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METTL18遺伝子とは|RPL3のヒスチジンメチル化・翻訳制御と、肝細胞がん・HER2陰性乳がんとの関わりを遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

私たちの体の中では、いま、この瞬間も膨大な数のタンパク質が「リボソーム」という工場で組み立てられています。その組み立てスピードを、たった一つのアミノ酸に小さな目印を付けることで細やかに調整している酵素があります。それがMETTL18遺伝子がつくる酵素です。近年は、この遺伝子の働きが肝細胞がんやHER2陰性乳がんで強まっていることが報告され、研究段階ながら新しい治療標的として世界的に注目されています。この記事では、METTL18の分子のしくみからがんとの関わりまでを、臨床遺伝専門医の視点でわかりやすく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 METTL18・ヒスチジンメチル化・翻訳制御
臨床遺伝専門医監修

Q. METTL18遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. METTL18は、リボソームを構成するタンパク質「RPL3」の特定のヒスチジン(His245)に「メチル基」という小さな目印を付ける酵素の設計図です。この目印によって、リボソームがタンパク質を組み立てる速度がチロシンというアミノ酸の場所でわずかに緩み、新しくできたタンパク質が正しい形に折りたたまれる時間が確保されます。近年は肝細胞がんやHER2陰性乳がんでこの遺伝子の働きが強まることが報告され、研究段階の新しい治療標的として注目されています。

  • 正体 → RPL3のHis245を「Nτ位(3-メチルヒスチジン)」にメチル化する酵素
  • 翻訳への効果 → チロシン(Tyr)コドンで翻訳を微調整し、折りたたみとタンパク質の品質を守る
  • 姉妹酵素との違い → METTL9(Nπ位・1-メチルヒスチジン)とは修飾位置も基質も局在も異なる
  • がんとの関わり → 肝細胞がんの予後不良マーカー、HER2陰性乳がんの転移への関与(いずれも研究段階)
  • 現在の位置づけ → 確立した遺伝病の原因遺伝子ではなく、臨床検査の対象でもない基礎・研究段階の知見

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1. METTL18遺伝子とは:翻訳の「速度調整役」という新しい姿

タンパク質は、遺伝子の情報(DNA)がまずmRNAに写し取られ(転写)、そのmRNAをリボソームが読み取ってアミノ酸を一つずつつなげていくこと(翻訳)で作られます。この一連の流れを理解しておくと、METTL18の役割がぐっと見えやすくなります。基本的なしくみはタンパク質生合成の基礎のページでも解説していますが、ここで大切なのは「タンパク質は、できあがったあとにも化学的な目印を付けられて機能が細かく調整される」という点です。この目印付けを翻訳後修飾(PTM)と呼びます。

翻訳後修飾のなかでも、メチル基(炭素と水素からなる小さな部品)を付ける「メチル化」は長らくリシンやアルギニンという2種類のアミノ酸を中心に研究されてきました。しかし近年の質量分析技術の進歩により、ヒスチジンというアミノ酸へのメチル化が、細胞の正常な状態を保つうえで重要な役割を果たしていることがわかってきました。ヒトでヒスチジンのメチル化を担う酵素はごくわずかしか見つかっておらず、そのうちの一つがMETTL18です[1]。METTL18は、リボソームの大きな部品であるタンパク質「RPL3」の245番目のヒスチジン(His245)だけを、非常に選択的にメチル化します[2]

💡 用語解説:ヒスチジンメチル化とは

ヒスチジンは、環っか(イミダゾール環)を持つ少し変わった形のアミノ酸です。この環には窒素原子が2つあり、メチル基がどちらの窒素に付くかで2種類の「異性体(形違い)」が生まれます。骨格に近い側の窒素(1位)に付くとNπ位=1-メチルヒスチジン、遠い側の窒素(3位)に付くとNτ位=3-メチルヒスチジンと呼びます。METTL18が作るのは後者、つまりNτ位の3-メチルヒスチジンです[1]

同じヒスチジンでも、付く位置が違えば意味も担当する酵素も変わります。この「位置の違い」が、後で登場する姉妹酵素との決定的な差になります。より詳しくはヒスチジンメチル化の解説ページもご参照ください。

METTL18がRPL3のヒスチジンをメチル化して翻訳とタンパク質品質を制御するしくみ

METTL18 → RPL3(His245)のメチル化 → リボソームに組込み → チロシンコドンで少し減速 → 折りたたみの時間を確保 → 品質維持、という一連の流れ。酵素が働かないと最下段のように品質管理が乱れます。

