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PACS1遺伝子とは?タンパク質の働き・細胞内輸送から関連疾患までを解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

PACS1遺伝子は、細胞の中で合成されたタンパク質を「正しい行き先」へ送り届ける輸送の司令塔タンパク質(PACS1)の設計図です。この遺伝子のたった1か所、c.607C>T(p.Arg203Trp)という1塩基の変化が起こると、Schuurs-Hoeijmakers症候群(PACS1関連神経発達異常症)という稀な病気が生じます。驚くべきことに、世界中の患者さんの約98%がまったく同じこの変異を持っています。この記事では、PACS1という遺伝子そのものの場所・構造・働き、そして「なぜ1か所の変異が重い症状を引き起こすのか」という分子のしくみを、一般の方にもわかるように臨床遺伝専門医が解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 PACS1遺伝子・細胞内輸送・神経発達
臨床遺伝専門医監修

Q. PACS1遺伝子とはどんな遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. PACS1遺伝子は、細胞の中でタンパク質を正しい場所へ運ぶ「輸送の司令塔」PACS1タンパク質の設計図です。この遺伝子の特定の1か所(c.607C>T、p.Arg203Trp)に新生突然変異(de novo変異)が起こると、Schuurs-Hoeijmakers症候群が生じます。患者さんの約98%がまったく同じこの1塩基の変化を持つという、遺伝病としては極めて珍しい特徴があります。

  • 遺伝子の場所 → 第11番染色体長腕(11q13.1-q13.2)にあり、24個のエクソンから成ります
  • タンパク質の役割 → トランスゴルジ網とエンドソームの間で、運ぶ荷物(カーゴ)を仕分ける多機能タンパク質
  • 病気を起こすしくみ → 量が半分になる「ハプロ不全」ではなく、異常タンパク質が悪さをする「機能獲得」
  • 診断 → 染色体マイクロアレイでは見えず、全エクソーム解析やエピシグネチャーで確定します
  • 治療研究 → 変異した側の遺伝子だけを狙う「アレル特異的RNA干渉」が細胞レベルで成功しています

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1. PACS1遺伝子とは:基本情報と「名前の由来」

PACS1という名前は「Phosphofurin Acidic Cluster Sorting protein 1(フォスフォフリン酸性クラスター仕分けタンパク質1)」の頭文字です。少し難しい名前ですが、これは「フリンという酵素などの『酸性のかたまり(酸性クラスター)』を目印にして、それらを正しい場所へ仕分ける」というこのタンパク質の仕事をそのまま表しています[3]。1998年に、フリンと結合する細胞内タンパク質として初めて発見され、その後「細胞内輸送タンパク質ファミリーの第1号」として定義されました[12]

遺伝子としてのPACS1は、ヒトの第11番染色体長腕の11q13.1-q13.2という領域に位置し、合計24個のエクソンから構成されています[3]。タンパク質は脳の発達期に強く発現し、生まれた後は発現量が下がることが知られており、これがPACS1の異常がとくに神経発達に影響しやすい背景の一つと考えられています[3]

項目 内容
正式名称 Phosphofurin Acidic Cluster Sorting Protein 1(別名 MRD17)
染色体上の場所 11番染色体 長腕 11q13.1-q13.2
エクソン数 24個
遺伝子 OMIM 番号 *607492(PACS1遺伝子)/ #615009(Schuurs-Hoeijmakers症候群)
主な働き トランスゴルジ網とエンドソーム間のタンパク質仕分け・輸送、核内での遺伝子発現調節

PACS1には、長いタイプ(PACS1a、961アミノ酸)と短いタイプ(PACS1b、559アミノ酸)の2種類のスプライスバリアント(読み分けによる別バージョン)が存在することも分かっています[3]。同じ遺伝子から、組み合わせの違う複数のタンパク質が作られることは珍しくなく、PACS1もそのひとつです。

