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ベイカー・ゴードン症候群(SYT1関連神経発達障害)とは?症状・原因・治療を遺伝専門医が解説

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

臨床遺伝専門医・がん薬物療法専門医・総合内科専門医。30年にわたる臨床のなかで、のべ10万人以上のご家族の切実な意思決定に伴走してきました。世界基準の遺伝子診断と遺伝カウンセリングを、終始責任をもって提供します。

📍 クイックナビゲーション

「赤ちゃんのときは、だっこすると体がぐにゃりと柔らかかった」「歩きはじめる頃から、手足が意図せず動くようになった」——こうしたお子さんの育ちの心配ごとの奥に、脳の神経どうしが情報をやりとりする「つなぎ目」のわずかな不具合が隠れていることがあります。ベイカー・ゴードン症候群(SYT1関連神経発達障害)は、神経の信号伝達に欠かせないSYT1という遺伝子に、ご両親にはない新しい変化(新生突然変異)が生じて起こる、たいへんまれな病気です。

この記事では、ベイカー・ゴードン症候群がどんな病気なのか、なぜ「てんかん発作をほとんど伴わない」という珍しい特徴を持つのか、そして成長とともに症状の中身が入れ替わっていくこと、さらに変異したほうの遺伝子を選択的に抑える核酸医薬(ASO)という将来の治療戦略の可能性までを解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16〜18分
🧬 シナプス病・超希少疾患
臨床遺伝専門医監修

  • ベイカー・ゴードン症候群がどんな病気で、なぜ「乳児期のぐにゃぐにゃ」から始まるのか
  • 原因となるSYT1遺伝子が、神経のつなぎ目でどんな役割を果たしているのか
  • 「量が半分になるだけ」では起きない——優性阻害というしくみのふしぎ
  • 乳児期の筋緊張低下から、小児期以降の運動障害・睡眠障害へと移りゆく経過
  • 変異アレルだけを狙うASO治療と、国際的な患者レジストリという新しい希望
⏱️ 30秒でわかる要約

🧬Q. ベイカー・ゴードン症候群とはどんな病気ですか?

神経のつなぎ目(シナプス)で信号を伝えるSYT1という遺伝子に、ご両親にはない新しい変化(新生突然変異)が生じて起こる、たいへんまれな神経発達障害です。乳児期の強い筋緊張低下(ぐにゃぐにゃした低緊張)に始まり、小児期以降に手足の不随意な動きや発達の遅れ、睡眠の乱れが目立つようになります[1]

🩺Q. なぜ症状が出るのですか?

変異したSYT1タンパク質が、正常なタンパク質の働きまで邪魔してしまう「優性阻害(ドミナントネガティブ)」というしくみが中心です。神経伝達物質を放出するしくみがうまく働かなくなり、脳のネットワークの調整が乱れます[3]

🌸Q. 治療法はありますか?

今のところ根本的に治す薬はなく、運動障害へのお薬やリハビリが中心です。ただし、変異アレルを選択的に抑える核酸医薬(ASO)は将来の治療戦略として検討可能な考え方で、近縁の優性阻害性疾患では前臨床研究が進んでいます[10]。SYT1では、自然歴研究や患者レジストリが将来の治験に必要な基盤づくりを進めています。

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ベイカー・ゴードン症候群とは——神経のつなぎ目で起こる超希少疾患

2018年に確立された、新しい病気の枠組み

ベイカー・ゴードン症候群は、正式にはSYT1関連神経発達障害(SYT1-associated neurodevelopmental disorder)とも呼ばれ、OMIMという国際的な遺伝病データベースには「#618218」という番号で登録されています。原因は、神経の信号伝達に欠かせないSYT1(シナプトタグミン-1)という遺伝子に生じる、ご両親にはない新しい変化(新生突然変異)です。この変化を1つ持つだけで発症する、常染色体顕性(優性)の形をとります[1]

最初の症例が医学文献に記載されたのは2015年のことでした[4]。その後2018年に、ケイト・ベイカー博士とサラ・ゴードン博士を中心とする国際的な研究チームが、共通の遺伝的・臨床的特徴を持つ11人の患者さんをまとめて報告し、ひとつの独立した症候群として確立しました[1]。病名の「ベイカー・ゴードン」は、このお二人の研究者にちなんでいます。

