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Schuurs-Hoeijmakers症候群(PACS1関連神経発達症)とは?症状・原因・診断をやさしく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

Schuurs-Hoeijmakers症候群(PACS1関連神経発達症)は、PACS1という遺伝子にたまたま1か所だけ起きた新生変異(de novo変異)によって生じる、とてもまれな先天性の病気です。知的発達の遅れ・ことばの遅れ・よく似た特徴的な顔つきが3つの大きな特徴で、約半数にてんかんも見られます。この記事では、原因となる分子のしくみから、症状・診断(出生前と出生後を分けて)・治療やご家族のサポート・遺伝カウンセリングまで、一般の方にもわかるように臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 PACS1・神経発達症・希少疾患
臨床遺伝専門医監修

Q. Schuurs-Hoeijmakers症候群とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. PACS1遺伝子の新生変異で起こる、とてもまれな神経発達症です。知的障害・ことばの遅れ・特徴的な顔つきがほぼ必ず見られ、てんかん、小脳の形成のかたより、心臓・眼・消化器などの合併症を伴うことがあります。患者さんの大多数がまったく同じ1文字の変化(p.Arg203Trp)を持つという、きわめて均一な遺伝的特徴があります。根本的に治す薬はまだありませんが、各症状へのケアと家族支援を多職種で行います。

  • 原因 → PACS1遺伝子の新生変異(ほとんどがp.Arg203Trp)。ご両親は通常この変異を持っていません
  • 3大特徴 → 知的障害97%・特徴的な顔つき82%・ことばの遅れ76%
  • 見分けの鍵 → よく似たPACS2・WDR37の病気との違いは「眼の所見」がポイント
  • 診断 → 出生後は遺伝子のシーケンス検査。染色体検査(Gバンド・マイクロアレイ)では見つかりません
  • これから → アンチセンス核酸(ASO)などの治療研究が世界で進行中

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1. Schuurs-Hoeijmakers症候群とは:どんな病気か

Schuurs-Hoeijmakers症候群(シュールス・ホエイマーカーズしょうこうぐん)は、医学的にはPACS1関連神経発達症(PACS1-NDD)とも呼ばれる、生まれつきの遺伝性疾患です。国際的な遺伝病データベースであるOMIMには#615009として登録されています[4]。発達の遅れ・特徴的な顔つき・てんかんなど、複数の臓器にまたがる症状を示すのが特徴です[1]

この病気は2012年に、知的障害があり、おどろくほど似た顔つきをした血縁のない2人のお子さんから、共通の遺伝子の変化が見つかったことをきっかけに、はじめて医学的に報告されました[1]。その後、エクソーム解析などの網羅的なゲノム検査が広まるにつれて診断例が増え、最もよく引用される総説では61人の患者さんがまとめられています[1]。2025年の報告ではこれまでに約60〜70人が報告されたとされ、新たな患者さんが加えられ続けています[5]。累計では世界でおよそ100人前後と考えられますが、男女比はほぼ同じです。

頻度の点では、出生100万人あたり1人未満と推定される「超希少疾患」に分類されます[3]。一方で、原因不明の発達障害を対象にした大規模な遺伝子解析から次々に見つかっていることから、実際には診断されずに見過ごされている方がもっと多い(過小診断されている)可能性が指摘されています[1]

2. 原因はPACS1遺伝子の新生変異

この病気の最大の遺伝的な特徴は、原因となる遺伝子の変化がきわめて均一であることです。第11番染色体(11q13)にあるPACS1遺伝子の同じ場所に、c.607C>T(p.Arg203Trp)という1文字の置き換えが起きている方が大多数を占めます[1]。残りの一部の方は、同じ場所の別の置き換えであるc.608G>A(p.Arg203Gln)を持ち、ごくまれにそれ以外の変化が見つかることもあります[5]。いずれもタンパク質の203番目のアミノ酸(アルギニン)が別のアミノ酸に入れ替わる「ミスセンス変異」で、タンパク質の局所的な性質を大きく変えてしまいます。

💡 用語解説:ミスセンス変異(みすせんすへんい)

