目次
📍 クイックナビゲーション
「年齢を重ねると、なぜ体のあちこちに慢性的な炎症が起きやすくなるのか」——その謎を解く鍵のひとつが、老化した細胞が周囲にまき散らす炎症性の分泌物です。これをSASP(サスプ/細胞老化関連分泌形質)と呼びます。分裂を止めたはずの老化細胞は、静かに眠っているのではなく、サイトカインや酵素を活発に分泌し続け、まわりの組織や全身に影響を及ぼします。私は遺伝の専門医として、老化やがんのしくみを分子のレベルまでたどることで、これまで「加齢だから仕方ない」とされてきた現象に説明がつく場面を数多く見てきました。
この記事では、SASPがどんな分子で構成され、なぜ「諸刃の剣」と呼ばれるのか、老化細胞のなかでどんなシグナルがSASPを生み出すのか、そしてがんや免疫との複雑な関係、老化細胞そのものを標的にする最新の治療までを、一般の方にもわかる言葉で、遺伝専門医の立場から順を追ってお伝えします。
- ➤ SASPとは何か、なぜ「体を守る力」と「老化を進める力」の両面を持つのか
- ➤ SASPを構成する数百種類の分子と、可溶性・エクソソームという2つの届け方
- ➤ DNA損傷・cGAS-STING・LINE-1がSASPを生み出す分子のしくみ
- ➤ SASPが「がんを抑える」と「がんを助ける」の両方に働く理由
- ➤ 老化細胞を除くセノリティクス/SASPを鎮めるセノモルフィクスという新戦略
🧬Q. SASP(細胞老化関連分泌形質)とは何ですか?
分裂を止めた老化細胞が、炎症性サイトカイン・ケモカイン・増殖因子・分解酵素などを周囲に分泌する現象です。若いうちは組織の修復を助けますが、加齢とともに老化細胞がたまると、慢性的な炎症を全身に広げる要因になります。
🩺Q. なぜ「諸刃の剣」と呼ばれるのですか?
SASPは傷の修復や免疫による老化細胞の除去を助ける「良い面」と、慢性炎症・組織の劣化・がんの進行を後押しする「悪い面」を併せ持つからです。同じ分泌物が、状況しだいで正反対に働きます。
🌸Q. SASPを標的にした治療はありますか?
老化細胞そのものを取り除くセノリティクスと、SASPの分泌を鎮めるセノモルフィクスという2つの方向で研究が進んでいます。臨床試験で成果と課題の両方が報告されている、発展途上の分野です。
SASPとは——老化細胞が発する「分子のメッセージ」
「分裂を止めた細胞」は、静かに眠っているわけではない
細胞は、DNAの傷や強いストレス、がん化のきっかけとなる刺激を受けると、それ以上分裂しないように自らブレーキをかけることがあります。この、二度と増えない状態に落ち着くことを細胞老化(セネッセンス)と呼びます。もともとは、傷ついた細胞ががんへ進むのを防ぐ、体を守るしくみです。ところが、分裂を止めた老化細胞は死んでしまうわけではなく、長く組織にとどまり、その間ずっと活発に分子を分泌し続けます。
この、老化細胞が周囲に分泌するサイトカイン・ケモカイン・増殖因子・分解酵素などの一群を、まとめてSASP(senescence-associated secretory phenotype/細胞老化関連分泌形質)と呼びます。SASPは、炎症を起こし、傷の修復や新しい組織づくりを促し、免疫細胞を呼び寄せる働きを持っています[1]。若く健康な組織では、SASPは一時的に働いて役目を終え、組織のバランスを保つのに役立ちます。
問題は、老化細胞が加齢とともに組織にたまっていくことです。慢性的に続くSASPは、加齢に伴う多くの病態——慢性炎症、発がん、幹細胞の枯渇など——を後押しする要因になると考えられています[1]。近年の高感度なタンパク質解析では、SASPは数十種類どころか、老化を引き起こす刺激や細胞の種類ごとに数百種類ものタンパク質から構成されることが明らかになっています[1]。
傷ついた細胞の運命には、大きく2つの道があります。ひとつは自ら死んで片づけられるアポトーシス(プログラムされた細胞死)、もうひとつが細胞老化(セネッセンス)です。老化はいわば「生きたまま分裂を止める」道で、細胞は残り続けます。だからこそ、生き残った老化細胞が出し続けるSASPが、周囲に長く影響を与えることになります。「死なずに残る」ことが、SASPという現象の前提なのです。