✓ ここがポイント

世界中での報告数は、これまでのところ数十例にとどまる「超希少疾患」です。ただし、全エクソーム解析や全ゲノム解析といった網羅的な遺伝子検査が診療の現場に広まるにつれて、確定診断にたどりつく方は少しずつ増えています[7]。「まれ」であることは、「その方が存在しない」ことを意味しません。

中核となる5つの症状

この病気の臨床像は、成長とともにダイナミックに移り変わっていくのが大きな特徴です。中心となる症状として、乳児期の強い筋緊張低下(ぐにゃぐにゃした低緊張)、視覚・眼球運動の異常、小児期に始まって強まる不随意な運動、中等度から重度の発達の遅れと知的障害、そして特徴的な脳波(EEG)の異常が知られています[1]

ここで注目したいのが、明確なてんかん発作をほとんど伴わないという点です。神経のつなぎ目に関わる似たような病気(後で説明する「SNARE病」)の多くが、治りにくいてんかんを伴うのに対し、ベイカー・ゴードン症候群ではてんかん発作がとても珍しく、これが本疾患の独特な性格をつくっています[1]。原因となるSYT1遺伝子そのものの働きは、別ページでさらに深く解説しています。

原因遺伝子SYT1——神経の「カルシウムの引き金」

シナプス小胞の「発射ボタン」を握るタンパク質

SYT1遺伝子は、12番染色体の長い腕(12q21.2)にあり、脳の神経細胞、とくに前脳の興奮性ニューロンでよく働くシナプトタグミン-1というタンパク質の設計図です[1]。神経細胞どうしは、シナプスというつなぎ目で、神経伝達物質という化学物質をやりとりして情報を伝えています。この物質は、ふだんは「シナプス小胞」という小さな袋に詰められて待機しています。

神経に信号(活動電位)が届くと、シナプスの端にカルシウムイオンが一気に流れ込みます。シナプトタグミン-1は、このカルシウムを瞬時に感知し、神経伝達物質をすばやく・タイミングよく放出させる「引き金(カルシウムセンサー)」として働きます[3]。いわば、袋の「発射ボタン」を握る係です。放出が終わったあとに袋を回収するしくみにも関わっており、神経の情報伝達の要となるタンパク質です。

🔬 用語解説:C2A・C2Bという2つの「手」

シナプトタグミン-1には、カルシウムをつかむ「手」が2つあります。C2AドメインC2Bドメインと呼ばれ、形は似ていますが役割が違います。とくにC2Bドメインは、SNARE複合体(袋と細胞膜を融合させる装置)と強く結びつき、タイミングのそろった放出を引っぱる主役です[8]。ベイカー・ゴードン症候群の変異の多くは、この重要なC2Bドメインの中の、進化的にほとんど変わってこなかった大切な場所に集中しています[1]

どんな変異が報告されているか

これまで報告されてきた病的な変化の多くは、C2Bドメインの中の特定のアミノ酸(Met303、Asp304、Asp366、Ile368、Asn371など)に生じるミスセンス変異(アミノ酸が1つだけ別のものに置きかわる変化)です[1]。かつてC2Aドメインの変化は影響が小さいと考えられていましたが、近年ではC2A側の病的な変異や、全身のエネルギー代謝や網膜の働きにまで影響が及ぶ特殊な症例も報告され、この病気の遺伝的な広がりは当初の想定より大きいことがわかってきました[7]

なぜ変異がC2Bドメインに集中するのかを理解するには、2つの「手」の役割分担を知っておくと役立ちます。C2Aドメインは3つのカルシウムイオンをつかみ、遅れて起こる「非同期的な放出」を抑える調整役を担うと考えられています。一方のC2Bドメインは2つのカルシウムをつかむだけでなく、細胞膜の特定の脂質(PIP2)と協力して結びつき、SNARE複合体との強い結合面をつくることで、タイミングのそろった「同期的な放出」を引っぱるエネルギー的な主役となっています[8]。放出の中心を担うC2Bだからこそ、そこに変異が入ると影響が大きく、また変異タンパク質が装置に混じり込んだときの妨害効果も強くなります。実際、代表的なI368T変異はカルシウムに応じた膜への突き刺さりに関わる場所にあり、この機能が失われることが放出の低下に直結します[4]。こうした構造と機能の対応づけが、症状の重さの幅を分子レベルで説明する手がかりになっています[3]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「新しい変化」であることの意味】

