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循環腫瘍DNA(ctDNA)とリキッドバイオプシー|仕組みから臨床応用まで徹底解説

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

がんの診断・治療・再発監視は長年、痛みを伴う組織生検に依存してきました。しかし今、「採血だけでがん全体の遺伝子情報を読み取る」リキッドバイオプシーが急速に普及しています。その中心にあるのが、血液中を漂う腫瘍由来のDNA断片——循環腫瘍DNA(ctDNA)です。ctDNAの血中半減期はわずか約1〜2時間。この短さゆえに、採血した瞬間の腫瘍の状態をリアルタイムで映し出す「がんのライブカメラ」として機能します。本記事では、ctDNAの生物学的基盤から、多がん早期発見(MCED)・微小残存病変(MRD)・耐性変異検出などの最先端臨床応用まで、臨床遺伝専門医が包括的に解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約20分
🧬 ctDNA・リキッドバイオプシー・精密腫瘍学
臨床遺伝専門医監修

Q. ctDNA(循環腫瘍DNA)とリキッドバイオプシーとは何ですか?まず結論から教えてください

A. ctDNA(Circulating Tumor DNA)とは、がん細胞から血液中に放出される腫瘍特有のDNA断片です。採血のみで全身のがんの遺伝子変異・治療効果・再発リスクを検出できるリキッドバイオプシーの中核技術であり、血中半減期が約1〜2時間と極めて短いため、採血時点のリアルタイムな腫瘍の状態を反映します。診断・治療選択・術後再発監視・多がん早期発見まで、がん医療全体を変革する技術として国際ガイドライン(ESMO・NCCN)でも正式に位置づけられています。

  • cfDNAとctDNAの違い → 全cfDNAのうちがん由来の分画がctDNA。早期がんではVAF 0.01%未満の超低濃度
  • リアルタイム性 → 半減期1〜2時間のため手術・化学療法の効果を数日以内に評価可能
  • 最大の落とし穴 → クローン性造血(CHIP)による偽陽性。白血球コントロールなしでは誤診リスク
  • MRD検出 → 術後再発の画像診断より最大2年早く検出。オッズ比15〜31という強力な再発予測マーカー
  • 遺伝性がんとの接点 → BRCA1/2・ESR1変異検出でHBOC診療・PARP阻害薬適応判定にも直結

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1. cfDNAとctDNAの定義:「血液の海」に漂うがんの痕跡

健康な人であっても、血液の中には絶えず微量のDNA断片が流れています。これは主に白血球などの造血系細胞が正常なターンオーバー(細胞の新陳代謝)でアポトーシス(プログラム細胞死)を起こす際に放出されるものです。この「血液中を漂うすべてのDNA断片の総称」が無細胞DNA(cfDNA:Cell-free DNA)です。

健康な人のcfDNA血漿中濃度は通常1〜100 ng/mLの範囲にとどまりますが、がん患者では過剰な細胞死に伴い有意に上昇し、場合によっては1000 ng/mL以上に達することがあります。Ge Q, et al. Oncol Lett. 2024が示すように、このcfDNAの膨大なプールのうち「特異的に腫瘍細胞から由来したDNAの分画」だけをctDNA(Circulating Tumor DNA:循環腫瘍DNA)と呼びます[1]

💡 用語解説:cfDNA vs ctDNA — どう違う?

cfDNA(無細胞DNA)は血液中のDNA断片全体の総称。正常細胞由来がほとんどを占めます。ctDNA(循環腫瘍DNA)はその中の「がん細胞から来たDNAだけ」。早期がんでは全cfDNAのうちctDNAの割合(変異アレル頻度:VAF)は0.01%未満という超微量です。進行がんになると50%以上を占めることもあります。

cfDNAは臨床的に出生前診断(NIPT)でも活用されます。妊娠中は母体血中に胎児由来のcfDNA(胎児分画)が混在しており、これを解析するのがNIPTの原理です。つまりctDNA解析とNIPTは「血中のDNA断片を精密解析する」という同じプラットフォームを共有しています。

ctDNAが特に強力なのは、原発巣だけでなく全身の転移巣から放出されたDNAが混在している点です。単一部位の組織生検では見えない「腫瘍全体の分子の平均像」を血液から得られるため、転移ごとに異なる進化(クローン)の全体像を一度の採血で捉えられます[2]

