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PRDM16遺伝子とは?褐色脂肪・造血・拡張型心筋症をつなぐ多機能遺伝子を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医・総合内科専門医・がん薬物療法専門医。

PRDM16(ピーアールディーエム16)遺伝子は、かつて「褐色脂肪のマスター遺伝子」として知られてきました。ところが研究が進むにつれ、この遺伝子は脂肪だけでなく、造血幹細胞の維持、白血病、そして拡張型心筋症(かくちょうがたしんきんしょう)という、まったく異なる領域にも深く関わることがわかってきました。1つの遺伝子が、なぜこれほど幅広い働きを持つのでしょうか。この記事では、PRDM16の構造やしくみから、代謝・血液・心臓の病気とのつながり、そして遺伝診療での意味までを、医学的知見に基づいて整理します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 転写制御・褐色脂肪・心筋症・白血病
臨床遺伝専門医監修

Q. PRDM16遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. PRDM16は、1番染色体の短腕(1p36.32)にある遺伝子で、細胞の中でどの遺伝子を「オン・オフ」するかを制御する転写・クロマチン制御因子をつくります。脂肪を熱に変える褐色・ベージュ脂肪細胞をつくる働きがよく知られていますが、それだけではありません。血液をつくる造血幹細胞を静かに保つ役割、白血病との関わり、そして心臓の筋肉の病気である拡張型心筋症との関連もわかってきています。2026年には、拡張型心筋症の原因遺伝子としての位置づけが国際的な評価で格上げされました。

  • 場所 → 1番染色体短腕 1p36.32。1,276アミノ酸のタンパク質をつくる
  • 主な働き → 転写・クロマチンの制御を通じて、細胞の運命や代謝を切り替える「調整役」
  • 2つの顔 → 完全長型と短縮型があり、血液のがんでは逆向きの作用を示すことがある
  • 心臓との関係 → 拡張型心筋症の原因遺伝子として、2026年に評価が「Strong(強い)」へ格上げ
  • 遺伝形式 → PRDM16関連拡張型心筋症は常染色体顕性(優性)遺伝として評価されている

🧬 PRDM16遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 PRDM16(PR/SET domain 16)。旧名・別名にMEL1、KMT8F、PFM13など[12]
場所(座位) 第1番染色体 短腕 1p36.32。17個のエクソンからなる[12]
つくるタンパク質 標準型で1,276アミノ酸、約140kDa。PR/SET様ドメインと多数のC2H2型ジンクフィンガーを持つ[13]
分子としての役割 転写因子であり、クロマチン制御因子でもある。相手のタンパク質しだいで活性化にも抑制にも働く[3]
関わる主な領域 褐色・ベージュ脂肪と代謝/造血幹細胞と白血病/拡張型心筋症/神経・腎・血管など
遺伝との関わり 拡張型心筋症の原因遺伝子(常染色体顕性)。1p36欠失症候群の領域にも含まれる[11]

※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた遺伝子解説です。特定の検査を勧めるものではありません。

1. PRDM16遺伝子とは ─ 「1つの遺伝子、いくつもの顔」

PRDM16は、細胞の中でどの遺伝子を働かせ、どの遺伝子を黙らせるかを制御するタンパク質をつくる遺伝子です。こうしたタンパク質を転写因子と呼びます。PRDM16はさらに、DNAが巻きついた「糸巻き」であるクロマチンの状態を整えるクロマチン制御にも関わるため、単なるスイッチ以上の、いわば細胞の状態そのものを組み替える「調整役」といえます。

PRDM16の名前が最初に広く知られるようになったのは、脂肪の研究からでした。2008年、スピーゲルマンらのグループが、PRDM16が褐色脂肪細胞と骨格筋のどちらになるかを切り替えるスイッチであることを示したのです[1]。褐色脂肪は、エネルギーを熱に変えて体を温める、いわば体内のヒーターのような組織です。以来、PRDM16は「褐色脂肪をつくるマスター遺伝子」として、肥満や糖尿病の研究で大きな注目を集めてきました。