この病気の原因となるSYT1の変化は、そのほとんどがご両親のどちらにもなく、お子さんに初めて生じた「新生突然変異(de novo変異)」です。診療の場で、ご両親が「自分たちのせいでは」と自問される姿を、私は何度も見てきました。けれども新生突然変異は、生殖細胞ができる過程や受精のごく初期に偶然起こるもので、どなたの育て方や生活習慣のせいでもありません。

「なぜうちの子に」という問いに、医学が返せる答えには限りがあります。それでも、原因が特定の遺伝子の変化にあるとわかることは、これから何に気をつけ、どの段階でどんな支援が受けられるかを、落ち着いて一緒に考えていく出発点になります。原因がわかることは、決して不安を増やすためのものではありません。

なぜ症状が出るのか——「量が半分」では説明できないしくみ

ハプロ不全か、優性阻害か

この病気を理解し、将来の治療を考えるうえで最も大切なのが、症状が「どのしくみで起きているか」です。遺伝子の病気には大きく2つの起こり方があります。ひとつはハプロ不全——2つある遺伝子コピーの片方が働かなくなり、正常なタンパク質の量が半分に減って発症するしくみです。もうひとつが優性阻害(ドミナントネガティブ)——変異したタンパク質が、正常なタンパク質の働きまで積極的に邪魔してしまうしくみです[6]

SYT1関連神経発達障害の典型的なミスセンス変異では、単純に正常タンパク質の量が減るだけでは説明しにくく、変異タンパク質が正常型の働きを妨げる優性阻害が主要な病態と考えられています[3]。一方、C2Aドメインを含むより広い領域の病的バリアントが報告され、さらにSYT1を分断する構造異常による症例も知られるようになったため、「SYT1はハプロ不全では絶対に発症しない」とまでは言い切れません[9][6]。現在は、病的機序がバリアントの種類によって異なりうると考えるのが妥当です。

変異タンパク質が「装置全体」を止めてしまう

では何が起きているのでしょうか。ヒトの患者さんに由来する変異を神経細胞で詳しく調べた研究から、大半のミスセンス変異は強力な優性阻害効果を持つことが確かめられています[3]。患者さんの細胞では、変異したタンパク質が分解されずに残り、正常なタンパク質と混ざり合ってシナプス小胞に運ばれます。

図1:優性阻害が起こるまでの流れ

変異SYT1が
残る

分解されず生存

正常型と
混ざる

袋にいっしょに搭載

放出装置に
混ざる

正常型と協調

放出が
低下

神経伝達が低下

シナプトタグミン-1は複数分子で協調して膜融合を制御すると考えられており、変異タンパク質が正常型と同じシナプス小胞の放出装置に組み込まれることで、正常型の機能まで低下させると考えられています。少量の変異タンパク質でも放出を用量依存的に抑えうることが実験で示されており、これが優性阻害を支持する重要な根拠です[3]。たとえば代表的なI368T変異では、本来カルシウムに応じて膜へ突き刺さるはずの部分がうまく働かず、SNARE複合体には結合できても膜を貫通できません[4]。正常なタンパク質だけなら動くはずの装置が、混ざり込んだ変異タンパク質のせいで止まってしまうのです。

さらに、変異の種類によっては影響の重さに段階があることもわかってきました。ヒト由来の複数の変異を比べた研究では、それぞれが「段階的な」優性阻害効果を示し、症状の重さの幅(表現型の多様性)を分子レベルで説明できることが示されています[3]。神経細胞が実際にどのくらいの信号伝達を保てるかは、患者さんごとの適応機能とも関連することが報告されています[5]

