目次
- 1 1. cfDNAとctDNAの定義:「血液の海」に漂うがんの痕跡
- 2 2. ctDNAの放出メカニズムとクリアランス:なぜ「今の腫瘍」が見えるのか
- 3 3. フラグメントミクス(Fragmentomics):DNA断片の「形」そのものをバイオマーカーに
- 4 4. 組織生検 vs リキッドバイオプシー:相補的な2つのモダリティ
- 5 5. ctDNA解析の技術的課題:感度の壁とCHIPによる偽陽性
- 6 6. 多がん早期発見(MCED)スクリーニング:1回の採血で複数のがんを
- 7 7. 治療選択の最適化と耐性変異のリアルタイムモニタリング
- 8 8. 微小残存病変(MRD):再発を「2年前」に検出する
- 9 9. 国際ガイドラインと遺伝診療との接点
- 10 よくある質問(FAQ)
- 11 参考文献
- 12 関連記事
📍 クイックナビゲーション
がんの診断・治療・再発監視は長年、痛みを伴う組織生検に依存してきました。しかし今、「採血だけでがん全体の遺伝子情報を読み取る」リキッドバイオプシーが急速に普及しています。その中心にあるのが、血液中を漂う腫瘍由来のDNA断片——循環腫瘍DNA(ctDNA)です。ctDNAの血中半減期はわずか約1〜2時間。この短さゆえに、採血した瞬間の腫瘍の状態をリアルタイムで映し出す「がんのライブカメラ」として機能します。本記事では、ctDNAの生物学的基盤から、多がん早期発見(MCED)・微小残存病変(MRD)・耐性変異検出などの最先端臨床応用まで、臨床遺伝専門医が包括的に解説します。
Q. ctDNA(循環腫瘍DNA)とリキッドバイオプシーとは何ですか?まず結論から教えてください
A. ctDNA(Circulating Tumor DNA)とは、がん細胞から血液中に放出される腫瘍特有のDNA断片です。採血のみで全身のがんの遺伝子変異・治療効果・再発リスクを検出できるリキッドバイオプシーの中核技術であり、血中半減期が約1〜2時間と極めて短いため、採血時点のリアルタイムな腫瘍の状態を反映します。診断・治療選択・術後再発監視・多がん早期発見まで、がん医療全体を変革する技術として国際ガイドライン(ESMO・NCCN)でも正式に位置づけられています。
- ➤cfDNAとctDNAの違い → 全cfDNAのうちがん由来の分画がctDNA。早期がんではVAF 0.01%未満の超低濃度
- ➤リアルタイム性 → 半減期1〜2時間のため手術・化学療法の効果を数日以内に評価可能
- ➤最大の落とし穴 → クローン性造血(CHIP)による偽陽性。白血球コントロールなしでは誤診リスク
- ➤MRD検出 → 術後再発の画像診断より最大2年早く検出。オッズ比15〜31という強力な再発予測マーカー
- ➤遺伝性がんとの接点 → BRCA1/2・ESR1変異検出でHBOC診療・PARP阻害薬適応判定にも直結
1. cfDNAとctDNAの定義:「血液の海」に漂うがんの痕跡
健康な人であっても、血液の中には絶えず微量のDNA断片が流れています。これは主に白血球などの造血系細胞が正常なターンオーバー(細胞の新陳代謝)でアポトーシス(プログラム細胞死)を起こす際に放出されるものです。この「血液中を漂うすべてのDNA断片の総称」が無細胞DNA(cfDNA:Cell-free DNA)です。
健康な人のcfDNA血漿中濃度は通常1〜100 ng/mLの範囲にとどまりますが、がん患者では過剰な細胞死に伴い有意に上昇し、場合によっては1000 ng/mL以上に達することがあります。Ge Q, et al. Oncol Lett. 2024が示すように、このcfDNAの膨大なプールのうち「特異的に腫瘍細胞から由来したDNAの分画」だけをctDNA(Circulating Tumor DNA:循環腫瘍DNA)と呼びます[1]。
💡 用語解説:cfDNA vs ctDNA — どう違う?
