目次
- 1 1. FBXW8遺伝子とタンパク質分解 ─ 「捨てる目印」の宛先を選ぶ係
- 2 2. CUL7との特別な結合 ─ 「たった一人の相棒」という個性
- 3 3. 二つのカリンで働く仕組み ─ 単独では動かない「安全設計」
- 4 4. 細胞周期のブレーキ ─ 増えるスピードを整える
- 5 5. インスリン・IGFの調節 ─ 信号が効きすぎないための負のフィードバック
- 6 6. 脳とゴルジ体・ウイルス防御 ─ 分解の使い分けという才能
- 7 7. 3-M症候群と胎盤 ─ 成長・発生に欠かせない役割
- 8 8. がんで異なる顔 ─ がん種・分子背景による違い
- 9 9. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
細胞のなかでは、要らなくなったタンパク質に「捨てる目印」を付けて分解する仕組みがたえず働いています。その目印付けの「宛先ラベルを選ぶ係」の一つがFBXW8遺伝子です。FBXW8は、細胞の増えるスピード、インスリンの効き方、脳の神経細胞のかたち、さらにはウイルスへの防御まで、幅広い場面で「増えすぎ・効きすぎ」にブレーキをかけています。まれな成長障害である3-M症候群に関わる巨大なタンパク質CUL7とペアを組む唯一の相手でもあり、その仕組みはがん研究の大きなテーマにもなっています。この記事では、FBXW8という一つの遺伝子が体のあちこちで果たしている役割を、遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. FBXW8遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. FBXW8は、要らなくなったタンパク質に分解の目印(ユビキチン)を付ける「E3ユビキチンリガーゼ」という装置の、標的を選ぶ部品をつくる遺伝子です。巨大なタンパク質CUL7と組んで、細胞周期を進める因子やインスリンの信号を伝える因子などを分解し、細胞が増えすぎたり信号が効きすぎたりしないよう調整しています。まれな成長障害である3-M症候群に関わるCUL7の相棒であり、がんでは状況によって「ブレーキ役」にも「アクセル役」にもなります。
- ➤基本の役割 → タンパク質分解(ユビキチン・プロテアソーム系)で標的を選ぶ「F-boxタンパク質」の一つ
- ➤CUL7との関係 → 巨大な骨組みタンパク質CUL7と結合できる唯一のF-boxタンパク質
- ➤おもな標的 → 細胞周期因子(CDK4・Cyclin D1)、インスリン信号のIRS1、脳のゴルジ体タンパク質などを分解
- ➤病気とのつながり → CUL7の相棒として成長・発生に重要。がんではがん種や分子背景によって発現や関連する経路が異なる
- ➤遺伝の観点 → ヒトのFBXW8単独の遺伝性疾患は確立していない。3-M症候群の主な原因はCUL7・OBSL1・CCDC8
🧬 FBXW8遺伝子の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. FBXW8遺伝子とタンパク質分解 ─ 「捨てる目印」の宛先を選ぶ係
FBXW8は、細胞のなかで要らなくなったタンパク質を選んで分解へ送り出す「標的認識係」をつくる遺伝子です。この係がきちんと働くことで、増殖の信号や成長の信号が必要な量だけに保たれ、細胞増殖や成長シグナルが適切な範囲に調節されています。
私たちの細胞は、要らなくなったタンパク質や壊れたタンパク質を、ユビキチン・プロテアソーム系という仕組みで分解しています。まず標的のタンパク質にユビキチンという小さな目印をいくつも付け(ユビキチン化)、その目印を読み取ったプロテアソームという分解装置が、目印の付いたタンパク質だけを分解します。「どのタンパク質に目印を付けるか」を決める係が、E3ユビキチンリガーゼと呼ばれる装置です。
FBXW8は、このE3ユビキチンリガーゼのなかでも「F-boxタンパク質」と呼ばれる仲間の一つです。名前のとおりN末端側に「F-box」というSKP1という部品とつながる部分を持ち、C末端側には「WD40リピート」という、標的タンパク質のリン酸化された目印(ホスホデグロン)を捕まえる部分を持っています。ヒトのF-boxタンパク質は約70種類あり、それぞれが担当する標的を分担しています。FBXW8は、そのなかでも後で述べるCUL7という特別な相手と組むという点で、ほかのF-boxタンパク質と一線を画しています[1]。
💡 用語解説:E3ユビキチンリガーゼとF-boxタンパク質
タンパク質分解の目印付けは、E1(活性化)→E2(運ぶ)→E3(宛先を選ぶ)という3段階のリレーで進みます。E3は「どのタンパク質を捨てるか」を決める最後の関門で、ヒトには数百種類あります。
