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褐色脂肪と非ふるえ熱産生とは?脂肪が熱でエネルギーを燃やす仕組みを遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

私たちの体の脂肪には、エネルギーを「ためこむ脂肪」と、逆にエネルギーを「燃やして熱にする脂肪」の2種類があります。後者の主役が褐色脂肪組織で、ふるえを伴わずに熱をつくる「非ふるえ熱産生」というはたらきを担っています。この仕組みは、肥満や2型糖尿病といった代謝の病気を理解するうえで欠かせないだけでなく、肥満に最も強く関わる遺伝子FTOの作用ともつながっています。本記事では、褐色脂肪と非ふるえ熱産生の分子レベルの仕組みから、ヒトで実際にどれくらいエネルギーを使うのか、そして遺伝との関わりまでを、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🔥 褐色脂肪・UCP1・エネルギー代謝
臨床遺伝専門医監修

Q. 褐色脂肪と非ふるえ熱産生とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 褐色脂肪組織は、ためこんだ脂肪や血液中の糖を「熱」に変えて消費する特別な脂肪です。筋肉をふるわせずに熱をつくるこのはたらきを非ふるえ熱産生と呼びます。熱をつくる中心はミトコンドリアにあるUCP1というタンパク質で、エネルギーをATP(体のエネルギー通貨)にためずに、そのまま熱として逃がします。ただし、ヒトの大人で実際に消費されるカロリーは1日あたり数十kcalと控えめで、当初期待されたほど大きくはありません。それでも、余分な糖や脂質を処理する「代謝の受け皿」として、また肥満遺伝子FTOとのつながりという点で、医学的にとても重要な組織です。

  • 褐色脂肪の役割 → 脂肪や糖を酸化し、ATPを介さずに直接「熱」としてエネルギーを消費する
  • UCP1 → ミトコンドリアでプロトンを漏らして熱を生む「熱産生の中心分子」
  • UCP1に頼らない経路 → カルシウム・クレアチンなどの「無益回路」でもATPを消費して発熱する
  • ヒトでの実際の消費量 → ある15O-PET直接測定研究では寒冷時でも1日15〜25kcal程度で、総消費量の1%未満にとどまる
  • FTO遺伝子との関係 → 肥満リスク多型が熱産生型の脂肪細胞への分化を妨げ、熱産生能を下げる

1. 褐色脂肪とは ─ 「燃やす脂肪」という発想の転換

脂肪と聞くと、多くの方は「余ったエネルギーをためこむやっかいなもの」を思い浮かべるかもしれません。実際、体のほとんどの脂肪は白色脂肪組織(WAT)で、余分なエネルギーを中性脂肪の形で貯蔵する役割に特化しています。ところが体の一部には、これとは正反対のはたらきをする脂肪があります。それが褐色脂肪組織(brown adipose tissue/BAT)です。褐色脂肪は、ためこんだ脂質や血液中のブドウ糖を酸化し、体のエネルギー通貨であるATPをつくる代わりに、エネルギーをそのまま「熱」として逃がします。読者の方にとって大切なのは、「脂肪=ためこむだけ」ではなく、「エネルギーを積極的に使う脂肪も存在する」という視点です。この発想が、肥満や糖尿病を新しい角度から考える出発点になります。

褐色脂肪が担うこの熱づくりを、専門的には非ふるえ熱産生(non-shivering thermogenesis)と呼びます。寒いときに筋肉がガタガタとふるえて熱をつくるのが「ふるえ熱産生」ですが、褐色脂肪は筋肉をふるわせることなく、細胞のなかで直接熱をつくります。この仕組みは本来、体が小さく熱を失いやすい小型の哺乳類や冬眠する動物、そして体温調節がまだ未熟なヒトの新生児を、命にかかわる低体温から守るために進化したと考えられています。赤ちゃんの背中や首まわりに褐色脂肪が多いのはそのためです。

