目次
- 1 1. ウェルナー症候群とは?──「大人の早老症」をやさしく理解する
- 2 2. 原因遺伝子WRN──ゲノムを守る「修理屋さん」が壊れると
- 3 3. 症状と経過──年代ごとに何が起こるのか
- 4 4. なぜ日本人に多いのか──創始者効果とWRNの変異
- 5 5. 診断基準──臨床所見と遺伝子検査の組み合わせ
- 6 6. 非定型ウェルナー症候群(LMNA)と鑑別すべき疾患
- 7 7. 最新治療──NAD⁺前駆体NRによる世界初の臨床試験(千葉大2025)
- 8 8. がん治療における逆説──WRN阻害剤と「合成致死性」
- 9 9. 検査と遺伝カウンセリング──ご本人とご家族のために
- 10 よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
ウェルナー症候群は、思春期を過ぎたころから髪・肌・血管・代謝といった全身が一気に老け込んでいく、きわめてまれな遺伝性の早老症(そうろうしょう)です。DNAを守る酵素をつくるWRN遺伝子の働きが両方のコピーで失われることが原因で、世界の報告例の大半を日本人が占めています。長らく対症療法しかありませんでしたが、2025年に千葉大学が発表したニコチンアミドリボシド(NR)の臨床試験で、動脈硬化や難治性皮膚潰瘍が改善することが世界で初めて示され、治療に大きな光が差しました。本記事では、原因・症状・日本人に多い理由・診断・最新治療までを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. ウェルナー症候群とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. WRN遺伝子の両アレル(2本そろって)に病的な変異が起こることで発症する、常染色体潜性(劣性)遺伝の早老症です。思春期の成長スパートが起きないことを皮切りに、20〜30代で若白髪・両側性白内障・2型糖尿病・難治性皮膚潰瘍などの老化症状が同時多発的に現れます。主な死因は心筋梗塞などの動脈硬化性疾患と悪性腫瘍です。日本人に世界一多く、2025年にはNR(ビタミンB3誘導体)による世界初の臨床試験で動脈硬化・皮膚潰瘍の改善が実証されました。
- ➤原因 → DNAを守るRecQ型ヘリカーゼ「WRN」の機能喪失。ゲノムが不安定になり細胞が早く老化
- ➤主な症状 → 低身長・若白髪・両側性白内障・2型糖尿病・難治性皮膚潰瘍・鳥様顔貌・高い嗄声
- ➤日本人に多い → 創始者変異 c.3139-1G>C により、保因者は約167人に1人と推定
- ➤最新治療 → NAD⁺前駆体NRで動脈硬化(CAVI)・皮膚潰瘍・腎機能が改善(千葉大2025)
- ➤がんとの逆説 → MSI-Hがんの弱点としてWRN阻害剤の開発が世界的に進行中
1. ウェルナー症候群とは?──「大人の早老症」をやさしく理解する
ウェルナー症候群(Werner Syndrome:WS)は、正常な加齢で起こるはずの変化が若いうちから急速かつ劇的に現れる、まれな分節性早老症(ぶんせつせいそうろうしょう)です。1904年にドイツの医師オットー・ウェルナーが初めて報告し、「成人プロジェリア(大人の早老症)」とも呼ばれます。患者さんは生まれてから10歳前後までは他の子どもと区別がつかないほど普通に成長しますが、思春期に訪れるはずの成長スパート(急に身長が伸びる時期)が起こらないことが、最初の臨床的なサインになります[1]。
その後、20代から若白髪や脱毛、皮膚の萎縮が始まり、30代にかけて両側性白内障・2型糖尿病・性腺機能低下症・難治性の皮膚潰瘍・骨粗鬆症といった「高齢者の病気」が一気に、しかも同時多発的に現れます[1]。本来であれば数十年かけてゆっくり進む老化が、わずか十数年に凝縮されたように進行するのが、この病気の本質です。
💡 用語解説:分節性早老症(プロジェロイド症候群)