SASPは「諸刃の剣」——守る力と壊す力
SASPを理解するうえで、いちばん大切なのが「良い面」と「悪い面」の両方を持つという性質です。良い面としては、傷ついた組織の修復を促し、免疫細胞を呼び寄せて老化細胞やがんの芽を除去させ、周囲の細胞に「あなたも用心しなさい」と伝えて防御を強める働きがあります。これらは、体を守る方向の作用です。
一方で悪い面としては、慢性的に続くSASPが周囲の正常な細胞まで老化させ(バイスタンダー効果と呼ばれる、老化の伝染)、組織をむしばみ、免疫の働きを乱し、時にはがん細胞の増殖や転移を後押しします。同じ分泌物が、置かれた状況・タイミング・量によって正反対に働く——この二面性こそ、SASPが「諸刃の剣」と呼ばれる理由です。次の図で、その二面性を整理します。
図1:SASPの「諸刃の剣」——同じ分泌物が持つ二面性
🛡️ 体を守る方向の働き
- 傷の修復・組織の再生を促す
- 免疫細胞を呼び寄せ老化細胞を除去
- がん化の芽を抑える(腫瘍抑制)
- 周囲に警戒を促し防御を強める
⚠️ 老化・病気を進める方向の働き
- 慢性炎症を全身に広げる
- 周囲の細胞まで老化させる(伝染)
- 組織の構造をむしばむ
- 時にがんの増殖・転移を後押し
※どちらに傾くかは、SASPの量・持続時間・組織の状況によって変わります。
SASPの構成因子と多様性——「SASP Atlas」が変えた見方
長いあいだ、SASPはIL-6やIL-8といった、数種類の代表的な炎症性サイトカインで語られてきました。しかし、この理解は大きく塗り替えられています。2020年に報告された「SASP Atlas(SASPアトラス)」という網羅的なタンパク質データベースは、老化を誘導する刺激や細胞の種類ごとに、SASPが数百種類もの異なるタンパク質から成り立つことを示しました[1]。つまり、SASPは一律のものではなく、「どんな原因で老化したか」「どの細胞か」によって顔つきが変わる、多彩な現象なのです。
すべての老化に共通する「コア因子」——GDF15・STC1・SERPIN
SASP Atlasが重要なのは、刺激ごとにばらばらな中にも、複数の老化誘導条件で共通して増える「コア因子」が見つかったことです。代表的なのが、GDF15(成長分化因子15)、STC1(スタニオカルシン1)、SERPIN(セルピン/セリンプロテアーゼ阻害因子群)といったタンパク質です[1]。これらは、実際の人の血液(血漿)における加齢マーカーとも重なり合い、年齢と有意に相関することが、大規模なヒトのコホート研究のデータで確認されています[1]。
この発見には、大きな意味があります。これらのコア因子は、体の中にどれだけ老化細胞がたまっているか、その「老化細胞の負担(senescent cell burden)」を血液から推し量るバイオマーカー(体の状態を映す指標)の候補になるからです[1]。将来、採血だけで老化細胞の蓄積を評価し、後で述べる抗老化治療の効果を追跡できるようになる——その基盤を、SASP Atlasは築いたといえます。
2つの届け方——「溶けて漂う」sSASPと「小包で運ぶ」eSASP
SASPには、分子の「届け方」にも2つのルートがあることが分かってきました。ひとつは、サイトカインなどが単体で液体中に溶け出して漂う可溶性SASP(sSASP)です。もうひとつが、細胞が放出する小さな膜の袋——エクソソーム(細胞外小胞)——の中にタンパク質や核酸を詰めて運ぶエクソソームSASP(eSASP)です。SASP Atlasの解析では、老化細胞が放出するエクソソームの中身は、老化していない細胞のものとは明確に異なっており、sSASPとは別に「eSASPが確かに存在する」ことが裏づけられました[1]。
エクソソームは、タンパク質だけでなくマイクロRNA(miRNA)のような小さな核酸も運びます。小さな「小包」に情報を詰めて遠くの細胞まで届けるこの仕組みは、SASPが局所だけでなく全身に影響を及ぼす経路のひとつと考えられています。同じ「老化細胞からのメッセージ」でも、溶けて漂うものと小包で運ばれるものがある——この視点は、SASPの多様性を理解するうえで欠かせません。
