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Houge-Janssens症候群1型(ジョーダン症候群/PPP2R5D関連神経発達障害)とは?症状・原因・診断・最新治療を解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

ジョーダン症候群(Houge-Janssens症候群1型)は、PPP2R5Dという1つの遺伝子の小さな変化によって起こる、とてもまれな神経発達症です。乳児期からの著しい筋緊張低下・発達の遅れ・言語の遅れ・大頭症を中心に、てんかんや自閉スペクトラム症を伴うこともあります。原因の大部分は親から受け継いだものではなく、赤ちゃんで初めて生じた新生突然変異(de novo変異)です。この記事では、病気の正体である分子のしくみから、診断の進め方、そしてmTOR阻害薬やアレル特異的ASOといった最先端の治療研究までを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 PPP2R5D・PP2A・神経発達症
臨床遺伝専門医監修

Q. ジョーダン症候群(Houge-Janssens症候群1型)とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. PPP2R5D遺伝子の変化によって、細胞のブレーキ役である酵素「PP2A」のはたらきが乱れ、脳をはじめ全身で細胞のシグナルが過剰に働いてしまう神経発達症です。中核症状は発達の遅れ・言語の遅れ・大頭症・筋緊張低下で、てんかんや自閉スペクトラム症、まれに早発性のパーキンソン症状を伴うこともあります。診断は遺伝子検査で確定します。根本的な治療薬はまだありませんが、mTOR阻害薬やアレル特異的ASOといった次世代治療の研究が世界で急速に進んでいます。

  • 病気の正体 → PPP2R5D遺伝子の変化でPP2Aという酵素の調節がうまくいかなくなる神経発達症
  • 中核症状 → 発達遅滞・言語の遅れ・大頭症・筋緊張低下。てんかん・自閉スペクトラム症を伴うことも
  • 分子メカニズム → 「電荷反転」型のミスセンス変異が正常タンパク質の邪魔をする優性阻害効果とmTOR経路の暴走
  • 診断 → 遺伝子パネル検査や全エクソーム検査で確定。出生前と出生後で方法が異なります
  • 最新治療 → 対症療法に加え、mTOR阻害薬(ラパマイシン)やアレル特異的ASOの研究が進行中

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1. ジョーダン症候群(Houge-Janssens症候群1型)とは

ジョーダン症候群は、正式にはHouge-Janssens症候群1型(HJS1、OMIM 616355)と呼ばれる、第6番染色体(6p21.1)にあるPPP2R5D遺伝子の変化を原因とする神経発達症です。日本では常染色体顕性(優性)知的発達障害35型(MRD35)とも呼ばれ、海外の患者支援団体や論文では「PPP2R5D関連神経発達障害(PPP2R5D-NDD)」という呼び名も広く使われています[3][4]。

この病気が明確な「ひとつの病気」として報告されたのは2015年のことです[3]。原因不明の重い発達の遅れと大頭症をもつお子さんたちを、全エクソーム検査(WES)という網羅的な遺伝子解析にかけたところ、PPP2R5D遺伝子に新たな変化が次々と見つかり、新しい病気の概念が確立されました。「ジョーダン症候群」という別名は、ごく初期に診断されたJordan Langさんのお名前に由来します。ご家族が設立した非営利財団「Jordan’s Guardian Angels」が、世界中の患者ネットワークづくりと基礎研究への資金提供を支えています[5]。

💡 用語解説:神経発達症(しんけいはったつしょう)とは

脳が育っていく過程に生まれつきの違いがあり、運動・ことば・知能・社会性などの発達に影響が出る状態の総称です。知的障害・自閉スペクトラム症・てんかんなどが重なって現れることも多く、ジョーダン症候群もそのひとつに位置づけられます。「育て方」や「妊娠中の過ごし方」が原因ではなく、細胞の設計図である遺伝子の変化が背景にあります。

頻度の面では、Orphanetで100万人に1人未満(<1/1,000,000)の超希少疾患に分類されています(ORPHA:457279、ICD-10: Q87.8)[1]。ただし症状がほかの病気と重なりやすいことや、遺伝子検査へのアクセスに地域差があることから、実際の患者数はこれを大きく上回ると考えられています。患者支援団体の報告では、世界30か国以上で少なくとも170例以上の確定診断例が確認されている一方、25万人以上が未診断のまま取り残されていると推計されています(この数字は患者会による推計値です)[5]。WESが診断の第一選択になりつつある今、今後さらに多くの方が見つかると考えられています。