cfDNAとctDNAの特性比較

特徴 cfDNA(無細胞DNA) ctDNA(循環腫瘍DNA)
主な細胞起源 正常細胞(主に白血球などの造血系細胞) 腫瘍細胞(原発巣および全身の転移巣)
主要な断片長 約166 bp(ヌクレオソーム構造に依存) より短い断片(90〜150 bp)が主体
血中濃度(目安) 1〜100 ng/mL(健常者) 総cfDNAの<0.01%(早期)〜>50%(進行期)
保持する遺伝子情報 野生型(Wild-type)、加齢に伴うCHIP変異 腫瘍特異的変異、融合遺伝子、特異的メチル化パターン
主な臨床応用 NIPT(出生前診断)、臓器移植拒絶反応モニタリング がんスクリーニング、コンパニオン診断、予後・再発モニタリング

2. ctDNAの放出メカニズムとクリアランス:なぜ「今の腫瘍」が見えるのか

腫瘍細胞からctDNAが血流中に放出されるメカニズムは単一ではありません。腫瘍の微小環境や細胞死の形態に応じて、複数の経路が複合的に関与しています[2]

ctDNAの3つの主要な放出経路

① アポトーシス(プログラム細胞死)

最も主要な経路。カスパーゼ依存的にDNAが酵素切断され、ヌクレオソームの構造(ヒストン+巻き付いたDNA)を単位として約166 bpの断片が生成。アポトーシス小体にパッケージングされ血流に放出される。

② ネクローシス(壊死)

固形腫瘍の急速増殖で内部が血流不足・低酸素になり壊死が発生。制御されないDNA切断のためより長い断片(200 bp〜数kbp)が放出される。その後DNase I等の酵素でさらに細片化される。

③ 活性分泌(能動的分泌)

近年明らかになった新たな経路。生きたがん細胞がエクソソーム(細胞外小胞)を介してDNAを能動的に分泌。特に乳がんなど特定腫瘍で主要な供給源となる。パイロトーシス・フェロトーシスも関与。

💡 用語解説:ヌクレオソーム(nucleosome)とは

DNAはそのままでは非常に長い分子なので、細胞の核の中では「糸巻き」のように8個のヒストンタンパク質に約2周巻き付いてコンパクトに収納されています。この「ヒストン+巻き付いたDNA」の基本単位をヌクレオソームと呼びます。アポトーシスでは、ヌクレオソームとヌクレオソームの間のリンカーDNA(約50 bp)が切断されるため、放出されるcfDNAの長さは一貫して約166 bp(ヌクレオソーム1個分)またはその倍数になります。この特徴的なサイズが、ctDNA検出の技術的基盤となっています。

クリアランスと「リアルタイム性」の秘密:半減期1〜2時間の臨床的意義

血中に放出されたctDNAは、主に肝臓のクッパー細胞(肝マクロファージ)と腎臓のDNase活性によって迅速に排除されます。脾臓やリンパ節のマクロファージも副次的に関与しています[2]

臨床的に最も重要なのは、ctDNAの血中半減期がわずか約1〜2時間と非常に短いことです。この短い半減期が意味するのは、ctDNAの血中濃度が「過去のがんの蓄積」ではなく、「採血時点でのリアルタイムな腫瘍の活動状態」を正確に反映するスナップショットだということです[3]。外科的切除後や化学療法の導入後、数日という極めて短期間のうちにctDNAレベルが劇的に変動するため、長期間待たずに早期の治療効果判定が可能となります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【ctDNAと出生前診断NIPTの「同じ原理」】

私がNIPTを専門とする臨床遺伝専門医として10万人以上の方の意思決定に伴走してきた中で、いつも患者さんに説明するのが「NIPTもがんのリキッドバイオプシーも、原理はまったく同じです」ということです。妊娠中の母体血には胎児由来のcfDNAが混在しており、それを解析するのがNIPT。がん患者の血中にはctDNAが混在しており、それを解析するのがリキッドバイオプシー。どちらも「血液という海の中から、目的の小さなDNA断片を見つけ出す」技術です。

当院ではがんのリキッドバイオプシー(for モニター)も提供しています。がんの治療効果確認・術後再発モニタリングをご希望の方はお気軽にご相談ください。

3. フラグメントミクス(Fragmentomics):DNA断片の「形」そのものをバイオマーカーに

近年の次世代シークエンサー(NGS)技術とバイオインフォマティクスの飛躍的な進歩により、リキッドバイオプシーのパラダイムは遺伝子変異の検出から「フラグメントミクス(Fragmentomics)」と呼ばれる新たな領域へと拡張しています。これはDNA断片の長さ・末端のモチーフ・切れ込み(Jagged ends)・ゲノム上の断片化の座標といった「DNA断片の物理的・構造的特性そのもの」をバイオマーカーとして活用するアプローチです[4]