その代表格がカリン-RING型リガーゼ(CRL)で、カリンという骨組みタンパク質に、標的を選ぶ「F-boxタンパク質」などが差し替え式で組み合わさります。FBXW8はこのF-boxタンパク質の一種で、いわば分解ラインの「宛名ラベルを選ぶ担当者」にあたります。
FBXW8がつくるタンパク質は、細胞のなかでたえず標的を捕まえては分解へ送り出しています。その標的が、後の章でみるように細胞周期の因子であったり、インスリンの信号を伝える因子であったりするため、FBXW8は「増えすぎ・効きすぎを抑える調整役」として体のあちこちで働いているのです。
2. CUL7との特別な結合 ─ 「たった一人の相棒」という個性
FBXW8の最大の個性は、CUL7という巨大な骨組みタンパク質と組める唯一のF-boxタンパク質だという点です。この「相手を選ばない普通のF-boxタンパク質」とは違う特別さが、FBXW8を成長や発生に欠かせない存在にしています。
一般的なF-boxタンパク質は、CUL1という標準的な骨組みと組んで「SCF複合体」をつくります。CUL1はおよそ70種類のF-boxタンパク質と入れ替わり立ち替わり組めるので、いわば「誰とでも組める骨組み」です。ところがCUL7という別の骨組みは事情がまったく異なり、FBXW8とだけ組むという強いこだわりを持っています[1][2]。
CUL7は1698個のアミノ酸からなる非常に大きなタンパク質で、通常のカリン(CUL1〜5)の2倍以上のサイズがあります。この骨組みにFBXW8が結合し、さらにアダプター役のSKP1、RINGフィンガータンパク質ROC1(別名Rbx1)が加わって、「CRL7-FBXW8」と呼ばれる分解装置の複合体が組み上がります[1]。
2022年に発表されたクライオ電子顕微鏡による高解像度の構造解析(PDB: 7Z8B / EMD-14547)で、なぜCUL7がFBXW8だけを選ぶのかが分子レベルで明らかになりました[3]。ほかのF-boxタンパク質はF-boxの部分を使って骨組みと結合しますが、FBXW8とCUL7の結合はF-boxを介さない変則的な様式で、CUL7の複数のドメインがFBXW8のWD40部分を包み込むように結びついていました。この結合面はFBXW8にしかない特徴を利用しているため、ほかのF-boxタンパク質では代われないのです[3]。
「たった一人の相棒」という関係で重要なのは、FBXW8とCUL7が互いに代わりがきかない点です。そのため、どちらか一方に不具合が起きると、このペアが担う分解の仕事全体が滞ってしまう可能性がある、ということです。実際に後の章でみるように、CUL7の変異はまれな成長障害を、マウスでのFBXW8の欠損は重い発育の異常を引き起こします。
3. 二つのカリンで働く仕組み ─ 単独では動かない「安全設計」
FBXW8を含むCRL7複合体は、それ単独では分解の反応を起こせず、もう一つの骨組みCUL1と手を組んではじめて働きます。この仕組みでは、CRL7-FBXW8による基質認識とCUL1-RBX1によるユビキチン転移が機能的に分担されており、二つのカリンが連携してはじめて効率的な反応が進みます。
先ほどのクライオ電子顕微鏡の解析で、もう一つ意外な事実がわかりました。CRL7-FBXW8を試験管内で精製して調べると、それだけでは分解の目印を付ける活性をほとんど持っていなかったのです[3]。構造をみると、目印付けの反応に必要なROC1(Rbx1)のRING部分が、CUL7によって身動きのとれない向きに固定されており、目印を運んでくる酵素とうまく接触できない配置になっていました[3]。
🔧 CRL7-FBXW8が働くまで(二つのカリンの連携)
① CRL7-FBXW8
CUL7+FBXW8+SKP1+ROC1。
標的を正確に捕まえる「受け皿」役。
単独では分解できない
② CUL1-RBX1
目印を付けて活性化した「触媒モジュール」。
実際にユビキチンを転移させる
「作業係」役
③ 標的を分解
受け皿が捕まえた標的に、作業係が目印を付けてプロテアソームへ送る
二つのカリンがそろってはじめて効率的なユビキチン化が進み、基質認識とユビキチン転移が機能的に分担されています。
この行き詰まりを解くために、CRL7-FBXW8は活性化されたCUL1-RBX1という別の触媒モジュールと物理的に結合します[3]。FBXW8がSKP1やCUL7と組みながら、同時にCUL1ともつながることで、CRL7-FBXW8は「標的を正確に捕まえて差し出す受け皿」として、CUL1-RBX1は「実際に目印を付ける作業係」として役割を分担します。この脊椎動物に特有の「二つのカリンで働く仕組み」は、基質認識を担うCRL7-FBXW8とユビキチン転移を担うCUL1-RBX1を機能的に連携させる仕組みと考えられています[3]。
