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ジスルフィドプトーシスとは?──細胞が「自壊」する新しい細胞死のしくみと、がん治療・免疫への可能性

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

ジスルフィドプトーシス(disulfidptosis)は、2023年に発見されたばかりの新しい細胞の死に方です。「アミノ酸を運ぶ入り口(SLC7A11)」をたくさん持つ細胞がブドウ糖(グルコース)不足に陥ると、細胞の骨組みであるアクチン細胞骨格が異常な化学結合で固まってしまい、物理的に崩れ落ちて死に至ります。とくに、これまでの抗がん剤が効きにくいタイプのがんを内側から崩す新しい治療標的として、世界中で注目を集めています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 細胞死・がん代謝・腫瘍免疫
臨床遺伝専門医監修

Q. ジスルフィドプトーシスとは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 細胞内の「還元する力(NADPH)」が枯渇して、アミノ酸の一種シスチンが処理しきれなくなり、細胞の骨組み(アクチン細胞骨格)が異常な結合で固まって物理的に崩壊する、まったく新しいタイプの細胞死です。遺伝子のプログラムに沿った「自殺」ではなく、エネルギーと物質のバランス崩壊による「自壊(サボタージュ)」に分類されます。

  • 定義 → 2023年に命名。アクチン細胞骨格が物理的に崩れて起こる細胞死
  • しくみ → SLC7A11・NADPH・ペントースリン酸経路の破綻が引き金
  • 他の細胞死との違い → アポトーシス・フェロトーシスとは別の独立した経路
  • がん治療 → KEAP1・BAP1変異がんを狙う「合成致死」戦略
  • 免疫の二面性 → 免疫細胞(CD8+ T細胞)でも起こりうる「諸刃の剣」

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1. ジスルフィドプトーシスをひとことで言うと

私たちの体の細胞は、ただ偶然に死ぬのではなく、必要なときに整然と死ぬ「プログラム」をいくつも持っています。これらをまとめて制御された細胞死(RCD)と呼びます。長らくその代表は「アポトーシス」でしたが、近年は鉄に依存するフェロトーシス、銅に依存するクプロトーシスなど、新しい死に方が次々と見つかってきました。

そのいちばん新しい仲間が、ジスルフィドプトーシスです。名前は「ジスルフィド(disulfide=硫黄どうしの結合)」と「プトーシス(-ptosis=細胞死を表す接尾語)」を組み合わせたもの。細胞内で硫黄どうしの異常な結合(ジスルフィド結合)が大量に生じ、細胞の骨組みがガチガチに固まって壊れる——これがこの細胞死の本質です。

別の表記について:日本語の論文や研究機関では「ジスルフィドトーシス」(「プ」なし)と表記されることもあります。英語の disulfidptosis をそのまま読むと「ジスルフィドプトーシス」ですが、どちらも同じ細胞死を指します。

💡 用語解説:ジスルフィド結合とは

タンパク質に含まれる「システイン」というアミノ酸どうしが、硫黄(S)を介して手をつなぐ化学結合のことです(S–S結合)。本来は適切な場所でだけ作られ、細胞の中(細胞質)はむしろこの結合ができにくい「還元的」な環境に保たれています。ところがこの環境が壊れると、本来つながってはいけないタンパク質どうしが次々と結合してしまい、構造が異常に硬直してしまうのです。

つまりジスルフィドプトーシスは、遺伝子が指令を出す「自殺プログラム」ではなく、細胞が生きるために頼っていた代謝のバランスが物理的・化学的に破綻して起こる「自壊」。ここが、他の細胞死との最大の違いです。

2. 発見の歴史:2023年、MDアンダーソンから

ジスルフィドプトーシスは、2023年にアメリカ・テキサス大学MDアンダーソンがんセンターのBoyi Gan博士とJunjie Chen博士らのチームによって報告され、命名されました。論文は細胞生物学の一流誌『Nature Cell Biology』に掲載されています[1]

きっかけは、ある「謎」でした。SLC7A11というタンパク質をたくさん持つがん細胞は、ふだんは死ににくい一方で、ブドウ糖(グルコース)が足りなくなると急に死ぬことが知られていました。しかし、その死に方はアポトーシスでもフェロトーシスでもありませんでした。研究チームが化学プロテオミクスやCRISPRスクリーニングという最新手法で調べたところ、アクチン細胞骨格が異常なジスルフィド結合でつながれ、物理的に崩壊していることが突き止められたのです[1]

