目次
- 1 1. CARNMT1遺伝子とは:ひとつの酵素がもつ「二つの顔」
- 2 2. カルノシンとアンセリン:筋肉のジペプチド代謝
- 3 3. 酵素の構造と触媒の仕組み:なぜN1だけを狙えるのか
- 4 4. もう一つの顔:タンパク質ヒスチジンのメチル化とC3H型亜鉛フィンガー
- 5 5. RNA代謝の制御:スプライシングとmRNAの分解
- 6 6. 他の酵素との違いと、生命への必須性
- 7 7. ヒトの病気との関わり①:常染色体劣性の知的障害
- 8 8. ヒトの病気との関わり②:がん(RET融合遺伝子)
- 9 9. 進化の物語:栄養センサーへの転用
- 10 よくある誤解
- 11 臨床遺伝専門医からのメッセージ
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
📍 クイックナビゲーション
筋肉にたくさん含まれる小さな物質「カルノシン」を「アンセリン」へと変える酵素、カルノシンN-メチル基転移酵素1(CARNMT1)。長い間、筋肉の代謝を担う地味な酵素と考えられてきましたが、近年の研究で、この酵素がRNAを操るタンパク質のヒスチジンをメチル化し、mRNAのスプライシングや分解を調整する「RNA代謝の司令塔」でもあることが分かってきました。マウスでこの遺伝子を失うと胎児の段階で命を落とし、ヒトでは知的障害や一部のがんとの関わりも報告されています。本記事では、CARNMT1遺伝子の働きから病気とのつながりまでを、臨床遺伝専門医の視点で分かりやすく解説します。
Q. CARNMT1遺伝子とはどんな遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. CARNMT1は、筋肉に多いジペプチド「カルノシン」を「アンセリン」に変えるメチル基転移酵素の設計図です。それだけでなく、RNAを扱うタンパク質(C3H型亜鉛フィンガー)のヒスチジンをメチル化して、mRNAのスプライシングや分解を調整する「RNA代謝の司令塔」としても働きます。マウスでこの遺伝子を失うと胚の段階で亡くなり、ヒトでは知的障害や、非小細胞肺がんの一部でみられる遺伝子融合との関わりが報告されています。
- ➤2つの働き → 小分子カルノシンのメチル化と、タンパク質ヒスチジンのメチル化(デュアル特異性)
- ➤標的の合言葉 → Cx(F/Y)xH という並び(C3H型亜鉛フィンガー)を認識し、ヒスチジンのN1をメチル化
- ➤RNAの制御 → U2AF1を介したスプライシング、Roquin/TTPを介したmRNA分解の調整
- ➤生命への必須性 → 欠損マウスは胚性致死(生存個体が得られない)
- ➤ヒトの病気 → 常染色体劣性(潜性)の知的障害、非小細胞肺がんのRET融合(CARNMT1-AS1-RET)
1. CARNMT1遺伝子とは:ひとつの酵素がもつ「二つの顔」
CARNMT1は、ヒトの9番染色体(9q21.13)に位置する遺伝子で、かつては働きの分からない遺伝子として「C9orf41」や「FLJ25795」と呼ばれていました。2015年に、ラットの筋肉から精製された酵素の正体がこの遺伝子産物であることが突き止められ、カルノシンにメチル基(炭素と水素からなる小さな部品)を付けてアンセリンをつくる酵素であることが確定しました[1]。国際的な酵素番号ではEC 2.1.1.22に分類されます[2]。
この遺伝子がつくるタンパク質(酵素)は、409個のアミノ酸からなるものが代表的な形で、細胞のなかでは主に細胞質と核に存在します。かつては骨格筋など一部の組織で働くと考えられていましたが、その後の大規模な発現データベースの解析から、膵臓・腎臓・脳・消化管など全身の多様な細胞に広く分布する「組織特異性の低い」酵素であることが分かってきました。つまりCARNMT1は、特定の臓器の専属ではなく、体じゅうの細胞で何らかの共通した役割を担っている可能性が高いのです。
💡 用語解説:メチル基転移酵素とSAM
メチル基転移酵素(メチルトランスフェラーゼ)とは、標的となる分子に「メチル基(—CH₃)」という小さな部品を付ける酵素です。メチル基の付け外しは、その分子の性質(水になじむか、電荷はどうか、他の分子と結合できるか)を微妙に変える「化学的なスイッチ」として働きます。このとき、メチル基を運んでくる運搬役がS-アデノシル-L-メチオニン(SAM)という補酵素です。CARNMT1もこのSAMからメチル基を受け取り、標的へ渡します。SAMはメチオニンというアミノ酸から作られるため、体の栄養状態とも深く結びついています。
