目次
- 1 1. KRAS G12C阻害薬とは ─ がんの「暴走スイッチ」を直接止める薬
- 2 2. 「創薬不可能」がなぜ突破できたのか ─ オフのときだけ現れるくぼみ
- 3 3. この変異は通常、遺伝しません ─ 体細胞変異と、検査でわかること
- 4 4. 肺がんでの効果 ─ 臨床試験でわかっていること
- 5 5. 日本で使える薬・使えない薬 ─ 承認状況を正しく知る
- 6 6. 大腸がんでの効果 ─ 単剤では効きにくい理由と、併用という工夫
- 7 7. 効かなくなるのはなぜ ─ 耐性のしくみとリキッドバイオプシー
- 8 8. 副作用と、免疫療法との組み合わせの注意
- 9 9. 次世代の薬 ─ 「オフ」だけでなく「オン」も止める新しい発想
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
KRAS遺伝子は、がんを引き起こす遺伝子のなかでも最初に見つかったものの一つで、約40年ものあいだ「薬でねらえない標的(創薬不可能)」の代表とされてきました。その壁を破ったのがKRAS G12C阻害薬で、代表的な薬がソトラシブ(商品名ルマケラス)とアダグラシブ(商品名クラザティ)です。この薬を理解することは、がん遺伝子検査で「何が分かって、何が分からないのか」を知ることにもつながります。本記事では、薬が効くしくみ、肺がん・大腸がんでの効果、日本で使える薬・使えない薬、そして効かなくなる理由(耐性)までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. KRAS G12C阻害薬とはどんな薬ですか?まず結論だけ知りたいです
A. がん細胞のKRAS遺伝子に起きた「G12C」という特定の変異にピタッと結合し、がんの増殖スイッチをオフの状態に固定する分子標的薬です。代表的な薬がソトラシブ(ルマケラス)とアダグラシブ(クラザティ)で、主に肺がん・大腸がんで使われます。ねらう「G12C変異」は、がん遺伝子検査で治療標的として検出される場合、通常はがん細胞に後天的に起きた変化(体細胞変異)です。そのため、腫瘍で検出されたKRAS G12C変異そのものが親から子へ受け継がれるという意味ではありません。
- ➤効くしくみ → KRASが「オフ(不活性)」のときだけ現れるくぼみに共有結合し、二度と離れずスイッチを止める
- ➤対象になる人 → 検査で腫瘍にKRAS G12C変異が見つかった、進行した肺がん・大腸がんの方など
- ➤遺伝との関係 → 腫瘍で治療標的として検出されるG12Cは通常は体細胞変異。腫瘍でG12Cが見つかったことだけを理由に、血縁者の遺伝学的検査が必要になるわけではない
- ➤日本で使えるか → ソトラシブは肺がん・大腸がん(併用)で承認済み。アダグラシブは米国のみで日本は未承認
- ➤課題 → 臨床試験では無増悪生存期間や奏効持続期間の中央値がおおむね数か月〜1年前後で、獲得耐性が課題。再増悪時などのctDNA解析は耐性機序の把握に役立つ可能性がある
1. KRAS G12C阻害薬とは ─ がんの「暴走スイッチ」を直接止める薬
KRAS G12C阻害薬は、がん細胞のKRASタンパク質に起きた特定の変化(G12C変異)をねらって、増殖の指令が出っぱなしになったスイッチを「オフ」に固定する薬です。長く有効な手立てがなかった患者さんに、はじめて標的治療という選択肢をもたらしました。
KRAS(カーラス)は、細胞に「増えなさい」という指令を伝えるがん遺伝子(オンコジーン)の代表格で、正常な状態では信号を伝えたらすぐにオフに戻る「分子スイッチ」として働いています。ところがKRAS遺伝子に変異が起きると、このスイッチがオフに戻れなくなり、増殖の指令が止まらなくなります。これがいわゆる細胞のがん化の一因です。KRASは肺がん・大腸がん・膵臓がんなど、日本人にも多いがんに広く関わる、いわば「がん治療における最重要の標的」のひとつです。