2. 原因遺伝子PPP2R5DとPP2A:細胞の「ブレーキ」のしくみ

PPP2R5D遺伝子は、「PP2A」という巨大な酵素(タンパク質脱リン酸化酵素2A)の部品のひとつ、「B56δ(デルタ)」というサブユニットの設計図です[6]。少し難しい言葉が続くので、まずは細胞の中でPP2Aが何をしているのかを整理してみましょう。

💡 用語解説:リン酸化と脱リン酸化(細胞のオン・オフ)

細胞の中では、タンパク質に小さな「リン酸」という札を付けたり外したりすることで、さまざまな機能のスイッチをオン・オフしています。札を付けるのがキナーゼ(アクセル役)、外すのがホスファターゼ(ブレーキ役)です。PP2Aはこのブレーキ役の代表選手で、細胞の増殖・分化・神経の伝達など、無数のスイッチを「オフ」に戻す重要な働きをしています。

PP2Aは1つのタンパク質ではなく、3つの部品が組み合わさった複合体(ホロ酵素)として働きます。土台になる「Aサブユニット(足場)」、実際にブレーキ反応を行う「Cサブユニット(触媒)」、そして「どこで・いつ・どのタンパク質のブレーキを踏むか」を決める道案内役の「Bサブユニット(調節)」です。PPP2R5DがつくるB56δは、この道案内役のひとつ。602個のアミノ酸からなり、特に脳の発生と神経細胞の機能維持にとって、他では代替できない決定的な役割を担っています[6]。

これまでにPPP2R5D遺伝子上で、少なくとも13か所のアミノ酸に影響する20以上の病的なミスセンス変異が報告されています[7]。なかでも特徴的なのは、その多くが「電荷反転変異」であることです。マイナスの電気を帯びた酸性アミノ酸(グルタミン酸Eやアスパラギン酸D)が、プラスの電気を帯びた塩基性アミノ酸(リジンKやアルギニンR)に置き換わるタイプで、p.Glu198Lys(E198K)・p.Glu200Lys(E200K)・p.Glu420Lys(E420K)などが代表例です。E198K(cDNA上はc.592G>A)は全報告例の約40%を占める最も多い変異です[7]。

3. なぜ発症するのか:優性阻害効果とmTOR経路の暴走

ジョーダン症候群が起こる分子のしくみは、「遺伝子が単に働かなくなる」のとは少し違います。変異したB56δタンパク質が細胞の中に存在すること自体が、正常なPP2Aの組み立てや働きを積極的に邪魔してしまう——これをドミナントネガティブ効果(優性阻害)と呼びます。一部の変異では、異常な相手のブレーキを踏んでしまう「機能獲得(ゲイン・オブ・ファンクション)」的な側面も加わると考えられています[3][7]。

💡 用語解説:ドミナントネガティブとハプロ不全の違い

同じ常染色体顕性(優性)遺伝でも、病気の起こり方には2つのタイプがあります。

ハプロ不全:2本ある遺伝子の片方が働かず、残り半分のタンパク質量では足りない「量の不足(機能喪失)」タイプ。

ドミナントネガティブ:できあがった異常タンパク質が、正常なタンパク質の足を引っ張る「邪魔(機能の妨害)」タイプ。ジョーダン症候群はこちらに近く、だからこそ後述する「変異した側だけを黙らせる」治療戦略が理にかなっています。

では、ブレーキ役のPP2Aが乱れると何が起こるのでしょうか。正常な状態では、PP2Aは細胞の成長・増殖・生存を司るPI3K/AKT/mTOR経路を適切に抑え、リボソームタンパク質S6(RPS6)のリン酸化を正常レベルに保っています。ところがPPP2R5Dに変異があると、ブレーキが効かなくなり、AKTの過剰活性化 → mTORC1の暴走 → RPS6の過剰リン酸化という連鎖が起こり、神経細胞が異常に増えたり大きくなったりします。最新のプロテオミクス解析では、E198KとE420Kの細胞株を使って、この異常がはっきりと実証されています[7]。