DNAの文字(塩基)が1文字変わることで、タンパク質を作る設計図の意味が変わり、1つのアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わる変化です。タンパク質はアミノ酸が連なってできた「部品」なので、たった1か所の置き換えでも、形やはたらきが大きく変わって病気の原因になることがあります。「p.Arg203Trp」は「203番目のアルギニン(Arg)がトリプトファン(Trp)に変わった」という意味です。くわしくはミスセンス変異の解説もご覧ください。

もう一つ大切なのは、報告されたほぼすべての患者さんで、この変化が新生突然変異(de novo変異)として生じている点です[2]。つまり、ご両親はこの変化を持っておらず、精子や卵子ができる段階、あるいは受精のごく初期にお子さんで初めて生じた変化です。一般集団のゲノムデータベースにも、病気を起こす頻度では存在しません。常染色体顕性(優性)遺伝の形をとりますが、家族歴がない孤発例がほとんどです[4]

💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)

ご両親のどちらにもない遺伝子の変化が、お子さんで新しく生じたものを指します。「de novo(デノボ)=新しく」という意味です。ご両親に変化がないため、ご両親が「何か悪いことをしたから」起きるものではなく、誰にでも一定の確率で起こりうる自然な現象です。くわしくは新生突然変異の解説をご覧ください。

3. なぜ症状が起きるのか:分子のしくみ

PACS1遺伝子がつくるPACS-1タンパク質は、細胞の中で「タンパク質を正しい場所へ運ぶ交通整理」を担う輸送制御因子です。細胞内の物流拠点であるトランス・ゴルジ網(TGN)とエンドソームの間で、フリンやマンノース-6-リン酸受容体といった「荷物(積荷タンパク質)」を見分け、運搬役の小胞に積み込む手助けをします。さらにヒトの胎児期には、脳と小脳の発達のときに特に強くはたらくことがわかっており、脳の回路づくりに重要な役割を果たしていると考えられています。

p.Arg203Trpの変化は、単に「はたらきが弱くなる(機能喪失)」のではなく、機能獲得型(ゲイン・オブ・ファンクション)優性阻害(ドミナントネガティブ)という、より複雑なしくみで悪さをすると考えられています[1]。培養細胞の実験では、変異したPACS-1が細胞質の中で異常なかたまり(凝集体)をつくり、正常なタンパク質輸送のルートを物理的にも機能的にもじゃましてしまうことが示されています。

💡 用語解説:機能獲得型と優性阻害(ドミナントネガティブ)

機能獲得型は、変異したタンパク質が「本来とは違う・余計なはたらき」を持ってしまうこと。優性阻害(ドミナントネガティブ)は、変異したタンパク質が、正常なほうのタンパク質の足を引っぱって全体のはたらきをこわしてしまうことです。

この2つはどちらも「変異が1つあるだけで症状が出る(顕性/優性)」原因になります。くわしくは機能獲得型変異の解説ドミナントネガティブの解説をご覧ください。

近年の研究では、このじゃまの正体がより具体的に明らかになってきました。変異したPACS-1は、HDAC6やBICD2というタンパク質を介して、細胞内で荷物を運ぶ大きな分子モーター「細胞質ダイニン1」のはたらきを失わせてしまいます。ダイニンによる「外側から中心へ向かう輸送(逆行性輸送)」がこわれると、フリンが本来いるべきゴルジ体に集まれなくなり、ゴルジ体そのものの組織化が崩れてしまいます。こうしたことから、この病気は「微小管に沿った輸送の障害」という大きなグループの一つとしても位置づけられるようになりました。

💡 用語解説:ダイニン(分子モーター)

細胞の中で、レール(微小管)の上を歩くように荷物を運ぶ「運び役のタンパク質」です。ダイニンは細胞の外側から中心方向へ荷物を運び、キネシンは逆向きに運びます。この運搬がうまくいかないと、必要なタンパク質が必要な場所に届かず、細胞の機能や臓器の発生に支障が出ます。くわしくはダイニンの解説ダイニン1複合体の解説をご覧ください。