KRAS変異にはいくつも種類がありますが、そのなかで「G12C」と呼ばれるタイプは、KRASタンパク質の12番目のアミノ酸がグリシンからシステインに入れ替わったものです。このシステインという目印を手がかりにして薬をくっつける、という発想から生まれたのがKRAS G12C阻害薬でした。世界で最初に承認されたのがソトラシブ(ルマケラス)で、既治療の肺がんに対して一定の腫瘍縮小効果を示し、KRAS阻害薬として初めて全生存期間のデータが示された薬です[1]。続いて登場したのがアダグラシブ(クラザティ)で、こちらもKRAS G12Cを不可逆的に止める薬です[2]。
KRAS G12C変異は、欧米では扁平上皮でないタイプの非小細胞肺がんの1割前後にみられますが、日本人を含むアジア人では頻度がより低いことが知られています。大腸がんでは3%前後、膵臓がん・胆道がんではさらにまれです。つまり「KRAS変異があるがん」自体は多くても、そのなかで薬の対象になる「G12Cというタイプ」に絞ると、日本では必ずしも高頻度ではありません。だからこそ、思い込みではなく検査でタイプまで確かめることが、治療を考える出発点になります。
💡 用語解説:分子標的薬(ぶんしひょうてきやく)とは
がん細胞の増殖に関わる特定の分子(タンパク質や遺伝子の産物)だけをねらい撃ちする薬のことです。がん細胞と正常細胞の両方に作用しやすい従来の抗がん剤(細胞障害性抗がん剤)と違い、「この変化があるがんにだけ効く」という設計になっています。だからこそ、使う前にその標的(ここではKRAS G12C変異)が本当にあるのかを検査で確かめることが前提になります。
ご本人やご家族にとって大切なのは、「KRAS G12C阻害薬が使えるかどうかは、まず腫瘍にG12C変異があるかどうかで決まる」という点です。同じ肺がん・大腸がんという名前でも、遺伝子の”設計図の違い”によって効く薬はまったく変わってきます。つまりこの薬の話は、分子標的治療とがん遺伝子検査がセットになって初めて意味を持つ、ということでもあります。
🔍 関連記事:KRAS遺伝子とは/RASオンコジーンファミリー/癌遺伝子(オンコジーン)
2. 「創薬不可能」がなぜ突破できたのか ─ オフのときだけ現れるくぼみ
KRASが「オフ(不活性)」の姿になったときだけ現れる小さなくぼみを見つけ、そこにピタッとはまり込んで二度と離れない薬をつくったことが、突破口になりました。長年ねらえなかった標的に、ようやく”取っ手”が見つかったのです。
KRASタンパク質は、エネルギー分子GTPと結びついた「オン(活性)」の姿と、GDPと結びついた「オフ(不活性)」の姿を行ったり来たりしています。オンのときに下流へ「増えなさい」の信号を送り、役目を終えるとオフに戻ります。ところがKRASはGTPを非常に強い力で握りしめてしまうため、この結合部分を直接ブロックする薬をつくるのは不可能とされてきました。加えて、薬がはまり込めるような深いくぼみがKRASの表面には見当たらなかったことも、「創薬不可能」と言われた理由です。
図1. KRASのスイッチとG12C阻害薬の働き(遺伝子から順にたどる)
設計図
増殖のスイッチ
オンのまま固定
くぼみが出現
スイッチをロック
阻害薬は「オフの姿」にだけ結合するため、正常なKRASよりも変異したKRASを選んで止めやすい設計です。
突破のきっかけは、「オフ(GDP結合)の姿になったKRAS G12Cにだけ現れる小さなくぼみ(スイッチIIポケット)」の発見でした。G12C変異で新しくできたシステインという目印に対し、薬の反応性の高い部分ががっちりと共有結合します。いったん結合すると離れないため、KRASはオフのまま固定され、増殖の信号が止まります[1]。ソトラシブとアダグラシブは細かな化学構造が異なり、この違いが後で述べる「効かなくなり方(耐性)」の差にもつながっています。
💡 用語解説:共有結合(きょうゆうけつごう)ってなに?
