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ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(HGPS)は、LMNA遺伝子の1か所の変化によって「プロジェリン」という毒性タンパク質がつくられ、子どもが急速に老化していく、新生児400万〜2000万人に1人という極めてまれな遺伝性疾患です。知的発達は正常に保たれる一方で、幼少期から動脈硬化が進み、平均寿命は13〜14歳前後とされてきました。しかし近年、治療薬ゾキンヴィの登場や、遺伝子そのものを書き換える塩基編集の研究によって、状況は大きく動き始めています。
Q. プロジェリア(HGPS)とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. LMNA遺伝子に生じた1か所の変化が原因で、「プロジェリン」という異常タンパク質が細胞の核にたまり、子どもが急速に老化していく超希少な遺伝性疾患です。成長障害・脱毛・特徴的な顔つき・皮膚や骨の変化に加え、幼少期から重い動脈硬化が進むのが大きな特徴です。一方で知的発達は正常で、ほとんどが親から受け継いだものではなく新たに生じた変化(新生突然変異)で起こります。
- ➤疾患の定義 → OMIM #176670、指定難病333、新生児400万〜2000万人に1人の超希少疾患
- ➤原因 → LMNA遺伝子の c.1824C>T 変異 → 毒性タンパク質「プロジェリン」の蓄積
- ➤症状と予後 → 成長障害・脱毛・動脈硬化、平均寿命13〜14歳前後(知的発達は正常)
- ➤治療 → 治療薬ゾキンヴィ(ロナファルニブ)が日本でも2024年に発売
- ➤最新研究 → アンチセンス核酸医薬・アデニン塩基編集による根本治療への挑戦
1. プロジェリア(HGPS)とは:定義と歴史、どれくらい珍しい病気か
ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(Hutchinson-Gilford Progeria Syndrome、以下HGPSまたはプロジェリア)は、生まれてまもない時期から、まるで何十年分もの加齢が一気に進むように体が変化していく、極めてまれな遺伝性の病気です。皮下脂肪が失われ、髪が抜け、関節がかたくなり、若くして動脈硬化が進む——こうした変化が高齢者の老化とよく似ていることから、1897年にこの病気を詳しく記載したHastings Gilford医師によって「早老症(premature aging syndrome)」と名づけられました。最初の報告は1886年のJonathan Hutchinson医師にさかのぼり、二人の名前をとって「ハッチンソン・ギルフォード」と呼ばれています。
HGPSは、世界共通の遺伝病データベースであるOMIMに「#176670」として登録され、日本では指定難病333(ハッチンソン・ギルフォード症候群)に位置づけられています。発症のしかたという点では、核(細胞の中で設計図DNAを収める部屋)を裏打ちするタンパク質ネットワーク「核ラミナ」の異常で起こる「ラミノパチー」と呼ばれる病気の仲間の、いわば代表選手にあたります。
💡 用語解説:ラミノパチー
細胞の核は「核膜」という袋で包まれ、その内側を「核ラミナ」というタンパク質の網が裏打ちして、核の形や硬さを保っています。この核ラミナの主役がラミンAというタンパク質で、その設計図がLMNA遺伝子です。ラミンAやその仲間に異常が起きて生じる病気をまとめて「ラミノパチー」と呼びます。HGPSのほか、心臓の病気・筋肉の病気・脂肪のつき方の病気など、同じLMNA遺伝子から実にさまざまな病気が生じることが知られています。
どれくらいまれな病気かというと、新生児およそ400万〜2000万人に1人とされ、人種や性別による偏りははっきりしていません。1886年の最初の報告以来、医学文献で報告された患者さんは130例あまり、世界で生きておられる患者さんは常に350〜400人ほどと推定されています。治療をしない場合の平均寿命は約13.5〜14.5歳(およそ6〜20歳の幅)で、多くは重い動脈硬化に伴う心筋梗塞や脳卒中といった心臓・血管の合併症で亡くなられてきました。
