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融合遺伝子(gene fusion)とは|できる仕組みからがんの標的治療・がん種横断的治療まで

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

本来は別々に存在するはずの2つの遺伝子が「合体」して1本につながったものを融合遺伝子(gene fusion)といいます。白血病の象徴であるフィラデルフィア染色体から、肺がん・前立腺がん・肉腫まで、融合遺伝子は細胞の増殖スイッチを入れっぱなしにする強力な「がんのアクセル」として働きます。一方で、この融合だけを狙い撃ちする薬が次々と登場し、がんが発生した臓器を問わず効く「がん種横断的治療」という新しい治療の形を生み出しました。この記事では、融合遺伝子のできる仕組みから、検査、最新の標的治療、そして遺伝診療との接点まで、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 融合遺伝子・がんゲノム・標的治療
臨床遺伝専門医監修

Q. 融合遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 融合遺伝子とは、本来は別々の場所にある2つの遺伝子が、染色体の異常などによって1本につながり、「合体した1つの遺伝子」として働くようになったものです。その多くはがん細胞だけで後天的に起こる変化で、細胞の増殖スイッチを入れっぱなしにする強力な「ドライバー(運転手)」になります。近年は、この融合を狙い撃つ薬が、がんの種類を問わず効く「がん種横断的治療」として実用化されています。

  • 正体 → 2つの遺伝子が転座・欠失・逆位などで結合した「ハイブリッド遺伝子」
  • できる仕組み → DNAの切れ方の異常(転座など)と、RNAのつなぎ間違い(スプライシング)
  • 見つけ方 → FISH・RT-PCRからRNA-Seq(NGS)へ。未知の相手との融合も検出可能に
  • 治療 → NTRK融合などを狙う「がん種横断的治療」(ラロトレクチニブ等)が登場
  • 遺伝診療との接点 → 大半は遺伝しない体細胞変異。ただし検査技術は出生前診断と地続き

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1. 融合遺伝子とは何か:2つの遺伝子が「合体」する

私たちの体の中では、ひとつひとつの遺伝子が「設計図のパーツ」として、それぞれ決まった場所で決まった役割を担っています。融合遺伝子とは、この本来別々であるはずの2つの遺伝子が、ゲノムの構造的な事故や、設計図の読み取りミスによって結合し、1つのハイブリッドな遺伝子として機能するようになったものです[1]。たとえるなら、2台の車のエンジンとアクセルが無理やりつなぎ合わされ、ブレーキの効かない暴走車が生まれてしまうようなイメージです。

融合遺伝子の存在は、約25年前から白血病や肉腫といった血液のがん・骨や筋肉のがんで知られてきました。その歴史的な代表例が、慢性骨髄性白血病(CML)でみられる「フィラデルフィア染色体」です。9番染色体と22番染色体が一部を交換し合うこと(相互転座)で、BCR遺伝子とABL遺伝子が結合した「BCR-ABL融合遺伝子」が生まれます[2]。この発見は、のちに「融合を狙い撃つ薬」という治療概念の出発点になりました。

💡 用語解説:フィラデルフィア染色体とBCR-ABL

フィラデルフィア染色体は、世界で初めて「特定のがんと結びついた染色体異常」として発見された、医学史に残る染色体です。9番と22番の染色体が一部を交換することで、いつもは厳しく制御されているABLという酵素(キナーゼ)が、BCRという相手と合体することで常にスイッチが入った状態になり、白血球を無秩序に増やします。この「合体エンジン」だけを止める薬(イマチニブ)が劇的に効いたことが、現代の分子標的治療の幕開けとなりました。

長い間、融合遺伝子は白血病や肉腫といった比較的まれながんに特有の現象だと考えられていました。前立腺がんや肺がんのような「ありふれた上皮性のがん(癌腫)」では、当時の技術の限界もあって、その役割は長く見過ごされてきたのです[3]。しかし次世代シーケンサー(NGS)という解析技術が普及したことで状況は一変しました。いまでは、ヒトのほぼすべての主要ながんに融合遺伝子が広く存在することが明らかになり、診断の決め手・予後の予測・そして治療の標的として、がん医療の中心的なテーマになっています[1]

