目次
- 1 1. HES7遺伝子とは ─ 背骨と肋骨のリズムを刻む遺伝子
- 2 2. 体を「節」に分ける時計 ─ 体節形成とは
- 3 3. HES7遺伝子とタンパク質のしくみ
- 4 4. 自分で自分を止める ─ 負のフィードバックが刻むリズム
- 5 5. 3つのシグナルとの連携 ─ Notch・FGF・Wnt
- 6 6. 周期を決めるもの ─ タンパク質の寿命とイントロン
- 7 7. ヒトとマウスの違い ─ なぜ周期の長さが変わるのか
- 8 8. HES7と病気 ─ 脊椎肋骨異形成症4型(SCDO4)
- 9 9. 遺伝診療との接点 ─ HES7の変化とどう向き合うか
- 10 10. よくある誤解
- 11 まとめ ─ 体の設計図を刻む小さな振り子
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
📍 クイックナビゲーション
背骨(脊椎)や肋骨(ろっこつ)は、規則正しく並んだ「節(ふし)」の連なりでできています。この節のもとになる構造を、決まったリズムで一つずつ作り出しているのが、体の中の「時計」です。その時計の中心で振り子のように働いているのが、HES7(ヘス・セブン)という遺伝子です。HES7が正しく動くことで、背骨と肋骨は左右対称に、数も間隔も整って作られます。逆にこの遺伝子に変化(バリアント)が起こると、背骨や肋骨の形が乱れる脊椎肋骨異形成症4型(せきついろっこついけいせいしょう4がた、SCDO4)という生まれつきの病気につながることが知られています。この記事では、HES7とは何か、なぜ「体内時計」と呼ばれるのか、そして遺伝性の病気とどうつながるのかを、医学的知見に基づいて解説します。
Q. HES7遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. HES7は、背骨や肋骨のもとになる「節」を規則正しく作るための体内時計(体節形成時計)の中心となる遺伝子です。HES7が作るタンパク質は「転写抑制因子」といって、他の遺伝子の働きを抑えるスイッチです。特徴的なのは、自分自身の遺伝子の働きまで抑える点で、この仕組みによって、マウスでは約2時間、ヒトでは約5時間の周期でオン・オフを繰り返す振動が生まれます。この振動が「節を作るリズム」になっています。HES7の両方のコピーに変化が起こると、背骨・肋骨の並びが乱れる脊椎肋骨異形成症4型(SCDO4)という常染色体潜性(劣性)の病気の原因になります。
- ➤正体 → bHLH型の転写抑制因子。背骨や肋骨を作る「節」のリズムを刻む中心遺伝子
- ➤体内時計 → 自分で自分を抑える負のフィードバックにより、周期的にオン・オフする
- ➤3つのシグナル → Notch・FGF・Wntという3つの信号系と連携して振動を保つ
- ➤周期を決める鍵 → タンパク質の短い寿命と、遺伝子のイントロン数(転写にかかる時間)
- ➤関連する病気 → 両方のコピーの変化で脊椎肋骨異形成症4型(SCDO4)が起こる
🧬 HES7遺伝子の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 遺伝子名 | HES7(hairy and enhancer of split 7)。ショウジョウバエの hairy/enhancer of split 遺伝子のヒトでの相同遺伝子[5] |
| 染色体上の位置 | 第17番染色体短腕(17p13)[6] |
| タンパク質の型 | bHLH(塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス)型の転写抑制因子。オレンジドメインと、末端のWRPWモチーフを持つ[1] |
| 主なはたらき | 体節形成時計(背骨・肋骨のもとを作るリズム)の中心。自分自身を含む標的遺伝子を周期的に抑える |
| 発現する場所 | 胎児の沿軸中胚葉(前体節中胚葉、PSM)。ここで約2時間周期(マウス)で振動する[2] |
| 関連する病気 | 脊椎肋骨異形成症4型(SCDO4、OMIM 613686)。常染色体潜性(劣性)遺伝[7] |
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた遺伝子解説です。特定の検査を勧めるものではありません。
1. HES7遺伝子とは ─ 背骨と肋骨のリズムを刻む遺伝子