2. PACS1タンパク質の構造:4つの機能ドメイン

PACS1タンパク質は、進化の過程で非常によく保たれてきた、いくつかの「機能ブロック(ドメイン)」が連なってできています[7]。具体的には、N末端側のアトロフィン1関連領域(ARR)、中央のフリン(カーゴ)結合領域(FBR)、自己調節ドメインを含む中間領域(MR)、そしてC末端のC末端領域(CTR)です。なかでも病気の原因となる203番目のアミノ酸は、荷物を捕まえるFBR(おおよそ115〜255番目のアミノ酸に相当)の中に位置しています[3]

PACS1タンパク質の構造と病的変異のしくみ Arg203Trp変異はカーゴ結合領域(FBR)に位置する ARR FBR MR CTR Arg203Trp アトロフィン1関連 カーゴ結合 中間領域 C末端 細胞質凝集体の形成 カーゴ輸送の異常 エピジェネティック制御異常

PACS1タンパク質は複数の機能ドメインを持ち、c.607C>T変異によって生じるアミノ酸置換(p.Arg203Trp)はカーゴ結合領域(FBR)に位置します。この単一の変異が、タンパク質の異常な凝集・カーゴ輸送の混乱・核内での制御異常という3つの結果を引き起こします。

💡 用語解説:ミスセンス変異とは

DNAの設計図はA・T・G・Cという4種類の文字の並びで書かれています。ミスセンス変異とは、この文字のうち1か所が別の文字に置き換わり、その結果として作られるタンパク質の「アミノ酸」が1個だけ別のものに入れ替わってしまう変化のことです。PACS1の場合、607番目のCがTに変わることで、203番目のアミノ酸が「アルギニン(Arg)」から「トリプトファン(Trp)」へと入れ替わります。これがp.Arg203Trpです。たった1文字の違いですが、それがタンパク質の性質を大きく変えてしまうことがあります。

3. PACS1の細胞内での働き:3つの顔を持つ「物流の司令塔」

細胞の中には、作られたタンパク質を必要な場所へ届ける「宅配便」のような物流システムがあります。PACS1は、その物流をコントロールする仕分けの司令塔です。しかも最近の研究で、PACS1は1つの仕事だけでなく、少なくとも3つの異なる「顔」を持つことが分かってきました[7]

① 細胞質での輸送:トランスゴルジ網とエンドソームの仕分け

PACS1の本業は、トランスゴルジ網(TGN)とエンドソームの間を行き来するさまざまな荷物(カーゴ)をつかまえ、正しい行き先へ送り届けることです[3]。代表的な荷物には、タンパク質を切る酵素「フリン」や、糖の目印で荷物を運ぶ「マンノース6リン酸受容体(M6P受容体)」などがあります。PACS1は、これらの荷物が持つ「酸性のかたまり」を目印に結合し、クラスリンという被覆タンパク質やアダプター複合体(AP-1)と協力して、荷物を正しい袋に積み込みます[3]。PACS1はダイニンなどのモータータンパク質による微小管上の輸送とも深く関わっています。

💡 用語解説:トランスゴルジ網・エンドソームとは

トランスゴルジ網(TGN)は、細胞内でタンパク質に「行き先ラベル」を貼って送り出す、いわば宅配センターの出荷ゲートにあたる場所です。一方エンドソームは、細胞の外から取り込んだ物や、再利用する物を一時的に集める仕分け倉庫です。PACS1は、この出荷ゲートと仕分け倉庫の間を行き来する荷物を、間違えないように振り分ける「ベテランの配送係」のような存在です。

② 核の中での仕事:エピジェネティックな調節

近年、PACS1は細胞質だけでなく核の中にも移動して働くことが明らかになりました。核への移動には、インポルチン5(IPO5)やエクスポルチン1(XPO1)といった輸送受容体が関わっています[7]。核の中でPACS1は、クラスIのヒストン脱アセチル化酵素であるHDAC2・HDAC3を安定化させ、染色体(クロマチン)の成熟やゲノムの安定性に貢献することが示されています[11]。つまりPACS1は、荷物を運ぶだけでなく、どの遺伝子を読むか・読まないかという調節にも関わる多才なタンパク質なのです。