💡 用語解説:フラグメントミクス(Fragmentomics)とは

通常の遺伝子検査が「DNAの塩基配列(中身)」を読むのに対し、フラグメントミクスは「DNA断片の長さや切れ方のパターン(外形)」をバイオマーカーとして使う技術です。がん細胞由来のctDNAは正常なcfDNAと比べて断片が短く(90〜150 bp)、また10 bpの周期性という独特のパターンを持つことが発見されました。この特徴を利用して、遺伝子変異情報がなくても「がんがある」と判定したり、どの臓器からDNAが来たかを推定できます。

ヌクレオソーム・フットプリントと組織起源(Tissue of Origin)の特定

フラグメントミクスの中でも特に画期的なのが、ヌクレオソーム・フットプリントの解析です。細胞内で遺伝子が活発に転写されている領域(オープンクロマチン領域)や転写因子が結合している領域では、ヌクレオソームが存在しないためDNAが酵素によって切断されやすく、cfDNAとして血中に多く放出されます。

この切断パターンの偏りをゲノム全体にわたって解析することで、そのDNA断片が核内でヒストンに巻き付いていた際の物理的な痕跡をマッピングできます。これにより、特定の遺伝子変異に依存することなく、血中のDNAが「どの組織・臓器から放出されたか(Tissue of Origin)」を高精度で特定することが可能となりました[4]。この技術は後述する多がん早期発見(MCED)スクリーニングにおける原発巣の推定に決定的な役割を果たしています。

💡 用語解説:変異アレル頻度(VAF)とは

VAF(Variant Allele Frequency:変異アレル頻度)とは、解析したDNA分子のうち「特定の変異を持つもの」の割合(%)です。cfDNAの総量に対するctDNAの割合でもあります。

  • 早期がん:VAF < 0.01%〜1%未満(超低濃度)
  • 術後MRDモニタリング:VAF 0.05%以下の超微量が検出対象
  • 進行・転移がん:VAF 50%以上になることも

4. 組織生検 vs リキッドバイオプシー:相補的な2つのモダリティ

臨床現場において、病理組織生検とリキッドバイオプシーは互いに排他的なものではなく、それぞれに独自の利点と限界を持つ相補的なモダリティです。両者の特性を深く理解し、患者の病期や目的に応じて適切に使い分ける、あるいは組み合わせることが現在の標準的なアプローチとされています[5]

組織生検の最大の強みは、がん細胞の形態学的な評価(組織学的診断)が可能である点と、融合遺伝子や遺伝子増幅の検出感度が高い点にあります。また変異の評価においても依然としてゴールドスタンダードとしての地位を確立しています。しかし単一部位からの組織採取では腫瘍全体の空間的な分子不均一性(Spatial Heterogeneity)を網羅できないという根本的な限界があります。

比較項目 組織生検 リキッドバイオプシー(ctDNA)
侵襲性とリスク 高い(外科的手技・穿刺。合併症リスクあり) 極めて低い(一般的な静脈採血のみ)
反復採取の容易さ 困難(患者負担が大きく非現実的) 容易(時系列での継続的モニタリングに最適)
空間的不均一性の把握 局所的(採取した単一部位のプロファイルのみ) 全体的(全身の転移巣を含む腫瘍全体の平均プロファイル)
ターンアラウンドタイム 長い(数週間を要することが多い) 短い(数日〜1週間程度で迅速な意思決定が可能)
組織学的評価 可能(がんの形態・悪性度・間質との関係を評価) 不可能(DNAの分子情報のみに限定)
感度と適用限界 高い(融合遺伝子等の検出に優れる) 相対的に低い(腫瘍の放出量に依存。早期がんでは検出困難)

5. ctDNA解析の技術的課題:感度の壁とCHIPによる偽陽性

リキッドバイオプシーはがん診療に革命をもたらしつつありますが、その臨床適用には技術的限界と生物学的な交絡因子という2つの大きなハードルが存在します。これらを無視して結果を解釈することは、重大な誤診や不適切な治療選択に直結します

