目次
- 1 1. UNC13A遺伝子とは ─ 神経伝達を支える「司令塔」
- 2 2. Munc13-1の構造 ─ 膜と膜をつなぐ長い「橋」
- 3 3. MUNドメイン ─ SNARE複合体づくりを触媒する心臓部
- 4 4. 六量体リング ─ なぜ「ちょうど6本」のSNAREが並ぶのか
- 5 5. アイソフォームと短期シナプス可塑性
- 6 6. ALS・前頭側頭型認知症との関わり ─ UNC13Aが枯渇する仕組み
- 7 7. リスク多型 rs12608932 ─ 生存期間との関わり
- 8 8. UNC13Aを標的とする次世代のASO治療
- 9 9. 小児のてんかん性脳症との関わり
- 10 10. 遺伝診療との接点 ─ 遺伝子検査・遺伝形式・遺伝カウンセリング
- 11 まとめ ─ 基礎研究が治療の希望へと結実する
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
📍 クイックナビゲーション
私たちの脳は、無数の神経細胞がシナプスという接続点で信号をやり取りすることで働いています。その信号のバトンを、1ミリ秒にも満たない速さで、狙った瞬間に正確に渡す——この離れ業を陰で取り仕切っているのが、UNC13A遺伝子がつくるタンパク質Munc13-1(マンク13-1)です。近年、このUNC13Aは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭型認知症(FTD)、そして小児の重いてんかんとの深い関わりが次々と明らかになり、世界中の研究者と製薬企業が注目する遺伝子になりました。この記事では、UNC13AとMunc13-1、そしてその心臓部であるMUNドメインの働きから、関連する病気、最新のアンチセンス核酸(ASO)治療まで、一般の方にもわかるように遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. UNC13A遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. UNC13A遺伝子は、神経細胞のシナプスで神経伝達物質を放出する準備を整える「司令塔タンパク質」Munc13-1の設計図です。Munc13-1は、信号を送る小さな袋(シナプス小胞)を細胞膜のすぐそばにドッキングさせ、いつでも放出できる状態(プライミング)にする役割を担います。この遺伝子の働きが大人の神経細胞で失われるとALSや前頭側頭型認知症の進行につながり、生まれつきの変化があると小児の重いてんかんを起こすことが分かってきました。現在、その働きを取り戻す新しい核酸医薬(ASO)の治験も始まっています。
- ➤正体 → 神経伝達の「司令塔」Munc13-1をつくる遺伝子。染色体19番に存在する
- ➤中心の働き → シナプス小胞のドッキングとプライミング。MUNドメインがSNARE複合体づくりを触媒する
- ➤高度な自己組織化 → 六量体のリングを組み、小胞1個の下に正確に6本のSNARE複合体を並べる
- ➤大人の病気 → TDP-43の異常でUNC13Aが枯渇し、ALS・FTDの進行を後押しする
- ➤子どもの病気と治療 → 生まれつきの変化は重いてんかんの原因に。働きを回復させるASO治療の治験が進行中
🧬 UNC13A遺伝子の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 遺伝子シンボル | UNC13A(unc-13 homolog A) |
| つくるタンパク質 | Munc13-1(マンク13-1)。約200 kDaの巨大なタンパク質 |
| 染色体上の位置 | 19番染色体短腕(19p13.11) |
| 主な発現部位 | 脳をはじめとする中枢神経系。Munc13ファミリーの中で脳内に最も豊富 |
| 主な機能 | シナプス小胞のドッキングとプライミング。MUNドメインを介してSNARE複合体の形成を促す[3] |