PP2Aのしくみとジョーダン症候群の発症メカニズム 3つの部品からなる「ブレーキ酵素」と、その故障が招く連鎖 A:足場 PPP2R1A C:触媒 PPP2CA B56δ:調節 PPP2R5D(変異部位) この部品の 電荷反転変異が 原因 ブレーキ機能の障害(優性阻害) 正常なPP2Aの組み立て・はたらきを妨害 AKT・mTORC1の過剰活性化 RPS6の過剰リン酸化 → 細胞の過剰増殖・巨大化 大頭症・発達遅滞・てんかんなどの症状

PP2Aは「A・C・B56δ」の3部品からなるブレーキ酵素。B56δ(PPP2R5D)の電荷反転変異が正常なPP2Aを妨害し、mTOR経路が暴走することで、脳の過剰な成長(大頭症)や神経症状につながります。

興味深いことに、変異の場所によってmTORC1にたどり着く道筋に違いがあります。E420Kは「AKTに依存する古典的なルート」で、最も頻度の高いE198Kは「AKTに依存しない別ルート」でmTORC1を活性化することが示唆されています[7]。入口は違っても、最終的にRPS6が過剰にリン酸化されるという出口は共通です。この「共通の出口」をふさぐという発想が、後述の治療戦略のカギになります。大頭症(巨脳症)という代表的な特徴は、まさにこのmTORC1の暴走による神経前駆細胞の過増殖で説明されます[2]。

4. 症状と特徴:個人差がとても大きい病気

ジョーダン症候群の症状は中枢神経系を中心に全身に及び、その重さには大きな個人差(表現型多様性)があります。同じ変異をもっていても、症状の強さは人によって幅があります[2]。まずは、これまで報告された患者さんのデータから見えてきた症状の出やすさを、グラフでご覧ください。

PPP2R5D関連神経発達障害の主な症状と発現頻度

各症状は個人差が大きく、すべての患者さんに現れるわけではありません(GeneReviews等の疫学データに基づく推定値)

発達遅滞・知的障害100%
言語障害95%
睡眠障害92%
筋緊張低下75%
大頭症66%
てんかん発作46%
視覚異常44%
自閉スペクトラム症・境界域32%

発達・ことば・運動

最も普遍的で中核的な特徴は、全般的な発達の遅れ(GDD)と知的障害(ID)です[2]。報告されているすべての患者さんで、乳幼児期の発達の節目に何らかの遅れがみられます。ひとり歩きの獲得は1歳半から9歳までと非常に幅広く、10歳を超えても歩行が難しい重いケースもあります。歩けるようになっても、足を広げたふらつき歩き(失調性歩行)や、関節のやわらかさによる疲れやすさを伴うことが多くあります。

言語の遅れも顕著で、まったく発語のない方から、短い文を話せる方まで幅広いスペクトラムがあります。ここで大切なのは、自分から話す力(表出言語)が重く障害されていても、相手の言葉を理解する力(受容言語)は比較的保たれているお子さんが多いことです[2]。これはコミュニケーション支援を考えるうえで、とても重要な手がかりになります。

からだの特徴:大頭症と筋緊張低下

診断のきっかけになりやすいのが、大頭症筋緊張低下です。大頭症は報告例の約66%にみられ、頭囲が同年代平均より2〜3.8標準偏差以上大きいことが確認されています[2]。重要なのは、この頭囲拡大の主な原因は水頭症のような頭蓋内圧上昇ではなく、脳そのものが大きい「巨脳症」であること。そのため、原則として外科的なシャント手術の対象にはなりません[2]。

乳児期の全身性の筋緊張低下(いわゆるフロッピーインファント)はきわめて多くみられ、首すわりやお座りの遅れの直接の原因となります。関節の過可動性を伴うことも多く、成長後に側弯症や漏斗胸といった整形外科的な問題につながることがあります。顔つきには軽い特徴(眼間開離、眼瞼裂斜下、眼瞼下垂、広い額、開いた口元など)がみられますが、いずれも個性の範囲ととらえられるほど軽いことも多く、成長とともに目立たなくなることもあります[1]。

てんかん・睡眠・自閉スペクトラム症、そして早発性パーキンソニズム

てんかん発作は約46%に合併し、発作の型は多彩で、平均発症年齢は2.3歳とされています。多くは標準的な抗てんかん薬でコントロールできますが、一部は難治性てんかんに移行することがあり、小児神経の専門医による継続的な管理が大切です[2]。睡眠障害も高頻度(入眠困難が約92%)で、ご本人だけでなくご家族の生活の質に大きく影響します。自閉スペクトラム症は明確な診断基準を満たす方が約16%、境界域がさらに約16%と評価されています[2]。

