目次
- 1 1. GRIN2A遺伝子とNMDA受容体 ─ 脳の学習を支える「合図の受け皿」
- 2 2. 受容体のかたちと働き ─ どこが壊れるかで症状が変わる
- 3 3. 発達スイッチと発症年齢 ─ なぜ3〜6歳で症状が出るのか
- 4 4. 機能喪失(LoF)型と言語退行 ─ ランドウ・クレフナー症候群など
- 5 5. 機能獲得(GoF)型と重症脳症 ─ 乳児期からのてんかん性脳症
- 6 6. ヌル変異と統合失調症 ─ 単一遺伝子が精神疾患を引き起こす
- 7 7. 診断と検査の進め方 ─ 遺伝子を調べて「型」を知る
- 8 8. 個別化医療(プレシジョン・メディシン) ─ 型に合わせて薬を選ぶ
- 9 9. 遺伝カウンセリングと家族への影響 ─ 多くは新生突然変異
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
脳の神経細胞は、お互いに「合図」をやり取りしながら学習や記憶を組み立てています。その合図を受け取る窓口のひとつがNMDA受容体で、その主要部品の設計図がGRIN2A遺伝子です。この遺伝子に変化があると、多くの場合3〜6歳ごろに言語の退行やてんかん発作が現れ、まれに思春期以降の統合失調症として現れることもあります。GRIN2Aはとても希少な遺伝子疾患の原因ですが、その仕組みを理解することは、てんかん・言語・精神といった脳の働き全体を理解することにつながります。本記事では、GRIN2Aがなぜこれほど多彩な症状を生むのか、そして変化のタイプごとに治療の考え方がどう変わるのかを、遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. GRIN2A遺伝子とはどんな遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. GRIN2Aは、脳の学習・記憶を支えるNMDA受容体の「GluN2A」という部品の設計図です。この部品は生後の脳成熟に伴って増えていき、GRIN2A関連障害では多くの場合3〜6歳ごろに言語の退行やてんかんとして症状が現れます。変化のタイプによって、比較的軽い言語・てんかんの症状から、重いてんかん性脳症、思春期以降の統合失調症まで、幅広く分かれます。近年は、変化が「働きすぎ型」か「働かない型」かを見きわめて薬を選ぶ、個別化医療が進んでいます。
- ➤主な働き → 脳のNMDA受容体GluN2Aサブユニットをつくり、シナプス可塑性・学習・記憶を支える
- ➤発症年齢 → GluN2Aが生後の脳成熟に伴って増加し、GRIN2A関連障害では3〜6歳ごろに言語退行・てんかん・脳波異常が顕在化しやすい
- ➤機能喪失(LoF)型 → ランドウ・クレフナー症候群などの言語・てんかん系。比較的軽度〜中等度が多い
- ➤機能獲得(GoF)型 → 乳児期から始まる重いてんかん性脳症(DEE)と関連しやすい
- ➤ヌル変異 → 若年発症の統合失調症などの精神疾患リスク。てんかんを伴わない例も報告されている
- ➤治療の考え方 → 機能解析に基づき、GoFではメマンチン、LoF・ヌルではL-セリンなどが検討され、変化のタイプで方針が変わる
🧬 GRIN2A遺伝子の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. GRIN2A遺伝子とNMDA受容体 ─ 脳の学習を支える「合図の受け皿」
GRIN2Aは、脳のNMDA受容体という「合図の受け皿」の主要部品をつくる遺伝子です。この遺伝子が壊れると学習・記憶の土台がゆらぐため、言語の発達やてんかんという形で影響が現れます。まずは、この遺伝子がどんな部品をつくっているのかを見ていきましょう。
GRIN2Aは、Glutamate Ionotropic Receptor NMDA Type Subunit 2A の頭文字をとった遺伝子名で、16番染色体の短腕(16p13.2)にあります。この遺伝子がつくるのは、脳の主要な興奮性神経伝達物質受容体であるNMDA受容体の「GluN2A」というサブユニット(部品)です。NMDA受容体は、神経伝達物質グルタミン酸が結合すると開くイオンの通り道であると同時に、細胞の電気状態に応じてマグネシウムイオンで栓がされるという独特の性質を持っています。この二重のスイッチによって、「複数の合図が同時に来たときだけカルシウムを通す」という高度な判定ができ、これがシナプス可塑性や長期増強(LTP)、つまり学習と記憶の基盤になっています[1]。