2. METTL18の構造・自己メチル化・基質の見分け方

METTL18は、別名としてASTP2やC1orf156とも呼ばれ、酵母がもつRpl3メチル化酵素(Hpm1)のヒト版に相当するタンパク質です[4]。373アミノ酸ほどからなり、メチル基の「供給源」としてS-アデノシルメチオニン(SAM)という分子を利用します。構造の中心には、多くのメチル化酵素に共通する「7本のβストランド」からなる折りたたみ(Rossmann様フォールド)があり、この共通骨格を持つ酵素群は「7BSメチル化酵素スーパーファミリー」と総称されます。ヒトMETTL18の立体構造は、タンパク質構造データベースにPDB ID 4RFQとして登録されており、SAMを収める結合ポケットの形が確認されています[3]

💡 用語解説:SAM(S-アデノシルメチオニン)

SAMは、体の中でメチル基を運ぶ「配達トラック」のような分子です。メチル化酵素はSAMからメチル基を受け取り、それを標的のタンパク質やDNAに手渡します。METTL18もこのSAMを使ってRPL3にメチル基を付けるため、SAMを収めるポケット(193〜197番目付近など)が壊れる変異が起きると、酵素としての働きそのものが失われてしまいます[1]

METTL18のC末端近くには「核へ入るための合図(核移行シグナル)」があり、細胞の中でも主に核と、その中の核小体という場所に集まります。ここはリボソームが組み立てられる工房でもあり、METTL18がリボソームづくり(リボソーム生合成)に関わることと符合します[2]。標的を見つける方法もユニークで、METTL9のように「配列の並び」で見分けるのではなく、RPL3が折りたたまれてできあがった立体的な形そのものを認識してメチル化します。だからこそ、標的はRPL3ただ一つに絞り込まれているのです[2]

自分自身にも目印を付ける「自己メチル化」の意味

METTL18には、標的だけでなく自分自身の154番目のヒスチジン(His154)をメチル化するという興味深い性質があります。これを自己メチル化と呼びます。研究では、実験室で作ったMETTL18も、細胞の中にあるMETTL18も、His154がしっかりメチル化されていることが確認されました[2]。重要なのは、この自己メチル化が単なるおまけではなく、本来の仕事であるRPL3へのメチル化活性を高める(正の方向に調整する)役割を持つと考えられている点です[2]

💡 用語解説:「触媒に必須の残基」と自己メチル化部位は別もの

酵素の働きには、化学反応を進める「触媒の中心」となるアミノ酸が欠かせません。METTL18では217番目のアスパラギン酸(D217)がその中心にあたり、ここを別のアミノ酸に変えると、自己メチル化もRPL3へのメチル化もどちらも起こらなくなります[2]。一方、自己メチル化の場所であるHis154は「活性を高める調整役」です。つまり、反応の中心(D217)活性を後押しする自己メチル化部位(His154)は役割が異なる、と整理して理解しておくと混乱しません。

3. RPL3のメチル化がなぜ「翻訳の品質管理」になるのか

RPL3は、進化の過程でほとんど姿を変えずに受け継がれてきた、非常に重要なリボソームタンパク質です。リボソームの中でも、アミノ酸をつなぐ化学反応が起こる「触媒中心(ペプチジルトランスフェラーゼセンター)」のすぐ近くに配置され、運ばれてくるtRNAの受け入れやmRNAの移動を、いわば交通整理のように物理的に制御しています。METTL18は、このRPL3のHis245にメチル基を一つ付けることで、リボソームの動き方に微妙な変化を与えます[1]

具体的には、リボソームがmRNA上のチロシン(Tyr)のコドンを通過する速度が、このメチル化によって少しだけ抑えられます[1]。ここが巧妙なところです。チロシンは大きくて水になじみにくい(疎水性の)側鎖を持つため、チロシンが連続する部分は、作られたばかりのタンパク質同士がべたべたとくっついて絡まりやすい性質があります。あえて少しだけ速度を緩めることで、新しくできたタンパク質の鎖がリボソームの出口から抜け出し、まわりの「折りたたみの手助け役(分子シャペロン)」と出会って正しい立体構造になるための時間が確保されるのです[1]。コドンの読み取りそのものについてはコドンと遺伝暗号のページもあわせてご覧ください。

💡 用語解説:プロテオスタシス(タンパク質の恒常性)