「分節性」とは、全身のすべてではなく、いくつかの臓器や組織に老化に似た変化が集中して現れる、という意味です。たとえば白内障・動脈硬化・糖尿病・骨粗鬆症・がんといった「加齢に伴う代表的な病気」が前倒しで起こります。ウェルナー症候群は成人期に発症する代表的なプロジェロイド症候群で、小児期から発症するハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(HGPS)とは区別されます。
かつてウェルナー症候群の平均死亡年齢は約54歳とされてきました[1]。しかし糖尿病や動脈硬化の管理が進歩した近年の調査では、2011〜2020年に亡くなった患者さんの平均死亡年齢は約59歳まで延伸しており、適切な内科的管理が予後を改善し得ることが示されています[3]。早老症は「何もできない病気」ではなく、合併症を一つひとつ丁寧に診ていくことで人生の質と長さを守れる病気へと、少しずつ変わりつつあります。
2. 原因遺伝子WRN──ゲノムを守る「修理屋さん」が壊れると
🔍 関連記事:WRN遺伝子の詳しい解説/DNAヘリカーゼとは/ゲノム不安定性
ウェルナー症候群の原因は、8番染色体の短腕にあるWRN遺伝子の病的バリアントです。WRN遺伝子は35のエクソンから構成され、1,432個のアミノ酸からなるWRNタンパク質をつくります。このタンパク質は、ヒトに5種類存在するRecQ型DNAヘリカーゼ(RECQL1・BLM・WRN・RECQL4・RECQL5)の一つで、なかでもWRNだけがヘリカーゼ活性とエキソヌクレアーゼ活性の両方を併せ持つという、きわめて特殊な酵素です。
💡 用語解説:ヘリカーゼとエキソヌクレアーゼ
ヘリカーゼは、二重らせんになったDNAをほどく「ファスナーを開ける」役割の酵素です。一方エキソヌクレアーゼは、DNAの端から不要な部分を削り取る「ハサミ」の役割を担います。WRNはこの2つを併せ持つため、複製や修復の途中でできる複雑なDNAの異常構造を「ほどいて」「整える」ことができます。WRNが働かないと、こうした処理がうまくいかず、DNAの傷やもつれが蓄積していきます。
WRNはゲノムを守る「修理屋さん」として、(1)DNA二重鎖切断の修復経路の選択をコントロールし、(2)テロメア(染色体の末端)の維持を助け、(3)複製ストレスに応答して複製フォークを安定化させる、という多彩な仕事をしています[7]。WRNが正確な修復(相同組換えや正常な末端結合)を促す一方で、エラーを起こしやすい修復経路(alt-NHEJ)を抑え込むことで、ゲノムのバランスが保たれているのです[7]。
ところがWRN遺伝子の変異の多くは、タンパク質の末尾にある核移行シグナル(核に入るための「住所ラベル」)が失われる短縮型をもたらします。すると、できあがったWRNタンパク質は細胞核に入れず、肝心の場所で働けなくなります。これがウェルナー症候群の主要な発症メカニズムと考えられています[7]。WRNが核にいないと、DNAの傷ともつれが片付かず、ゲノムが不安定になり、細胞が早く老化していきます。
WRNの機能喪失は、テロメア・DNA修復・ヘテロクロマチンという3つの守りを同時に崩し、p53を介した持続的なDNA損傷応答を引き起こして細胞を早く老化させます。
テロメア・ヘテロクロマチンの破綻と「細胞の早老」
ウェルナー症候群を最もよく表す細胞レベルの特徴が「早期の細胞老化」です。正常な線維芽細胞が培養下で50〜60回分裂できるのに対し、患者さん由来の細胞はわずか9〜11回ほどで分裂をやめ、二度と増えない老化状態に陥ってしまいます[7]。
💡 用語解説:細胞老化(セネッセンス)とテロメア
テロメアは染色体の末端を保護する「靴ひもの先端のキャップ」のような構造で、細胞が分裂するたびに少しずつ短くなります。これが限界まで短くなると、細胞は分裂をやめて細胞老化という不可逆的な状態に入ります。WRNはこのテロメアの維持に欠かせないため、機能が失われると体内のテロメアの喪失が加速し、細胞が早く「寿命切れ」を起こすのです。詳しくはテロメアの解説をご覧ください。