この発見が画期的だったのは、「細胞の形を支える骨組み」が、単なる被害者ではなく、代謝の異常を感知して細胞死を実行する「現場」そのものだと示した点にあります。発見からまだ数年と歴史は浅いものの、すでに世界中で研究が爆発的に進んでいます。

3. ジスルフィドプトーシスが起きるしくみ

少し専門的になりますが、できるだけかみ砕いて順を追って説明します。鍵になる登場人物は、SLC7A11・NADPH・ペントースリン酸経路・アクチン細胞骨格の4つです。

入り口の主役「SLC7A11」と、がん細胞のジレンマ

💡 用語解説:SLC7A11(システムxc−)とは

細胞膜にある「アミノ酸の交換窓口」です。細胞の中のグルタミン酸を外に出すのと引き換えに、外からシスチン(システインが2つS–S結合でつながった形)を取り込みます。取り込まれたシスチンは細胞内で還元されてシステインになり、強力な抗酸化物質グルタチオン(GSH)の材料になります。多くのがん細胞は、酸化ストレスやフェロトーシスから身を守るため、このSLC7A11を異常にたくさん持っています。

ところが、この「生き延びるための工夫」が、そのまま弱点(アキレス腱)になります。取り込んだシスチンを無害なシステインに変える作業には、NADPHという「還元する力」が大量に必要だからです。SLC7A11を持ちすぎたがん細胞は、いわば常にNADPHを浪費し続ける「NADPH依存症」の状態にあるのです[1]

💡 用語解説:NADPHとペントースリン酸経路

NADPHは、細胞内で物質を「還元する(電子を渡す)」ときに使われる、いわば「還元のための電池」です。このNADPHを供給する主役がペントースリン酸経路(PPP)という代謝経路で、その材料はブドウ糖(グルコース)です。つまり、ブドウ糖が入ってこないとNADPHは作れません。ジスルフィドプトーシスを理解する最大のポイントがここにあります。

引き金は「ブドウ糖不足」——還元の電池切れ

細胞がブドウ糖不足になる、あるいは薬でブドウ糖の取り込みが止められると、ペントースリン酸経路が停止し、NADPHが急速に枯渇します。問題は、NADPHが切れてもSLC7A11はシスチンを取り込み続けること。還元する力を失った細胞の中に、処理されないシスチンや、それに由来するジスルフィド分子が爆発的に蓄積します。これが「急性ジスルフィドストレス」と呼ばれる状態です[1]

最後の崩壊——アクチン細胞骨格が固まって壊れる

あふれたジスルフィド分子は、手当たり次第ではなく、アクチン細胞骨格を作るタンパク質群をねらい撃ちにします。フィラミンA・B、非筋ミオシンII(MYH9)、ドレブリン、そしてアクチンそのものなどです。これらの間に異常なジスルフィド結合(架橋)ができると、F-アクチンのネットワークが異常に収縮し、細胞膜から剥がれ、細胞のふちが縮んで、最終的に細胞は崩れ落ちます[1]。この崩壊は、代謝が乱れてからわずか数時間で起こります。

図1:ジスルフィドプトーシスが起きるまでの流れ

① SLC7A11を多く持つ がん細胞などがシスチンを大量に取り込む
② ふだんは大丈夫 NADPHでシスチンを還元し、無害なシステインに変える
③ ブドウ糖が不足 ペントースリン酸経路が止まり、NADPHが枯渇する
④ シスチンが処理不能に 還元できないシスチン・ジスルフィドが爆発的に蓄積
⑤ 骨組みが固まる アクチン細胞骨格に異常なジスルフィド架橋が形成される
⑥ 細胞死(ジスルフィドプトーシス) F-アクチンが崩壊し、細胞が物理的に壊れる

なお、この崩壊はRac1–WRC–Arp2/3という、枝分かれしたアクチンを作る仕組みによって加速されます。複雑に枝分かれした骨組みは、ジスルフィド結合が起こりやすい「足場」になってしまうのです[1]