CARNMT1の面白さは、「二つの顔」を持っている点にあります。ひとつは、上で述べた小さな分子(カルノシン)をメチル化するという代謝の顔。もうひとつは、後で詳しく述べるタンパク質のヒスチジンをメチル化して遺伝子の働き方を調整するという、RNA代謝の司令塔としての顔です。この記事では、まず身近な「カルノシン・アンセリン」の話から入り、次第にこの酵素の本当の重要性へと迫っていきます。
2. カルノシンとアンセリン:筋肉のジペプチド代謝
CARNMT1が本来つくり出すアンセリンは、カルノシンにメチル基が一つ付いた「兄弟分」の物質です。どちらも、β-アラニンとヒスチジンという二つの部品がつながった「ヒスチジンジペプチド」と呼ばれる小さな分子で、脊椎動物の筋肉に豊富に含まれています。これらは筋肉のなかで、運動で酸性に傾いた環境をやわらげるpH緩衝作用、活性酸素を打ち消す抗酸化作用、糖がタンパク質に付く反応を抑える抗糖化作用などをもち、体の恒常性を保つ役割を担うと考えられています。
💡 用語解説:カルノシンとアンセリン(ヒスチジンジペプチド)
カルノシンは「β-アラニル-L-ヒスチジン」、アンセリンは「β-アラニル-Nπ-メチル-L-ヒスチジン」という化学名を持ちます。名前は難しく見えますが、要はカルノシンのヒスチジン部分にメチル基が一つ付いたものがアンセリンです。この「一つのメチル基」を付ける反応をCARNMT1が担っています。アンセリンをつくるには、まず別の酵素(CARNS1)がβ-アラニンとヒスチジンをつなげてカルノシンをつくり、続いてCARNMT1がSAMを使ってメチル基を加える、という2段階の流れになります。
ヒトの筋肉におけるアンセリンの量については、近年の研究で興味深いデータが示されました。2023年に報告された研究では、骨格筋のアンセリン濃度は乾燥重量あたり158.1±68.5μmol/kgであったのに対し、心筋(左心室)では10.1±13.4μmol/kgと、骨格筋の方がおよそ15倍も高い蓄積量を示しました[3]。これは、ヒトの心室にアンセリンが存在することを初めて実証した報告でもあります。
ヒト横紋筋におけるアンセリン濃度の比較
乾燥重量あたりの平均値(μmol/kg)
骨格筋
(n=11)
心筋(左心室)
(n=12)
心筋のアンセリン量は個人差が大きく、1.4〜45.4μmol/kgと幅がありましたが、性別・年齢・体格(BMI)とは関連しませんでした[3]。
ここで一つ、大きな謎があります。骨格筋にはアンセリンがたくさん蓄積しているにもかかわらず、その骨格筋自体でのCARNMT1遺伝子の発現量はとても低いことが確認されたのです[3]。「蓄積は多いのに、つくる酵素はあまり働いていない」というこの食い違いは、腎臓など他の高発現組織で合成されたジペプチドが血流を介して筋肉へ運び込まれている可能性など、まだ研究途上の課題を示しています。CARNMT1が「筋肉の酵素」という古いイメージに収まりきらないことが、ここからも見えてきます。
3. 酵素の構造と触媒の仕組み:なぜN1だけを狙えるのか
CARNMT1の立体構造は、2018年にX線結晶構造解析によって明らかにされました[4]。この酵素は、多くのSAM依存性メチル基転移酵素が共有する「ロスマン様(クラスI)」と呼ばれる折りたたみ構造を土台にしています。7本のβストランドが並んだシートの周りを6本のαヘリックスが取り囲む、教科書的なコア構造です。さらにCARNMT1には、N末端側の4本のヘリックスや、コアに挿入された独自の突起状の構造があり、これらが活性中心の形づくりと二量体(2分子が組み合わさった形)の形成に寄与しています。
ヒスチジンの環(イミダゾール環)には、メチル基を付けられる窒素が2か所(N1とN3)あります。CARNMT1はこのうちN1だけを正確に選んでメチル化します。この「狙い撃ち」を可能にしているのが、基質が結合したときに起こるHis347という残基の動き(誘起適合)です。基質が結合していないときのHis347は開いた向きを取っていますが、カルノシンが結合すると側鎖がおよそ90度回転し、ヒスチジン環を狭いポケットの奥へ包み込みます[4]。この回転によりHis347とヒスチジン環はおよそ3.6Åまで近づき、水分子が活性中心から追い出され、メチル基がN1へ一直線に受け渡される配置(SN2型と呼ばれる反応様式)が整います。
💡 用語解説:誘起適合(ゆうきてきごう)
