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オキシエプトーシス(Oxeiptosis)とは?活性酸素(ROS)が引き起こす新しいプログラム細胞死をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

オキシエプトーシス(Oxeiptosis)は、活性酸素(ROS)が増えすぎた細胞を、炎症を起こさずに静かに片づけるための、2018年に発見されたばかりの新しい「プログラム細胞死」です。KEAP1・PGAM5・AIFM1という3つの分子が連携して働き、細胞死の代名詞であるカスパーゼをまったく使わないという独特なしくみを持っています。ウイルス感染や大気汚染から体を守る安全装置であると同時に、がんや神経変性疾患の新しい治療標的としても注目されています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 細胞死・酸化ストレス・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. オキシエプトーシスとは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 活性酸素(ROS)が増えすぎた細胞を、炎症を起こさずに静かに取り除く、2018年に発見された新しいプログラム細胞死です。KEAP1がROSのセンサーとなり、PGAM5を経て、AIFM1というタンパク質の特定の場所(Ser116)の目印を外すことで細胞死が実行されます。アポトーシスの主役であるカスパーゼをまったく使わない点が、他の細胞死と大きく異なります。

  • 定義と発見 → 2018年にHolzeらが報告した、ROS依存性・カスパーゼ非依存性・非炎症性の細胞死
  • 分子メカニズム → KEAP1がセンサー、PGAM5が伝達役、AIFM1が実行役という3段構え
  • 他の細胞死との違い → アポトーシス・フェロトーシス・ネクロプトーシスとの比較を詳解
  • 生理的役割 → ウイルス感染や大気汚染による過剰な炎症から体を守る安全装置
  • 医療への応用 → AIFM1遺伝子変異による希少疾患、神経変性疾患、アポトーシス耐性がんの新標的

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1. オキシエプトーシスとは:定義と発見の歴史

私たちの体では、毎日たくさんの細胞が「計画的に」死んでいきます。古くなった細胞や、ウイルスに感染してしまった細胞を安全に片づけることは、体を健康に保つために欠かせない営みです。このように、あらかじめ仕組みが用意された秩序ある細胞死のことをプログラム細胞死(Programmed Cell Death)と呼びます。そのプログラム細胞死の新しい仲間として、2018年にHolze(ホルツェ)らの研究グループが報告したのが「オキシエプトーシス(Oxeiptosis)」です[1]

💡 用語解説:活性酸素(ROS)と酸化ストレス

活性酸素種(ROS)とは、私たちが酸素を使ってエネルギーを作るときに、副産物として生まれる反応性の高い物質の総称です。過酸化水素やヒドロキシラジカルなどが含まれます。少量であれば、細胞の合図役(シグナル)として役立つ大切な存在です。しかし、ウイルス感染・紫外線・大気汚染・抗がん剤などによって過剰に増えると、タンパク質・脂質・DNAを傷つけてしまいます。この「酸化の力が、体を守る抗酸化の力を上回ってしまった状態」を酸化ストレスといいます。詳しくは酸化ストレスとはもあわせてご覧ください。

それまで、致死的なレベルの活性酸素を浴びた細胞は、ネクローシス(無秩序な崩壊)か、カスパーゼという酵素を使うアポトーシスのどちらかで死ぬと考えられてきました。ところがHolzeらは、インフルエンザウイルスに感染した細胞を使ったゲノムワイドな遺伝子スクリーニングによって、これらのどれにも当てはまらない、まったく新しい細胞死の経路が存在することを突き止めたのです[2]

オキシエプトーシスは、次の3つの特徴で定義されます。第一にROS(活性酸素)の過剰な蓄積によって引き起こされること。第二にアポトーシスの主役であるカスパーゼをまったく必要としない(カスパーゼ非依存性)こと。そして第三に、周囲に炎症を起こさず静かに進む(非炎症性)ことです。この「炎症を起こさない」という性質が、後で述べるように生体にとって非常に大きな意味を持ちます。

