目次
- 1 1. CDKN1Cとp57 ─ 細胞増殖の「ブレーキ役」
- 2 2. 母方から働く仕組み ─ ゲノムインプリンティング
- 3 3. ブレーキが弱いと過成長 ─ ベックウィズ・ヴィーデマン症候群
- 4 4. ブレーキが強すぎると成長障害 ─ IMAGe症候群とシルバー・ラッセル症候群
- 5 5. p57タンパク質のかたち ─ どこが変わると何が起こるか
- 6 6. 胞状奇胎の診断 ─ p57が「見分ける目印」になる
- 7 7. 予備の幹細胞を眠らせる ─ 再生医学での新しい顔
- 8 8. がんとの関わり ─ 眠らされる「番人」
- 9 9. 検査と遺伝カウンセリングの実際
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
細胞は、必要なときに増え、増えすぎないように止まる。この「増殖のブレーキ」を担うタンパク質のひとつが、CDKN1C遺伝子がつくるp57(p57Kip2)です。この遺伝子はとても珍しい性質を持っていて、お母さん由来のコピーだけが働き、お父さん由来のコピーは眠っています。ブレーキが効かなくなると体が過剰に育つベックウィズ・ヴィーデマン症候群に、逆にブレーキが効きすぎると重い成長障害を起こすIMAGe症候群やシルバー・ラッセル症候群になります。1つの遺伝子が「大きくなりすぎ」と「小さくなりすぎ」という正反対の病気につながる――CDKN1Cを理解することは、ヒトの成長がどれほど精密に調整されているかを知ることでもあります。本記事では、この遺伝子の働きと関連する病気、検査の考え方までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. CDKN1C遺伝子とはどんな遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. CDKN1Cは「p57」という細胞増殖のブレーキ役タンパク質の設計図で、11番染色体の短腕(11p15.5)にあります。この遺伝子はお母さん由来のコピーだけが働く(ゲノムインプリンティング)という珍しい性質を持ちます。ブレーキが弱まると体が過剰に育つベックウィズ・ヴィーデマン症候群に、ブレーキが強まりすぎると重い成長障害(IMAGe症候群・一部のシルバー・ラッセル症候群)になります。
- ➤基本の役割 → 細胞周期のG1期にブレーキをかけ、増殖を止める「CDK阻害因子」の一員
- ➤母方発現インプリンティング → お母さん由来のコピーだけが働き、お父さん由来は眠っている
- ➤機能喪失=過成長 → ベックウィズ・ヴィーデマン症候群(巨舌・臍帯ヘルニア・小児腫瘍リスク)
- ➤機能獲得=成長障害 → IMAGe症候群・家族性シルバー・ラッセル症候群(特定領域の変異)
- ➤臨床での使われ方 → 全胞状奇胎を見分ける病理マーカー。インプリンティング異常の第一選択はメチル化解析
🧬 CDKN1C遺伝子の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. CDKN1Cとp57 ─ 細胞増殖の「ブレーキ役」
CDKN1Cは、細胞が増えるスピードを調節する「ブレーキ」の設計図です。このブレーキが正しく働くことで、体は必要なだけ細胞をつくり、必要なところで増殖を止めます。ですからこの遺伝子を知ることは、体が過不足なく育つ仕組みを理解することにつながります。
細胞が分裂して増えるとき、その進行はサイクリンとサイクリン依存性キナーゼ(CDK)という2種類のタンパク質がペアになって前へ進めます。このペアの働きを抑えて増殖を止める役が「CDK阻害因子(CKI)」で、CDKN1Cがつくるp57(p57Kip2)はそのひとつです[1]。仲間にはp21(CDKN1A)やp27(CDKN1B)があり、3つあわせてCIP/KIPファミリーと呼ばれます[1]。p57は主に、細胞周期のG1期からS期へ進むところで、Cyclin E/CDK2やCyclin D/CDK4といった複合体を標的にしてブレーキをかけます[1]。
💡 用語解説:CDK阻害因子とは
