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シナプトタグミン(SYT1)とは?神経伝達物質を放出するカルシウムセンサーの働きと関連疾患を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

わたしたちが考えたり、手足を動かしたり、何かを記憶したりできるのは、脳の神経細胞どうしが「神経伝達物質」という化学物質をやりとりして情報を伝え合っているからです。この受け渡しのうち、活動電位に続くシナプス小胞の同期放出はミリ秒以下〜数ミリ秒という非常に短い時間尺度で進みます。この驚くほど速く正確なやりとりの引き金を引いているのが、シナプス小胞というカプセルの上にいるシナプトタグミン(Synaptotagmin:SYT)というタンパク質です。この記事では、神経伝達物質の放出を引き起こすカルシウムセンサー・シナプトタグミンの仕組みと、17種類ある仲間たちの役割、そしてSYT1遺伝子の変化が引き起こすベイカー・ゴードン症候群などの病気とのつながりまでを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分

Q. シナプトタグミンとは、ひとことで言うと何ですか?

A. 神経細胞のシナプスで、カルシウムの流入を感知して神経伝達物質の放出を一瞬で引き起こす「カルシウムセンサー」です。放出の引き金(アクセル)と、うっかり放出を防ぐ抑え(ブレーキ)の両方を兼ね備えた、精密な分子スイッチです。その代表がSYT1という遺伝子がつくるシナプトタグミン1です。

  • カルシウムセンサー:SYT1は2つのC2ドメインでカルシウムを感知し、膜に飛び込んで融合の引き金を引きます。
  • アクセルとブレーキ:静かなときは自発的な放出を抑え、必要なときだけ一斉放出を起こす二役をこなします。
  • 17種類の仲間:速い放出のSYT1・SYT2、遅い放出のSYT7、記憶の「忘却」を担うSYT3など、役割分担があります。
  • 病気との関係:SYT1の病的バリアントはベイカー・ゴードン症候群、SYT2の病的バリアントは先天性筋無力症候群などに関わり、SYT11はパーキンソン病リスク遺伝子として研究されています。

1. シナプトタグミンとは ─ 神経伝達の引き金を引くカルシウムセンサー

脳の中では、無数の神経細胞(ニューロン)がシナプスと呼ばれるつなぎ目で情報をやりとりしています。神経を伝わってきた電気信号(活動電位)がシナプスの末端に届くと、そこでは電気信号が神経伝達物質という化学物質の放出へと変換されます。この化学物質が次の神経細胞に届くことで、情報が受け渡されていきます。

神経伝達物質は、シナプス小胞という小さなカプセルに詰め込まれて待機しています。活動電位が届くと、シナプスの末端にある扉(電位依存性カルシウムチャネル)が開き、細胞の外からカルシウムイオン(Ca²⁺)が流れ込みます。すると小胞が細胞膜と融合し、中身の神経伝達物質が一気に外へ放出されます。ここで「カルシウムが入ってきた」という合図を受け取り、放出の引き金を引く中心的な役割を担うのが、シナプス小胞の上にいる受容体ならぬカルシウムの「センサー」、シナプトタグミンです[1]

シナプトタグミンの中でも、脳のシナプスに最も多く存在する代表選手がシナプトタグミン1(SYT1遺伝子がつくるタンパク質)です。SYT1は、活動電位が届いてからミリ秒単位で起こる、正確でそろった放出(同期放出)の主役です。この一連の反応があまりに速く正確なのは、シナプトタグミンが単なる化学的なスイッチではなく、脂質でできた膜そのものを物理的に変形させる「ナノサイズの機械」として働いているからだと考えられています[2]

💡 用語解説:シナプス・シナプス小胞

シナプスとは、神経細胞どうしが情報を受け渡すつなぎ目のことです。シナプス小胞は、その末端にある直径わずか40ナノメートルほどの小さな袋で、中に神経伝達物質を詰めて待機しています。カルシウムの合図が入ると、この小胞が細胞膜と一つになって(融合して)中身を放出します。

