目次
- 1 1. DEHMBAとは ─ 「もうひとつのSRCAP病」として生まれた新しい病名
- 2 2. SRCAP遺伝子の働き ─ DNAの「開け閉め」を担うクロマチンの調整役
- 3 3. 変異の「位置」で病気が分かれる ─ ハプロ不全とドミナントネガティブ
- 4 4. DEHMBAの主な症状 ─ 発達・筋緊張・行動・骨格の4本柱
- 5 5. FLHSとの違い ─ 低身長の有無が最初の分かれ道
- 6 6. エピシグネチャー診断 ─ DNAメチル化が「意義不明」の評価を助ける
- 7 7. 「急な悪化」がみられたとき ─ 基礎疾患だけで説明しないことの重要性
- 8 8. 検査とサポート ─ 多くの科が連携して支える
- 9 9. 遺伝と再発率 ─ 「新生突然変異」という言葉の意味
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
DEHMBA(OMIM 619595)は世界でまだ数十例しか報告されていない、とても新しい神経発達障害です。けれども原因となるSRCAP遺伝子は、有名なフローティング・ハーバー症候群(FLHS)の原因遺伝子でもあり、「同じ遺伝子なのに、変異の場所が違うだけで別の病気になる」という、遺伝医学のとても大切な仕組みを教えてくれます。ですからDEHMBAを理解することは、遺伝子検査で「原因不明」とされてきたお子さんの診断や、ご家族への説明全体を理解することにもつながります。この記事では、DEHMBAの症状、FLHSとの違い、DNAメチル化を使った最新の診断方法までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. DEHMBAとはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. DEHMBAは、SRCAPという遺伝子の変異で起こる、生まれてすぐの時期から始まる神経発達障害です。発達の遅れ、赤ちゃんのころからの筋緊張低下(体のやわらかさ)、関節のやわらかさなどの筋骨格の特徴、そして自閉スペクトラム症やADHDなどの行動面の特徴が中心になります。同じSRCAP遺伝子が原因のフローティング・ハーバー症候群(FLHS)とよく似ていますが、DEHMBAでは低身長がほとんど見られないという大きな違いがあります。変異が遺伝子のどの位置にあるかで、この2つは分かれます。
- ➤原因 → SRCAP遺伝子の「FLHS領域(エクソン33・34)の外側」に生じる切断型変異。多くは新生突然変異
- ➤仕組み → 異常なmRNAが分解され、正常なタンパク質が半分に減る「ハプロ不全」が主体
- ➤FLHSとの違い → 低身長・特徴的な顔つき・短い指がなく、筋緊張低下と行動面の課題が前面に出る
- ➤診断 → DNAメチル化シグネチャー(エピシグネチャー)は、意義不明変異(VUS)の病原性評価を補助する有力な手段となる
- ➤遺伝 → 常染色体顕性(優性)。多くは新生突然変異で、両親に同じ変異が確認されない場合の次子再発リスクは低いが、生殖細胞系列モザイクのためゼロではない
🧬 DEHMBAの基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. DEHMBAとは ─ 「もうひとつのSRCAP病」として生まれた新しい病名
DEHMBAは、SRCAP遺伝子の変異で起こる、生まれてすぐの時期から始まる神経発達障害です。2021年に国際的な共同研究で初めて独立した病気としてまとめられた、まだとても新しい疾患概念です。読者のご家族にとって大切なのは、「原因不明」と言われてきた発達の遅れや自閉スペクトラム症の背景に、こうした一つひとつ名前のつく遺伝的な原因が見つかりはじめている、という点です。名前がつくことは、これからの見通しを持つ出発点になります。
もともとSRCAP遺伝子の変異といえば、フローティング・ハーバー症候群(FLHS)を起こすことがよく知られていました。FLHSは、特徴的な顔つき、著しい低身長、言葉の遅れ、骨の成熟の遅れなどを主な特徴とする病気で、原因遺伝子は2012年に特定されています[1]。ところが、次世代シーケンサーによる網羅的な遺伝子解析(全ゲノム解析や全エクソーム解析)が広まるにつれて、SRCAPに変異があるのに、FLHSらしい低身長や特徴的な顔つきを持たない患者さんが少しずつ見つかってきました。