cfDNA(無細胞DNA)は血液中のDNA断片全体の総称。正常細胞由来がほとんどを占めます。ctDNA(循環腫瘍DNA)はその中の「がん細胞から来たDNAだけ」。早期がんでは全cfDNAのうちctDNAの割合(変異アレル頻度:VAF)は0.01%未満という超微量です。進行がんになると50%以上を占めることもあります。
cfDNAは臨床的に出生前診断(NIPT)でも活用されます。妊娠中は母体血中に胎児由来のcfDNA(胎児分画)が混在しており、これを解析するのがNIPTの原理です。つまりctDNA解析とNIPTは「血中のDNA断片を精密解析する」という同じプラットフォームを共有しています。
ctDNAが特に強力なのは、原発巣だけでなく全身の転移巣から放出されたDNAが混在している点です。単一部位の組織生検では見えない「腫瘍全体の分子の平均像」を血液から得られるため、転移ごとに異なる進化(クローン)の全体像を一度の採血で捉えられます[2]。
cfDNAとctDNAの特性比較
2. ctDNAの放出メカニズムとクリアランス:なぜ「今の腫瘍」が見えるのか
腫瘍細胞からctDNAが血流中に放出されるメカニズムは単一ではありません。腫瘍の微小環境や細胞死の形態に応じて、複数の経路が複合的に関与しています[2]。
ctDNAの3つの主要な放出経路
① アポトーシス(プログラム細胞死)
最も主要な経路。カスパーゼ依存的にDNAが酵素切断され、ヌクレオソームの構造(ヒストン+巻き付いたDNA)を単位として約166 bpの断片が生成。アポトーシス小体にパッケージングされ血流に放出される。
② ネクローシス(壊死)
固形腫瘍の急速増殖で内部が血流不足・低酸素になり壊死が発生。制御されないDNA切断のためより長い断片(200 bp〜数kbp)が放出される。その後DNase I等の酵素でさらに細片化される。
③ 活性分泌(能動的分泌)
近年明らかになった新たな経路。生きたがん細胞がエクソソーム(細胞外小胞)を介してDNAを能動的に分泌。特に乳がんなど特定腫瘍で主要な供給源となる。パイロトーシス・フェロトーシスも関与。
💡 用語解説:ヌクレオソーム(nucleosome)とは
DNAはそのままでは非常に長い分子なので、細胞の核の中では「糸巻き」のように8個のヒストンタンパク質に約2周巻き付いてコンパクトに収納されています。この「ヒストン+巻き付いたDNA」の基本単位をヌクレオソームと呼びます。アポトーシスでは、ヌクレオソームとヌクレオソームの間のリンカーDNA(約50 bp)が切断されるため、放出されるcfDNAの長さは一貫して約166 bp(ヌクレオソーム1個分)またはその倍数になります。この特徴的なサイズが、ctDNA検出の技術的基盤となっています。
クリアランスと「リアルタイム性」の秘密:半減期1〜2時間の臨床的意義
血中に放出されたctDNAは、主に肝臓のクッパー細胞(肝マクロファージ)と腎臓のDNase活性によって迅速に排除されます。脾臓やリンパ節のマクロファージも副次的に関与しています[2]。
臨床的に最も重要なのは、ctDNAの血中半減期がわずか約1〜2時間と非常に短いことです。この短い半減期が意味するのは、ctDNAの血中濃度が「過去のがんの蓄積」ではなく、「採血時点でのリアルタイムな腫瘍の活動状態」を正確に反映するスナップショットだということです[3]。外科的切除後や化学療法の導入後、数日という極めて短期間のうちにctDNAレベルが劇的に変動するため、長期間待たずに早期の治療効果判定が可能となります。
3. フラグメントミクス(Fragmentomics):DNA断片の「形」そのものをバイオマーカーに
近年の次世代シークエンサー(NGS)技術とバイオインフォマティクスの飛躍的な進歩により、リキッドバイオプシーのパラダイムは遺伝子変異の検出から「フラグメントミクス(Fragmentomics)」と呼ばれる新たな領域へと拡張しています。これはDNA断片の長さ・末端のモチーフ・切れ込み(Jagged ends)・ゲノム上の断片化の座標といった「DNA断片の物理的・構造的特性そのもの」をバイオマーカーとして活用するアプローチです[4]。
💡 用語解説:フラグメントミクス(Fragmentomics)とは
通常の遺伝子検査が「DNAの塩基配列(中身)」を読むのに対し、フラグメントミクスは「DNA断片の長さや切れ方のパターン(外形)」をバイオマーカーとして使う技術です。がん細胞由来のctDNAは正常なcfDNAと比べて断片が短く(90〜150 bp)、また10 bpの周期性という独特のパターンを持つことが発見されました。この特徴を利用して、遺伝子変異情報がなくても「がんがある」と判定したり、どの臓器からDNAが来たかを推定できます。
