精液・末梢血の詳細な解析が、正確な再発リスク評価のために推奨されるようになっています。

Q2. 知的障害や発達遅滞はずっと変わらないのですか?

BRPSは退行性疾患ではなく、遅れを伴いながらも持続的な発達の軌跡を描く疾患であることが、2025年の自然史研究で示されています。発語の獲得は限定的でも、発声によるコミュニケーションの試み、粗大・微細運動スキルなどは、時間をかけてゆっくりと改善する傾向があります。早期からの療育・言語聴覚療法・運動療法の継続が、長期的な機能向上を支えます。

Q3. BRPSで最も生命に関わる合併症は何ですか?

乳幼児期では、重度の摂食障害と不顕性誤嚥による反復性誤嚥性肺炎が最大の生命リスクです。咳き込みや明らかな呼吸困難を伴わずに気道へ食物が侵入するため、見落とされやすいのが特徴です。嚥下造影検査による評価と、必要に応じた胃瘻造設・噴門形成術の早期判断が予後を大きく左右します。先天性心疾患や腎異形成の有無も診断時に確認すべき重要項目です。

Q4. ボーリング・オピッツ症候群(BOS)とはどう違うのですか?

どちらもASXLファミリー遺伝子の変異による疾患で、エピジェネティック制御の異常という共通基盤を持ちます。違いとしては、BOSのほうが発達の異常に気づく時期が早く(生後4ヶ月)、運動障害が学習環境に直接影響する割合が高いこと、一方BRPSではASDの併発が運動機能不全と強く相関する点などが挙げられます。最終的な区別は遺伝子検査(ASXL1かASXL3か)によって行われます。

Q5. 出生前に診断できますか?

家族内に既知のASXL3バリアントがある場合、絨毛検査(妊娠10〜13週)または羊水検査(妊娠15週以降)による出生前遺伝子診断が可能です。また当院のNIPTインペリアルプランはASXL3を含む154遺伝子をスクリーニング対象としています。ただしNIPTはスクリーニング検査であり、陽性の場合は確定診断のための羊水検査・絨毛検査が必要です。検査を受けるかどうかは、遺伝カウンセリングのなかでご夫婦の価値観に沿って慎重に検討してください。

Q6. 激しい自傷や興奮にはどのような治療がありますか?

まず、便秘・胃食道逆流・睡眠不足など、行動の背景にある身体的不快を徹底的に除外することが第一です。そのうえで、応用行動分析(ABA)に基づく行動介入が基本となります。さらに近年は、神経障害性疼痛治療薬プレガバリンの適応外使用が、内臓痛覚過敏に起因する激しい興奮・自傷を劇的に改善した症例が複数報告されています。専門医による慎重な判断のもとで検討される選択肢の一つです。

Q7. てんかんはありますか?

約43%の患者にてんかん発作が合併します。難治性のものも報告されており、また小児期に発作の既往がなくても成人期に遅発性に発症するケースも記録されているため、長期的な神経学的監視が重要です。てんかんとは異なる発作性運動異常として、ジストニア性姿勢や舞踏病様運動を伴う「泣き入りひきつけ」も特徴的で、複数の薬剤に対して難治性を示すことがあります。

Q8. 成人期にはどのような注意が必要ですか?

乳幼児期の摂食困難は改善していく一方で、加齢に伴って肥満のリスクが急激に高まることが指摘されており、栄養管理の戦略転換が必要です。また脊柱側弯症などの整形外科的変形が進行することがあり、定期的な整形外科的介入が求められます。遅発性のてんかんや、体力向上と相まって自傷・他害行動が増悪するケースも報告されているため、生涯にわたる多職種チームでの伴走が予後の鍵となります。

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  • [5] Paternal mosaicism in ASXL3-related Bainbridge-Ropers syndrome: implications for genetic counseling and prenatal diagnosis. Front Pediatr. 2025. [Frontiers in Pediatrics 2025]
  • [6] An International ASXL3 Natural History Study: Deep Phenotypic Characterization. 2025. [PubMed]
  • [7] Examining the neurodevelopmental and motor phenotypes of Bohring-Opitz syndrome (ASXL1) and Bainbridge-Ropers syndrome (ASXL3). Front Neurosci. 2023. [Frontiers in Neuroscience]
  • [8] Pregabalin treatment in a 30-year-old patient with Bainbridge-Ropers syndrome: a case-report. PMC. 2024. [PMC11652826]
  • [9] Treatment of Self-Injury in Bainbridge-Ropers Syndrome: Replication and Extensions of Behavioral Assessments. PMC. 2022. [PMC9552735]
  • [10] Bainbridge-Ropers syndrome. Orphanet ORPHA:352577. [Orphanet]
  • [11] ASXL3 gene variants causing Bainbridge-Ropers syndrome: clinical and genetic analysis of four Chinese patients. Front Neurosci. 2025. [Frontiers in Neuroscience 2025]
  • [12] Studying Familial Bainbridge-Ropers Syndrome Due to a Novel ASXL3 Variant. Children (Basel). 2026. [MDPI]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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