2021年、Rotsらの国際共同研究は、FLHSの原因となる変異の「ホットスポット」(エクソン33・34)とは違う場所に切断型変異を持つ33名の患者さんを詳しく解析しました[2]。その結果、この人たちがFLHSとは臨床的にも、そして後で述べるDNAメチル化のパターン(エピジェネティクス)の面でも区別できる、独立した別の病気であることが示され、「非FLHS型SRCAP関連神経発達障害(non-FLHS SRCAP-related NDD)」と名づけられました[2]。この呼び名が、主な症状を並べたDEHMBAという病名として定着し、公的データベースOMIMに619595として登録されています[3]。
💡 用語解説:切断型変異とは
遺伝子は、タンパク質の設計図です。切断型変異(truncating variant)とは、その設計図の途中に「ここで終わり」という命令(終止コドン)が早く入りすぎてしまい、タンパク質が途中までしか作られなくなる変異のことです。ナンセンス変異やフレームシフト変異がこれにあたります。同じ「途中で切れる」変異でも、遺伝子のどの位置で切れるかによって細胞の反応が変わり、それがFLHSとDEHMBAを分ける鍵になります。この点は第3章でくわしく説明します。
2. SRCAP遺伝子の働き ─ DNAの「開け閉め」を担うクロマチンの調整役
🔍 関連記事:SRCAP遺伝子とは/クロマチンリモデリング/エピジェネティクス
SRCAP遺伝子は、細胞の核のなかでDNAの「開け閉め」を調整するタンパク質の設計図です。この働きが崩れると、脳の発達をはじめ全身のさまざまな場所に影響が及びます。ご家族にとって知っておくと役立つのは、DEHMBAが「脳だけの病気」ではなく、体の作られ方全体に関わる遺伝子の変化だという点です。だからこそ、発達面だけでなく骨格や行動面など幅広い視点でお子さんを見ていくことが、後々の困りごとの予測に役立ちます。
もう少しくわしく見てみましょう。私たちのDNAは、細い糸のようにむき出しで存在しているわけではありません。ヒストンというタンパク質に巻きついてヌクレオソームという基本単位をつくり、それがさらに折りたたまれて「クロマチン」という構造になっています。遺伝子が読み取られる(転写される)ためには、必要な場所でこのクロマチンが適度にゆるむ必要があります。この開け閉めを担うのがクロマチンリモデリング複合体で、SRCAPはその中心となる酵素(触媒コア)です。
SRCAPタンパク質は、ATPを分解して得たエネルギーを使い、標準的なヒストン「H2A」を、ヒストンバリアント「H2A.Z」と入れ替えるという重要な役割を担っています[4]。H2A.Zがヌクレオソームに組み込まれると、その場所のクロマチンの性質が変わり、遺伝子の読み取りを始めるスイッチ(プロモーター)に転写のための因子が近づきやすくなります[5]。つまりSRCAPは、たくさんの遺伝子の「読み取りスイッチ」を整える、いわば裏方の調整役なのです。
SRCAPが働く仕組み(ヒストンの入れ替え)
設計図
クロマチンの調整役
スイッチが入りやすく
正常な発達
SRCAPは「遺伝子→タンパク質→クロマチンの調整→全身の発生」という流れの、いちばん上流で働きます。だから1か所の変化が、脳や骨など複数の臓器に同時に影響します。
このように、DNAの配列そのものを変えずに遺伝子の働きを調整する仕組みをエピジェネティクスと呼びます。エピジェネティクスは、胎児期から小児期にかけての脳の発達、骨格の形成、全身の細胞の増え方・分かれ方に欠かせません。ですからSRCAPの働きが不十分になると、神経発達の遅れ、骨格の形の異常、心や行動の変化といった、複数の臓器にまたがる複雑な特徴が現れるのです。DEHMBAの症状が体のあちこちに及ぶのは、この「上流で働く遺伝子」ならではの性質によります。
3. 変異の「位置」で病気が分かれる ─ ハプロ不全とドミナントネガティブ