HES7は、Hes(ヘス)ファミリーと呼ばれる遺伝子グループの一つです。名前は、ショウジョウバエで見つかった hairy と enhancer of split という遺伝子に由来していて、HES7はそのヒトでの相同遺伝子にあたります[5]。ヒトのHES7は、第17番染色体の短腕(17p13)にあります[6]。
この遺伝子が作るタンパク質は、転写因子の一種で、なかでも他の遺伝子の働きを「抑える」タイプの転写抑制因子です。HES7タンパク質は、bHLH(塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス)という共通の形をした部分と、その働きを助けるオレンジドメイン、そして末端のWRPWという短い並び(モチーフ)を持っています[1]。このWRPWモチーフは、抑制を実行するための相棒となるタンパク質を呼び寄せる、いわば「取っ手」の役割を担います。
💡 用語解説:転写抑制因子とは
遺伝子の情報がタンパク質になる第一段階を「転写」といいます。転写因子は、この転写を進めたり止めたりする調整役です。なかでもHES7のように転写を「止める(抑える)」働きをするものを転写抑制因子と呼びます。HES7は、特定の遺伝子のスイッチをオフにすることで、細胞のリズムを作り出しています。
HES7の最大の特徴は、背骨や肋骨のもとになる構造を、決まったリズムで規則正しく作り出す「体内時計」の中心である点です。私たちの背骨が上から下まで整った数と間隔で並んでいるのは、胎児の時期にこの時計が正確に時を刻んでいたおかげなのです。次の章では、この「体を節に分ける時計」の正体を見ていきます。
2. 体を「節」に分ける時計 ─ 体節形成とは
胎児が育つごく初期に、体の中心軸に沿って「体節(たいせつ、ソマイト)」という小さなブロックが、頭側から尾側へと一対ずつ規則正しく作られていきます。この体節が、のちに背骨(脊椎)、肋骨、背中側の皮膚、骨格筋のもとになります[2]。体節が作られる場所は、まだ節に分かれていない沿軸中胚葉(前体節中胚葉、PSM)と呼ばれる細胞のかたまりです。
💡 用語解説:沿軸中胚葉(前体節中胚葉・PSM)
PSMは presomitic mesoderm の略で、体節(ソマイト)になる前の、まだ分かれていない細胞の集まりです。日本語では沿軸中胚葉または前体節中胚葉と呼びます。胎児の尾側に位置し、ここから頭側に向かって順番に体節が切り出されていきます。背骨や肋骨のもとになる、いわば「素材のかたまり」です。
この体節が一定の間隔で切り出されていくリズムを生み出しているのが、体節形成時計(segmentation clock)です。マウスの胚では、およそ2時間ごとに一対の体節が切り出されることから、体節形成が約2時間周期の生物時計で制御されていると考えられてきました[3]。この時計の針にあたるのが、周期的にオン・オフを繰り返すいくつかの遺伝子で、その中心がHES7です。実際、マウスの沿軸中胚葉では、HES7の発現が約2時間の周期で振動することが示されています[2]。
この振動は、単に一か所で点滅しているのではありません。HES7の発現の波は、尾側から頭側へと伝わっていく「進行波」のようなパターンを描きます[9]。波が頭側の決まった位置に届くたびに、そこで一つの体節の境界が決まる——このように、時間のリズム(オン・オフの周期)が、空間の模様(節の並び)へと変換されていくのです。

HES7は前体節中胚葉(PSM)で周期的に発現し、その発現の波は尾側から頭側へ進みます。この時間的なリズムが体節形成の位置決定と協調することで、一定の間隔で体節(ソマイト)が順番に形成されます。体節形成時計の周期は種によって異なり、マウスでは約2時間、ヒトでは約5時間です。
🩺 院長コラム【なぜ背骨は「規則正しく」並ぶのか】
背骨が上から下まで整然と並んでいることを、当たり前に感じている方は多いと思います。けれど、その規則正しさの背景には、胎児のごく初期に働く「体節形成時計」があります。時計遺伝子の発現が一定のリズムで振動し、その進行波が前方の決まった位置に達する過程と協調して、一つずつ体節の境界が形成されます。まるで、走り続けるベルトコンベアの上に、一定間隔で印をつけていくような仕組みです。
この時計の中心にいるのがHES7です。発生学的には、こうした体節形成の基本機構を知ることが、背骨や肋骨の先天的な形態異常がなぜ起こるのかを理解する土台になります。脊椎分節異常は、発生過程における体節形成や境界形成の異常として捉えることができます。
3. HES7遺伝子とタンパク質のしくみ