2. 融合遺伝子はどうやってできるのか

融合遺伝子は、大きく分けて2つの経路でつくられます。ひとつはDNA(設計図そのもの)の物理的な組み換え、もうひとつはRNA(設計図のコピー)を作るときのつなぎ間違いです。前者では染色体の構造が実際に変化しますが、後者では染色体は正常なまま、コピー段階だけで融合が生まれます。

融合遺伝子ができてがんを動かすまで 別々の2つの遺伝子が「合体」して、がんのアクセルになる 転座など 転写・翻訳 正常:別々の2遺伝子 遺伝子A 遺伝子B 離れた場所で別々に働く 融合遺伝子 A B 2つが1本に合体 異常な融合タンパク質 常時ON スイッチが入りっぱなし がん細胞 の増殖 ※多くは生まれた後にがん細胞だけで起こる「体細胞」の変化で、子に遺伝するものではありません

DNAの組み換え:染色体が物理的に「つなぎ間違う」

DNAレベルの融合は、DNAの二本鎖がポキッと折れる「二本鎖切断(DSB)」と、その不適切な修復から生まれます。細胞は切れたDNAを修復する仕組みを持っていますが、別々の場所で切れた端どうしを誤って貼り合わせてしまうと、染色体の組み換えが起こります。この形は、おおまかに次の4つに分類されます。

  • 転座(Translocation):ある染色体の一部が、まったく別の染色体に貼り付く現象。CMLのBCR-ABL(9番と22番の交換)が典型です。
  • 欠失(Deletion):間にある領域がごっそり失われ、残った両隣の遺伝子が直接つながる現象。前立腺がんのTMPRSS2-ERGがこれにあたります。
  • 逆位(Inversion):同じ染色体内で切れた断片が180度回転して逆向きにつながる現象。肺がんのEML4-ALKが代表例です。
  • 縦列重複・挿入:領域が複製されて隣に並んだり、別の場所に割り込んだりして、異常なハイブリッドができる現象です。

興味深いことに、前立腺がんで非常に高頻度(約50〜75%)にみられるTMPRSS2-ERGの形成には、男性ホルモン受容体(アンドロゲン受容体)が深く関わっていることが分かっています。ホルモンの作用で2つの遺伝子座が立体的に近づき、そこに遺伝毒性ストレスが重なって局所的なDNA切断が誘発され、特異的な融合が促されるという精巧な仕組みが存在します[4]。これは、融合遺伝子が単なる「偶然の事故」ではなく、細胞の状態に応じて起こりやすさが変わることを示す好例です。

なお、ここで扱う「染色体どうしの結合」は、出生前診断や不育症の領域で扱うロバートソン転座のような、生まれつきの(生殖細胞系列の)染色体構造異常とも、根っこの細胞遺伝学は地続きです。ただしがんの融合遺伝子の大半は、生まれた後にがん細胞だけで起こる「体細胞」の変化であり、遺伝するものではありません。この違いは後半で詳しく説明します。

RNAの読み取りミス:染色体は正常でも融合が起こる

近年は、染色体の構造がまったく正常なまま、RNAをつくる段階のミスだけで「キメラRNA(融合した転写産物)」が生まれることも分かってきました。代表的なメカニズムは2つあります。

ひとつは転写リードスルーです。本来は遺伝子の終わりで止まるべき転写(RNAへのコピー)が、停止シグナルを読み飛ばして隣の遺伝子まで走り続けてしまい、ひとつながりの巨大なRNAができてしまう現象です。もうひとつはスプライシングの異常で、別々の遺伝子に由来するパーツ(エクソン)どうしが誤ってつなぎ合わされる「トランススプライシング」です。これらは無傷のゲノムからでも融合タンパク質を生み出す経路として注目されています。