DEHMBAとFLHSの最大の謎は、「同じSRCAP遺伝子の切断型変異なのに、なぜ別の病気になるのか」という点です。答えは、変異が遺伝子のどの位置に生じるかによって、細胞のなかで起きることがまったく違うからです。この違いを知っておくと、お子さんの検査結果に書かれた変異の位置が、なぜ将来の見通しに関わるのかが理解できます。
まずFLHSの場合です。FLHSを起こす変異は、SRCAP遺伝子の最後の2つのエクソン(エクソン33・34)の特定の領域に、驚くほど集中しています[2]。この場所で終止コドンが早く生じても、できあがった異常なmRNAは、細胞の品質管理のしくみであるナンセンス変異依存mRNA分解機構(NMD)の監視をすり抜けてしまいます。その結果、C末端が欠けた短いタンパク質が作られ、それが正常なタンパク質の働きまで邪魔してしまう「ドミナントネガティブ効果(優性阻害)」が主な機序として強く示唆されています。この機序が、FLHS特有の低身長や特徴的な顔つきに関与すると考えられています。
💡 用語解説:NMD・ハプロ不全・ドミナントネガティブ
NMD(ナンセンス変異依存mRNA分解機構)は、途中で切れた不良品の設計図(mRNA)を細胞が見つけて壊す、品質管理のしくみです。NMDについてくわしく。
ハプロ不全は、2本ある遺伝子のうち1本が働かなくなり、正常なタンパク質の量が半分に減ることで不調が出る状態です。ハプロ不全についてくわしく。
ドミナントネガティブ効果(優性阻害)は、作られた異常なタンパク質が、もう片方の正常なタンパク質の働きまで積極的に妨害してしまう現象です。「量が半分に減る」ハプロ不全よりも、影響が強く出ることがあります。
いっぽうDEHMBAを起こす切断型変異は、FLHSのホットスポットよりも上流(プロキシマル:エクソン33より前)、あるいはごくまれに下流(ディスタル)に位置します[2]。たとえばRotsらが報告したc.1143_1153delinsTGT(p.Pro382ValfsTer14)のような上流の変異では、生じた早すぎる終止コドンがNMDの標的として認識され、異常なmRNAはタンパク質になる前にすばやく壊されます[3]。その結果、異常なタンパク質は作られず、正常なSRCAPタンパク質の総量が半分に減る「ハプロ不全」が、DEHMBAの主な機序と考えられています。
つまり、ドミナントネガティブが強く示唆されるFLHSとハプロ不全が主な機序と考えられるDEHMBAでは、同じ遺伝子の変異でありながら分子のしくみが異なることが、2つの疾患像の違いに関与すると考えられています[2]。この理解は、単なる学問的な話にとどまりません。SRCAPに変異が見つかったとき、変異の位置を確かめることが、そのお子さんがFLHSなのかDEHMBAなのかを見分け、将来の身長や必要なケアを予測する出発点になるからです。
🩺 院長コラム【「同じ遺伝子」でも「同じ病気」とは限らない】
遺伝子検査の結果に「SRCAP変異」と書かれていると、多くの方が真っ先にフローティング・ハーバー症候群を思い浮かべます。低身長のことが心配になり、成長ホルモンのことを調べ始める方もいらっしゃいます。けれども、変異の位置がFLHSの領域の外側にあるなら、それはDEHMBAであって、低身長は通常みられません。同じ遺伝子名でも、心配すべきことが違うのです。
私は、遺伝子の名前だけで結論を急がないことを大切にしています。どのエクソンで、どんな種類の変異が起きているのか。その一段深いところまで見て初めて、そのお子さんにとって本当に必要な備えが見えてきます。「SRCAPだからFLHSの非典型例だろう」と片づけず、DEHMBAとして正確に見分けること。それが、ご家族に正しい見通しをお渡しするための第一歩だと考えています。
4. DEHMBAの主な症状 ─ 発達・筋緊張・行動・骨格の4本柱
DEHMBAの症状は、病名のとおり「発達の遅れ」「筋緊張低下」「筋骨格の特徴」「行動面の課題」の4つが中心です。ただし、その現れ方や重さには個人差が大きいことも分かっています。ご家族にとって大切なのは、これらを一つのリストとして知っておくことで、これから注意して見ておくとよい点や、相談すべき専門科が具体的にイメージできるようになる、という点です。
4-1. 発達の遅れと言葉の遅れ