2. 分子メカニズム:KEAP1-PGAM5-AIFM1経路

オキシエプトーシスは、単なる「酸化による偶然の壊れ方」ではありません。KEAP1(キープワン)→PGAM5(ピーガムファイブ)→AIFM1(エーアイエフエムワン)という3つのタンパク質が、バトンを渡すように順番に働く、きちんと制御された連鎖反応です。一つずつ役割を見ていきましょう。

💡 用語解説:KEAP1とNRF2

KEAP1は、細胞内の酸化ストレスを感じ取る「センサー」です。ふだんはNRF2という相方とくっついて、これを分解し続けています。NRF2は、いざというときに抗酸化酵素をたくさん作らせる「司令塔」役の転写因子です。中等度のROSがやってくるとKEAP1の形が変わってNRF2が解放され、NRF2が核に移って抗酸化遺伝子を一気にオンにします。これが古くから知られる「生き延びるための抗酸化応答」です。

KEAP1は「センサー」であり「運命の分岐点」

ここで重要なのは、KEAP1が単なる抗酸化の調整役にとどまらない点です。ROSが細胞の許容範囲を超えて致死的なレベルに達すると、KEAP1は「生かすモード」から「死なせるモード」へと切り替わります。実験的にKEAP1を取り除いた細胞では、高濃度のROSに対する生存率がむしろ上昇し、しかもNRF2を同時に取り除いてもその効果は打ち消されませんでした[2]。これは、KEAP1がNRF2とは別の経路で、積極的に細胞を死なせる「引き金」として働くことを示しています。高ROS状態のKEAP1は、ミトコンドリアにつなぎ止めていたPGAM5を解き放ちます。

💡 用語解説:PGAM5とミトコンドリア

PGAM5は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの膜にくっついている酵素(脱リン酸化酵素)です。ふだんはKEAP1・NRF2と3者で1つの複合体を作って、おとなしくミトコンドリアの外膜にとどまっています[5]。「脱リン酸化」とは、タンパク質についた“リン酸の目印”を外す作業のことで、これによって相手のタンパク質のスイッチを切り替えます。PGAM5は複数の細胞死経路が交わる“交差点”としても知られる重要なタンパク質です。

KEAP1から解放されたPGAM5は、ミトコンドリアの内側へ移動し、最後の実行役であるAIFM1に働きかけます。具体的には、AIFM1の「Ser116(116番目のセリン)」という場所のリン酸の目印を外す(脱リン酸化する)のです。このSer116の脱リン酸化は、オキシエプトーシスが作動したことを示す最も信頼できる目印(バイオマーカー)として使われています[2]

💡 用語解説:AIFM1(アポトーシス誘導因子)の二面性

AIFM1は、X染色体(Xq26.1)上の遺伝子から作られるタンパク質で、ミトコンドリア内に存在します[6]。AIFM1には2つの顔があります。ふだんは、ミトコンドリアでエネルギー(ATP)を作る電子伝達系の組み立てを助ける「生のための働き手」です[7]。ところがオキシエプトーシスの合図が入ると、一転して「死の実行役」へと役割を変えます。この二面性こそ、AIFM1の変異が深刻な病気につながる理由です。

Ser116の目印を外されたAIFM1は活性化し、最終的に大規模なDNAの断片化とクロマチンの凝集を引き起こして、細胞を確実な死へと導きます。このとき、カスパーゼは一切登場しません。なお、活性化したAIFM1が核へ移動するのか、ミトコンドリアの中にとどまったまま働くのかについては、研究によって見解が分かれており、現在も検討が続いています。古くから知られるアポトーシス誘導因子としてのAIFはしばしば核へ移動しますが、Holzeらの当初の実験系ではAIFM1の移動は確認されなかったと報告されています[2]。いずれにせよ「Ser116の脱リン酸化を経てDNAが断片化される」という流れがオキシエプトーシスの核心です。

図1:ROS濃度で切り替わるKEAP1-PGAM5-AIFM1経路

⚡ ROS(活性酸素)の蓄積
🧭 KEAP1がROSを感知

中等度のROS(生き延びる)

KEAP1がNRF2を解放

NRF2が核へ移行

抗酸化遺伝子オン → 細胞は生存

高濃度のROS(細胞死)

KEAP1がPGAM5を解放

PGAM5がAIFM1のSer116を脱リン酸化

DNA断片化 → 非炎症性の細胞死(オキシエプトーシス)

