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エントーシス(Entosis)とは、生きた細胞が、となりの生きた細胞の中へ自分から潜り込むという、とても珍しい現象です。飲み込まれた細胞は「細胞の中に細胞がいる」という入れ子状態になります。2007年に発見された比較的新しい概念で、がんの進行・転移・抗がん剤への抵抗性との深い関わりが、いま世界中で注目されています。
Q. エントーシスとはどんな現象ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 生きた細胞が、同じ種類の生きた細胞の中へ自分から侵入し、「細胞の中の細胞」という構造をつくる、アポトーシス(一般的な細胞の自殺)とは異なる細胞死のかたちです。どちらが飲み込むかは細胞の「やわらかさ(弾力)」で決まり、がんでは細胞同士の生存競争や転移の武器として悪用される一方、異常な細胞を取り除く見張り役にもなる、二面性を持っています。
- ➤定義 → 2007年にOverholtzerらが発見。ギリシャ語「entos(内へ)」が語源。細胞内細胞(cell-in-cell)構造をつくる
- ➤仕組み → カドヘリンによる接着+RhoA/ROCKによる強い収縮力。硬い細胞がやわらかい細胞に食い込む
- ➤似た現象との違い → カニバリズム・エンペリポレーシス・食作用・トロゴサイトーシスと区別される
- ➤がんとの関係 → 「諸刃の剣」。腫瘍を抑えることも、進めることもある
- ➤正常な体での役割 → 胚の着床や発生でも使われる、進化的に古い正常なプログラム
1. エントーシスとは:発見の歴史と基本概念
エントーシスは、生きている細胞が、隣の生きている細胞の内部へと自分の力で入り込む現象です。2007年に、Overholtzerらが科学誌『Cell』で初めて報告し、ギリシャ語の「entos(内へ)」と「osis(〜という過程)」を組み合わせて名づけられました。私たちの体の細胞は本来、ぶつかり合っても互いを尊重して並んでいますが、エントーシスではその一線を越えて、片方がもう片方の中にすっぽり収まってしまうのです。
💡 用語解説:細胞内細胞構造(さいぼうないさいぼうこうぞう / cell-in-cell)
文字どおり「細胞の中に、もう一つの細胞が入っている」状態を指します。エントーシスでは、飲み込まれた細胞(内側細胞)が大きな袋(エントーシス液胞)の中に丸ごと包まれます。このとき、飲み込んだ側の細胞(外側細胞)の核は、内側細胞に押しのけられて細胞のふちに移動し、三日月のような形に変形します。この特徴的な見た目は「鳥の目(bird’s eye)」とも呼ばれ、顕微鏡で病理組織を見るときの大事な目印になります。
当初エントーシスは、アポトーシスとは違う「新しいタイプの細胞死」として注目されました。アポトーシスが「カスパーゼ」という酵素を使った計画的な自殺であるのに対し、エントーシスはまったく別の道すじで進みます。その後の研究で、エントーシスは単なる細胞死ではなく、がんの進行・転移・薬剤耐性に深く関わる動的なプロセスであることがわかってきました。2007年から2024年までに発表された約196本の論文を分析した研究では、米国と中国がこの分野を牽引し、ニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターが世界的な研究拠点になっていることが示されています。
💡 用語解説:非アポトーシス性細胞死(ひアポトーシスせいさいぼうし)
細胞の死に方には、計画的な自殺である「アポトーシス」のほかにも、さまざまな種類があります。アポトーシスの主役であるカスパーゼという酵素を使わない死に方をまとめて「非アポトーシス性細胞死」と呼びます。エントーシスもその一つで、ほかにもネクロトーシス・フェロトーシス・パイロトーシスなど多くの仲間が知られています。細胞死は「ただの故障」ではなく、体が状況に応じて使い分ける、きめ細かく制御されたプログラムなのです。
2. 「細胞の中の細胞」をつくる他の現象との違い
「細胞の中に細胞がいる」状態は、エントーシス以外でも観察されます。これらをきちんと区別することが、がんの病態を正確に理解するうえでとても大切です。エントーシスを他とわける最大のポイントは、侵入する側(内側細胞)が、自分のエネルギーを使って能動的に入り込むという点にあります。マクロファージなどが死んだ細胞をのみ込む「食作用」が宿主主導の“捕食”であるのに対し、エントーシスは内側細胞主導の“侵入”なのです。