PACS1変異から症状までの分子の流れ タンパク質の運び役の不具合が、体のあちこちの発生に影響します p.Arg203Trp という変異 細胞質に異常な 凝集体ができる ダイニン輸送と ゴルジ体の障害 神経・頭蓋顔面の 発生のかたより

図:1文字の変異が、細胞質の凝集体形成 → 運搬と物流拠点の障害 → 神経や顔の発生のかたより、という流れにつながると考えられています。

疾患モデルの研究も進んでいます。ゼブラフィッシュの胚に変異型を過剰に発現させると、頭部の神経堤細胞でのSox10という因子の動きが妨げられ、顔の土台になる軟骨の形成不全が起こります。これは、患者さんに見られる特徴的な顔つきの発生学的な根拠を説明するものです。さらに、ヒトのiPS細胞からつくった神経細胞では、シナプス(神経のつなぎ目)に関わる遺伝子のはたらきが弱まり、神経のネットワークが異常に長く興奮し続けることが確認されました[6]。こうした電気的な異常が、知的障害やてんかんの土台になっている可能性が高いと考えられています。

4. 主な症状と発現頻度

症状は全身に及びますが、なかでも脳・神経系の発達と、頭や顔の形づくりに一貫して影響が出るのが特徴です。報告された患者さんのまとめでは、症状は出る割合に応じて「極めて高頻度(75%以上)」「高頻度(50〜74%)」などに分類されています[1]。下のグラフは主な症状の頻度を示したものです。

Schuurs-Hoeijmakers症候群の主な症状の頻度

報告された患者さんでの出現割合(%)

知的障害
97%
特徴的な顔つき
82%
ことばの遅れ
76%
小脳虫部の低形成
65%
てんかん
57%
全体的な発達の遅れ
45%
筋緊張低下
38%
停留精巣(男児)
30%
自閉スペクトラム症
21%

青:極めて高頻度(75%以上)/灰:高頻度(50〜74%)/薄灰:50%未満。小脳虫部の低形成は「脳画像を撮った方」での割合です。出典:[1][2][5]

知的障害は約97%とほぼ全例に見られ、程度は軽度から重度まで幅広く分布します(多くは軽度〜中等度)[1]ことばの遅れ(約76%)は運動の遅れよりも目立ちやすいのが特徴で、発語がほとんど見られない重い言語障害を伴うこともあります。一方、人懐っこく愛情を喜ぶ友好的な性格と表現されることが多い反面、約20%に強いかんしゃく・自傷・攻撃性などの行動面の課題を伴います。運動面では、乳児期に約38%で筋緊張低下が見られますが成長とともに改善する傾向があり、最終的に約60%の方が歩けるようになります[2]。てんかんは約57%に見られ、発症する時期は新生児期から学童期以降までさまざまです。

💡 用語解説:小脳虫部(しょうのうちゅうぶ)の低形成

小脳は運動やバランス、ことばのタイミングなどに関わる脳の一部で、その真ん中の細長い部分を「虫部」といいます。脳のMRIを撮ったお子さんの約65%でこの小脳虫部が小さい(低形成・部分的な欠損)ことがわかっており、診断の手がかりにもなります[2][5]。このほか、脳室の軽い拡大や脳梁(左右の脳をつなぐ部分)が薄いといった所見も報告されています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「ことばが遅い」だけで終わらせないために】

臨床遺伝専門医として文献を読み解くと、この病気は「ことばの遅れが運動の遅れより目立つ」という、見過ごされやすいパターンを持っています。人懐っこい性格ゆえに、ご家族や周囲が「のんびりした子」と受け止め、診断にたどり着くまで時間がかかることが少なくありません。

私は小児を診療する立場ではありませんが、ご両親への遺伝カウンセリングを行う者として、「似た顔つき+ことばの遅れ+小脳のMRI所見」という組み合わせは、専門医に相談する大切なサインだとお伝えしたいと思います。原因がはっきりすることは、適切な療育や合併症のチェックにつながり、ご家族が次の一歩を選ぶ土台になります。