2. 分子の仕組み ─ 2つのC2ドメインとカルシウム感知

シナプトタグミン1の形を見てみましょう。小胞の膜を貫く部分から細長い柄が伸び、その先にC2AドメインとC2Bドメインという、よく似た形をした2つの部品がぶら下がっています[1]。この2つの部品が、カルシウムを感じ取るセンサーの本体です。それぞれ8本のひも(βストランド)が折り重なった安定した構造をしており、その上部から突き出た柔らかいループの部分に、カルシウムがはまり込むポケットがあります。

このポケットは、負の電気を帯びたアミノ酸(アスパラギン酸)が集まってできています。C2Aドメインは3個、C2Bドメインは2個のカルシウムイオンを結合できる部位を持っています[22]。ここでカギになるのが、シナプトタグミンがカルシウムを感じ取る仕組みです。これは「静電スイッチ」と呼ばれています。

カルシウムが結合する目的は、タンパク質の形を大きく変えることではありません。ポケットが持っていた強い負の電気を、プラスの電気を持つカルシウムイオンで打ち消す(中和する)ことにあります[2]。細胞膜も負の電気を帯びているため、ふだんはシナプトタグミンと反発しています。ところがカルシウムが結合して負電荷が打ち消されると、反発が消え、ドメインの先端にある水になじみにくい(疎水性の)部分が、細胞膜の内部へとぐいっと差し込まれます。この「膜への差し込み(ペネトレーション)」こそが、放出の引き金を引く物理的な動作なのです[2]

💡 用語解説:C2ドメイン

C2ドメインは、カルシウムと脂質膜を結びつける役割を持つ、タンパク質の共通部品の一つです。シナプトタグミンはこのC2ドメインを2つ持っており、カルシウムを感じ取るアンテナのように働きます。C2ドメインは、後で登場する「拡張シナプトタグミン」など、他の多くのタンパク質にも使い回されています。

興味深いことに、C2ドメイン単体でのカルシウムをつかむ力(親和性)は、それほど強くありません。ところが、負の電気を帯びた脂質(特にPI(4,5)P2という膜の成分)がそばにあると、見かけの上でカルシウムへの反応性が大きく高まることが知られています[22]。実際、C2BドメインはカルシウムがなくてもこのPI(4,5)P2と先に軽く結合しておくことができ、これによってカルシウムが入ってきたときに、すばやく膜へ飛び込めるよう準備を整えているのです[4]。神経伝達が「速い」ことの一因は、こうした事前のスタンバイにあります。

3. アクセルとブレーキ ─ 一つの分子が両方を担う

シナプトタグミン1のすごさは、放出の「アクセル」と「ブレーキ」という、正反対の役割を一つの分子で兼ね備えている点にあります。カルシウムがないふだんの静かなときには、シナプトタグミンは小胞がうっかり融合してしまう「自発的な放出」を抑えるブレーキ(クランプ)として働きます。そしてカルシウムが流れ込んだ瞬間、その抑えを一気に解除し、そろった放出を駆動するアクセル(トリガー)へと切り替わるのです[5]

この切り替えには、放出のための装置であるSNARE(スネア)複合体との連携が欠かせません。SNAREは、小胞側と細胞膜側のタンパク質がファスナーのように噛み合って、2つの膜を引き寄せて融合させる仕組みです。放出の準備が整った小胞では、シナプトタグミン1とコンプレキシンというタンパク質が協力して、このSNAREのファスナーが最後まで閉じきらないように押さえ込み、いわばバネを引き絞ったような高エネルギーの待機状態で止めています[5]

① 準備完了SNAREが半分だけ噛む
② クランプSyt1が押さえて待機
③ Ca²⁺流入静電スイッチ作動
④ 一斉放出膜へ差し込み融合

では、シナプトタグミンはどうやって複数のSNAREをまとめつつ、うっかり放出を防いでいるのでしょうか。近年の研究では、シナプトタグミン1がカルシウムのないときに自分どうしで集まり、リング状の集合体(リング・オリゴマー)をつくることがわかってきました。このリングがSNAREを保持し、余分なファスナーが閉じきってしまうのを立体的に邪魔する「スペーサー」として働くと考えられています。カルシウムが入ってくると静電スイッチが作動してC2ドメインが膜へ差し込まれ、その動きがリングを解体します。リングが崩れると同時に、シナプトタグミンはSNAREに対して「てこ(レバー)」のように働き、引き絞られていたファスナーのエネルギーを一気に解放して、融合の穴を開けるのです[6]