ところが、その後の研究で、PRDM16の働きは脂肪だけにとどまらないことが次々と明らかになりました。血液をつくる造血幹細胞を静かな状態に保つ役割、急性骨髄性白血病(AML)との関わり、そして心臓の筋肉が薄く伸びてしまう拡張型心筋症との関連です。2026年時点でのPRDM16は、「褐色脂肪の遺伝子」という古い枠を超え、幹細胞の状態・細胞運命・クロマチン・代謝を統合的に制御する、場面に応じて働きを変える遺伝子として理解するのが最も正確です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「1つの遺伝子=1つの病気」とは限らない】

遺伝子を学ぶとき、私たちはつい「この遺伝子はこの病気の原因」と、一対一で結びつけて覚えたくなります。けれども実際の体の中では、1つの遺伝子が、組織や細胞の状態によってまったく違う仕事をしていることが珍しくありません。PRDM16は、その代表格です。脂肪では熱をつくる細胞を、血液では幹細胞の眠りを、心臓では筋肉の発達を支えています。

臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、こうした「多機能な遺伝子」に変化が見つかったとき、どの臓器にどう影響するかは、その人の状況を丁寧に見ないと判断できません。遺伝子の名前だけを頼りに決めつけないこと。これは、遺伝子検査の結果を読み解くうえでも同じように大切な姿勢です。

2. 遺伝子とタンパク質の構造 ─ 1p36.32という「重要な住所」

PRDM16は、NCBIの遺伝子データベースではGene ID 63976として登録され、第1番染色体の短腕、1p36.32という場所にあります[12]。この「1p36」という領域は、遺伝医学ではよく知られた重要な場所で、ここが欠けると1p36欠失症候群という病気が起こります。心筋症との関連でも注目される領域です。この点は、あとの遺伝診療のセクションでくわしく触れます。

タンパク質としてのPRDM16は、標準型で1,276個のアミノ酸が連なった、約140kDa(キロダルトン=タンパク質の重さの単位)の大きな分子です[13]。その中には、PRDMファミリーに共通する「PR/SET様ドメイン」と呼ばれる部分と、合計でおよそ10個のC2H2型ジンクフィンガーという部品が含まれています。ジンクフィンガーは、亜鉛イオンを抱え込んで指のような形をつくり、DNAや他のタンパク質にくっつくための「手」の役割を果たします。

💡 用語解説:ドメインとジンクフィンガー

タンパク質は、それぞれ決まった仕事をする「部品(ドメイン)」が組み合わさってできています。PRDM16の「PR/SETドメイン」は、ヒストンというタンパク質に化学的な目印(メチル基)を付ける働きに関係する部分です。「ジンクフィンガー」は、亜鉛(Zn)を使って指のような立体構造をつくり、DNAの特定の場所や他のタンパク質を「つかむ」ための部品です。PRDM16はこの手を多数持つため、いろいろな相手と結びついて複雑な制御を行えます。

PRDM16を「ただの転写因子」と考えるのは不十分です。少なくとも3つの働き方があります。1つめは、ジンクフィンガーでDNAやクロマチンにくっつき、相手のタンパク質しだいで遺伝子のオン・オフを切り替える働き。2つめは、エピジェネティックな制御を担う因子を呼び寄せて使う、いわば「仲介役(アダプター)」としての働き。3つめは、PR/SETドメインに関係するヒストンメチル化という化学修飾の働きです。実際、ピニェイロらは2012年に、PRDM16(と近縁のPRDM3)がヒストンのH3K9という場所にメチル基を1つ付ける酵素として働くことを示しました[6]。ただし、この酵素としての働きがすべての組織で同じように効いているわけではなく、組織ごとに切り分けて考える必要があります。