💡 用語解説:スプライシングとトランススプライシング

スプライシングとは、遺伝子のコピー(RNA)から不要な部分(イントロン)を切り取り、必要な部分(エクソン)をつなぎ合わせて「完成版の設計図」を作る編集作業のことです。通常は同じ遺伝子の中でつなぎ合わせますが、別々の遺伝子のパーツをまたいでつないでしまうのがトランススプライシングです。子宮の腫瘍でみられるJAZF1-SUZ12(JJAZ1)などは、このつなぎ間違いを通じて、がん化の能力を持つキメラタンパク質を作ることが知られています。

3. 融合タンパク質はなぜがんを引き起こすのか

融合遺伝子から作られるキメラタンパク質は、細胞の増殖・生存・分化をつかさどるシグナルを激しく乱します。これらは単独でも細胞をがん化へ導く力を持つ「ドライバー変異」であり、その作用の仕方は大きく3つに整理できます。

① キナーゼのスイッチが入りっぱなしになる

細胞の増殖シグナルを伝える「キナーゼ(リン酸化酵素)」を巻き込む融合では、本来は外からの命令でだけ働くはずのスイッチが、命令なしで常にオンになりっぱなし(恒常的活性化)になります。鍵を握るのは、合体相手が持ち込む「二量体化モチーフ」です。これは2つのキナーゼ分子を強制的にくっつける性質で、くっついたキナーゼは自己リン酸化を起こして勝手に活性化してしまいます[5]。甲状腺乳頭がんのRET融合(CCDC6-RETなど)や、肺がんのEML4-ALK融合がこの仕組みで増殖シグナル(RAS/MAPK経路やPI3K/AKT経路)を暴走させます。

💡 用語解説:チロシンキナーゼと「ドライバー」

チロシンキナーゼは、細胞に「増えろ」「生き延びろ」という命令を伝えるシグナルの中継スイッチです。融合によってこのスイッチが入りっぱなしになると、細胞は止まらず増え続けます。こうした、たった1つでがん化を強力に押し進める変異を「ドライバー(運転手)変異」と呼びます。逆にいえば、暴走の原因がこのスイッチ1つに絞られているからこそ、そこを止める薬がよく効く——という治療上の大きな利点にもつながります。

② プロモーター・スワッピング:発現の「音量」が暴走する

遺伝子には、どのくらいの量を作るかを決める「プロモーター(音量つまみ)」があります。融合によって、強力なプロモーターを持つ遺伝子のつまみが、本来は控えめに発現しているはずの別の遺伝子に付け替わると、その遺伝子が異常な大音量で過剰発現してしまいます。T細胞性の白血病でみられるTAL1の異常発現(STIL-TAL1)が典型例です。

③ キメラ転写因子:遺伝子の制御を丸ごと乗っ取る

肉腫や白血病には、ゲノム全体の遺伝子プログラムを乗っ取る強力な「キメラ転写因子」を生み出す融合があります。ユーイング肉腫のEWSR1-FLI1や、線維形成性小円形細胞腫瘍(DSRCT)のEWSR1-WT1が代表例です[6]。これらは、本来は別々のタンパク質が持っていた「転写を活性化する部分」と「DNAに結合する部分」を組み合わせることで、正常な細胞には存在しない新しい命令を出すようになります。近年では、こうしたキメラ転写因子が細胞内で「液–液相分離」という現象を起こして特殊な集合体を作り、がんの転写プログラムを強力に駆動することも分かってきました。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「原因が1つに絞れる」ことの希望】

がん薬物療法専門医として日々がんゲノム医療に関わっていると、融合遺伝子という存在には特別な手応えを感じます。多くのがんは無数の変異が複雑に絡み合っていますが、融合遺伝子が見つかったときは「暴走の原因がこのエンジン1つに集約されている」ことが多く、そこを止める薬がしばしば劇的に効くからです。