ヌクレオソーム・フットプリントと組織起源(Tissue of Origin)の特定
フラグメントミクスの中でも特に画期的なのが、ヌクレオソーム・フットプリントの解析です。細胞内で遺伝子が活発に転写されている領域(オープンクロマチン領域)や転写因子が結合している領域では、ヌクレオソームが存在しないためDNAが酵素によって切断されやすく、cfDNAとして血中に多く放出されます。
この切断パターンの偏りをゲノム全体にわたって解析することで、そのDNA断片が核内でヒストンに巻き付いていた際の物理的な痕跡をマッピングできます。これにより、特定の遺伝子変異に依存することなく、血中のDNAが「どの組織・臓器から放出されたか(Tissue of Origin)」を高精度で特定することが可能となりました[4]。この技術は後述する多がん早期発見(MCED)スクリーニングにおける原発巣の推定に決定的な役割を果たしています。
💡 用語解説:変異アレル頻度(VAF)とは
VAF(Variant Allele Frequency:変異アレル頻度)とは、解析したDNA分子のうち「特定の変異を持つもの」の割合(%)です。cfDNAの総量に対するctDNAの割合でもあります。
- ▸早期がん:VAF < 0.01%〜1%未満(超低濃度)
- ▸術後MRDモニタリング:VAF 0.05%以下の超微量が検出対象
- ▸進行・転移がん:VAF 50%以上になることも
4. 組織生検 vs リキッドバイオプシー:相補的な2つのモダリティ
臨床現場において、病理組織生検とリキッドバイオプシーは互いに排他的なものではなく、それぞれに独自の利点と限界を持つ相補的なモダリティです。両者の特性を深く理解し、患者の病期や目的に応じて適切に使い分ける、あるいは組み合わせることが現在の標準的なアプローチとされています[5]。
組織生検の最大の強みは、がん細胞の形態学的な評価(組織学的診断)が可能である点と、融合遺伝子や遺伝子増幅の検出感度が高い点にあります。また変異の評価においても依然としてゴールドスタンダードとしての地位を確立しています。しかし単一部位からの組織採取では腫瘍全体の空間的な分子不均一性(Spatial Heterogeneity)を網羅できないという根本的な限界があります。
5. ctDNA解析の技術的課題:感度の壁とCHIPによる偽陽性
🔍 関連記事:クローン性造血(CHIP)とは/体細胞変異と生殖細胞系列変異の違い
リキッドバイオプシーはがん診療に革命をもたらしつつありますが、その臨床適用には技術的限界と生物学的な交絡因子という2つの大きなハードルが存在します。これらを無視して結果を解釈することは、重大な誤診や不適切な治療選択に直結します。
5.1 検出感度の壁:超低VAFの数学的制約
現在の最先端のctDNA解析技術をもってしても、全体的な感度は標準的な組織生検と比較して約30%低いと見積もられています。この偽陰性の主要な原因は、超低頻度の変異を検出する際の数学的・物理的な制約にあります[6]。
早期がんのスクリーニングや根治治療後のMRDモニタリングでは、血中のVAFは1%未満、時には0.05%という極限レベルまで低下します。さらに根本的な制約として、採血されたサンプル内の「変異DNA分子の絶対数」という問題があります。例えば肺がん患者から標準的な10 mLの血液を採取した場合、得られるゲノム等量は約8,000 GEsに過ぎず、VAFが0.1%ならサンプル全体に変異ゲノムはわずか8個という計算になります。このレベルでは、統計的な確率論によりどれほど高性能なシークエンサーを用いても検出できない(サンプリング・エラーによる偽陰性)リスクが高まります[6]。
5.2 最大の生物学的ノイズ:クローン性造血(CHIP)による偽陽性
リキッドバイオプシーの特異性を脅かし、偽陽性(False Positives)を引き起こす最大の生物学的要因が、クローン性造血(CHIP:Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential)です[7]。
💡 用語解説:クローン性造血(CHIP)とは
CHIP(Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential:意義不明のクローン性造血)とは、正常な造血幹細胞が加齢に伴って体細胞変異を蓄積し、特定の変異を持った白血球のクローン集団が末梢血中で増殖する現象です。
