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ネクロプトーシスとは?炎症を伴うプログラム細胞死の仕組みと、がん・神経変性疾患・炎症性疾患への治療応用

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

ネクロプトーシスは、細胞がわざと「破裂」して周囲に強い炎症をまき散らす、プログラムされた細胞死の一種です。長いあいだ「細胞のきれいな自死=アポトーシス(静かな死)」だけが計画的な死だと考えられてきましたが、RIPK1・RIPK3・MLKLという分子が引き起こすこの「炎症性の細胞死」が見つかったことで、その常識は大きく書き換えられました。いまネクロプトーシスは、がん免疫療法・神経変性疾患・炎症性疾患の新しい治療標的として、世界中で激しく研究されています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約14分
🧬 ネクロプトーシス・細胞死・がん免疫療法
臨床遺伝専門医監修

Q. ネクロプトーシスとは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. カスパーゼという酵素がはたらけない状況で、RIPK1・RIPK3・MLKLという分子が連鎖的にスイッチオンになり、細胞膜を物理的に壊して死なせる「炎症をともなうプログラム細胞死」です。破裂した細胞からは危険信号(DAMPs)が一気に放出され、強い免疫反応を引き起こします。この性質が、難治がんを攻める武器にも、神経や腸の病気を悪化させる引き金にもなるという、二つの顔を持っています。

  • 定義 → アポトーシスと違い「細胞膜が壊れる・強い炎症を起こす」タイプの調節性細胞死
  • 中心となる分子 → RIPK1 → RIPK3 → MLKL という3段階のスイッチ(ネクロソーム)
  • がんでの意義 → 免疫原性細胞死(ICD)として「冷たい腫瘍」を「熱い腫瘍」に変える可能性
  • 神経・炎症での意義 → 過剰なネクロプトーシスが認知症・腸炎・脳梗塞などを悪化させる
  • 治療開発の現状 → RIPK1阻害薬は臨床の壁にぶつかり、RIPK3・MLKLを狙う戦略が再注目

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1. ネクロプトーシスとは:細胞死の常識をくつがえした発見

ネクロプトーシス(necroptosis、ネクロトーシスとも呼ばれます)は、見た目は「壊死(ネクローシス)」そっくりなのに、中身は厳密にプログラムされている——という、ちょっと不思議な細胞死です。細胞とその中の小器官がふくらみ、最後に細胞膜が破れて中身が外へ流れ出す。その姿だけ見ると、やけどや極端な酸素不足で偶発的に起こる壊死と区別がつきません。けれども実際には、特定の分子が決まった順番でスイッチを入れていく、れっきとした「能動的な死」なのです。

💡 用語解説:調節性細胞死(ちょうせつせいさいぼうし)とは

細胞が自分の遺伝子プログラムにしたがって、計画的に死んでいく仕組みの総称です。英語ではRegulated Cell Death(RCD)と呼びます。からだは毎日たくさんの細胞を生み出す一方で、不要になった細胞や異常な細胞を計画的に「片づける」ことで健康を保っています。長らくこの計画的な死はアポトーシスだけだと考えられていましたが、いまではネクロプトーシス・パイロトーシス・フェロトーシスなど、いくつもの種類があることがわかっています。

なぜこんな「炎症を起こす死に方」がわざわざ用意されているのでしょうか。有力な考え方は、これが病原体への“バックアップ防御”だというものです。ウイルスの中には、感染した細胞がアポトーシス(静かな死)で自滅するのを邪魔するものがいます。そこで細胞は、アポトーシスが封じられたときに作動する「もう一つの自爆スイッチ」を進化のなかで備えました。これがネクロプトーシスです。細胞は派手に破裂して周囲に警報を鳴らし、免疫を一気に呼び寄せて感染の拡大を食い止めるのです。この「もろ刃の性質」こそが、後で出てくるがん治療への応用と、神経・炎症の病気での害という両面につながっていきます。

2. 他の細胞死との違い:アポトーシス・パイロトーシス・フェロトーシス

細胞死は、見た目(形態)・炎症を起こすかどうか(免疫原性)・はたらく分子の3点で分類されます。なかでも大きな分かれ目は、細胞膜が破れて中身が漏れる「溶解性(炎症性)の死」か、膜を保ったまま静かに片づけられる「非溶解性の死」かです。アポトーシスは後者、ネクロプトーシスとパイロトーシスは前者にあたります。