3. 2つのアイソフォーム ─ 「完全長型」と「短縮型」という別の顔

PRDM16を理解するうえで、どうしても外せない重要なポイントがあります。それは、この遺伝子から形の違う複数のタンパク質がつくられる、という点です。こうした「同じ遺伝子からできる、少しずつ違うタンパク質」をアイソフォームと呼びます。

💡 用語解説:アイソフォームと選択的スプライシング

1つの遺伝子から、複数の少しずつ違うタンパク質がつくられることがあります。これがアイソフォームです。その仕組みの1つが選択的スプライシングで、遺伝子の設計図のどの部分を使い、どの部分を飛ばすかを変えることで、性質の異なるタンパク質を生み出します。同じ遺伝子でも、できたタンパク質の形しだいで働きがまるで変わることがある、というのがポイントです。

PRDM16で特に大切なのは、次の2つのアイソフォームです。1つは、先ほどのPR/SETドメインをきちんと持っている完全長型(fPRDM16)。もう1つは、そのN末端にあるPRドメインを欠いた短縮型(sPRDM16)です。この違いは、単なる形の差ではありません。とりわけ血液をつくる細胞や白血病では、この2つがしばしば逆向きの作用を示すことがわかっています。

PRDM16遺伝子から生じる完全長型fPRDM16と短縮型sPRDM16を比較し、PRドメインの有無によって造血幹細胞の維持・炎症性遺伝子発現・白血病促進作用が異なることを示す模式図

PRDM16にはPRドメインを持つ完全長型(fPRDM16)と、N末端のPRドメインを欠く短縮型(sPRDM16)があります。造血系では、完全長型は造血幹細胞の維持や炎症性遺伝子発現の抑制に関与する一方、短縮型は炎症性遺伝子プログラムを活性化し、実験モデルでは白血病を促進する方向に働くことが示されています。

2018年、コリガンらは、この2つのアイソフォームがはっきり違う働きをすることを示しました[8]。完全長型は正常な造血幹細胞の維持や炎症を抑える方向に働くのに対し、短縮型は炎症性の遺伝子を活性化し、白血病の発症を早める方向に働いたのです。つまり、PRDM16の研究では「PRDM16が多いか少ないか」だけを測っていると、大事な情報を見落としてしまいます。どちらのアイソフォームが働いているのかまで見なければ、意味を正しく読み取れないのです。この視点は、あとの白血病のセクションでもう一度重要になります。

4. 分子としての働き ─ 相手しだいで顔を変える「調整役」

PRDM16の転写に対する働きは、決まった「活性化役」でも「抑制役」でもありません。どのタンパク質と組むかによって、役割が切り替わるのが特徴です。まず全体像を図で見てみましょう。

PPARγ・C/EBPβ脂肪をつくる
褐色・ベージュ脂肪熱をつくる
CtBP1/2白色脂肪遺伝子を抑制
PGC-1が置き換わる熱産生へ切替え
ミトコンドリア活性化エネルギー燃焼

脂肪細胞では、PRDM16は脂肪づくりの司令塔であるPPARG(PPARγ)や、C/EBPβといったタンパク質と手を組みます[1][2]。一方で、白色脂肪の遺伝子を抑える働きは、カジムラらが2008年に示したように、CtBP1/2という別の因子と結びつくことで実現します[3]。ここにPGC-1という因子が加わるとCtBPが押しのけられ、ミトコンドリアを増やして熱をつくるプログラムへと切り替わります。同じPRDM16が、組む相手によって「白色脂肪を抑える」役から「熱をつくる」役へと転じるのです。

エピジェネティックな面では、先に触れたヒストンH3K9のメチル化を担う酵素としての働きが、精製したタンパク質を使った実験で示されています[6]。ただし近縁のPRDM3と役割が重なっており、PRDM16だけの酵素としての貢献を、すべての組織にそのまま当てはめることはできません。さらにPRDM16は、EHMT1のようなクロマチンを制御する酵素とも複合体をつくって働きます。つまりPRDM16のエピジェネティックな働きのかなりの部分は、自分だけの力ではなく、外部の酵素と組むことで成り立っているのです。