GRIN2Aは、脳の働きを支える遺伝子の中でも「壊れることを強く嫌う」遺伝子として知られています。大規模なゲノム集団データベースの解析では、GRIN2Aは機能を失う型の変化に対してきわめて不寛容で、進化の過程でそうした変化が強く取り除かれてきたことが分かっています。これは「この部品が半分になるだけでも脳の働きに影響が出やすい」ことを意味しており、なぜGRIN2Aの変化がはっきりした症状につながるのかを理解する出発点になります。ご本人やご家族にとっては、たった1つの遺伝子の変化が症状の主因になり得る、という点が重要です。
💡 用語解説:NMDA受容体とサブユニット
NMDA受容体は、神経細胞どうしのつなぎ目(シナプス)にあり、隣の細胞から放たれたグルタミン酸という合図を受け取る「受け皿」です。4つの部品(サブユニット)が組み合わさってできており、必ず入る土台部分がGluN1(GRIN1がつくる)、性質を決める調節部分がGluN2A〜2Dです。GRIN2AがつくるGluN2Aは、反応が速く正確なタイプで、脳が成熟するにつれて主役になっていきます。
GRINファミリーのなかでのGRIN2Aの位置づけ
NMDA受容体の部品をつくる遺伝子は「GRINファミリー」と呼ばれ、それぞれ変化すると特徴的な神経発達障害を引き起こします。仲間の遺伝子と並べると、GRIN2Aの個性が見えてきます。
このようにGRINファミリーの病気は「どの部品が、いつ、どこで主役になるか」を反映します。とくにGRIN2AとGRIN2Bは、後で述べる発達スイッチで役割を交代する関係にあり、GRIN2Aの症状が特定の年齢で現れる理由に直結しています。
2. 受容体のかたちと働き ─ どこが壊れるかで症状が変わる
GRIN2Aの変化がどんな症状を生むかは、GluN2Aという部品の「どの場所」が変わるかで大きく変わります。受容体は場所ごとに役割が決まっているため、変化の位置を知ることが、症状や治療法を予測する手がかりになります。
GluN2Aサブユニットは、大きく4つの区画に分かれています。いちばん外側のN末端ドメイン(NTD)は、まわりの環境(pHや亜鉛イオン)を感じ取って受容体の開きやすさを調節する「センサー」です。その下のリガンド結合ドメイン(LBD)は、二枚貝のように開閉してグルタミン酸をつかまえる「手」の部分です。膜を貫く膜貫通ドメイン(TMD)はイオンが実際に通る「ゲート(門)」で、細胞の内側に伸びるC末端ドメイン(CTD)は、受容体をシナプスに固定し、細胞内へ合図を伝える「連絡係」です[1]。
図1:GluN2Aの4つの区画と、変化が起きたときの主な影響
※おおまかな傾向であり、例外もあります。詳しくは第4〜5章で解説します。
とくに膜の門(TMD)にある特定のアミノ酸は、マグネシウムによる栓のかかり方やイオンの通りやすさを決めています。この場所の変化は受容体を「開きっぱなし」にしやすく、後で述べる重症のてんかん性脳症につながります[1]。逆に、外側のセンサーや結合の「手」の部分の変化は、グルタミン酸をうまくつかまえられなくして受容体の働きを弱めます。「どこが壊れたか」を調べることが、そのまま「症状の重さ」と「効きそうな薬」の予測につながるという点が、ご本人・ご家族にとって大切な意味を持ちます。
「トリヘテロマー型四量体」という現実 ─ 変化した部品1つが全体に影響する
成人の前脳では、2個のGluN1にGluN2AとGluN2Bが組み合わさった、3種類のサブユニットからなる「トリヘテロマー型の四量体NMDA受容体」が重要な割合を占めています[1]。GRIN2Aの変化を持つ患者さんは、変化した部品と正常な部品の両方を持っているため、脳内では両方が混在した受容体ができます。研究では、変化した部品が1つ混じるだけで、受容体全体の性質が変わってしまうことが示されています[1]。変異の病原性を正しく評価するには、単純なモデルだけでなく、こうした現実に近い組み合わせで調べることが欠かせません。この事実は、なぜ変化が1本(ヘテロ接合)でも症状が出るのかを説明してくれます。
3. 発達スイッチと発症年齢 ─ なぜ3〜6歳で症状が出るのか