💡 用語解説:非ふるえ熱産生とは

寒さを感じたとき、私たちの体は2つの方法で熱をつくります。ひとつは筋肉を細かく収縮させる「ふるえ」。もうひとつが、筋肉を動かさずに脂肪細胞のなかで熱をつくる「非ふるえ熱産生」です。前者はすぐに疲れてしまいますが、後者は静かに、持続的に熱を生み出せます。褐色脂肪は、この非ふるえ熱産生をになう専門の組織なのです。

歴史をたどると、1960年代の動物実験で、褐色脂肪が熱をつくり、そこで温められた血液が脳・心臓・腎臓などにすばやく配られることが示されました。その後、褐色脂肪細胞のミトコンドリアだけに存在する特別なタンパク質が見つかり、これが呼吸のエネルギーを熱に変える正体だと分かって、のちに脱共役タンパク質1(UCP1)と名づけられます。長らく「ヒトの大人には機能する褐色脂肪はない」と信じられていましたが、2009年、複数の研究チームがPET-CTという画像検査を使い、大人のヒトにも代謝的にはたらく褐色脂肪が存在することを独立して証明しました[1]。この発見をきっかけに、褐色脂肪は肥満治療の標的として世界的な注目を再び集めることになりました。

2. 3種類の脂肪細胞 ─ 白色・褐色・ベージュ

熱をつくる能力を持つ脂肪細胞には、大きく2種類あります。生まれつき熱産生に特化した古典的褐色脂肪細胞と、ふだんは白色脂肪のなかに眠っていて、寒さなどの刺激で目を覚ますベージュ脂肪細胞です。見た目や中身(小さな脂肪の粒がたくさんあり、ミトコンドリアが多く、UCP1をつくる)はよく似ていますが、どの細胞から生まれてくるか(発生の起源)がまったく違います。この違いを知っておくと、なぜ大人のヒトの褐色脂肪が「ベージュ寄り」と考えられているのかが理解しやすくなります。

古典的褐色脂肪細胞は、意外なことに骨格筋(体を動かす筋肉)と共通の細胞から枝分かれして生まれます。目印となるMyf5やPax7というタンパク質を持つ前駆細胞から、PRDM16やPGC-1αといった転写因子のはたらきで筋肉になる道が抑えられ、褐色脂肪細胞へと運命が決まっていきます。一方、ベージュ脂肪細胞は骨格筋とは別の系統、つまり白色脂肪細胞と同じ仲間から生まれます。ふだんはUCP1をほとんどつくらず白色脂肪と見分けがつきませんが、寒さや交感神経の刺激を受けると「褐変(ブラウニング)」と呼ばれる変化を起こし、熱をつくる能力を一気に獲得します。

特徴 古典的褐色脂肪 ベージュ脂肪 白色脂肪
生まれる元 骨格筋と共通(Myf5陽性) 白色脂肪と共通(Myf5陰性) Myf5陰性
UCP1の量 つねに非常に多い ふだんは少ない(刺激で急増) ほとんどない
脂肪の粒 小さな粒が多数、ミトコンドリア多い 刺激で単粒から多粒へ変化 大きな1粒、ミトコンドリア少ない
主なある場所 肩甲骨のあいだ、腎臓の周り(動物・乳幼児) 鼠径部などの白色脂肪のなか 皮下・内臓の周りなど全身

ここが読者の方にとって重要な点です。大人のヒトで「褐色脂肪」として見つかる首や鎖骨の上あたりの脂肪は、遺伝子のはたらき方などから、生まれつきの古典的褐色脂肪よりもベージュ脂肪細胞の性質を強く持つと考えられてきました。ただし、成人の鎖骨上BATには古典的褐色脂肪細胞の特徴も認められ、現在は古典的褐色脂肪とベージュ脂肪の性質が重なり合う不均一な熱産生脂肪組織として理解するのがより適切です[8]。つまり、大人の褐色脂肪は「刺激によって呼び覚ませる余地がある」タイプだということです。これは、あとで述べる治療戦略とも深く関わってきます。