5. 特徴的な顔つき:なぜ似た顔貌になるのか

患者さんの82%以上に共通する「おどろくほど似た」顔つきは、臨床遺伝専門医がこの病気を疑う最大のきっかけになります[1]。AIによる顔貌解析でも、この病気は1つのまとまった疾患として一貫して認識されるほど強い特徴を持つことが示されています[8]。具体的には、次のような特徴が組み合わさって現れます。

  • 目の周り・額:突き出た額、両目が離れぎみ(眼間開離)、目尻が下がる、アーチ状の眉、とても長いまつ毛、まぶたが下がる(眼瞼下垂)
  • 鼻:丸みのある鼻先、上を向いた鼻、広く平らな鼻の付け根
  • 口・あご:広い口、テント状に下がった口角、薄い上くちびる、平らな人中(鼻と口の間の溝)、すき間の空いた歯ならび
  • 耳:低い位置にあり、形が単純な耳

こうした顔つきが生まれる背景には、3章で触れた神経堤細胞の問題があります。神経堤細胞は、顔や頭の骨・軟骨のもとになる、いわば「顔の土台をつくる引っ越し業者」のような細胞です。PACS1の変異によってこの細胞の移動や役割分担がうまくいかなくなることが、似た顔つきの発生学的な原因と考えられています。

💡 用語解説:神経堤細胞(しんけいていさいぼう)

胎児のごく初期に、背中の神経のもとになる部分から生まれ、体のあちこちへ移動していく特別な細胞です。顔や頭の骨・軟骨、末梢神経、色素細胞など、さまざまな組織のもとになります。神経堤細胞の移動や成熟がうまくいかないと、顔の形の異常などが起こります。くわしくは神経堤細胞の解説をご覧ください。

6. 全身に及ぶ合併症

細胞内の「物流」が広くうまくいかなくなるため、症状は脳神経系だけでなく、さまざまな臓器の生まれつきの異常として現れます[1]。お子さんによって出る症状や程度は大きく異なります。

  • 眼の異常:近視などの屈折異常・斜視・眼振が多く見られます。より重い発生異常として、眼の組織が一部欠けるコロボーマや、小眼球症・小角膜・ピーターズ異常などが報告され、視覚の予後に影響することがあります[7]
  • 消化器・哺乳:乳児期に哺乳の問題が多く、経口摂取をいやがる(約22%)、胃食道逆流(約16%)、体重が増えにくい(約14%)などが課題になります。慢性的な便秘も約26%に合併します[1]。重い哺乳障害には胃ろうが検討され、まとめでは約25%の方が栄養を保つために胃ろうを必要としています[2]
  • 泌尿生殖器:男児の約30%に停留精巣が見られるほか、女性での無月経などの内分泌・生殖器の異常、腎臓の形の異常が報告されています。
  • 心臓・骨格:心室中隔欠損などの先天性心疾患を伴うことがあり、定期的な心臓の評価が必要です。骨格では、小頭症(約21%)・指の弯曲(約20%)・頭の形の異常(約18%)・偏平足(約14%)などが見られます[1]

これらを総合すると、Schuurs-Hoeijmakers症候群は「ひとつの臓器の病気」ではなく、細胞内の共通の物流のしくみがこわれることで全身にまたがって現れる症候群だと理解できます。だからこそ、診断後は複数の診療科による横断的なチェックが大切になります。

7. 似ている病気との見分け方

この病気を理解するうえで重要なのが、よく似た2つの病気との関係です。PACS-1とそっくりな仲間のタンパク質「PACS-2」、そして両者の結合相手である「WDR37」という3つは、細胞の中で協力してはたらく1つのチーム(WDR37-PACS1-PACS2軸)を作っています。このチームのどこかに変異が起きると、下流の共通のはたらきがこわれるため、互いによく似た症状が現れます[8]

AIによる顔貌解析でも、PACS1の患者さんの顔写真は、PACS2の病気(DEE66)やWDR37の病気(NOCGUS)の患者さんとよく一致し、共通の顔つきを持つことが確かめられています[8]。そのため、知的障害・ことばの遅れ・てんかん・コロボーマなどは3つの病気で共有されます。見分けの決定的な鍵は「眼の所見」です。小眼球症・小角膜・ピーターズ異常といった、より初期で重い眼の構造異常は、PACS1とWDR37では見られますが、PACS2ではまれか、ほとんど見られません。また、WDR37の病気では眼の異常がさらに重くなる傾向があります[7]