特に注目すべき合併症として、早発性パーキンソニズムがあります。通常は中高年で発症するパーキンソン病が、特定のPPP2R5D変異をもつ方では20〜40代という若さで現れることが報告されています[2]。重要なのは、これに対して標準治療薬のレボドパ(L-dopa)がよく効く(レボドパ反応性)例が複数報告されていることで、成人期への移行を見すえた長期のサーベイランスが意味を持ちます。このほか、視覚異常(斜視・近視・大脳性視覚障害)、消化器症状、内分泌・生殖器の所見などが報告されています[2]。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「私のせいですか?」というご質問に】

私は成人を診る臨床遺伝専門医として、また遺伝カウンセリングを行う立場として、希少な遺伝性疾患のご家族とお話しする機会が数多くあります。診断を受けた直後の親御さん、とくにお母さまから「妊娠中の過ごし方が悪かったのでしょうか」「私の家系のせいでしょうか」と問われることは、本当によくあります。

けれども文献を踏まえてはっきりお伝えできるのは、ジョーダン症候群の大半は新生突然変異(de novo変異)、つまり自然界がたまたま書き写しを間違えた「自然のスペルミス」であり、誰のせいでもないということです。事前に予測することも防ぐこともできなかった——この科学的事実を、時間をかけて丁寧にお伝えすることが、心理的なケアの第一歩だと考えています。

5. 似ている病気との見分け方とPP2Aの「仲間の病気」

🔍 関連記事:ソトス症候群とはNSD1遺伝子

「大頭症」「重い発達の遅れ」「自閉症特性」「筋緊張低下」という組み合わせは、ほかの大頭症・過成長関連の症候群とも大きく重なります。代表的なものに、ソトス症候群NSD1遺伝子)、カウデン症候群(PTEN)、Smith-Kingsmore症候群(MTOR)、16p11.2微小欠失症候群などがあります[3]。見分けの一つの手がかりは「過成長(高身長など)」の有無です。ソトス症候群では高身長などの過成長が目立ちますが、ジョーダン症候群では過成長を伴わないことが多く、過成長のない大頭症ではPPP2R5Dをより強く考える必要があります[3]。

さらに、PP2Aという同じ酵素の別の部品の遺伝子に変化が起きると、よく似た「仲間の病気」が生じます。これらはHouge-Janssens症候群のサブタイプとして整理されています。

分類 原因遺伝子(部品) 特徴の違い
HJS1型(本疾患) PPP2R5D(B56δ・調節) 大頭症・著しい筋緊張低下・言語障害・早発性パーキンソニズムが特徴。
HJS2型 PPP2R1A(Aα・足場) 脳梁低形成などの脳構造異常がより目立ち、大頭症は必須ではありません。詳しくはHJS2型の解説へ。
HJS3型 PPP2CA(Cα・触媒) 重度の知的障害とてんかんを伴うことが多く、研究モデルの整備が課題です。
HJS4型 PPP2R5C(B56γ・調節) 2025年に正式に登録された最も新しいサブタイプ。4型の中でHJS1型に最も似ているとされます[10]。

6. 診断の進め方:出生前と出生後で分けて理解する

ジョーダン症候群は、見た目や神経学的な所見だけで確定することはできません。最終的な診断は分子遺伝学的検査による変異の同定に頼ります。ここで大切なのは、検査を「出生後」と「出生前」に分けて理解することです。

👶 出生後の確定診断

遺伝子パネル検査:発達遅滞・大頭症・自閉症・てんかんに関わる遺伝子をまとめて調べます。発達障害・知的障害の遺伝子パネル(500以上の遺伝子)が第一選択になりやすい検査です。

全エクソーム検査(WES):症状から絞り込めない場合やパネルで原因不明だった場合に実施します。

🤰 出生前の検査

非侵襲的スクリーニング:NIPTのうち単一遺伝子疾患を扱うインペリアルプランはPPP2R5Dを含みます(154遺伝子218疾患)。

確定検査:羊水検査・絨毛検査+特定変異のターゲット解析。

ジョーダン症候群の病的変異は、これまで報告されているものすべてが点突然変異(ミスセンス変異)などの微細な配列変化です。数百万塩基にわたる大きな欠失や重複は報告されていません[2]。そのためマイクロアレイ染色体検査やGバンド法では見つけられず、塩基配列を読む「シークエンス解析」が必要になります。逆に言えば、シークエンス解析であれば高い確率で診断にたどり着けます[2]。