💡 用語解説:ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)とエピジェネティクス

DNAは「ヒストン」という糸巻きに巻き付いて収納されています。この糸巻きに「アセチル基」という小さな札が付くとDNAがほどけて遺伝子が読まれやすくなり、外れると読まれにくくなります。HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)は、このアセチル基を外す「消しゴム係」です。DNAの文字そのものを変えずに、遺伝子の読み書きを調節するこうしたしくみをエピジェネティクスと呼びます。PACS1がHDACと協力していることが、後で説明する「エピシグネチャー」による診断につながります。

③ 小胞体でのカルシウム調節:WDR37との協働

さらにPACS1は、小胞体(ER)でWDR37というタンパク質と結びつき、細胞内のカルシウムシグナルを調節して、細胞全体のバランス(恒常性)を保つ役割も担っています[7]。PACS1とWDR37はお互いを支え合う関係にあり、片方が欠けるともう片方も減ってしまうことが報告されています。WDR37の異常でもPACS1関連疾患とよく似た症状が現れるのは、この密接な協働関係のためと考えられています[7]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「1つの遺伝子=1つの仕事」ではない時代へ】

私が学生だった頃は「1つの遺伝子は1つの仕事をする」というイメージが主流でした。しかしPACS1のように、細胞質では荷物を運び、核では遺伝子の読み書きを調整し、小胞体ではカルシウムを管理する——という「いくつもの顔」を持つタンパク質が次々と見つかっています。臨床遺伝専門医として文献を読み解く立場から見ると、こうした多機能性こそが、PACS1の変異が脳・心臓・腎臓・骨格など全身に影響する理由を説明してくれます。

遺伝子の名前は記号のように見えるかもしれませんが、その一つひとつに「細胞の中での物語」があります。お子さんの検査結果に並ぶアルファベットの裏側にある、こうした分子のはたらきを知っていただくことは、結果を冷静に受け止める助けになると私は考えています。

4. PACS1の変異と病態:なぜ1か所の変異が重い症状を起こすのか

PACS1関連疾患の最大の特徴は、原因となる変異の種類が極端に少ないことです。報告されている患者さんの約98%が、エクソン4にある同じc.607C>T(p.Arg203Trp)という変異を1本の遺伝子に持っています[2]。残りの約2%の方も、同じ203番目のアミノ酸に影響するc.608G>A(p.Arg203Gln)という、すぐ隣の変異です[2]。これほど変異が1か所に集中する遺伝病は、ほかにほとんどありません。

💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)とは

新生突然変異(de novo変異)とは、両親のどちらも持っていないのに、精子や卵子が作られるとき、または受精直後に、お子さんで初めて新しく生じる変異のことです。PACS1関連疾患のほぼすべての患者さんは、この新生突然変異が原因です[5]。つまり「親のせい」でも「何かをしたから」でもなく、誰にでも一定の確率で起こりうる、偶然の遺伝子の変化です。

「量が足りない」のではなく「悪さをする」タンパク質

多くの遺伝病では、遺伝子が壊れてタンパク質の量が半分になること(ハプロ不全)が原因になります。しかしPACS1ではそうではありません。決定的な証拠となったのが、2021年に報告された3世代家系の症例です[9]。この家系では、祖父・父・2人の兄弟がPACS1遺伝子のエクソン12〜24をまるごと欠失しており、PACS1タンパク質が半分しか作られない「完全なハプロ不全」の状態でした。ところが、彼らにはSchuurs-Hoeijmakers症候群の典型的な顔つきの特徴も脳の構造異常も重い知的障害もなく、祖父と父にいたっては言語も認知もまったく正常でした[9]

この事実は、「PACS1が単に半分なくなること」自体は重い病気を起こさず、p.Arg203Trpという特定の変異タンパク質が新たに悪さをすること(機能獲得)こそが病気の正体だと教えてくれます[9]。実際、変異したPACS1タンパク質は正常なものより分解されにくく安定してしまい、細胞の中で有毒な凝集体(かたまり)を作って、正常な輸送ネットワークを混乱させることが確かめられています[7]