なお、この複合体が細胞のどこで働くかは、3-M症候群に関わるタンパク質OBSL1とCCDC8との結合によって細かく調整されています。この3者(CUL7・OBSL1・CCDC8)が集まった集合体は「3M複合体」と呼ばれ、複合体を細胞膜や中心体、ゴルジ体などへ運ぶ道案内の役割をしています[1]。この「働く場所を選ぶ仕組み」が、次の章以降でみる多彩な機能の土台になっています。
4. 細胞周期のブレーキ ─ 増えるスピードを整える
FBXW8は、細胞が増えるときのアクセルにあたる因子を分解することで、増殖のスピードが上がりすぎないよう調整しています。この仕組みは、必要な場面で細胞が適切な速度で増殖するための調節機構の一つです。
細胞が一回分裂するまでの流れを細胞周期といい、なかでもG1期からS期(DNAを複製する時期)への移り変わりは、増殖を始めるかどうかを決める重要な関門です。この関門を進めるアクセルが、CDK4やCyclin D1(CCND1)といったタンパク質です。
FBXW8は、リン酸化されたCyclin D1を細胞質で捕まえて分解に導くことが、複数のがん細胞を用いた研究で示されています[4]。Ras/Raf/MEK/ERKという増殖の信号が続くとCyclin D1の286番目の部位がリン酸化され、これが目印となってFBXW8による分解が進みます。FBXW8を細胞から取り除くとCyclin D1が過剰にたまることも確認されており[4]、FBXW8がCyclin D1の量を抑える働きを担っていることがわかります。同様にCDK4もFBXW8の分解標的とされ、これらの分解がサイクリン依存性キナーゼの活性を適正に保つと考えられています。
もう一つ、FBXW8は同じF-boxファミリーの仲間であるβ-TrCP1の量そのものを調整しています[5]。β-TrCP1は多くの細胞周期因子を分解するタンパク質ですが、その発現量はG1期とS期で最も低く抑えられている必要があります。FBXW8はMAPK経路依存的にリン酸化されたβ-TrCP1を認識して分解へ導き、この調整によってホスファターゼCdc25Aが過剰に分解されるのを防ぎます[5]。Cdc25Aが適正に保たれることで、細胞はG1期からS期へ円滑に進み、DNA損傷のない忠実な複製が守られると報告されています[5]。
💡 用語解説:細胞周期の「アクセル」と「ブレーキ」
細胞が増えるかどうかは、アクセル役(CDK4やCyclin D1など)とブレーキ役のバランスで決まります。アクセルが強すぎると細胞は際限なく増えようとし、これはがんの土台になりえます。FBXW8はアクセル役のタンパク質を分解して減らすことで、増えすぎに歯止めをかける側に立っています。ただし後の章でみるように、この関係はがんの種類によって単純ではありません。
5. インスリン・IGFの調節 ─ 信号が効きすぎないための負のフィードバック
FBXW8は、インスリンや成長因子IGFの信号を伝える中心的な因子IRS1を分解することで、これらの信号が過剰に長引かないよう調整しています。これは体が糖や成長の信号を「ちょうどよい強さ」に保つための、大切な折り返し点です。
インスリンやインスリン様増殖因子(IGF)が細胞を刺激すると、PI3K/AktやmTORという経路が活性化します。この信号を最初に受けて下流へ伝える中継役がIRS1(インスリン受容体基質1)です。IRS-1が働きすぎないよう抑えるのが、CUL7-FBXW8複合体の役割です。
2008年の研究で、CUL7-FBXW8複合体がIRS1を分解の標的とすることが明らかにされました[6]。信号が高まると、活性化したS6キナーゼがIRS1のN末端側の複数のセリン残基をリン酸化し、この多点リン酸化が目印となってCUL7-FBXW8がIRS1を捕まえ、ポリユビキチン化してプロテアソーム分解へ送ります[6]。複数の部位がリン酸化されて初めて分解が進む設計は、mTORやS6キナーゼの活性が十分に高まったときにだけ、IRS1の分解が起こるようにするための安全策と考えられています[1]。
実際、CUL7を欠いたマウスの細胞ではIRS1がたまり、その下流のAktやMEK/ERKの活性が高まることが観察されています[6]。つまりFBXW8を含む複合体は、インスリン/IGFの信号を「行き過ぎたら折り返す」負のフィードバックの要にあたります。この仕組みは、糖の代謝や細胞の成長が暴走しないための調整として、私たちの体にとって重要な意味を持っています。
6. 脳とゴルジ体・ウイルス防御 ─ 分解の使い分けという才能
FBXW8の働きは細胞周期や代謝にとどまらず、脳の神経細胞のかたちづくりや、ウイルスへの防御にまで広がっています。しかも標的に応じて分解の経路を切り替えるという、柔軟な一面を持っています。