4. 他の細胞死との違い

ジスルフィドプトーシスのユニークさは、よく知られた他の細胞死と比べるとはっきりします。下の表で主な違いを整理しました(横にスクロールできます)。

細胞死の種類 主なきっかけ SLC7A11の役割 見た目の特徴 止め方(救済)
ジスルフィドプトーシス ブドウ糖・NADPH枯渇による未還元シスチンの蓄積 高発現が逆に致死的に働く(弱点をつくる) アクチン骨格の収縮・膜からの剥離。ミトコンドリアは保たれる 還元剤(2-ME・TCEP)、ブドウ糖の補充
フェロトーシス 鉄依存の脂質過酸化(GPX4機能不全) 高発現は防御的(守る) ミトコンドリアの収縮・クリステ消失 鉄キレート剤、脂質抗酸化剤(Ferr-1)
アポトーシス DNA損傷などによるカスパーゼ活性化 直接の関与なし 細胞の収縮、膜の小胞化、クロマチン凝縮 カスパーゼ阻害剤(Z-VAD-fmk)
ネクロトーシス RIPK・MLKLを介した炎症性の細胞死 直接の関与なし 細胞の膨張・膜の破裂・内容物の放出 ネクロトーシス阻害剤(Nec-1)
クプロトーシス 銅の過剰蓄積によるミトコンドリアタンパク質の凝集 直接の関与なし(代謝破綻という点は共通) ミトコンドリア代謝障害・タンパク質凝集 銅キレート剤

フェロトーシスとの「正反対」の関係——シスチンのパラドックス

最も興味深いのが、すぐ隣の親戚ともいえるフェロトーシスとの関係です。両者ともSLC7A11と深く関わりますが、シスチンに対する要求が正反対です[8]

細胞からシスチンを奪うと、グルタチオンが作れなくなってフェロトーシスは強く誘導されます。ところが同じ条件でジスルフィドプトーシスは完全に止まります。なぜなら、ジスルフィドプトーシスの「実行犯」は、まさに取り込まれて蓄積したシスチンそのものだからです。がん細胞がフェロトーシスから逃げようとSLC7A11を増やすほど、ジスルフィドプトーシスの「火薬」を体内に溜め込むことになる——これがシスチンのパラドックスです[1]

下に、制御された細胞死(RCD)のさまざまなタイプへのリンクをまとめました。それぞれの死に方の違いを知りたい方の入り口としてご活用ください。

5. がん治療への応用:弱点を逆手に取る

SLC7A11を多く持つがんは、抗がん剤や放射線、一部の免疫療法に対して強い抵抗性を示し、予後が悪いことが多くあります。しかしジスルフィドプトーシスは、まさにその「強さの源」を弱点に変える発想を提供します。これを「合成致死(synthetic lethality)」といいます。

💡 用語解説:合成致死(シンセティック・リーサリティ)

2つの条件が「単独では細胞は生き残るが、両方そろうと死ぬ」という関係のことです。たとえば「SLC7A11が多い」だけでも「ブドウ糖が少ない」だけでも死なないのに、その両方が重なると確実に死ぬ。がん細胞だけがすでに片方の条件(SLC7A11高発現)を満たしているなら、もう片方の条件(ブドウ糖の遮断)を薬で作ってあげれば、正常細胞を傷つけずにがんだけをねらえる、という考え方です。

KEAP1/NRF2変異がん × ブドウ糖の遮断

💡 用語解説:KEAP1/NRF2経路

NRF2は、細胞を酸化ストレスから守る遺伝子群を一斉にオンにする「司令塔」。ふだんはKEAP1がNRF2を抑え込んでいます。ところが非小細胞肺がんなどでKEAP1が壊れると、NRF2が暴走し、その指令でSLC7A11が大量に作られます。つまりKEAP1変異がんは、生まれつきジスルフィドプトーシスの「火薬」を抱えた状態なのです。

前臨床(動物・細胞)の研究では、BAY-876(GLUT1という糖の入り口を選択的にふさぐ薬)やKL-11743などでブドウ糖の取り込みを止めると、こうしたがんに選択的に強烈なジスルフィドプトーシスが起こり、正常組織への大きな害を伴わずに腫瘍の成長を抑えられたと報告されています[1]