この「リング状の並び」は、単なる試験管の中の話ではありません。細胞やシナプスをそのまま瞬間凍結し、水を含んだ状態のまま立体構造を見るクライオ電子線トモグラフィーという最新技術によって、放出準備が整った小胞の真下に、タンパク質がきれいに6回対称のリング状に並んでいる様子が、細胞の本来の環境の中で直接観察されました[7]。試験管内で示唆されていたモデルが、細胞の中の現実として裏づけられた、印象的な成果です。

💡 用語解説:SNARE複合体

SNARE(スネア)は、小胞と細胞膜という2つの膜を融合させるための、タンパク質のファスナー装置です。小胞側のタンパク質と細胞膜側のタンパク質が、N末端からC末端へと順番に噛み合っていく(ジッパリング)ことで、2つの膜が引き寄せられて一つになります。シナプトタグミンは、このファスナーの締まり具合をカルシウムの合図で制御する「操縦者」の役割を果たします。

4. 膜融合とフュージョンポア ─ 穴を開けて広げる物理の仕事

シナプトタグミンによるカルシウム感知は、単なる化学のスイッチにとどまらず、細胞膜という物理的な材料を実際に変形させる作業と直結しています。カルシウムが結合したシナプトタグミンの疎水性ループが脂質膜に差し込まれると、膜の片側だけが局所的にふくらみ、膜が湾曲(カーブ)します[2]。この湾曲によって、小胞と細胞膜が接する面積が減り、水の反発する力が下がって、2つの膜の脂質が混ざり合うプロセスが加速されます。膜を曲げる働きが失われたシナプトタグミンでは、平らな膜どうしの融合をうまく進められないことも実験で示されており、この物理的な膜の湾曲が融合を促進する重要な過程であることが実験で示されています[23]

小胞膜と細胞膜が最初に融合してできる、ごく小さな通り道をフュージョンポア(融合細孔)と呼びます。この直径わずか1ナノメートルほどの穴がしっかり広がらないと、神経伝達物質は十分に放出されず、穴がまた閉じてしまう「キス・アンド・ラン」という現象で終わってしまいます。シナプトタグミン1は、穴を開けるだけでなく、その後の穴を広げる(拡張する)段階でも積極的な役割を果たします。C2Bドメインの一部が膜に差し込まれる際に、結合しているSNAREに物理的なひねりの力(トルク)を与え、狭い穴を力学的に押し広げていくと考えられています[8]。シナプトタグミンは、いわば穴を開けて広げるところまでを担う「モーター」のような存在なのです。

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5. 17種類のシナプトタグミン ─ 速い放出・遅い放出の分業

ヒトのゲノムには、シナプトタグミンの遺伝子が17種類(SYT1〜SYT17)コードされています。多くは膜アンカーとC2ドメインを備えた共通性の高い構造を持ちますが、SYT17は典型的な膜貫通領域を持たない例外です。どこで働くか、カルシウムへの反応の速さや強さがそれぞれ異なり、多彩な役割を分担しています[9]。まず主要なメンバーの特徴を表で見てみましょう。

主要なシナプトタグミンの役割分担

種類 主な居場所 放出のスピード おもな役割
SYT1 シナプス小胞 きわめて速い 脳での同期放出の主役。自発放出のブレーキも担う。
SYT2 シナプス小胞・神経筋接合部 最速クラス 神経と筋肉のつなぎ目(神経筋接合部)で中心的に働く。
SYT3 シナプス後部 中程度 AMPA受容体を回収し、記憶の「忘却」を駆動する。
SYT7 シナプス末端など 遅い 遅れて続く非同期放出と、短期促通(facilitation)を担う。
SYT11 小胞・エンドソーム 典型的な同期放出センサーではない エンドサイトーシスなどの膜交通を調節し、パーキンソン病との関連が研究されている。