| 現象名 | 主な特徴とメカニズム | 標的細胞の状態 | 主な発生状況 |
|---|---|---|---|
| エントーシス | 内側細胞が自ら収縮力を使って侵入。カドヘリンによる接着に依存 | 生きた細胞 | 上皮系がん、足場からの剥離時、分裂異常時 |
| カニバリズム | がん細胞が他の細胞を「栄養源」として捕食。宿主側の能動的な貪食 | 生細胞・死細胞の両方 | 転移がん、栄養飢餓などの過酷な環境 |
| エンペリポレーシス | リンパ球などが他の細胞の中を通過・一時滞在。必ずしも破壊を伴わない | 生細胞(中で生き続けることが多い) | 骨髄、自己免疫疾患、造血器腫瘍 |
| 食作用(ファゴサイトーシス) | マクロファージ等が死細胞や病原体を受容体で認識し受動的に取り込む | 死細胞・病原体・異物 | 感染防御、組織の修復・掃除 |
| トロゴサイトーシス | 隣の細胞の膜や表面分子を「かじり取る」。細胞全体は取り込まない | 生細胞 | 免疫細胞間の情報伝達、がんの免疫逃避 |
💡 用語解説:食作用(ファゴサイトーシス)
免疫細胞などが、死んだ細胞や細菌・異物を「食べて」処理するはたらきです。掃除屋さんのような役割で、相手は基本的に「死んでいるもの」や「異物」です。一方エントーシスは、相手が生きている同じ仲間の細胞であり、しかも“食べられる側”が自分から入っていく点が決定的に違います。食作用や物質の取り込みについては、エンドサイトーシスの解説もあわせてご覧ください。
3. エントーシスはなぜ起こる?3つの引き金
エントーシスはでたらめに起こるのではなく、特定の環境ストレスがきっかけになります。これまでに、大きく3つの引き金が知られています。
引き金①:足場(土台)からはがれること
正常な上皮細胞は、組織の土台(細胞外マトリックス)からはがれ落ちると、アノイキスという特別な細胞死を起こして速やかに消えていきます。ところが、多くのがん細胞はこのアノイキスに強く抵抗します。土台を失っても死なずに浮いた状態になると、細胞は丸くなり、隣同士が強く押し合います。この押し合う物理的な力(圧密力)が、エントーシスを起こす強力な原動力になります。
💡 用語解説:アノイキス(anoikis)
ギリシャ語で「宿なし」を意味する言葉です。細胞が本来あるべき足場からはがれると、行き場を失った細胞が自動的にアポトーシスを起こす安全装置のことを指します。がん細胞がこの安全装置を回避できると、本来死ぬべき場所でも生き延び、転移しやすくなります。エントーシスは、このアノイキスを生き延びた浮遊細胞の間で起こりやすいことがわかっています。
引き金②:細胞分裂のときの異常
細胞が分裂するとき、いったん丸くなって硬さを増す「有糸分裂の丸み付け」という変化が起こります。このとき土台への接着がうまくいかないと、分裂中の細胞が隣の細胞の中へ押し込まれる形でエントーシスが誘発されます。ヒトの乳がん組織では、分裂が活発な腫瘍ほどエントーシスが多いことが確認されています。さらに、パクリタキセル(タキソール)などの一部の抗がん剤は分裂を意図的に乱すため、結果としてエントーシスを強く促してしまうことも報告されています。
引き金③:栄養が足りない過酷な環境
ブドウ糖(グルコース)が枯渇した過酷な環境では、代謝的に弱った細胞が、よりエネルギーに余裕のある隣の細胞に取り込まれる傾向があります。これは、限られた栄養を奪い合う極限のサバイバルの結果であり、弱った細胞が他の細胞の“栄養源”になることで、集団全体としては生き残ろうとするしくみだと考えられています。
4. エントーシスの分子メカニズム
細胞が別の生きた細胞を丸ごと収容するには、「しっかり接着すること」「強い力を生み出すこと」「受け入れ側が形を変えること」が必要です。約20年の研究で、その中心となる分子のしくみが明らかになってきました。
① まず接着する:カドヘリンの役割
エントーシスの第一歩は、侵入する細胞と受け入れる細胞ががっちり接着することです。これには、上皮細胞どうしをつなぐ接着分子であるE-カドヘリン・P-カドヘリンと、それを細胞骨格につなぐαカテニンが欠かせません。これらを持たない細胞ではエントーシスは起こりませんが、外からカドヘリンを補ってあげると、接着が再構築され、侵入が劇的に誘導されることが実証されています。
💡 用語解説:カドヘリン