同じKEAP1というセンサーが、ROSの量に応じて「生かす」か「死なせる」かを切り替える。致死的な高ROS環境では、PGAM5を介してAIFM1が活性化し、炎症を伴わずに細胞が片づけられる。

🔍 関連記事:細胞死の全体像は制御された細胞死とは/実行役の遺伝子はAIFM1遺伝子の解説もどうぞ。

3. 他のプログラム細胞死との違い

オキシエプトーシスの独自性は、よく似た他の細胞死と並べてみるとはっきりします。同じ「ROSが関わる細胞死」でも、引き金になる物質も、進み方も、体への影響もまったく異なります。まず全体像を表で整理します。横にスクロールしてご覧ください。

特徴 オキシエプトーシス アポトーシス フェロトーシス パイロ/ネクロプトーシス
引き金 過剰なROSの蓄積 DNA損傷・小胞体ストレスなど 鉄依存性の脂質過酸化 病原体感染・炎症シグナル
中心となる分子 KEAP1/PGAM5/AIFM1 TP53/BAX/シトクロムc GPX4/SLC7A11 Gasdermin D/RIPK3/MLKL
カスパーゼ 完全に不要 必要 不要 パイロは必要/ネクロは不要
炎症 起こさない(抑える) ほとんど起こさない 炎症性 強い炎症性
主な役割 過剰な炎症・免疫暴走の防止 不要な細胞の安全な排除 酸化による細胞崩壊 病原体排除のための免疫活性化

アポトーシスとの違い:カスパーゼを使わない

アポトーシスでもROSは関わりますが、そこではROSはあくまでカスパーゼを起動させるための合図役にすぎません。一方オキシエプトーシスは、汎カスパーゼ阻害剤(Z-VAD-FMK)を加えても止まらないことが実証されています[2]これは、カスパーゼ経路が壊れて「アポトーシスが効かなくなったがん細胞」でも、オキシエプトーシスは独立して働けることを意味し、治療の観点から非常に重要です。

フェロトーシスとの違い:脂質の酸化に頼らない

フェロトーシスは、鉄に依存した「脂質の酸化(脂質過酸化)」が暴走して起こる細胞死です。これに対しオキシエプトーシスは、脂質過酸化を必須としません。実際、フェロトーシス専用の阻害剤(フェロスタチン-1)を使っても、ROSによるオキシエプトーシスは止められないことが確認されています[2]

最大の違いは「炎症を起こさない」こと

パイロプトーシスやネクロプトーシスは、細胞膜を破裂させて中身を一気に外へまき散らし、強い炎症(サイトカインストームの一因)を引き起こします。これに対しオキシエプトーシスは、アポトーシスと同じように細胞のまとまりを保ったまま、膜を破らずに静かに進みます。インフラマソーム(炎症を起こす装置)をまったく作動させない非炎症性であることが、生体にとってのオキシエプトーシス最大の意義です[2]

近年は、銅に依存したクプロトーシスや、ショウジョウバエの腸で見つかったエレボーシスなど、新しい細胞死が次々と提唱されています。これらもカスパーゼを使わない点ではオキシエプトーシスと似ていますが、引き金となる物質や、KEAP1-PGAM5-AIFM1という分子の組み合わせが関わらない点で、生化学的にはまったく別の経路です。

4. 生理的役割:過剰な炎症から体を守る安全装置

「なぜ、わざわざアポトーシスとは別に、炎症を起こさない細胞死の仕組みが進化したのか」——その答えは、過剰な免疫反応や組織の炎症から体を守る「安全装置」としての役割にあります。

大気汚染物質であるオゾンを吸い込むと、気道の細胞は強い酸化ストレスにさらされます。マウスの実験では、オキシエプトーシスの要であるPGAM5を欠損させた個体にオゾンを浴びせると、正常なマウスに比べて好中球の浸潤や炎症性サイトカインが劇的に悪化しました[2]。同じことはウイルス感染でも起こり、PGAM5欠損マウスにインフルエンザウイルスを感染させると、炎症が暴走して死亡率が有意に上がったのです[1]