酵素と基質の関係は、しばしば「鍵と鍵穴」にたとえられます。しかし実際には、基質が近づいてきたときに酵素の形が動いて、ぴったり噛み合う形に変わることがよくあります。これを「誘起適合(インデュースト・フィット)」と呼びます。CARNMT1では、His347という部品が基質の結合を合図に回転し、反応に都合のよい形を作り出します。この巧妙な形の変化があるからこそ、2つある窒素のうちN1だけを選んでメチル化できるのです。
こうした仕組みは、活性中心にあるアミノ酸を人工的に変えてしまう「変異解析」によって裏づけられています。基質をつなぎ止めるAsp316を変えると酵素の働きはほぼ完全に失われ、形を動かすHis347を大きな部品に置き換えると活性が大きく低下します。さらにTyr396・Tyr398・Phe313・Leu345といった残基の変異でも活性が下がることが示され、これらがそれぞれ基質の固定や向きの決定に不可欠であることが分かりました[4]。
4. もう一つの顔:タンパク質ヒスチジンのメチル化とC3H型亜鉛フィンガー
CARNMT1の研究を大きく前進させたのは、この酵素がカルノシンのような小分子だけでなく、特定のタンパク質のヒスチジンもメチル化するという発見でした[5]。質量分析を使った詳細な解析により、哺乳類の細胞のなかで、CARNMT1は20種類のタンパク質・合計52か所のヒスチジンをN1メチル化していることが分かりました。まさに「小分子と大分子の両方を扱えるデュアル特異性」の酵素です。
このとき標的として認識される「目印の並び」は、Cx(F/Y)xHという配列でした(システイン—任意—フェニルアラニンかチロシン—任意—ヒスチジン、という並び)[5]。この並びは、RNAの加工・結合・分解に深く関わるRNA結合タンパク質がもつC3H型(CCCH型)亜鉛フィンガーという構造の目印と、ぴたりと一致します。
💡 用語解説:C3H型亜鉛フィンガーとは
亜鉛フィンガーとは、亜鉛イオンを「かすがい」のように抱え込むことで、指のような小さな立体構造をつくるタンパク質の部品です。この形はRNAやDNAをつかむのに適しています。C3H型は、3つのシステインと1つのヒスチジンで亜鉛を挟むタイプで、RNAをつかんで運命を決める(分解する・スプライシングを調整する)タンパク質に多くみられます。ここで亜鉛をつかむ「ヒスチジン」こそ、CARNMT1がメチル化する標的です。メチル基が付くと構造や結合力がわずかに変わり、タンパク質の働き方を切り替えるスイッチになります。
つまりCARNMT1は、RNAを操るタンパク質の「亜鉛をつかむ指」の付け根にメチル基を付けることで、そのタンパク質の性質を微調整しているのです。標的には、スプライシングに関わるU2AF1のほか、ZC3H15・ZC3H18などが含まれ、その後の研究ではRBM22・PPP1R10・RNF113Aなどの新たな基質も報告されています[5]。「小さなメチル基一つ」が、遺伝子の情報を読み解く大きな流れを左右する——これがCARNMT1の本当の凄みです。
5. RNA代謝の制御:スプライシングとmRNAの分解
🔍 関連用語:選択的スプライシング/エクソンスキッピング/スプライソソーム/mRNA
CARNMT1が調整するRNA代謝は、大きく2つの舞台に分けられます。ひとつは「どの部分を最終的な設計図に残すか」を決めるスプライシング、もうひとつは「不要になった設計図をいつ捨てるか」を決めるmRNAの分解です。
① スプライシングの調整(U2AF1のメチル化)
遺伝子から作られた最初のRNA(前駆体mRNA)は、不要な部分(イントロン)を切り取り、必要な部分(エクソン)をつなぎ合わせる「スプライシング」という編集を受けます。この編集の入口で、切り取る境目を認識する重要な因子がU2AF1です。CARNMT1は、U2AF1のC3H型亜鉛フィンガーにある37番目のヒスチジン(H37)を高い割合でメチル化しています[5]。
CARNMT1を失った細胞や、酵素の働きを止めた変異細胞では、このメチル化が消え、U2AF1の境目認識が乱れます。その結果、本来残るはずのエクソンが飛ばされてしまう「エクソンスキッピング」が多数の遺伝子で増えることが示されました[5]。重要なのは、正常なCARNMT1を戻すとこの乱れが元に戻る一方、酵素活性のない変異体では元に戻らない点です。つまりCARNMT1の「酵素としての働き」そのものが、正確なスプライシングの維持に必要だと証明されたのです。
💡 用語解説:エクソンスキッピングとは