細胞は「アクセル(サイクリン/CDK)」と「ブレーキ(CDK阻害因子)」の両方で増殖を調節しています。p57はブレーキ側のタンパク質で、アクセルの働きを直接おさえて細胞分裂を一時停止させます。がん抑制遺伝子と似た性質を持ち、増えすぎを防ぐ番人の役割を果たします。
同じファミリーでも、p57は特別な位置づけにあります。p21やp27を失ったマウスは生き延びて繁殖もできますが、p57を失ったマウスは口蓋裂や消化管の短縮、骨格の異常など多くの発生異常を起こし、生まれた前後で命を落とします[1]。つまりp57は、胎児期の正常な発生に欠かせない、かけがえのないブレーキなのです。ご家族にとって大切なのは、この遺伝子の量やタイミングが少し狂うだけで、体の育ち方が大きく変わりうるという点です。だからこそ、次の章で説明する「どちらの親から受け継いだか」という視点が、この遺伝子ではとても重要になります。
2. 母方から働く仕組み ─ ゲノムインプリンティング
CDKN1Cは、お母さん由来のコピーだけが働き、お父さん由来のコピーは眠っている、という珍しい遺伝子です。この「どちらの親から来たかで働き方が決まる」性質を理解すると、同じ変化でも発症する人としない人が出る理由がわかります。
私たちは多くの遺伝子を父方・母方から1つずつ受け継ぎ、通常は両方が働きます。ところが一部の遺伝子は、親のどちらから来たかによって片方だけが働く「刷り込み(インプリンティング)」を受けています。CDKN1Cは11番染色体短腕の11p15.5にあり、この領域の代表的なインプリンティング遺伝子です[1][12]。CDKN1Cでは母方コピーが働き、父方コピーはDNAメチル化やヒストン修飾によってしっかり沈黙させられています[1]。
💡 用語解説:ゲノムインプリンティング
同じ遺伝子でも、父から来たコピーと母から来たコピーに別々の「目印(メチル化)」が付き、片方だけが働く現象です。CDKN1Cは母方コピーだけが働くため、変化を伝える親の性別によって、子に病気が出るかどうかが変わります。ここが、ふつうの遺伝形式との大きな違いです。
この沈黙のスイッチを握るのが、CDKN1Cの近くにある「KvDMR1」という制御領域です[1]。母方のKvDMR1はメチル化されているため、そこにある長鎖ノンコーディングRNA(KCNQ1OT1)はつくられず、結果としてすぐ近くのCDKN1Cは正常に働けます[1]。反対に父方のKvDMR1はメチル化されていないため、KCNQ1OT1が盛んにつくられ、周囲のクロマチンを抑制状態に変えて父方CDKN1Cを黙らせます[1]。少し専門的に言えば、H3K27のトリメチル化などの抑制的な目印が加わり、父方領域が広く沈黙するのです[1]。この11p15.5の刷り込みは、ゲノムインプリンティング関連疾患や11番染色体の異常を理解するうえでの土台になります。
ご本人・ご家族にとって、この仕組みが持つ意味は具体的です。母方コピーだけが働くため、同じ遺伝子変化でも、お母さんから受け継いだ場合は発症しうるのに、お父さんから受け継いだ場合は症状が出ないことがあります。つまり無症状のまま変化を持ち、次の世代に伝える「保因者」になりうるのです。ご家族に成長の偏りがみられる場合、この視点を持って整理すると、遺伝の道筋が見えやすくなります。
3. ブレーキが弱いと過成長 ─ ベックウィズ・ヴィーデマン症候群
p57のブレーキが効かなくなると、細胞が増えすぎて体が過剰に育ちます。これがベックウィズ・ヴィーデマン症候群(BWS)で、生まれつきの過成長と、一部の小児腫瘍のリスク上昇を特徴とします。
BWSは、大きな舌(巨舌)、大きな体(巨大児)、おへその部分の壁が閉じきらない臍帯ヘルニアや腹壁の欠損、そして小児期のウィルムス腫瘍(腎芽腫)・肝芽腫などの腫瘍リスク上昇を特徴とする過成長症候群です[1]。原因の多くは11p15.5のエピジェネティックな異常で、なかでも母方KvDMR1が本来と違ってメチル化を失うと、CDKN1Cが両方の側で抑えられてしまい、ブレーキが働かなくなります[1]。