GRIN2A関連障害では、てんかんや言語退行が3〜6歳ごろに現れやすく、この時期は生後の脳成熟に伴ってNMDA受容体のサブユニット構成が変化していく発達過程と重なります。つまり「GluN2Aの役割が大きくなる発達段階」と「症状が出やすい時期」に関連があると考えられています。この仕組みを知ると、新生児期に元気だったお子さんに後から症状が出ても、それは矛盾ではないと理解できます。
哺乳類の脳には「発達スイッチ(Developmental Switch)」という現象があります。胎児期から生後まもなくは、反応が長くて未熟な回路づくりに向いたGluN2B(GRIN2B)が優位です。ところが生後の発達とともに、反応が速く正確なGluN2Aへと主役が入れ替わっていきます。ヒトでもGluN2Aの発現は生後の脳成熟に伴って増加します。GRIN2A関連障害ではてんかん発症が3〜6歳ごろに多く、この発達期におけるNMDA受容体サブユニット構成の変化との関連が考えられています[3][4]。
図2:発達スイッチと症状が出やすい時期
この発達スイッチは、GRIN2A関連障害の発症年齢とよく一致します。新生児期や乳児早期には正常なGluN2Bが主役を握っているため、GRIN2Aに変化を持つお子さんでも、見かけ上は正常に発達します。しかし神経回路が成熟しGluN2Aの役割が増していく発達期と重なる3〜6歳のウィンドウで、急な言語退行やてんかん発作、脳波の異常が顕在化しやすいことが知られています[3]。実際、GeneReviewsによると、てんかんの発症はふつう3〜6歳の間に起こるとされています[4]。ご家族にとっては、「それまで順調だったのに急に言葉が減った」という経過が、この遺伝子の性質から説明できる、という点が理解の助けになります。
4. 機能喪失(LoF)型と言語退行 ─ ランドウ・クレフナー症候群など
受容体の「センサー」や「手」の部分の変化は、多くが受容体の働きを弱める機能喪失(LoF)型で、言語の退行やてんかんを中心とした比較的軽度〜中等度の症状につながります。代表がランドウ・クレフナー症候群です。お子さんの「言葉が減った」「聞こえているのに言葉が理解できない」という変化の背景に、この型があることがあります。
主にN末端ドメインやリガンド結合ドメインに起こる変化は、グルタミン酸に対する反応を大きく低下させたり、受容体が細胞の表面に届く量を減らしたりして、受容体の働きを弱めます(機能喪失=LoF)[5]。こうした変化は、発話の遅れ・構音障害・失行、そして聴覚失認(音は聞こえるのに言葉として理解できなくなること)を主な症状とします。臨床的には、ランドウ・クレフナー症候群、てんかん・失語スペクトラム(EAS)、睡眠時持続性棘徐波(CSWS/ESES)を示すてんかん性脳症、中心側頭部に棘波を示すローランドてんかんなどが代表的です[4]。
このタイプでは、てんかん発作そのものより睡眠中の脳波の乱れが言語や認知の発達に影を落とすことがあり、現在は睡眠時棘波活性化を伴うてんかん性脳症(DEE-SWAS/EE-SWAS)という枠組みで整理されます。ご本人・ご家族にとっては、日中の発作が目立たなくても、言葉やコミュニケーションの変化が脳波の異常を映していることがある、という点が重要です。大規模なコホート研究でも、こうしたセンサー・結合部の変化とヌル変異は、膜の門の変化にくらべて相対的に軽い発達の経過をたどることが確認されています[5]。
5. 機能獲得(GoF)型と重症脳症 ─ 乳児期からのてんかん性脳症
受容体の「門」やその手前のリンカー部分の変化は、多くが受容体を過剰に働かせる機能獲得(GoF)型で、乳児期から始まる重いてんかん性脳症につながります。このタイプは症状が重いぶん、変化のタイプを早く見きわめることが治療方針に直結します。
膜貫通ドメインや、結合部と門をつなぐリンカー領域の変化は、ゲートの開閉のしくみを崩し、受容体を過剰に活性化させます(機能獲得=GoF)[5]。とくに門をかたちづくるM2という部分の変化は、マグネシウムによる生理的な栓が効かなくなるという決定的な変化を起こします[6]。その結果、グルタミン酸が離れてもチャネルが閉じにくくなり、細胞内へ過剰なカルシウムが流れ込んで、神経回路が破綻します。