ハプロ不全でも起こりうる、という例外

一方で、優性阻害だけが唯一のしくみではない可能性を示す症例も報告されています。染色体の詳しい解析(オプティカル・ゲノム・マッピング)により、5番染色体と12番染色体のあいだの転座に加え、SYT1遺伝子のC2Bドメインを分断する複雑な構造異常を持つお子さんが報告されました[6]。この場合、異常なタンパク質が作られるのではなく「量が減る」タイプであり、真のハプロ不全でもベイカー・ゴードン症候群に近い症状が起こりうることを示す2例目の報告とされています[6]。遺伝的背景によって、しくみに幅がありうるということです。

年齢で変わる症状——「ぐにゃぐにゃ」から「動きすぎ」へ

ベイカー・ゴードン症候群の症状は、固定されたものではなく、お子さんの成長とともに中身が入れ替わっていきます。乳児期から成人期までの40人の患者さんを対象とした国際的な自然歴研究によって、この年齢による移り変わりが定量的に明らかにされました[2]。ここではその流れを、症状ごとに見ていきます。

乳児期の筋緊張低下は、やがて運動障害へ

乳児期にもっともよく見られるのは、強い筋緊張低下(ぐにゃぐにゃした低緊張)です。だっこすると体が柔らかく、首すわりやおすわり、ハイハイといった基本的な運動の発達がゆっくりになります。ところがこの低緊張は小児期を通じて少しずつ改善し、青年期・成人期には目立たなくなっていく傾向があります[1]

入れ替わるように増えていくのが、運動過多性(ハイパーキネティック)の運動障害です。ジストニア(筋肉がこわばって不自然な姿勢になる)、舞踏運動(手足がおどるように動く)、アテトーゼ様の動き、そして小児期以降に持続する運動失調(アタキシア)などが複合的にあらわれます[1]。「赤ちゃんのときは動きが少なかったのに、成長したら動きが増えた」という、直感に反する経過が、この病気の特徴のひとつです。

図2:年齢とともに移り変わる主な症状

① 乳児期(1歳未満)

  • 強い筋緊張低下が前面に
  • 運動発達のゆっくりさ
  • 眼の異常・哺乳の困難

② 小児期(1〜10歳)

  • 運動障害が急に増える
  • 睡眠の分断が目立ちはじめる
  • 常同運動・自傷を伴うことも

③ 青年・成人期(10歳〜)

  • 低緊張は目立たなくなる
  • 運動障害はほぼ全例に
  • 睡眠障害・視覚障害が固定化

※症状のあらわれ方には個人差があります。経過の見通しは主治医とご相談ください。

視覚の問題は「眼」ではなく「脳」で起こる

視覚に関わる異常も、この病気でとても多く見られます。もっとも特徴的なのが大脳皮質視覚障害(CVI)です。これは網膜や視神経そのものの問題ではなく、脳の視覚を処理するネットワークの不全によって起こるもので、年齢とともに増える傾向があります[1]。加えて、遠視や近視などの屈折異常、斜視、眼振(眼が細かく揺れる)といった眼球運動の異常も高い頻度で合併し、視線が合いにくい・視覚的な注意が向きにくいといった様子につながります[1]

睡眠障害と、行動・情動の特徴

睡眠の乱れは、ご家族の生活の質にもっとも大きく影響する要因のひとつです。乳児期には過眠と入眠困難の両方が見られるなど、パターンにばらつきがありますが、小児期に入ると睡眠の分断が急に目立ちはじめ、青年期・成人期には多くの方で固定化します。夜間の頻回な覚醒や、なかなか寝つけない状態が続くことがあります[1]

行動や情動の面では、標準化された評価尺度を用いた検討により、運動やコミュニケーションの機能が他の単一遺伝子性の神経発達障害と比べても重い傾向にあることが示されています[5]。穏やかな状態から突然の不機嫌へと変わる予測しにくい気分の変動、自閉スペクトラム症に似た社会的コミュニケーションの特徴、そして自分の手を噛むといった自傷を伴う常同運動が、鑑別上のヒントになる行動特徴として知られています[1]。呼吸や消化の問題(哺乳・嚥下の困難、胃食道逆流、便秘など)を伴うこともあり、全身的なケアが必要になる場合があります[1]