SASPは「数種類のサイトカイン」ではなく、刺激ごとに顔を変える数百種類の分子群です。共通の「コア因子」は血液で老化を測る指標になり、「可溶性」と「エクソソーム」という2つの届け方で、局所から全身まで影響を広げます。
SASPが生まれるしくみ——DNAの傷から核酸センサーまで
では、老化細胞の中で、SASPはどのように生み出されるのでしょうか。その引き金と経路は複数ありますが、中心にあるのは「DNAの傷を感知するしくみ」と「本来あるべきでない場所のDNAを免疫が異物とみなすしくみ」です。順に見ていきます。
出発点は「DNA損傷応答(DDR)」とNF-κB・mTOR
SASPの主要な出発点は、DNA損傷応答(DDR)です。細胞がDNAの傷を感知すると、修復のためのシグナルが動き出しますが、傷が深く持続すると、この応答が炎症のスイッチへとつながっていきます。中心的な役割を果たすのが、炎症のマスタースイッチと呼ばれる転写因子NF-κBと、細胞の成長やタンパク質合成を司るmTOR経路です。NF-κBが活性化すると、炎症性サイトカインの遺伝子が一斉に読み出され、mTORがそのタンパク質合成を後押しすることで、SASPが本格的に立ち上がります。
DNA損傷応答の中核を担う分子のひとつがATMです。ATMは、生まれつきこの遺伝子に変化を持つと毛細血管拡張性運動失調症という病気を引き起こすことで知られますが、細胞老化の場面ではDNAの傷を感知してSASPを起動する上流のスイッチとして働きます。DNAを守るしくみと、炎症を生み出すしくみが、同じ分子でつながっている——ここに、老化と炎症の深い関係が現れています。
「細胞質のDNA」を感知するcGAS-STING経路
SASP研究でこの10年ほど、とりわけ注目されているのがcGAS-STING経路です。本来、DNAは細胞の核の中に収まっているべきものです。ところが老化細胞では、核から漏れ出したDNAの断片や、後述するレトロトランスポゾン由来のDNAが、細胞質(核の外)に現れることがあります。細胞質にあるDNAを「異物(=ウイルスや細菌の侵入のサイン)」とみなして感知するセンサーが、cGAS(環状GMP-AMP合成酵素)です。
cGASが細胞質のDNAを捕まえると、cGAMPという情報伝達物質を作り、STING(インターフェロン遺伝子の刺激因子)を活性化します。これが下流でⅠ型インターフェロンや炎症性サイトカインの産生を誘導し、SASPを強く後押しします。この経路が過剰に働く病気の一例がSAVI(STING関連乳児発症血管症)で、STINGが常に活性化することで全身に強い炎症が起こります。cGAS-STINGが炎症を生む力の強さを、この病気は逆説的に物語っています。
「眠っていた転移因子」LINE-1の目覚めと後期SASP
では、その細胞質のDNAはどこから来るのでしょうか。重要な供給源のひとつが、LINE-1(L1)と呼ばれるレトロトランスポゾン(ゲノム上を動きうる「転移因子」)です。私たちのゲノムには、こうした転移因子が大量に眠っており、ふだんは厳重に抑え込まれています。ところが老化細胞では、この抑え込みがゆるみ、LINE-1が転写され、逆転写されてDNA(cDNA)が細胞質に現れます。
2019年の重要な研究は、細胞老化の過程でLINE-1が転写的に脱抑制され、Ⅰ型インターフェロン応答を引き起こすことを示しました[2]。このⅠ型インターフェロン応答は「後期SASP」の特徴であり、SASPの維持に寄与すること、そしてその引き金が細胞質のLINE-1由来cDNAであり、逆転写酵素の阻害薬で抑えられることが示されています[2]。実際、この研究では、高齢マウスに逆転写酵素を阻害する薬を投与すると、Ⅰ型インターフェロンの活性化と加齢に伴う炎症(インフラメイジング)が複数の組織で抑えられることも報告されました[2]。
つまり、「眠っていたはずの古い転移因子が目を覚まし、そのDNAをcGAS-STINGが異物と誤認して炎症を起こす」という一連の流れが、加齢に伴う慢性炎症の一因になっている、という道筋が見えてきたのです。次の図で、SASP誘導の主要なシグナルの流れを整理します。