細胞死の種類 主な見た目の特徴 炎症・免疫原性 中心となる分子
アポトーシス 細胞が縮む・断片化(膜は保たれる) 非炎症性(静かな死) カスパーゼ-3・8・9
ネクロプトーシス 細胞がふくらみ膜が破れる(溶解性) 強い炎症性(DAMPs放出) RIPK1・RIPK3・MLKL
パイロトーシス 膜に小さな孔があき破裂 強い炎症性(IL-1β放出) インフラマソーム・ガスダーミンD
フェロトーシス ミトコンドリアが縮む 炎症性 鉄・脂質の過酸化・GPX4失活

💡 用語解説:アポトーシスとは

細胞が縮んで小さなかたまり(アポトーシス小体)に分かれ、膜を保ったまま免疫細胞(マクロファージ)に静かに食べられていく細胞死です。中身が漏れないため炎症を起こしません。手の指の間の水かきが消えるなど、からだづくりにも欠かせない「お片づけ役」です。ネクロプトーシスはこのアポトーシスが封じられたときに作動する、いわば“非常用ルート”という関係にあります。

パイロトーシスは、細菌やウイルスの感染をきっかけに起こる炎症性の死です。歴史的には赤痢菌(Shigella flexneri)に感染したマクロファージで最初に観察されました。細胞内の見張り役(インフラマソーム)が病原体を感知してカスパーゼ-1を活性化し、ガスダーミンDというタンパク質が膜に孔をあけ、炎症性物質を噴き出させます。ネクロプトーシスが「キナーゼ(リン酸化酵素)依存」なのに対し、パイロトーシスは「炎症性カスパーゼとガスダーミン依存」という点が決定的に違います。フェロトーシスはさらに別系統で、鉄と脂質の過酸化が引き金になる死です。

3. 分子メカニズム:RIPK1・RIPK3・MLKLという3段ロケット

ネクロプトーシスの引き金として最もよく研究されているのが、腫瘍壊死因子(TNF)が受容体TNFR1に結合する経路です。ただし、TNFが結合しても必ずネクロプトーシスになるわけではありません。細胞は状況に応じて、(1)生き残り・炎症をうながす反応、(2)アポトーシス、(3)ネクロプトーシス、の三つの道のどれに進むかを選びます。その分かれ道のカギを握るのがカスパーゼ-8という酵素です。

TNFが結合した直後、TNFR1の内側にはまず「複合体I(コンプレックスI)」という足場が組み立てられ、NF-κBという転写スイッチが入って細胞は生き延びる方向へ進みます。ところがこの足場が不安定になると、舞台は細胞膜から細胞質へと移り、死を決める「複合体II(コンプレックスII)」へと組み替わります。ここで運命を左右するのが、FADD・カスパーゼ-8・cFLIPという3つの分子がつくる“判定装置”です。

💡 用語解説:FADD・cFLIPとは

FADDは、受容体とカスパーゼ-8をつなぐ“連結アダプター”です。cFLIPはカスパーゼ-8とよく似た形をしたタンパク質で、カスパーゼ-8とペアを組むことで、その活性を「ちょうどよい強さ」に調整します。この三者のバランスが、細胞をアポトーシスに進ませるか、ネクロプトーシスに切り替えるかを細かく決めています。バランスが崩れてカスパーゼ-8のブレーキが外れると、ネクロプトーシスへの扉が開きます。

💡 用語解説:カスパーゼとは

タンパク質を特定の場所で切る「ハサミ役」の酵素グループです。アポトーシスの実行役であると同時に、ネクロプトーシスをふだんは押さえ込んでいるブレーキ役でもあります。とくにカスパーゼ-8は、RIPK1とRIPK3を切断してネクロプトーシスが暴走しないように見張っています。このブレーキが効かなくなると、ネクロプトーシスのスイッチが入ります。

このブレーキ役がどれほど重要かは、遺伝子改変マウスの研究がはっきり示しています。カスパーゼ-8を失ったマウスは胎生10.5日で死んでしまいますが、同時にRIPK3も失わせると、その致死性が完全に回避されます。つまり「カスパーゼ-8が、RIPK3による致死的なネクロプトーシスを抑えていること」が、生命の維持そのものに不可欠だと証明されたのです。