💡 用語解説:機能獲得・ハプロ不全

ハプロ不全は、2本ある遺伝子の片方が働かなくなり、タンパク質の量が半分になることで起こる不調です。「人手が半分になって仕事が回らない」イメージです。

機能獲得は、変異したタンパク質が本来とは違う「新しい悪い働き」を身につけてしまう状態です。「人手が減った」のではなく「問題を起こす人が1人加わった」イメージで、PACS1関連疾患はこちらにあたります。近い概念に、変異タンパク質が正常なタンパク質の働きまで邪魔するドミナント・ネガティブ効果があります。

顔つきの特徴を生む「神経堤細胞」への影響

PACS1関連疾患を世界で初めて定義した2012年の研究では、ゼブラフィッシュの胚に変異型PACS1を発現させると、頭蓋神経堤細胞の移動が妨げられ、顔の骨格を作る軟骨が減ってしまうことが示されました[6]。血縁のない患者さん同士が、まるで兄弟のように似た顔つきをしていたことが、この新しい症候群の発見のきっかけでした[6]。さらに最新の研究では、患者さんの皮膚細胞でコラーゲンの一種COL8A1の発現が異常に高まり、細胞外マトリックス(細胞の周りの足場)の構築が乱れることも分かっています[8]

💡 用語解説:神経堤細胞(しんけいていさいぼう)とは

神経堤細胞は、胎児の発生のごく初期に現れ、体のあちこちへ「旅」をしながら、顔の骨や軟骨・結合組織・末梢神経・色素細胞などを作る、いわば「顔と体の設計図」となる万能の細胞群です。この細胞が正しい場所へ移動できないと、顔つきの特徴や体のさまざまな部位の形に影響が及びます。PACS1関連疾患で患者さん同士の顔がよく似るのは、この神経堤細胞の移動が共通して妨げられるためと考えられています。

5. PACS1の変異が引き起こす疾患:Schuurs-Hoeijmakers症候群

PACS1の変異が引き起こす病気は、医学的にはSchuurs-Hoeijmakers症候群(SHMS)、またはPACS1関連神経発達異常症(PACS1-NDD)と呼ばれます[4]。常染色体顕性遺伝(じょうせんしょくたいけんせいいでん/旧称:常染色体優性遺伝)の形をとる、出生100万人あたり1人未満の極めて稀な疾患です[2]

主な特徴には、特徴的な顔つき(両眼開離、外下方に傾く眼裂、球状の鼻先、広い口角の下がった口など)、軽度〜中等度の知的障害、運動の遅れに比べて言語の発達が不釣り合いに強く障害されること、てんかん、そして心臓・腎臓・泌尿生殖器などの先天的な合併症があります[1]。症状の詳しい内容・ご家庭でのケア・療育については、疾患そのものを扱ったSchuurs-Hoeijmakers症候群のページで詳しく解説しています。

なお、PACS1と名前のよく似たPACS2遺伝子の変異による「PACS2症候群」や、PACS1の結合相手であるWDR37の異常による「WDR37症候群」は、同じ細胞内経路に関わるため、よく似た神経・顔面の特徴を示します[7]。また顔つきや症状が重なるカブキ症候群との見分けが難しいこともあり、後述するエピシグネチャーが鑑別の決め手になることがあります[10]

6. PACS1の遺伝子診断:なぜ「染色体検査」では見つからないのか

PACS1関連疾患の診断には、いくつかの大切な「順番」があります。とくに注意したいのは、最初に行われがちな染色体マイクロアレイ検査(CMA)では、PACS1の点変異は見つからないという点です[5]。CMAは染色体の欠失や重複といった「大きな変化」を見る検査で、c.607C>Tのような1文字の変化(点変異)は分解能の範囲外だからです。CMAが陰性でも、PACS1関連疾患が否定されたわけではありません。

初期症状(発達の遅れ・特徴的な顔つき・てんかん など)

第1段階:染色体マイクロアレイ(CMA)