重要なのは、CHIP変異(TP53・ATM・KRAS・DNMT3A・TET2など)が固形がんで高頻度に観察されるドライバー変異と完全に重複していることです。これらのCHIP変異を持つ白血球がアポトーシスを起こしてDNAを放出すると、cfDNAプールに加わります。リキッドバイオプシー検査が白血球DNA(バフィーコート)とのフィルタリングを行わなかった場合、このCHIP由来の変異を「固形腫瘍のctDNA変異」と誤認してしまいます。
進行前立腺がん患者の約10%でPARP阻害薬の適応判定に使うDNA修復遺伝子(ATM・BRCA2・CHEK2など)にCHIP由来の干渉が見られたという報告があります。これを腫瘍の変異と誤認すれば、全く効果のない分子標的薬を投与する結果になります[7]。
この偽陽性問題を根本的に解決するためには、血漿cfDNAのシークエンスと同時に、同じ採血サンプルから分離した白血球分画(バフィーコート)のゲノムDNAもシーケンスし、白血球に存在する変異(CHIP)をバイオインフォマティクス・パイプライン上で除外する高度なアッセイ設計(マッチド・ホワイトブラッドセル・コントロール)が不可欠です[7]。
また、CHIPはリキッドバイオプシーのノイズとして片付けられる問題ではありません。CHIPを持つ患者は、化学療法関連骨髄系腫瘍を発症するリスクが高いだけでなく、アテローム性動脈硬化症や心不全といった心血管疾患の独立した重大なリスク因子でもあることが判明しています。ctDNA検査の過程で偶然発見されたCHIPを適切に管理することは、腫瘍循環器学(Cardio-Oncology)の新たな学際的課題として浮上しています[7]。
6. 多がん早期発見(MCED)スクリーニング:1回の採血で複数のがんを
現在の標準的ながん検診はマンモグラフィ(乳がん)や大腸内視鏡検査(大腸がん)など、単一の臓器に特化したアプローチが主流です。これに対し、無症状の健常者やハイリスク群から、たった一度の採血で複数種のがんのシグナルを同時に早期発見する多がん早期発見(MCED:Multi-Cancer Early Detection)テストの開発が、世界的に急速な進展を見せています[8]。
💡 用語解説:MCED(多がん早期発見)テストとは
MCED(Multi-Cancer Early Detection)テストとは、1回の採血から複数種類のがんを同時にスクリーニングする血液検査です。単一のバイオマーカーに依存せず、ctDNAの遺伝子変異・特異的なメチル化パターン(エピジェネティクス)・がん関連タンパク質・フラグメントミクスなど、複数の多次元データをNGSと高度なAIアルゴリズムで統合解析します。
主要なMCEDプラットフォームとしてGalleri検査(GRAIL社)・Cancerguard(Exact Sciences社)・SPOT-MASなどが開発されています。ある統合的MCEDテストの研究では、特異度99%以上を保ちながら感度85〜87.3%を達成したと報告されています[8]。
特にメチル化パターンの解析は極めて強力です。エピジェネティクス的変化としてのがん細胞特有の異常なメチル化を検知することでがんの存在を明らかにするだけでなく、「そのDNAが体内のどの臓器の細胞から由来したか(Tissue of Origin)」を高い精度で予測することが可能です。またDNAメチル化解析はフラグメントミクスと組み合わせることで、原発巣の特定精度をさらに高めています[8]。
MCEDテストは、現在効果的なスクリーニング手法が存在せず発見された時には既に進行していることが多い膵臓がんや卵巣がんなどの難治性がんの早期発見に大きく寄与すると期待されています。この原発巣予測機能により、陽性判定を受けた患者に対して闇雲な全身検査ではなく、特定の臓器にフォーカスした画像診断を速やかに実施することが可能となり、確定診断へのシームレスな橋渡しが実現します[8]。
7. 治療選択の最適化と耐性変異のリアルタイムモニタリング
進行固形がんにおける個別化治療(分子標的薬)の最適化において、ctDNAの包括的ゲノムプロファイリング(CGP)は今や不可欠な診断ツールとなっています。組織生検が解剖学的に困難な患者や、全身状態が悪化しており迅速な治療開始が求められる患者において、リキッドバイオプシーは短期間で結果を提供し、初回治療の意思決定を大きく前進させます[9]。
獲得耐性変異のリアルタイム検出:EGFR T790MとESR1の実例