7. 最新の治療:対症療法から分子標的治療へ

現時点では、PPP2R5Dの変異そのものを根本的に治す承認薬はありません。そのため、生活の質(QOL)を最大化し合併症を防ぐ、多職種による包括的な対症療法がケアの基本です。理学療法(PT)・作業療法(OT)・言語聴覚療法(ST)による早期からの発達支援、てんかんの薬物管理、発語が難しい場合の拡大代替コミュニケーション(AAC)の導入、側弯症や眼科・歯科の管理、そして成人期に向けたパーキンソニズムのリスク管理など、生涯にわたるサーベイランスが大切になります[5]。

mTOR阻害薬(ラパマイシン)への期待

病気の根本原因が「PP2Aの機能不全に伴うmTOR経路の暴走」だと特定されたことで、既存薬を転用するプレシジョン・メディシン(個別化医療)の可能性が開けてきました。結節性硬化症など、ほかのmTOR経路異常の難治性てんかん・巨脳疾患では、mTOR阻害薬「ラパマイシン(シロリムス)」が発作の抑制などに効果を示しています。前臨床研究では、ラパマイシンやRPS6キナーゼ阻害薬の投与が、E198K・E420Kによって引き起こされたRPS6の異常な過剰リン酸化を強力に抑え、mTORC1の過剰活性を正常化できることが実証されました[7]。入口(上流)の異なる変異でも、共通の出口であるmTOR経路を抑えることで効果が得られる可能性を示す、重要な一歩です。

アレル特異的アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)療法

💡 用語解説:アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)とは

遺伝子からタンパク質がつくられる途中の「メッセージ(mRNA)」に貼りついて、特定の遺伝子の働きを狙って抑える短い核酸の薬です。とくに今回のように、変異したタンパク質が正常なタンパク質の邪魔をする優性阻害タイプの病気では、「変異した側のメッセージだけを黙らせる」アレル特異的なアプローチが理にかなっています。詳しくはセンス鎖・アンチセンス鎖の解説もご覧ください。

2025年に発表された画期的な研究では、E198K・E420K変異をもつ患者さん由来のiPS細胞を大脳皮質の神経細胞へ分化させた疾患モデルが作られました。このモデルでは神経突起の過剰な成長が確認されましたが、ASOを使って「E198K変異アレルだけ」を選択的にノックダウンしたところ、神経発達の異常が劇的に改善したのです[9]。原因となる異常タンパク質の産生そのものを抑え込む——優性阻害という性質を逆手に取った、論理的で有望な次世代戦略であることが示されました。なお、近年サルデーニャ島から、最も頻度の高いE198K変異(c.592G>A)をもつお子さんに多発性の血管腫が確認された例も報告され、血管新生への影響という新たな表現型の可能性も議論されています[8]。

ベルギーのルーヴェン・カトリック大学や米カリフォルニア大学デイビス校などの国際コンソーシアムが、脳オルガノイド(ミニブレイン)やマウスモデルなどを用いて病態解明と創薬を加速させています。これらの多くは、患者ご家族が設立した「Jordan’s Guardian Angels」の支援に支えられており、希少疾患でありながら研究インフラが充実していることが、治療開発への希望を高めています[5]。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「治る病気ですか」と聞かれたとき】

私の専門は成人の遺伝性腫瘍や内科ですが、HBOCやリンチ症候群といった遺伝性のがんのカウンセリングで日々向き合っているのも、「分子の言葉を読み解き、その言葉に介入する」というプレシジョン・メディシンの考え方です。ジョーダン症候群のmTOR阻害薬やアレル特異的ASOの研究は、まさにその地続きにあるものとして、臨床遺伝専門医として深く注目しています。

ただ、文献を踏まえて正直にお伝えすべきこともあります。これらはまだ研究段階で、長期の安全性も確立していません。だからこそ私は、「いま世界で何が起きているのか」を正確にお伝えしつつ、過度な期待も不安も煽らないことを大切にしています。情報をお渡しし、決めるのはご家族——その姿勢を、希少疾患のご家族にこそ守りたいと考えています。