何らかの理由(ウイルスの妨害や薬理学的なカスパーゼ阻害など)でカスパーゼ-8がはたらけなくなると、自己リン酸化したRIPK1とRIPK3が、両者に共通するRHIM(リム)モチーフという“連結金具”どうしでかみ合います。すると二つのキナーゼは次々と結合し、まるで繊維のように長く連なったアミロイド様のネクロソームへと成長していきます。これが、ネクロプトーシスを実行する“司令部”の正体です。

ここから先は、まるでドミノ倒しのように段階的に進みます。

  • ネクロソームの上でRIPK3が自分自身をリン酸化し、完全に活性化します。
  • 活性化したRIPK3が、下流のMLKLをリン酸化します(リン酸化MLKL=p-MLKL)。
  • p-MLKLは折りたたみ方を変え、数個が集まって束(オリゴマー)になります。
  • その束が細胞膜の内側へ移動し、膜に突き刺さって孔をあけます。
  • 孔からイオンと水が流れ込み、細胞がふくらんで最終的に破裂します。

💡 用語解説:ネクロソームとRIPK1・RIPK3・MLKL

RIPK1・RIPK3はリン酸化酵素(キナーゼ)で、互いに結合してネクロソームという“実行司令部”をつくります。MLKLはその指令を受けて細胞膜に突き刺さり、孔をあける“破壊役”です。RIPK1がスイッチ、RIPK3が増幅器、MLKLが実行部隊——と役割分担をイメージすると分かりやすいです。3つのどこを止めるかで、後述する治療薬の戦略が変わってきます。

最後の実行役であるMLKLは、もともと酵素のような形をしていますが、実際にはハサミの機能を持たない“偽キナーゼ”です。リン酸化によって眠っていた部分(N末端)が外向きに開き、細胞膜に多く含まれる特定の脂質(ホスファチジルイノシトールリン酸)に吸い寄せられるように結合します。こうしてMLKLは膜に固定され、孔をあける——つまり、MLKLこそがネクロプトーシスの「最終的な引き金」であり、ここを止めれば細胞の破裂そのものを防げる、という考え方が治療開発につながっています。

膜が破れると、細胞の中からHMGB1・ATP・乳酸脱水素酵素(LDH)などの物質が一気に漏れ出します。これらはDAMPs(ダメージ関連分子パターン)と呼ばれる「危険信号」で、周囲の免疫細胞を強く刺激して炎症の火をつけます。アポトーシスの静かな死とは正反対に、ネクロプトーシスは“騒がしい死”なのです。

💡 用語解説:DAMPs(ダメージ関連分子パターン)

本来は細胞の中にあるはずの物質(HMGB1・ATPなど)が、細胞が壊れて外に漏れ出たときに発する「SOS信号」です。免疫細胞はこの信号を「組織がダメージを受けた」と読み取り、炎症反応を開始します。ネクロプトーシスはこのDAMPsを大量にばらまくため、強力な炎症を引き起こす一方で、後述するようにがん免疫を活性化する“きっかけ”にもなります。

4. がんと免疫療法:「冷たい腫瘍」を「熱い腫瘍」へ

そもそも、がん細胞が無限に増えていける大きな理由のひとつが、アポトーシス(自死)から逃げる力を身につけていることです。本来なら異常を感知して自滅するはずの仕組みが効かなくなっているのです。ここで、カスパーゼに頼らずに細胞を殺せるネクロプトーシスが、抗がん剤に耐性をもったがんを倒すための新しい標的として浮かび上がってきました。「がん」と「癌」の使い分けについてはこちらの用語解説もあわせてご覧ください。

ただしネクロプトーシスは、がんに対して「もろ刃の剣」として働きます。一方では、アポトーシスが効かなくなったがん細胞を排除する“フェイルセーフ”になります。実際、多くのヒトのがんでは、生き残るためにRIPK3やMLKLの量をわざと減らしていることが確認されています。だからこそ、この経路を人為的に呼び覚ませれば、薬剤耐性をもつ難治がんを攻めることができるのです。他方で、ネクロプトーシスが起こす慢性的な炎症は、かえってがんの増殖や転移を後押しする環境をつくってしまうこともあり、場所をしぼった精密な制御が欠かせません