5.1 検出感度の壁:超低VAFの数学的制約

現在の最先端のctDNA解析技術をもってしても、全体的な感度は標準的な組織生検と比較して約30%低いと見積もられています。この偽陰性の主要な原因は、超低頻度の変異を検出する際の数学的・物理的な制約にあります[6]

早期がんのスクリーニングや根治治療後のMRDモニタリングでは、血中のVAFは1%未満、時には0.05%という極限レベルまで低下します。さらに根本的な制約として、採血されたサンプル内の「変異DNA分子の絶対数」という問題があります。例えば肺がん患者から標準的な10 mLの血液を採取した場合、得られるゲノム等量は約8,000 GEsに過ぎず、VAFが0.1%ならサンプル全体に変異ゲノムはわずか8個という計算になります。このレベルでは、統計的な確率論によりどれほど高性能なシークエンサーを用いても検出できない(サンプリング・エラーによる偽陰性)リスクが高まります[6]

5.2 最大の生物学的ノイズ:クローン性造血(CHIP)による偽陽性

リキッドバイオプシーの特異性を脅かし、偽陽性(False Positives)を引き起こす最大の生物学的要因が、クローン性造血(CHIP:Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential)です[7]

💡 用語解説:クローン性造血(CHIP)とは

CHIP(Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential:意義不明のクローン性造血)とは、正常な造血幹細胞が加齢に伴って体細胞変異を蓄積し、特定の変異を持った白血球のクローン集団が末梢血中で増殖する現象です。

重要なのは、CHIP変異(TP53・ATM・KRAS・DNMT3A・TET2など)が固形がんで高頻度に観察されるドライバー変異と完全に重複していることです。これらのCHIP変異を持つ白血球がアポトーシスを起こしてDNAを放出すると、cfDNAプールに加わります。リキッドバイオプシー検査が白血球DNA(バフィーコート)とのフィルタリングを行わなかった場合、このCHIP由来の変異を「固形腫瘍のctDNA変異」と誤認してしまいます。

進行前立腺がん患者の約10%でPARP阻害薬の適応判定に使うDNA修復遺伝子(ATM・BRCA2・CHEK2など)にCHIP由来の干渉が見られたという報告があります。これを腫瘍の変異と誤認すれば、全く効果のない分子標的薬を投与する結果になります[7]

この偽陽性問題を根本的に解決するためには、血漿cfDNAのシークエンスと同時に、同じ採血サンプルから分離した白血球分画(バフィーコート)のゲノムDNAもシーケンスし、白血球に存在する変異(CHIP)をバイオインフォマティクス・パイプライン上で除外する高度なアッセイ設計(マッチド・ホワイトブラッドセル・コントロール)が不可欠です[7]

また、CHIPはリキッドバイオプシーのノイズとして片付けられる問題ではありません。CHIPを持つ患者は、化学療法関連骨髄系腫瘍を発症するリスクが高いだけでなく、アテローム性動脈硬化症や心不全といった心血管疾患の独立した重大なリスク因子でもあることが判明しています。ctDNA検査の過程で偶然発見されたCHIPを適切に管理することは、腫瘍循環器学(Cardio-Oncology)の新たな学際的課題として浮上しています[7]

CHIP(クローン性造血)による偽陽性の発生メカニズム図

6. 多がん早期発見(MCED)スクリーニング:1回の採血で複数のがんを

現在の標準的ながん検診はマンモグラフィ(乳がん)や大腸内視鏡検査(大腸がん)など、単一の臓器に特化したアプローチが主流です。これに対し、無症状の健常者やハイリスク群から、たった一度の採血で複数種のがんのシグナルを同時に早期発見する多がん早期発見(MCED:Multi-Cancer Early Detection)テストの開発が、世界的に急速な進展を見せています[8]

💡 用語解説:MCED(多がん早期発見)テストとは

MCED(Multi-Cancer Early Detection)テストとは、1回の採血から複数種類のがんを同時にスクリーニングする血液検査です。単一のバイオマーカーに依存せず、ctDNAの遺伝子変異・特異的なメチル化パターン(エピジェネティクス)・がん関連タンパク質・フラグメントミクスなど、複数の多次元データをNGSと高度なAIアルゴリズムで統合解析します。

主要なMCEDプラットフォームとしてGalleri検査(GRAIL社)・Cancerguard(Exact Sciences社)・SPOT-MASなどが開発されています。ある統合的MCEDテストの研究では、特異度99%以上を保ちながら感度85〜87.3%を達成したと報告されています[8]