分子どうしが電子を共有して、しっかりと”つなぎ止められた”結合のことです。マグネットのように近づけば離れる結合ではなく、いったんくっつくと簡単には外れません。KRAS G12C阻害薬は、この共有結合でKRASのシステインに”永久に”くっつくため、少ない量でも標的をしっかり止められる、という特徴があります。
ご本人にとっての意味は、「この薬は、たまたま似ている場所ではなく、変異で新しくできた目印そのものを狙っている」という点にあります。だからこそ、G12C以外のKRAS変異(G12D・G12Vなど)には現行のG12C阻害薬は効きません。効くか効かないかが、遺伝子の1文字の違いで決まる ── ここに、検査で正確に変異のタイプを確かめる意味があります。
3. この変異は通常、遺伝しません ─ 体細胞変異と、検査でわかること
がん遺伝子検査で治療標的として検出されるKRAS G12C変異は、通常、がん細胞に後天的に起きた変化(体細胞変異)です。そのため、腫瘍で検出されたKRAS G12C変異そのものが親から受け継がれた、あるいはお子さんに受け継がれるという意味ではありません。ここは、遺伝性のがんに関わる生殖細胞系列変異との大切な違いです。
「がんの遺伝子検査」と聞くと、家族に受け継がれる体質を調べるものだと感じる方が少なくありません。しかしKRAS G12Cを調べる検査は、その逆で、腫瘍そのものの設計図を読み、効く薬を選ぶための検査です。遺伝性乳がん・卵巣がんで調べるBRCAのような「生まれ持った体質(生殖細胞系列変異)」とは、目的も、結果の受け止め方も大きく異なります。この違いを整理しておくと、不必要な不安を避けられます。
図2. 体細胞変異と生殖細胞系列変異のちがい
体細胞変異(KRAS G12Cはこちら)
・生後、がん細胞など一部の細胞だけに起きる
・子どもには受け継がれない
・調べる対象は「腫瘍」
・目的は「効く薬を選ぶ」
生殖細胞系列変異(例:BRCA)
・生まれつき全身の細胞にある
・子どもに受け継がれ得る
・調べる対象は「血液など正常細胞」
・目的は「体質・家族のリスク評価」
💡 用語解説:ミスセンス変異とは
遺伝子の設計図(DNA)が1文字変わることで、タンパク質を組み立てる部品(アミノ酸)が別のものに入れ替わる変化のことです。G12Cは、12番目の部品がグリシンからシステインに入れ替わったミスセンス変異です。たった1文字の違いですが、そのせいでスイッチが戻れなくなり、同時に薬がくっつく”取っ手”にもなる ── 病気の原因が、そのまま治療の糸口になっている例だといえます。
では、KRAS G12C変異はどうやって調べるのでしょうか。基本は、手術や生検で採った腫瘍組織の遺伝子を次世代シークエンサー(NGS)で調べる方法です。組織が採りにくい場合には、血液中に漏れ出したがん由来のDNA(ctDNA)を調べるリキッドバイオプシーという採血ベースの検査も使われます。こうした検査は、単に変異を見つけるだけでなく「この薬が使えるか」を判定するためのコンパニオン診断として位置づけられています。
4. 肺がんでの効果 ─ 臨床試験でわかっていること
既に治療を受けた進行肺がんで、KRAS G12C阻害薬は約3〜4割の方で腫瘍の縮小をもたらし、従来の抗がん剤(ドセタキセル)より病気の進行を遅らせました。一方で「生きられる期間そのものを延ばす」効果ははっきりとは示されておらず、期待と課題の両方があります。
ソトラシブの最初の大きな試験(CodeBreaK 100)では、プラチナ製剤と免疫治療のあとに進行した肺がんで、奏効率37.1%、効果が続いた期間の中央値11.1か月、無増悪生存期間6.8か月、全生存期間12.5か月という結果でした[1]。有効な選択肢が限られていた患者さんにとって、これは大きな前進でした。アダグラシブの試験(KRYSTAL-1)でも奏効率は約42.9%と報告されています[2]。
💡 用語解説:奏効率(そうこうりつ・ORR)とは
薬を使った人のうち、画像で腫瘍が一定以上小さくなった人の割合のことです。「効いた人の割合」の目安になりますが、奏効率が高いことと「長く生きられる」ことは必ずしも一致しません。効果が続く期間や、進行を抑えた期間、生存期間なども合わせて総合的に評価する必要があります。
その後の第III相試験(CodeBreaK 200)では、既治療の肺がん345例をソトラシブとドセタキセルに分けて比べました[3]。無増悪生存期間はソトラシブが有意に良好(中央値5.6か月対4.5か月)でしたが、全生存期間には差が出ませんでした(10.6か月対11.3か月)。この差の小ささや試験の設計上の限界から、米国の専門家委員会はデータの解釈に慎重な姿勢を示し、追加の検証が求められています。「進行を遅らせる」ことと「長生きにつながる」ことは別の指標であり、ここは冷静に受け止める必要があります。