脳の神経系では、CUL7-FBXW8複合体がゴルジ体のマトリックスタンパク質GORASP1(Grasp65)の分解を担っています[7]。ゴルジ体に局在するCUL7とFBXW8がGORASP1の入れ替わりの速さを決めることで、神経細胞のゴルジ体のかたちが動的に整えられ、樹状突起(デンドライト)の枝分かれのパターンが精密に制御されると報告されています[7]。神経細胞が正しく配線されるための、細やかな下支えといえます。
さらに興味深いのは、FBXW8がウイルス防御にも関わることです。豚デルタコロナウイルス(PDCoV)に感染すると、転写因子p65がFBXW8遺伝子の発現を高めます[8]。増えたFBXW8は、ウイルスのヌクレオカプシド(N)タンパク質の特定のリジンに富む領域を認識し、K48結合型のポリユビキチン化を行います[8]。
💡 用語解説:プロテアソーム分解とオートファジーの使い分け
通常、K48結合型のユビキチン鎖が付いたタンパク質はプロテアソームで分解されます。ところがウイルスN タンパク質の場合は、目印を付けられたあと、オートファジー(細胞が自分の中身を包み込んで分解する仕組み)の受け皿タンパク質NDP52に受け渡され、リソソームで分解されます[8]。
つまりFBXW8は、目印を付けたあとの「行き先」を、相手に応じてプロテアソームとオートファジーで柔軟に切り替えられるのです。この二刀流によって、FBXW8はウイルスの増殖を抑える宿主側の防御因子としても働きます[8]。
こうした多彩な働きは、FBXW8が単なる「一種類のゴミ出し係」ではなく、場所と相手に応じて役割を変える多機能な調整因子であることを物語っています。一つの遺伝子がこれほど幅広い機能に関わることから、その働きの変化が複数の細胞機能に影響を及ぼしうることも理解できます。
7. 3-M症候群と胎盤 ─ 成長・発生に欠かせない役割
FBXW8は、相棒のCUL7とともに、胎児期からの成長と胎盤の形成に欠かせない役割を担っています。ただしヒトで報告されているまれな成長障害「3-M症候群」の主な原因はCUL7・OBSL1・CCDC8であり、FBXW8そのものの単独の遺伝性疾患は確立していません。この区別は、遺伝の観点でとても大切です。
3-M症候群は、生前・生後の著しい成長の遅れ、顔や頭蓋の特徴的な形、そして正常な知能を特徴とする、常染色体潜性(劣性)の遺伝形式をとる、出生前からの著しい成長障害と均整のとれた低身長を特徴とする疾患です。原因遺伝子としてCUL7・OBSL1・CCDC8の3つが特定されており、このうちCUL7の変異が症例のおよそ70%を占めると報告されています[3][9]。FBXW8はCUL7と機能的に協働し、3-Mタンパク質が関わるユビキチンリガーゼ系を支えていますが、3-M症候群の患者さんでFBXW8の変異は見つかっていません[3]。
FBXW8の成長への関わりは、マウスの研究で明確に示されています。FBXW8を欠いたマウスの胚は著しい胎内成長の遅れを示し、およそ3分の2が子宮内で死亡します[10]。生まれた個体も小さく、胎盤の組織を調べると、栄養膜細胞の層が薄くなり、迷路層の胎児側の血管構築に異常が生じていました[10]。この胎盤の異常は、CUL7を欠いたマウスの病態とよく似ています[10]。この研究では、CUL7とCUL1が複合体をつくるためにFBXW8が必要であることも示され、FBXW8が「二つのカリンをつなぐ橋渡し役」であることが裏づけられました[10]。
さらに、3-Mタンパク質(CUL7・OBSL1・CCDC8)とFBXW8を含むE3ユビキチンリガーゼ系は、細胞膜で極性タンパク質LL5β(PHLDB2)の分解を担い、栄養膜細胞(胎盤をつくる細胞)が適切に移動・浸潤するのを調整していると報告されています[11]。3-M症候群で見られるCUL7の変異があるとLL5βが異常にたまり、胎盤の血管網の不全につながることが示されています[11]。
8. がんで異なる顔 ─ がん種・分子背景による違い
FBXW8を含むCUL7-FBXW8系は、がん種や分子背景によって異なる働きを示します。FBXW8そのものについても発現量や関連する経路はがん種ごとに異なるため、FBXW8の量が多い・少ないという情報だけで、がんに良い・悪いを一律に判断することはできません。
大腸がんでは、FBXW8はがんを抑える側として働くことが報告されています[12]。ヒトゲノムの超保存領域から転写される長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)の一種である「uc.77-」は、正常な大腸の上皮に比べ、大腸がんの組織や細胞株で発現が低下しています[12]。このuc.77-は競合的内在性RNA(ceRNA)として働き、マイクロRNAのmiR-4676-5pを吸い取ることで、FBXW8のタンパク質合成を促します[12]。十分に増えたFBXW8はCDK4を分解して大腸がん細胞の増殖を抑えるため、uc.77-が減るとFBXW8も減り、CDK4がたまって悪性の増殖が加速すると報告されています[12]。