| 関連する疾患 | 大人:ALS・前頭側頭型認知症(リスク修飾)/子ども:てんかん性脳症・発達障害(生まれつきの変化) |
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた解説です。特定の検査を勧めるものではありません。
1. UNC13A遺伝子とは ─ 神経伝達を支える「司令塔」
神経細胞どうしが情報を伝え合うとき、信号を送る側の細胞は、神経伝達物質という化学物質を小さな袋(シナプス小胞)に詰め込み、必要な瞬間に細胞膜と融合させて外へ放出します。この放出は、カルシウムイオンが流れ込んでからわずか1ミリ秒未満という、想像を超える速さで起こります。しかも、放出する場所も時間もきわめて厳密に制御されていなければなりません。この精密なプロセスの中心的な司令塔が、UNC13A遺伝子のつくるタンパク質、Munc13-1です。
Munc13-1の名前は、線虫(C. elegans)の「unc-13」という遺伝子に由来します。この遺伝子が壊れた線虫は、うまく動けなくなる(uncoordinated)ことからその名がつきました。哺乳類にはこの仲間(Munc13ファミリー)がいくつかありますが、その中でもMunc13-1は脳全体にもっとも豊富に存在し、神経伝達の中核を担います。マウスの海馬神経細胞でMunc13-1とMunc13-2の両方を欠損させると、自発性・誘発性の神経伝達物質放出がともに消失することが示されています[14]。それほどまでに、Munc13ファミリーによるプライミングは「なくてはならない」仕組みなのです。
💡 用語解説:シナプス小胞のドッキングとプライミング
「ドッキング」とは、神経伝達物質を詰めた小胞を、放出口である細胞膜のすぐそばに繋留(けいりゅう)することです。「プライミング」は、その小胞を、カルシウムが来たら即座に融合できる「準備完了」の状態に整えることを指します。ロケットにたとえるなら、発射台に据えつける作業がドッキング、燃料を満たしてカウントダウン寸前にする作業がプライミングです。Munc13-1は、この両方に欠かせない役割を担っています。
神経伝達物質を放出する膜融合の実働部隊は、SNARE複合体と呼ばれるタンパク質の束です。Syntaxin-1(シンタキシン1)、SNAP-25、VAMP2という3種類のタンパク質が、4本のらせんがねじれ合った強固な束を組むことで、2枚の膜を引き寄せて融合させる力を生み出します。ただし、このSNARE複合体は勝手に組み上がると困るため、体の中では厳しくブレーキがかけられています。そのブレーキを適切なタイミングで外し、正しい場所で正しく組み上げる交通整理役の頂点に立つのが、Munc13-1なのです。
2. Munc13-1の構造 ─ 膜と膜をつなぐ長い「橋」
Munc13-1は約200 kDaという巨大なタンパク質で、複数の機能パーツ(ドメイン)が数珠つなぎに並んだ構造をしています。それぞれのパーツが、細胞膜の脂質の状態、細胞内のカルシウム濃度、他の足場タンパク質からの合図などを感じ取り、一つの分子で情報を束ねる「ハブ」として働きます。C末端側にある中核領域は、C1・C2B・MUN・C2Cという順にパーツが並び、Munc13ファミリーで共通して保たれています。
この中核領域は、細胞膜とシナプス小胞という2枚の膜を物理的に橋渡し(ブリッジ)する役割を持ちます。片方の端にあるC1ドメインとC2Bドメインが細胞膜側の脂質に、もう片方の端にあるC2Cドメインがシナプス小胞側の脂質に結合し、その間をMUNドメインが長い橋のようにつないで両膜を近づけます[3]。実際、C2Cドメインの一部を変化させると、この橋渡しができなくなり、小胞のドッキングも放出もほとんど起こらなくなります。研究では、この約200 kDaの巨大タンパク質のたった1か所のアミノ酸を置き換えるだけで、放出がほぼ完全に失われることも示されています[3]。

💡 用語解説:C1・C2B・C2Cドメインが感じ取るもの