一方で、CDKN1C遺伝子そのものに変化があるタイプもあります。BWS全体の約5〜10%、家族歴のある例に限れば約40%で、CDKN1Cにナンセンス変異やフレームシフト変異などの機能を失う変化がみつかります[5]。これらはタンパク質を途中で終わらせたり形を壊したりして、ブレーキ機能を失わせます。
💡 用語解説:機能喪失型変異とは
機能喪失型変異は、その遺伝子がつくるタンパク質の働きを弱めたり失わせたりする変化です。CDKN1Cで起これば「ブレーキが効かない」状態になり、細胞が増えすぎて過成長(BWS)につながります。
遺伝子型と症状の関係も少しずつわかってきました。CDKN1Cの変化を持つBWSでは、ほかの原因によるBWSと比べて、口蓋裂・多指症・生殖器の異常・副乳といった形の異常を合併しやすいことが報告されています[5]。ブレーキが外れることで、単なる臓器の肥大にとどまらず、体の形づくり全体が影響を受けると考えられます[5]。ご家族にとってこの知見は、「同じBWSでも原因によって現れ方が違いうる」こと、そして正確な分子診断が今後の見通しを立てる助けになることを意味します。
4. ブレーキが強すぎると成長障害 ─ IMAGe症候群とシルバー・ラッセル症候群
同じCDKN1Cでも、ブレーキが効きすぎると今度は逆に、細胞が増えられず体が育たなくなります。この「効きすぎ」で起こる代表がIMAGe症候群と、一部のシルバー・ラッセル症候群(SRS)です。BWSと正反対の表現型が、同じ遺伝子から生まれるのが最大の特徴です。
IMAGe症候群は、子宮内発育遅延・骨幹端異形成・先天性副腎低形成・生殖器異常の頭文字をとった病気で、命に関わる副腎不全を伴うことがあります[2]。原因となるCDKN1Cの変化は、タンパク質のC末端にある「PCNA結合ドメイン」というごく狭い領域に集中するミスセンス変異です[2]。同じPCNA結合ドメインの変異でも、アミノ酸279番目(p.Arg279)の置き換わり方の違いなどによって、IMAGe症候群に近い形になったり、家族性のシルバー・ラッセル症候群に近い形になったりすることが報告されています[4]。SRSは子宮内発育遅延・相対的な大頭・三角顔などを示し、多くは副腎不全を伴いません[4]。
💡 用語解説:機能獲得型変異とは
機能獲得型変異は、タンパク質の働きが「弱まる」のではなく「強まる・過剰になる」変化です。CDKN1Cでこれが起こると、ブレーキが効きすぎて細胞が増えられず、重い成長障害(IMAGe症候群など)につながります。
なぜ、ごく狭い領域の変化が強い成長障害を起こすのでしょうか。鍵は「タンパク質の壊されにくさ」にあります。正常な細胞では、DNA複製が始まるときにp57はPCNAという足場に結合し、そこでユビキチンという目印を付けられて分解されます。これによってブレーキが外れ、細胞は複製へ進めます[3]。ところがIMAGe型の変異ではPCNAへの結合が失われるため、p57は分解されずに異常に安定して蓄積し、ブレーキが効きっぱなしになります[3]。実験でも、タンパク質合成を止めても、IMAGe型のp57は分解されずに残り続けることが示されています[3]。またこの変異はS期への進行を妨げ、細胞増殖を実際に低下させることも確認されています[4]。
🔎 1つの遺伝子から正反対の病気が生まれる
ブレーキが弱い(機能喪失)
細胞が増えすぎる → 過成長
ベックウィズ・ヴィーデマン症候群
ブレーキが強い(機能獲得)
細胞が増えられない → 成長障害
IMAGe症候群・家族性SRS
同じCDKN1C遺伝子でも、変化がどのドメインにどう起こるかで、正反対の表現型になります。
この対称性が示すのは、p57の量が「多すぎても少なすぎてもいけない」という、厳密な用量依存の世界です[2]。ご本人・ご家族にとって重要なのは、成長障害でも過成長でも、原因が同じ遺伝子でありうること、そして母方から伝わるインプリンティングのため、変異を持つ親の性別によって子への影響が変わるという点です。将来の妊娠や血縁者のことを考えるとき、この特徴を踏まえた整理が出発点になります。
5. p57タンパク質のかたち ─ どこが変わると何が起こるか