細胞の中では、タンパク質が「正しく作られ・正しく折りたたまれ・不要になれば片づけられる」という健全なバランスが保たれています。この状態をプロテオスタシスと呼びます。折りたたみに失敗したタンパク質がたまって塊(凝集体)になると、細胞の機能はうまく働かなくなります。METTL18は翻訳の速度を微調整することで、この折りたたみの成功率を支え、プロテオスタシスを守る「リボソームコード」の代表例と位置づけられています[1]

実際、METTL18を働かなくした細胞では、RPL3のメチル化が消え、リボソームがチロシンコドンを通常より速く通過してしまいます。その結果、折りたたみが追いつかず、チロシンに富むタンパク質が異常な形になって凝集しやすくなることが示されています[1]。さらにこの修飾は、リボソームそのものの組み立て(生合成)にも関わっています。酵母を使った古典的な研究では、対応するメチル化がなくなると60Sという大きな部品の組み立てに不具合が生じ、翻訳の正確さ(フィデリティ)が低下することが報告されており[11]、リボソームの成熟に必要であることも示されています[12]。ヒト細胞でも、METTL18を失うと同じようにリボソーム前駆体の処理異常が観察されています[2]

なお、RPL3には筋肉で使われる兄弟分子「RPL3L」があります。骨格筋や心筋ではRPL3Lを含むリボソームが主に使われ、心臓の収縮に必要なタンパク質群を効率よく作るのに適しているとされます。RPL3Lを失ったマウスが心筋症を示すことからも、RPL3ファミリーのバランスが組織ごとの翻訳の個性を生み出していることがわかります[13]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「速さ」より「正確さ」を選ぶ細胞の知恵】

分子生物学を学び始めた頃、私はずっと「タンパク質は速く作れるほど良い」と思い込んでいました。ところがMETTL18の研究を読むと、細胞はあえて特定の場所でブレーキを踏み、折りたたみの時間を稼いでいる。効率一辺倒ではなく、正確さのために少しの「間(ま)」を作る——この設計思想に、私はとても惹かれました。

遺伝子の一文字の違いが病気につながる一方で、こうした目印一つで品質が守られている。生命の精密さを知るほど、遺伝を「怖いもの」ではなく「読み解けるもの」として一緒に理解していきたいと、臨床遺伝の現場で日々感じています。

4. 姉妹酵素METTL9との違い:名前は似ても役割は正反対

METTL18とMETTL9は、どちらも「METTL(メチル化酵素様)」の名を持ち、7本のβストランドという共通の骨格を持つ親戚のような酵素です。しかし、メチル化する位置も、標的も、細胞の中の居場所も、まったく異なります。名前が似ているために混同されがちですが、実際の役割はほとんど逆といってよいほどです。両者の違いを一覧にまとめます。

比較項目 METTL18 METTL9
メチル化の位置 Nτ位(3-メチルヒスチジン) Nπ位(1-メチルヒスチジン)
主な標的 RPL3(His245)ただ一つ S100A9・亜鉛輸送体・TTRなど多数
見分け方 RPL3の立体的な形を認識 配列上の「His-X-His」の並びを認識
主な居場所 核・核小体(リボソーム) 小胞体・ゴルジ体・細胞外(血漿)
主な役割 翻訳伸長の微調整・品質維持 亜鉛結合の調節・免疫・分泌経路

METTL9は、脊椎動物で「1-メチルヒスチジン(Nπ位)」を作る主要な酵素で、繰り返しのヒスチジン配列を広く認識してたくさんのタンパク質を修飾します[5]。その分子的な認識のしくみ(His-X-Hisモチーフの読み取り)も構造的に明らかにされています[6]。免疫の場面では、好中球に多い抗菌タンパク質S100A9をメチル化してその亜鉛をつかまえる力を調整するなど、感染防御にも関わることが報告されています[5]。このように、METTL9が体の「外向き・全身向け」の調整に関わるのに対し、METTL18は「生命の基本装置であるリボソーム」の内側を細かくチューニングする——役割の方向性がはっきり異なるのです。

5. がんとの関わり①:肝細胞がん(HCC)での報告

METTL18は、単なる翻訳の調整役にとどまらず、がん細胞の増殖や生存に関わる可能性が複数の解析から報告されています。とくに肝細胞がん(HCC)では、患者さんの組織や大規模ながんデータベース(TCGA)の解析から、METTL18ががん組織で強く発現していることが示されました[8]。がんの領域全般についてはがん診療のページもご参照ください。