遺伝子の設計図をつなぎ合わせる編集(スプライシング)のとき、本来つなぐべき部品(エクソン)を「飛ばして」しまうことをエクソンスキッピングと呼びます。飛ばされると、できあがるタンパク質の一部が欠けたり、働きが変わったりします。CARNMT1の働きが失われると、多くの遺伝子でこの「読み飛ばし」が増えてしまうことが分かっています。
② mRNAの分解の調整(RoquinとTTP)
細胞は、炎症などの信号を伝えるタンパク質を「作りすぎない」ように、その設計図であるmRNAをすばやく分解する仕組みを持っています。炎症を担う代表的な物質TNF-αのmRNAは、Roquin(RC3H1)やTTP(トリステトラプロリン)というC3H型亜鉛フィンガータンパク質によって不安定化され、速やかに分解へと導かれます。
CARNMT1がRoquinやTTPを適切にメチル化すると、これらの分解促進因子とTNF-α mRNAの結びつきが弱まり、分解のブレーキがかかります。その結果、TNF-α mRNAの寿命(半減期)がおよそ2倍に延びることが示されました[5]。逆にCARNMT1を失うと、このブレーキが利かなくなってmRNAが過剰に分解され、炎症性の物質の産生量がかえって減ってしまいます。つまりCARNMT1は、免疫応答で炎症のアクセルとブレーキのバランスを決める調整役としても働いているのです。
6. 他の酵素との違いと、生命への必須性
ヒスチジンのメチル化を担う酵素は、CARNMT1のほかにもいくつか知られています。ヒスチジンにはN1とN3という2か所の窒素があり、酵素ごとにどちらを狙うかが決まっています。N1(1-メチルヒスチジン)を作る代表がCARNMT1とMETTL9、N3(3-メチルヒスチジン)を作る代表がSETD3やMETTL18です。
興味深いことに、細胞全体のN1メチル化は、CARNMT1とMETTL9が「分担」しています。どちらか一方だけを失っても細胞内の1-メチルヒスチジンの量は約半分にしか減りませんが、両方を同時に失うと、この修飾は検出できないほどに消えることが示されました[6]。METTL9はHxHという別の目印を狙うため[7]、二つの酵素は守備範囲を分け合いながら、体じゅうのN1メチル化を支えているのです。
💡 用語解説:胚性致死(はいせいちし)
ある遺伝子を働かないようにしたマウス(ノックアウトマウス)が、生まれる前の胎児の段階で亡くなってしまうことを胚性致死と呼びます。これは、その遺伝子が発生の初期段階で「なくてはならない」働きを担っていることを意味します。生き残る個体が得られないため、その遺伝子がいかに生命の土台に関わっているかを示す、強い証拠になります。
CARNMT1がどれほど重要かを最も雄弁に語るのが、マウスでの実験です。CARNMT1を働かなくしたマウスや、酵素の活性だけを失わせたマウスは、いずれも胚性致死となり、生き残る個体が得られません[5]。これは、カルノシンやアンセリンといった小分子代謝の欠損だけでは説明できず、U2AF1をはじめとするRNA結合タンパク質のメチル化がまとめて失われ、初期発生でのスプライシングやmRNA分解の協調が破綻した結果と考えられています。
ここで、名前がよく似た別の酵素NRMT1(N末端メチル基転移酵素1)との混同に注意が必要です。NRMT1はタンパク質のN末端をメチル化する、まったく別の酵素で、DNA修復やゲノム安定性に関わります。NRMT1を失ったマウスは多くが出生直後に亡くなるものの一部は生き残り、低体重・雌の不妊・脊柱後弯・ミトコンドリア機能低下・早期の肝変性といった「早老症に似た」症状を示します[8]。完全な胚性致死を示すCARNMT1とは、関わる経路も表現型も異なります。名前が似ていても働きは別物、というのは遺伝学ではよくある落とし穴です。
7. ヒトの病気との関わり①:常染色体劣性の知的障害
🔍 関連ページ:知的障害と遺伝子検査/小頭症
血縁関係のある両親から生まれた子どもの遺伝性疾患を調べる研究は、多くの新しい原因遺伝子を明らかにしてきました。血族婚を含むパキスタンの家系を対象とした全エクソーム解析の研究で、知的障害(多くは小頭症を伴う)を示す家系の原因候補遺伝子の一つとして、CARNMT1(旧名C9orf41)が同定されました[9]。CARNMT1の機能を失う型(両アレル性)の変異が、知的障害と一緒に遺伝していく様子が観察されたのです。
💡 用語解説:常染色体劣性(潜性)遺伝とは
ヒトは遺伝子を父方と母方から1本ずつ、計2本持っています。常染色体劣性(潜性)遺伝とは、この2本が両方とも働かなくなって初めて症状が出るタイプの遺伝形式です。片方だけの変化(保因者)では症状が出ないため、両親がともに同じ遺伝子の保因者だった場合に、子どもで発症することがあります。血縁の近い両親では同じ変異を共有しやすいため、こうした潜性遺伝の病気が現れやすくなります。