C1ドメインは、細胞の中で発生する「ジアシルグリセロール(DAG)」という脂質のシグナルを受け取り、Munc13-1を活性化します。C2Bドメインは、細胞膜に多い「PIP2」という脂質とカルシウムを感じ取るセンサーです。C2Cドメインは、シナプス小胞側の膜に結合します。つまりMunc13-1は、両端で別々の膜と手をつなぎ、真ん中で神経活動のシグナルを読み取る、精巧なセンサー付きの橋なのです。
Munc13-1は、いつも働きっぱなしなのではありません。不必要にSNARE複合体が組み上がるのを防ぐため、ふだんは分子全体で自分にブレーキをかけた「自己阻害」の状態にあります。N末端側にあるC2Aドメインは、単独では自分どうしがくっついた二量体を組み、Munc13-1を眠らせています。ところが、シナプスの活性帯にいる足場タンパク質RIMが近づくと、C2AドメインはRIMと組み替わり、この構造の切り替えによって自己阻害が解除されます[16]。神経活動にともなうカルシウム・DAG・PIP2のシグナルやRIMとの結合が引き金となって、Munc13-1は「働くスイッチが入った」状態へと移行するのです。
3. MUNドメイン ─ SNARE複合体づくりを触媒する心臓部
Munc13-1のもっとも重要な仕事、すなわちSNARE複合体を組み上げる作業を直接後押ししているのが、分子の中央にあるMUNドメインです。これは約70 kDaの大きなパーツで、単独でも折りたたまれ、アミノ酸のらせん束からなる細長いアーチ(バナナのような形)をしています[2]。ラットのMUNドメインの結晶構造から、このアーチの中央には、機能上きわめて重要な小さな「くぼみ(疎水性ポケット)」があることが分かりました。
興味深いことに、MUNドメインは、酵母から植物まで真核生物に広く存在する「膜どうしを近づける(テザリング)」タンパク質群と、遠い親戚関係にあることが配列解析から示されています。神経シナプスで起こる超高速のエキソサイトーシスが、生命が普遍的に使う基礎的な膜輸送の仕組みから進化してきたことを示す、進化上の重要な手がかりです。
閉じたSyntaxin-1を「開く」──Munc18-1との連係プレー
細胞膜の上にあるSyntaxin-1は、ふだんMunc18-1というパートナータンパク質によって、自分自身が折りたたまれた「閉じた」姿にロックされています。この状態のままではSNARE複合体は組み始められません。ここでMUNドメインの出番です。MUNドメイン中央のくぼみにある、高度に保存された2つのアミノ酸(通称NFモチーフ)が、Syntaxin-1の特定の部位に働きかけ、閉じた構造を物理的に押し開きます[1]。このNFモチーフを別のアミノ酸に置き換えると、SNARE複合体を組む力も膜融合の活性も完全に失われることから、ここが触媒反応の核心であることが分かっています[2]。
1分子を直接引っ張って調べる「光ピンセット」という高度な手法により、MUNドメインがどのようにSNARE複合体づくりを取り仕切っているかが、力学的に明らかになりました[1]。まずMunc18-1が、Syntaxin-1と小胞側のVAMP2を自分の表面で並べ、半分だけ噛み合った不安定な「テンプレート複合体」をつくります。MUNドメインは、この不安定な中間体を留め金のように支え、約2.1 kBTというわずかな力学エネルギーで安定化させます[1]。こうして半開きに保たれた複合体は、3つ目のSNAREであるSNAP-25を迎え入れやすくなり、Munc18-1とMunc13-1が協力して、完全なSNARE複合体を組み上げるのです[1]。
融合細孔の制御 ─ 放出量の細かな調整
膜融合の最終段階では、2枚の膜に「融合細孔(ゆうごうさいこう)」という小さな穴が開き、そこから神経伝達物質が放出されます。この段階でも、Munc13-1とMunc18-1は役割を分担しています。Munc13-1は、放出の場所で複数のSNARE複合体を束ねて放出イベントの足並みをそろえ、一時的に閉じかけた細孔を再び開けるよう助けます。一方のMunc18-1は、個々のSNARE複合体に働きかけて、らせんが端から端へ閉じていく「ジッパー形成」を強力に後押しします[6]。両者が同時に働くことで、一度に放出される神経伝達物質の量が細かく調整されるのです[6]。