8. 遺伝のしかたと再発リスク・遺伝カウンセリング

ジョーダン症候群は常染色体顕性(優性)遺伝の形をとりますが、これまで報告された患者さんの大多数は、両親から受け継いだのではなく、精子や卵子ができる過程、あるいは受精のごく初期に偶然生じた新生突然変異(de novo変異)によるものです[5]。

💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)と再発リスク

新生突然変異(de novo変異)とは、両親のどちらにも同じ変異がなく、お子さんで初めて生じた変異のことです。お子さんの変異がde novoと確認できた場合(両親の検査が陰性の場合)、次のお子さんが同じ病気になる確率は、一般集団とほぼ変わらないレベルまで下がります。

ただし、ごくまれに親の生殖細胞の一部だけに変異が混じる性腺モザイクの可能性は完全には否定できないため、臨床遺伝の現場では理論上の再発リスクを約1%と見積もってご説明します。

なお、ごくまれに不完全浸透により軽い症状のみをもつ親から遺伝した例も報告されているため、家族計画を考える際には、まずご両親の遺伝子検査が強く推奨されます[2]。再発リスクに強い不安を抱えるご夫婦には、妊娠時の選択肢として、羊水検査・絨毛検査による特定変異のターゲット検査や、体外受精の過程で受精卵を調べる着床前遺伝学的検査(PGT-M)といった高度な選択肢が技術的に提供可能です。

ただし、ジョーダン症候群のように症状の幅が広く、不完全浸透もありうる病気では、出生前に見つけることが常に利益になるとは限りません。臨床遺伝専門医はあくまで情報提供者であり、特定の検査を勧めたり、安心を保証したり、不安を煽ったりすることはしません。中立・非指示的な立場で正確な情報をお渡しし、最終的な決定はご家族に委ねる——これが遺伝カウンセリングの本来の役割です。なお、NIPTを受ける場合、当院では互助会(8,000円)により、陽性となった際の羊水検査の費用が全額補助されます

9. よくある誤解

誤解①「親の遺伝・育て方のせい」

大多数は新生突然変異(de novo変異)で、ご両親の遺伝や妊娠中の過ごし方が原因ではありません。誰のせいでもなく、予測も予防もできなかった偶然の変化です。

誤解②「頭が大きい=水頭症で手術が必要」

大頭症の主な原因は水頭症ではなく脳そのものが大きい巨脳症です。そのため原則としてシャント手術の対象にはなりません。MRIでの評価が大切です。

誤解③「話さない=言葉を理解していない」

自分から話す力が弱くても、相手の言葉を理解する力は保たれているお子さんが多くいます。理解されている前提での声かけやAACの活用が支援の鍵です。

誤解④「もう治療法は何もない」

根本治療薬はまだありませんが、mTOR阻害薬やアレル特異的ASOの研究が世界で進んでいます。対症療法と発達支援も予後に大きく関わります。

10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

ジョーダン症候群は、症状の幅が広く、わからないことも多い病気です。けれども2015年に病気として確立されてからの10年で、原因のしくみが分子レベルで解き明かされ、mTOR阻害薬やアレル特異的ASOといった治療研究が、世界中の研究者と患者ご家族の力で前進してきました。最新の科学的根拠と、お一人おひとりの人生に寄り添う対話——その両方を通じて、ご家族が前向きに歩んでいくための道しるべをお示しすることが、遺伝医療に携わる者の使命だと考えています。気になる症状や検査について迷われたときは、臨床遺伝専門医にお気軽にご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. ジョーダン症候群とHouge-Janssens症候群1型は同じ病気ですか?

はい、同じ病気の別の呼び名です。正式名称がHouge-Janssens症候群1型(HJS1)で、日本では常染色体顕性(優性)知的発達障害35型(MRD35)とも呼ばれます。「ジョーダン症候群」は初期に診断された患者さんのお名前に由来する通称、「PPP2R5D関連神経発達障害」は原因遺伝子に基づく呼び名です。

Q2. この病気は遺伝するのですか?次の子も同じ病気になりますか?

大多数は親から受け継いだものではなく、お子さんで初めて生じた新生突然変異(de novo変異)です。お子さんの変異がde novoと確認でき、ご両親の検査が陰性であれば、次のお子さんの再発リスクは一般集団とほぼ変わりません。ただし性腺モザイクの可能性を考慮し、理論上は約1%と見積もってご説明します。家族計画の前にご両親の遺伝子検査が推奨されます。

Q3. 大頭症がありますが、頭の手術は必要ですか?