一方で、CUL7-FBXW8を含むこの分解系全体をがんの視点から見渡した総説では、CUL7はがんの種類や状況によって、促進的にも抑制的にも働くと整理されています[13]。乳がん・肺がん・肝細胞がん・膵がん・卵巣がんなどでCUL7の高発現が報告されており、文脈依存的な役割が指摘されています[13]。
さらに、FBXWファミリー全体をがん横断的に解析した研究(パンキャンサー解析)では、FBXW8を含むファミリーの発現レベルが、がん種ごとの腫瘍微小環境や免疫の状態と関連し、患者さんの予後を予測する手がかりになりうると報告されています[14]。ただしこれらは大規模データベースを用いた解析であり、個々の患者さんの診断や治療方針を直接決めるものではありません。
💡 用語解説:「がん抑制」と「がん促進」の二面性
同じ遺伝子でも、がん抑制的に働く場合とがん促進的に働く場合があります。何を分解するか、周りにどんなRNAや因子がそろっているかで、同じFBXW8でも結果が変わるためです。「FBXW8が多い=良い/悪い」と一律に決められないのはこのためで、がん種や文脈をふまえて解釈する必要があります。
9. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際
FBXW8そのものを単独で調べる場面は、現時点では限られています。FBXW8に関心を持たれた背景が3-M症候群であれば、まず調べるのは相棒のCUL7などであり、目的に応じて検査の考え方が変わります。
🔍 関連記事:遺伝カウンセリングとは/臨床遺伝専門医とは/遺伝子検査とは
FBXW8にたどり着く場面は、大きく次のように分かれます。それぞれ、調べる対象も結果の意味も違います。
当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にどのような意味を持つのか、そして結果を受けてどのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。
お子さんの原因不明の成長障害や、ご家族内での再発が心配な場合は、単一の遺伝子だけを追うのではなく、関連する遺伝子をまとめて調べる方が現実的なことが多くあります。原因がしぼりきれない場合には全エクソーム検査(WES)や全ゲノムシークエンス(WGS)といった網羅的な検査も選択肢になります。どこまで調べるか、いつ調べるかは、症状やご家族歴によって変わりますので、時間に余裕をもって臨床遺伝専門医にご相談ください。
10. よくある誤解
FBXW8は多機能でCUL7の相棒でもあるため、その役割について誤解されることがあります。ここでは、代表的な3つの誤解を整理します。
誤解①「FBXW8は3-M症候群の原因遺伝子だ」
FBXW8はCUL7の唯一の相棒ですが、ヒトの3-M症候群でFBXW8の変異は見つかっていません。3-M症候群の主な原因はCUL7・OBSL1・CCDC8です。マウスでは重要な役割が示されていますが、ヒトの原因遺伝子として確定しているわけではありません。
誤解②「FBXW8が多いほどがんに良い」
大腸がんではFBXW8はCDK4を分解して増殖を抑える側に働くことが報告されていますが、乳がん・肝細胞がん・肺扁平上皮がんなど一部のがんでは高発現も報告されています。がん種や分子背景によって発現や関連する経路が異なるため、多い・少ないだけで良し悪しは判断できません。
誤解③「FBXW8は分解専門の単純な部品だ」
FBXW8は、相手に応じてプロテアソーム分解とオートファジーを使い分け、細胞周期・代謝・神経形態・ウイルス防御まで幅広く関わる多機能な調整因子です。単なる「一種類のゴミ出し係」ではありません。
📎 FBXW8について確認しておきたいこと
FBXW8について調べる背景はさまざまです。成長の遅れから遺伝的な原因を調べている場合、がんの分子検査でFBXW8やCUL7の名称を確認した場合、あるいは遺伝子の仕組みそのものを調べている場合などが考えられます。
次に確認しておくとよい観点を挙げます。①相棒であるCUL7と、その変異で起こる3-M症候群の全体像/②FBXW8が働く土台となるユビキチン・プロテアソーム系の仕組み/③複合体としてのCRL7-FBXW8の構造と働き。