※役割は代表的なものを示しています。研究の進展により理解は更新されていきます。

同期放出と非同期放出 ─ SYT1とSYT7の分業

神経伝達物質の放出には、活動電位の直後にミリ秒単位で起こる同期放出と、数十から数百ミリ秒ほど遅れてじわじわ続く非同期放出があります。SYT1やSYT2のグループは、カルシウムへの反応が速く、結合も解離も素早いため、活動電位に伴ってできる高濃度のカルシウムの一瞬の高まりだけに反応し、ミリ秒単位の同期放出を引き起こします[1]

これに対してSYT7は、カルシウムへの親和性が非常に高く、結合や解離がゆっくりという性質を持っています。SYT7は速い同期放出の主役ではなく、細胞内に残ったカルシウムに応答して、遅れて続く非同期放出や短期促通に関与します[10]。さらにSYT7は、高い頻度で刺激が続くと放出が一時的に強まる短期促通(short-term facilitation)の責任分子でもあります。これは、脳が信号の頻度に応じて伝達の強さを動的に調整する、神経回路の「演算」を支える重要な仕組みです[11]。SYT7は神経系だけでなく、膵臓のβ細胞でのインスリン分泌など、全身の分泌にも関わっています。

💡 用語解説:エンドサイトーシス

放出を終えて空になった小胞の膜は、そのまま捨てられるのではなく、細胞の中に取り込まれてリサイクルされます。この「膜を細胞内に取り込む」働きをエンドサイトーシスといいます。放出(エキソサイトーシス)とセットで小胞が繰り返し使われることで、神経は連続して信号を送り続けることができます。SYT11などはこのエンドサイトーシスの調整に関わっています。

6. 記憶と「忘却」 ─ シナプス後部で働くSYT3

シナプトタグミンは、信号を送り出す側(シナプス前)だけで働くわけではありません。SYT3は、信号を受け取る側(シナプス後部、樹状突起スパイン)に居場所を持ち、マウス研究では記憶の「忘却」に関わる分子機構の一つとして注目されています[12]

学習と記憶の土台となるシナプスの可塑性では、シナプスの伝達効率が長期的に下がる「長期抑圧(LTD)」に、受け手側の膜からAMPA型グルタミン酸受容体を細胞内に回収する(エンドサイトーシス)ことが必要です。SYT3はカルシウムを感じ取って、このAMPA受容体の回収を強力に駆動します。SYT3を欠損させたマウスの実験では、LTDが起こらなくなるだけでなく、空間記憶の「忘却」がうまくできなくなることが示されました[12]

忘却は、記憶が受動的に薄れていくだけの現象ではなく、変わりゆく環境の中で古い情報を手放し、認知の柔軟さを保つための能動的なプロセスだと考えられています。SYT3は、シナプスのつながりの強さを物理的に弱めることで、脳が古い情報を適切に整理するための分子的なハブの一つとして働いているのです。

仲田洋美 医師

院長コラム:「忘れる」ことにも仕組みがある

「忘れる」というと、ネガティブな響きに聞こえるかもしれません。けれど、SYT3の研究は、少なくともマウスでは、忘却に能動的な分子機構が関わっていることを示しています。古い記憶を適切に弱めるからこそ、新しい状況に合わせて柔軟に学び直すことができます。ひとつのタンパク質の働きが、記憶という高度な心のはたらきにまでつながっているというのは、遺伝子や分子を扱う立場から見ても、いつも新鮮な驚きを感じるところです。

なお、シナプトタグミンの仲間には、シナプス小胞ではなく小胞体(ER)の膜に居場所を持つ拡張シナプトタグミン(E-Syts)という特殊なグループもあります。これらは膜を融合させるのではなく、小胞体と細胞膜を物理的につなぎとめ、脂質分子を膜と膜の間で直接運ぶ役割を担っています[20]。カルシウムを感じ取るC2ドメインの働きが、膜融合の引き金だけでなく、細胞内での脂質輸送という、まったく別の生命現象にも応用されているのです。