脳波(EEG)の特徴と、SNARE病との違い

脳波の異常は、この病気のほぼ全例で見られ、診断上とても重要な手がかりになります。典型的なのは「間欠的な、低い周波数で振幅の大きい波(徐波のバースト)」です[1]。脳波上にてんかんに似た波が記録されることはあっても、それが臨床的に明らかな「てんかん発作」として現れることはまれです[2]

シナプス小胞の融合に関わる遺伝子群の異常は、まとめてSNARE病(SNAREopathies)と呼ばれます。STXBP1やSNAP25、STX1B、VAMP2といった遺伝子の異常症の多くが、治りにくいてんかんを主症状とするのに対し、SYT1ではてんかんが珍しく、運動障害が前面に出るという違いがあります[8]。これは、SYT1が主に前脳の「興奮性ニューロン」で働いているためと考えられており、回路全体が過剰に興奮する(てんかん)のではなく、情報処理の調整不全や運動制御ループの乱れとして症状が出ると説明されています[8]。同じシナプスの病気でも、どの遺伝子のどの働きが乱れるかで、まったく違う顔になるのです。関連する遺伝子については、STXBP1遺伝子の解説ページもあわせてご覧ください。

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診断と遺伝——どう見つけ、どう受け継がれるのか

網羅的な遺伝子検査が診断の決め手

ベイカー・ゴードン症候群は症状だけで確定するのが難しく、確定診断には全エクソーム解析(WES)や全ゲノム解析(WGS)といった網羅的な遺伝子検査でSYT1の変異を見つけることが決め手になります[1]。多くの場合、お子さんとご両親の3人(トリオ)で検査を行い、その変化がご両親にはなく、お子さんに初めて生じた新生突然変異であることを確認します[4]。構造的なMRIはおおむね正常か、軽度の所見にとどまることが多いため、画像だけで診断するのではなく、遺伝子検査と脳波、臨床像を組み合わせて総合的に判断します[1]

🔬 用語解説:新生突然変異(de novo変異)とは

新生突然変異(de novo変異)とは、ご両親のどちらの遺伝子にもなく、お子さんに初めて生じた新しい遺伝子の変化のことです。精子や卵子がつくられる過程、あるいは受精のごく初期に、偶然起こります。ご両親の育て方や生活習慣とは関係がありません。ベイカー・ゴードン症候群の原因となるSYT1の変異は、そのほとんどがこの新生突然変異です。

きょうだいへの再発率と、遺伝カウンセリング

「次の子にも同じことが起こるのでは」というご心配は、多くのご家族が抱かれるものです。ベイカー・ゴードン症候群はそのほとんどが新生突然変異によるため、きょうだいで同じ病気がくり返す確率は一般に低いと考えられます。ただし、ご両親のどちらかの生殖細胞の一部にだけ変異が潜んでいる「生殖細胞モザイク」の可能性はゼロではなく、わずかながら再発リスクが残ることがあります。こうした見通しは一律ではないため、正確な評価には常染色体顕性遺伝のしくみを踏まえた個別の検討が必要です。

当院のような遺伝診療の現場では、ご家族歴や検査結果を踏まえて、こうした確率や次の妊娠での選択肢を、臨床遺伝専門医が一緒に整理していきます。数字だけを一方的にお伝えするのではなく、それをどう受け止め、どう次の一歩を選んでいくかまでを含めて考えるのが、遺伝カウンセリングの役割です。

治療と最新研究——症状を支えるケアと、原因を狙う次世代医療

運動障害へのお薬——「ABCD」という考え方

現時点では、この病気を根本から治す薬はまだありません。そのため、症状をやわらげる対症療法と、多職種によるリハビリテーションが中心になります[1]。小児期以降に目立つジストニアや運動過多性の運動障害に対しては、小児神経の領域で「ABCD」アプローチ——抗コリン薬(Anticholinergics)、バクロフェン(Baclofen)、クロナゼパム(Clonazepam)、ドパミン関連薬(Dopamine関連)——という枠組みが広く使われています[11]