短くなり機能を失ったテロメアは、細胞にとって「修復不能なDNAの傷」として認識され続けます。その結果、p53という見張り役のタンパク質が活性化し、細胞は老化またはアポトーシス(細胞死)へと追い込まれます[7]。さらに2024年には、WRNが細胞核内の構成的ヘテロクロマチン(不要な遺伝子をオフのまま安定に折りたたんでおく構造)の維持にも不可欠であることが、ワシントン大学の研究チームによって学術誌 Aging(Aging-US)に報告されました[4]。WRNが失われると核膜関連タンパク質LBRなどの異常を介してこの保護構造が崩れ、ゲノムの不安定性と細胞老化がさらに加速することが分かってきています[4]。この「DNA配列の修復」だけでなく「エピゲノムの空間構造」まで守るという発見は、早老のメカニズムを理解する新しい鍵になっています。
3. 症状と経過──年代ごとに何が起こるのか
ウェルナー症候群の症状は、年代ごとに特徴的なマイルストーンを描きながら進みます。10歳ごろまではほぼ正常に成長し、その後の数十年で老化が凝縮されたように進行します[1]。
QOLを最も損なう「難治性皮膚潰瘍」と代謝異常
日常生活の質(QOL)を最も大きく損なうのが、足関節・アキレス腱周囲・踵など、骨が突出して機械的な刺激を受けやすい部位にできる難治性の皮膚潰瘍です。患者さんの70%以上にみられ、皮膚の萎縮や強皮症様変化に末梢の血流障害が重なるため、いったんできた潰瘍は通常の治療では治りにくく、重症例では下肢の切断に至ることもあります[1]。
代謝・筋骨格系の異常も深刻です。日本の全国疫学調査では、患者さんの60%以上が糖尿病や脂質異常症などの糖脂質代謝異常を示し、その多くがインスリン抵抗性を基盤としています[6]。さらに握力・歩行速度・骨格筋量指数(SMI)が、加齢に伴う筋肉減弱「サルコペニア」の診断基準を満たすことも明らかになっており、早期からの内科的介入の重要性が示されています[6]。X線では、手指・足趾の遠位指骨の骨硬化やアキレス腱の石灰化など、特徴的な所見も高頻度に観察されます。
4. なぜ日本人に多いのか──創始者効果とWRNの変異
🔍 関連記事:遺伝形式と創始者効果/ナンセンス変異/ミスセンス変異
ウェルナー症候群は世界中で報告されていますが、日本では推定有病率が100万人あたり約9人と世界で群を抜いて高く、これまでに報告された世界の症例の大部分を日本人が占めています[1]。この偏りは、特定の変異が歴史的に集団内で広まる「創始者効果(ファウンダー効果)」で合理的に説明できます。
💡 用語解説:常染色体潜性(劣性)遺伝と創始者効果
常染色体潜性(劣性)遺伝とは、父母それぞれから受け継いだ2本の遺伝子の両方に変異がそろって初めて発症する遺伝形式です。片方だけに変異がある人は「保因者」で、通常は発症しません。保因者同士のカップルからは、4分の1の確率で子どもが発症します。
創始者効果は、ある集団の共通の祖先が持っていた変異が、その子孫の間に高い頻度で受け継がれていく現象です。詳しくは遺伝形式の解説をご覧ください。
日本人の患者さんで圧倒的に多いのが、イントロン25のスプライシング異常を起こすc.3139-1G>C 変異です。この変異はエクソン26のスキップを引き起こしてタンパク質の短縮(p.Gly1047Phefs*14)をもたらし、日本人のWRN疾患アレルの約70%を占めます[5]。日本国内でのこの変異の保因者頻度は約167人に1人と高く推定されており、これが日本に患者さんが多いことの根底にあります[1][5]。2番目に多いのはナンセンス変異の c.1105C>T(p.Arg369*)で、これは興味深いことに非日本人集団で最も一般的なWRN変異でもあります[1]。
近年は近親婚の減少に伴い、異なる2つの変異を持つ「複合ヘテロ接合体」の割合が増えています[5]。これは、WRN変異の保因者が日本全国に広く拡散していることを示しており、血縁の有無にかかわらず潜在的なリスクを持つ方への社会的な啓発と早期診断体制づくりが、いっそう重要になっています。
5. 診断基準──臨床所見と遺伝子検査の組み合わせ