報告によれば、METTL18が高く発現している肝細胞がんは、組織学的な悪性度や進行度、血管への広がりなどと関連し、全生存期間・疾患特異的生存期間・無増悪生存期間のいずれの指標でも予後が不良な傾向を示す「独立した予後因子」として位置づけられています[8]。以下のグラフは、その関連の強さを示すハザード比(後述)を、報告値に基づいてまとめたものです。

肝細胞がんにおけるMETTL18高発現と予後の関連(ハザード比)

値が1.0より大きいほど「予後不良の方向」に関連が強いことを示します

2.09
2.40
1.13

全生存期間(OS)

疾患特異的(DSS)

無増悪(PFI)

いずれの指標でもハザード比が1.0を上回り、METTL18高発現は予後不良の方向と関連すると報告されています[8]。ただしこれは観察研究に基づく「関連」であり、治療効果を示すものではありません。

💡 用語解説:ハザード比(HR)

ハザード比は、ある出来事(死亡・再発など)の起こりやすさを2つのグループで比べた数字です。1.0なら差がない、1.0より大きいほどそのグループでリスクが高い方向、小さいほど低い方向を意味します。ここで紹介した数値は「METTL18が高い群では予後不良の出来事が起こりやすい傾向がある」ことを示すもので、あくまで統計的な関連です。

さらに遺伝子セットの解析からは、METTL18が高い肝細胞がんでは細胞周期や増殖に関わるシグナルが活発になっていること、培養細胞でMETTL18を減らすとがん細胞の増殖・遊走・浸潤が弱まることが示されています[8]。加えて、METTL18の発現量は腫瘍のまわりの免疫細胞の構成とも関連し、がんを攻撃する免疫の働きが抑えられた状態と結びつく可能性が指摘されています[8]。こうした知見は、METTL18が「翻訳の調整役」から「がんに都合よく使われる装置」へと役割を変えうることを示唆しますが、現時点ではいずれも研究段階の報告です。

6. がんとの関わり②:HER2陰性乳がんと、研究の「軌道修正」

ホルモン受容体やHER2受容体を持たないトリプルネガティブ乳がんを含む「HER2陰性乳がん」では、METTL18が遺伝子の数を増やす形(コピー数増幅)で発現が強まり、遠隔転移や生存率の低下と関連することが報告されています[9]。この分野の研究は、結論にたどり着くまでに一度「軌道修正」を経ており、そこにMETTL18の本当の姿が見えてきます。

💡 用語解説:コピー数増幅(CNA)

通常、遺伝子は父由来・母由来の2つで一組ですが、がん細胞ではこの数が増えることがあります。これがコピー数増幅です。数が増えると、その遺伝子から作られるタンパク質も増えやすく、がんの性質を強める一因になり得ます。

「アクチンを直接メチル化する」という初期の見方

研究の初期、査読前のプレプリント段階では、「METTL18が細胞骨格タンパク質アクチンのヒスチジン(His73)を直接メチル化して転移を促す」という見方が示されていました[10]。しかしその後、アクチンのHis73をメチル化する本当の酵素は「SETD3」であることが確立し[7]、METTL18の直接の標的はあくまでRPL3であることが証明されました[1]。つまり、METTL18はアクチンを「直接」メチル化するわけではなかったのです。

査読を経た2024年の整理:RPL3を起点とする間接的な経路

2024年に正式に発表された査読付きの研究では、METTL18の働きが「RPL3のメチル化を起点とする間接的なシグナルの流れ」として整理されました[9]。順を追うと次のようになります。まずMETTL18がRPL3をメチル化して翻訳を安定させることで、代表的な分子シャペロンであるHSP90が適切に作られます。HSP90の役割についてはヒートショックタンパク質の解説もご覧ください。

十分に作られたHSP90は、アクチンが束になって細胞の動きの足場となる線維(F-actin)へと組み上がるのを助けます。この足場の上で、がんの原因になりうるチロシンキナーゼ「Src」が特別な形でつかまえられ、活性化した状態に保たれます[9]。通常のSrcは、419番目のチロシン(ニワトリ由来の番号ではTyr416)のリン酸化で活性化し、530番目(同Tyr527)のリン酸化で自らを抑えます。ところがこのMETTL18が駆動する足場の上では、両方が同時にリン酸化された特殊な活性型として維持され、下流の経路を強く動かして乳がん細胞の運動能や転移を後押しすると報告されています[9]。重要なのは、この研究でもMETTL18はアクチンを直接メチル化しないと結論づけられている点です。したがってMETTL18を減らすと、RPL3メチル化の低下からHSP90・アクチン・Srcの一連の流れが弱まり、転移する力が抑えられると考えられています[9]。METTL化酵素ファミリー全体とがんの関連を横断的に調べた解析も報告されています[14]