比較項目 PACS1(本症候群) PACS2(DEE66) WDR37(NOCGUS)
原因遺伝子 PACS1(11q13) PACS2(14q32) WDR37(10p15)
主な変異 p.Arg203Trpが大多数 p.Glu209Lysに集中 多様(特定領域)
遺伝形式 常染色体顕性(新生変異) 常染色体顕性(新生変異) 常染色体顕性(新生変異)
共通する症状 知的障害・てんかん・ことばの遅れ・特徴的な顔つき・眼のコロボーマ・眼瞼下垂・眼振
鑑別の鍵(眼) 小眼球症・小角膜・ピーターズ異常があり これらはまれ/非該当 あり、かつより重度

なお、特徴的な顔つきと知的障害という点では、別の分子経路の病気である歌舞伎症候群などとの見分けも大切になります。最終的な区別には、丁寧な臨床評価、とくに眼科的な評価と遺伝子検査が決め手になります。

8. 診断の進め方:出生前と出生後を分けて考える

遺伝子の診断は「出生前」と「出生後」で目的も方法も大きく異なります。混同しないよう、分けて理解することが大切です。

🤰 出生前の検査

スクリーニング:通常のNIPT(13・18・21トリソミーなど)ではPACS1の変異はわかりません。父親の加齢などで増えるde novo変異まで調べる単一遺伝子NIPT(当院のインペリアルプランはPACS1を含みます)であればスクリーニングが可能です。

確定検査:絨毛検査・羊水検査でPACS1を直接調べます。

👶 出生後の検査

遺伝子のシーケンス:エクソーム解析(WES)・全ゲノム解析(WGS)、または知的障害遺伝子パネル検査自閉症遺伝子検査で、c.607C>Tなどの変異を確認します。

注意:Gバンド染色体検査やマイクロアレイ(CMA)では、この「1文字の変異」は検出できません[2]

203番目以外の場所に、めずらしいタイプのPACS1変異が見つかったとき、それが本当に病気の原因なのか、それとも意義のはっきりしない変化(VUS)なのかの判断は難しい場合があります。そんなときに役立つのが、DNAメチル化エピシグネチャーです。これは病気ごとに特有の「DNAの目印(メチル化)のパターン」を血液から読み取る検査で、患者さんのパターンが典型的なPACS1のものと一致するかを確かめることで、診断を裏づける強力な手がかりになります[2]

💡 用語解説:エピシグネチャー(DNAメチル化のサイン)

DNAの文字そのものではなく、遺伝子の「オン・オフ」を調整する化学的な目印(メチル化)のパターンを指紋のように読み取り、病気ごとに特有のサインを見つける方法です。判断に迷う変異の意味づけに役立ちます。くわしくはDNAメチル化エピシグネチャーの解説EpiSign検査の解説をご覧ください。

なお当院でNIPTを受ける方は互助会(8,000円)に加入し、万一陽性となった場合の羊水検査の費用が全額補助されます。出生前の検査をどこまで受けるかは、ご家族の価値観に深く関わるため、臨床遺伝専門医が中立的な立場でご説明し、ご家族の意思決定を支えます。

9. 治療・経過観察・ご家族へのサポート

現時点で、遺伝子レベルから根本的に治す薬はまだありません。そのため、治療の中心は多職種チームによる対症療法と発達支援です[2]。診断がついた直後には、隠れた合併症を見つけるために、発達評価・嚥下や栄養の評価・心エコー(全例に推奨)・眼科評価・腎臓の超音波・必要に応じた脳波検査・自閉スペクトラム症のスクリーニングなどが推奨されます。