点変異であるPACS1の変異は検出できず、多くの場合「陰性」になります

第2段階:全エクソーム解析(WES)知的障害遺伝子パネル

ここで初めて c.607C>T などの病的変異を1文字単位で同定できます

▼ (結果が「意義不明」の場合)

第3段階:DNAメチル化エピシグネチャー解析

病的かどうかを「白黒」判定し、診断を確定させます

第2段階で、PACS1の中に203番以外の新しいアミノ酸変化が見つかると、それが「病気の原因」なのか「無害な個人差」なのか判断に迷うことがあります。これを意義不明のバリアント(VUS)と呼びます。ここで活躍するのが、PACS1関連疾患に特有のDNAメチル化エピシグネチャーです。患者さんの血液DNAで約86万か所のメチル化のパターンを調べると、PACS1関連疾患だけに見られる「指紋」のような特徴が現れ、VUSを病的か否かに再分類できます[10]

💡 用語解説:VUS(意義不明のバリアント)とは

VUS(Variant of Uncertain Significance)とは、遺伝子に見つかった変化のうち、「病気の原因になる」とも「無害である」とも今の知識では断定できない、いわばグレーゾーンの変異のことです。検査でVUSが出ること自体は珍しくありませんが、解釈には専門的な知識が必要です。だからこそ、エピシグネチャーのような客観的な判定方法や、臨床遺伝専門医による丁寧な説明が大切になります。

7. PACS1を調べられる検査:出生前と出生後で分けて考える

PACS1の変異を調べる検査は、「赤ちゃんが生まれる前(出生前)」と「生まれた後(出生後)」で目的も方法も大きく異なります。混同しないよう、分けて整理します。

🤰 出生前の検査

非侵襲的スクリーニング:NIPT。とくにインペリアルプランでは、PACS1を含む多数の単一遺伝子疾患を母体の血液だけで評価できます。

確定検査:絨毛検査・羊水検査+胎児の遺伝子解析。

👶 出生後の検査

遺伝子パネル検査:発達障害・知的障害遺伝子パネルにPACS1が含まれます。

網羅解析:全エクソーム検査原因不明のお子さんのための検査もあります。

PACS1関連疾患はほぼすべてが新生突然変異で生じ、なかには父親側で生じる変異もあります。そのため、両親に変異がなくても胎児で初めて生じうるという前提で検査を設計することが大切です。NIPTで気になる結果が出た場合は、羊水検査・絨毛検査による確定診断が次の選択肢となります。ミネルバクリニックでは、互助会(8,000円)により、NIPT後に羊水検査が必要となった場合の費用が全額補助されます。NIPTの検査手法の違いについてはCOATE法の解説もご参照ください。

どの検査を選ぶか、そもそも調べるべきかどうかは、ご家族の状況やお考えによって大きく異なります。PACS1関連疾患は症状の幅が広く、出生前に知ることが常に利益になるとは限りません。検査を受ける・受けないも含めて、臨床遺伝専門医による中立的な遺伝カウンセリングのうえで、ご家族が納得して決めることが何より大切です。

8. PACS1を標的とした治療研究の最前線

現在のところ、PACS1の機能異常そのものを治す根本的な治療法はなく、ケアの中心は症状に応じた多職種でのサポートです。しかし、「患者さんの約98%がまったく同じ点変異を共有する」という特徴は、最先端のゲノム創薬にとって非常に理想的な条件でもあります[7]。たった1つの薬を開発できれば、世界中のほぼすべての患者さんに使える可能性があるからです。

アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)療法

第一のアプローチは、変異したPACS1の設計図(mRNA)にだけぴったり結合する人工の短い核酸(ASO)を使い、有毒な変異タンパク質が作られる前にその設計図を働かなくする戦略です[7]。脊髄性筋萎縮症などで既に実用化されている技術ですが、PACS1への応用では、脳の神経細胞へ薬を届ける「送達」の難しさが課題として残っています。