図3. 2つのKRAS G12C阻害薬(肺がんでの主な特徴)
ソトラシブ(ルマケラス)
・1日1回内服
・世界初のKRAS阻害薬
・脳への移行はやや制限されやすい
・日本で承認済み
アダグラシブ(クラザティ)
・1日2回内服
・脳へ移行しやすいよう設計
・KRASに特に選んで結合
・日本は2026年8月時点で未承認
脳転移は、KRAS G12C陽性肺がんで少なくない合併症です。アダグラシブは脳に届きやすいよう設計されており、脳転移を持つ患者さんでも頭のなかの病変に対する効果が報告されています[4]。ソトラシブについても、安定した脳転移では一定の効果を示す解析があります。脳転移の有無や状態によって、どの薬が向くかの考え方は変わってきます。
効果には個人差があり、その一因として「同じ腫瘍に一緒に起きている別の遺伝子変化(共変異)」が注目されています。KRAS G12C陽性の肺がんでは、STK11やKEAP1、TP53といった変化が同時にみられることがあり、これらの組み合わせによって薬の効きやすさや見通しが変わりうると考えられています。まだ研究途上の段階ですが、将来は「G12Cがある・ない」だけでなく、その周りの遺伝子の状態まで含めて治療を選ぶ方向へ進む可能性があります。こうした情報は、腫瘍の遺伝子をまとめて調べる検査から得られます。
🔍 関連記事:肺がん(体細胞性)と遺伝子変異/STK11遺伝子/KEAP1遺伝子
5. 日本で使える薬・使えない薬 ─ 承認状況を正しく知る
日本で使えるKRAS G12C阻害薬は、現時点ではソトラシブです。肺がんに続いて大腸がんでも使えるようになりました。一方でアダグラシブは米国では承認されていますが、日本ではまだ承認されていません。海外の情報をそのまま日本にあてはめないことが大切です。
ソトラシブ(ルマケラス)は、2022年1月にKRAS G12C変異陽性の非小細胞肺がんを対象として日本で承認されました。これは本邦初のKRAS/RAS阻害薬でした[5]。さらに2025年9月には、化学療法後に進行したKRAS G12C変異陽性の大腸がんに対し、ソトラシブと抗EGFR抗体パニツムマブ(ベクティビックス)の併用が日本で追加承認されました。大腸癌研究会からは、大腸癌治療ガイドライン2024年版の関連情報として、この併用療法に関する情報が2025年に公開されています[6]。
一方、アダグラシブ(クラザティ)は米国で肺がん(2022年)・大腸がん併用(2024年)に承認されていますが、日本では2026年8月時点で未承認です(国内の未承認薬リストにも「開発中」等として掲載されています)[7]。ですから、日本で「KRAS G12C阻害薬による治療」を検討する場合、実際に使えるのはソトラシブが中心になります。
ご本人・ご家族にとって重要なのは、「インターネットや海外の記事で見かけた薬が、いま日本で使えるとは限らない」という点です。適応(どのがん・どの段階で使えるか)や承認状況は国によって、そして時期によっても変わります。実際の治療方針は、必ず主治医に最新の状況を確認しながら決めていくことが安心につながります。
6. 大腸がんでの効果 ─ 単剤では効きにくい理由と、併用という工夫
大腸がんでは、KRAS G12C阻害薬を1剤だけで使ってもあまり効きません。抗EGFR抗体という別の薬を組み合わせることで、はじめて力を発揮します。同じ「KRAS G12C+抗EGFR抗体」という考え方でも、薬の組み合わせによって試験の結果が分かれた点は知っておく価値があります。
なぜ大腸がんでは単剤だと効きにくいのでしょうか。KRASを止めると、がん細胞は上流のEGFR(上皮成長因子受容体)を通じてすぐに別の”迂回路”を開き、増殖の信号を復活させてしまうためです。この現れやすい抵抗性を打ち消すために、KRAS G12C阻害薬と抗EGFR抗体(パニツムマブやセツキシマブ)を一緒に使うのが大腸がんでの基本戦略になっています。
化学療法が効かなくなった大腸がんを対象にした第III相試験(CodeBreaK 300)では、ソトラシブ+パニツムマブが標準治療より無増悪生存期間を延長しました(中央値5.6か月対2.2か月)。全生存期間についても延長の傾向が確認されています[8]。この結果に基づき、米国では2025年1月に、日本でも同年9月にこの併用が承認されました[6]。アダグラシブ+セツキシマブも、初期の試験(KRYSTAL-1)で高い奏効率が報告され、米国での迅速承認の根拠となりました[9]。ただし、二次治療でこの併用を検証した第III相試験(KRYSTAL-10)は、2026年に公表された最終解析で、奏効率は化学療法群より高かったものの、主要評価項目である無増悪生存期間と全生存期間のいずれも統計学的な有意差を示しませんでした[12]。同じコンセプトでも、比較する相手(標準治療)の強さや治療の順番によって、証明のハードルが変わることを示した例といえます。