これが意味するのは、こういうことです。健康な状態では、修復不可能なほど傷ついた細胞をオキシエプトーシスが炎症を起こさずに速やかに片づけている。ところがこの仕組みが働かないと、傷んだ細胞が無秩序に破裂して大量のDAMPs(危険信号)をまき散らし、炎症の暴走を招いてしまう、というわけです。さらに、多くのウイルスがKEAP1・PGAM5・AIFM1を標的にして妨害するしくみを進化させていることも、この経路が宿主の防御の要であることを裏づけています[2]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「静かに死ぬ」ことの尊さ】

細胞の死というと、こわいもの、悪いものというイメージを持たれる方が多いかもしれません。けれども実際には、私たちの体は「どう死ぬか」を非常に厳密にコントロールしています。とくにオキシエプトーシスのように、炎症を起こさず静かに退場するしくみは、まわりの細胞に迷惑をかけない“きれいな終わり方”だといえます。

新型コロナをはじめ、ウイルス感染で重症化する方の多くは、ウイルスそのものよりも「免疫の暴走(サイトカインストーム)」で命を落とします。オキシエプトーシスはまさにその暴走を未然に防ぐブレーキ役。基礎研究の地味な発見が、将来の感染症医療を変えるかもしれないと考えると、わくわくしますね。

5. 疾患との関わり:AIFM1遺伝子変異と神経変性疾患

オキシエプトーシスの調節がうまくいかなくなると、さまざまな病気の進行に関わってきます。とくに臨床遺伝の現場で重要になるのが、実行役であるAIFM1遺伝子の変異です。

AIFM1遺伝子変異が引き起こす希少疾患

前述のとおり、AIFM1は「エネルギーを作る働き」と「細胞死の実行」という二面性を持ちます。そのため、X染色体上にあるAIFM1遺伝子に変異が生じると、細胞の代謝と生死のバランスが根底から崩れてしまいます。報告されている疾患は幅広く、重症の乳児ミトコンドリア脳筋症、難聴を伴う軸索性のニューロパチー(シャルコー・マリー・トゥース病4型/カウチョック症候群)、小脳失調、リボフラビン(ビタミンB2)欠乏への不耐性などが知られています[8]。一部の患者さんでは高用量のリボフラビン補充が部分的に有効だったとの報告もありますが、効果には個人差があり、まだ確立した治療ではありません。

💡 用語解説:ミスセンス変異と新生(de novo)変異

ミスセンス変異とは、DNAの1文字が変わることで、設計図が指定するアミノ酸が別の種類に置き換わる変異です。タンパク質の形や働きが変わってしまいます。詳しくはミスセンス変異の解説をご覧ください。新生(de novo)変異とは、両親には存在せず、お子さんで初めて新たに生じた変異のことです。AIFM1関連の疾患でも、新生変異や母親が保因者であるケースなどが報告されています。

こうしたAIFM1関連疾患の多くは、出生後に症状が現れてから診断にたどり着きます。原因の特定には、全エクソーム検査(WES)のように多くの遺伝子をまとめて調べる方法や、ミトコンドリア病遺伝子検査パネルのように核にコードされたミトコンドリア関連遺伝子を調べる検査が用いられます。AIFM1そのものの解説はAIFM1遺伝子のページにまとめています。

💡 用語解説:全エクソームシーケンス(WES)

WES(Whole Exome Sequencing)は、遺伝子のうちタンパク質の設計図にあたる部分(エクソン)を、約2万個の遺伝子分まとめて網羅的に読む次世代シーケンス検査です。原因がどの遺伝子か見当がつかない希少疾患でも、一度に幅広く調べられるのが強みです。AIFM1関連疾患のように症状が多彩な病気の診断で力を発揮します。

アルツハイマー病・加齢との関わり

オキシエプトーシスは、アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患や、加齢に伴う慢性炎症(インフラメイジング)にも関与すると考えられています[3]。アミロイドβの蓄積などで神経細胞が持続的な酸化ストレスを受けると、KEAP1-PGAM5-AIFM1経路が過剰に作動し、本来死ぬ必要のなかった神経細胞まで失われてしまう可能性が指摘されています。一方で、老化したマウスの卵子を使った研究では、ミトコンドリアを狙う抗酸化剤(MitoQ)を与えるとPGAM5やAIFM1が減り、ROSによる細胞死が抑えられたという報告もあります[11]過剰なオキシエプトーシスを薬で和らげることで、加齢に伴う細胞の質の低下を防げるかもしれないという、新しい可能性です。