4. 六量体リング ─ なぜ「ちょうど6本」のSNAREが並ぶのか
1個のシナプス小胞が融合するとき、通常は6本のSNARE複合体が協力して働くことが知られています。では「どうやって正確に6本が小胞の真下に組み立てられるのか」。長年の謎に答えを出したのが、クライオ電子線トモグラフィーという、凍らせた試料を立体的に観察する最先端の構造解析でした。Munc13-1の中核領域を膜の間で観察したところ、膜の上で動的に切り替わる2種類の高次構造(多量体)をとることが発見されたのです[4]。
1つめは直立三量体と呼ばれる状態で、3つのMunc13-1が細胞膜と小胞膜を約21ナノメートルの距離に垂直に保ちます。これは、遠くにある小胞を捕まえて引き寄せる、初期の捕捉に適した姿です[4]。2つめは側方六量体で、細胞膜上のDAGなどのシグナルを機に、Munc13分子が柔らかいちょうつがいを軸にぐるりと回転し、細胞膜へ倒れ込むように並び替わります。このとき6分子が輪のように連なり、閉じたリング(六角形)を組みます。小胞は細胞膜から約14ナノメートルの至近距離まで引き寄せられ、SNARE複合体を組める距離になります[4]。
この六量体リングこそが、SNARE複合体を組み立てるための幾何学的な「鋳型(いがた)」です。リングを構成する6つのMunc13-1が、それぞれ1本ずつSNARE複合体づくりを受け持つため、正確に6本のSNARE複合体が小胞の真下に放射状かつ対称に配置されることが保証されます[4]。また、DAGが豊富な膜の微小領域では、Munc13-1が六量体のかたまりを自発的につくり、それぞれのかたまりが小胞を1個ずつ捕まえることも示されています[5]。単なるタンパク質どうしの結合を超えた、ナノスケールの高度な自己組織化が、神経伝達の正確さを支えているのです。
🩺 院長コラム【「かたち」が「はたらき」を保証する】
UNC13Aの研究を見ていると、生命が「正確さ」をどうやって担保しているのかに驚かされます。6本のSNAREを数える仕組みは、誰かが数えているわけではなく、Munc13-1が六角形のリングを組むという「かたち」そのものが、自動的に本数を決めているのです。分子が自分の形で答えを出す——遺伝子の設計図が、最終的にこうした精密な立体構造として結実することを思うと、たった1つのアミノ酸の変化がなぜ大きな病気につながりうるのか、腑に落ちるように感じます。
5. アイソフォームと短期シナプス可塑性
脳の神経回路は、同じ信号が続けて入ってきたときに、応答をだんだん弱めたり、逆に強めたりする性質を持ちます。これを短期シナプス可塑性といい、脳が信号のリズムを処理するうえで重要な仕組みです。どのMunc13ファミリーの分子を主に使うかによって、シナプスの性格が決まります。
Munc13-1を主なプライミング因子として使うシナプス(多くのグルタミン酸を使う興奮性シナプスなど)は、小胞が最初から放出されやすい状態にあるため、高い頻度で刺激されると小胞が枯渇し、「短期抑圧」を示しやすくなります。C2Bドメインへのカルシウムと脂質の結合が、枯渇した小胞の補充を加速し、信号が続く間の減衰を防いでいます。一方、近縁のMunc13-2を使うシナプスは、最初は放出されにくく設定されており、連続した刺激でシナプス内にカルシウムがたまると急速にプライミングが加速して「短期促通」を示します。このように、どのアイソフォームを使うかによって、神経回路が特定のリズムの信号をどう処理するかが、いわばハードウェアのレベルで決まっているのです。
💡 用語解説:アイソフォームと近縁のUNC13遺伝子
「アイソフォーム」とは、同じまたは近縁の遺伝子から作られる、少しずつ性質の異なるタンパク質の型のことです。Munc13ファミリーには、UNC13Aがつくる Munc13-1 のほか、UNC13Bがつくる Munc13-2、UNC13Cがつくる Munc13-3、そして免疫細胞で働く UNC13Dがつくる Munc13-4 などがあります。Munc13-4は神経ではなく、免疫細胞が持つ殺傷用の顆粒を放出するのに必須で、その欠損は家族性血球貪食性リンパ組織球症3型(FHL3)という別の病気を引き起こします。