💡 用語解説:免疫原性細胞死(ICD)とは

死んだ細胞が「免疫を呼び覚ます力」を持つ細胞死のことです。Immunogenic Cell Deathの略でICDと呼びます。ネクロプトーシスが放出するDAMPsは強力な“免疫のアジュバント(増強剤)”として働き、未熟な樹状細胞を成熟させ、がんの目印(抗原)を免疫に教え込みます。その結果、攻撃役のキラーT細胞(CD8+T細胞)やNK細胞が腫瘍に集まってきます。アポトーシスの静かな死では、この“免疫の目覚まし”が鳴りません。

いま最も期待されているのが、この性質と免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体・抗CTLA-4抗体など)の相乗効果です。これらの免疫療法は、腫瘍の中に攻撃役のT細胞がたくさん入り込んでいる「熱い腫瘍(Hot tumor)」でよく効きます。逆に、T細胞がほとんどいない「冷たい腫瘍(Cold tumor/免疫砂漠)」では効きにくいのが弱点でした。ネクロプトーシスを腫瘍の中で起こしてICDを引き起こせば、冷たい腫瘍を熱い腫瘍に作り変え、既存の免疫療法の効果を底上げできるのではないか——これが大きな狙いです。

具体的な戦略としては、アポトーシスのブレーキ役(IAPタンパク質)を外すSMAC模倣薬や、天然化合物のシコニンなどが研究されています。シコニンは、多剤耐性の主因であるP糖タンパク質を多くもつ細胞にも効きめを保ったと報告されています。全身に炎症が広がるリスクを避け、腫瘍の中だけで選択的にネクロプトーシスを起こすため、ナノ粒子を使った精密な薬剤デリバリー(ナノメディシン)の開発も急ピッチで進んでいます。なお、がんと遺伝の関係については「がんは遺伝する?」でも解説しています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【がん治療における「死なせ方」という発想】

私はがん薬物療法専門医としても診療していますが、近年のがん治療で起きている発想の転換は本当に大きいと感じます。かつては「がん細胞をどう殺すか」だけが問われましたが、いまは「どんな死に方をさせると、患者さん自身の免疫が目を覚ますか」までを設計する時代に入りました。

ネクロプトーシスはまさにその象徴です。ただし、強い炎症はときに正常な組織も傷つけます。アクセルとブレーキの両方を理解したうえで、いつ・どこで・どれだけ起こすかを精密に制御する——その繊細さこそが、これからのがん精密医療の核心になると考えています。

5. 神経変性疾患:アルツハイマー病・ALS・多発性硬化症

がんと並んでネクロプトーシスが深く研究されているのが、アルツハイマー病(AD)・筋萎縮性側索硬化症(ALS)・多発性硬化症(MS)などの脳・神経の病気です。これらに共通するのは、神経細胞そのものだけでなく、それを支えるグリア細胞(ミクログリアやアストロサイト)を巻き込んだ「神経炎症(neuroinflammation)」という土台があることです。神経のRIPK1はふだんは静かに眠っていますが、加齢や病気のストレスにさらされると“分子スイッチ”として目を覚まし、細胞死と炎症の両方を引っぱるようになります。

アルツハイマー病では、たまったアミロイドβがミクログリアを刺激してTNF-αを放出させ、これが神経細胞のRIPK1依存性ネクロプトーシスを引き起こすと考えられています。実際、AD患者さんの脳では、ネクロプトーシスが高く活性化し、そのしるしが顆粒空胞変性(GVD)と呼ばれる領域にたまっていることが確認されています。

💡 用語解説:ZBP1とZ-DNAとは

DNAはふつう右巻きらせん(B型)ですが、強いストレスを受けると左巻きのジグザグした形(Z型・Z-DNA)に変わることがあります。ZBP1はこの“異常な形のDNA”を見張るセンサータンパク質で、RIPK1・RIPK3と同じRHIMモチーフを持っています。ZBP1がZ型のDNAを見つけると、RIPK1やRIPK3を直接呼び込み、ネクロプトーシスや強い炎症のスイッチを入れます。「形が変わったDNAが警報を鳴らす」というイメージです。

近年とくに注目されているのが、このZBP1を介した経路です。アミロイドβによる強い酸化ストレスはミトコンドリアDNA(mtDNA)を傷つけ、その一部をB型からZ型へと変化させます。すると見張り役のZBP1がこのZ-DNAを感知し、細胞が死ぬかどうかとは別に、RIPK1依存性の強い神経炎症だけを単独で引き起こすことがわかってきました。つまりネクロプトーシスは「細胞を殺す装置」であると同時に、「炎症をまき散らす装置」としても神経変性に関わっている、という二重の顔が見えてきたのです。