p57は、いくつかの「部品(ドメイン)」が組み合わさってできています。どの部品が変わるかで、起こる病気が変わる――これがCDKN1Cを理解する近道です。
p57は、N末端に「CDK阻害ドメイン(KID)」、中央にヒト特有の「PAPA領域」、C末端に「PCNA結合ドメイン」と「QTボックス」を備えています[1]。N末端のKIDは仲間のp21・p27ともよく似た保存された領域で、CDKの活性中心に結合してブレーキをかけます[1]。さらにKIDは、MyoDなどの分化を進める転写因子と物理的に結びつき、骨格筋や神経の分化プログラムを助ける働きも持ちます[1]。中央のPAPA領域はヒトのp57に特有で、この構造のためにp57はSDS-PAGEという実験で見かけ上およそ57 kDaの大きさに見えます(「p57」という名前の由来です)[1]。
臨床的にとりわけ重要なのがC末端のPCNA結合ドメインです。前章のとおり、この領域はp57が分解されるときの目印認識部位であり、ここに変異が起こると分解を逃れて過剰に安定化します[3]。ここで整理しておくと、IMAGeや家族性SRSを起こす機能獲得型の変異はPCNA結合ドメインに集中し、BWSを起こす機能喪失型の変異は遺伝子全体に散らばるという、きれいな住み分けがあります[2]。ご家族にとってこれは、変異が「どこにあるか」を知ることが、過成長側なのか成長障害側なのかを見立てる手がかりになる、という実用的な意味を持ちます。
6. 胞状奇胎の診断 ─ p57が「見分ける目印」になる
母方だけで働くというp57の性質は、流産や異常妊娠の病理診断で大きな力を発揮します。とくに全胞状奇胎を見分けるうえで、p57の染色は感度・特異度の高いマーカーとして定着しています。
全胞状奇胎(CHM)は、受精卵が父方由来のゲノムだけを持つ状態で、絨毛が異常に増殖します。p57は母方コピーからしか働かないため、母方ゲノムを欠くCHMの絨毛細胞ではp57がまったく発現しません[6]。一方、部分胞状奇胎や通常の流産絨毛には母方ゲノムがあるので、p57の免疫染色で核が強く染まります[6]。初期の奇胎は形だけでは見分けが難しいことが多く、p57染色はこの鑑別を助ける実用的な検査として広く使われています[6]。ただし、まれに染色が典型どおりにならない例もあり、形態や遺伝子型解析とあわせた総合判断が推奨されています[6]。
🔬 p57免疫染色による鑑別(典型的な考え方)
なお、p57免疫染色にはまれに非典型的な染色パターンを示す例があるため、最終診断は組織形態や必要に応じた遺伝子型解析とあわせて行います。流産を経験された方にとって、この検査の意味は小さくありません。p57染色を含む病理評価によって、全胞状奇胎かどうかを見分けられます。全胞状奇胎は、その後に絨毛性疾患へ進むリスクがあるため経過観察が必要ですが、通常の流産と判明すれば過度な心配を避けられます。診断の層を一つ整理できることが、次の一歩を落ち着いて考える助けになります。
7. 予備の幹細胞を眠らせる ─ 再生医学での新しい顔
p57は長らく「胚発生のときに増殖を止める因子」と考えられてきました。しかし近年、大人の組織でも、いざというときのために控えている「予備の幹細胞」を眠らせておくスイッチとして働くことがわかってきました。これは基礎研究の段階ですが、組織の再生を理解するうえで重要な発見です。
胃の体部で消化酵素を出す「主細胞」は、ふだんは高度に分化して静かにしています。ところが粘膜が強く傷つくと、これらの細胞が急に増殖して組織の再生を担う「予備の幹細胞」に変わります[8]。マウスの研究では、平常時の主細胞はp57を高く発現して細胞周期を止めていますが、傷害が起こるとp57の発現がすばやく消え、それを合図に細胞が増殖を始めることが示されました[8]。逆にp57を無理に発現させ続けると、傷害後でも主細胞が活性化できず、再生が止まってしまいます[8]。つまりp57は、不要な増殖を抑えつつ再生の「余力」を保つ番人の役割を果たしています。