なぜCARNMT1の変化が脳の発達に影響するのでしょうか。CARNMT1は、発生の途中の脳で一時的に発現が高まる遺伝子群に含まれており、この時期にヒスチジンメチル化を介したスプライシングの微細な調整が失われることが、中枢神経の発達不全につながる可能性が示唆されています。これは、これまで見てきた「スプライシングやmRNA分解の司令塔」というCARNMT1の役割と、きれいに符合します。ただしCARNMT1と知的障害の関係については、報告されている家系がまだ限られており、現時点では確立した「疾患遺伝子」というより、研究段階の知見として理解しておくのが適切です。
私ども臨床遺伝専門医は、こうした基礎・臨床研究の知見をふまえ、ご家族に対して文献に基づいた情報提供や遺伝カウンセリングを行う立場にあります。原因が推定される遺伝子が見つかった場合でも、その意味づけ(本当に症状の原因なのか、どの程度確からしいのか)を丁寧に整理し、ご家族と一緒に考えていくことが大切だと考えています。
8. ヒトの病気との関わり②:がん(RET融合遺伝子)
🔍 関連ページ:遺伝子融合/RET遺伝子/受容体型チロシンキナーゼ/肺がん
CARNMT1は、がんの領域でも思いがけない形で登場します。RETという遺伝子は、細胞の増殖信号を受け取る受容体型チロシンキナーゼをつくる遺伝子で、他の遺伝子とつながって「融合遺伝子」をつくると、がんを駆動する原因(ドライバー)になります。RET融合は非小細胞肺がん(NSCLC)の約1〜2%で見つかります[11]。
💡 用語解説:遺伝子融合(ゆうしごう)とは
染色体の一部が入れ替わったり、つなぎ変わったりすると、本来は別々だった2つの遺伝子が「くっついて」しまうことがあります。これを遺伝子融合と呼びます。融合の結果、一方の遺伝子の「アクセル役」が、もう一方の「強力なスイッチ」の支配下に入ると、本来より過剰に働いてしまい、がんの引き金になることがあります。RET融合はその代表例で、肺がんなどで見つかります。
中国での大規模な次世代シーケンス解析(肺がん患者6,204例のうち102例がRET融合陽性)において、ごく稀な新規のがんドライバー候補として、CARNMT1-AS1-RET融合遺伝子が同定・命名されました[10]。ここで関わるのは、CARNMT1本体そのものというより、CARNMT1の近くに位置するアンチセンス長鎖非コードRNA(CARNMT1-AS1)の側です。この部分がRETとつながることで、RETのチロシンキナーゼ部分が強力な制御下に置かれ、異常に活性化してがんを駆動すると考えられています。
RET融合陽性の非小細胞肺がんは、比較的若く、喫煙歴のない、腺がんの方に多い傾向が知られています。こうしたRET融合が見つかった場合には、RETを狙い撃ちする分子標的薬(セルペルカチニブ、プラルセチニブなど)が治療選択肢となり得るため、CARNMT1-AS1-RETのような希少な融合を正確に検出することは、個別化医療の観点から重要な意味を持ちます[11]。がん薬物療法の具体的な適応や実施は専門施設で行われるものであり、本記事はあくまで文献に基づく解説です。
9. 進化の物語:栄養センサーへの転用
🔍 関連用語:PI3K-AKT-mTOR経路/メチオニン回路
最後に、CARNMT1をめぐるもっとも美しい進化の物語を紹介します。ショウジョウバエでCARNMT1に相当する遺伝子は「Unmet expectations(Unmet、旧名CG11596)」と呼ばれます。2024年の研究で、このUnmetタンパク質が細胞内のメチオニン(SAM)の量を感じ取る「栄養センサー」として働くことが明らかになりました[12]。
その仕組みはこうです。メチオニンが不足してSAMが減ると、SAMを持たないUnmetが、細胞の成長を促すmTORC1経路の上流にあるGATOR2複合体に結合し、成長のスイッチを止めます。逆にメチオニンが十分になってSAMが増えると、SAMがUnmetに結合してGATOR2から離れ、成長プログラムが再開します[12]。つまり、もともと「メチル化酵素」だったタンパク質が、進化の途中で「栄養を感知するセンサー」へと役割を変えたのです。