もう1つ、近年の重要な発見がタンパク質の「量」の制御です。PRDM16は、つくられる量だけでなく、分解される速さによっても細胞内の量が調整されています。2022年、ワンらは、CUL2–APPBP2という分解装置(E3ユビキチンリガーゼ)がPRDM16に目印を付けて壊すことを発見しました[5]。この分解を止めるとPRDM16が安定して増え、ベージュ脂肪づくりが活発になり、マウスでは肥満やインスリン抵抗性などが改善しました。「遺伝子の発現量ではなく、タンパク質が壊されるスピードを操作する」というこの考え方は、いまのPRDM16研究で最も具体的な創薬の切り口の1つになっています。

5. 褐色・ベージュ脂肪と代謝 ─ 体内のヒーターを操る遺伝子

PRDM16研究の出発点は、脂肪をめぐる発見でした。脂肪には大きく分けて、エネルギーをためこむ白色脂肪と、エネルギーを熱に変えて燃やす褐色脂肪があります。褐色脂肪は、寒さや肥満に対する防御として、余分なエネルギーを熱として使ってくれる、ありがたい組織です。

2008年のシールらの研究は、この分野の土台になりました[1]。彼らは、褐色脂肪細胞が意外にも骨格筋の前駆細胞(Myf5陽性細胞)と発生上のつながりを持つことを示し、PRDM16がその「褐色脂肪になるか、筋肉になるか」の分かれ道を制御していることを明らかにしました。PRDM16が失われると褐色脂肪の性質が失われて筋肉づくりが進み、逆に筋肉のもとになる細胞にPRDM16を入れると褐色脂肪細胞に変わったのです。翌2009年には、PRDM16とC/EBPβを組み合わせると、ヒトの皮膚の線維芽細胞でさえ褐色脂肪の性質を持つ細胞に変えられることが示されました[2]

ただし、その後の研究で「PRDM16はすべての褐色脂肪に絶対必要」という単純な見方は修正されました。2014年、コーエンらが脂肪細胞だけでPRDM16を欠損させたマウスを調べたところ、古典的な褐色脂肪への影響は比較的小さく、むしろ皮下の白色脂肪の中に現れるベージュ脂肪の形成と代謝機能に、PRDM16が特に重要であることがわかりました[4]。高脂肪食を与えると、これらのマウスは肥満やインスリン抵抗性、脂肪肝が悪化し、皮下脂肪は炎症を起こしやすい状態へ変わりました。現在は「PRDM16は、とりわけベージュ脂肪の個性と脂肪組織の柔軟さを支えている」という理解が、データによく合っています。

💡 用語解説:ベージュ脂肪とインスリン抵抗性

ベージュ脂肪は、ふだんは白色脂肪のように見える組織の中に、寒さなどの刺激で現れる「熱をつくれる脂肪細胞」です。褐色脂肪の仲間ですが、できる場所や条件が異なります。インスリン抵抗性とは、血糖を下げるホルモンであるインスリンが効きにくくなった状態で、糖尿病につながる重要な要因です。ベージュ脂肪が増えると、エネルギー消費が上がり、代謝の面で有利になると考えられています。

さらにPRDM16は、脂肪細胞の中だけで働くわけではありません。2019年のワンらの研究では、PRDM16を持つ脂肪細胞がβ-ヒドロキシ酪酸という物質を分泌し、まわりの前駆細胞に働きかけて線維化を抑え、ベージュ脂肪づくりを促すことが示されました[14]。加齢に伴うPRDM16の低下は、脂肪の線維化やベージュ脂肪をつくる力の低下と関係していました。PRDM16は、細胞の中の転写因子であると同時に、まわりの細胞に信号を送る「ご近所づきあい」の調整役でもあるのです。