3. UCP1の仕組み ─ 熱をつくる「漏れ道」

褐色脂肪の熱づくりの中心にいるのが、ミトコンドリアの内側の膜にあるUCP1です。少しだけ仕組みを説明します。ミトコンドリアは、栄養を燃やすときにプロトン(水素イオン)を膜の外側にくみ出し、内と外に「濃さの差」をつくります。この差はダムにためた水のようなもので、ふつうはATP合成酵素という「水車」を回してATP(エネルギー通貨)をつくるために使われます。ところがUCP1は、このプロトンをATPをつくらずにミトコンドリアの内側へそっと漏らしてしまう「バイパスの穴」のようにはたらきます。せっかくためた位置エネルギーが水車を回さずに落ちるので、その分は熱になって放出されるのです。

UCP1がつくる「熱の近道」

脂肪・糖を燃やす
プロトンをくみ出す
内と外に濃さの差
=ためたエネルギー
UCP1がプロトンを漏らす
ATPをつくらない
熱が発生
体を温める

ATPをつくる「水車」を通らずにエネルギーを落とすため、その分が熱になります。これがUCP1による熱産生の本質です。

UCP1は、いつでも穴を開けているわけではありません。熱が必要ないときは、細胞のなかにあるATPやGTPなどのヌクレオチドがUCP1にぴったりはまり込み、穴をしっかり閉じています。逆に交感神経が興奮すると、脂肪が分解されて遊離脂肪酸がつくられ、これがUCP1を活性化してプロトンを通します。近年はクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)という技術で、ヒトのUCP1の立体構造が原子レベルで解き明かされ、ヌクレオチドがどのように穴をふさぐのか、脂肪酸がどのように穴を開けるのかが少しずつ見えてきました[1]。こうした構造の理解は、UCP1のはたらきを薬でうまく引き出せないか、という創薬研究の土台になっています。

💡 用語解説:ATPと「脱共役」とは

ATPは、体のあらゆる活動に使われる「エネルギー通貨」です。ふつう、ミトコンドリアは栄養を燃やして得たエネルギーをきちんとATPに変換します(=共役している状態)。UCP1はこの流れをわざと切り離し、エネルギーをATPにせずに熱として逃がします。この「エネルギーづくりとATP合成の切り離し」を脱共役(だっきょうやく)と呼び、UCP1が「脱共役タンパク質」と名づけられた理由です。

4. UCP1に頼らない熱産生 ─ 「無益回路」という発想

長いあいだ、非ふるえ熱産生はUCP1にすべてを頼っていると考えられてきました。ところが、一定の実験条件では、UCP1をつくれないようにしたマウスでも、時間をかけて寒さに慣らせば体温を保てたり、食べすぎによる肥満に抵抗を示したりすることが分かってきました。これは主として動物実験で示されている条件依存性の知見です。ここから、UCP1に頼らない別の熱づくりの仕組みが存在することが明らかになったのです[2]。その主役が無益回路(むえきかいろ/futile cycle)と呼ばれる反応です。読者の方にとっての意味は明確で、「UCP1が十分にはたらかない人でも、エネルギーを使う別の道が体には備わっている」ということです。これは、高齢の方や重い肥満のある方にも応用できる可能性を秘めています。

💡 用語解説:無益回路とは

無益回路とは、ある物質をわざわざエネルギー(ATP)を使って加工し、すぐにまた元に戻す、という一見「無駄」な反応をぐるぐる繰り返す仕組みです。目的の産物は増えませんが、そのたびにATPが消費されます。ATPを補うためにミトコンドリアが栄養をさかんに燃やすので、結果として熱とエネルギー消費が生まれるのです。UCP1が「ATPをつくらない」ことで熱を生むのに対し、無益回路は「ATPをどんどん使う」ことで熱を生む、という逆の発想です。