さらに最新の1細胞レベルの解析では、RIPK1依存的に炎症性物質(TNFやIL-1βなど)を作りすぎる特殊なミクログリア集団(RRIMsと呼ばれます)がADとALSの両方で見つかりました。ここで重要なのは、RIPK1が「細胞を殺す実行役」としてだけでなく、ミクログリアを“炎症をあおる型”へ切り替える中心スイッチとしても働いている点です。薬でRIPK1を抑えるとこのRRIMsが減り、前臨床モデルではアミロイドβによる神経変性がやわらぎ、記憶機能の低下が防がれたと報告されています。

ALSでは、運動神経を包んで支えるオリゴデンドロサイトがRIPK1依存性ネクロプトーシスで死に、その結果として運動神経が軸索から枯れていく(ワーラー変性)メカニズムが解明されつつあります。患者さんの髄液や血液ではTNF-αを介した炎症が高まっており、前述のRRIMsの関与も強く示唆されています。MS(多発性硬化症)でも、髄鞘(神経の絶縁体)が壊れる脱髄にネクロプトーシスが関わり、動物モデルではRIPK1阻害薬が単球の増える段階で脱髄の進行を抑えたと報告されています。ミトコンドリアの障害も、これらの病態に共通する深い背景になっています。

6. 虚血再灌流障害:脳梗塞と心筋梗塞で“仕組みが違う”

脳梗塞や心筋梗塞などの虚血再灌流障害(血流が途絶えたあと再び流れることで起こるダメージ)でも、ネクロプトーシスの関与が調べられてきました。興味深いのは、同じ「ネクロプトーシス」でも臓器によって仕組みが違うことが、近年はっきりしてきた点です。

脳梗塞やクモ膜下出血のモデルでは、RIPK1阻害薬(ネクロスタチン-1)やRIPK3阻害薬(GSK872)を使うとMLKLのリン酸化が抑えられ、神経細胞やアストロサイトのネクロプトーシスが防がれて、梗塞の体積が小さくなり神経機能が改善したと報告されています。中枢神経の虚血・出血では、ネクロプトーシスを止めることが有望な神経保護策になりうるわけです。

ところが心筋梗塞では、大きなパラダイムの転換が起きています。長年、心筋の壊死も「RIPK1→RIPK3→MLKL」という古典的ルートに依存すると信じられてきました。しかし精密な遺伝学的解析の結果、成体のヒトやマウスの心筋細胞には、RIPK1がほとんど発現していないことが判明したのです。実際、RIPK1のキナーゼ活性を完全に失わせたマウスでも、心筋梗塞のサイズは縮みませんでした。心臓ではRIPK3の下流でPGAM5やCaMKIIといった別の分子が実行役を担う可能性が指摘されており、ネクロプトーシスは画一的ではなく、臓器ごとに最適化されていることがわかってきました。

7. 炎症性腸疾患(IBD)と感染症での役割

クローン病や潰瘍性大腸炎を含む炎症性腸疾患(IBD)でも、ネクロプトーシスが病態に深く関わっています。腸の表面をおおう上皮は、からだの中でもとくに新陳代謝が激しい組織で、その死と再生は厳密に管理されなければなりません。ところがIBDでは、腸上皮のネクロプトーシスが過剰に起こり、バリアが物理的に壊れて腸内細菌が組織内へ侵入してしまいます。壊れた細胞から出るHMGB1やIL-33などが炎症をさらにあおり、悪循環が続いてしまうのです。主要分子を抑えると腸炎がやわらぐという報告も多く、新しい治療薬の開発が急がれています。

一方で、ネクロプトーシスは本来「病原体への防御システム」でもあります。たとえば内臓リーシュマニア症の原因となる寄生虫(Leishmania infantum)に感染した好中球がネクロプトーシスを起こすと、その過程で大量の活性酸素が作られて寄生虫を殺し、感染の拡大を防ぐことが分かっています。実際、この病気の患者さんの血液では、細胞が壊れた指標である乳酸脱水素酵素(LDH)が高い値を示すことが報告されており、病気の勢いを知る手がかりになる可能性があります。