6. ALS・前頭側頭型認知症との関わり ─ UNC13Aが枯渇する仕組み
ここからは、UNC13Aが大人の神経の病気とどう関わるかを見ていきます。筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動神経が徐々に失われていく病気、前頭側頭型認知症(FTD)は脳の前の方が萎縮して人格や言葉に変化が生じる病気で、両者は連続したスペクトラムとして重なり合うことが知られています。この2つの病気の患者さんの多くに共通して見られるのが、TDP-43というタンパク質の異常です。
TDP-43は、ふだん細胞の核の中で、mRNA(タンパク質の設計図のコピー)を正しく編集する仕事をしています。その大切な役割の一つが、mRNAに不要な部分(クリプティックエキソン=潜在的エキソン)が紛れ込むのを抑えることです。ところがALS・FTDでは、このTDP-43が核から消えてしまいます。すると、UNC13A遺伝子のmRNAに、本来は排除されるべきクリプティックエキソンが誤って組み込まれてしまうのです[7]。
この紛れ込んだクリプティックエキソンの中には、タンパク質づくりを途中で止めてしまう「未熟な終止コドン」が含まれています。そのため、異常なmRNAはナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)という品質管理の仕組みによって、すぐに分解されてしまいます[7]。結果として、運動神経では正常なMunc13-1タンパク質が枯渇し、シナプスの働きが著しく低下して神経変性が進むことになります。UNC13Aは、脳の遺伝統計解析(GWAS)でALS・FTDともっとも強く関連する遺伝子の一つとして繰り返し浮かび上がっており、この「なぜリスクになるのか」という長年の謎に、クリプティックエキソンの発見が答えを与えたのです[7][8]。
💡 用語解説:機能喪失(loss of function)
TDP-43が本来の仕事をできなくなることを「機能喪失」といいます。ALS・FTDでは、TDP-43が核から細胞質へ移って異常に固まってしまい、核での編集役という本来の機能を失います。その結果、下流にあるUNC13Aをはじめ多くの遺伝子の設計図が乱れる——これが病気の進行を後押しする一因と考えられています。
7. リスク多型 rs12608932 ─ 生存期間との関わり
UNC13Aとの関わりをさらに複雑にするのが、この遺伝子のイントロン(設計図の非翻訳部分)にある特定の一塩基多型(SNP)、とくにrs12608932です。ここに「C」というタイプ(マイナーアレル)を持っていると、TDP-43が結合する目印の近くに位置するために結合しにくくなり、前述したクリプティックエキソンの取り込みをさらに悪化させる方向に働きます[8]。
大規模なコホート研究(C9orf72変異のないALS患者2,216人を対象)により、この多型が病気の様相と関わることが示されています。Cを2つ持つ人(CC型)は、AA型やAC型に比べて、球麻痺(飲み込みや発語の困難から始まるタイプ)で発症する割合が高く、生存期間が短い傾向が報告されました[9]。具体的な数値は次のとおりです。
同じ研究では、CC型で球麻痺発症の割合が高いこと(AA型29.6%、AC型31.8%、CC型43.1%、p<0.001)、ALSに前頭側頭型認知症を併発する割合が高いこと(AA型4.3%、AC型5.2%、CC型9.5%、p=0.003)も示されました[9]。これらのデータは、UNC13Aの遺伝子型が、将来の臨床試験で患者さんのグループ分け(層別化)を行ううえで重要であることを物語っています。