HES7が作るタンパク質は、いくつかの部品が組み合わさってできています。まず、DNAに結びついて働くためのbHLH(塩基性ヘリックス・ループ・ヘリックス)という部分があります。bHLHタンパク質は、単独ではなく相棒とペア(二量体)を組んでDNAの決まった配列(N-BoxやE-Boxと呼ばれる並び)に結合し、そこにある遺伝子の働きを抑えます[1]。
bHLHの隣には「オレンジドメイン」があり、これは相棒選びや相手との結合を助ける部分です。そして末端にはWRPWモチーフという4文字の並びがあります[1]。このWRPWは、抑制を実際に担うGroucho/TLEコリプレッサーというタンパク質を呼び寄せるための結合部位で、HES7の抑制活性に欠かせません。
💡 用語解説:WRPWモチーフとGroucho/TLE
WRPWモチーフは、トリプトファン・アルギニン・プロリン・トリプトファンという4つのアミノ酸の並びです。Hesファミリーのタンパク質に共通してみられる特徴で、詳しくはWRPWモチーフの解説ページをご覧ください。ここに結びつくGroucho/TLEコリプレッサーは、遺伝子の働きを抑える「実働部隊」です。HES7は、DNAに結合する部分(bHLH)と、抑制を担う相棒を呼ぶ部分(WRPW)を併せ持つことで、標的遺伝子を確実にオフにできるのです。
HES7は、Notch(ノッチ)シグナルという信号系の下流にある遺伝子でもあります。Notchシグナルが活性化すると、HES7の発現が誘導されます[2]。つまりHES7は、Notchから「オンにしろ」という指令を受けて働き始め、そして次章で見るように、今度は自分自身に「オフにしろ」と命じる——この二面性が、時計のリズムを生み出す鍵になります。
4. 自分で自分を止める ─ 負のフィードバックが刻むリズム
HES7が「時計」として振る舞える最大の理由は、自分自身の遺伝子の働きを抑えるという性質にあります。これを負のフィードバック(自己抑制ループ)といいます[4]。
流れはこうです。まずNotchの指令でHES7が作られ始めます。作られたHES7タンパク質は、自分自身のプロモーター(遺伝子のスイッチ部分)に結合して、HES7遺伝子の働きをオフにします。すると新しいHES7タンパク質は作られなくなります。ところがHES7タンパク質は、ユビキチン・プロテアソーム系という分解の仕組みによって、非常に速やかに壊されます[4]。抑え役だったHES7タンパク質が消えると、抑制が解けてHES7遺伝子が再びオンになる——この「オン→自己抑制→分解→またオン」のサイクルが、周期的な振動を生み出します。
HES7が抑えるのは、自分自身だけではありません。代表的な標的がLfng(Lunatic fringe、ルナティック・フリンジ)という遺伝子です。LfngはNotchシグナルを調整する因子で、HES7がLfngを周期的に抑えることで、Lfngの発現も振動します[4]。実験では、HES7タンパク質がない状態にすると、自分自身とLfngの転写が抑えられなくなって出っぱなしになり、逆にHES7を分解されないように安定化させると、両方の転写が抑えられたままになることが示されています[4]。この「周期的に抑える」働きこそが、時計の分子的な正体です。
HES7を全く作れないようにしたマウス(HES7欠損マウス)では、体節がきちんと分節されず、前後の向き(極性)も乱れます。その結果、体節から作られる背骨や肋骨がひどく乱れてしまいます[2]。この事実は、HES7が背骨・肋骨の正しい形作りに不可欠であることを、はっきりと示しています。
5. 3つのシグナルとの連携 ─ Notch・FGF・Wnt
HES7の振動は、HES7だけの力で成り立っているわけではありません。細胞の中を走る3つの主要な信号系——Notch、FGF(線維芽細胞増殖因子)、Wnt(ウィント)——と密接に連携しています。
まずFGFとNotchは、HES7の振動に対して別々の役割を担っています。マウスの実験では、Notchシグナルを止めるとHES7振動の「伝播(波の広がり)」は失われますが、振動の「開始」自体は起こります。逆にFGFシグナルを一時的に止めると振動の「開始」ができなくなり、持続的に止めると開始も伝播もできなくなります[10]。この結果から、HES7の振動はFGFによって始まり、Notchによって前方へ伝えられ維持されると考えられています[10]。