8. 治療薬の開発:RIPK1阻害薬の苦戦とRIPK3・MLKLへの期待

ネクロプトーシスの中心分子であるRIPK1・RIPK3・MLKLを狙った薬の開発は、世界の大手製薬企業が競って進めています。なかでもRIPK1は経路の最上流にあり、ネクロプトーシスと炎症性物質の産生の両方を抑えられる“理想の標的”と考えられ、開発が先行しました。ところが現実には、臨床試験での中止が相次いでいるのが現状です。

標的 候補薬(開発企業) 主な対象 開発状況
RIPK1 DNL104(Denali) 神経変性疾患 開発中止(第1相で肝毒性)
RIPK1 SAR443060(DNL747/Sanofi・Denali) ALS・AD 開発中止
RIPK1 オディトラセルチブ(SAR443820/DNL788) 多発性硬化症・ALS 開発中止(主要評価項目未達)
RIPK1 エクリタセルチブ(SAR443122/DNL758) 潰瘍性大腸炎・皮膚エリテマトーデス・Covid-19 難航・優先度低下
RIPK1 GSK2982772(GSK) 関節リウマチ・乾癬・潰瘍性大腸炎 開発中止
RIPK1 LY3871801(オカドゥサーチブ/Eli Lilly・Rigel) 関節リウマチ 第2相 試験中
RIPK3 GSK872/ダブラフェニブ(既承認薬の転用) 前臨床・応用研究 前臨床
MLKL ネクロスルホンアミド(NSA) 前臨床 前臨床

なぜRIPK1阻害薬はこれほど苦戦するのでしょうか。理由のひとつは、RIPK1が「細胞を生かす」シグナルの足場としても働いていることです。完全に止めると、からだの免疫バランスに予期せぬ影響を与えるおそれがあります。GSK2982772のように、ヒトで炎症マーカーを下げられても、肝心の症状改善につながらず中止になった例もありました。

そこで、生存シグナルには関わらず、ネクロプトーシスの実行だけを担う下流のRIPK3やMLKLを狙う戦略が再評価されています。RIPK3阻害薬のGSK872は前臨床で神経保護効果を示し、すでにがん治療薬として承認されているダブラフェニブが副作用としてRIPK3を強く抑えることも見つかり、既存薬の転用(ドラッグ・リポジショニング)が期待されています。最下流のMLKLを直接ふさぐネクロスルホンアミド(NSA)も同定されており、薬物動態を改善して臨床へ進めようとする研究が進んでいます。

ここで紹介した薬剤はいずれも研究・開発段階のものであり、ネクロプトーシスを標的とした承認薬はまだありません。実際の治療方針は主治医・専門医の判断によります。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【“細胞の死に方”を制御する時代へ】

アポトーシスが発見されてから数十年。ネクロプトーシスという「炎症をともなう計画的な死」が加わったことで、細胞死の研究はまったく新しい次元に入りました。感染への防御という本来の役割だけでなく、なぜ私たちのからだが自分の組織を傷つけてしまうのか——という根源的な問いに、分子の言葉で答えが出はじめています。

同じRIPK1・RIPK3・MLKLでも、がんでは「起こしたい」、神経や腸では「止めたい」。しかも臓器ごとに仕組みが違う。だからこそ難しく、だからこそ面白い分野です。臨床遺伝専門医として、こうした最先端の知見をできるだけ分かりやすくお伝えし、患者さんやご家族の「正しく知る力」を支えていきたいと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. ネクロプトーシスとアポトーシスは何が違うのですか?

いちばんの違いは「膜が破れるかどうか」と「炎症を起こすかどうか」です。アポトーシスは細胞膜を保ったまま静かに片づけられ、炎症を起こしません。一方ネクロプトーシスは細胞がふくらんで膜が破れ、中身(DAMPs)が漏れ出して強い炎症を起こします。アポトーシスがカスパーゼで実行されるのに対し、ネクロプトーシスはカスパーゼが効かないときにRIPK1・RIPK3・MLKLによって実行される、という分子の違いもあります。

Q2. ネクロプトーシスは体に悪いものなのですか?

一概に「悪い」とは言えません。本来は、ウイルスや細菌に感染した細胞を破裂させて免疫を呼び寄せる“防御の仕組み”です。しかし、必要のない場面で過剰に起こると、神経変性疾患・炎症性腸疾患・脳梗塞などを悪化させる原因にもなります。役立つ場面と害になる場面の両方がある、二面性のある現象だとお考えください。

Q3. がん治療にどう役立つと期待されていますか?