💡 用語解説:アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)・RNA干渉

アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)は、遺伝子の「コピー(mRNA)」にぴったりはまるように人工的に作った短い核酸の断片です。狙ったmRNAにくっついて、そのコピーが読まれたり翻訳されたりするのを止めます。

RNA干渉(RNAi)は、細胞がもともと持っている「不要なmRNAを壊すしくみ」を利用する技術で、小さなRNA(siRNA)を使って特定のmRNAを選んで分解します。どちらも「悪いタンパク質を作らせない」という発想の治療法です。

アレル特異的RNA干渉:変異した側だけを狙い撃つ

2025年に医学誌『American Journal of Human Genetics』に発表された画期的な研究は、アレル特異的RNA干渉(AS-RNAi)がPACS1関連疾患の根本治療になりうることを、細胞レベルで証明しました[8]。患者さんは、正常な側のアレル(対立遺伝子)と変異した側のアレルを1本ずつ持っています。研究チームは、わずか1塩基の違いを見分けて、変異した側のmRNAだけを壊し、正常な側はそのまま残す特別なsiRNAを見つけ出しました[8]

この研究のすごさは、病態の「元に戻る力(可逆性)」を示した点にあります。患者さんの皮膚細胞では、前述のCOL8A1が過剰に発現し、細胞外マトリックスの構築が乱れていました。そこに最も効果的なアレル特異的siRNAを加えたところ、変異したPACS1だけが消え、その結果、狂っていたCOL8A1の発現が正常化し、足場の異常が修復されたのです[8]。これは、変異タンパク質の産生を止めれば、進んでいた異常を止めたり改善させたりできる可能性を示す、力強い希望です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「同じ変異ばかり」が希望に変わるとき】

遺伝病の多くは、遺伝子のあちこちに散らばった無数の変異が原因で、「1つの薬で全員を治す」ことが難しいのが現実です。ところがPACS1は、世界中の患者さんがほぼ同じ1か所の変異を共有しています。臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、この「変異の均一さ」こそが、アレル特異的RNA干渉のような精密な治療を現実味のあるものにしている最大の理由だと感じます。

私は成人領域の遺伝性腫瘍やがん薬物療法を専門としていますが、そこで起きている「分子の言葉を読み解いて、その言葉に直接介入する」というプレシジョン医療の潮流が、こうした希少な神経発達症の世界にも届き始めています。まだ細胞実験の段階ですが、ご家族にとって「いま世界で何が起きているのか」を知る一助になればと願っています。

9. 遺伝カウンセリングとご家族へ

PACS1関連疾患のほぼすべては新生突然変異で生じるため、ご両親の血液を調べて変異が見つからなければ、次のお子さんで同じ病気が再発するリスクは一般集団とほぼ同じ(通常1%未満)と、極めて低く見積もられます[5]。ただし、ごくまれに、ご両親の生殖細胞の一部だけに変異が存在する生殖細胞系列モザイクの可能性は理論上ゼロにはできません[2]。こうした確率の話は、数字だけが独り歩きすると不安をあおりかねないため、専門家とともに丁寧に整理することが大切です。

一方、診断されたご本人が将来お子さんを持つ場合、常染色体顕性遺伝のため、変異を伝える確率は男女を問わず理論上50%です[2]。遺伝カウンセリングは、こうした情報を「指示」ではなく「選択のための材料」としてお伝えし、決定はご家族に委ねる場です。ミネルバクリニックでは、検査を受ける・受けないにかかわらず、臨床遺伝専門医が中立・非指示的な立場で伴走します。

よくある質問(FAQ)

Q1. PACS1遺伝子とPACS1症候群は同じものですか?

いいえ、別のものです。PACS1は「遺伝子(タンパク質の設計図)」の名前で、誰もが2本持っています。その遺伝子に特定の変異が起きたときに生じる「病気」がPACS1症候群(Schuurs-Hoeijmakers症候群)です。遺伝子があること自体は当たり前のことで、病気とは区別して理解することが大切です。

Q2. なぜPACS1ではほとんどの患者さんが同じ変異なのですか?