臨床的価値が特に高いのは、分子標的薬による治療中の「獲得耐性メカニズム」のリアルタイムな検出です。いかに劇的に奏効した標的治療であっても、腫瘍の進化に伴う耐性の出現は避けられません[9]。
【非小細胞肺がん(NSCLC)の例】第1・第2世代のEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)による治療中、最も高頻度に発生する耐性メカニズムがEGFR T790M変異の獲得です。ctDNA解析を定期的に用いることで、画像診断(CTスキャン)上で腫瘍の増大が確認される(臨床的進行)よりも数ヶ月も早くこの耐性変異を分子レベルで検出し、第3世代EGFR-TKI(オシメルチニブなど)へタイムリーに治療を切り替える適応的治療(Adaptive Therapy)が実現します[9]。
【転移性乳がんの例】内分泌療法に対する耐性を示すESR1変異の検出において、ctDNA解析は組織サンプルと比較して検出率が24.7%も高かったと報告されています(3,209名の多様な患者コホート)。単一部位の組織生検では見逃されてしまう特定の転移巣でのみ局所的に発生した耐性クローンを、血中を循環するctDNAが全身から拾い上げて検出できるためです[9]。
遺伝性腫瘍(HBOC・リンチ症候群)とctDNAの接点
ctDNAのコンパニオン診断的活用は、遺伝性腫瘍の診療とも深く連動しています。特に遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)においては、BRCA1・BRCA2変異陽性患者へのPARP阻害薬(オラパリブなど)の適応判定において、ctDNA(リキッドバイオプシー)による体細胞変異解析がNGSパネルとして標準的に使われています。ただし、前述のCHIP問題から、ATMやBRCA2などのDNA修復遺伝子はCHIP変異の好発部位でもあるため、白血球コントロールなしの解釈は極めて危険です[7]。
8. 微小残存病変(MRD):再発を「2年前」に検出する
現在、ctDNAの応用として世界中の臨床試験で最も熱発な議論が交わされ、最大の臨床的インパクトをもたらしつつある領域が、外科的切除などの根治的治療後における微小残存病変(MRD:Minimal/Molecular Residual Disease)の検出です[10]。
💡 用語解説:微小残存病変(MRD)とは
MRD(Minimal/Molecular Residual Disease:微小残存病変)とは、原発腫瘍を完全に切除し、従来の画像診断(CTやPETなど)やCEAなどのタンパク質ベースの腫瘍マーカーでは「がんが存在しない(寛解)」と判定される状態であっても、体内(血中や微小な転移巣)に検出不可能なレベルで残存している極微量の腫瘍細胞、またはそこから放出されるDNAフラグメントのことです。ctDNAによるMRD検査が「陽性」であることは、極めて高い確率で将来的な臨床的再発を意味します。
MRD検出の臨床的インパクト:再発オッズ比15〜31
複数の研究データを統合したマクロ解析によれば、ランドマーク(治療直後の特定時点)でのMRD陽性患者の再発のオッズ比は15.47に達し、その後の継続的なサーベイランス中における陽性判定のオッズ比は驚異的な31.0に跳ね上がることが示されています[11]。
乳がん患者を対象とした長期モニタリングのケースでは、遠隔転移を来した患者の85%において、実際に画像上で再発が確認される最大2年前(リードタイム:3.4〜18.5ヶ月)の段階で、すでに血中からctDNAが検出されていたという画期的な結果が報告されています[12]。
MRD検出による再発予測の優位性
画像診断より最大2年前の再発サインを検出(乳がん長期モニタリング研究より)
最大2年前に
ctDNA陽性
ctDNA(MRD検査)
従来の画像診断
(CT・PETなど)
Tumor-Informed vs Tumor-Agnostic:2つのMRDアプローチ
MRDの検出には、要求される感度と臨床的利便性のバランスに応じて、主に2つの異なるアプローチが存在します[13]。
MRD解析を導入することで、再発リスクが極めて高いMRD陽性患者には集中的な治療(エスカレーション)を行い、逆にMRD陰性が継続する真のローリスク患者には不要な毒性を伴う化学療法を省略(デエスカレーション)することで、患者のQOL向上と医療リソースの最適化を図るアダプティブな臨床試験(例:大腸がんにおけるCIRCULATE試験など)が世界規模で進行中です[10]。
9. 国際ガイドラインと遺伝診療との接点