遺伝カウンセリングの場でも、検査結果に融合遺伝子の名前が並ぶと、ご本人やご家族は不安に感じられます。けれども私は「これは弱点でもあるのです」とお伝えします。原因が見えているということは、狙い撃ちできる的があるということ。分子の言葉を一緒に読み解くことが、次の一手を見つける第一歩になります。

4. 融合遺伝子をどうやって見つけるのか

融合遺伝子を正確に見つけることは、点突然変異を探すよりも技術的に難しく、検査の選び方が結果を大きく左右します。それぞれの方法には得意・不得意があります。

検査手法 主な利点 弱点
FISH(蛍光染色) 細胞の形を保ったまま、1細胞ずつ染色体の再構成を直接見られる。長年の実績 一度に少数の標的しか調べられない。微小な異常は見逃すことがある
RT-PCR 感度が高く、低コストで迅速。治療後の微小残存病変のモニタリングに有用 既知の組み合わせしか検出できない。未知の相手は原理的に見つけられない
DNAベースNGS 変異・コピー数・構造変異を1回でまとめて評価できる 巨大なイントロンや反復配列に切断点があると検出効率が落ちる
RNAベースNGS(RNA-Seq) 実際に発現している融合を直接検出。相手が未知でも捕捉でき、偽陰性が少ない RNAの品質に左右されやすく、高度な解析パイプラインが必要

いま、融合遺伝子診断の主役は次世代シーケンサーを使ったRNAベースのNGS(RNA-Seq)へと移りつつあります。臨床的に重要なキナーゼ遺伝子の中には、イントロン(遺伝子内の非翻訳領域)が数十〜数百キロベースにも及ぶものがあり、DNAを直接読む方法ではカバーしきれません。RNA-Seqは、イントロンが取り除かれた後の「つなぎ目」を直接読むため、複雑な切断点をまるごと迂回して融合を捕まえられるのです。

RNA-Seq導入による融合遺伝子の診断検出率の向上

従来法(FISH/RT-PCR)と比べ、ターゲットRNA-Seqで検出率が改善

63%
76%

FISH/RT-PCR(従来法)

ターゲットRNA-Seq

臨床検体を用いた比較研究で、診断的検出率が63%から76%へ向上したと報告されています[8]

この実用性を一気に高めたのが「アンカーマルチプレックスPCR(AMP)」という技術です。従来は融合する両方の遺伝子を知っていないと検出できませんでしたが、AMPでは片方の遺伝子(ALK・ROS1・RET・NTRKなど)に結合する「アンカー」だけを設計すればよいため、相手がまったく未知でも、つなぎ目を含むキメラ全体を捕まえられます。さらに、こうして得られた膨大なデータから本物の融合だけを見分けるために、STAR-Fusionなどの解析パイプラインや、ChimerDBのような融合データベースが活躍しています[7]

血液だけで腫瘍の情報を追うリキッドバイオプシー(ctDNA解析)も、融合や耐性変異をリアルタイムで追跡する手段として広がっています。組織を取りにくい場合や、治療効果・再発のモニタリングに有用です。当院でも、化学療法・免疫療法の効果確認や術後の再発監視を目的としたリキッドバイオプシーforモニター検査を提供しています。

5. 融合遺伝子を狙い撃つ「がん種横断的治療」

恒常的に活性化したキナーゼが見つかれば、それを止める「チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)」が強力な武器になります。肺がんのALK融合に対するクリゾチニブやアレクチニブ、ROS1融合に対するエントレクチニブ、RET融合に対するセルペルカチニブなどは、標的を持たない従来の化学療法と比べて、奏効率と生存期間を大きく改善してきました[9]

💡 用語解説:がん種横断的治療(Tumor-Agnostic)