生殖年齢に達する前に亡くなることが多いため、この病気が親から子へ世代を超えて受け継がれていくことはほとんどありません。実際のほぼ全例が、受精のときや発生のごく初期に新しく生じた変化、すなわち「新生突然変異(de novo変異)」によって起こります。
💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)
「de novo(デノボ)」はラテン語で「新たに」という意味です。両親のどちらにもない遺伝子の変化が、精子や卵子がつくられるとき、あるいは受精直後に、お子さんで初めて生じることを指します。HGPSはほとんどがこのタイプです。つまり親の育て方や妊娠中の過ごし方が原因ではなく、誰にでも偶然起こりうる変化だということです。ご両親が「自分のせいでは」と思い悩む必要はありません。
2. 原因遺伝子LMNAと、体の中で起きていること
HGPSの原因は、長らく医学の謎でしたが、2003年にフランスの研究グループと、米国のFrancis Collins博士らの国際的な研究によって突き止められました。原因は、第1染色体(1q22)にあるLMNA遺伝子の、たった1か所の変化です。
💡 用語解説:LMNA遺伝子・ラミンA・核ラミナ
LMNA遺伝子は、核を内側から支えるタンパク質「ラミンA」「ラミンC」の設計図です。これらは核膜の内側に網の目(核ラミナ)をつくり、核の形・大きさ・かたさを保ち、DNAを守る「骨組み」として働きます。建物でいえば鉄骨にあたる、とても大切な部品です。HGPSではこの鉄骨の組み立てに失敗し、核がいびつにゆがんでしまいます。
HGPSの患者さんの約9割が持っているのは、「c.1824C>T(p.Gly608Gly)」という変化です。ここで少し不思議なのは、この変化はアミノ酸の種類を変えない「同義置換(サイレント変異)」だという点です。普通なら「文字は変わっても意味は同じ」で済むはずなのに、HGPSではそうなりません。
💡 用語解説:ミスセンス変異・同義置換(サイレント変異)
遺伝子はA・T・G・Cの4文字でアミノ酸の並び(タンパク質)を指示しています。1文字変わってアミノ酸が別の種類に置き換わるのがミスセンス変異です。
一方、1文字変わってもアミノ酸が変わらないものを同義置換(サイレント変異)と呼びます。「サイレント=無害」と思われがちですが、HGPSはその例外です。変わった1文字が、本来は使われない「裏口」を活性化させ、設計図の読み取り方そのものを狂わせてしまうのです。
具体的には、この変化が新しいスプライシングの「裏口(クリプティックスプライス部位)」をつくってしまいます。その結果、設計図のうち約150文字分が抜け落ち、できあがるラミンAは50個のアミノ酸が欠けた異常タンパク質「プロジェリン」になります。
💡 用語解説:スプライシングとクリプティックスプライス部位
遺伝子の設計図は、必要な部分(エクソン)と不要な部分(イントロン)が混ざっています。不要な部分を切り取り、必要な部分をつなぎ合わせる編集作業をスプライシングといいます。「クリプティック(cryptic=隠れた)スプライス部位」とは、普段は使われない隠れた切り貼りの目印のこと。HGPSの変異はこの隠れた目印を呼び覚まし、本来残すべき部分まで切り落としてしまいます。
問題はここからです。正常なラミンAは、核ラミナに組み込まれる前に4段階の「仕上げ加工」を受けます。最初にファルネシル化という脂のような目印が付き、核膜まで運ばれたあと、最後にこの目印を含む端っこが切り落とされて、ようやく完成します。ところがプロジェリンは、欠けた50アミノ酸の中に「最後の切り落とし」の目印が含まれているため、最終仕上げができません。
💡 用語解説:ファルネシル化