腸でも、p57は細胞の運命を決めています。ここで興味深いのは、p57が古典的なCDK阻害とはまったく別の仕組み(CDK非依存的な働き)で、Ascl2という幹細胞の維持に重要な転写因子に直接結びつき、その働きを抑える「転写共抑制因子」として振る舞う点です[7]。CDKN1Cを欠くマウスでは、活発なLgr5陽性の幹細胞は影響を受けない一方、静止していたHopx陽性細胞が眠りから覚めて過剰に増えてしまいます[7]。さらに、CDKとの結合能だけを失わせた変異マウスでは腸の短縮などが起こらないことから、この静止期の維持はブレーキ機能とは独立した新しい働きだと結論づけられています[7]。
💡 用語解説:予備の幹細胞(リザーブ幹細胞)
ふだんは眠って(静止して)いて、組織が傷ついたときにだけ目覚めて増え、修復を担う細胞です。p57はこの「眠り」を保つスイッチとして働き、必要なときに素早く外れることで再生を許します。この仕組みの理解は、将来の再生医療につながる基礎知見として注目されています。
これらは主に動物や細胞を用いた研究段階の知見で、そのままヒトの治療に応用できるわけではありません。それでもご本人・ご家族にとって、p57が「止める」だけでなく「再生の余力を守る」役も担うと知ることは、この遺伝子が体づくりの多くの場面で細やかに働いているという全体像の理解につながります。
8. がんとの関わり ─ 眠らされる「番人」
p57は増殖を止める番人なので、がん抑制の側にいます。多くのがんでは、この遺伝子が変異で壊れるのではなく、エピジェネティックに「黙らされる」ことで増殖が進みます。ここは研究知見に基づく専門的な解説として整理します。
乳がん・子宮頸がん・肝細胞がん・前立腺がん・骨肉腫など、多くのヒトのがんでp57の発現が低下または消失します[1]。散発性のがんではCDKN1C自体の変異はまれで、主にエピジェネティックな「沈黙化」が働きます。たとえば乳がんでは、ヒストンメチル化酵素EZH2がCDKN1Cのプロモーターに抑制的な目印(H3K27me3)を付けて発現を強く抑えることが示されており、CDKN1Cの発現が低い腫瘍は予後が悪い傾向とも関連づけられています[10]。この経路は、EZH2遺伝子やEZH2阻害薬を軸にした治療研究の対象にもなっています。
近年注目されているのが、治療によって誘導される「がんの休眠(ドーマンシー)」です。肺がんのモデルでは、治療ストレス下でグルココルチコイド受容体が活性化すると、遠くにあるエンハンサーとの立体的なつながりを介してCDKN1Cの発現が急に高まり、がん細胞がG1期で止まって休眠状態に入ります[11]。休眠したがん細胞は分裂を止めているため、細胞分裂を狙う従来の抗がん剤から逃れやすくなります。しかしこの状態では、生き延びるためにIGF-1Rという別のシグナルに強く依存するようになり、そこが新たな弱点になりうることも報告されています[11]。p57の動きを手がかりに、休眠がん細胞の弱点を突く治療戦略が研究されています。
CDKN1Cは、代謝の分野とも接点があります。膵臓のβ細胞では、p57のバランスが崩れると細胞のアイデンティティが揺らぐことが報告されています。歯周病原菌の一種フソバクテリウム・ヌクレアタムが膵島でNF-κB経路を活性化し、CDKN1Cの発現を下げることで、インスリンを出すβ細胞がα細胞のような状態へ脱分化(細胞転換)する、という2型糖尿病に関わる経路が示されています[9]。これらは研究段階の知見ですが、1つの遺伝子が発生・再生・がん・代謝を横断してつながっていることを物語ります。
9. 検査と遺伝カウンセリングの実際
CDKN1Cが関わる病気を調べるときは、「まずメチル化を調べ、必要に応じて遺伝子配列を調べる」という順序が基本です。インプリンティング異常が疑われる場面での第一選択は、メチル化解析です。
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出生後にBWSが疑われる場合は、11p15.5のメチル化解析が基本となります。SRSが疑われる場合は、11p15.5のメチル化異常に加えて、7番染色体母性片親性ダイソミー(upd(7)mat)なども検討します。こうした検査で原因が特定されず、臨床的にCDKN1C関連疾患が強く疑われる場合には、CDKN1C遺伝子そのものの配列を調べ、ナンセンス変異やフレームシフト変異、PCNA結合ドメインのミスセンス変異などを探します[4]。出生前に胎児の発育や形態から疑われる場合は、まず染色体の評価が優先され、必要に応じて絨毛検査・羊水検査で胎児由来の細胞を直接調べることになります。