7. SYT1の変化とベイカー・ゴードン症候群(BAGOS)

ここまで見てきた精密な仕組みは、SYT1遺伝子に病的な変化が起きると崩れてしまいます。ベイカー・ゴードン症候群では、これまで新生(de novo)のヘテロ接合性ミスセンスバリアントが多数報告されてきましたが、近年はSYT1を障害する構造バリアントやmulti-exon deletionの報告もあり、病因はミスセンスバリアントだけに限定されません[21]。SYT1の病的バリアントは、ベイカー・ゴードン症候群(Baker-Gordon Syndrome:BAGOS、SYT1関連神経発達障害)を引き起こします[13]。この病気は、2015年にBakerとGordonらによって最初の症例が報告され[13]、2018年に症候群として整理されました[14]

💡 用語解説:ミスセンスバリアント/新生(de novo)バリアント

ミスセンスバリアントとは、遺伝子の設計図が1文字変わることで、タンパク質をつくるアミノ酸が別のものに入れ替わる変化です。新生(de novo)バリアントは、両親のどちらも持っていないのに、お子さんに新しく生じた変化のことです。ベイカー・ゴードン症候群は、多くが新生バリアントとして生じる常染色体顕性(優性)の病気です。

この症候群の特徴は、成長とともに症状の性質が大きく移り変わる点にあります。乳児期には、重い筋緊張低下(体がぐにゃっと柔らかい状態)や、知的・運動の発達の遅れ、眼の異常、てんかん発作がないのに特徴的な脳波の異常などが目立ちます[14]。ところが小児期から思春期にかけては、筋緊張低下が和らぐ一方で、体を過剰に動かしてしまう運動障害や、睡眠の問題、自傷を伴う行動などが前面に出てくることが報告されています[15]。UKの研究グループが40名(30種類の新生バリアント)をまとめた解析では、脳波の異常が約93%、MRIの異常が約45%に認められました[15]

では、SYT1の1文字の変化は、どうしてこれほど大きな影響を与えるのでしょうか。生化学的・生理学的な解析から、BAGOSを引き起こすSYT1バリアントは、正常なSYT1タンパク質の働きまで邪魔してしまう「ドミナント・ネガティブ(優性阻害)」という効果を示すことがわかっています[16]。たとえばI368Tというバリアントは、C2Bドメインのカルシウム結合ループに位置し、膜への差し込みを物理的に妨げます。その結果、同期放出が遅れると同時に、小胞のリサイクル(エンドサイトーシス)も遅れることが示されています[13]

💡 なぜ「1本だけの変化」で症状が出るのか

わたしたちは同じ遺伝子を父由来・母由来で2本持っています。SYT1関連神経発達障害で報告されている多くのミスセンスバリアントでは、変化したタンパク質が正常なタンパク質の働きまで妨げるドミナント・ネガティブ作用が示されています。このため、正常なコピーが1本残っていても症状につながり得ます。ただし、近年はSYT1のハプロ不全を支持する構造バリアントや欠失の報告もあり、すべての症例を単一の機序だけで説明できるとは限りません[21]

とりわけ注目されているのが、治療の可能性です。SYT1バリアントの分子メカニズムを詳しく調べた研究では、変化したタンパク質による神経伝達の障害を、すでに臨床で使われているカリウムチャネルを抑える薬によって、培養神経細胞のレベルで部分的に回復させられることが報告されました[16]。カリウムチャネルを抑えると、神経末端でのカルシウム流入が増え、弱まった放出を後押しできると考えられています。これはまだ細胞レベルの知見ですが、将来の精密医療に向けた手がかりとして期待されています。

8. SYT2とSYT11 ─ 神経筋接合部とパーキンソン病

SYT2と先天性筋無力症候群(治療できるタイプ)

SYT2は、脳の一部に加えて、神経と筋肉のつなぎ目(神経筋接合部)で主要なカルシウムセンサーとして働きます。そのためSYT2の変化は、この場所でのアセチルコリン(筋肉を動かす神経伝達物質)の放出を弱め、先天性筋無力症候群(CMS)や遠位型の運動ニューロパチーを引き起こします[17]。症状としては、足の変形(凹足やハンマートゥ)、下肢の遠位の筋萎縮、運動発達の遅れ、疲れやすい筋力低下などが特徴です[17]