タンパク質に「ファルネシル基」という脂っぽい部品をくっつける加工のことです。脂は水になじまず膜にくっつきやすいので、これが付くとタンパク質は核膜に近づけます。正常なラミンAはこの脂の目印を最後に外しますが、プロジェリンは外せないため、脂の目印を付けたまま核膜にべったり貼りついて離れられなくなります。これが核をゆがめる大きな原因です。後で出てくる治療薬は、この「ファルネシル化」を狙い撃ちします。
核膜に貼りついたプロジェリンは、正常なラミンAの働きまで邪魔します(ドミナントネガティブ効果)。核は形がいびつになり、DNAの修復がうまくいかなくなり、テロメア(染色体の端を守るキャップ)が早く短くなって、細胞が次々と老け込んでいきます(細胞老化)。これがHGPSの「急速な老化」の正体です。
💡 用語解説:ドミナントネガティブ(優性阻害)効果
異常なタンパク質が、ただ働かないだけでなく、正常なタンパク質の足を引っ張って機能をじゃまする現象です。HGPSでは、2本あるLMNA遺伝子のうち1本に変化があるだけで発症します(=常染色体顕性/優性遺伝)。これは、できてしまったプロジェリンが正常なラミンAの組み立てまで妨害するためで、「少しでも混ざると全体がだめになる」イメージです。
3. 主な症状と進行のしかた
HGPSのお子さんは、生まれたときはほぼ正常な見た目と体重で、出生時に病気と気づかれることはまれです。しかし生後1年以内から成長の遅れと老化のような変化が目立ち始めます。大切な特徴として、知的発達や、すわる・立つ・歩くといった運動の発達は正常に進むことが挙げられます。症状は全身の複数の場所に現れます。
📏 成長・体つき
- 生後1年目から強い体重増加不良・成長不全
- 全身の皮下脂肪が失われる(リポジストロフィー)
- 身長・体重とも同年齢の3パーセンタイル未満に
- 足の裏の脂肪も減り、歩くときの足の痛みに
👶 顔つき・頭部
- 顔に対して頭が大きく見える
- 先端のとがった細い鼻、薄いくちびる
- 小さめのあご、突出した耳
- 声が高くなる(甲高い声)
🩹 皮膚・毛髪・骨
- 2歳までに硬く厚い皮膚変化(強皮症様)
- 生後1年以内に脱毛が始まり、全身に進行
- 皮下静脈が目立つ、色素のまだら
- 関節がかたくなる(関節拘縮)、骨がもろい
❤️ 心臓・血管(最重要)
- 幼少期から重く速い動脈硬化が進行
- 血管の平滑筋細胞が失われ血管壁が硬化
- 10代前半での心筋梗塞・脳卒中の原因に
- 知的障害はない/聴力低下は高頻度
このうち、命に直接かかわる最大の問題は心臓・血管の合併症です。プロジェリンが血管の壁にたまることで、血管をしなやかに保つ平滑筋細胞が失われ、本来なら心臓病とは無縁の10代前半に、致命的な心筋梗塞や脳の血流障害が起こります。歯の生え変わりの遅れ、舌の動きの制限、低い音が聞き取りにくい伝音難聴などもよくみられます。一方で、性的な成熟には至らないことが多く、糖の代謝に関わるインスリンの効きにくさ(インスリン抵抗性)が約半数で生じます。
4. 似た病気との見分け方(鑑別診断)
HGPSは「ラミノパチー」や、プロジェリンに似たタンパク質がたまる「プロジェロイド・ラミノパチー」という大きな仲間の一部です。中でも、ラミンAの仕上げ加工に関わるZMPSTE24という酵素の異常で起こる病気は、HGPSと地続きの関係にあり、見分けが重要です。
拘束性皮膚症(RD)との違い
ZMPSTE24という酵素が完全に働かないと、ラミンAの仕上げができず、HGPSよりさらに重い拘束性皮膚症(出生前後に亡くなることが多い)になります。
同じ「仕上げ加工の失敗」でも、程度の違いで病気の重さが変わるという関係です。
下顎末端異形成症との違い
ZMPSTE24が「部分的に」働かない場合は、あごや手足の先の骨の変化を主とする下顎末端異形成症(MAD)になります。
早老の要素を含みますが、HGPSより全身の進行はゆるやかなことが多いです。
他の早老症との違い
大人になってから老化が進むウェルナー症候群など、別の遺伝子による早老症もあります。
発症時期・進み方・原因遺伝子が異なり、最終的には遺伝学的検査で区別します。