🔍 関連記事:遺伝カウンセリングとは/がんは遺伝するか(がんコラム)/がん診療専門外来
ESMO(欧州臨床腫瘍学会)のコンセンサス推奨
ESMOのPrecision Medicine Working Groupは、日常診療におけるctDNAアッセイの使用に関する実践的な推奨事項を発表しました。リキッドバイオプシーの包括的ゲノムプロファイリング(CGP)は、患者の全身状態の悪化や病変の解剖学的位置により組織検体の取得が困難な場合、あるいは緊急の治療方針決定のために迅速なTATが求められるケース(胃がん・胆管がん・未治療の転移性大腸がんなど)で特に強く推奨されています[14]。
また乳がんにおけるESR1変異の検査においては、組織の不均一性を克服するためにむしろctDNAを用いて優先的に評価すべきと明記されました。注目すべき技術的な警告として、ESMOは「全身療法に対して腫瘍が奏効(縮小)している期間中はctDNA検査を推奨しない」と規定しています。治療が効いている時期は腫瘍からのctDNAの放出量が激減しており、偽陰性のリスクが極端に高まるためです。逆に、治療に対して「抵抗性(増悪)」を示している時期での採血が、耐性変異のプロファイリングにおいて最も感度が高いとされています[14]。
NCCN(米国総合がん情報ネットワーク)の推奨
NCCNガイドラインにおいても、特定のがん種におけるリキッドバイオプシーの有用性が明確に位置づけられています[15]。進行非小細胞肺がん(NSCLC)においては、組織採取が不適合または不十分な場合の包括的分子プロファイリング手法として推奨。大腸がん(CRC)の転移性セッティングでは、KRAS・NRAS・BRAF・MSIなどのバイオマーカー検出にNGSパネルが推奨されています。前立腺がんにおいてはAR-V7変異の検出やBRCA1/BRCA2変異の体細胞分析、乳がんでもAKT1・ESR1・PIK3CA変異の判定においてctDNA検査が支持されています[15]。
遺伝カウンセリングとctDNA検査の統合
ctDNA検査の結果解釈には、遺伝カウンセリングの専門的介入が不可欠な場面があります。特に以下の場面では臨床遺伝専門医との連携が推奨されます。
- ➤BRCA1/2変異が体細胞変異なのか生殖細胞系列変異なのかの区別:ctDNAで検出されたBRCA変異が腫瘍のみに存在する(体細胞変異)か、生まれつき全細胞に持つ(生殖細胞系列変異)かで、家族への遺伝リスクが全く異なります。この区別には体細胞変異と生殖細胞系列変異の専門的判断が必要です
- ➤CHIPの偶発的発見:がんの検査として行ったリキッドバイオプシーでCHIPが偶然発見された場合、心血管リスクの評価と家族への情報共有の判断が必要
- ➤遺伝性腫瘍(HBOC・リンチ症候群)の確認診断:ctDNAで疑われた場合の次のステップ(生殖細胞系列検査・血縁者検査)の設計には遺伝専門医が必要
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] Ge Q, Zhang Z, Li S, Ma J, Zhao Z. Liquid biopsy: Comprehensive overview of circulating tumor DNA (Review). Oncol Lett. 2024;28(5). DOI: 10.3892/ol.2024.14681. [PMC11420644]
- [2] Circulating Tumor DNA as a Cancer Biomarker: An Overview of Mechanisms and Applications. Frontiers in Oncology. 2022. [Frontiers in Oncology]
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- [6] Real-World Technical Hurdles of ctDNA NGS Analysis: Lessons Learned. PMC. [PMC12564474]
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- [8] Transforming cancer screening: the potential of multi-cancer early detection tests. PMC. 2025. [PMC11785667]
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