ほぼすべてのDEHMBAのお子さんに、運動と言葉の両方にわたる全般的な発達の遅れがみられます[2]。とくに言葉の遅れは目立ちやすく、話す力(表現性言語)と聞いて理解する力(受容性言語)の両方に及ぶことが多いとされています。知的発達の程度には幅があり、健常の範囲や境界域の方から、軽度〜中等度の知的障害を伴う方までさまざまです。重度の知的障害は比較的まれと報告されています[2]。言葉が出にくいお子さんでは、後で述べるように、早い時期からの言語のサポートが力になります。
4-2. 乳児期からの筋緊張低下
赤ちゃんのころからの筋緊張低下(体がやわらかく、力が入りにくい状態)は、DEHMBAの最も早い時期に気づかれる症状のひとつです[2]。抱っこしたときに「ぐにゃっとしている」「首のすわりがゆっくり」といった形で気づかれることが多く、寝返り・お座り・歩き始めといった運動の節目がゆっくりになる直接の原因になります。神経の合併症として、一部の患者さんではてんかん発作がみられることもあります[3]。また、まれに重い睡眠障害が生活の質を大きく損なう要因として報告された例もあります[6]。睡眠の乱れは見過ごされやすいので、困りごととして遠慮なく相談していただきたい点です。
4-3. 行動・精神面の課題
行動面・精神面の課題は、DEHMBAでとても高い頻度でみられ、ご本人とご家族の毎日の生活に最も大きく影響する部分です。OMIMの記載によれば、約半数の患者さんに自閉スペクトラム症(ASD)が認められ、そのほか、かんしゃくや攻撃性、強い不安、ADHD、チック症やトゥレット症候群などが報告されています[3]。
臨床的にとても重要なのは、成人期に達したDEHMBA患者さんの一部で、精神病エピソード(psychosis)が報告されていることです。Rotsらのコホートでは4名に精神病がみられました[3]。実際、子どものころに言葉の遅れと軽い知的障害で気づかれ、成人になってから統合失調症を発症した女性の症例も、別の研究で報告されています[7]。これは、SRCAPを介したクロマチンの調整の乱れが、脳の初期の発生だけでなく、大人になってからの精神機能にも長く影響しうることを示しています。だからこそ、思春期以降も精神面を見守る体制が大切になります。
4-4. 筋骨格の特徴と全身の合併症
DEHMBAでは、関節の過可動性(関節がやわらかく、ゆるい状態)がよくみられ、これが筋緊張低下と重なって運動の発達をさらにゆっくりにします[2]。そのほか、漏斗胸(胸の中央がへこむ)や側弯(背骨の曲がり)などの体幹の骨格の特徴、成人期の慢性的な筋骨格の痛みも報告されています[3]。顔つきは「長い顔、広い額、長い人中、薄い上唇」など非特異的でさまざまで、一目で特定の病気とわかる「顔の全体像(ゲシュタルト)」を作らない点が特徴です[2]。このほか、遠視・近視・斜視などの眼の症状、胃食道逆流や乳児期の哺乳の困難、男の子では停留精巣なども報告されています[3]。停留精巣は将来の生殖機能や腫瘍リスクに関わるため、小児泌尿器科での評価が大切です。
5. FLHSとの違い ─ 低身長の有無が最初の分かれ道
🔍 関連記事:フローティング・ハーバー症候群(FLHS)とは/SRCAP遺伝子
DEHMBAとFLHSを正しく見分ける最初のポイントは、低身長があるかどうかです。この見分けは、最終的な身長の予測や、必要な医療ケアの計画を立てるうえでとても重要になります。ご家族にとっては、「うちの子はFLHSとは違うのかもしれない」という疑問に、具体的な手がかりを与えてくれる部分です。
FLHSでは、プロポーションの保たれた低身長が90%以上にみられ、骨年齢の遅れも重要な特徴です[8]。これに対しDEHMBAでは、身長は正常か、むしろ高めのことが多く、低身長はみられないか、あってもごくまれです[2]。また、FLHSに特徴的な短い指(短指症)や幅広い指先、著しい骨年齢の遅れも、DEHMBAではみられません[2]。顔つきも、FLHSが「三角形の顔・深くくぼんだ目・短い人中」といった一目でそれとわかる全体像を作るのに対し、DEHMBAは非特異的で多様です[2]。下の表で、両者の違いを整理します。
こうして並べると、DEHMBAとFLHSは「同じ遺伝子の兄弟のような病気」でありながら、身長・骨格・顔つき・行動面のどれをとっても輪郭が異なることが分かります。ご家族にとっては、この違いを知っておくことで、たとえば「低身長の治療は必要なのか」「これから何に気をつければよいのか」といった疑問に、より正確な見通しを持てるようになります。