⚠️ ここは慎重に

PRDM16を安定させるとマウスで代謝が改善するという結果は魅力的ですが、これはあくまで主にマウスでの原理の証明(概念実証)です。「PRDM16を標的にした肥満治療」がヒトで確立した、という意味ではありません。マウスの褐色脂肪とヒトの脂肪は完全に同じではなく、動物で効いた操作がそのままヒトに当てはまるとは限らない、という点には注意が必要です。

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6. 造血と白血病 ─ 「良い顔」と「悪い顔」を分ける短縮型

PRDM16は、正常な血液づくりにも重要です。とくに成人の造血幹細胞では、Cdkn1aやEgr1といった遺伝子を制御して、幹細胞を静かな休眠状態(クワイエセンス)に保つ役割を担います。2020年、グドムンドソンらは、成人の造血系でPRDM16を欠損させると、長期造血幹細胞が休眠から目覚めて分裂に入りやすくなり、時間とともに幹細胞のプールが枯れていくことを示しました[7]。PRDM16が、幹細胞の「眠り」を守っているのです。

💡 用語解説:造血幹細胞とクワイエセンス

造血幹細胞は、赤血球・白血球・血小板など、すべての血液細胞のもとになる細胞です。この幹細胞が使い果たされないよう、ふだんはクワイエセンス(静止・休眠)と呼ばれる、あまり分裂しない静かな状態に保たれています。必要なときだけ目を覚まして血液をつくり、それ以外は休んでいる、という省エネの仕組みです。PRDM16は、この休眠を維持するのに必要な遺伝子の1つです。

一方で、白血病におけるPRDM16の顔は、はるかに複雑です。ここで先ほどのアイソフォームの話が効いてきます。完全長型が幹細胞の維持や炎症抑制に関わるのに対し、PRドメインを欠いた短縮型(sPRDM16)は、炎症性の遺伝子プログラムを動かし、細胞の分化を止め、白血病幹細胞をつくり出す方向に働きうるのです[8]同じ遺伝子から生まれた2つのタンパク質が、白血病では正反対の意味を持つ、ということです。

2019年、フーらは、この短縮型の危険な働きを詳しく解き明かしました[9]。短縮型を、本来は特定の血液細胞になるはずの前駆細胞(巨核球・赤芽球系前駆細胞)に発現させると、その細胞が白血病を起こす細胞へと変わってしまったのです。短縮型は、骨髄系の遺伝子を強く働かせる「スーパーエンハンサー」というDNA領域に結合し、PU.1(SPI1)という転写因子を活性化して、細胞の運命を書き換えていました。この研究は、実際のヒトのPRDM16再編成を伴う白血病でも確かめられており、機序としての説得力が高いものです。

PRDM16が白血病研究で最初に注目されたのは、染色体の転座(1p36を含む)がきっかけでした。2012年のデュフーらの解析では、PRDM16の再編成を持つ症例で、転座の結果が融合遺伝子であってもプロモーターの入れ替えであっても、共通してPRDM16の過剰発現が見られました[10]。こうした症例は主にAMLやMDSで、予後が良くない傾向を示しましたが、これは希少な症例をあとから集めた解析であり、そのまま現在のリスク分類に当てはめるべきものではありません。将来的には、総量だけでなくどちらのアイソフォームかを区別して測ることが、より正確な評価につながると考えられています。

7. 拡張型心筋症 ─ 2026年に評価が「Strong」へ格上げ

現在のPRDM16で、ヒトの遺伝学として最も確立されている非腫瘍性の関連が、拡張型心筋症(DCM)です。拡張型心筋症は、主に左心室または両心室が拡張し、心筋の収縮機能が低下する病気で、心不全や不整脈の原因になります。

💡 用語解説:拡張型心筋症(DCM)