代表的な無益回路のひとつがクレアチンサイクルです。ミトコンドリアのクレアチンキナーゼという酵素が、ATPを使ってクレアチンをリン酸化し、できたホスホクレアチンをすぐに分解する、という循環を繰り返します。近年の研究では、このホスホクレアチンの加水分解に組織非特異的アルカリホスファターゼ(TNAP)が関与し、CKBとTNAPが組み合わさってクレアチン無益回路を駆動することが示されています[3]。実際、古典的な褐色脂肪でも、このクレアチンをめぐる無益回路がUCP1とは独立して熱産生に寄与することが動物実験で示されています[3]。もうひとつがカルシウムサイクルで、小胞体のカルシウムポンプ(SERCA)がカルシウムの取り込みと放出を繰り返す過程で大量のATPを消費して熱をつくります。このカルシウムをめぐる仕組みは骨格筋でも重要で、褐色脂肪のUCP1が使えないときには筋肉側がそれを補うなど、両者は互いに支え合う関係にあると考えられています[2]

このほか、中性脂肪を分解してはまた合成する脂質サイクルなども、UCP1に頼らないエネルギー消費に関わっています。これらの経路が注目されるのは、UCP1の量や活性が落ちている高齢者や肥満のある方でも、エネルギーを消費させる新しい「入り口」になりうるからです。UCP1という一本道だけでなく、複数の脇道があると分かったことは、治療の幅を広げる大切な発見でした。

5. 臓器間ネットワーク ─ 筋肉・血液・脂肪の会話

かつて熱産生は、交感神経からのアドレナリン信号によって「その場所だけ」で制御されると考えられていました。しかし研究が進むと、体のあちこちの臓器が物質を出し合ってやりとりし、全身で熱産生を調節していることが見えてきました。骨格筋・血液・白色脂肪・褐色脂肪が、いわば会話をしているのです。読者の方にとって大切なのは、「褐色脂肪だけを鍛える」という発想ではなく、運動や日常の代謝が全身のネットワークを通じて脂肪のはたらきに影響しうる、という広い視点です。

とりわけ画期的だったのが、エネルギー代謝の中間産物であるコハク酸が、褐色脂肪の熱産生を直接引き起こすという発見です。マウスでは、寒さにさらされると、褐色脂肪は交感神経とは別のルートで血液中からコハク酸を大量に取り込みます。取り込まれたコハク酸はミトコンドリアで一気に酸化され、その過程で生じる活性酸素種(ROS)がUCP1を強く活性化します。実際、マウスにコハク酸を投与すると全身のエネルギー消費が増え、食べすぎによる肥満が抑えられ、血糖の処理も改善したと報告されています[4]。「代謝の中間産物そのものが熱産生のスイッチになる」という発想は、それまでの常識をくつがえすものでした。

💡 用語解説:マイオカインとバトカイン

運動して筋肉が収縮すると、筋肉から血液中へホルモンのような物質が出ます。これをマイオカインと呼びます。代表格のイリシンは白色脂肪の褐変を促し、BAIBAという物質は脂肪の燃焼を助けます。一方、褐色脂肪自身もさまざまな物質を分泌しており、これらはバトカインと呼ばれます。つまり脂肪組織は、単なる貯蔵庫ではなく、全身に指令を送る「内分泌器官」でもあるのです。

運動で筋肉から出るマイオカインの代表がイリシンです。イリシンは白色脂肪の細胞にはたらきかけて褐変を促し、UCP1を増やすと報告されています。さらにBAIBA(β-アミノイソ酪酸)というアミノ酸の代謝産物も、白色脂肪の褐色化や肝臓での脂肪の燃焼を後押しします。これらの知見は、「運動が代謝によい」という日常的な実感の背景に、こうした分子レベルの臓器間の会話があることを示しています。ただし、ヒトでこれらの物質を治療にそのまま使えるかどうかは、まだ研究の途上にあります。

6. ヒトでの実際の消費量 ─ 「700kcal」神話の検証

褐色脂肪が大人にも見つかった直後、動物のデータをヒトに当てはめた驚くような試算が広まりました。「寒さに慣れたラットと同じくらい活発な褐色脂肪を50g持っていれば、フル稼働で1日あたり最大約700kcal(総消費量の約20%)を燃やし、年間で20kgの体脂肪に相当する」という計算です。これは大きな期待を呼びました。しかし読者の方に正直にお伝えしたいのは、この数字はその後の厳密な検証で下方修正されたという事実です。