6. エピシグネチャー診断 ─ DNAメチル化が「意義不明」の評価を助ける
🔍 関連記事:エピシグネチャー(EpiSign)検査とは/DNAメチル化
DEHMBAの診断で近年もっとも大きな進歩が、DNAメチル化シグネチャー(エピシグネチャー)を使った検査です。これは、遺伝子検査で「病気を起こすかどうか判断できない変異(意義不明変異)」が見つかったときに、その病原性を評価するための有力な補助情報を与える方法です。ご家族にとっては、「変異は見つかったけれど意味が分からない」という状態を整理し、診断に近づくための手がかりとなる技術です。
仕組みはこうです。SRCAPのようなクロマチンを調整する遺伝子に変異が起こると、その下流にあるたくさんの遺伝子の調整が乱れ、ゲノム全体のDNAメチル化のパターンに、その病気特有の「痕跡」が残ります。末梢血のDNAを使い、高解像度のマイクロアレイでゲノム上の数十万か所のメチル化状態を一度に調べ、その病気に固有のパターンを統計的に取り出したものをDNAメチル化シグネチャーと呼びます。これを機械学習のアルゴリズムでリファレンスと照合すれば、その人がその病気特有のエピジェネティクスの異常を持つかどうかを判定できます。
エピシグネチャーによる3分類
→ フローティング・ハーバー症候群
→ DEHMBA
→ それだけでは病原性を確定できない
同じSRCAPの変異でも、メチル化のパターンは「どちらの疾患像に近いか」「病原性を支持する所見があるか」を評価する補助情報になります。
Rotsらは、この方法でFLHS患者とDEHMBA患者のメチル化パターンを比較しました[2]。すると、FLHSのデータから作ったモデルではDEHMBA患者全員が「FLHS陰性」に分類され、逆にDEHMBA患者を健常者と比べると、FLHSとは区別できる独自の「プロキシマル・エピシグネチャー」が存在することが分かりました[2]。さらに、下流(ディスタル)の変異を持つ5名では、2名がプロキシマル型陽性、3名が陰性と結果が分かれ、分子レベルでは複雑な性質があることも示されました[2]。それでも臨床像は、ディスタル群もFLHSではなくDEHMBAに近いものでした[2]。
この技術の実際の価値は、意義不明変異(VUS)の判定で発揮されます。網羅的な遺伝子検査でSRCAPに意味の分からない変異、とくにミスセンス変異が見つかったとき、エピシグネチャーを調べることで、それがDEHMBA型のパターンを示すかどうかを評価し、病原性判断の補助情報を得られる場合があります。実際、成人で統合失調症を発症した女性で、再解析により見つかったSRCAPのミスセンス変異が、メチル化解析によって非FLHS型DEHMBAのシグネチャーを示すと確認された報告があります[7]。エピジェネティクス解析は、いまや研究段階を超え、希少疾患の診断で強力な「機能的な証拠」を与える臨床ツールになっています。
7. 「急な悪化」がみられたとき ─ 基礎疾患だけで説明しないことの重要性
DEHMBAのお子さんで、ある時期を境に急に精神・行動の症状がひどく悪化した場合、それを「病気の自然な進行」や「もともとの行動の悪化」と決めつけないことが、とても大切です。背景に、治療可能な別の病気が隠れていることがあるからです。ご家族にとって、この視点は「急な変化を見逃さず、適切な検査につなげる」ための命綱になります。
これを教えてくれる、示唆に富んだ症例報告があります。SHANK3遺伝子の変異によるフェラン・マクダーミド症候群と、SRCAP遺伝子の変異を同時に持つ若い男性の報告です[9]。この方のSRCAPの変異は、全身の細胞にある変異ではなく、体細胞分裂の途中で生じたキメラ変異(モザイク変異)でした[9]。SHANK3(シナプスに必須の足場タンパク質)とSRCAP(クロマチンの調整役)は、どちらも神経発達に深く関わり、発達遅延・言語の遅れ・知的障害・行動の課題といった特徴が重なります[9]。
💡 用語解説:モザイク(キメラ)変異とは