細胞どうしを面ファスナーのようにつなぎ留める接着タンパク質です。「カルシウム依存性接着分子(calcium-dependent adhesion)」が名前の由来です。E-カドヘリンは上皮細胞の代表的な接着分子で、これが失われると細胞はバラバラになりやすく、がんの浸潤・転移と深く関わります。エントーシスでは、このカドヘリンの“接点”が、細胞が中へ潜り込むための足がかりになります。
② 力を生み出す:RhoA/ROCKとアクトミオシン
接着ができると、次は内側細胞が外側細胞へ潜り込む「推力」が必要です。この力は、アクトミオシンの収縮力のアンバランスから生まれます。中心となるのがRhoAという分子と、その下流のROCKという酵素です。侵入する側でRhoA/ROCKが強く活性化すると、ミオシンが刺激されてアクチンと一緒に強い収縮力を発揮します。この力で、収縮力が弱くやわらかい外側細胞の膜を押しのけながら、内側細胞が中へ潜り込んでいきます。ROCKの働きを薬(Y-27632など)でブロックすると、エントーシスは完全に止まります。
💡 用語解説:アクトミオシンとRhoA/ROCK
「アクチン」と「ミオシン」は、筋肉が縮むときと同じ原理で細胞に力を生み出すコンビです。「RhoA」はその力をオン・オフするスイッチ役の分子で、「ROCK」はそのスイッチから指令を受けて実際に収縮を起こす酵素です。この一連の流れ(RhoA→ROCK→ミオシン)が、エントーシスで細胞が中へ潜り込むための“エンジン”になります。
③ 勝者と敗者を決める「やわらかさ」
「どちらが飲み込み、どちらが飲み込まれるのか」は、細胞のやわらかさ(弾力)で決まります。最新のバイオメカニクス研究では、飲み込んだ外側細胞は、飲み込まれた内側細胞よりも必ずやわらかい(変形しやすい)ことが示されました。つまり、強く収縮して硬くなった細胞が、相対的にやわらかい細胞に食い込んでいくのです。たとえばKRAS変異を持つがん細胞は骨格がやわらかくなり、「やわらかい勝者」として周囲の正常細胞を次々とのみ込んで死滅させることができます。遺伝子変異がもたらす物理的な性質の変化が、生存競争の“武器”として使われているのです。
④ ゲノムの見張り役:p53とRnd3
近年のもっとも画期的な発見の一つが、代表的ながん抑制遺伝子p53(TP53)がエントーシスを直接引き起こす場面があるということです。細胞分裂が異常に長引くとDNAにストレスがたまります。正常なp53はこれを鋭く検知し、Rnd3という遺伝子を働かせて、RhoAの活性に偏りをつくり、エントーシスを駆動します。タイムラプス観察では、正常に分裂を終えた細胞のエントーシス移行はわずか0.5%未満でしたが、分裂が異常に長引いた細胞は高い確率でエントーシスを起こすことが確認されました。
このしくみの目的は、染色体の数がおかしくなった異常な細胞(異数性細胞)を選んで隣の健康な細胞に取り込ませ、安全に処分することにあります。実際にこのプロセスを止めると、集団のなかの異常細胞が増えてしまいます。つまりp53が駆動するエントーシスは、ゲノムの安定を守る「分裂の品質管理システム」として働く、高度な防御プログラムなのです。
💡 用語解説:異数性(いすうせい / aneuploidy)
本来は2本1組であるはずの染色体の数が、増えたり減ったりして崩れている状態です。多くのがんで見られる危険な特徴で、新しい遺伝子変異の獲得や薬剤耐性の進化を後押しします。p53が駆動するエントーシスは、この異数性細胞を取り除く方向に働く一方で、後で述べるように、別の場面ではエントーシスが逆に異数性を生み出してしまうこともあります。
エントーシスの進行:接着から内側細胞の運命まで
5. 取り込まれた細胞の運命(3つの道)
飲み込まれた内側細胞は、すぐに死ぬわけではありません。最初は完全に生きていて、代謝も活発です。そこから、大きく分けて3つのまったく違う運命をたどります。
道①:エントーシス性細胞死(分解される)
もっとも多い運命が、外側細胞のなかでの分解です。これはアポトーシスの主役であるカスパーゼに頼らない死に方で、外側細胞のリソソームがエントーシス液胞と融合し、内部が酸性化することで内側細胞が消化されていきます。顕微鏡では、次の5つの段階を経て進みます。
💡 用語解説:リソソーム
細胞の中にある「分解工場」です。中は強い酸性で、たくさんの分解酵素が働いており、不要になったタンパク質や取り込んだものを消化します。エントーシスでは、このリソソームが内側細胞の袋と融合して、中身を溶かしていきます。リソソームが主役となる細胞死については、リソソーム依存性細胞死もご参照ください。