この病気で特に重要なのは、治療できる可能性があるという点です。電気生理学的な検査では、運動の後に神経伝達がしばらく強まる現象(強縮後増強)が異常に長く続くことが特徴で、ある研究では最長60分に及ぶ例も報告されています[17]。そして、シナプス前末端の神経の興奮を延ばしてカルシウムの流入を増やす薬である3,4-ジアミノピリジン(3,4-DAP)の投与によって、臨床的な改善と神経伝達の回復の両方が得られたことが報告されています[17]。原因の分子メカニズムを理解することが、具体的な治療の選択肢につながった好例です。

SYT11とパーキンソン病

SYT11は、カルシウムに依存した典型的な膜融合には関わらない、少し変わったシナプトタグミンですが、パーキンソン病のリスク遺伝子として注目されています。SYT11は、パーキンソン病に関わるタンパク質パーキン(parkin)によって分解される基質の一つです。パーキンの働きが失われる若年性パーキンソン病では、SYT11が過剰にたまってしまい、エンドサイトーシスを強く妨げます。その結果、ドーパミンを蓄えた小胞のリサイクルが滞ってドーパミン放出が減り、黒質のドーパミン神経の変性につながることが、動物モデルで示されています[18]。SYT11は、パーキンソン病の病態を理解するうえで重要な分子の一つと位置づけられています。

9. 遺伝診療との接点 ─ 診断・遺伝形式・遺伝カウンセリング

シナプトタグミンの話は、基礎研究にとどまらず、実際の遺伝診療にもつながっています。SYT1関連神経発達障害(ベイカー・ゴードン症候群)は常染色体顕性(優性)で、その多くが新生(de novo)バリアントによって生じます[14]。診断は、多くの場合全エクソーム解析や全ゲノム解析といったゲノム全体を調べる検査で得られます。実際、40名を対象とした研究でも、参加者は各地の医療機関でこうしたゲノム網羅的な検査を受けて診断されていました[15]

新生バリアントが原因の場合、同じご両親の次のお子さんに同じ変化が再び起こる確率(再発率)は、原則として低いと考えられます。ただし、ご両親のどちらかの生殖細胞に部分的に変化が含まれている「生殖細胞モザイク」の可能性はゼロではないため、その点も含めて説明が必要になります。SYT2の変化による病気のように、バリアントの種類によって顕性(優性)と潜性(劣性)の両方が報告されるものもあります[17][19]。こうした違いは、ご家族の中でのリスクを考えるうえで大切になります。

遺伝子検査で見つかった変化が、病気を起こすもの(病的バリアント)なのか、それとも意義がはっきりしないもの(VUS)なのかを見極めることも、遺伝診療では重要です。シナプトタグミンの研究のように、その変化がタンパク質の働き(膜への差し込みやリング形成など)をどう損なうかという分子レベルの知見は、見つかった変化の意味を判断するための材料の一つになります。

当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのかを、一緒に整理していきます。検査を受けるかどうかも含め、決めるのはご本人・ご家族であり、わたしたちは中立の立場で判断材料をお示しする役割を担います。なお、シナプトタグミンそのものは基礎研究が中心の分野であり、ここでは「遺伝子の働きと病気のつながりをどう読み解くか」という理解の土台として位置づけています。

10. よくある誤解

誤解①「センサーはただ感じるだけ」

シナプトタグミンはカルシウムを感じ取るだけでなく、膜に飛び込み、曲げ、穴を広げるという物理的な仕事までこなします。単なる受け身のセンサーではなく、能動的に働く分子機械です。

誤解②「アクセルとブレーキは別の分子」

SYT1は一つの分子でアクセルとブレーキの両方を担います。静かなときは自発放出を抑え、カルシウムが来た瞬間に一斉放出へ切り替わる、精巧なスイッチです。

誤解③「1文字の変化なら影響は小さい」

SYT1のミスセンスバリアントは、正常なタンパク質の足まで引っ張るドミナント・ネガティブ効果を示すことがあり、1本の変化でもベイカー・ゴードン症候群という重い症状につながります。