6. がん治療への応用

オキシエプトーシスが今もっとも熱い視線を集めているのが、がん治療の分野です。理由は、アポトーシスが効かなくなった難治がんを、別ルートから攻める「迂回路」になり得るからです。

がん細胞が仕掛けた巧妙な回避

がん細胞は、もともと正常細胞より高いROS環境にさらされており、生き延びるために抗酸化システムを過剰に強化しています。とくに肺がんや前立腺がんでは、KEAP1遺伝子の機能喪失変異が高頻度にみられます[3]。KEAP1が壊れるとNRF2が常にオンになり、抗酸化防御が最大化されて化学療法に強くなります。それだけではありません。KEAP1というセンサーが壊れているということは、いざというときに作動すべきオキシエプトーシスの“自死スイッチ”も同時に断ち切られていることを意味します。がん細胞は、自分のセンサーを壊すことで防御と不死性を同時に手に入れているのです。

図2:アポトーシス耐性がんへの迂回的アプローチ

従来型の化学療法

DNA損傷を与える

p53/カスパーゼ経路

経路が遮断され耐性化

オキシエプトーシス誘導

ROSを一気に引き上げる

KEAP1/PGAM5/AIFM1軸

カスパーゼ非依存で細胞死を実行

多くのがん細胞はp53変異やカスパーゼの不活性化で標準的な化学療法(アポトーシス誘導)に耐性を示す(左)。オキシエプトーシス誘導剤でROSを急上昇させれば、KEAP1-PGAM5-AIFM1経路を直接動かし、カスパーゼに頼らず細胞死をもたらせる可能性がある(右)。

弱点を逆手にとる「治療域」という発想

逆に言えば、がん細胞はもともと高ROSで、細胞死の限界ぎりぎりの綱渡り状態にあるということです。ここを突いて、がん細胞だけROSをさらに引き上げ、オキシエプトーシスを強制的に起こす戦略が研究されています。代表例が植物由来のアルカロイドサンギナリン(SNG)です。大腸がん細胞に対し、SNGは過酸化水素依存的にROSを強く発生させ、KEAP1-PGAM5-AIFM1経路を直接活性化して、カスパーゼに頼らない細胞死を引き起こしました。マウスの移植腫瘍モデルでも腫瘍の縮小が確認されています[9][10]。このほか、5-FUを磁性ナノ粒子に結合させたドラッグデリバリーや、フェネチルイソチオシアネート(PEITC)、アラントラクトンなどが、オキシエプトーシスを動かす候補として挙げられています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「効かないがん」に別ルートを】

がん診療に長く携わってきた立場から見ると、オキシエプトーシスの発見は本当に希望のある話です。多くの抗がん剤は、最終的にアポトーシスを起こさせて効果を発揮します。ところががん細胞は、そのアポトーシスの回路をわざと壊して薬から逃れ、難治がんへと姿を変えていきます。

オキシエプトーシスは、その壊れた回路を迂回する“別ルート”になり得ます。もちろん、正常な組織まで巻き込まないよう、がんだけにROSを届ける工夫など課題は山積みです。それでも、細胞死の多様性を理解することが、次世代の治療の土台になる。基礎と臨床は地続きなのだと、あらためて感じます。

7. 今後の課題と展望

オキシエプトーシスを実際の治療に応用するには、まだいくつかのハードルがあります。

  • がんにだけROSを届ける技術:全身にROSをばらまくと、正常組織でも不要なオキシエプトーシスが起き、副作用(オフターゲット)の原因になります。リポソームやナノ粒子を使った腫瘍標的型のドラッグデリバリーの開発が鍵です。
  • がんの抵抗性をどう突破するか:長く酸化ストレスに適応し、強力な抗酸化ネットワークを築いたがん細胞をいかに安全に追い込むかは大きな課題です。放射線やシスプラチンなど既存のROS産生療法との併用も検討されています。
  • 細胞ごと・経路ごとの違いの解明:細胞の種類によってオキシエプトーシスへのなりやすさが違うこと、フェロトーシスなど他の経路との複雑なクロストークなど、基礎的な全体像の解明が世界中で進んでいます[4]