15Oという特殊な酸素を使ったPET検査で、ヒトの褐色脂肪が実際に使う酸素量とエネルギーを直接測った研究では、軽い寒冷刺激のもとでの褐色脂肪のエネルギー消費は、褐色脂肪を比較的多く持つ人でも1日あたり15〜25kcal程度にとどまることが示されました[5]。これは総エネルギー消費量の1%未満にすぎません。動物実験では基礎代謝を大きく上回る極端な条件で測ることが多いのに対し、ヒトの日常は寒すぎず暑すぎない環境に近く、熱産生への依存度がずっと低いことが、この差の主な理由です。

⚠️ 「褐色脂肪ダイエット」を検討している方へ

褐色脂肪の活性化だけで大幅な減量が起きる、という単純な話ではありません。寒冷刺激で燃えるカロリーは1日あたり数十kcalと控えめです。褐色脂肪の医学的な価値は「たくさんカロリーを燃やすこと」よりも、後で述べる「余分な糖や脂質を処理する受け皿になること」にあります。過度な寒冷曝露はかえって体に負担をかけることもありますので、極端な方法に頼らず、食事・運動・睡眠といった基本を大切にされることをおすすめします。

では褐色脂肪はあまり意味がないのかというと、そうではありません。むしろ研究者たちは褐色脂肪を、燃やすカロリーの絶対量ではなく、血液中の余分な栄養を効率よく取り込んで処理する「代謝的シンク(受け皿)」としてとらえ直しています。寒さにさらされると、褐色脂肪は血液中の中性脂肪を豊富に含む粒子を取り込む主要な場所となり、ブドウ糖を取り込む能力も大きく高まります。つまり、体重を直接減らすというより、血糖や中性脂肪のコントロールを助けるという点に、褐色脂肪の質的な貢献があるのです。この視点は、読者の方が数字に振り回されずに褐色脂肪の意義を理解するうえで役立ちます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「期待の数字」と「実測の数字」を分けて読む】

新しい発見が報じられるとき、動物実験の華々しい数字がそのままヒトに当てはまるかのように伝わることがあります。褐色脂肪の「1日700kcal」もそのひとつでした。けれど医学では、期待をかき立てる理論値と、ヒトで実際に測った値のあいだには、しばしば大きな距離があります。この距離を最初にお伝えしておくことが、あとで「話が違う」と落胆せずにすむ誠実な向き合い方だと考えています。

数字が下方修正されたからといって、褐色脂肪の価値が消えたわけではありません。「どれだけ燃やすか」から「何を処理するか」へと評価軸を移すと、この組織が糖や脂質の代謝を支える確かな役割が見えてきます。研究の進歩とは、期待を正しい大きさに整えながら、本当の意義を掘り当てていく作業でもあるのです。

7. FTO遺伝子と肥満 ─ 熱産生が遺伝とつながる

ここが、褐色脂肪の話が遺伝医療とまっすぐつながる部分です。ヒトの肥満との強い関連が繰り返し示されてきた代表的な遺伝的座位のひとつがFTO遺伝子(脂肪量・肥満関連遺伝子)の領域です。FTO領域は、GWAS(ゲノムワイド関連解析)という大規模な遺伝子解析で、肥満との関連が非常に高い再現性をもって示されてきた座位です。長いあいだ「なぜFTOの変化が太りやすさにつながるのか」は謎でしたが、その答えのひとつが、まさにこの熱産生型の脂肪細胞にありました。

💡 用語解説:一塩基多型(SNP)とは

ヒトのDNAは約30億個の文字(塩基)でできていますが、そのうちのたった1文字が人によって違う場所があります。これを一塩基多型(SNP/スニップ)と呼びます。多くは体質のわずかな個人差にすぎませんが、なかには病気のかかりやすさに関わるものもあります。FTOの肥満リスクも、この1文字の違い(rs1421085)が出発点になっています。