こうしたGoF型の変化は、乳児期から発症する難治性の発達性・てんかん性脳症(DEE)や、点頭てんかん(ウエスト症候群)など、極めて重い症状を示すことがあります[4]。多くのお子さんは複数の薬が効きにくいてんかんを抱え、重度から最重度の知的発達障害や、ジストニア・失調などの運動障害を合併することがあります[4]。ご家族にとってつらい経過ですが、この「働きすぎ型」という性質がはっきりすると、後述するように受容体の過剰な働きを抑える薬という具体的な選択肢が見えてきます。
💡 なぜ「型の見きわめ」が命綱なのか
GRIN2Aの変化は「働きすぎ型(GoF)」と「働かない型(LoF)」で、必要な治療が正反対になります。働きすぎ型に受容体を刺激する薬を使えば症状が悪化し、逆もまた同じです。だからこそ、変化がどちらの型かを機能解析で見きわめることが、誤った薬による悪化を防ぐための絶対の前提になります[4]。
6. ヌル変異と統合失調症 ─ 単一遺伝子が精神疾患を引き起こす
受容体そのものが半分に減る「ヌル変異」は、若年発症の統合失調症など精神疾患の強いリスク因子であることが分かってきました。てんかんや知的障害を伴わず、精神症状だけが現れる例も報告されています。この発見は、精神疾患の原因の考え方を大きく変えるものです。
ナンセンス変異・フレームシフト変異・スプライス部位の変化・遺伝子全体の大きな欠失などの「ヌル変異」は、働くタンパク質がそもそもつくられず、ハプロ不全(正常な遺伝子産物が半分になる状態)を引き起こします[4]。2025年に発表されたコホート研究では、GRINレジストリに登録された235人の患者を解析し、GRIN2Aのヌル変異が、統合失調症を含む幅広い精神疾患と有意に関連することが示されました[7]。研究チームは、GRIN2Aが単独で精神疾患を引き起こしうる最初の遺伝子であり、これまで想定されてきた多因子性の原因とは異なる、と報告しています[7]。
この研究では、ヌル変異による精神疾患が小児期から思春期という早い時期に現れ、一般に想定される成人発症よりかなり早いことも示されました[7]。さらに驚くべきことに、てんかんや学習の問題を伴わず、精神症状だけを示す例も確認されています[7]。ご本人・ご家族にとっては、思春期前後に現れた精神症状が、実は遺伝子の変化という説明可能な背景を持ちうること、そしてそれが後述する個別化医療の対象になりうること、が大きな意味を持ちます。
7. 診断と検査の進め方 ─ 遺伝子を調べて「型」を知る
GRIN2A関連障害の診断は、遺伝子検査でGRIN2Aの病的な変化を見つけることが基本です。ただし変化のタイプ(GoFかLoFか)まで見きわめることが、治療につながる鍵になります。検査は血液から調べられ、点変異だけでなく大きな欠失も見逃さない設計が大切です。
GRIN2Aを含むてんかん・神経発達症のNGSパネル、全エクソームシーケンス(WES)、全ゲノムシーケンス(WGS)などが診断の選択肢となります[4]。一方で、遺伝子全体の大きな欠失や重複は配列解析だけでは見逃されることがあるため、GeneReviewsは、単一エクソンから遺伝子全体までの欠失・重複を検出するMLPAや遺伝子標的型マイクロアレイなどの欠失・重複解析の併用を挙げています[8]。
診断では、睡眠時の持続性棘徐波(CSWS)などの特徴的な脳波所見も重要な手がかりになります[4]。近年は、見つかった変化がGoFかLoFかを迅速に判定するために、立体構造モデルを用いた解析を診断の流れに組み込む取り組みも進んでいます。ご本人・ご家族にとっては、「診断名がつく」だけでなく「型が分かる」ことが、次の治療の選択肢を開く、という点が実務的に大切です。当院で受けられる検査については、小児てんかんNGSパネル検査や思春期・成人発症てんかん遺伝子検査のページもあわせてご覧ください。
8. 個別化医療(プレシジョン・メディシン) ─ 型に合わせて薬を選ぶ
GRIN2A関連障害では、変化のタイプに合わせて受容体の働きを正常な範囲に近づける「個別化医療」が進んでいます。働きすぎ型には抑える薬、働かない型には刺激する栄養補充、という正反対のアプローチが臨床研究で成果を上げています。これは、原因に直接はたらきかける治療の芽が出てきた、ということです。
従来の抗てんかん薬は、異常な神経の興奮を一時的に抑える対症療法が中心で、認知や精神の症状まで改善することは難しいものでした。しかし変化の性質(GoFかLoFか)が明確になったことで、病因に直接アプローチする治療が現実になりつつあります[4]。
図3:変化の型に合わせた治療の考え方