それぞれの症状には標準的なケアを行います。ことばの遅れが目立つため、言語療法やサイン・絵カードなどの代替コミュニケーションの導入が重要です。哺乳・体重増加の問題には摂食療法や栄養強化、必要に応じて胃ろうを検討します。てんかんには発作のタイプに応じた抗てんかん薬を用いますが、この病気に特別に効くと証明された単一の薬はまだありません。行動面の課題には、専門家と連携した行動療法や環境調整で対応します。心臓・腎臓・眼などの先天的な異常には、各専門科が標準的な治療を行います。経過観察として、受診のたびに発達・成長・栄養・発作などを確認し、心疾患や腎奇形がある場合は定期的にチェックを続けます[2]

この病気は、ご本人だけでなく介護を担うご家族にも大きな影響を与えます。妥当性が確認された「KidsLifeスケール」を用いたQOL研究では、「社会的包摂」「権利」「身体的ウェルビーイング」は比較的高く保たれる一方で、「自己決定」や「自律性」のスコアは大きく低下することが示されました[9]。依存度が高いお子さんほどQOLは低く、日常のすべてに介助を要する状態にあることが多いとされています。さらに、患者さんを抱えるご家庭の半数以上で、親のどちらかが労働時間を大幅に減らすか離職を余儀なくされており、その負担が母親に偏っている実態も浮き彫りになっています[9]。レスパイトケア(一時預かり)や訪問看護、社会福祉制度への橋渡しなど、ご家族全体を支える視点が、診断当初から欠かせません。

10. 遺伝カウンセリングと次のお子さんのこと・将来の治療

この病気は常染色体顕性(優性)遺伝の形をとりますが、検査が行われた患者さんのご両親は、全例でこの変異を持たない健康な方でした。つまり、患者さんの変異はすべて新生変異です[2]。ご両親の血液から変異が見つからない場合、次のお子さんが同じ病気になる確率は一般の方と同程度に低いと考えられます。ただし、ご両親の精子や卵子の一部にだけ変異が潜んでいる「生殖細胞系列モザイク」の可能性を完全には否定できないため、次のお子さんの再発リスクは経験的に「約1%」と見積もってご説明します[2]

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝とPGT-M

常染色体顕性(優性)遺伝とは、ペアになっている遺伝子の片方に変異があるだけで症状が出る遺伝のしかたです。患者さんご本人がお子さんを持つ場合、変異が伝わる確率は理論上50%ですが、重い神経発達症のため自立して子をもうけた報告は現時点ではありません。

PGT-M(着床前単一遺伝子検査)は、体外受精で得た受精卵の段階で特定の遺伝子変異を調べる方法です。次の妊娠を希望されるご家族には、出生前診断(羊水・絨毛検査)やPGT-Mといった選択肢を、妊娠前の段階で情報提供します。

大切なのは、これらの検査を「受けるべき」「受けないべき」と医師が誘導しないことです。Schuurs-Hoeijmakers症候群は症状の幅が広く、出生前に見つけることが常にご家族の利益になるとは限りません。どの選択肢を選ぶかは、ご家族の価値観や人生観に深く関わります。私たちは中立的な立場で情報をお伝えし、ご家族ご自身の意思決定を支えます。「受けるのが正解」「受けないのが正解」と決めつけるのではなく、ご家族が納得して選べることを何より大切にしています。

将来に目を向けると、この病気の「患者さんの大多数がまったく同じ1文字の変化(p.Arg203Trp)を持つ」という極端な均一性は、じつは新しい治療の開発にとって非常に有利な条件です[1]。研究の中心は、変異したPACS-1が持つ「余計なはたらき(毒性)」をどう減らすかにあります。有望なアプローチの一つが、変異した側の遺伝子から作られる設計図(mRNA)だけをねらって減らすアンチセンス核酸(ASO)の技術で、細胞内に異常なかたまりができるのを防ぐ戦略が検討されています[2]。あわせて、iPS細胞から作った脳オルガノイドを使った薬のスクリーニングや、世界規模の患者レジストリによる自然経過(症状が時間とともにどう変化するか)のデータ集積が進められています。これらが実を結べば、対症療法にとどまらない「病気の進行そのものを変える治療」への道が開ける可能性があります。

💡 用語解説:アンチセンス核酸(ASO)