2015年に報告された研究は、この仕組みを鮮やかに解き明かしました。FTO遺伝子の内部(イントロン)にある肥満リスクの一塩基多型rs1421085がC型に変わると、本来そこに結合してブレーキ役をつとめるARID5Bという抑制因子が結合できなくなります。その結果、下流にあるIRX3・IRX5という遺伝子のはたらきが強まり、前駆細胞の運命が「エネルギーを燃やすベージュ脂肪細胞」から「エネルギーをためこむ白色脂肪細胞」へと強制的に切り替わってしまいます。その結果、ミトコンドリアによる熱産生能が5分の1に低下することが示されました[6]。さらに、ゲノム編集でこのSNPをリスク型から保護型に戻すと、IRX3・IRX5のはたらきが再び抑えられ、熱産生が回復することも確認されています[6]

FTOリスク型で起きる「連鎖」

rs1421085 がC型
リスクの1文字
ARID5Bが外れる
ブレーキが利かない
IRX3・IRX5が増える
白色化へ舵切り
熱産生能が1/5に
ためこみやすい体質

1文字の違いが、脂肪細胞の「燃やすか・ためこむか」の運命を左右します。

この発見が読者の方にとって持つ意味は、とても大きなものです。肥満に対する強い遺伝的な素因の一部が、生まれつきの「熱をつくる力の弱さ」に由来している可能性を示しているからです。つまり「太りやすさ」は、意志の弱さや生活習慣だけの問題ではなく、脂肪細胞がどちらの方向に育つかという体質的な背景を含んでいるのです。この理解は、肥満を過度に自己責任として抱え込まないための、科学に基づいた視点になります。なお、FTOのリスク型を持っていても、それだけで肥満が決まるわけではなく、生活習慣や環境との組み合わせで結果は変わりますので、過度に不安になる必要はありません。FTO遺伝子そのものの詳しい解説は、FTO遺伝子のページもあわせてご覧ください。

興味深いことに、熱産生の調節にはエピジェネティクス(DNAの配列を変えずに遺伝子のはたらきを調節する仕組み)も関わっています。前に登場したコハク酸は、マウスの研究ではRNAへのm6A化学修飾を担うMETTL3やHIF1Aを介して、熱産生に関わる遺伝子のはたらきを間接的に高める経路にも関与すると報告されています[10]。遺伝子の「配列」だけでなく「使われ方」までもが熱産生に影響するという事実は、代謝と遺伝の関係が想像以上に多層的であることを教えてくれます。

8. 治療への応用 ─ 次世代の代謝医療

褐色脂肪やベージュ脂肪を標的とした治療は、肥満や代謝の病気に対する次世代のアプローチとして期待が続いています。ただし、動物からヒトへの橋渡しには、受容体のちがいや安全性といった、乗り越えるべき課題があります。読者の方に知っておいていただきたいのは、「マウスで効いたから人でも効く」とは限らないという慎重な視点です。

その典型例がβ3アドレナリン受容体作動薬です。げっ歯類では強力に熱産生を引き起こしますが、ヒトの褐色脂肪ではβ3よりβ2という別の受容体のはたらきが優位であることを支持する研究があり、種差のためβ3作動薬の効果が限定的となる可能性が指摘されています[9]。過活動膀胱の治療薬としてすでに承認されているβ3作動薬ミラベグロンを使った臨床研究では、褐色脂肪の代謝活性の増加、HDLコレステロールの上昇、インスリン感受性の改善が確認されました[7]。ただし、アドレナリンの経路を全身的に刺激すると心拍数や血圧が上がる懸念があり、肥満治療薬としての安全性にはなお検討が必要です。

こうした課題から、現在の開発はアドレナリンを介さない経路や、前に述べたUCP1に頼らない無益回路を標的とする方向へ移りつつあります。たとえば、強い体重減少効果を示すGLP-1受容体作動薬が、脳を介して褐色脂肪の活性化や白色脂肪の褐変を促す可能性も示唆されています。また、コハク酸を皮膚から脂肪組織へ直接届けるマイクロニードルパッチのように、全身の副作用を避けつつ局所的に熱産生を高める工夫もマウスで試みられています。カルシウムサイクルを利用する薬の開発も進んでおり、これらは機能する褐色脂肪が乏しい高齢者や重い肥満のある方にも応用できる戦略として注目されています。いずれもまだ研究段階であり、確立した治療ではない点にはご注意ください。