特にメチル化パターンの解析は極めて強力です。エピジェネティクス的変化としてのがん細胞特有の異常なメチル化を検知することでがんの存在を明らかにするだけでなく、「そのDNAが体内のどの臓器の細胞から由来したか(Tissue of Origin)」を高い精度で予測することが可能です。またDNAメチル化解析はフラグメントミクスと組み合わせることで、原発巣の特定精度をさらに高めています[8]

MCEDテストは、現在効果的なスクリーニング手法が存在せず発見された時には既に進行していることが多い膵臓がんや卵巣がんなどの難治性がんの早期発見に大きく寄与すると期待されています。この原発巣予測機能により、陽性判定を受けた患者に対して闇雲な全身検査ではなく、特定の臓器にフォーカスした画像診断を速やかに実施することが可能となり、確定診断へのシームレスな橋渡しが実現します[8]

7. 治療選択の最適化と耐性変異のリアルタイムモニタリング

進行固形がんにおける個別化治療(分子標的薬)の最適化において、ctDNAの包括的ゲノムプロファイリング(CGP)は今や不可欠な診断ツールとなっています。組織生検が解剖学的に困難な患者や、全身状態が悪化しており迅速な治療開始が求められる患者において、リキッドバイオプシーは短期間で結果を提供し、初回治療の意思決定を大きく前進させます[9]

獲得耐性変異のリアルタイム検出:EGFR T790MとESR1の実例

臨床的価値が特に高いのは、分子標的薬による治療中の「獲得耐性メカニズム」のリアルタイムな検出です。いかに劇的に奏効した標的治療であっても、腫瘍の進化に伴う耐性の出現は避けられません[9]

【非小細胞肺がん(NSCLC)の例】第1・第2世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)による治療中、最も高頻度に発生する耐性メカニズムがEGFR T790M変異の獲得です。ctDNA解析を定期的に用いることで、画像診断(CTスキャン)上で腫瘍の増大が確認される(臨床的進行)よりも数ヶ月も早くこの耐性変異を分子レベルで検出し、第3世代EGFR-TKI(オシメルチニブなど)へタイムリーに治療を切り替える適応的治療(Adaptive Therapy)が実現します[9]

【転移性乳がんの例】内分泌療法に対する耐性を示すESR1変異の検出において、ctDNA解析は組織サンプルと比較して検出率が24.7%も高かったと報告されています(3,209名の多様な患者コホート)。単一部位の組織生検では見逃されてしまう特定の転移巣でのみ局所的に発生した耐性クローンを、血中を循環するctDNAが全身から拾い上げて検出できるためです[9]

遺伝性腫瘍(HBOC・リンチ症候群)とctDNAの接点

ctDNAのコンパニオン診断的活用は、遺伝性腫瘍の診療とも深く連動しています。特に遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)においては、BRCA1BRCA2変異陽性患者へのPARP阻害薬(オラパリブなど)の適応判定において、ctDNA(リキッドバイオプシー)による体細胞変異解析がNGSパネルとして標準的に使われています。ただし、前述のCHIP問題から、ATMやBRCA2などのDNA修復遺伝子はCHIP変異の好発部位でもあるため、白血球コントロールなしの解釈は極めて危険です[7]

8. 微小残存病変(MRD):再発を「2年前」に検出する

現在、ctDNAの応用として世界中の臨床試験で最も熱発な議論が交わされ、最大の臨床的インパクトをもたらしつつある領域が、外科的切除などの根治的治療後における微小残存病変(MRD:Minimal/Molecular Residual Disease)の検出です[10]

💡 用語解説:微小残存病変(MRD)とは

MRD(Minimal/Molecular Residual Disease:微小残存病変)とは、原発腫瘍を完全に切除し、従来の画像診断(CTやPETなど)やCEAなどのタンパク質ベースの腫瘍マーカーでは「がんが存在しない(寛解)」と判定される状態であっても、体内(血中や微小な転移巣)に検出不可能なレベルで残存している極微量の腫瘍細胞、またはそこから放出されるDNAフラグメントのことです。ctDNAによるMRD検査が「陽性」であることは、極めて高い確率で将来的な臨床的再発を意味します。

MRD検出の臨床的インパクト:再発オッズ比15〜31

複数の研究データを統合したマクロ解析によれば、ランドマーク(治療直後の特定時点)でのMRD陽性患者の再発のオッズ比は15.47に達し、その後の継続的なサーベイランス中における陽性判定のオッズ比は驚異的な31.0に跳ね上がることが示されています[11]