受精卵の段階から全身の細胞に存在する変異と違い、モザイク変異は、生まれる前の細胞分裂の途中で生じ、体の一部の細胞にだけ存在します。全身の細胞のうち一部だけが変異を持つため、症状の出方も一様ではありません。この症例では、SRCAPの変異を持つ細胞の割合が約15%と報告されています[9]。
この症例でとくに注目すべきは、患者さんがある時期を境に、突然の無言、パニック、完全な不眠、自己管理能力の喪失など、それまでできていたことができなくなる激しい退行を示したことです[9]。くわしい検査の結果、脳脊髄液中の白血球が72/mm³に増加していることが確認され、最終的に抗体陰性の自己免疫性脳炎と診断されました[9]。そして免疫を調整する治療を行ったところ、症状は劇的に改善し、元の状態まで回復したのです[9]。
この報告が示している大切な点は、神経発達障害を持つお子さんに急な退行や激しい精神症状が現れたとき、それを安易に「もともとの病気のせい」で片づけてはいけない、ということです。ただし、この1症例だけからDEHMBAやSRCAP変異が自己免疫性脳炎の発症リスクを高めるとは結論できません。既知の神経発達障害がある場合でも、急激な退行や新たな神経・精神症状がみられた際には、自己免疫性脳炎を含む後天性疾患を鑑別することが重要です。ご家族が「いつもと様子が違う」と感じたら、医療機関で経過を詳しく伝え、必要に応じて髄液検査などを含む評価につなげることが、治療可能な病気を見逃さないために大切です。
🩺 院長コラム【「いつもと違う」を、あきらめの言葉にしないために】
神経発達障害のあるお子さんが急に落ち着かなくなったり、できていたことができなくなったりすると、「この子はこういう病気だから」と受け止めてしまいがちです。でも、その変化のなかには、治療で戻せるものが隠れていることがあります。自己免疫性脳炎はその代表です。
私は成人を診る臨床遺伝専門医の立場から、遺伝性疾患を持つ方の「急な変化」には、遺伝子だけでは説明できない要因がないかを一緒に考えることを大切にしています。遺伝子の診断は出発点であって、終着点ではありません。「もともとの病気」という言葉で説明を閉じてしまう前に、もう一歩踏み込んで確かめる。その柔らかさが、ご本人とご家族の未来を守ることにつながると考えています。
8. 検査とサポート ─ 多くの科が連携して支える
🔍 関連記事:発達障害・学習障害・知的障害の遺伝子検査/自閉症遺伝子検査
現在のところ、DEHMBAのSRCAP変異そのものを治す根本治療はありません。そのため、お子さん一人ひとりの症状とライフステージに合わせた対症的なケアと、複数の診療科が連携する多学的マネジメントが医療の基本になります。ご家族にとって知っておくと安心なのは、「どこか一つの科にすべてを任せる」のではなく、必要な専門家がチームで支える形が理想だという点です。
乳児期の目立つ筋緊張低下や運動発達の遅れには、できるだけ早い時期からの理学療法・作業療法が勧められます。言葉の遅れが強い場合は言語のサポートが欠かせず、発語が著しく遅れるお子さんには、サイン言語やタブレットを使った意思伝達の道具(AAC)を早めに取り入れることが役立ちます。「AACを使うと言葉が出なくなる」という誤解がありますが、実際にはコミュニケーションのもどかしさを減らし、むしろ最適な言語発達を後押しします。
行動面では、自閉スペクトラム症・ADHD・攻撃性・不安に対して、専門家の評価にもとづく行動療法や、必要に応じた薬物療法を慎重に検討します。成人期にかけて統合失調症や精神病エピソードが発症するリスクが報告されているため[3]、思春期以降も児童精神科から成人精神科へのスムーズな移行と、長く見守る体制を作っておくことが大切です。整形外科では関節の過可動性・漏斗胸・側弯を、眼科では屈折異常や斜視を、消化器科では胃食道逆流や哺乳の問題を、それぞれ定期的に評価していきます。FLHSと違って著しい低身長はみられないため、成長ホルモン療法の対象になることは基本的にありません[2]。
9. 遺伝と再発率 ─ 「新生突然変異」という言葉の意味
🔍 関連記事:新生突然変異(de novo変異)とは/遺伝形式/遺伝カウンセリングとは