なかでも抗コリン薬のトリヘキシフェニジルは、小児の全身性ジストニアに対して比較的しっかりした根拠があり、第一選択のひとつとされています[11]。効果が頭打ちになる場合には、原因不明の小児期発症ジストニアで「ドパミンに反応するタイプ」を見のがさないためにも、レボドパを一定期間試すことが推奨されています[11]。近年の小児ジストニア(ジスキネジア性脳性麻痺など)の研究では、トリヘキシフェニジル単剤で効果が頭打ちになる患者さんに、レボドパを低用量で併用することで、運動やコミュニケーションの機能が改善したという報告もあります[12]。ただし、これらのお薬の選択や用量は必ず主治医の管理のもとで決めるべきもので、この記事の内容が個別の治療方針に置きかわるものではありません。

✓ ここがポイント

薬物療法に反応しにくい重度の運動障害には、脳深部刺激療法(DBS)という外科的な選択肢が検討されることもあります。また、早い時期からの理学療法・作業療法・言語療法を組み合わせた包括的なリハビリが、お子さんの持てる力を引き出すうえで大切だと報告されています[1]

変異アレルだけを狙うASO治療という希望

典型的なミスセンス変異で優性阻害が主要な病態と考えられることから、正常なアレルをできるだけ保ちながら、病的な変異アレル由来のRNAを選択的に減らすという治療戦略には理論的な根拠があります[3]。ただし、近年はSYT1の遺伝子量低下そのものが病態に関与しうる症例も報告されているため、単純にSYT1全体を減らせば安全というわけではありません[6]。将来の核酸治療では、変異アレルへの選択性と、正常SYT1の発現をどこまで保てるかが重要になります。

この「変異アレルだけを狙い撃ちする」考え方を実現する有力な技術が、アンチセンス核酸(ASO)です。ASOは特定のRNA配列に結合してその働きを抑える短い核酸医薬で、脊髄性筋萎縮症などの重い中枢神経の病気ですでに臨床応用されています。近い病態のKIF1A関連疾患では、変異アレルを選択的に抑えるASOが患者由来の神経細胞を改善したという研究が報告されており、SYT1でも同様の考え方を応用できる可能性があると考えられます[10]。ただし、現時点でSYT1に対するASOは一般診療で受けられる承認治療ではなく、ここで述べているのは将来の研究戦略としての可能性です。

患者レジストリと自然歴研究が、治験への道を整える

超希少疾患で治療薬を開発するとき、最大の壁になるのが「患者さんの少なさ」と「自然経過のデータの不足」です。これを乗りこえるため、患者・家族団体が国際的な患者レジストリを構築し、診断情報や運動発達の推移、生活の質といったデータを、プライバシーを守りながら集めています。散らばった患者データを一元化し、まとまった集団(コホート)をつくることが、製薬企業や研究機関の投資を呼び込み、治験の土台を築く原動力になります。

こうした取り組みと並行して、将来の治験で「効果をどう測るか」の指標を確立するための前向きな自然歴研究も進んでいます[13]。年齢を問わず確定診断を受けた患者さんを対象に、脳のMRIや脳波、血液を使った分子バイオマーカーの探索などを通じて、症状の長期的な推移を追跡しています。患者さん由来の細胞から神経細胞を再現し、変異の働きを調べたり新しい薬の候補を探したりする研究基盤づくりも進められています。神経科学の進歩と国際的な患者コミュニティの連携によって、根本的な治療へ向けた道が、少しずつ切り開かれつつあります。

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よくある質問(FAQ)

Q. ベイカー・ゴードン症候群とは、どんな病気ですか?

神経のつなぎ目(シナプス)で信号を伝えるSYT1という遺伝子に、ご両親にはない新しい変化(新生突然変異)が生じて起こる、たいへんまれな神経発達障害です。乳児期の強い筋緊張低下に始まり、小児期以降に手足の不随意な動き、発達の遅れ、睡眠の乱れが目立つようになります。てんかん発作をほとんど伴わないのが特徴です[1]