9. よくある誤解

誤解①「褐色脂肪を鍛えれば大幅にやせる」

ある15O-PET直接測定研究では、ヒトの褐色脂肪が寒冷刺激で燃やすカロリーは1日15〜25kcal程度で、総消費量の1%未満と推定されています。褐色脂肪の価値は燃やす量よりも、余分な糖や脂質を処理する「受け皿」としての質にあります。減量そのものを褐色脂肪だけに期待するのは現実的ではありません。

誤解②「熱産生はすべてUCP1が担う」

UCP1を欠くマウスでも寒さに順化でき、肥満に抵抗を示すことがあります。カルシウムやクレアチンの無益回路など、UCP1に頼らない熱産生の道が複数あることが分かっています。UCP1は主役ですが、唯一の担い手ではありません。

誤解③「太りやすさは生活習慣だけの問題」

FTOのリスク多型は、脂肪細胞を熱産生型からためこみ型へ切り替え、熱産生能を下げます。太りやすさには生まれつきの体質的背景も関わります。ただし遺伝だけで運命が決まるわけではなく、生活習慣との組み合わせで結果は変わります。

誤解④「もう褐色脂肪の薬がある」

ミラベグロンなどで褐色脂肪の活性が上がったという報告はありますが、肥満治療薬として確立したものではありません。心血管系への影響など安全性の課題が残り、多くは研究段階です。現時点で「褐色脂肪をやせ薬にする」段階には至っていません。

📌 このページを読んだあなたへ

この記事にたどり着いた方は、いくつかの状況が考えられます。褐色脂肪を使ったダイエットに関心がある方体質検査や遺伝子検査でFTOの結果を目にして意味を知りたい方、あるいは肥満や糖尿病の背景にある代謝の仕組みを深く理解したい方もいらっしゃるでしょう。

次に確認するとよい観点として、①FTO遺伝子そのものの詳しいはたらきと、リスク多型の意味、②肥満や糖尿病の背景を調べるGWAS(ゲノムワイド関連解析)という手法、③熱産生の舞台となるミトコンドリアの役割、が挙げられます。遺伝的な体質について気になる点があれば、臨床遺伝専門医への相談も選択肢のひとつです。

よくある質問(FAQ)

Q1. 褐色脂肪と白色脂肪は何が違うのですか?

白色脂肪は余ったエネルギーを中性脂肪としてためこむ「貯蔵庫」で、体のほとんどの脂肪がこれにあたります。褐色脂肪はその逆で、ためこんだ脂質や血液中の糖を酸化し、ATP(エネルギー通貨)をつくる代わりに直接「熱」としてエネルギーを消費します。褐色脂肪にはミトコンドリアが多く、小さな脂肪の粒がたくさんあり、熱をつくるUCP1というタンパク質を豊富に持つ点が大きな違いです。

Q2. 大人にも褐色脂肪はありますか?

あります。かつては大人のヒトには機能する褐色脂肪はないと考えられていましたが、2009年に複数の研究チームがPET-CTという画像検査を使い、大人にも代謝的にはたらく褐色脂肪が首や鎖骨の上あたりに存在することを証明しました。その活性は加齢やBMI(体格指数)、内臓脂肪量と逆の関係にあり、冬や寒さにさらされたときに高まる傾向があります。

Q3. 褐色脂肪を活性化すればやせられますか?

単純にやせられるとは言えません。ある15O-PET直接測定研究では、ヒトの褐色脂肪が軽い寒冷刺激で使うエネルギーは1日あたり15〜25kcal程度で、総エネルギー消費量の1%未満にとどまると推定されています。当初は動物データから「1日700kcal」といった試算が広まりましたが、ヒトでの実測では大きく下方修正されました。褐色脂肪の医学的な価値は、燃やすカロリーの量よりも、余分な糖や脂質を処理する「代謝の受け皿」としての役割にあります。

Q4. UCP1がないと熱はつくれないのですか?