これらは、いずれもLMNA遺伝子やその関連の異常で生じる「ラミノパチー」の仲間です。当院では、こうした関連疾患それぞれの解説ページも用意しています。下のカードから、気になる病気をご覧いただけます。
5. 診断と遺伝子検査の進め方
HGPSの診断は、特徴的な症状の組み合わせを臨床的に評価したうえで、遺伝学的検査で確定するのが基本です。重い成長障害、2歳までに進む脱毛、全身の皮下脂肪の喪失、強皮症のような皮膚、特徴的な顔つき、そしてX線でみられる鎖骨や指先の骨の溶け(骨溶解)などがそろうと、HGPSが強く疑われます。
💡 用語解説:遺伝学的検査(LMNA遺伝子検査)
血液などからDNAを取り出し、LMNA遺伝子に変化がないかを調べる検査です。HGPSの場合、典型的なc.1824C>T変異が見つかれば確定診断になります。約1割の「非典型」のタイプでは別の場所の変化でプロジェリンができることもあり、その場合もプロジェリンの産生が確認できれば診断につながります。一度の検査で広く調べる全エクソーム解析などが用いられることもあります。
出生前の診断について
前述のとおりHGPSはほとんどが新生突然変異で、家族の中に同じ変異がないため、一般の妊娠で出生前にHGPSを狙って調べることは通常行いません。ただし、すでにご家族の中で原因となる変異が分かっている特別な場合には、羊水検査・絨毛検査による確定的な出生前遺伝子診断が選択肢になります。これらは妊娠中に行う確定検査です。
出生後の診断について
生まれた後は、上記の臨床所見をもとに、血液などを用いたLMNA遺伝子の解析で確定します。HGPSは1か所の変異が原因なので、その部位を確認できれば診断は明確です。
💡 補足:LMNAとNIPT(出生前のスクリーニング)について
当院のNIPT(新型出生前診断)のうち、単一遺伝子を調べるプランではLMNAが解析対象に含まれています(ダイヤモンドプラン・インペリアルプラン)。NIPTは「確定診断」ではなくあくまでスクリーニング(ふるい分け)であり、結果の意味づけは遺伝カウンセリングで丁寧に説明します。検査を受けるかどうか、どのプランを選ぶかは、ご家族で話し合ってお決めください。
6. 治療と最新の研究:希望が見えてきた領域
かつてHGPSの治療は、症状をやわらげる対症療法が中心でした。今も心臓・血管の定期チェックや、補聴器・歯科ケア、けがの予防(股関節脱臼のリスクが高いため、トランポリンのような衝撃の強い遊びは避ける)などは大切です。しかし2020年以降、病気の進行そのものを遅らせる治療薬が登場し、状況は大きく変わりました。
治療薬ゾキンヴィ(ロナファルニブ)
現在、世界で唯一HGPSに承認されている治療薬がロナファルニブ(製品名:ゾキンヴィ)です。もともとがんの薬として開発されたファルネシルトランスフェラーゼ阻害薬(FTI)で、先ほどの「ファルネシル化」を邪魔することで、プロジェリンが核膜に貼りつくのを防ぎます。
💡 用語解説:ファルネシルトランスフェラーゼ阻害薬(FTI)
タンパク質に脂の目印(ファルネシル基)を付ける酵素「ファルネシルトランスフェラーゼ」の働きをブロックする薬です。プロジェリンに脂の目印が付かなくなれば、核膜にべったり貼りつくのを防げます。これにより核のゆがみがやわらぎ、プロジェリンの毒性が軽くなります。
臨床試験では、血管の硬さや骨・聴力などの改善が示されました。そして最も重要なのが予後への影響です。治療を受けた群は受けなかった群にくらべて、死亡リスクが最大72%減少し、平均生存期間が約4.3年延長しました。米国では2020年11月にHGPS初の治療薬として承認されています。
使い方としては、生後12か月以上で体表面積0.39 m²以上のお子さん・若年成人が対象で、115 mg/m²を1日2回(朝夕の食事とともに)から始め、150 mg/m²へ増量します。剤形はカプセルです。主な副作用は吐き気・下痢・食欲低下などの消化器症状で、多くは軽度〜中等度です。この薬は病気の進行を遅らせるもので、完全に治す薬ではありませんが、寿命の延長に大きく貢献しています。