遺伝医学の観点では、AIFM1・KEAP1・PGAM5の変異を詳しく調べることが、個人の酸化ストレスへの感受性や、神経変性疾患・原因不明のミトコンドリア関連疾患のリスクを読み解く手がかりになります。オキシエプトーシスは、レドックス(酸化還元)バランスの破綻を直接の標的とする医学研究の中核テーマの一つとして、今後ますます重要になっていくと考えられます。

8. よくある誤解

誤解①「酸化ストレスによる細胞死=ただの壊死」

致死的なROSでの細胞死は、無秩序な壊死かアポトーシスだけだと長く考えられてきました。しかしオキシエプトーシスは、きちんと制御された“積極的な”細胞死です。

誤解②「アポトーシスと同じもの」

見た目(DNA断片化など)は似ていますが、カスパーゼをまったく使わない点が決定的に異なります。アポトーシス阻害剤では止まりません。

誤解③「炎症を起こすから体に悪い」

むしろ逆です。オキシエプトーシスは炎症を起こさずに傷んだ細胞を片づけ、免疫の暴走を防ぐ守り役です。

誤解④「抗酸化サプリで何でも防げる」

ROSは少量なら必要な合図役で、抗酸化のとりすぎがかえって不利になる場面もあります。バランスが重要で、サプリで一律に解決できるものではありません。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

オキシエプトーシスは、まだ発見から数年しか経っていない新しい概念です。けれども「細胞がどう死ぬか」を理解することは、感染症・がん・神経変性・老化という、私たちの健康に深く関わるテーマすべてにつながっています。臨床遺伝専門医の立場からは、こうした最先端の知見を、患者さんやご家族にとって意味のある情報へとかみくだいてお伝えすることが大切だと考えています。

難病の診断にたどり着くまでには、長い道のりを経ることが少なくありません。AIFM1のような遺伝子が関わる疾患も、原因が分かることで、ようやく適切な管理や見通しを立てられるようになります。「分からない不安」を「分かったうえでの選択」に変えていくこと——それが遺伝医療の役割です。

よくある質問(FAQ)

Q1. オキシエプトーシスは「アポトーシス」とどう違うのですか?

最大の違いは、アポトーシスの主役であるカスパーゼという酵素をまったく使わない点です。オキシエプトーシスは活性酸素(ROS)が引き金となり、KEAP1・PGAM5・AIFM1という分子が働いて進みます。アポトーシスを止める阻害剤(Z-VAD-FMK)を使ってもオキシエプトーシスは止まりません。見た目はDNA断片化など似た部分がありますが、しくみは別物です。

Q2. なぜ「炎症を起こさない」ことがそんなに重要なのですか?

傷んだ細胞が無秩序に破裂すると、中身(DAMPsという危険信号)が周囲にまき散らされ、強い炎症や免疫の暴走(サイトカインストーム)を招きます。オキシエプトーシスは細胞膜を破らずに静かに進むため、こうした暴走を起こさずに傷んだ細胞を片づけられます。ウイルス感染や大気汚染から体を守る安全装置として、進化的にも重要な役割を担っています。

Q3. KEAP1・PGAM5・AIFM1はそれぞれ何をしていますか?

KEAP1はROSを感じ取る「センサー」で、ROSが致死的なレベルになると細胞を死なせる引き金に切り替わります。PGAM5はミトコンドリアにいる「伝達役」で、KEAP1から解放されると次の役者へ合図を渡します。AIFM1は「実行役」で、PGAM5にSer116という場所の目印を外されると活性化し、DNAを断片化して細胞死を完了させます。この3段構えがオキシエプトーシスの核心です。

Q4. AIFM1遺伝子の変異ではどんな病気が起こりますか?