KRAS G12C変異は、肺がん・大腸がんほど多くはないものの、膵臓がんや胆道がんでも見つかります。既治療のこれらのがんに対し、アダグラシブは膵臓がんで33.3%、胆道がんで41.7%の奏効率を示したと報告されており、難治性のがんでも臓器を問わず作用しうる可能性が示されています[10]。
ご本人・ご家族にとっての意味は、「同じKRAS G12C陽性でも、がんの種類によって効き方や必要な工夫が違う」ということです。肺がんで有望だからといって大腸がんで単独で効くわけではなく、逆に併用という工夫で新しい選択肢が生まれることもあります。だからこそ、自分のがんではどの組み合わせが検討できるのかを、担当医と具体的に話し合うことが役立ちます。
🔍 関連記事:大腸がん(体細胞性)と遺伝子/EGFR遺伝子/SOS1遺伝子
7. 効かなくなるのはなぜ ─ 耐性のしくみとリキッドバイオプシー
最初はよく効いても、臨床試験では無増悪生存期間や奏効持続期間の中央値がおおむね数か月〜1年前後であり、治療中に効きにくくなる獲得耐性が課題になります。原因は大きく二つ、KRAS自身が新たに変化する場合と、がんが別の迂回路を使い始める場合です。再増悪時などに血液中のctDNAを解析することで、耐性の中身を把握し、次の一手を考える手がかりになる可能性があります。
一つ目は「オンターゲット耐性」で、薬が結合するくぼみの内側やその近くに新しい変異(Y96・R68S・H95など)が加わり、薬がくっつけなくなるものです。興味深いことに、ソトラシブとアダグラシブは化学構造が異なるため、変異の種類によって「片方は効かなくなるが、もう片方はまだ効く」という違いが生じます。この性質を利用し、血液で耐性変異を特定して薬を切り替える”順番の治療”という考え方も生まれています[11]。
二つ目は「オフターゲット耐性」で、KRAS自体は変わらないまま、EGFRやMETなど別の受け皿の信号を増幅させたり、PI3Kという別経路を活性化させたりして、迂回路をつくるものです。さらに、がんの見た目の性質が変わる(上皮間葉転換や、より悪性度の高い小細胞がんへの変化)ことも、難治性の耐性として知られています[11]。
図4. 耐性の二つの道すじ
オンターゲット耐性
KRAS自身に新しい変異
(Y96・R68S・H95 など)
→ 薬がくっつけなくなる
→ 薬の切り替えを検討
オフターゲット耐性
別の迂回路が開く
(EGFR・MET・PI3K など)
がんの性質が変わることも
→ 併用・別戦略を検討
💡 用語解説:オンターゲット/オフターゲット耐性
オンターゲットは「標的そのもの(KRAS)」が変化して薬が効かなくなること、オフターゲットは「標的以外の場所」で迂回路が開いて効かなくなることを指します。どちらのタイプかによって、次にどの薬・どの組み合わせを考えるかが変わるため、耐性の”中身”を知ることが治療の設計に役立ちます。
こうした耐性の変化を、体に負担の少ない採血で調べられる方法がctDNAを用いたリキッドバイオプシーです。再増悪時などにctDNAを解析することで耐性のサインや耐性機序を把握し、次の治療を考える手がかりになる可能性があります。ただし、すべての患者さんで治療中に定期的なctDNA測定を行うことが標準診療として確立しているわけではなく、研究・臨床応用が進んでいる段階です。ご本人にとっては、どの場面で検査が役立つかを主治医と確認しながら、見通しを持って治療を続けることが大切です。
8. 副作用と、免疫療法との組み合わせの注意
主な副作用は、下痢・吐き気・だるさ・肝機能の数値の上昇などです。多くは対処が可能ですが、特に免疫チェックポイント阻害薬の直後にKRAS G12C阻害薬を始めると重い肝障害が起きやすいことが知られており、治療の順番と間隔に注意が必要です。
臨床試験では、下痢・悪心・倦怠感・肝酵素(AST・ALT)の上昇などが比較的よくみられました[1]。多くは薬の減量や休薬、支持療法で管理できる範囲です。とはいえ肝機能の変化には特に注意が必要で、定期的な血液検査で早めに気づくことが大切です。