マウスモデルで示された延命効果(前臨床研究の一例)
未治療のHGPSマウス(生存期間の目安)
アデニン塩基編集を1回受けたマウス
※これはヒトの治療成績ではなく、HGPSモデルマウスを用いた前臨床研究の結果です。アンチセンス核酸医薬(後述)でもマウスの平均寿命が約61.6%延びたと報告されています。
併用療法と新しい低分子薬
単独の薬では限界があるため、複数の経路を同時に狙う治療も研究されています。たまったプロジェリンの分解を促すmTOR阻害薬(エベロリムスやラパマイシン)をロナファルニブと併用する試験や、プレニル化を複数の経路から抑える3剤併用療法(スタチン+ビスホスホネート+ロナファルニブ)が進められています。また、プロジェリンと正常ラミンAの結合を直接じゃまする新しい低分子薬プロジェリニン(SLC-D011)も、前臨床で有望な結果を示しています。
次世代の治療①:アンチセンス核酸医薬(ASO)
ロナファルニブが「できてしまったプロジェリン」を狙うのに対し、より上流でプロジェリンがつくられること自体を止めるのが核酸医薬です。代表が米国NIH(Francis Collins博士、Michael Erdos博士ら)とSarepta社が開発したSRP-2001で、先ほどの「隠れた裏口」をふさいで正常なスプライシングに戻します。
💡 用語解説:アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO・核酸医薬)
DNAの設計図をもとにつくられる「mRNA(伝令役のコピー)」に、ぴたりとくっつく短い人工のDNA/RNAの断片です。狙った場所にくっつくことで、異常な読み取りをブロックできます。SRP-2001は、患者さんの細胞でプロジェリンのコピーを最大92%減らし、HGPSモデルマウスでは平均寿命を約61.6%延ばしたと報告されています。ヒトでの臨床試験に向けた準備が進められています。
次世代の治療②:アデニン塩基編集(根本治療への挑戦)
さらにその先、原因となったDNAの「スペルミス」を直接書き直すのがゲノム編集です。2021年、ハーバード大学・Broad研究所のDavid Liu博士、NIHのFrancis Collins博士らのチームが、アデニン塩基編集(ABE)でHGPSモデルマウスを治療し、科学誌『Nature』に発表しました。
💡 用語解説:ゲノム編集・アデニン塩基編集(ABE)
遺伝子の文字を狙って書き換える技術です。従来のCRISPR-Cas9が「DNAを切るハサミ」なのに対し、塩基編集はDNAを切らずに1文字だけを別の文字に書き換える「精密な消しゴム付き鉛筆」のような仕組みです。HGPSの変異はDNAの片方の鎖でAになっているので、これをGに戻せば、元の正しい配列が復元されます。
結果は劇的でした。生後14日のマウスに1回だけ投与したところ、心臓や大動脈で遺伝子の修復が進み、血管の傷みが見事に改善。未治療では平均215日だった寿命が、治療後は510日(約2.5倍)まで延びました。ヒトへの応用に向けては、免疫反応や肝臓への負担、狙い以外の場所を編集してしまう「オフターゲット」を減らす研究が急ピッチで進んでいます。これらは「進行を遅らせる」段階を越え、「根本から治す」可能性を示した大きな一歩です。
7. 遺伝カウンセリングの意義
診断の前後では、遺伝カウンセリングがとても大切です。臨床遺伝専門医が、医学的な情報を整理しながら、ご家族の気持ちに寄り添って話し合います。主な内容は次のとおりです。
- ➤遺伝のしかたと再発のリスク:HGPSの多くは新生突然変異で、ご両親に同じ変異はありません。理屈のうえでは次のお子さんに同じ変異が再び生じる可能性はごくわずかですが、ごく一部に「生殖細胞モザイク(精子や卵子の一部だけに変異がある状態)」の可能性も否定はできないため、次子について不安があれば相談できます。
- ➤これからの見通しの共有:知的発達が保たれること、治療薬や研究の進展など、正確な情報を共有することが、過度な不安をやわらげ、必要なケアに集中する助けになります。