治療との関わりも注目されています。3つのランダム化比較試験を統合したメタ解析では、CC型の患者さんに限って、炭酸リチウムが生存期間を延ばす可能性が示唆されました[10]。これを確かめるため、rs12608932がCC型のALS患者さんを対象とした大規模な二重盲検ランダム化比較試験が、ヨーロッパとオーストラリアの15施設で計画・実施されています[11]。ただし、これは現時点で確認段階にある研究であり、治療の判断は必ず主治医とご相談ください。
8. UNC13Aを標的とする次世代のASO治療
UNC13Aで起こるクリプティックエキソンの取り込みは、TDP-43の異常を持つ細胞に特異的に見られます。この特徴は、治療の標的としてきわめて有望です。そこで開発が進んでいるのが、アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)という核酸医薬です。この薬は、異常なクリプティックエキソンに特異的に結合し、mRNAを組み立てる装置にそれをスキップ(排除)させることで、正常なUNC13A mRNAが作られる状態を取り戻すことを狙います。
💡 用語解説:ASO(アンチセンス核酸)とは
ASOは、狙ったmRNAの特定の配列にぴったり結合するように設計された、短い一本鎖の核酸です。結合することで、mRNAの読み取りや編集の仕方を変えたり、分解を促したりできます。UNC13Aの場合は、mRNAに紛れ込む「不要な部分(クリプティックエキソン)」を読み飛ばさせ、正しい設計図に戻すことが目標です。近年、脊髄性筋萎縮症などで実用化が進み、神経の病気の新しい治療手段として期待されています。
2026年、このアプローチに基づく新薬候補が臨床試験の段階へ進みました。Trace Neuroscience社が開発するTRCN-1023は、髄腔内(ずいくうない)投与されるASOで、TDP-43の機能低下に伴うUNC13Aの異常スプライシングを補正し、UNC13Aタンパク質の発現・機能を回復させることを目的としています[12]。2026年6月時点で、第1/2相FUNCTION ALS試験は英国とオランダで臨床試験実施の承認を受けて開始され、他地域への展開も予定されています。また、中国ではLAUNCH ALS試験で最初の患者への投与が開始されています[12]。
💡 なぜUNC13Aを狙うASOが画期的なのか
これまでのALSの遺伝子標的治療(たとえばSOD1を標的とするもの)は、特定の遺伝子変異を持つ患者さんが主な対象でした。一方、TDP-43病理はALS全体の約97%に認められるとされ、TDP-43の核内機能低下に伴うUNC13Aの異常スプライシングは、より広い患者群に共通する治療標的となる可能性があります[12]。ただし、「ALS患者の97%でUNC13Aクリプティックエキソンが一律に確認される」という意味ではありません。TRCN-1023を含むUNC13A標的ASOはまだ治験段階であり、有効性と安全性は今後の臨床試験で検証されます。
9. 小児のてんかん性脳症との関わり
小児のUNC13A関連神経発達症では、生殖細胞系列の病的バリアントが、発達遅滞・知的障害、さまざまな発作型のてんかん、振戦やジスキネジアなどを引き起こすことが明らかになってきました。初期報告では新生突然変異(de novo変異)によるヘテロ接合性ミスセンス変異が注目されましたが、その後の大規模研究では、両アレル性の機能低下型変異、de novoの機能獲得型変異、さらにシグナル応答の調節を障害する変異など、複数の病態機序があることが示されています[15]。
💡 用語解説:ミスセンス変異と新生突然変異(de novo変異)
ミスセンス変異とは、遺伝子の設計図の1文字が変わることで、タンパク質を構成するアミノ酸が1個だけ別のものに置き換わる変化です。「新生突然変異(de novo変異)」は、両親のどちらも持っていないのに、子どもに新しく生じた変化を指します。つまり、親から受け継いだものではなく、その子で初めて起きた変異ということです。