研究者はUnmetを、祖先の酵素としての機能と、新しく獲得したシグナル伝達の役割の間に位置する「進化の中間体」と表現しています[12]。強固に保存されたシグナル基盤の上に、既存の道具(酵素)を配置し直すことで、生命が新しい環境への適応力をすばやく手に入れる——CARNMT1の系譜は、そのしくみを示す鮮やかな実例なのです。ヒトのCARNMT1がこの栄養センサー機能を持つわけではありませんが、一つの遺伝子がまったく異なる役割へと転用されうるという事実は、生命の柔軟さを教えてくれます。
よくある誤解
誤解①「CARNMT1は筋肉だけの酵素」
かつてはそう考えられていましたが、現在は全身の多様な細胞で働く「組織特異性の低い」酵素と分類されています。むしろ骨格筋自体での発現は低く、RNA代謝の司令塔として体じゅうで機能しています。
誤解②「カルノシンを作る酵素にすぎない」
アンセリンを作るのは大切な役割ですが、それは二つの顔の一つにすぎません。C3H型亜鉛フィンガーのヒスチジンをメチル化してスプライシングやmRNA分解を制御する働きは、発生に必須なほど重要です。
誤解③「NRMT1と同じような酵素」
名前は似ていますがまったく別の酵素です。NRMT1はタンパク質のN末端をメチル化しDNA修復に関わり、欠損マウスは早老症様の症状を示します。CARNMT1の欠損は完全な胚性致死で、経路も表現型も異なります。
誤解④「CARNMT1の病気はもう確立している」
知的障害やがんとの関わりは報告されていますが、まだ研究段階の知見が中心です。特に知的障害との関係は限られた家系の報告に基づくため、確立した疾患遺伝子として扱うには慎重さが必要です。
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参考文献
- [1] UPF0586 Protein C9orf41 Homolog Is Anserine-producing Methyltransferase. Journal of Biological Chemistry. 2015. [PMC4498059]
- [2] OMIM #616552. Carnosine N-methyltransferase 1; CARNMT1. Johns Hopkins University. [OMIM 616552]
- [3] Anserine is expressed in human cardiac and skeletal muscles. Physiological Reports. 2023. [PMC10539627]
- [4] Molecular basis for histidine N1 position-specific methylation by CARNMT1. Cell Research. 2018. [PMC5938892]
- [5] Histidine N1-position-specific methyltransferase CARNMT1 targets C3H zinc finger proteins and modulates RNA metabolism. Genes & Development. 2023. [PMC10546975]
- [6] Putting a finger on histidine methylation. Genes & Development. 2023. [PMC10546973]
- [7] The methyltransferase METTL9 mediates pervasive 1-methylhistidine modification in mammalian proteomes. Nature Communications. 2021. [Nature Communications]
- [8] NRMT1 knockout mice exhibit phenotypes associated with impaired DNA repair and premature aging. Mechanisms of Ageing and Development. 2015. [PMC4457563]
- [9] Novel candidate genes and variants underlying autosomal recessive neurodevelopmental disorders with intellectual disability. 2018. [PubMed 30167849]
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