ウェルナー症候群の診断は、長らく特徴的な臨床所見の組み合わせで行われてきましたが、現在では遺伝子検査が診断基準の中核に組み込まれています。国際的なレジストリの基準では、発症年齢が10歳以上であることを前提に、両側性白内障・特徴的な皮膚病変と鳥様顔貌・低身長・両親の近親婚または同胞の罹患・若年性の白髪/脱毛という主要徴候と、糖尿病・性腺機能低下症・骨粗鬆症などの付随徴候の組み合わせで、確実(Definite)・疑い(Probable)・可能性あり(Possible)に分類します[10]。
世界で最も患者数の多い日本では、千葉大学を中心とする全国疫学調査コンソーシアムが、日本人の臨床データに最適化した独自の診断基準を策定し、2020年に実用性を高める改訂を行いました[11]。改訂版では、臨床現場で取得しにくかった尿中ヒアルロン酸の測定などが除外される一方、X線で容易に確認できる「アキレス腱の石灰化」が主要徴候として明確に位置づけられました[11]。
📋 2020年改訂・日本の主要徴候(10〜40歳発症)
- ➤プロジェロイド性の毛髪変化(若白髪・脱毛)
- ➤両側性白内障
- ➤皮膚の萎縮・緊満、鶏眼(うおのめ)・胼胝(たこ)・難治性皮膚潰瘍
- ➤アキレス腱などの軟部組織の石灰化
- ➤鳥様顔貌(とりようがんぼう)
- ➤異常な音声(高音・かすれ声)
改訂版では遺伝子検査の重要性も反映され、主要徴候を3つ以上満たし、かつWRN遺伝子の両アレル性変異が確認されれば「確定診断(Confirmed)」とされます[11]。確定診断がついた患者さんとそのご両親・兄弟姉妹は、遺伝カウンセリングに紹介され、関連病変の早期発見と治療介入につなげることが強く推奨されます[1]。
6. 非定型ウェルナー症候群(LMNA)と鑑別すべき疾患
🔍 関連記事:ブルーム症候群/先天性角化不全症(テロメア病)/BLM遺伝子
臨床的にはウェルナー症候群とそっくりの早老症状を示すのに、遺伝子検査でWRNに病的変異が見つからない症例群があり、これらは「非定型ウェルナー症候群(Atypical Werner Syndrome)」と総称されます。国際レジストリに登録された分子診断目的の129名のうち、約20%が野生型のWRNを持っており、非定型WSと分類されました[12]。
この一部では、核膜の裏打ち構造をつくるラミンA/CをコードするLMNA遺伝子の新規ヘテロ接合性ミスセンス変異(A57P・R133L・L140R など)が同定されています[12]。WRN変異が「DNA修復障害とゲノム不安定性」に起因するのに対し、LMNA変異は核膜の構造的完全性の喪失を引き起こす「ラミノパチー」に分類されます[12]。LMNA型の非定型WSは、変異WRNによる古典的WSより表現型が重く進行が早い傾向があり、全身性の脂肪萎縮症・重度の高トリグリセリド血症・難治性糖尿病、そして若年での重度の虚血性心疾患を高頻度に合併します[12]。家族歴のある若年者が早老の特徴を伴って虚血性イベントを起こした場合には、非定型WSを疑いLMNAスクリーニングを考慮する必要があります。
そのほか、同じRecQヘリカーゼ異常症であるブルーム症候群(BLM遺伝子)やロスムンド・トムソン症候群(RECQL4)、テロメア維持障害による先天性角化不全症、DNA修復異常を背景とする色素性乾皮症・コケイン症候群なども、早老やがん素因という共通点から鑑別の対象になります。これらはいずれもゲノム不安定性を共通の病態とする疾患群で、正確な分子診断が治療や予後の見通しを左右します。
7. 最新治療──NAD⁺前駆体NRによる世界初の臨床試験(千葉大2025)
これまでウェルナー症候群の治療は、各臓器に起きた事象への対症療法に限られていました。具体的には、2型糖尿病へのピオグリタゾンやシタグリプチン、脂質異常へのコレステロール低下薬、白内障への手術、下肢潰瘍へのボセンタン、悪性腫瘍への標準治療などです[1]。しかし2025年、病気の根本的なプロセスに直接介入する画期的な臨床試験が報告され、治療のパラダイムが大きく動きました。
💡 用語解説:NAD⁺とニコチンアミドリボシド(NR)