さらにHES7は、FGFシグナルを抑える働きを持つDusp4という因子も周期的に制御しています。これによってFGFの活性にもリズムが生まれ、HES7を中心にNotchとFGFの振動が同じ拍子でそろうようになります[10]。加えてWntシグナルも、この時計のリズム作りに関わることが知られています。3つの信号系が、HES7という中心の振り子を軸に、互いにタイミングを合わせながら回っているのです。
こうしたネットワークの中で、HES7は単なる一つの歯車ではなく、リズム全体のテンポを決める「ペースメーカー」として機能していると考えられています[8]。次章では、そのテンポが何によって決まるのかを見ていきます。
6. 周期を決めるもの ─ タンパク質の寿命とイントロン
では、HES7の振動の「周期の長さ」は、何によって決まるのでしょうか。数理モデル(数式を使った予測)では、HES7が転写されてからタンパク質になり、それが自分を抑えるまでの「遅れの時間」が、周期の長さを決めると予測されてきました[8]。この予測を、いくつもの実験が裏づけています。
一つ目の鍵は、HES7タンパク質の短い寿命です。HES7タンパク質の寿命を少しだけ延ばす変異を持つマウスを作ると、いくつかの正常なサイクルのあとで、体節形成と振動がひどく乱れてしまいました[8]。わずかな寿命の延びが時計を狂わせるということは、HES7がすばやく壊れること(不安定であること)が、時計を刻み続けるために不可欠だということです。
二つ目の鍵は、意外にも遺伝子のイントロンの数です。イントロンとは、遺伝子の中でタンパク質の設計図には使われない部分で、転写のあとに取り除かれます。この取り除き(スプライシング)には時間がかかるため、イントロンが多いほど、タンパク質ができるまでの「遅れ」が長くなります。マウスのHES7遺伝子からイントロンを減らすと、この遅れが短くなり、HES7振動と体節形成のテンポが速くなって、首から上部胸椎にかけての背骨や体節の数が増えることが示されました[11]。これは、イントロンの数が振動のペース設定に重要であり、HES7が体節形成のペースを決める鍵であることを示す、鮮やかな実験です[11]。
💡 用語解説:イントロンと「遅れ」の関係
遺伝子はエキソン(設計図に使う部分)とイントロン(使わない部分)が交互に並んでできています。転写された直後のRNAからイントロンを切り取る作業に時間がかかるため、イントロンが多いほどタンパク質が完成するまでに時間がかかります。HES7の場合、この「時間がかかること」自体が、時計の周期を決める部品として利用されているのです。生き物が、一見むだに見えるイントロンを「タイマー」として使いこなしている、という点がとても興味深いところです。
7. ヒトとマウスの違い ─ なぜ周期の長さが変わるのか
HES7の振動周期は、生き物の種類によって異なります。マウスでは約2時間ですが、ヒトではもっと長いことがわかってきました。ヒトの体でこの時計を直接観察するのは技術的にも倫理的にも難しいため、長らく詳しいことはわかっていませんでした。
この状況を変えたのが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った研究です。iPS細胞から沿軸中胚葉(PSM)を試験管内で作り出す方法が開発され、HES7を含む時計遺伝子が周期的に発現する様子を観察できるようになりました。この研究によって、ヒトの体節形成時計の周期は約5時間であることが明らかになりました[12]。さらに、波のように広がる遺伝子発現のパターンも再現されました[12]。
では、なぜヒトとマウスで周期が2〜3倍も違うのでしょうか。ヒトとマウスのHES7の遺伝子そのものを入れ替える実験(ゲノムスワップ)を行ったところ、周期の差はHES7遺伝子の配列の違いによるものではないことがわかりました。代わりに、HES7タンパク質の分解や、その発現にかかる遅れといった生化学反応の速さそのものが、ヒトの細胞ではマウスより遅いことが示されました[13]。測定した反応の速さを数理モデルに入れると、ヒトとマウスの2〜3倍の周期差をうまく説明できました[13]。つまり、時計の設計図(遺伝子)は似ていても、その部品が動く速さが種によって違う、というわけです。
近年は、CRISPR/Cas9によるゲノム編集でHES7に蛍光の目印を付け、振動をリアルタイムで観察する技術も進みました。ヒトのiPS細胞から作った体節モデル(ソミトイド)でもHES7の周期発現が再現され、前後軸に沿ってHES7発現の波が伝わるような時空間パターンを観察できるようになっています。こうした細胞モデルは、ヒトの背骨の発生を研究する新しい窓口になりつつあります。