成長障害の遺伝的な背景を幅広く調べたい場合は、原因をしぼりきれないときの網羅的な遺伝子検査(WES/WGS)という選択肢もあわせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
🏥 成長障害・遺伝性疾患の遺伝子診断のご相談
原因不明の成長の遅れや、ご家族内での再発が心配な方の
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
- [1] Cullin-RING E3 Ubiquitin Ligase 7 in Growth Control and Cancer. [PMC8343956]
- [2] CUL7: a DOC domain-containing cullin selectively binds Skp1.Fbx29 to form an SCF-like complex. Proc Natl Acad Sci U S A. 2002. [PubMed 12481031]
- [3] Structure of CRL7FBXW8 reveals coupling with CUL1-RBX1/ROC1 for multi-cullin-RING E3-catalyzed ubiquitin ligation. Nat Struct Mol Biol. 2022. [DOI 10.1038/s41594-022-00815-6]
- [4] A Critical Role for FBXW8 and MAPK in Cyclin D1 Degradation and Cancer Cell Proliferation. PLoS One. 2007. [PMC1762433]
- [5] FBXW8 regulates G1 and S phases of cell cycle progression by restricting β-TrCP1 function. FEBS J. 2021. [PubMed 33742524]
- [6] The CUL7 E3 ubiquitin ligase targets insulin receptor substrate 1 for ubiquitin-dependent degradation. Mol Cell. 2008. [PMC2633441]
- [7] An OBSL1-Cul7Fbxw8 ubiquitin ligase signaling mechanism regulates Golgi morphology and dendrite patterning. PLoS Biol. 2011. [PMC3091842]
- [8] FBXW8 suppresses PDCoV proliferation via the NDP52-dependent autophagic degradation of a viral nucleocapsid protein. Front Immunol. 2024. [PMC11609211]
- [9] Identification of mutations in CUL7 in 3-M syndrome. Nat Genet. 2005. [PubMed 16142236]
- [10] Fbxw8 Is Essential for Cul1-Cul7 Complex Formation and for Placental Development. Mol Cell Biol. 2006. [PMC1592786]
- [11] Impaired plasma membrane localization of ubiquitin ligase complex underlies 3-M syndrome development. J Clin Invest. 2019. [PMC6819083]
- [12] uc.77- Downregulation Promotes Colorectal Cancer Cell Proliferation by Inhibiting FBXW8-Mediated CDK4 Protein Degradation. Front Oncol. 2021. [PMC8172171]
- [13] The functional analysis of Cullin 7 E3 ubiquitin ligases in cancer. Oncogenesis. 2020. [PMC7603503]
- [14] Pan-cancer analysis of FBXW family with potential implications in prognosis and immune infiltration. Front Immunol. 2022. [PMC9795248]