ASO(Antisense Oligonucleotide)は、特定の遺伝子の設計図(mRNA)にぴったりくっつくように作られた、短いDNAやRNAの断片です。設計図にふたをするように結びつくことで、特定のタンパク質が作られるのを止めたり、量を調整したりできます。脊髄性筋萎縮症などで実際に治療薬として使われており、変異が1か所に集中しているSchuurs-Hoeijmakers症候群は、ASOによる「変異した側だけを狙い撃ちする」治療と相性がよいと期待されています。現時点ではまだ研究段階で、確立した治療法ではありません。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「同じ1文字」が希望になる時代へ】

臨床遺伝専門医として研究の流れを追っていると、これまで「とても均一でめずらしい病気」とされてきたことが、これからは「狙いを定めやすい病気」へと意味を変えていくのを感じます。患者さんの大多数がまったく同じ場所に同じ変化を持つという事実は、ASOのような変異特異的な治療を設計するうえで、研究者にとって大きな足がかりになります。

私が日々向き合っている成人の遺伝性腫瘍の遺伝カウンセリングと地続きの問題として、「原因がはっきりすること」は、ご家族が次の一歩を選ぶための土台になると考えています。今すぐ届く治療ではなくても、世界中で研究が進んでいるという事実そのものが、診断を受けたご家族にとって支えになることがあります。正確な診断と、中立的で温かい情報提供を、これからも大切にしていきたいと思います。

11. よくある誤解

誤解①「親の育て方や妊娠中の行動が原因」

違います。原因は新生突然変異(de novo)で、ご両親には変異がなく、お子さんで初めて生じたものです。妊娠中の食事・行動・ご両親の体質とは関係なく、誰にでも一定の確率で起こりうる自然な現象です。ご家族が自分を責める必要はまったくありません。

誤解②「きょうだいにも必ず出る・人にうつる」

うつる病気ではありません。ご両親に変異がなければ、次のお子さんの再発リスクは生殖細胞系列モザイクを考慮しても経験的に約1%とされ、決して高くありません。心配な場合は遺伝カウンセリングで個別にご説明します。

誤解③「ふつうのNIPTや染色体検査でわかる」

わかりません。21トリソミーなどを調べる通常のNIPTや、Gバンド染色体検査・マイクロアレイ(CMA)では、この1文字の変異は検出できません。出生後はエクソーム解析や遺伝子パネル、出生前は単一遺伝子をねらうNIPTが必要です。

誤解④「治す薬がもうある」

現時点で根本的に治す薬はまだありません。治療の中心は各症状へのケアと発達支援です。ただしASOなどの治療研究が世界で進行中で、原因が均一なこの病気は将来の精密医療に向いていると期待されています。

よくある質問(FAQ)

Q1. Schuurs-Hoeijmakers症候群とPACS1症候群は同じ病気ですか?

はい、同じ病気の別の呼び方です。報告した研究者の名前にちなんだ「Schuurs-Hoeijmakers症候群」と、原因遺伝子にちなんだ「PACS1関連神経発達症(PACS1-NDD/PACS1症候群)」は、どちらも同じ疾患を指します。OMIMには#615009として登録されています。

Q2. 親のどちらかが原因なのですか?次の子も同じ病気になりますか?

ほとんどの場合、ご両親はこの変異を持っていません。お子さんで新しく生じた新生突然変異(de novo)が原因だからです。次のお子さんが同じ病気になる確率は、生殖細胞系列モザイクの可能性を考慮しても経験的に約1%と見積もられます。将来の妊娠を希望される場合は、出生前診断やPGT-Mといった選択肢を妊娠前にご相談いただけます。

Q3. ふつうのNIPTで出生前にわかりますか?

21・18・13トリソミーなどを調べる通常のNIPTでは、PACS1の1文字の変異はわかりません。父親の加齢などで増えるde novo変異まで調べる単一遺伝子NIPTであればスクリーニングが可能で、当院のインペリアルプランはPACS1を対象に含みます。陽性の場合は羊水検査・絨毛検査による確定診断が選択肢となります。

Q4. 治る病気ですか?どんな治療をしますか?