拡張型心筋症は、心臓の部屋(主に左心室または両心室)が拡張し、収縮する力が弱まる病気です。「拡張」という名前は心室内腔が広がることを指します。遺伝性のものも多く、複数の原因遺伝子が知られています。詳しくは拡張型心筋症の総論ページで解説しています。

遺伝子と病気の関連の強さは、ClinGen(クリンジェン)という国際的な専門家パネルが、公表された証拠にもとづいて段階的に評価しています。PRDM16と拡張型心筋症の関連は、以前は「Limited(限定的)」という控えめな評価にとどまっていました。ところが2026年、ClinGenの拡張型心筋症専門パネルは、この評価を「Strong(強い)」へと格上げし、常染色体顕性(優性)遺伝として位置づけました[11]。ナンセンス変異やフレームシフト変異、大きな欠失、ミスセンス変異など複数の患者の変異に加え、iPS細胞や動物モデルの機能データが積み重なったためです。

💡 用語解説:ミスセンス変異・フレームシフト変異・ナンセンス変異

遺伝子の設計図(DNA)の変化には、いくつかのタイプがあります。ミスセンス変異は、アミノ酸が1つ別のものに置き換わる変化です。フレームシフト変異は、設計図の読み枠がずれて、それ以降がまるで別の内容になってしまう変化です。ナンセンス変異は、途中で「ここで終わり」という信号が生じ、タンパク質が短く途切れてしまう変化です。

PRDM16の変異では、左室緻密化障害(左室心筋の一部がスポンジ状のまま残る状態)も報告されています。ただし、拡張型心筋症と左室緻密化障害の表現型は連続的で、はっきり分けられない症例もあります。デルプランクらは2020年、胎児期の左室緻密化障害でPRDM16の新生変異(親にはなく本人で新たに生じた変異)を報告しましたが、同じ胎児にはTTN遺伝子の2つの意義不明変異も見つかっており、症状の重さに修飾的に影響した可能性が論じられました。この症例では、PRDM16変異に加えてTTNの意義不明変異が検出され、著者らは表現型への修飾的関与の可能性を論じています[15]

⚠️ 「遺伝子の評価がStrong」と「個々の変異が病的」は別の話

ClinGenの評価がStrongに上がったのは、あくまで「PRDM16という遺伝子と拡張型心筋症の関連が強い」という、遺伝子レベルの話です。これは、その人に見つかった個々のミスセンス変異が自動的に「病気の原因」になる、という意味ではありません。1つ1つの変異が病気を起こすかどうかは、家系内での状況、集団での頻度、症状との合致などを合わせて、別に判断する必要があります。古い研究で報告されたP291LやL887Pといった変異も、最新のデータベースや基準に照らして改めて評価すべきものです。

8. 1p36欠失症候群と遺伝診療 ─ PRDM16をどう読み解くか

PRDM16があるのは1番染色体短腕の1p36.32でした。この1p36という領域が大きく欠けると、発達の遅れや心臓の異常などを伴う1p36欠失症候群が起こります。この症候群では複数の遺伝子がまとめて失われるため、症状は1つの遺伝子だけで説明できるものではありません。ただしPRDM16も、この領域に含まれる遺伝子の1つとして、特に心筋症の側面に関わりうると考えられています。同じ1p36領域には、RERE遺伝子のように別の症状に関わる遺伝子もあり、領域全体として理解することが大切です。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝と不完全浸透

常染色体顕性(優性)遺伝とは、2本ある遺伝子のうち片方に変化があるだけで症状が出うる遺伝の形式です。親から子へ2分の1の確率で受け継がれる可能性があります。ただし、変異を持っていても症状が出ない人がいることもあり、これを不完全浸透といいます。また、同じ変異でも症状の重さが人によって違うことがあり、これには修飾遺伝子などが関わると考えられています。