初期の報告では、Met631Lys、Phe649Leu、Pro814Leuといったde novoミスセンス変異が、てんかん性脳症と知的障害をもつ患者で同定され、細胞・ゼブラフィッシュモデルから病原性を支持する機能異常が示されました[13]。その後の研究では、とくにGly808、Lys811、Pro814付近の「ヒンジ領域」に生じるde novoヘテロ接合性変異が、神経伝達を増強する機能獲得型(gain-of-function)として作用し、発達遅滞、難治性てんかん、運動失調、振戦・ジスキネジアを特徴とする一群を形成することが示されました[15]。
ここで重要なのは、UNC13Aの病態は一つではないという点です。大人のALS・FTDでは、TDP-43の核内機能低下による異常スプライシングを通じてUNC13A発現が低下することが問題になります。一方、小児のUNC13A関連神経発達症では、機能獲得型だけでなく、両アレル性の機能低下や、DAGなどのセカンドメッセンジャーに対する応答調節の障害も報告されています[15]。つまり、神経伝達の強さを「増やしすぎても、減らしすぎても、調節できなくても」病気につながりうる点が、この遺伝子の特徴です。
10. 遺伝診療との接点 ─ 遺伝子検査・遺伝形式・遺伝カウンセリング
UNC13Aは、遺伝診療の観点からも大切なポイントを含んでいます。大人のALS・FTDにおけるUNC13Aの一般的な関わり方は、単一の病的バリアントが病気を決定するというより、rs12608932などの多型が発症リスクや予後を修飾し、TDP-43機能低下時の異常スプライシングを増悪させるというものです。これに対し、小児のUNC13A関連神経発達症では、病的な生殖細胞系列バリアントそのものが原因となります。de novoヘテロ接合性の機能獲得型だけでなく、常染色体潜性(劣性)の両アレル性機能低下型なども報告されており、遺伝形式はバリアントの型によって異なります[15]。
💡 用語解説:遺伝形式とリスク修飾
de novoヘテロ接合性の病的バリアントでは、1本のUNC13Aに生じた変化が発症に関わるため、家系上は常染色体顕性(優性)型として扱われます。一方、両親から1つずつ病的バリアントを受け継ぐ両アレル性の病型では、常染色体潜性(劣性)の遺伝形式をとります[15]。「リスク修飾遺伝子」は、それ単独で病気を決定づけるのではなく、発症のしやすさや進行に影響を与える遺伝的要因を指します。ALS・FTDにおけるrs12608932などのUNC13A多型は、この文脈で理解するのが適切です。
検査という観点では、ALSにおけるrs12608932の遺伝子型判定は、現時点では主に予後の予測や臨床試験でのグループ分けを目的とした位置づけであり、日常診療で確定診断のために行う検査ではありません。一方、小児のてんかん性脳症では、原因を調べるために複数の関連遺伝子をまとめて調べるNGS遺伝子パネル検査が用いられることがあります。当院では、成人を対象としたALS(筋萎縮性側索硬化症)の遺伝子検査も行っています。
遺伝子検査を受けるかどうか、そして結果をどう受け止めるかは、ご本人やご家族にとって大きな意味を持ちます。当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含めて決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。UNC13Aのように、成人発症の神経変性と小児発症のてんかんという、性質の異なる病気に一つの遺伝子が関わる場合には、こうした整理がとくに大切になります。
🩺 院長コラム【一つの遺伝子に、二つの物語がある】
臨床遺伝の現場では、「この遺伝子はどんな病気の遺伝子ですか」と尋ねられることがよくあります。でもUNC13Aのように、大人ではTDP-43の異常を介して発現が低下し、小児ではバリアントによって機能が上がる場合も下がる場合も、シグナル応答の調節が乱れる場合もある遺伝子があります。同じ名前の遺伝子でも、変化の種類によってまったく違う顔を見せるのです。だからこそ、遺伝子検査の結果は「陽性か陰性か」だけでなく、「どんな変化が、どんな機序で、どんな意味を持つのか」まで丁寧に読み解くことが欠かせません。基礎研究の緻密な積み重ねが、こうして一人ひとりの診療につながっていきます。