乳がん患者を対象とした長期モニタリングのケースでは、遠隔転移を来した患者の85%において、実際に画像上で再発が確認される最大2年前(リードタイム:3.4〜18.5ヶ月)の段階で、すでに血中からctDNAが検出されていたという画期的な結果が報告されています[12]

MRD検出による再発予測の優位性

画像診断より最大2年前の再発サインを検出(乳がん長期モニタリング研究より)

85%
画像診断の
最大2年前に
ctDNA陽性
0%

ctDNA(MRD検査)

従来の画像診断
(CT・PETなど)

Tumor-Informed vs Tumor-Agnostic:2つのMRDアプローチ

MRDの検出には、要求される感度と臨床的利便性のバランスに応じて、主に2つの異なるアプローチが存在します[13]

比較項目 Tumor-Informed(腫瘍情報依存型) Tumor-Agnostic(腫瘍情報非依存型)
検査の前提要件 手術等による十分な腫瘍組織検体が必須 組織検体不要(採血のみで完結)
MRD検出感度 極めて高い(術前CTDNAで66% vs Agnosticの31%) 相対的に低い
初回結果までのTAT 長い(組織解析とパネル作成に数週間) 短い(採血後数日で結果判明)
進化する変異の捕捉 不可能(カスタムパネルに含まれない新規変異は見逃す) 可能(固定パネルの対象遺伝子範囲内であれば検出)
CHIP等による偽陽性 非常に低い(組織由来の変異のみを追うため特異度が高い) 相対的に高い(白血球コントロールの併用が強く推奨)

MRD解析を導入することで、再発リスクが極めて高いMRD陽性患者には集中的な治療(エスカレーション)を行い、逆にMRD陰性が継続する真のローリスク患者には不要な毒性を伴う化学療法を省略(デエスカレーション)することで、患者のQOL向上と医療リソースの最適化を図るアダプティブな臨床試験(例:大腸がんにおけるCIRCULATE試験など)が世界規模で進行中です[10]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「再発はしていない」と言われた後が本当の勝負】

がん薬物療法専門医・臨床遺伝専門医として診療する中で、患者さんから最もよく聞くのが「手術は成功しました、画像上はクリアです、と言われたのに、なぜまだ不安なのでしょう」という問いです。この問いに対する最新の答えが、ctDNAによるMRD検出です。画像で見えないがん細胞が血中に微量のDNAを漂わせている——それを画像診断より最大2年早く検出できるなら、早期に手を打てる可能性が生まれます。

当院ではリキッドバイオプシー for モニターとして、術後再発モニタリングをご提供しています。遺伝性腫瘍の診断から治療効果の確認まで、一貫したフォローアップをご希望の方はぜひがん診療専門外来にご相談ください。

9. 国際ガイドラインと遺伝診療との接点

ESMO(欧州臨床腫瘍学会)のコンセンサス推奨

ESMOのPrecision Medicine Working Groupは、日常診療におけるctDNAアッセイの使用に関する実践的な推奨事項を発表しました。リキッドバイオプシーの包括的ゲノムプロファイリング(CGP)は、患者の全身状態の悪化や病変の解剖学的位置により組織検体の取得が困難な場合、あるいは緊急の治療方針決定のために迅速なTATが求められるケース(胃がん・胆管がん・未治療の転移性大腸がんなど)で特に強く推奨されています[14]

また乳がんにおけるESR1変異の検査においては、組織の不均一性を克服するためにむしろctDNAを用いて優先的に評価すべきと明記されました。注目すべき技術的な警告として、ESMOは「全身療法に対して腫瘍が奏効(縮小)している期間中はctDNA検査を推奨しない」と規定しています。治療が効いている時期は腫瘍からのctDNAの放出量が激減しており、偽陰性のリスクが極端に高まるためです。逆に、治療に対して「抵抗性(増悪)」を示している時期での採血が、耐性変異のプロファイリングにおいて最も感度が高いとされています[14]