遺伝診療の視点からPRDM16を見ると、いくつかの実務的なポイントがあります。第一に、PRDM16関連拡張型心筋症は常染色体顕性遺伝として評価されています。そのため、心筋症の原因となる病的または病的可能性の高いPRDM16変異が見つかった場合、ご家族についても遺伝学的評価や心臓の臨床評価が検討されることがあります。第二に、先ほど強調したとおり、遺伝子レベルの関連が強いことと、個々の変異が病的かどうかは、切り分けて考える必要があります。

当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医遺伝カウンセリングを行っています。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、そしてどのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、遺伝カウンセリングでは中立の立場で判断材料を整理します。なお、PRDM16の代謝や造血に関わる働きの多くは、まだ基礎研究が中心の段階であり、日常の診療で直接検査する対象ではありません。ここでは「遺伝子の働きをどう読み解くか」という理解の土台として位置づけています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【評価は動く。だから最新の基準で読む】

PRDM16と拡張型心筋症の関連は、数年前まで「限定的」という評価でした。それが2026年に「強い」へと格上げされたように、遺伝子と病気の関連の評価は、証拠が積み重なるにつれて更新されていきます。今日「限定的」とされているものが、数年後には確立されることもありますし、その逆もあります。

だからこそ、遺伝子検査の結果を読むときは、古い論文の記載を鵜呑みにせず、そのときどきの最新の評価に照らして判断することが欠かせません。一つひとつの情報を、その時点で最も確からしい基準に照らして読み解くことが、遺伝診療では重要です。

9. PRDM16研究の現在地と、これからの課題

ここまで見てきたように、PRDM16は脂肪・血液・心臓という異なる領域で重要な役割を果たしています。証拠の強さには差があり、褐色・ベージュ脂肪の生物学、造血幹細胞の維持、短縮型による白血病化、そして拡張型心筋症との関連は、比較的しっかりしたエビデンスに支えられています。一方で、腎臓の保護、神経の発生、甲状腺がんでの分化維持、抗老化作用などは、機序としては魅力的でも、まだ独立した再現やヒトでの前向きな検証が少ない段階です。

PRDM16を臨床へ生かすうえで、これから特に重要になる課題は4つあります。1つめは、完全長型と短縮型のアイソフォームを、ヒトの組織で正確に測り分ける方法を確立すること。2つめは、PRDM16が自分で行う酵素反応と、他の因子を呼び寄せて行うエピジェネティックな制御を、きちんと切り分けること。3つめは、マウスで強い代謝の変化を示した操作が、ヒトにどこまで当てはまるのかを見極めること。4つめは、白血病で「総量」と「短縮型に特化した量」を区別して、患者さんごとの層別化に生かすことです。

とりわけ創薬の面では、PRDM16そのものを全身で無理に増やすより、脂肪細胞でPRDM16を選択的に安定させる方が現実的だと考えられています。先ほど触れたCUL2–APPBP2による分解の制御は、その最も明確な標的候補の1つです[5]。ただしPRDM16は造血・心臓・血管・腎臓・神経の前駆細胞にも働くため、全身的にPRDM16を増やす介入には、予想外の影響が出る可能性もあります。組織を選んで働きかける工夫が、今後の鍵になるでしょう。

10. よくある誤解

誤解①「PRDM16は褐色脂肪だけの遺伝子」

PRDM16は褐色脂肪で有名になりましたが、それは数ある働きの1つにすぎません。造血幹細胞の維持、白血病、拡張型心筋症など、まったく異なる領域にも関わる多機能な遺伝子です。