図2:SASPが立ち上がるまでの主要な流れ
① 引き金
DNA損傷・LINE-1の脱抑制・核からのDNA漏出
② 感知
ATMによるDDR/cGAS-STINGが細胞質DNAを感知
③ 増幅
NF-κB・mTORが活性化/BRD4が転写を後押し
④ 分泌
SASP(可溶性・エクソソーム)が放出される
※実際には複数の経路が並行・相互に作用します。図は主要な流れを単純化したものです。
エピジェネティクスの調律役——BRD4とスーパーエンハンサー
SASPの遺伝子が一斉に読み出されるとき、そのスイッチを物理的に押しているのが、DNAの巻き取り方(クロマチン)を読み取るタンパク質群です。その代表がBRD4です。2016年の研究は、細胞ががん化のきっかけで老化する際に、ゲノム全体でエンハンサー(遺伝子の働きを強める調節領域)の再配置が起こり、SASPの鍵となる遺伝子のそばに「スーパーエンハンサー」と呼ばれる強力な調節領域が新たに形成され、そこにBRD4が呼び込まれることを示しました[3]。
この研究では、BRD4がSASPと、それを介した周囲への情報伝達(パラクライン・シグナル)に必要であり、BRD4を阻害するとSASPが抑えられ、免疫細胞による老化細胞の除去が妨げられることも示されています[3]。BRD4のようなBET(ブロモドメイン)タンパク質を阻害する薬は、SASPを鎮める方向の候補として、後で述べるセノモルフィクスの一角を占めています。DNAメチル化を担うDNMT1や、ヒストン修飾を担うEZH2といったエピジェネティクスの担い手も、老化細胞の遺伝子発現の地図を書き換え、SASPの調律に関わっています。
SASPとがん・免疫——「抑える」と「助ける」のあいだ
がん化を食い止める側面——腫瘍抑制としての細胞老化
細胞老化は、そもそもがん化を防ぐ腫瘍抑制のしくみとして働きます。がん原遺伝子が異常に活性化するようながん化の刺激を受けると、細胞はむしろ分裂を止めて老化状態に入り、それ以上の増殖を防ぎます。このとき分泌されるSASPには、免疫細胞を呼び寄せて、がんになりかけた老化細胞を除去させる「免疫監視」を助ける働きがあります。前述のBRD4の研究も、この免疫監視の一端がBRD4に依存することを示したものでした[3]。
細胞老化を制御する中心には、TP53(p53)や、その働きを抑えるMDM2があります。TP53は「ゲノムの守護者」とも呼ばれ、傷ついた細胞を老化やアポトーシスへ導きます。TP53に生まれつき変化を持つと、若くして多様ながんを発症しやすいリ・フラウメニ症候群を引き起こします。後で触れる抗老化薬の一部は、このp53とMDM2の相互作用を標的にしています。
がんを助けてしまう側面——微小環境と免疫逃避
一方で、慢性的に続くSASPは、がんにとって都合のよい環境を作り出してしまうことがあります。SASPに含まれる増殖因子や分解酵素は、周囲の組織の構造をゆるめ、がん関連線維芽細胞の性質を後押しし、がん細胞が増えたり広がったりするのを助けることがあります。老化細胞が作り出すこうした「炎症性の微小環境」は、がん幹細胞の維持や、治療への抵抗性にもつながりうると議論されています。
さらに、老化細胞やがん細胞を取り巻く免疫環境では、免疫チェックポイントを介した「免疫逃避」も重要です。免疫細胞側ではCD96のようなチェックポイント受容体が免疫応答を調節し、標的となる細胞側ではPD-L1やHLA-Eなどの分子が免疫細胞からの攻撃を弱める方向に働くことがあります。同じSASPが、あるときは免疫を呼び寄せて老化細胞を掃除させ、あるときは免疫抑制的な微小環境の形成に関与する——この文脈依存の二面性が、がんと免疫をめぐるSASP研究をとりわけ複雑にしています。
SASPを標的にする治療——セノリティクスとセノモルフィクス
老化細胞とSASPを標的にする治療は、大きく2つの考え方に分かれます。ひとつは老化細胞そのものを選んで取り除くセノリティクス、もうひとつは老化細胞を残したまま、行き過ぎたSASPの分泌を鎮めるセノモルフィクスです。まず、この2つの違いを図で整理します。
図3:セノリティクスとセノモルフィクスの違い
🗑️ セノリティクス(除去する)