BAP1変異がん——腎細胞がんや中皮腫

BAP1という遺伝子が壊れたがんも、同じく弱点を抱えます。BAP1は本来、SLC7A11の発現を低く抑える「ブレーキ」の役割を担っていますが、これが失われるとSLC7A11が過剰に作られます。BAP1変異は、淡明細胞型腎細胞がんの一部、悪性中皮腫、ぶどう膜悪性黒色腫などで見られ、予後不良と関連する難敵です。しかしこの過剰なSLC7A11こそが、ブドウ糖遮断やジスルフィドプトーシス誘導に対する致命的な弱点になると考えられています[1]

薬で「還元する力」を直接たたく

ブドウ糖を遮断する以外に、シスチンを還元する酵素系(チオレドキシン還元酵素1=TXNRD1)を薬で止める方法もあります。関節リウマチ治療薬として古くから使われているオーラノフィン(Auranofin)でTXNRD1を阻害すると、膠芽腫(グリオブラストーマ)などでジスルフィドプトーシスへの感受性が高まることが示されています[6]。また、天然化合物のGaudichaudione H がNRF2–SLC7A11経路を介して肝細胞がんを感受性化させる報告もあります[7]

大切な注意点:ここで紹介した薬や戦略は、いずれも現時点では研究段階(前臨床〜基礎研究)であり、ジスルフィドプトーシスを利用したがん治療として承認・確立されたものではありません。「いま受けられる治療」ではなく、「これから期待される新しい方向性」として読んでいただくのが正確です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「効きにくいがん」に光を当てる発想】

私はがん薬物療法の専門医でもありますが、長く現場にいると、標準治療に抵抗性を示すがんの手強さを痛感します。ジスルフィドプトーシスの面白さは、がん細胞が「生き延びるために身につけた工夫」を、そのまま倒すための入り口に変えてしまう逆転の発想にあります。

一方で、研究段階の話を「もう治療として使える」と受け取ってしまうと、かえって患者さんを惑わせます。期待できる科学だからこそ、いまどの段階にあるのかを正確にお伝えすることを大切にしています。

6. 免疫との関わり:諸刃の剣

発見当初は「がん細胞を死なせる仕組み」として注目されたジスルフィドプトーシスですが、近年、がんと戦うはずの免疫細胞でも起きてしまうことがわかってきました。とくに重要なのが、がんを攻撃する主役CD8陽性(CD8+)T細胞です。

💡 用語解説:CD8+ T細胞と「疲弊」

CD8+ T細胞は、がん細胞やウイルス感染細胞を直接攻撃する「殺し屋」の役割を持つ免疫細胞です。ところが腫瘍の中で長く戦い続けると、しだいに攻撃力を失う「疲弊(exhaustion)」という状態に陥ります。免疫療法が効きにくくなる大きな原因の一つです。

2025年に同じ『Nature Cell Biology』で報告された研究によると、疲弊したCD8+ T細胞では、ブドウ糖が十分にある環境でも、内側のしくみによってジスルフィドプトーシスが起きて死んでいくことが明らかになりました[2]。その引き金が「STAT3–LDHB–G6PD」という独自の経路です。

図2:疲弊CD8+ T細胞でジスルフィドプトーシスが起きるしくみ

① 慢性的な刺激 腫瘍からの絶え間ない刺激でT細胞が疲弊へ向かう
② STAT3が活性化 転写因子STAT3が恒常的にオンになる
③ LDHBが増える STAT3が乳酸脱水素酵素B(LDHB)の発現を強く高める
④ G6PDを阻害 増えたLDHBがG6PD(PPPの要の酵素)に結合し働きを止める
⑤ NADPHが激減 ブドウ糖は足りていてもNADPHが作れなくなる
⑥ シスチン蓄積→骨格崩壊 還元できないシスチンが溜まり、アクチン骨格が崩れる
⑦ T細胞の疲弊・死 → 抗腫瘍免疫の低下

実際、マウスのT細胞でSLC7A11を部分的に減らすと、T細胞のジスルフィドプトーシスがやわらぎ、抗腫瘍免疫が改善したことが示されています[2]。一方で、がん細胞がジスルフィドプトーシスを起こすときに放出される物質が、免疫を活性化する免疫原性細胞死(ICD)として働く可能性も議論されています[4]