Q. 赤ちゃんのときは動きが少なかったのに、成長したら動きが増えました。なぜですか?

この病気は年齢とともに症状の中身が入れ替わるのが特徴です。乳児期に前面に出る強い筋緊張低下は小児期を通じて改善し、入れ替わるように、小児期以降はジストニアや舞踏運動などの運動過多性の運動障害が増えていきます。直感に反する経過ですが、多くの患者さんに共通して見られるパターンです[1]

Q. 遺伝しますか?きょうだいや次の子にも起こりますか?

原因の多くは、ご両親にはなくお子さんに初めて生じた新生突然変異です。そのため、きょうだいで同じ病気がくり返す確率は一般に低いと考えられます。ただし生殖細胞モザイクの可能性はゼロではなく、わずかな再発リスクが残ることがあります。ご家族ごとの見通しは、臨床遺伝専門医との遺伝カウンセリングで整理することをおすすめします。

Q. どうやって診断するのですか?

症状だけで確定するのは難しく、全エクソーム解析や全ゲノム解析といった網羅的な遺伝子検査でSYT1の変異を見つけることが決め手になります。多くはお子さんとご両親3人(トリオ)で検査し、新生突然変異であることを確認します。脳波の特徴的な所見や臨床像も、あわせて診断の手がかりになります[1]

Q. なぜてんかん発作がほとんど出ないのですか?

SYT1は主に前脳の興奮性ニューロンで働いています。その信号伝達が低下しても、脳の回路全体が過剰に興奮する(てんかん)方向には傾きにくく、むしろ情報処理の調整不全や運動制御の乱れとして症状が出ると考えられています。これが、てんかんを主症状とする他のSNARE病との大きな違いです[8]

Q. 治療法はありますか?将来は治せるようになりますか?

今のところ根本的に治す薬はなく、運動障害へのお薬(ABCDアプローチ)、必要に応じた脳深部刺激療法、そして早期からの包括的リハビリが中心です。一方で、変異アレルを選択的に抑えるASOは将来の治療戦略として検討されうる考え方で、近縁疾患では前臨床研究が進んでいます。SYT1では自然歴研究や患者レジストリが将来の治験に向けた基盤を整えつつありますが、現時点でSYT1に対するASOは一般診療で受けられる承認治療ではありません[10]

関連記事

参考文献

  1. [1] SYT1-associated neurodevelopmental disorder: a case series. Brain. 2018. [PMC6113648]
  2. [2] Age-Related Characteristics of SYT1-Associated Neurodevelopmental Disorder. Ann Clin Transl Neurol. 2026. [Ann Clin Transl Neurol]
  3. [3] Molecular Basis for Synaptotagmin-1-Associated Neurodevelopmental Disorder. Neuron. 2020. [PMC7539681]
  4. [4] Identification of a human synaptotagmin-1 mutation that perturbs synaptic vesicle cycling. J Clin Invest. 2015. [JCI]
  5. [5] Correlation between evoked neurotransmitter release and adaptive functions in SYT1-associated neurodevelopmental disorder. eBioMedicine. 2024. [eBioMedicine]
  6. [6] A Complex Chromosome Rearrangement Disrupting SYT1 Supports Haploinsufficiency as a Cause of Baker-Gordon Syndrome. Case Rep Genet. 2025. [PMC12721761]
  7. [7] Expanding the genetic and phenotypic spectrum of Baker-Gordon syndrome: a new de novo SYT1 variant. J Genet. 2024. [J Genet]
  8. [8] Genetic disorders of neurotransmitter release machinery. Front Synaptic Neurosci. 2023. [Front Synaptic Neurosci]
  9. [9] Expanding the genotype and phenotype spectrum of SYT1-associated neurodevelopmental disorder. Genet Med. 2022. [PMC8986325]
  10. [10] Antisense oligonucleotides to KIF1A polymorphisms expand targets and rescue patient-derived neurons in vitro. Nat Commun. 2026. [PMC12855289]
  11. [11] Approach to the Treatment of Pediatric Dystonia. Dystonia. 2022. [Dystonia]
  12. [12] Efficacy of Madopar and trihexyphenidyl combination therapy for dystonia in children with cerebral palsy. Front Neurol. 2026. [PMC12883641]
  13. [13] Baker Gordon Syndrome Natural History Study. ClinicalTrials.gov. [NCT06399952]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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