DEHMBAは常染色体顕性(優性)遺伝の病気ですが、患者さんに見つかるSRCAPの変異の多くは、両親から受け継いだものではなく、お子さんの世代で初めて突然生じた「新生突然変異(de novo変異)」です[2]。ご家族にとって、ここは最も知りたい部分だと思います。「親の育て方や、親から受け継いだ何かのせいではない」ということを、まず知っていただきたいのです。
💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)
新生突然変異とは、両親のどちらも持っていないのに、精子や卵子が作られる過程、あるいは受精のごく初期に「新しく」生じた変異のことです。誰にでも一定の確率で起こる自然な現象で、親の生活習慣や行動が原因ではありません。DEHMBAの多くはこのタイプです。
では、次のお子さんへの再発率はどうでしょうか。両親の遺伝子検査を行い、どちらも同じ変異を持っていないことが確認できれば、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般の人口とほぼ変わりません。ただし、親の生殖細胞(精子や卵子)の一部にだけ変異が存在する「生殖細胞系列モザイク」の可能性がごくわずかにあるため、次子の再発リスクは低いもののゼロではありません。de novo変異では、生殖細胞系列モザイクを考慮して約1%程度が経験的な目安として用いられることがあります[2]。いっぽう、DEHMBAのご本人が将来お子さんを持つ場合には、男女を問わず、その変異が50%の確率で受け継がれます。これは常染色体顕性遺伝という遺伝形式によるものです。
こうした数字は、ただ知るだけでは不安を生むこともあります。だからこそ、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで、ご家族の状況に合わせて丁寧に整理していくことが大切です。遺伝カウンセリングでは、遺伝の仕組みや再発リスク、これからのライフプランについて、正確な情報と心理的な支えの両面から向き合っていきます。数字を「不安の種」ではなく「見通しを立てるための材料」に変えていくことが、私たちの役割だと考えています。
10. よくある誤解
誤解①「SRCAP変異=フローティング・ハーバー症候群」
SRCAPの変異でも、FLHS領域の外側にある切断型変異ではDEHMBAが考えられます。低身長や特徴的な顔つきがないなら、FLHSではなくDEHMBAを疑うべきで、両者は将来の見通しもケアも異なります。
誤解②「意義不明変異は調べようがない」
SRCAPに意味の分からない変異が見つかっても、DNAメチル化シグネチャー(エピシグネチャー)を調べることで、病的かどうかを客観的に判定できる場合があります。VUSは必ずしも「行き止まり」ではありません。
誤解③「急な悪化は病気の進行だから仕方ない」
突然の退行や激しい精神症状の背景に、自己免疫性脳炎など治療できる病気が隠れていることがあります。「いつもと違う」急な変化は、迅速に検査で確かめる価値があります。
誤解④「親の育て方や生活が原因」
DEHMBAの多くは新生突然変異で、誰にでも一定の確率で自然に起こります。親の育て方や生活習慣が原因ではありません。自分を責める必要はまったくありません。
📎 このページを読んだあなたへ
この記事にたどりついた方は、お子さんの遺伝子検査でSRCAP変異が見つかった方、原因不明の発達の遅れや自閉スペクトラム症の背景を知りたい方、あるいはFLHSと言われたけれど低身長がなく疑問を感じている方が多いかもしれません。次に確認しておくとよい観点を挙げておきます。
- ➤変異の位置と種類 → FLHS領域の内か外かで、DEHMBAかFLHSかが分かれます(SRCAP遺伝子)
- ➤意義不明変異の確認方法 → エピシグネチャー(EpiSign)検査で病的かどうかを判定できる場合があります
- ➤遺伝形式と再発率 → 多くは新生突然変異。次子の再発リスクや本人からの伝わり方を整理(遺伝形式)
- ➤似た疾患との鑑別 → FLHSやフェラン・マクダーミド症候群との違いを確認
よくある質問(FAQ)
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参考文献
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