これまでがんの薬は「肺がんの薬」「乳がんの薬」のように、がんが発生した臓器ごとに使い分けるのが当たり前でした。がん種横断的治療は、この常識をくつがえし、「臓器を問わず、特定の遺伝子異常(融合遺伝子など)を持っているかどうか」で薬を選びます。同じ遺伝子変異を持つ患者さんを臓器横断的に集めて評価する臨床試験をバスケット型臨床試験と呼びます。

この考え方の最も鮮やかな成功例が、NTRK融合を標的とする治療です。NTRK融合は、肺がんなどではごくまれですが、乳児線維肉腫や分泌型乳がん・唾液腺分泌がんなどでは高頻度にみられ、成人から小児まで多種多様ながんに広く分布します。2018年にラロトレクチニブ、2019年にエントレクチニブがアメリカで迅速承認され、これは「遺伝子変異だけを根拠に、臓器を問わず承認された世界初のがん治療薬」となりました[10]

ラロトレクチニブの臨床試験では、客観的奏効率(ORR)が75%という、これだけ多様ながんを集めたコホートとしては前例のない結果が示されました[10]。しかも、相手の遺伝子が何であっても、つなぎ目の構造がどうであっても、同じように高い効果が得られた点が画期的でした。さらに2024年6月には、ROS1とNTRKの両方を標的とする次世代薬レポトレクチニブが、12歳以上の小児・成人のNTRK融合陽性固形がんに対して、がん種横断的に迅速承認されています[11]

融合遺伝子以外にも、現在アメリカで承認されている主な「がん種横断的治療薬」には、MSI-H/dMMR固形がんに対するペムブロリズマブやドスタルリマブ、BRAF V600E変異固形がんに対するダブラフェニブ+トラメチニブ、RET融合固形がんに対するセルペルカチニブ、そしてHER2陽性(IHC 3+)固形がんに対するトラスツズマブ デルクステカン(T-DXd)などがあります[12]。なお、近年はNTRK同様の二重特異性抗体ゼノクツズマブがNRG1融合陽性のがんに承認されるなど、融合を標的とする選択肢は今も広がり続けています。

6. 治療への抵抗性と、それを乗り越える次世代薬

強力な分子標的薬でも、長く使い続けると、がんはやがて薬をかいくぐる「獲得耐性」を身につけてしまいます。耐性は大きく2種類に分かれます。

ひとつは「オンターゲット耐性」で、薬が結合するキナーゼ自体に新しい点突然変異(ミスセンス変異)が生じ、薬がはまらなくなるパターンです。代表例がNTRK1のG595R変異(ソルベントフロント変異)で、第一世代の薬を無効化します。もうひとつは「オフターゲット耐性」で、標的キナーゼは止まったままなのに、KRASなど別の経路が活性化して増殖シグナルを迂回(バイパス)してしまうパターンです。

💡 用語解説:ソルベントフロント変異・ゲートキーパー変異

どちらも、薬がキナーゼの「鍵穴」にはまり込むのを邪魔する変異です。ソルベントフロント変異(NTRK1のG595Rなど)は鍵穴の入り口付近で薬の進入を妨げ、ゲートキーパー変異は鍵穴の最も奥で「門番」のように立ちはだかります。これらに対抗するため、薬の形を分子設計レベルで作り変えた次世代薬が開発されています。

オンターゲット耐性を乗り越えるために、第一世代を無効化する変異にも効くよう設計されたのが第二世代・次世代薬です。セリトレクチニブ(LOXO-195)はソルベントフロント変異やゲートキーパー変異に対して強い阻害活性を持ち、第一世代に耐性がついた患者さんへの「逐次療法」の希望となっています。レポトレクチニブは「マクロサイクル(大環状)構造」という独特の形によって、変異で生じた立体的な障害を巧みに避けて鍵穴の奥深くに結合できる点が特徴です。一方で、KRAS変異などのオフターゲット耐性が出た場合は、もはやTRKを止めるだけでは不十分で、下流の経路を直接狙う併用療法など、新しい戦略への切り替えが必要になります。