- 老化細胞そのものを選んで死滅させる
- 老化細胞の「生き残り装置」を外す
- 例:ダサチニブ+ケルセチン、フィセチン
- 間欠投与でも効果が期待される考え方
🔇 セノモルフィクス(鎮める)
- 老化細胞は残し、SASPの分泌を抑える
- NF-κB・mTORなどの経路を調整
- 例:メトホルミン、ラパマイシン、BET阻害薬
- 炎症だけを鎮める発想
※いずれも研究・開発が進む段階で、一般診療の確立した治療ではありません。
セノリティクス——ヒトで「老化細胞が減った」ことが示された
セノリティクスの代表が、白血病の薬ダサチニブと、植物由来のポリフェノールであるケルセチンを組み合わせたD+Q(ダサチニブ+ケルセチン)です。これらは、老化細胞が自らのアポトーシス(細胞死)を回避するために使っている「生き残りネットワーク」を一時的に外すことで、老化細胞を選択的に取り除くと考えられています[4]。
2019年に報告された糖尿病性腎臓病の患者さんを対象とした第1相試験は、この分野にとって節目となりました。この研究は、D+Qの投与によって、ヒトの体内で老化細胞が実際に減少したことを、査読を経た形で初めて直接示したものです[4]。それ以前にも、D+Qが特発性肺線維症の患者さんで身体機能を改善したとする最初のセノリティクス臨床試験はありましたが、老化細胞そのものの減少をヒトで直接示した点で、この報告は重要な一歩でした[4]。フィセチンなど、ほかの候補物質の研究も進んでいます。
期待と現実——UBX0101の第2相試験が教えたこと
一方で、セノリティクスの臨床開発は、期待どおりに進まないこともあります。p53とMDM2の相互作用を阻害するセノリティクス薬UBX0101は、変形性膝関節症を対象に開発が進められていました。しかし2020年に発表された第2相試験の12週時点の結果では、183人の患者さんにおいて、UBX0101のどの用量群もプラセボ(偽薬)に対して、痛みの指標(WOMAC-A)で統計的に有意な差を示せませんでした[5]。この結果を受けて、開発元はUBX0101をこの疾患で先の段階へ進めない方針を示しました[5]。
この結果は、「動物実験やしくみの上で有望に見えることが、そのままヒトの治療効果につながるとは限らない」という、医学の基本的な難しさをあらためて示しています。老化細胞が病気に関わるという考え方そのものの重要性は変わりませんが、どの疾患で、どの薬を、どう使えば効果が出るのかは、一つひとつ丁寧な臨床試験で確かめていく必要があります。抗老化・長寿をうたう情報に触れるときは、こうした「うまくいかなかった結果」も含めて全体像を見ることが大切です。
セノモルフィクス——SASPだけを鎮める、メトホルミンなど
もうひとつの戦略が、老化細胞を無理に殺さず、行き過ぎたSASPの分泌だけを鎮めるセノモルフィクスです。その候補として広く研究されているのが、糖尿病の治療薬として長い使用実績を持つメトホルミンです。培養したヒト血管内皮細胞を使った2023年の研究では、メトホルミンが老化に伴うマーカーの上昇を是正し、SASP因子や接着分子の分泌を減らすこと、そしてその作用がJNKやNF-κBといった炎症経路の抑制と関連していたことが報告されています[6]。この研究では、老化した内皮細胞が炎症刺激(LPS)に対して過剰に反応することも観察され、メトホルミンがその過剰な炎症反応を和らげる可能性が示されました[6]。
このほか、mTOR経路を抑えるラパマイシン、前述のBRD4を含むBETタンパク質を阻害する薬なども、SASPを鎮めるセノモルフィクスの候補として研究されています。老化細胞を「消す」のではなく「静かにさせる」というこの発想は、老化細胞が持つ良い面を残しながら、慢性炎症だけを抑えたいという狙いに沿ったものです。ただし、これらはいずれも研究・開発の段階にあり、抗老化を目的とした確立した治療として一般診療で提供されているものではありません。
SASPと遺伝——早老症・テロメアが教えてくれること
SASPは加齢だけでなく、遺伝性の病気とも深くつながっています。とくに、若くして老化が進む早老症は、細胞老化とSASPのしくみを理解する手がかりを与えてくれます。