誤解②「PRDM16は多いほど良い」

大切なのは量だけではありません。完全長型と短縮型のどちらかが重要で、白血病では短縮型がむしろ悪い方向に働きます。「多いか少ないか」だけでは意味を読み違えます。

誤解③「マウスで効けばヒトでも治療になる」

PRDM16を安定させるとマウスで代謝が改善しますが、これは原理の証明の段階です。マウスとヒトの脂肪は同じではなく、ヒトの治療として確立したわけではありません。

誤解④「遺伝子の評価がStrongなら変異はみな病的」

ClinGenのStrongは遺伝子と病気の関連が強いという意味です。個々の変異が病的かどうかは、家系・頻度・症状などから別に判断する必要があります。

まとめ ─ 「褐色脂肪の遺伝子」を超えて

PRDM16をめぐる研究は、「1つの遺伝子は1つの働き」という素朴なイメージを、静かに更新してきました。この遺伝子は、脂肪では熱をつくる細胞の運命を、血液では幹細胞の眠りを、心臓では筋肉の発達を支えています。相手のタンパク質しだいで活性化にも抑制にも転じ、完全長型と短縮型では正反対の意味を持つこともある——PRDM16は、細胞の状態に応じて働きを組み替える、まさに「調整役」の遺伝子です。

遺伝診療の現場では、2026年に拡張型心筋症との関連が「Strong」へ格上げされたことが、当面もっとも直接的な意味を持ちます[11]。心筋症を疑う方でPRDM16の変異が見つかったとき、その所見をどう位置づけ、ご家族にどう説明するか。そこには、遺伝子レベルの関連と個々の変異の解釈を切り分ける、丁寧な読み解きが求められます。PRDM16の探求は、代謝や血液の理解を深めるだけでなく、遺伝子の働きを「触媒能力や発現量だけで決めつけない」という、遺伝診療にも通じる重要な視点を示しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. PRDM16遺伝子とは何ですか?

PRDM16は、第1番染色体の短腕(1p36.32)にある遺伝子で、細胞の中でどの遺伝子を働かせるかを制御する転写・クロマチン制御因子をつくります。褐色・ベージュ脂肪をつくる働きで知られますが、それだけでなく、造血幹細胞の維持、白血病、拡張型心筋症など、幅広い領域に関わる多機能な遺伝子です。

Q2. PRDM16と拡張型心筋症は関係がありますか?

あります。PRDM16は拡張型心筋症(DCM)の原因遺伝子の1つで、2026年にはClinGenという国際的な専門家パネルが、この関連の評価を「Limited(限定的)」から「Strong(強い)」へ格上げし、常染色体顕性(優性)遺伝として位置づけました。ただし、遺伝子と病気の関連が強いことと、個々の変異が病的かどうかは別に判断する必要があります。

Q3. PRDM16の「完全長型」と「短縮型」はどう違うのですか?

PRDM16からは、PRドメインを持つ完全長型(fPRDM16)と、それを欠いた短縮型(sPRDM16)という、性質の違う2つのタンパク質がつくられます。血液をつくる細胞や白血病では、完全長型が幹細胞の維持や炎症抑制に働くのに対し、短縮型は白血病を起こす方向に働くことがあり、しばしば逆向きの作用を示します。そのため「PRDM16が多いか少ないか」だけでなく、どちらのアイソフォームかを見ることが重要です。

Q4. PRDM16は肥満や糖尿病の治療に使えるのですか?

研究段階です。PRDM16を安定させて増やすと、マウスではベージュ脂肪が増え、肥満やインスリン抵抗性が改善しました。これは有望な発見ですが、あくまで主にマウスでの原理の証明であり、ヒトの治療として確立したものではありません。マウスとヒトの脂肪には違いがあり、そのまま当てはめることはできません。

Q5. PRDM16は1p36欠失症候群と関係がありますか?

PRDM16は1p36.32という、1p36欠失症候群が起こる領域に含まれています。この症候群では複数の遺伝子がまとめて失われるため、症状は1つの遺伝子だけでは説明できませんが、PRDM16も、特に心筋症の側面に関わりうる遺伝子の1つと考えられています。同じ領域にはRERE遺伝子など別の遺伝子もあり、領域全体として理解することが大切です。

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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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