AIFM1はX染色体上にある遺伝子で、変異により重症の乳児ミトコンドリア脳筋症、難聴を伴う軸索性ニューロパチー(カウチョック症候群/CMT4型)、小脳失調、リボフラビン欠乏への不耐性など、幅広い症状が報告されています。一部の患者さんでは高用量ビタミンB2(リボフラビン)が部分的に有効だったという報告もありますが、効果には個人差があります。診断は全エクソーム検査などで原因遺伝子を調べることで行われます。

Q5. オキシエプトーシスはがん治療に使えるのですか?

研究段階ですが、大いに期待されています。多くの抗がん剤はアポトーシスを起こして効果を出しますが、がん細胞はその回路を壊して耐性を獲得します。オキシエプトーシスはカスパーゼに頼らない「迂回路」のため、アポトーシスが効かないがんを攻める候補になります。サンギナリンなどの化合物が研究されていますが、正常組織への影響を避ける技術など課題も残っており、現時点で確立した治療ではありません。

Q6. オキシエプトーシスはいつ発見されたのですか?

2018年に、Holze(ホルツェ)らの研究グループによって報告されました。インフルエンザウイルスに感染した細胞を使った遺伝子スクリーニングの中で、既知のどの細胞死にも当てはまらない新しい経路として見つかりました。比較的新しい概念のため、メカニズムの詳細は現在も世界中で研究が続けられています。

Q7. オキシエプトーシスはアルツハイマー病や老化にも関係しますか?

関係すると考えられています。アミロイドβの蓄積などで神経細胞が強い酸化ストレスを受けると、KEAP1-PGAM5-AIFM1経路が過剰に作動し、本来失われるべきでない神経細胞まで脱落してしまう可能性が指摘されています。一方で、ミトコンドリアを狙う抗酸化剤でこの経路を和らげる試みも研究されており、加齢に伴う細胞の質の低下を抑える可能性が探られています。

Q8. 抗酸化サプリを飲めばオキシエプトーシスを防げますか?

単純にそうとは言えません。活性酸素(ROS)は少量であれば細胞の大切な合図役であり、ゼロにすればよいわけではありません。抗酸化物質のとりすぎが、かえって体に不利に働く可能性も報告されています。オキシエプトーシスは病気の進行に関わる一方、体を守る役割も担う「諸刃の剣」です。サプリメントで一律にコントロールできるものではなく、心配なことがあれば自己判断せず医療機関にご相談ください。

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参考文献

  • [1] Holze C, et al. Oxeiptosis, a ROS-induced caspase-independent apoptosis-like cell-death pathway. Nat Immunol. 2018;19(2):130-140. [PubMed]
  • [2] Scaturro P, Pichlmair A. Oxeiptosis—a cell death pathway to mitigate damage caused by radicals. Cell Death Differ. 2018. [PMC6030169]
  • [3] Mini-review: research and progress of oxeiptosis in diseases. Front Cell Dev Biol. 2024. [PMC11222317]
  • [4] Role of oxeiptosis in disease mechanisms and therapeutic opportunities. 2025. [Review]
  • [5] Lo SC, Hannink M. PGAM5 tethers a ternary complex containing Keap1 and Nrf2 to mitochondria. Exp Cell Res. 2008. [PubMed]
  • [6] OMIM. Apoptosis-Inducing Factor, Mitochondria-Associated, 1; AIFM1. #300169. [OMIM]
  • [7] AIFM1 beyond cell death: An overview of this OXPHOS-inducing factor in mitochondrial diseases. 2022. [PMC9420475]
  • [8] Mutations in AIFM1 cause an X-linked childhood cerebellar ataxia partially responsive to riboflavin. Mol Genet Metab. 2017. [PubMed]
  • [9] Methuosis, Alkaliptosis, and Oxeiptosis and Their Significance in Anticancer Therapy. Cells. 2024;13(24):2095. [PMC11674267]
  • [10] Oxeiptosis – potential in cancer treatment? Expert Rev Mol Med. [Cambridge]
  • [11] Mitoquinone shifts energy metabolism to reduce ROS-induced oxeiptosis in female granulosa cells and mouse oocytes. Aging (Albany NY). [Aging-US]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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