NAD⁺(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)は、エネルギー産生・DNA修復・ミトコンドリアの恒常性維持に欠かせない補酵素です。加齢やある種の早老症ではこのNAD⁺が低下することが知られ、ウェルナー症候群の細胞でもNAD⁺代謝が著しく損なわれていることが分かっています。ニコチンアミドリボシド(NR)はそのNAD⁺の前駆体(材料)となるビタミンB3誘導体で、体内でNAD⁺へと変換されます。
千葉大学(横手幸太郎学長、越坂理也准教授らのチーム)は、NAD⁺前駆体であるNRを用いた、ウェルナー症候群患者さんに対する世界初の本格的な臨床試験を実施し、その成果を2025年6月、老化研究の権威ある学術誌『Aging Cell』に発表しました[2]。試験は無作為化・二重盲検・プラセボ対照のクロスオーバー試験として設計され、患者さんは1日1,000mgのNRまたはプラセボを26週間内服し、その後反対のアームに切り替えてさらに26週間内服しました[2]。
血中NAD⁺レベル
↑ 有意に上昇
病態進行の鍵となる代謝異常の改善
CAVI(動脈硬化の指標)
↓ 有意に改善
動脈の硬さが軽減し心血管リスク低下
難治性皮膚潰瘍
↓ 面積が縮小
QOL改善・切断リスクの低減につながる
血中クレアチニン
↓ 有意に低下
腎機能低下の抑制を示唆
26週間・二重盲検クロスオーバー試験の結果。これだけの多系統にわたる効果が得られながら、治療期間中に重篤な副作用は観察されませんでした[2]。
心血管疾患はウェルナー症候群の最大の死因であり、動脈の硬さ(CAVI)を有意に軽減できたことは臨床的意義がきわめて高い結果です。また、QOLを最も損なう難治性皮膚潰瘍の面積が縮小し、踵の脂肪パッドの菲薄化にも歯止めをかける傾向がみられました[2]。これは、NAD⁺代謝経路の回復という分子レベルの介入によって、致命的かつ生活を大きく損なう症状を安全に改善できることを世界で初めて示した、抗老化医学における重要なマイルストーンといえます。
8. がん治療における逆説──WRN阻害剤と「合成致死性」
🔍 関連記事:合成致死性とPARP阻害剤/ミスマッチ修復(MMR)とMSI
ウェルナー症候群では、生まれつきのWRN変異がゲノムの不安定性と早老をもたらします。ところが体細胞レベルのがん治療では、WRNヘリカーゼがまったく逆の文脈、すなわち「がん細胞の弱点(標的)」として急速に注目されています。
💡 用語解説:合成致死性(Synthetic Lethality)とMSI-H
合成致死性とは、2つの遺伝子AとBがあったとき、片方だけが壊れても細胞は生きていられるのに、両方が同時に壊れると細胞が死ぬ、という関係です。DNAミスマッチ修復(MMR)機能が欠損しマイクロサテライト不安定性(MSI-H)を示すがん(大腸がん・胃がん・子宮内膜がんなどに多い)は、生き延びるために正常なWRNヘリカーゼを必要とします。この原理はPARP阻害剤の合成致死性と同じ考え方です。
大規模なCRISPRスクリーニングにより、MSI-Hのがん細胞が生存・増殖し続けるためには野生型WRNが不可欠であることが発見されました。MMRが壊れている状態でWRNのヘリカーゼ機能まで阻害すると、複製フォークの崩壊や二重鎖切断が致死的レベルに達し、がん細胞だけが特異的に死滅します。一方MMRが正常な細胞は他の経路で生存できるため、理論上は正常細胞への毒性を抑えつつMSI-Hがんだけを精密に狙えます[8]。
この発見を受け、製薬各社が選択的なWRN阻害剤の開発を進めています。代表格のノバルティス社「HRO761」は、クラス初のアロステリック型(非共有結合型)WRN阻害剤で、WRNを不活性な形に固定します[8]。2025年のESMO(欧州臨床腫瘍学会)で報告された第I/Ib相試験の中間解析では、免疫療法後に進行したMSI-H/dMMR固形がん患者を対象に、大腸がんで約80%が病勢コントロールを達成し、ベースラインで検出されたctDNAの約70%が約1か月で消失するなど有望なシグナルが示されました[9]。