7. 進化における融合遺伝子:「新しい遺伝子」の源

融合遺伝子は、がんの文脈では「悪役」として語られます。しかし進化生物学の視点から見ると、融合は単なるエラーではなく、まったく新しい遺伝子を生み出す「進化の原動力」でもあります。既存のタンパク質のパーツを新しく組み合わせることで、これまでになかった機能(新機能化)が生まれることがあるのです。

イネ属(Oryza)のゲノムを網羅的に調べた研究では、合計310個もの機能的な融合遺伝子が見つかりました[13]。新たな融合遺伝子の発生率は昆虫よりはるかに高く、見つかった融合の44%以上が実際にRNAとして発現し、90%以上が「重要な配列を守ろうとする選択(純化選択)」のシグナルを示していました。さらにCRISPRでこれらの融合遺伝子を壊すと、発芽率の低下や根・芽の異常など、生存に直結する形質に影響が出たのです。融合遺伝子は、病気の原因であると同時に、生命が新しい機能を獲得していく普遍的な仕組みでもある——この二面性こそが、分子生物学の奥深さを物語っています。

8. 遺伝診療とのつながり:体細胞と生殖細胞系列

融合遺伝子の話で、患者さんが最も不安に感じるのは「これは家族に遺伝するのか」という点です。ここはとても大切なので、はっきりお伝えします。がんでみられる融合遺伝子の大半は「体細胞変異」、つまり生まれた後にがん細胞だけで起こった変化であり、生殖細胞(精子・卵子)には存在しないため、子どもに遺伝することは基本的にありません

💡 用語解説:体細胞変異と生殖細胞系列変異

体細胞変異は、生まれた後に体の一部の細胞(多くはがん細胞)だけに生じる変化で、子どもには受け継がれません。一方生殖細胞系列変異は、精子・卵子の段階から持っている変化で、全身の細胞に共有され、子どもに遺伝する可能性があります。がんの融合遺伝子のほとんどは前者(体細胞)です。だからこそ「がん組織を調べる検査」で見つかっても、ご家族の遺伝相談とは切り離して考えるのが基本です。

ただし、同じ遺伝子でも「顔」がまったく異なることがあります。たとえばNTRK1遺伝子は、生まれつき両方のコピーが働かなくなると先天性無痛無汗症(HSAN4型)という遺伝する病気を引き起こしますが、後天的に別の遺伝子と融合すると、逆にスイッチが入りっぱなしになってがんを動かすのです。同じ遺伝子が「働きを失う」のか「合体して暴走する」のかで、まったく別の病態になる——ここを正しく見分けることが、検査結果を読み解くうえで欠かせません。

そして、融合遺伝子を検出するNGSやリキッドバイオプシーといった技術は、当院が出生前診断(NIPT)や保因者検査で日々用いている次世代シーケンス技術と同じ土台の上にあります。検査結果をどう受け止め、次にどう動くかを一緒に考える遺伝カウンセリングは、出生前でもがんゲノムでも変わらない、臨床遺伝専門医の中心的な役割です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「遺伝する/しない」を丁寧に切り分ける】

成人の遺伝性腫瘍のカウンセリングを長く担当してきた立場として、「がんの検査で遺伝子の異常が見つかった」と聞いたご家族が、一様に強い不安を抱かれることを、私はよく知っています。けれども融合遺伝子の多くは、がん細胞の中だけで後から起きた変化で、ご家族に受け継がれるものではありません。まずこの一点を、誤解のないようにお伝えすることが何より大切だと考えています。

一方で、同じ遺伝子が生まれつきの病気と後天的ながんの両方に関わる場合もあり、結果の解釈には専門的な知識が要ります。文献を踏まえながら、「この結果はあなたの治療の話なのか、ご家族の遺伝の話なのか」を一緒に整理していく——それが遺伝カウンセリングの本質だと、私は考えています。