ここに治療開発の大きな課題があります。ブドウ糖を全身で遮断する薬は、がん細胞だけでなく、せっかくのCD8+ T細胞まで弱らせてしまう恐れがあるのです。「がん細胞にだけジスルフィドプトーシスを起こし、免疫細胞は守る」——この両立が、これからの最大の宿題です[4]

7. 検出方法とバイオマーカーの開発

この細胞死を治療に役立てるには、「腫瘍で実際に起きているか」「起きやすい体質か」を正確に見分ける技術が欠かせません。しかし発見が2023年と最近のため、アポトーシスの切断型カスパーゼ-3のような「決定版マーカー」はまだありません[1]。現状は、複数の手法を組み合わせて証明します。

  • 非還元ウェスタンブロット:還元剤を使わずに調べ、アクチン骨格タンパク質どうしの異常なジスルフィド架橋(高分子量の塊)を検出します。
  • 代謝プロファイリング:シスチンの異常蓄積や、NADP+/NADPH比の上昇(=還元の力の崩壊)を測定します。
  • F-アクチンの蛍光染色:ファロイジン染色などで、細胞骨格が崩れる様子を直接見ます。
  • 救済実験:還元剤を加えると止まり、他の細胞死の阻害剤では止まらないことを確認して、種類を見極めます。

臨床で使うには、もっと体にやさしい方法が必要です。いま有望視されているのが、[18F]FSPGというトレーサーを使ったPET検査。SLC7A11によるシスチンの取り込み具合を、体を傷つけずに画像化でき、ジスルフィドプトーシスへの「なりやすさ」を測る代替指標になりうると期待されています[1]。さらに、腎細胞がんなどでは、関連する遺伝子の発現パターンから予後を予測するモデルづくりも進んでいます[5]

8. よくある誤解

誤解①「アポトーシスの一種でしょ?」

別物です。カスパーゼ阻害剤やフェロトーシス阻害剤では止まらず、還元剤でのみ止まる、独立した細胞死です。遺伝子の指令ではなく、代謝の物理的破綻で起こります。

誤解②「もうがん治療に使われている」

いいえ。現時点では研究段階で、ジスルフィドプトーシスを狙った承認薬はありません。有望な方向性ではありますが、過度な期待は禁物です。

誤解③「SLC7A11が多いほど死ににくい」

フェロトーシスには強くなりますが、ジスルフィドプトーシスにはむしろ弱くなります。「強さ」と「弱さ」が同じ性質から生まれる点が、この現象の核心です。

誤解④「免疫を活性化するだけの良い細胞死」

単純ではありません。がん細胞では有利でも、CD8+ T細胞で起きると免疫を弱める「諸刃の剣」。だからこそ、ねらった場所にだけ起こす技術が求められます。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「遺伝子の言葉」を、生活の言葉に翻訳する】

ジスルフィドプトーシスのような最先端の話題は、専門家でも全体像をつかむのが難しいものです。SLC7A11、NADPH、KEAP1、BAP1——次々と登場する用語の一つひとつに意味があり、それが「どんな人に、どんな選択肢を開くのか」までつながって初めて、医療として意味を持ちます。

私が情報発信を続けるのは、研究の言葉を、患者さんやご家族の「生活の言葉」に翻訳したいからです。たとえば、ご自身やご家族のがんの遺伝子情報をどう受け止め、どんな相談先につながればよいのか。難しい科学を、正しく、そしてやさしくお届けすることが、専門医としての役割だと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. ジスルフィドプトーシスを一言でいうと?

2023年に見つかった新しい細胞の死に方です。細胞内の「還元する力(NADPH)」が枯渇してアミノ酸の一種シスチンが処理できなくなり、細胞の骨組み(アクチン細胞骨格)が異常な硫黄結合で固まって物理的に崩れることで起こります。遺伝子の指令による「自殺」ではなく、代謝バランスの破綻による「自壊」に分類されます。

Q2. フェロトーシスとはどう違うのですか?

どちらもSLC7A11と関わりますが、シスチンへの要求が正反対です。シスチンを奪うとフェロトーシスは起きやすくなりますが、ジスルフィドプトーシスは完全に止まります。フェロトーシスは鉄が引き起こす脂質の酸化で起こり、ミトコンドリアが縮むのに対し、ジスルフィドプトーシスはアクチン骨格の崩壊で起こり、ミトコンドリアは保たれます。

Q3. なぜがん治療で注目されているのですか?