- ➤出生前診断という選択肢:ご家族の中で変異が分かっている場合は、絨毛検査・羊水検査が選択肢になります。受ける・受けないを含め、決めるのはご家族です。
- ➤心理的サポートと継続的な連携:希少疾患ゆえに情報は限られます。長く伴走できる医療機関とのつながりが、暮らしの安心につながります。
私たちは「検査を勧める」立場でも「安心を保証する」立場でもありません。中立的に情報をお伝えし、最終的な決定はご家族に委ねるという姿勢を大切にしています。
8. よくある誤解
誤解①「親から遺伝した病気だ」
HGPSのほとんどは新生突然変異で、ご両親に同じ変異はありません。「両親が健康だから遺伝ではない」という思い込みが、かえって診断を遅らせることもあります。
誤解②「知能の発達も遅れる」
HGPSでは知的発達は正常に保たれます。見た目の変化から誤解されがちですが、学びや社会参加に向けた支援はとても大切です。
誤解③「治療法はまったくない」
かつてはそうでしたが、現在はゾキンヴィ(ロナファルニブ)が承認され、日本でも使えます。さらに核酸医薬や塩基編集の研究も進んでいます。
誤解④「見た目の老化が主な問題」
いちばん命にかかわるのは心臓・血管の動脈硬化です。外見ではなく、心血管を守る視点での管理が予後を左右します。
9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
🏥 希少疾患の診断・遺伝カウンセリングについて
プロジェリア(HGPS)をはじめとする希少遺伝性疾患に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。
関連記事
参考文献
- [1] Gordon LB, et al. Hutchinson-Gilford Progeria Syndrome. GeneReviews®. University of Washington. [NCBI GeneReviews]
- [2] Hutchinson-Gilford progeria syndrome. Orphanet. ORPHA:740. [Orphanet]
- [3] OMIM #176670. Hutchinson-Gilford Progeria Syndrome; HGPS. Johns Hopkins University. [OMIM]
- [4] ハッチンソン・ギルフォード症候群(指定難病333). 難病情報センター. [難病情報センター]
- [5] Hutchinson-Gilford progeria syndrome. MedlinePlus Genetics. [MedlinePlus]
- [6] Koblan LW, Erdos MR, et al. In vivo base editing rescues Hutchinson-Gilford progeria syndrome in mice. Nature. 2021;589(7843):608-614. [PubMed 33408413]
- [7] Erdos MR, et al. A targeted antisense therapeutic approach for Hutchinson-Gilford progeria syndrome. Nat Med. 2021;27(3):536-545. [PubMed 33707773]
- [8] 早老症治療剤「ゾキンヴィ」の製造販売承認取得に関するお知らせ. アンジェス株式会社. [PR TIMES]
- [9] Progeria (Hutchinson-Gilford Progeria Syndrome). Boston Children’s Hospital. [Boston Children’s Hospital]
- [10] KEGG DISEASE: Hutchinson-Gilford progeria syndrome (H00601). [KEGG]