働きすぎ型(GoF)への治療 ─ メマンチン
過剰に活性化したチャネルを抑えるために、メマンチンという非競合的NMDA受容体拮抗薬が用いられます。メマンチンは開いたチャネルのポア内部に入り込み、イオンの流入を物理的に遮る薬です。2025年に報告された34人のGRIN変異保有者を対象とした後方視的研究では、機能獲得(GoF)と判定された19人のうち14人(74%)がメマンチンの恩恵を受け、行動・発達・発作頻度の改善がみられました[9]。一方、機能喪失や効果不明の変化を持つ人では有益性が有意に低く、この研究は「型に合わせて使うこと」の重要性を裏づけています[9]。また、変化の位置がメマンチンの結合部位から遠いほど、臨床的な有益性が大きい傾向も報告されています[9]。
働かない型(LoF・ヌル)への治療 ─ L-セリン補充
受容体の働きが低下している場合や、ヌル変異で受容体そのものが不足している場合には、受容体の補助スイッチ(グリシン結合部位)を刺激して、残った受容体の働きを最大化するアプローチが有効です。直接D-セリンを投与するのは負担が大きいため、その前駆体であるL-セリンを食事療法として補充する方法がとられます[10]。2024年に医学誌『Brain』で報告された第2A相試験では、GRINの機能喪失型変化を持つ2〜18歳の患者にL-セリンを52週間投与し、安全に忍容され、適応行動・運動機能・生活の質(QOL)の改善が示されました。とくに軽度〜中等度の患者でより良い反応がみられています[10]。
さらに、ヌル変異による症状に対しては、2022年の報告で、GRIN2Aを含むヌル変異を持つ患者において、L-セリン補充が行動・脳波・発作頻度の改善と関連することが示されました[11]。ご本人・ご家族にとっては、アミノ酸という比較的身近な物質での補充療法が研究段階で成果を見せていること、そしてその適否が「変化の型」で決まることが、希望と同時に「型を調べる意義」を示しています。ただし、いずれもまだ研究段階の治療であり、確立した標準治療ではありません。実際の適応は、専門的な評価のもとで慎重に判断されます。
次世代の治療 ─ アロステリック調節薬と核酸医薬
研究の最前線では、チャネルの開閉のリズムを細かく微調整する「アロステリックモジュレーター」(ポジティブ/ネガティブ)や、変化した遺伝子のメッセージだけをねらって働きを整えるアンチセンス・オリゴヌクレオチド(ASO)といった核酸医薬の開発が進んでいます[1]。とくに、機能喪失型の変化に対して受容体の働きを補うタイプの調節薬は、L-セリンと同じ方向の治療戦略として注目されています[10]。これらはまだ前臨床〜研究段階ですが、原因そのものに手を届かせる「疾患修飾治療」への道が開かれつつあります。
9. 遺伝カウンセリングと家族への影響 ─ 多くは新生突然変異
🔍 関連記事:遺伝形式/新生突然変異(de novo)/臨床遺伝専門医とは
GRIN2A関連障害の多くは、両親にはない変化がお子さんに新しく生じた「新生突然変異(de novo)」です。ただし家系内に軽症から重症まで幅をもって伝わる例もあり、再発率の評価には専門的な検討が必要です。ご家族にとっては「次の子にも起こるのか」という不安に、根拠をもって向き合うことが大切です。
GRIN2Aは常染色体顕性(優性)遺伝の形をとり、多くは新生突然変異(de novo)です。一方で、親から受け継がれる例もあり、その場合は同じ変化を持つ家族の間でも症状の重さに幅が出る(可変的表現度)ことが知られています[5]。さらに、両親のどちらかが生殖細胞に変化を一部だけ持つ生殖腺モザイクの可能性もゼロではないため、「新生突然変異=再発率ゼロ」と単純には言い切れません。こうした点を踏まえ、再発率や次の妊娠への影響は、ご家族の検査結果を含めて個別に評価する必要があります。
当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。お話しするのは、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にとってどのような意味を持つのか、そして結果を受けてどのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人・ご家族であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。