多くの場合、頭が大きい原因は水頭症のような頭蓋内圧の上昇ではなく、脳そのものが大きい「巨脳症」です。そのため原則として外科的なシャント手術の対象にはなりません。MRIでの評価が重要で、判断は小児神経・脳神経外科の専門医が行います。

Q4. どの検査で診断できますか?普通の染色体検査ではわかりませんか?

ジョーダン症候群の変異は点突然変異(ミスセンス変異)のため、Gバンド法やマイクロアレイ染色体検査では検出できません。塩基配列を読む遺伝子パネル検査や全エクソーム検査(WES)が必要です。発達障害・知的障害の遺伝子パネルにはPPP2R5Dを含む多数の遺伝子が含まれます。詳しくは臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q5. 出生前に調べることはできますか?

出生前のスクリーニングは可能です。NIPTのうち単一遺伝子疾患をカバーするインペリアルプランはPPP2R5Dを含みます。陽性の場合は羊水検査・絨毛検査による確定診断が選択肢です。ただし症状の幅が広い病気のため、出生前検査を受けるかどうかはご家族でよく話し合い、遺伝カウンセリングを受けたうえでお決めください。

Q6. 治る薬はありますか?mTOR阻害薬やASOはもう使えますか?

現時点で承認された根本治療薬はありません。mTOR阻害薬(ラパマイシン)やアレル特異的ASOは、細胞や疾患モデルでの前臨床研究の段階で有望な結果が出ていますが、人での有効性・長期安全性はまだ研究中です。現在のケアの中心は、発達支援やてんかん管理などの対症療法と、生涯にわたるサーベイランスです。

Q7. ソトス症候群とはどう違うのですか?

どちらも大頭症・発達遅滞を伴いますが、ソトス症候群(NSD1)は高身長などの「過成長」が目立つのに対し、ジョーダン症候群では過成長を伴わないことが多いのが大きな違いです。過成長のない大頭症ではPPP2R5Dをより強く考えます。最終的な区別は遺伝子検査で行います。

Q8. 大人になってから新たに出てくる症状はありますか?

特定のPPP2R5D変異をもつ方では、20〜40代という若さで早発性パーキンソニズムが現れることが報告されています。重要なのは、標準治療薬のレボドパがよく効く例が複数あることで、成人期への移行を見すえた継続的な観察(サーベイランス)が、生活の質の維持に役立ちます。

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参考文献

  • [1] Houge-Janssens syndrome type 1. Orphanet (ORPHA:457279). [Orphanet]
  • [2] PPP2R5D-Related Neurodevelopmental Disorder. GeneReviews®, NCBI Bookshelf (NBK536360). [GeneReviews]
  • [3] Houge-Janssens Syndrome 1; HJS1. OMIM (#616355). Johns Hopkins University. [OMIM 616355]
  • [4] Houge-Janssens syndrome 1 (Concept Id: C5779996). NCBI MedGen. [NCBI MedGen]
  • [5] PPP2R5D-Related Neurodevelopmental Disorder – Clinical Fact Sheet. Jordan’s Guardian Angels. [Jordan’s Guardian Angels]
  • [6] PPP2R5D-Related Intellectual Disability and Neurodevelopmental Delay: A Review of the Current Understanding of the Genetics and Biochemical Basis of the Disorder. Int J Mol Sci. 2020. [MDPI IJMS] / [PMC7072873]
  • [7] Quantitative proteomics and phosphoproteomics of PPP2R5D variants reveal deregulation of RPS6 phosphorylation through converging signaling cascades. bioRxiv 2023.03.27.534397. [bioRxiv] / [PMC10081281]
  • [8] PPP2R5D-Related Neurodevelopmental Disorder and Multiple Haemangiomas: A Novel Phenotypic Trait? Pediatric Reports. 2024. [PMC11677636]
  • [9] Pathogenic PPP2R5D variants disrupt neuronal development and neurite outgrowth in patient-derived neurons that are reversed by allele-specific knockdown. HGG Advances. 2025. [PMC12148737]
  • [10] Pathogenic de novo variants in PPP2R5C cause a neurodevelopmental disorder within the Houge-Janssens syndrome spectrum (HJS4; OMIM #621185). Am J Hum Genet. 2025. [PMC11947181]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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