代表的なのが、核の骨組みを作るLMNA遺伝子の変化によって起こるハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(HGPS)です。核の構造が不安定になることで細胞ストレスや細胞老化が促進され、炎症性シグナルの亢進にもつながると考えられています。また、DNAのほどき直しに関わるWRN遺伝子の変化によるウェルナー症候群も、成人期以降に老化が加速する代表的な早老症です。これらの病気は、ゲノムの不安定さが細胞老化とSASPを早めることを、はっきりと示しています。
もうひとつ、細胞老化の引き金として重要なのがテロメアです。テロメアは染色体の末端を守るキャップで、細胞が分裂するたびに少しずつ短くなります。これが限界まで短くなると、細胞はDNA損傷応答を起動し、細胞老化に入ります。テロメアを維持する酵素テロメラーゼの構成分子であるTERTやTERCの変化は、テロメア関連の肺線維症など、加齢に関わる病気と結びつくことが知られています。SASP Atlasのコア因子であるSTC1が、肺線維症のバイオマーカーとしても報告されている点は、老化と線維化のつながりを示す興味深い符合です[1]。
将来を見据えると、細胞を初期化するiPS細胞・山中因子を応用した「部分的リプログラミング」による若返りの研究など、細胞老化とSASPを乗り越えようとする挑戦も進んでいます。SASPを深く理解することは、加齢に伴う病気の成り立ちを知るだけでなく、遺伝性の老化関連疾患を読み解く土台にもなります。当院は成人の遺伝性疾患を扱う臨床遺伝専門医として、こうした遺伝と老化の接点についても、ご相談に応じています。
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✓ 生涯にかかわる情報だからこそ、スピードより「正確性」を最優先
「患者のための医療を実現することを貫いています」
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] A proteomic atlas of senescence-associated secretomes for aging biomarker development. PLoS Biol. 2020. [PMC6964821]
- [2] L1 drives IFN in senescent cells and promotes age-associated inflammation. Nature. 2019. [PubMed 30728521]
- [3] BRD4 Connects Enhancer Remodeling to Senescence Immune Surveillance. Cancer Discov. 2016. [PubMed 27099234]
- [4] Senolytics decrease senescent cells in humans: Preliminary report from a clinical trial of Dasatinib plus Quercetin in individuals with diabetic kidney disease. EBioMedicine. 2019. [PMC6796530]
- [5] UNITY Biotechnology Announces 12-week data from UBX0101 Phase 2 Clinical Study in Patients with Painful Osteoarthritis of the Knee. UNITY Biotechnology (press release). 2020. [UNITY Biotechnology IR]
- [6] Metformin mitigates SASP secretion and LPS-triggered hyper-inflammation in Doxorubicin-induced senescent endothelial cells. Front Aging. 2023. [PMC10164964]