道②:外側細胞の中で生き延び、分裂する
驚くことに、すべての内側細胞が分解されるわけではありません。一部はリソソームによる消化を免れ、外側細胞の中で長く生き続け、ときには取り込まれたまま分裂することもあります。これは、エントーシス液胞の内部が、単なる“胃袋”ではなく、細胞が生き延びるための特殊な環境にもなり得ることを示しています。
道③:外側細胞から脱出する(偏性寄生)
3つ目は、一定期間ののちに無傷のまま放出される運命です。これは、抗がん剤・栄養飢餓・低酸素などの過酷なストレスから身を守るために、他の細胞の厚い細胞質を一時的な“シェルター”として利用する巧妙な防御戦略ではないかと考えられています。一部の研究者は、これを「偏性寄生的エントーシス」と呼び、治療抵抗性や再発の原因となるがん幹細胞が、このしくみを悪用している可能性を指摘しています。
6. がんとの関係:二面性(諸刃の剣)
エントーシスががんに良いのか悪いのかは、長く議論されてきました。現在では、腫瘍の段階や周囲の環境によって、抑える側にも進める側にも働く「二面性」を持つことが広く受け入れられています。
🛡️ 腫瘍を「抑える」側面
異常な細胞を取り除く見張り役。接着を失った細胞や分裂に失敗した細胞を、健康な隣の細胞が取り込んで分解する「助け合いの自殺」のように働きます。がんの初期段階では、前がん病変の拡大を防ぐバリアになると考えられています。
⚠️ 腫瘍を「進める」側面
ゲノムの不安定化と栄養補給。進行したがんでは、内部に大きな細胞を抱えた状態で分裂しようとして失敗し、異数性(染色体異常)を生みます。さらに、のみ込んだ細胞を消化して栄養に変え、過酷な環境での生存を有利にします。
腫瘍を進める方向では、2つのしくみが重要です。1つ目はゲノムの不安定化です。外側細胞が分裂しようとすると、内部の大きな内側細胞が物理的なじゃま者となり、細胞質分裂(最後に2つに分かれる工程)を妨げます。その結果、分裂に失敗して多核化や異数性が生じ、これが新しい変異や薬剤耐性の温床になります。実際、悪性黒色腫(メラノーマ)では、エントーシス由来の異数性が悪性化に寄与することが示されています。2つ目は栄養の回収です。血管が追いつかない腫瘍内部では、のみ込んだ細胞を分解して得たアミノ酸や脂質を再利用し、外側細胞が生き延びる優位性を獲得します。
7. 各種がんでの臨床的な意義
エントーシスは試験管の中だけの話ではなく、実際のヒトのがん組織でも頻繁に見られ、悪性度や予後との強い関連が報告されています。
乳がん:転移先で頻度が跳ね上がる
乳がんはエントーシス研究の中心で、その発生頻度は予後因子であるHER2やKi-67(増殖の指標)と正の相関を示します。とくに注目すべきは転移との関係です。未治療の進行乳がんの解析では、エントーシス像は原発巣で27%だったのに対し、リンパ節転移巣では65%という高頻度で見られ、遠隔転移巣でも8%に存在しました。しかも転移巣の内側細胞は明らかな死の兆候を示さず、増殖能を保ったまま生き残っていました。これは、足場のない過酷な環境を生き抜く生存戦略としてエントーシスが使われていることを強く示しています。
乳がんにおけるエントーシス像の出現頻度(部位別)
原発巣からリンパ節転移巣へと進むにつれてエントーシス像が増えており、がん細胞が転移の過程でこの現象を積極的に利用している可能性を示唆しています。
なお、乳がんの一種である浸潤性小葉がん(ILC)は、接着分子E-カドヘリン(CDH1遺伝子)を失うことが特徴です。エントーシスには通常カドヘリンが必要なため、ILCはカドヘリンを失うことで「エントーシスによる排除」から逃れている可能性が研究されています。
膵臓がん・肝臓がん・胃がん
- ➤膵管腺がん(PDAC):接着に関わる膜分子シンデカン-1(SDC1)がエントーシスを強く促し、高い悪性度と予後不良に関与することが、近年の研究で報告されています。
- ➤肝細胞がん(HCC):Rnd3というタンパク質が減ることでエントーシスが誘導されます。興味深いことに、ここではE-カドヘリンに依存せず、RhoA/ROCK経路だけで進みます。がん細胞が組織に応じてしくみを使い分けていることを示しています。
- ➤びまん性胃がん:遺伝性のタイプでは、乳がんのILCと同じくCDH1遺伝子(E-カドヘリン)の機能喪失が主な原因です。これがエントーシスにどう影響するかは、今後の解明が待たれています。