NCCN(米国総合がん情報ネットワーク)の推奨

NCCNガイドラインにおいても、特定のがん種におけるリキッドバイオプシーの有用性が明確に位置づけられています[15]。進行非小細胞肺がん(NSCLC)においては、組織採取が不適合または不十分な場合の包括的分子プロファイリング手法として推奨。大腸がん(CRC)の転移性セッティングでは、KRAS・NRAS・BRAF・MSIなどのバイオマーカー検出にNGSパネルが推奨されています。前立腺がんにおいてはAR-V7変異の検出やBRCA1/BRCA2変異の体細胞分析、乳がんでもAKT1・ESR1・PIK3CA変異の判定においてctDNA検査が支持されています[15]

遺伝カウンセリングとctDNA検査の統合

ctDNA検査の結果解釈には、遺伝カウンセリングの専門的介入が不可欠な場面があります。特に以下の場面では臨床遺伝専門医との連携が推奨されます。

  • BRCA1/2変異が体細胞変異なのか生殖細胞系列変異なのかの区別:ctDNAで検出されたBRCA変異が腫瘍のみに存在する(体細胞変異)か、生まれつき全細胞に持つ(生殖細胞系列変異)かで、家族への遺伝リスクが全く異なります。この区別には体細胞変異と生殖細胞系列変異の専門的判断が必要です
  • CHIPの偶発的発見:がんの検査として行ったリキッドバイオプシーでCHIPが偶然発見された場合、心血管リスクの評価と家族への情報共有の判断が必要
  • 遺伝性腫瘍(HBOC・リンチ症候群)の確認診断:ctDNAで疑われた場合の次のステップ(生殖細胞系列検査・血縁者検査)の設計には遺伝専門医が必要

よくある質問(FAQ)

Q1. ctDNA(リキッドバイオプシー)検査はどこで受けられますか?保険は適用されますか?

日本ではFoundationOne Liquid CDxなどの一部のリキッドバイオプシー製品が特定のがん種・条件で保険適用となっています。ミネルバクリニックでもリキッドバイオプシー for モニター(自費)を提供しています。治療効果確認・術後再発モニタリングが主な対象で、採血のみで完結します。保険適用の条件・詳細はがん診療専門外来にてご相談ください。

Q2. ctDNA検査で陰性(検出なし)であれば、がんは完全に消えたということですか?

必ずしもそうではありません。ctDNA検査の全体的な感度は組織生検より約30%低く、特に早期がんや腫瘍が小さい場合はVAFが極めて低く検出できないことがあります(偽陰性)。また、治療が効いて腫瘍からのctDNA放出が減少している時期も偽陰性になりやすいです。「陰性=完全寛解」とは断定できず、画像診断や他のバイオマーカーと組み合わせた総合的な判断が必要です。

Q3. CHIPとはどんな人に多いですか?がんの前触れですか?

CHIP(クローン性造血)は加齢に伴い頻度が上昇し、70歳以上では10%以上に存在するとされています。CHIPはがんそのものではなく、造血幹細胞の加齢変化ですが、その後に血液がん(白血病・骨髄異形成症候群など)を発症するリスクがやや高まります。また心血管疾患(動脈硬化・心不全)の独立したリスク因子でもあることが判明しています。ctDNA検査でCHIPが偶然見つかった場合は、がんの偽陽性として過剰治療につながらないよう、専門医による慎重な評価が必要です。

Q4. NIPTとがんのリキッドバイオプシーは同じ技術ですか?

原理は同じです。どちらも「血液中に微量に存在する特定のDNA断片を精密に解析する」技術を使います。NIPTでは妊婦の血中に混在する胎児由来のcfDNAを解析して染色体異常をスクリーニングし、がんのリキッドバイオプシーでは患者の血中に混在するctDNA(腫瘍由来DNA)を解析します。使用するNGS技術・バイオインフォマティクス・クオリティコントロールの手法は非常に近いものです。当院はNIPTの専門機関として長年培った技術的基盤を、がん診療のリキッドバイオプシーにも展開しています。

Q5. BRCA変異がctDNA検査で見つかった場合、遺伝性(生まれつき)のものですか?

ctDNA(リキッドバイオプシー)で検出されたBRCA変異は、体細胞変異(がん細胞のみに後天的に生じた変異)生殖細胞系列変異(生まれつき全細胞に持つ遺伝性のもの)の両方の可能性があります。ctDNA検査だけでは区別できないケースも多く、遺伝性かどうかを確定するには別途、血液による生殖細胞系列BRCA検査が必要です。これは家族へのリスクや予防対策に直結する重要な区別であり、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが推奨されます。

Q6. MCEDテスト(多がん早期発見)はいつ日本でも受けられますか?