まとめ ─ 基礎研究が治療の希望へと結実する
UNC13A遺伝子がつくるMunc13-1は、シナプス小胞のプライミングとSNARE複合体の組み立てを取り仕切る、神経伝達の司令塔です。その心臓部であるMUNドメインは、Munc18-1と協力してSyntaxin-1の閉じた構造を開き、組み立て途中のSNARE複合体を力学的に支えることで、超高速で正確な膜融合を可能にしています[1]。さらに、六量体リングという幾何学的な鋳型を組むことで、小胞1個の下に正確に6本のSNARE複合体を並べる——分子が自らの形で答えを出す、ナノスケールの見事な自己組織化がそこにあります[4]。
臨床の観点では、TDP-43の機能不全によるUNC13Aのスプライシング異常が、ALSと前頭側頭型認知症の進行を後押しする重要なメカニズムとして特定されたことが、大きな前進でした[7]。そして、この病的なスプライシング異常を是正しようとするASO治療が治験の段階に入ったことで、長年積み重ねられてきたMunc13-1の基礎研究が臨床開発へつながりつつあります[12]。一方、小児ではUNC13Aの生殖細胞系列病的バリアントにより、機能低下・機能獲得・シグナル応答調節障害という複数の機序から神経発達症が生じることが明らかになっています[15]。UNC13Aは成人と小児の両方にまたがる、遺伝医療上重要な遺伝子です。
よくある質問(FAQ)
Q1. UNC13A遺伝子とは何ですか?
UNC13A遺伝子は、神経細胞のシナプスで神経伝達物質の放出を取り仕切るタンパク質「Munc13-1」の設計図です。染色体19番にあり、脳をはじめとする神経系に豊富に存在します。Munc13-1は、信号を送る小胞を細胞膜のそばにドッキングさせ、いつでも放出できる状態(プライミング)に整える、いわば神経伝達の司令塔です。
Q2. MUNドメインはどんな働きをしていますか?
MUNドメインは、Munc13-1の中央にある約70 kDaの大きなパーツで、SNARE複合体という膜融合装置の組み立てを直接後押しする心臓部です。パートナーのMunc18-1と協力して、閉じた状態のSyntaxin-1を開き、組み立て途中の複合体を支えることで、正確で高速な神経伝達物質の放出を可能にします。
Q3. UNC13AはなぜALS(筋萎縮性側索硬化症)と関係があるのですか?
ALSや前頭側頭型認知症では、TDP-43というタンパク質が核から消えてしまいます。すると、UNC13AのmRNAに不要な部分(クリプティックエキソン)が紛れ込み、その設計図が壊れて分解されてしまいます。結果として運動神経で正常なMunc13-1が枯渇し、シナプスの働きが低下して病気の進行を後押しすると考えられています。
Q4. UNC13Aを狙った新しい治療はありますか?
アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)という核酸医薬の開発が進んでいます。これは、UNC13AのmRNAに紛れ込む不要な部分を読み飛ばさせ、正常な設計図を取り戻すことを狙う薬です。TRCN-1023などの候補が、髄腔内注射による治験の段階に入っています。ただし、まだ有効性と安全性を確かめる段階であり、治療の判断は主治医とご相談ください。
Q5. UNC13Aは子どものてんかんとも関係しますか?
はい。UNC13Aの病的な生殖細胞系列バリアントは、発達遅滞・知的障害、てんかん、振戦やジスキネジアなどを伴う神経発達症の原因になります。de novoヘテロ接合性の機能獲得型だけでなく、両アレル性の機能低下型や、神経伝達の調節応答を障害する型も報告されています。したがって「小児ではすべて働きすぎる」と一括りにはできません。
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参考文献
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