PACS1関連疾患は、タンパク質の量が減ることではなく、p.Arg203Trpという特定の変異タンパク質が「新しい悪い働き」を獲得すること(機能獲得)で発症します。この特定の変化だけが重い症状を起こすため、結果として患者さんの約98%が同じc.607C>T変異を持つという、遺伝病としては珍しい状況になっています。

Q3. 染色体検査(CMA)が陰性でしたが、PACS1の変異は否定できますか?

いいえ、否定できません。染色体マイクロアレイ(CMA)は染色体の大きな欠失や重複を見る検査で、PACS1のc.607C>Tのような1文字の変化(点変異)は検出できないからです。CMAが陰性でも、全エクソーム解析や知的障害遺伝子パネル検査で初めてPACS1の変異が見つかることがあります。

Q4. PACS1の変異は親から遺伝したのでしょうか?

報告されているほぼすべての患者さんで、変異は両親から受け継いだものではなく、お子さんで初めて新しく生じた新生突然変異(de novo変異)です。これは誰にでも一定の確率で起こりうる偶然の変化であり、ご両親の生活習慣や行動が原因ではありません。次のお子さんでの再発リスクや、生殖細胞モザイクの可能性については、遺伝カウンセリングで個別にご説明します。

Q5. PACS1の変異は出生前に調べられますか?

はい、スクリーニングは可能です。NIPTのうち単一遺伝子疾患をカバーするインペリアルプランでは、PACS1が検査対象に含まれています。気になる結果が出た場合は羊水検査・絨毛検査による確定診断が選択肢となります。なお、症状の幅が広い疾患のため、調べるかどうかも含めて臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q6. PACS1関連疾患に今、使える治療法はありますか?

現時点で根本的な治療法は確立されておらず、ケアの中心は理学療法・作業療法・言語療法や、てんかん・消化器・心臓など各臓器の症状に対する管理です。一方で、変異した側の遺伝子だけを狙うアレル特異的RNA干渉が患者さんの細胞で成功するなど、根本治療をめざす研究が活発に進んでいます。ただしこれらはまだ研究段階で、臨床応用までには時間がかかります。

Q7. PACS1とPACS2は同じ病気ですか?

別の遺伝子による別の病気です。ただしPACS1とPACS2は名前のとおり近い「親戚」で、同じような細胞内の経路に関わるため、PACS2症候群はPACS1関連疾患とよく似た神経・顔面の特徴を示します。PACS1の結合相手であるWDR37の異常による症候群も、似た特徴を持つ鑑別対象です。見分けが難しい場合は、エピシグネチャーや詳細な遺伝子解析が役立ちます。

Q8. エピシグネチャーとは何ですか?普通の遺伝子検査と違うのですか?

エピシグネチャーは、DNAの文字そのものではなく、DNAに付く「メチル化」という化学的な目印の全体パターンを調べる検査です。PACS1関連疾患では、約86万か所のメチル化に病気特有の「指紋」のような特徴が現れます。通常の遺伝子検査で「意義不明(VUS)」と判定された変異が、本当に病的かどうかを判定する強力な決め手になります。詳しくはエピシグネチャーの解説ページをご覧ください。

🏥 PACS1遺伝子・遺伝子検査のご相談

PACS1をはじめとする遺伝子の検査・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

  • [1] PACS1 syndrome. MedlinePlus Genetics. [MedlinePlus]
  • [2] Schuurs-Hoeijmakers syndrome. Orphanet (ORPHA:329224). [Orphanet]
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  • [10] DNA methylation signature and clinical delineation of PACS1-related disorder in 24 unreported individuals. Eur J Hum Genet. 2026. [Nature EJHG]
  • [11] Mani C, et al. The multifunctional protein PACS-1 is required for HDAC2- and HDAC3-dependent chromatin maturation and genomic stability. Oncogene. 2020;39:2583-2596. [Oncogene]
  • [12] Wan L, et al. PACS-1 defines a novel gene family of cytosolic sorting proteins required for trans-Golgi network localization. Cell. 1998;94(2):205-216. [PubMed 9695948]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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