7. 遺伝医療のなかでのMETTL18の位置づけ

ここで、患者さんやご家族が気になる点を正直にお伝えします。METTL18は、現時点で「この遺伝子の変異が原因で起こる」と確立した遺伝病(メンデル遺伝病)が報告されている遺伝子ではありません。これまで紹介したがんとの関わりも、多くは細胞やデータベースを用いた基礎・研究段階の知見です。したがって、METTL18は現在のところ、当院を含めた臨床の遺伝子検査で日常的に調べる対象ではありません。

それでもこの遺伝子を知る意義は小さくありません。METTL18の研究は、「翻訳の速度を微調整する」「タンパク質の折りたたみ品質を守る」という、体のあらゆる細胞に共通する基本原理を教えてくれます。こうした基礎の理解は、将来、翻訳制御やエピプロテオミクス(タンパク質の目印を包括的に読み解く分野)を標的とした新しい治療が生まれるときの土台になります。実際、SAMを収めるポケットやRPL3との相互作用面を精密に狙う小分子の探索が、次世代のがん研究の一つの方向として期待されています[9]

遺伝子や遺伝の情報は、正しく理解すれば意思決定の助けになります。気になる遺伝子や検査について整理したいときは、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングという選択肢があります。当院では、文献や研究動向をふまえて中立的に情報をお伝えし、ご本人・ご家族が納得して判断できるよう伴走します。特定の検査を強くおすすめしたり、不安をあおったりすることはありません。

8. よくある誤解

誤解①「METTL18はアクチンをメチル化する酵素」

初期のプレプリントではそう考えられた時期がありましたが、アクチンのHis73を担う本当の酵素はSETD3であることが確立しています。METTL18の直接の標的はRPL3です。

誤解②「METTL18とMETTL9は同じような酵素」

名前は似ていますが、メチル化の位置(Nτ位とNπ位)も標的も居場所も異なります。METTL18はリボソームの内側、METTL9は分泌経路や細胞外で働く、役割の異なる別の酵素です。

誤解③「His154を変えても自己メチル化は変わらない」

His154こそが自己メチル化の場所で、その自己メチル化はRPL3への活性を高める方向に働きます。反応の中心はD217で、そちらを変えると活性そのものが失われます。両者は役割が異なります。

誤解④「METTL18の検査を受ければがんがわかる」

METTL18は現時点で臨床検査の対象ではなく、これらは研究段階の知見です。がんの診断や予後判定に日常的に用いる検査ではありません。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【一文字の目印が、品質を守っている】

METTL18の物語は、たった一つのヒスチジンに付く小さな目印が、翻訳の速度、タンパク質の折りたたみ、さらにはがんの性質にまで波及していく——という、分子生物学の奥行きを感じさせてくれます。私は学生時代から分子のしくみに魅せられてきましたが、こうした研究に触れるたびに、生命の設計の緻密さにあらためて驚かされます。

同時に、研究段階の知見を「もう治療に使える」と誤って受け取らないことも大切です。わかっていることと、まだわからないことを丁寧に線引きしてお伝えするのが、臨床遺伝専門医の役割だと考えています。遺伝の話題を、恐れではなく理解の入り口にしていただけたら幸いです。

よくある質問(FAQ)

Q1. METTL18の異常が原因で起こる遺伝病はありますか?

現時点では、METTL18の変異が原因で起こると確立した遺伝病(メンデル遺伝病)は報告されていません。METTL18は主に、翻訳の制御やがんとの関わりという文脈で研究されている遺伝子です。将来、新たな関連が見つかる可能性は残されていますが、今は基礎・研究段階の知見として理解しておくのが正確です。

Q2. METTL18の検査はミネルバクリニックで受けられますか?

METTL18は研究段階の遺伝子であり、現在は臨床の遺伝子検査で日常的に調べる対象ではありません。したがって当院でも、METTL18を単独で調べる検査は行っていません。遺伝子や遺伝性疾患に関する一般的なご相談は、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングでお受けしています。

Q3. ヒスチジンメチル化は、他のメチル化と何が違うのですか?