現時点で根本的に治す薬はまだありません。治療は、臨床遺伝科・小児神経科・眼科・循環器科・リハビリテーション科などの多職種チームによる対症療法と発達支援が中心です。言語療法、てんかんへの抗てんかん薬、哺乳・栄養のサポート、心臓や眼などの合併症への各専門科の治療を、お子さんの状態に合わせて行います。あわせてASOなどの治療研究が世界で進んでいます。

Q5. 歩けるようになりますか?ことばは話せますか?

お子さんによって幅がありますが、報告では約60%の方が歩けるようになります。乳児期の筋緊張低下は成長とともに改善する傾向があります。一方でことばの遅れは目立ちやすく、発語がほとんど見られない重い言語障害を伴うこともあります。早期からの言語療法や、サイン・絵カードなどの代替コミュニケーションの導入が大切です。人懐っこく友好的な性格と表現されることが多いお子さんたちです。

Q6. よく似た病気(PACS2・WDR37)とはどう見分けますか?

PACS1・PACS2・WDR37は細胞内で協力してはたらく「チーム」で、知的障害・てんかん・ことばの遅れ・コロボーマなど多くの症状を共有します。見分けの決定的な鍵は眼の所見です。小眼球症・小角膜・ピーターズ異常といった重い眼の構造異常は、PACS1とWDR37では見られますが、PACS2(DEE66)ではまれか非該当で、WDR37の病気では眼の異常がさらに重くなる傾向があります。最終的な区別には遺伝子検査が決め手になります。

Q7. 203番以外のめずらしい変異が見つかったときはどうしますか?

それが本当に原因なのか、意義のはっきりしない変化(VUS)なのかの判断が難しい場合があります。そのときに役立つのがDNAメチル化エピシグネチャーです。病気ごとに特有の「DNAの目印のパターン」を血液から読み取り、典型的なPACS1のパターンと一致するかを確かめることで、診断を裏づける強力な手がかりになります。

Q8. ミネルバクリニックではどんな相談ができますか?

当院は臨床遺伝専門医が、原因遺伝子の同定(出生後の遺伝子検査、出生前の単一遺伝子NIPTや確定検査)と、中立的で温かい遺伝カウンセリングを担当します。診断後の各症状への治療は、小児神経・小児循環器などの専門施設と連携してご紹介します。検査を受けるかどうか、どこまで調べるかは、ご家族の価値観に沿って一緒に考えていきます。

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Schuurs-Hoeijmakers症候群(PACS1関連神経発達症)など
希少な神経発達症の遺伝子検査・出生前診断・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

  • [1] Tenorio-Castaño J, et al. Schuurs–Hoeijmakers Syndrome (PACS1 Neurodevelopmental Disorder): Seven Novel Patients and a Review. Genes (Basel). 2021. [PMC8153584]
  • [2] PACS1 Neurodevelopmental Disorder. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NBK559434]
  • [3] Schuurs-Hoeijmakers syndrome. Orphanet. [Orphanet 329224]
  • [4] Schuurs-Hoeijmakers Syndrome; SHMS. OMIM #615009. Johns Hopkins University. [OMIM 615009]
  • [5] Expanding the Clinical Spectrum Associated with the Recurrent Arg203Trp Variant in PACS1: An Italian Cohort Study. Genes (Basel). 2025. [PMC11855022]
  • [6] iPSC-derived models of PACS1 syndrome reveal transcriptional and functional deficits in neuron activity. PMC. [PMC10821916]
  • [7] First Report of Mexican Patients with PACS1-Related Neurodevelopmental Disorder and Review of the PACS1-, PACS2-, and WDR37-Related Ophthalmological Manifestations. PMC. [PMC10090972]
  • [8] AI-Based Facial Phenotyping Supports a Shared Molecular Axis in PACS1-, PACS2-, and WDR37-Related Syndromes. Int J Mol Sci. 2025. [MDPI IJMS]
  • [9] Assessing Quality of Life in PACS1 Syndrome Using the KidsLife Scale from Mothers’ and Fathers’ Perspectives. Behavioral Sciences (Basel). [MDPI Behav Sci]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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