当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合うのは、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にとってどんな意味を持つのか、そして結果を受けてどんな選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。
CDKN1Cで特に丁寧に扱いたいのが、母方発現インプリンティングです。変異を持つ親でも、その親が父方からその変異を受け継いでいれば無症状のことがあり、しかし子に母から伝われば発症しうる――この非典型的な伝わり方は、家系図を描いて初めて見えてくることが少なくありません。将来の妊娠や血縁者のことを考える際には、時間に余裕をもって相談されることをおすすめします。
10. よくある誤解
CDKN1Cはインプリンティングという珍しい仕組みが絡むため、誤解が生まれやすい遺伝子です。ここでは代表的な4つを整理します。
誤解①「CDKN1Cに変化があれば必ず発症する」
この遺伝子は母方コピーだけが働くため、同じ変化でも受け継いだ親の性別によって発症するかどうかが変わります。父から受け継いだ場合は無症状の保因者になりうるので、「変化=発症」とは限りません。
誤解②「同じ遺伝子なら同じ病気になる」
CDKN1Cは、変化の種類と場所によって正反対の病気を起こします。機能を失えば過成長(BWS)、PCNA結合ドメインで機能が過剰になれば成長障害(IMAGe・SRS)です。方向がまるで逆になる点が特徴です。
誤解③「BWSはすべて遺伝子が壊れた病気」
BWSの多くは、遺伝子配列ではなくメチル化という目印の異常が原因です。CDKN1C遺伝子そのものの変異は一部(全体の約5〜10%)にとどまります。だから検査もまずメチル化解析から始めます。
誤解④「p57の再活性化はすぐ治療に使える」
EZH2阻害薬などでp57を再び働かせる発想は有望ですが、多くは研究段階です。がん休眠やβ細胞の話題も基礎研究が中心で、確立した治療として一般化されたものではありません。
📌 このページを読んだあなたへ
検査結果を受け取った方、これから検査を考えている方、ご家族に過成長や成長障害の診断がついた方――立っている場所によって、次に確認するとよいことは変わります。CDKN1Cでは特に、次の観点を押さえておくと見通しが立てやすくなります。
- ➤伝わり方 → 母方発現のため、誰から受け継いだかで発症が変わる(インプリンティング疾患)
- ➤過成長側の関連疾患 → ベックウィズ・ヴィーデマン症候群
- ➤成長障害側の関連疾患 → IMAGe症候群/シルバー・ラッセル症候群
- ➤確定診断の道筋 → まずメチル化解析、必要に応じて遺伝子配列。出生前は絨毛・羊水検査で胎児細胞を確認
よくある質問(FAQ)
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ベックウィズ・ヴィーデマン症候群・IMAGe症候群・
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参考文献
- [1] Genetic and Epigenetic Control of CDKN1C Expression: Importance in Cell Commitment and Differentiation, Tissue Homeostasis and Human Diseases. Int J Mol Sci. 2018. [PMC5979523]
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