臨床的にとりわけ重要なのが、免疫チェックポイント阻害薬との関係です。免疫療法を受けた後、短い間隔でソトラシブを開始すると、重篤な肝障害のリスクが上がると報告されています。2024年の前向き解析では、anti-PD-(L)1抗体の最終投与からソトラシブ開始までの間隔が6週間以下、6〜12週間、12週間以上の場合の重篤な肝毒性はそれぞれ83%、33%、13%で、著者らは少なくとも6週間の間隔を提案しています[13]。ただし、これは一律の標準的休薬期間が確立したという意味ではなく、患者さんの状態や前治療、有害事象歴を踏まえて判断する必要があります。前の治療が何で、いつまで受けていたか ── この情報が、次の治療を安全に進めるうえで欠かせません。ご本人にとっても、これまでの治療歴を主治医と共有しておくことが、副作用を避ける助けになります。
9. 次世代の薬 ─ 「オフ」だけでなく「オン」も止める新しい発想
現行のKRAS G12C阻害薬は「オフの姿」をねらう薬ですが、次世代では「オンの姿」を直接止める薬や、より強力な薬が開発されています。まだ研究・開発の段階ですが、耐性という壁を乗り越える可能性が期待されています。
一つは、より高い選択性と強力な標的阻害を目指して設計された次世代の共有結合型阻害薬(ダイバラシブ/GDC-6036など)で、初期臨床試験で抗腫瘍活性が報告されています[14]。もう一つが、大きな発想の転換となる「RAS(ON)阻害薬」です。従来薬が「オフの姿」になるのを待って結合するのに対し、これは細胞内のシャペロンというタンパク質を利用して、活性化した「オンの姿」のKRASに直接くっついて働きを止めます。RMC-6291(エリロンラシブ)はG12Cのオン状態を、RMC-6236(ダラキソンラシブ)はG12Cに限らずG12DやG12Vなど複数のRAS変異を横断的にねらう薬として、臨床試験が進められています[15]。
これらの新薬は、いまの日本の一般診療で使えるものではなく、あくまで開発段階です。ですから「もうすぐ使える」と過度に期待するのは禁物ですが、耐性を根本から乗り越える方向で研究が着実に進んでいることは、ご本人・ご家族にとって将来への希望となる情報だと考えています。新しい治療の情報は、信頼できる主治医や医療機関を通じて確認することをおすすめします。
10. よくある誤解
KRAS G12C阻害薬をめぐっては、いくつか誤解が生まれやすい点があります。ご本人・ご家族が安心して情報を扱えるよう、代表的なものを整理します。
❌ 誤解1:がんの遺伝子に変異があった=家族に遺伝する
✅ 腫瘍で治療標的として検出されるKRAS G12Cは通常は体細胞変異で、その腫瘍変異そのものが子どもに受け継がれるという意味ではありません。
❌ 誤解2:血液の検査だけで必ず変異が分かる
✅ 基本は腫瘍組織の検査です。血液(ctDNA)の検査は便利ですが、検出できないこともあり、組織検査を補う位置づけです。
❌ 誤解3:海外で承認された薬は日本でも使える
✅ アダグラシブは米国で承認されていますが、日本では未承認です。承認状況は国や時期で異なります。
❌ 誤解4:腫瘍が縮んだ=完治した
✅ 治療中に獲得耐性が生じることがあります。画像評価などの標準的な経過観察を行い、必要に応じて再生検やctDNA解析などで耐性機序を検討し、次の治療を考えることが大切です。
📎 このページを読んだあなたへ
この記事は、たとえば「ご自身やご家族の腫瘍でKRAS G12C変異が見つかった方」「これからがん遺伝子検査を受けるか考えている方」「効かなくなったときの次の選択肢を知りたい方」に読まれていることと思います。状況に応じて、次の観点を確認しておくと整理しやすくなります。
・その変異が体細胞変異か生殖細胞系列変異か(家族への影響の有無)
・日本で実際に使える薬はどれか(KRAS遺伝子と適応の確認)
・耐性が疑われたときにctDNA解析が耐性機序の把握に使えるか
・遺伝や検査の疑問は遺伝カウンセリングや臨床遺伝専門医に相談できます
よくある質問(FAQ)
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参考文献
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- [3] Sotorasib versus docetaxel for previously treated non-small-cell lung cancer with KRASG12C mutation: a randomised, open-label, phase 3 trial. Lancet. 2023. [PubMed 36764316]
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