いいえ。UCP1は熱産生の中心分子ですが、唯一の担い手ではありません。一定の実験条件では、UCP1をつくれないマウスでも、時間をかければ寒さに順化でき、肥満に抵抗を示すことがあります。これは主として動物実験で示された条件依存性の知見です。これは、カルシウムやクレアチンをめぐる「無益回路」など、ATPを消費して熱を生む別の仕組みがはたらくためです。これらの経路は、UCP1のはたらきが落ちた高齢者や肥満のある方でもエネルギー消費を促せる可能性があり、新しい治療標的として注目されています。

Q5. FTO遺伝子と褐色脂肪はどう関係しているのですか?

FTO遺伝子領域は、肥満との強い関連が繰り返し報告されてきた代表的な遺伝的座位のひとつです。FTO内部の肥満リスク多型rs1421085がC型になると、ブレーキ役のARID5Bが結合できなくなり、IRX3・IRX5という遺伝子のはたらきが強まります。その結果、前駆細胞がエネルギーを燃やすベージュ脂肪細胞ではなく、ためこむ白色脂肪細胞へと切り替わり、ミトコンドリアの熱産生能が5分の1に低下すると報告されています。太りやすさの遺伝的背景の一部が、生まれつきの熱産生能の弱さに由来している可能性を示す発見です。

Q6. 褐色脂肪を増やす薬はもうありますか?

確立した肥満治療薬はまだありません。過活動膀胱の薬であるβ3作動薬ミラベグロンを使った臨床研究では、褐色脂肪の代謝活性の増加やHDLコレステロールの上昇、インスリン感受性の改善が確認されています。しかしアドレナリン経路の刺激は心拍数や血圧を上げる懸念があり、安全性の課題が残ります。現在はアドレナリンを介さない経路やUCP1に頼らない仕組みを標的とする開発が進んでいますが、いずれも研究段階です。

Q7. 寒中水泳や冷水シャワーで褐色脂肪は鍛えられますか?

寒冷刺激が褐色脂肪の活性を高めることは知られていますが、それによって燃えるエネルギーは1日あたり数十kcalと控えめで、大幅な減量につながるものではありません。また、過度な寒冷曝露はかえって体に負担をかけたり、リスクを伴ったりすることもあります。健康管理としては、極端な方法に頼るよりも、食事・運動・睡眠といった基本を整えることを優先されることをおすすめします。持病のある方は特に、自己判断で無理な寒冷刺激を行わないようご注意ください。

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参考文献

  • [1] Identification and importance of brown adipose tissue in adult humans. N Engl J Med. 2009. [PubMed 19357406]
  • [2] UCP1-independent thermogenesis. Biochem J. 2020. [PubMed 32059055]
  • [3] The Futile Creatine Cycle powers UCP1-independent thermogenesis in classical BAT. Nat Commun. 2025. [PMC11971250]
  • [4] Accumulation of succinate controls activation of adipose tissue thermogenesis. Nature. 2018. [PubMed 30022159]
  • [5] 15O PET measurement of blood flow and oxygen consumption in cold-activated human brown fat. J Nucl Med. 2013. [PubMed 23362317]
  • [6] FTO Obesity Variant Circuitry and Adipocyte Browning in Humans. N Engl J Med. 2015. [PubMed 26287746]
  • [7] Chronic mirabegron treatment increases human brown fat, HDL cholesterol, and insulin sensitivity. J Clin Invest. 2020. [PubMed 31961826]
  • [8] A classical brown adipose tissue mRNA signature partly overlaps with brite in the supraclavicular region of adult humans. Cell Metab. 2013. [PubMed 23663743]
  • [9] Human Brown Adipocyte Thermogenesis Is Driven by β2-AR Stimulation. Cell Metab. 2020. [PubMed 32755608]
  • [10] Succinate Prevents Mice Obesity by Enhancing Brown Adipocyte Thermogenesis via the SDH-METTL3-HIF1A Pathway. Int J Mol Sci. 2026. [PubMed 42353068]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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