従来の抗がん剤や放射線が効きにくいがんの多くは、SLC7A11をたくさん持って身を守っています。その「強さの源」を逆手に取り、ブドウ糖の取り込みを止めるなどしてジスルフィドプトーシスを起こせば、正常細胞を傷つけずにがんだけをねらえる可能性があるためです。これを「合成致死」アプローチと呼びます。

Q4. どんながんに効果が期待されていますか?

KEAP1/NRF2に変異がある非小細胞肺がんなどや、BAP1に変異がある淡明細胞型腎細胞がん・悪性中皮腫など、SLC7A11が過剰に作られているがんが有力な候補とされています。これらは標準治療に抵抗性を示しやすい難敵ですが、だからこそジスルフィドプトーシス誘導の良い標的になりうると考えられています(いずれも研究段階です)。

Q5. すでに使える薬はありますか?

ジスルフィドプトーシスを目的として承認された治療薬は、現時点ではありません。研究ではGLUT阻害剤(BAY-876など)やTXNRD1阻害剤(オーラノフィン)などが検討されていますが、これらは前臨床・基礎研究の段階です。「いま受けられる治療」ではなく、今後の開発が期待される方向性として理解してください。

Q6. 免疫細胞でも起こるというのは本当ですか?

はい。2025年の研究で、疲弊したCD8+ T細胞ではブドウ糖が足りていてもジスルフィドプトーシスが起こり、抗腫瘍免疫が弱まることが示されました。STAT3がLDHBを増やし、それがG6PDを抑えてNADPHを減らすことが原因です。がん治療では「がん細胞だけに起こし、免疫細胞は守る」工夫が課題になっています。

Q7. 患者として、いま受けられる検査や治療はありますか?

ジスルフィドプトーシスそのものを測る臨床検査や、それを誘導する標準治療は、現時点では確立されていません。ただし、がんゲノム医療の中でKEAP1やBAP1などの遺伝子変異を調べることは行われており、将来の治療選択や臨床試験を考えるうえで役立つ可能性があります。気になる方は、がん診療や遺伝に詳しい医療機関でご相談ください。

Q8. 遺伝子検査やゲノム医療と関係がありますか?

深く関係します。ジスルフィドプトーシスへの「なりやすさ」は、KEAP1・NRF2・BAP1・SLC7A11といった遺伝子の状態に左右されます。これらはがんゲノム医療で調べられる遺伝子でもあり、将来的には「どの患者さんにこの戦略が向くか」を見極めるバイオマーカー研究として、精密医療(プレシジョン・メディシン)の一部になっていくと期待されています。

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関連記事

参考文献

  • [1] Liu X, Nie L, Zhang Y, et al. Actin cytoskeleton vulnerability to disulfide stress mediates disulfidptosis. Nat Cell Biol. 2023;25(3):404-414. [PMC10027392]
  • [2] Wan J, Shi JH, Shi M, et al. Lactate dehydrogenase B facilitates disulfidptosis and exhaustion of tumour-infiltrating CD8+ T cells. Nat Cell Biol. 2025;27(6):972-982. [Nature Cell Biology]
  • [3] Liu X, Zhuang L, Gan B. Disulfidptosis: disulfide stress-induced cell death. Trends Cell Biol. 2024;34(4):327-337. [ScienceDirect]
  • [4] Disulfidptosis and its emerging relevance in cancer and immunity. Ferroptosis and Oxidative Stress. 2025. [Science Exploration Press]
  • [5] Deciphering disulfidptosis signatures in clear cell renal cell carcinoma. Aging (Albany NY). 2024. [Aging-US]
  • [6] Inhibition of thioredoxin reductase 1 sensitizes glucose-starved glioblastoma cells to disulfidptosis. Cell Death Differ. 2024. [Cell Death & Differentiation]
  • [7] Shi M, Li X, Guo Y, et al. Gaudichaudione H Enhances the Sensitivity of Hepatocellular Carcinoma Cells to Disulfidptosis via NRF2-SLC7A11 Signaling. Adv Sci. 2025. [PMC11923960]
  • [8] SLC7A11-mediated cell death mechanism in cancer: a comparative study of disulfidptosis and ferroptosis. Front Cell Dev Biol. 2025. [Frontiers]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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