多くのがんはアポトーシス(自死)から逃げる力を持っているため、カスパーゼに頼らないネクロプトーシスは「逃げ道をふさぐ」武器として注目されています。とくに、死んだがん細胞が免疫を呼び覚ます「免疫原性細胞死(ICD)」を起こせるため、免疫療法が効きにくい「冷たい腫瘍」を「熱い腫瘍」に変え、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高める戦略が研究されています。

Q4. ネクロプトーシスを止める薬はもうあるのですか?

現時点で、ネクロプトーシスを標的とした承認薬はまだありません。RIPK1を狙う薬は複数が臨床試験まで進みましたが、肝毒性や効果不足で中止が相次いでいます。いまは下流のRIPK3やMLKLを狙う薬や、既存薬の転用が研究されている段階です。あくまで開発中の領域であり、すぐに一般の治療に使えるものではありません。

Q5. アルツハイマー病とどう関係しているのですか?

アルツハイマー病の脳では、アミロイドβの蓄積をきっかけにミクログリアがTNF-αを放出し、RIPK1依存性のネクロプトーシスと神経炎症が起こると考えられています。RIPK1依存的に炎症をあおる特殊なミクログリア集団も見つかっており、動物実験ではRIPK1を抑えると神経変性や記憶障害がやわらいだと報告されています。ただし、これらは研究段階の知見です。

Q6. 心筋梗塞でも脳梗塞と同じ仕組みで起こるのですか?

最近の研究で、臓器によって仕組みが違うことが分かってきました。脳梗塞ではRIPK1→RIPK3→MLKLの古典的ルートが働き、阻害薬で保護効果が見られます。ところが心筋細胞にはRIPK1がほとんど発現しておらず、RIPK1を完全に止めても心筋梗塞のサイズが縮まなかったと報告されています。心臓ではPGAM5やCaMKIIといった別の分子が実行役を担う可能性が指摘されています。

Q7. 「ネクロトーシス」と「ネクロプトーシス」は同じものですか?

はい、同じ現象を指す表記のゆれです。英語の necroptosis を、日本語で「ネクロプトーシス」または「ネクロトーシス」と表記します。学術的には「ネクロプトーシス」がよく使われます。どちらの言葉を見ても、RIPK1・RIPK3・MLKLが関わる炎症性のプログラム細胞死を指していると考えて問題ありません。

Q8. 一般の人にとって、今すぐ関係のある話なのですか?

ネクロプトーシスは主に基礎研究・新薬開発の最前線にあるテーマで、現時点で日常の診療に直接使われる検査や治療はほとんどありません。ただし、がん・認知症・脳梗塞・腸の炎症など、多くの方に身近な病気の根っこに関わる仕組みであり、近い将来の新しい治療につながる可能性を秘めています。「いま注目されている医学のフロンティアの一つ」として知っておくとよいでしょう。

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参考文献

  • [1] Khan I, et al. Necroptosis: Mechanisms and Relevance to Disease. Annu Rev Pathol. [PMC5786374]
  • [2] Dual roles of inflammatory programmed cell death in cancer: insights into pyroptosis and necroptosis. [PMC11384570]
  • [3] Induced Necroptosis and Its Role in Cancer Immunotherapy. [PMC11477008]
  • [4] Necroptosis in neurodegenerative diseases: a potential therapeutic target. [PMC5520937]
  • [5] RIPK1 in Alzheimer’s Disease: Pathogenesis, Necroptosis-Related Neuroinflammation, and Therapeutic Strategies. Biomedicines. 2026;14(5):1155. [MDPI]
  • [6] A RIPK1-regulated inflammatory microglial state in amyotrophic lateral sclerosis. [PMC8020785]
  • [7] The Function of Necroptosis and Its Treatment Target in IBD. [PMC11306684]
  • [8] Reformulation of the Necroptosis Pathway in Reperfused Myocardial Infarction. [PMC12363653]
  • [9] RIPK1 Inhibitors (drug in development). Alzheimer’s Drug Discovery Foundation, Cognitive Vitality. [ADDF]
  • [10] Pyroptosis: molecular mechanisms and roles in disease. Cell Res. 2025. [Nature]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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