誤解④「仕組みが分かっても治療には遠い」

分子メカニズムの解明は治療に直結します。SYT2の病気では3,4-DAPという薬が有効で、SYT1でも既存薬による回復の可能性が細胞レベルで示されています。

まとめ ─ 小さなセンサーが支える神経のはたらき

シナプトタグミンは、神経科学と細胞生物学の中で最も徹底的に研究されてきたタンパク質ファミリーの一つです。SYT1を中心とする同期放出のセンサーは、単にカルシウムを結合するだけでなく、SNAREやコンプレキシンと緊密に連携し、自発融合を防ぐリング状のクランプと、カルシウム流入に伴う膜への差し込みという、精巧なナノメカニクスを駆動しています[6]

さらに、進化の中で生まれた17種類の仲間は、単純なオン・オフのスイッチにとどまりません。SYT7による非同期放出と短期促通、SYT3によるAMPA受容体の回収を通じた記憶の「忘却」、そして拡張シナプトタグミンによる脂質輸送など、細胞の時間的・空間的なシグナル伝達の幅広い領域をカバーしています。そしてSYT1やSYT2のミスセンスバリアントが引き起こすベイカー・ゴードン症候群や先天性筋無力症候群の臨床的な知見は、試験管の中で解明された分子の細かなふるまいの変化が、ヒトの発達・運動・認知にどれほど直結しているかを示す、力強い証拠になっています。今後、クライオ電子線トモグラフィーなどの先端技術で各メンバーの分子の動きがさらに解明されることは、シナプスの機能不全に由来するさまざまな神経疾患に対する、より精密な治療の基盤になっていくでしょう。

よくある質問(FAQ)

Q1. シナプトタグミンとは何ですか?

シナプトタグミン(Synaptotagmin:SYT)は、神経細胞のシナプスで、カルシウムイオンの流入を感知して神経伝達物質の放出を引き起こす「カルシウムセンサー」です。シナプス小胞という小さなカプセルの上にいて、活動電位に伴ってカルシウムが入ってくると、膜に飛び込んで放出の引き金を引きます。脳のシナプスに最も多い代表がSYT1という遺伝子がつくるシナプトタグミン1です。

Q2. シナプトタグミンはヒトに何種類ありますか?

ヒトのゲノムには17種類(SYT1〜SYT17)のシナプトタグミン遺伝子があります。多くは似た基本構造を持ちますが、SYT17のような例外もあり、居場所やカルシウムへの反応の速さが異なり、速い放出を担うSYT1・SYT2、遅い放出と短期促通を担うSYT7、記憶の忘却に関わるSYT3など、役割を分担しています。

Q3. SYT1の変化はどんな病気を起こしますか?

SYT1の病的バリアントは、ベイカー・ゴードン症候群(SYT1関連神経発達障害)を引き起こします。多くは新生(de novo)のヘテロ接合性ミスセンスバリアントですが、構造バリアントや欠失も報告されています。乳児期の筋緊張低下、発達の遅れ、眼の異常、てんかん発作を伴わない特徴的な脳波異常などがみられ、成長とともに運動障害や睡眠の問題が前面に出てくることが報告されています。常染色体顕性(優性)の病気で、多くは新生バリアントによって生じます。

Q4. シナプトタグミンの病気は治療できますか?

タイプによって異なります。SYT2の変化による先天性筋無力症候群では、3,4-ジアミノピリジン(3,4-DAP)という薬で神経伝達が改善したことが報告されています。SYT1関連の病気でも、既存のカリウムチャネル阻害薬によって、変化したタンパク質による障害を培養神経細胞のレベルで部分的に回復できることが示されており、将来の治療の手がかりとして研究が進められています。治療の判断は必ず主治医とご相談ください。

Q5. SYT1やSYT2の病気が疑われたら、どんな検査をしますか?

多くの場合、全エクソーム解析や全ゲノム解析といった、ゲノムを幅広く調べる検査によって原因となる変化が見つかります。SYT2の変化が関わる神経筋の病気では、先天性筋無力症候群や遠位型遺伝性運動ニューロパチーのNGS遺伝子パネル検査が用いられることがあります。見つかった変化の意味づけや、ご家族へのリスクについては、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングでご相談いただけます。

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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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