🩺 院長コラム【「モデルで見る」ことの意味】
ヒト胎児の体節形成を直接観察することには技術的・倫理的な制約があります。そのため、iPS細胞から作製した前体節中胚葉や体節モデルで、HES7を含む時計遺伝子の振動を再現できることには大きな研究上の意義があります。
こうしたモデルでは、ヒト特有の約5時間周期の振動や遺伝子変異による振動・同期・分化の変化を解析できます。基礎研究で得られた知見は、体節形成異常の病態を理解し、遺伝学的検査結果を解釈するための基盤になります。
8. HES7と病気 ─ 脊椎肋骨異形成症4型(SCDO4)
HES7が正しく働かないと、背骨と肋骨の形作りが乱れます。HES7の変異が原因となる病気が、脊椎肋骨異形成症4型(SCDO4、OMIM 613686)です[7]。
脊椎肋骨異形成症(Spondylocostal Dysostosis、SCD)は、背骨(脊椎)の分節がうまくいかず、多数の半椎(はんつい、椎骨の左右どちらかしかできない状態)や、体幹の短縮、肋骨の並びの乱れが生じる、生まれつきの骨格の病気です[9]。この病気は、体節形成時計を担うNotch経路の複数の遺伝子の変化によって起こることがわかっており、原因遺伝子ごとにサブタイプが分けられています。
🧬 脊椎肋骨異形成症(SCDO)の主なサブタイプと原因遺伝子
※常染色体潜性(劣性)遺伝の主なサブタイプを示しています。このほかTBX6の変化による常染色体顕性(優性)型なども報告されています[9]。
SCDO4は、HES7の両方のコピーに変化がある場合(ホモ接合または複合ヘテロ接合)に発症する、常染色体潜性(劣性)遺伝の病気です[7]。ヒトでのHES7変異が初めて報告されたのは2008年で、血族結婚のある家系で見つかったc.73C>T(p.Arg25Trp)というホモ接合のミスセンス変異でした[15]。この変異を持つHES7タンパク質は、DNAへの結合や相棒との結合を通じて遺伝子を抑える働きが失われていることが、機能解析で示されています[15]。その後、非血族の家系で2つのミスセンス変異を複合ヘテロ接合で持つきょうだいの例なども報告されました[16]。
💡 用語解説:ホモ接合・複合ヘテロ接合とは
遺伝子は父方・母方から1つずつ、計2つのコピーを持っています。常染色体潜性(劣性)の病気は、両方のコピーに変化があって初めて発症します。両方が同じ変化なら「ホモ接合」、それぞれ別の変化なら「複合ヘテロ接合」と呼びます。片方だけに変化がある人は「保因者」といい、多くの場合、症状は出ません。詳しくは保因者の仕組みの解説もご覧ください。
SCDO4の症状としては、成長の障害(低身長・短い体幹)、胸郭(きょうかく、胸のかご)の変形、半椎や蝶形椎(ちょうけいつい)などの背骨の分節異常、そして肋骨の並びの乱れが報告されています[9]。一部の報告では、内臓の左右が逆になる右胸心(うきょうしん、デキストロカルジア)を伴う例もあり、HES7の変異が背骨・肋骨だけでなく、体の左右の決定にも影響しうることが示唆されています[17]。これまでに報告されているHES7変異とSCDO4の患者数は限られており、世界的にも症例の少ない、まれな病気です[18]。症状の重さには個人差が大きいことも知られています。
9. 遺伝診療との接点 ─ HES7の変化とどう向き合うか
背骨や肋骨の生まれつきの形の違いが見つかったとき、その背景に体節形成時計の遺伝子の変化が関わっていることがあります。SCDO4のように原因遺伝子が特定されている場合、家族性の脊椎分節異常の診断には、HES7を含むNotch経路遺伝子の解析が手がかりになります[9]。実際、SCDOの複数の原因遺伝子(DLL3、MESP2、LFNG、HES7など)をまとめて調べるNGS遺伝子パネル検査という方法もあります。
SCDO4は常染色体潜性(劣性)遺伝のため、両親がそれぞれ変化を1つずつ持つ保因者であることが多く、次のお子さんにも同じ病気が起こる可能性について、正確な情報が役立つ場面があります。ただし、症状の重さには個人差が大きく、予後(見通し)の予測には慎重さが必要です[9]。現時点では、SCDO4そのものを根本的に治す方法は確立されていません。診断と遺伝カウンセリングに加え、脊柱変形や胸郭の状態、呼吸機能などに応じた支持療法・整形外科的管理と経過観察が行われます[19]。