10. よくある誤解
GRIN2Aは情報が急速に更新されている分野で、古い理解や単純化された説明が誤解を生みやすい遺伝子です。ここでは、ご家族が受け取りやすい誤解を4つ整理します。正しく知ることが、次の一歩を落ち着いて選ぶ助けになります。
誤解①「GRIN2Aの変化=必ず重い障害」
症状の幅はとても広く、正常に近い知能で軽いてんかんと言語の遅れにとどまる方から、最重度の脳症まで分かれます。変化の型と場所によって重さが層別化されるため、「変化がある=重症」とは限りません。
誤解②「どの変化にも同じ薬が効く」
働きすぎ型と働かない型では、必要な薬が正反対です。型を確かめずに薬を選ぶと悪化することがあるため、機能解析で型を見きわめることが前提になります。「GRIN2Aだからこの薬」という単純な図式では語れません。
誤解③「乳児期に正常なら大丈夫」
GluN2Aが主役になるのは生後の発達に伴ってです。そのため乳児期は正常に見えても、3〜6歳ごろに症状が現れることがあります。乳児期の順調さは、将来を保証するものではありません。
誤解④「もう治療法が確立している」
メマンチンやL-セリンは臨床研究で有望な成果を示していますが、まだ確立した標準治療ではありません。適応や効果には個人差があり、専門的な評価のもとで慎重に検討される段階です。
📌 このページを読んだあなたへ
この記事にたどり着いた方は、たとえば次のような状況かもしれません。お子さんの言葉が急に減った/てんかんの遺伝子検査でGRIN2Aの変化を指摘された/思春期の精神症状の背景を調べている——そのいずれであっても、次に確認しておくとよい観点があります。
・変化の機能(GoFかLoFか)と、ヌル変異かどうかが分かっているか → 治療の方向を左右します(第8章)
・近縁の遺伝子との違い → GRIN1・GRIN2Bのページもあわせて
・関連する症候群 → ランドウ・クレフナー症候群/統合失調症
・再発率・家族への影響 → 遺伝形式と新生突然変異の考え方から
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] Disease-Associated Variants in GRIN1, GRIN2A and GRIN2B genes: Insights into NMDA Receptor Structure, Function, and Pathophysiology. Physiol Res. 2024. [PMC11412357]
- [2] Landau-Kleffner Syndrome. StatPearls. [NBK547745]
- [3] GRIN2A-related epilepsy and speech disorders: A comprehensive overview with a focus on the role of precision therapeutics. [PubMed 36516565]
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- [9] Memantine treatment in individuals with GRIN gain-of-function variants is associated with improvements in behavior, development, and seizure frequency. Epilepsia. 2026. [PubMed 41489401]
- [10] L-serine treatment in patients with GRIN-related encephalopathy: a phase 2A, non-randomized study. Brain. 2024. [PubMed 38380699]
- [11] L-Serine Treatment is Associated with Improvements in Behavior, EEG, and Seizure Frequency in Individuals with GRIN-Related Disorders Due to Null Variants. Neurotherapeutics. 2022. [PMC9130352]