ただし注意も必要です。ESMO 2025の解析では、ctDNAの消失や病勢コントロールが良好だった一方で、RECISTで評価した客観的奏効率(実際の腫瘍縮小)はなお限定的であり、合成致死性を応用したがん治療の臨床的価値はまだ検証の途上にあります[9]。それでもWRNは、「老化を引き起こす原因遺伝子」から「がん細胞の特異的な弱点となる治療標的」へと科学的パラダイムが転換した象徴であり、組織横断的なプレシジョン・メディシンの次世代の柱として、免疫チェックポイント阻害薬や化学療法との併用も含めて研究が続いています。
9. 検査と遺伝カウンセリング──ご本人とご家族のために
🔍 関連記事:遺伝カウンセリングとは/拡大版保因者スクリーニング検査/臨床遺伝専門医とは
ウェルナー症候群は成人期に診断されることが多く、確定診断には血液を用いたWRN遺伝子検査(年齢を問わず実施可能)が中心となります。臨床所見から本症が疑われる場合に、WRN遺伝子の両アレル性変異を確認することで診断が確定します[11]。常染色体潜性遺伝の病気は、出生前に見つけることが常に利益になるとは限りません。医師は情報提供者として中立・非指示的な立場を保ち、検査を受けるかどうか、どこまで調べるかは、ご本人・ご家族が十分な情報のもとで決めていくことが大切です。
🩸 ご本人の確定診断
WRN遺伝子検査:血液からWRNの両アレル性変異を確認。診断の中核となります。
非定型が疑われる場合はLMNAなどの追加解析も検討します。
👪 ご家族・パートナーのリスク評価
保因者検査:常染色体潜性のため、パートナーや同胞の保因者検査が選択肢となります。
当院では拡大版保因者スクリーニング(女性版787遺伝子・男性版714遺伝子)を提供しています。
確定診断がついた患者さんとそのご両親・兄弟姉妹は、遺伝カウンセリングに紹介し、合併症の早期発見と治療介入の体制を整えることが推奨されます[1]。ミネルバクリニックは、臨床遺伝専門医が在籍する数少ない医療機関のひとつとして、成人領域の遺伝性疾患について、検査の意義から結果の受け止め方までを一貫してサポートします。
よくある誤解
誤解①「老けて見えるだけの病気」
外見の変化は一部にすぎません。実際には糖尿病・動脈硬化・白内障・悪性腫瘍など全身の重い合併症を伴い、主な死因は心血管疾患とがんです。見た目ではなく、内科的な合併症の管理こそが重要です。
誤解②「子どもの頃からわかる」
10歳ごろまでは普通に成長するため、幼少期に気づかれることはまれです。思春期の成長スパートが起きないことが最初のサインで、診断は成人期になることが多い病気です。
誤解③「親が病気だから遺伝した」
常染色体潜性遺伝のため、多くの場合ご両親はともに保因者で、発症していません。患者さんの子どもが発症する確率はむしろ低く、家系内の発症パターンは一般的な「親から子へ」の遺伝とは異なります。
誤解④「治療法はまったくない」
かつては対症療法のみでしたが、2025年にNRによる根本的アプローチの臨床試験で動脈硬化・皮膚潰瘍の改善が実証されました。合併症管理の進歩で寿命も延びており、「何もできない病気」ではありません。
よくある質問(FAQ)
🏥 早老症・遺伝性疾患のご相談
ウェルナー症候群をはじめとする遺伝性疾患の
遺伝子検査・保因者検査・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。
参考文献
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- [2] Shoji M, Kato H, Koshizaka M, et al. Nicotinamide Riboside Supplementation Benefits in Patients With Werner Syndrome: A Double-Blind Randomized Crossover Placebo-Controlled Trial. Aging Cell. 2025. [doi:10.1111/acel.70093]
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