当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、そしてどのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。診断や検査結果の解釈には時間を要することがあります。当院では、確認できた医学的情報と検査の限界を区別し、意思決定に必要な情報を整理してお伝えしています。
10. よくある誤解
誤解①「HES7は背骨だけの遺伝子」
HES7は背骨だけでなく、肋骨・背中側の皮膚・骨格筋のもとになる体節を作る時計の中心です。体節に由来する脊椎・肋骨、骨格筋、背側の真皮などの形成に関わっています。
誤解②「時計の周期はどの動物でも同じ」
周期は種によって異なり、マウスは約2時間、ヒトは約5時間です。この差は遺伝子の配列ではなく、細胞の中の反応の速さの違いによると報告されています。
誤解③「HES7の変化があれば必ず発症する」
SCDO4は常染色体潜性(劣性)遺伝です。両方のコピーに変化がある場合に発症し、片方だけの保因者は多くの場合、症状が出ません。
誤解④「イントロンはただのむだな部分」
HES7ではイントロンが「タイマー」として使われています。イントロンを切り取るのにかかる時間が、振動の周期を決める部品になっているのです。
まとめ ─ 体の設計図を刻む小さな振り子
HES7は、背骨や肋骨のもとになる「節」を規則正しく作り出す体内時計の、まさに中心にある遺伝子です。自分で自分を抑える負のフィードバックによって周期的に振動し[4]、その振動はNotch・FGF・Wntという3つのシグナルと連携しながら[10]、体の前後軸に沿って波のように伝わっていきます[9]。周期の長さは、HES7タンパク質の短い寿命と、遺伝子のイントロンの数という、意外な部品によって精密に調整されています[8][11]。
この時計が乱れると、背骨や肋骨の形作りに影響が及び、脊椎肋骨異形成症4型(SCDO4)につながることがあります[7]。iPS細胞やゲノム編集を使った研究により、ヒトの体節形成時計の姿も少しずつ見えてきました[12][13]。小さな一つの遺伝子が、私たちの体の骨組みの規則正しさを支えている——HES7は、生命がいかに精密な時間管理のうえに成り立っているかを教えてくれる、興味深い遺伝子です。
よくある質問(FAQ)
Q1. HES7遺伝子とは何ですか?
HES7は、背骨や肋骨のもとになる「節(体節)」を規則正しく作るための体内時計(体節形成時計)の中心となる遺伝子です。HES7が作るタンパク質は、他の遺伝子の働きを抑える転写抑制因子で、自分自身の働きまで周期的に抑えることで、時計のようなリズムを生み出します。ヒトでは第17番染色体(17p13)にあります。
Q2. なぜHES7は「体内時計」と呼ばれるのですか?
HES7タンパク質が自分自身の遺伝子の働きを抑え、そのタンパク質がすぐに分解されると抑制が解けて再びオンになる、という「オン→自己抑制→分解→またオン」のサイクルを繰り返すからです。この振動がマウスで約2時間、ヒトで約5時間の周期を刻み、その針が届くたびに背骨の節が一つずつ作られます。
Q3. HES7の変異はどんな病気につながりますか?
HES7の両方のコピーに変化がある場合、脊椎肋骨異形成症4型(SCDO4)という生まれつきの骨格の病気につながることが知られています。背骨の分節異常(半椎など)、体幹の短縮、肋骨の並びの乱れなどがみられます。常染色体潜性(劣性)遺伝で、世界的にも症例の少ないまれな病気です。
Q4. HES7の変化があると、必ず病気になりますか?
いいえ。SCDO4は常染色体潜性(劣性)遺伝のため、父方・母方の両方のコピーに変化がある場合に発症します。片方のコピーにだけ変化がある人(保因者)は、多くの場合、症状が出ません。両親がともに保因者の場合、お子さんに病気が起こる可能性について、遺伝カウンセリングで正確な情報を得ることができます。
Q5. ヒトとマウスでHES7の時計の速さが違うのはなぜですか?
ヒトとマウスのHES7遺伝子を入れ替える実験から、周期の差は遺伝子の配列そのものの違いではないことがわかりました。代わりに、HES7タンパク質の分解や発現にかかる時間といった、細胞の中の生化学反応の速さがヒトではマウスより遅いことが、周期が長くなる主な理由だと報告されています。
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参考文献
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