2026年6月時点では、GalleriなどのMCEDテストは日本国内で正式に承認・販売されていません。米国では一般向けの販売が進んでいますが、ガイドライン上ではまだ標準スクリーニングとしては推奨されていない段階です。日本国内でも複数の企業・機関が多がん早期発見テストの研究・開発・承認申請を進めており、数年以内に実臨床への導入が期待されています。最新の動向は当院にご相談いただくか、国立がん研究センターのウェブサイト等でご確認ください。

Q7. Tumor-Informed型MRD検査とTumor-Agnostic型MRD検査、どちらを選ぶべきですか?

状況によって最適解が異なります。手術でがんを切除しており十分な組織検体がある場合でMRD検出の感度を最大化したい場合は、Tumor-Informed(腫瘍情報依存型)が有利です。組織が採取できていない場合・迅速な結果が必要な場合・腫瘍の進化による新規変異もとらえたい場合は、Tumor-Agnostic(腫瘍情報非依存型)が選択肢となります。いずれの場合も、CHIPによる偽陽性を防ぐための白血球コントロール解析を実施できる施設・検査で行うことが重要です。

Q8. ctDNA解析でわかることと、従来の「腫瘍マーカー(CEA・CA19-9など)」との違いは何ですか?

従来の腫瘍マーカー(CEA・CA19-9・CA125など)はタンパク質であり、がん以外の炎症や良性疾患でも上昇するため特異度に限界があります。また「どんな遺伝子変異があるか」という情報は得られません。一方、ctDNAは腫瘍特有のDNA変異・メチル化パターン・コピー数変化を直接検出するため、どの遺伝子に変異があり、どの分子標的薬が有効かという情報まで提供できます。また分子レベルでの耐性変異の出現や、MRDとしての再発サインの検出が可能な点でも、従来の腫瘍マーカーとは質的に異なるバイオマーカーです。

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ctDNA検査・術後再発モニタリング・HBOC遺伝子検査
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臨床遺伝専門医・がん薬物療法専門医が在籍するミネルバクリニックへ

参考文献

  • [1] Ge Q, Zhang Z, Li S, Ma J, Zhao Z. Liquid biopsy: Comprehensive overview of circulating tumor DNA (Review). Oncol Lett. 2024;28(5). DOI: 10.3892/ol.2024.14681. [PMC11420644]
  • [2] Circulating Tumor DNA as a Cancer Biomarker: An Overview of Mechanisms and Applications. Frontiers in Oncology. 2022. [Frontiers in Oncology]
  • [3] Circulating Tumor DNA as a Cancer Biomarker: Fact or Fiction? PMC – NIH. 2017. [PMC5326709]
  • [4] Cell-Free DNA Fragmentomics: The Novel Promising Biomarker. PMC. 2023. [PMC9866579]
  • [5] Liquid Biopsy versus Traditional Tissue Biopsy. Integrative Cancer Care. [Integrative Cancer Care]
  • [6] Real-World Technical Hurdles of ctDNA NGS Analysis: Lessons Learned. PMC. [PMC12564474]
  • [7] Clonal Hematopoiesis and Liquid Biopsy in Gastrointestinal Cancers. PMC. 2022. [PMC8814311]
  • [8] Transforming cancer screening: the potential of multi-cancer early detection tests. PMC. 2025. [PMC11785667]
  • [9] A Review of Circulating Tumor DNA (ctDNA) and the Liquid Biopsy in Cancer Diagnosis, Screening, and Monitoring Treatment Response. PMC. 2025. [PMC12032849]
  • [10] Clinical application of minimal residual disease detection by ctDNA testing in non-small cell lung cancer: a narrative review. PMC. 2025. [PMC12000943]
  • [11] Utility of ctDNA in predicting relapse in solid tumors after curative therapy: a meta-analysis. PMC. 2023. [PMC10317487]
  • [12] Detection of minimal residual disease and prediction of recurrence in breast cancer using a plasma-only circulating tumor DNA assay. PMC. 2025. [PMC11982450]
  • [13] Minimal residual disease in solid tumors: Clinical applications and perspectives. PMC. 2025. [PMC12851408]
  • [14] Expert panel consensus recommendations on the use of circulating tumor DNA assays for patients with advanced solid tumors. PMC. 2022. [PMC9633310]
  • [15] New ESMO recommendations on the use of ctDNA. ESMO Society Updates. [ESMO]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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