治療への応用を考えるうえで重要な点として、エントーシスを制御する経路はがんの種類によって薬の効き方が違うことが分かっています。たとえばMEK阻害剤は、膵がん細胞ではエントーシスを減らした一方、乳がん細胞では効果が見られませんでした。また大腸がんでは、アポトーシスを狙ったTRAIL作動薬が、かえってエントーシスを誘発し、一部の細胞に生存の余地を与えてしまうリスクも指摘されています。
8. 正常な体でのエントーシス(生理的な役割)
エントーシスは、がんだけで暴走する現象ではありません。正常な体の発生や、組織を健康に保つしくみのなかでも、欠かせない役割を果たしていることがわかってきました。
- ✓胚の着床:マウスでは、受精卵が子宮内膜に潜り込むとき、じゃまになる一部の上皮細胞がエントーシスで隣の細胞に取り込まれ、着床のためのスペースが安全につくられます。
- ✓カメの精巣:繁殖期の終わりに不要になった精子が、支持細胞の中にエントーシスで取り込まれて処理されます。
- ✓線虫(C. elegans):体の形がつくられる過程で、特定の細胞がエントーシスによる細胞死で取り除かれます。カスパーゼを必要としないこの細胞死が発生に関わるという発見は、発生学の大きな転換点になりました。
エントーシスは、組織のつくり替えや不要な細胞の安全な処理のために、生物が大昔から受け継いできた正常なプログラムです。がん細胞は、この巧妙なしくみを“ハイジャック”して悪用しているにすぎない——これが現在の理解です。
9. 研究の最前線と治療への展望
エントーシスを正確にとらえるには、生きた細胞の動きと生死を時間とともに追う高度なイメージング技術が必要です。近年は、ミトコンドリアの状態を映す色素(TMRM)を使い、細胞に余計な負担をかけずにエントーシスの発生と進行を観察できる手法が報告されました。こうした非破壊的な技術は、血液中をめぐる微量な循環腫瘍細胞(CTC)の中で起こる現象をとらえ、転移リスクを評価するバイオマーカーへとつながる可能性があります。
受け入れ側(外側細胞)の骨格をつくり替える新しい因子として、プラスチン-3(PLS3)というアクチン束化タンパク質が候補に挙がっています。これは大腸がんなどで循環腫瘍細胞のマーカーとしても知られる分子で、細胞の浸潤とエントーシスに共通の分子基盤がある可能性を示します。ただし、この知見は査読前の最新研究によるものであり、今後の検証が待たれる段階です。
治療への応用としては、ROCK阻害剤や接着分子を狙った薬でエントーシスを止め、がん細胞のサバイバルや栄養補給路を断つアプローチや、逆にエントーシスをわざと過剰に起こさせて腫瘍を自己崩壊に導くアプローチが構想されています。いずれにせよ、がんの種類ごとにしくみが違うため、一人ひとりに合わせた個別化医療の視点が欠かせません。
よくある質問(FAQ)
関連記事:細胞死・細胞の運命に関する用語
参考文献
- [1] Overholtzer M, et al. A nonapoptotic cell death process, entosis, that occurs by cell-in-cell invasion. Cell. 2007;131(5):966-979. [PubMed]
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- [3] Liang J, et al. p53-dependent elimination of aneuploid mitotic offspring by entosis. Cell Death Differ. 2021;28(2):799-813. [Nature]
- [4] Rizzotto D, Villunger A. P53 clears aneuploid cells by entosis. Cell Death Differ. 2021;28(2):818-820. [Nature]
- [5] Durgan J, et al. Mitosis can drive cell cannibalism through entosis. eLife. 2017;6:e27134. [eLife]
- [6] Mlynarczuk-Bialy I, et al. Mechanisms and significance of entosis for tumour growth and progression. Cell Death Discov. 2024. [PMC10907354]
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