メチル化はリシンやアルギニンで研究が進んできましたが、ヒスチジンのメチル化は近年ようやく詳しく調べられるようになった修飾です。ヒスチジンの環には窒素が2つあり、どちらに目印が付くかで1-メチルヒスチジン(Nπ位)と3-メチルヒスチジン(Nτ位)に分かれます。METTL18が作るのは3-メチルヒスチジン(Nτ位)です。

Q4. METTL18とMETTL9はどう違うのですか?

METTL18はヒスチジンのNτ位(3-メチルヒスチジン)を作り、標的はリボソームのRPL3ただ一つで、主に核・核小体で働きます。一方METTL9はNπ位(1-メチルヒスチジン)を作り、配列の並びを見分けて多くのタンパク質を修飾し、分泌経路や細胞外で働きます。名前は似ていますが、役割の方向性は大きく異なります。

Q5. なぜMETTL18ががんと関係するのですか?

METTL18はタンパク質を作る装置(リボソーム)の品質管理に関わります。がん細胞はこの品質管理のしくみを利用して、ストレスの多い環境でも増えやすくなると考えられています。肝細胞がんでは高発現が予後不良と関連し、HER2陰性乳がんではRPL3を起点とした間接的な経路を通じて転移に関わると報告されていますが、いずれも研究段階の知見です。

Q6. His154の自己メチル化にはどんな意味がありますか?

His154はMETTL18が自分自身にメチル基を付ける場所で、この自己メチル化はRPL3へのメチル化活性を高める(正の方向に調整する)働きを持つと考えられています。なお、酵素反応の中心はD217という別の残基で、そこを変えると自己メチル化もRPL3のメチル化も失われます。役割が異なる二つの部位を区別して理解することが大切です。

Q7. アクチンをメチル化するのはMETTL18ではないのですか?

はい、アクチンのHis73をメチル化する酵素はSETD3であることが確立しています。研究の初期にはMETTL18がアクチンを直接メチル化するという見方もありましたが、現在はMETTL18の直接の標的はRPL3であり、がんへの関与はRPL3を起点とした間接的な経路として整理されています。

Q8. METTL18は将来の治療標的になりますか?

SAMを収めるポケットやRPL3との相互作用面を狙う小分子の探索など、治療標的としての可能性が研究されています。ただし現時点では基礎研究の段階であり、確立した治療法があるわけではありません。今後の研究の進展を、期待しつつ冷静に見守る段階です。

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参考文献

  • [1] METTL18-mediated histidine methylation of RPL3 modulates translation elongation for proteostasis maintenance. eLife. 2022. [eLife 72780]
  • [2] Human METTL18 is a histidine-specific methyltransferase that targets RPL3 and affects ribosome biogenesis and function. Nucleic Acids Research. 2021. [NAR 49(6):3185]
  • [3] 4RFQ: Human Methyltransferase-Like 18. RCSB Protein Data Bank. [RCSB PDB 4RFQ]
  • [4] METTL18 (Histidine protein methyltransferase 1 homolog) – Homo sapiens. UniProtKB O95568. [UniProt O95568]
  • [5] siRNA screening identifies METTL9 as a histidine Nπ-methyltransferase that targets the proinflammatory protein S100A9. J Biol Chem / PMC. [PMC8571522]
  • [6] Molecular basis for protein histidine N1-specific methylation of the “His-x-His” motifs by METTL9. PMC. [PMC10308197]
  • [7] Histidine methyltransferase SETD3 methylates structurally diverse histidine mimics in actin. PMC. [PMC9004244]
  • [8] Identification METTL18 as a Potential Prognosis Biomarker and Associated With Immune Infiltrates in Hepatocellular Carcinoma. Frontiers in Oncology. 2021. [Frontiers Oncol]
  • [9] METTL18 functions as a Phenotypic Regulator in Src-Dependent Oncogenic Responses of HER2-Negative Breast Cancer. International Journal of Biological Sciences. 2024. [Int J Biol Sci 20:4731]
  • [10] Metastatic function of METTL18 in breast cancer via actin methylation and Src (preprint). bioRxiv. [bioRxiv 831701]
  • [11] Methylation of yeast ribosomal protein Rpl3 promotes translational elongation fidelity. PubMed. [PubMed 26826131]
  • [12] Histidine methylation of yeast ribosomal protein Rpl3p is required for proper 60S subunit assembly. PubMed. [PubMed 24865971]
  • [13] RPL3L-containing ribosomes determine translation elongation dynamics required for cardiac function. Kyushu University Library. [Kyushu Univ PDF]
  • [14] Multi-omics integration of methyltransferase-like protein family reveals clinical outcomes and functional signatures in human cancer. PMC. [PMC8292347]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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