9. よくある誤解

誤解①「融合遺伝子は子どもに遺伝する」

がんでみられる融合の大半は体細胞変異で、がん細胞だけに起きた後天的な変化です。生殖細胞には存在しないため、原則として子どもに遺伝することはありません。

誤解②「融合遺伝子=必ず悪いもの」

がんでは強力なドライバーになりますが、進化の場面では新しい遺伝子を生む源にもなります。融合は「エラー」であると同時に、生命が機能を生み出す普遍的な仕組みでもあります。

誤解③「どの検査でも同じように見つかる」

融合の検出は検査法で得意・不得意が大きく異なります。未知の相手との融合はRNA-Seqでないと見逃しやすく、検査の選び方が結果を左右します。

誤解④「一度効けば薬はずっと効く」

長期間の治療では、がんが薬をかいくぐる獲得耐性が生じることがあります。次世代薬や別経路を狙う戦略への切り替えが必要になる場合があります。

10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【分子の言葉を読み解く時代に】

融合遺伝子の物語は、現代医学の最も希望に満ちた章のひとつだと感じます。「白血病の象徴」だったフィラデルフィア染色体が、世界で初めての分子標的治療の的になり、いまではがんの種類すら問わずに「融合そのものを狙う」治療が現実になりました。これは、がんを臓器ではなく分子で理解するという発想の転換そのものです。

もちろん、すべての融合に薬があるわけではなく、耐性という壁も残されています。それでも、検査技術が進み、未知の融合まで見つけられるようになった今、「あなたのがんを動かしている分子は何か」を読み解くことが、次の一手の出発点になります。融合遺伝子という言葉に出会った方が、この記事を通して少しでも全体像をつかみ、落ち着いて次の選択へ進む助けになれば幸いです。

よくある質問(FAQ)

Q1. 融合遺伝子は遺伝しますか?子どもに伝わるのでしょうか?

がんでみられる融合遺伝子の大半は、生まれた後にがん細胞だけで起こる「体細胞変異」です。精子・卵子には存在しないため、原則として子どもに遺伝することはありません。ご家族の遺伝相談とは切り離して考えるのが基本ですが、不安な点があれば臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングでご相談いただけます。

Q2. 融合遺伝子と「ふつうの遺伝子変異」は何が違うのですか?

点突然変異が「文字1つの書き換え」だとすると、融合遺伝子は「2つの遺伝子(文章)がまるごとつながってしまう」大きな構造の変化です。点突然変異より検出が技術的に難しい一方で、暴走の原因が1つの融合エンジンに集約されることが多く、そこを狙い撃つ薬が効きやすいという特徴があります。

Q3. 融合遺伝子を調べるには、どの検査が良いのですか?

既知の融合をモニタリングするだけならFISHやRT-PCRも有用ですが、未知の相手との融合まで漏れなく捕まえたい場合は、RNAベースのNGS(RNA-Seq)が有利です。実際に発現している融合を直接読み取れるため、検出率が高く偽陰性が少ないことが報告されています。どの検査が適切かは、がんの種類や目的によって異なります。

Q4. 「がん種横断的治療」とは具体的にどういう意味ですか?

これまでの抗がん剤は「肺がん用」「乳がん用」のように臓器ごとに選ぶのが原則でした。がん種横断的治療は、臓器ではなく「どの遺伝子異常を持つか」で薬を選ぶ考え方です。たとえばNTRK融合があれば、それが肺がんでも肉腫でも唾液腺がんでも、同じ薬が候補になります。同じ変異を持つ患者さんを臓器横断的に集めて検証する仕組みがバスケット型臨床試験です。

Q5. 標的薬が効かなくなることはありますか?

あります。長期間の治療では、薬がはまる部分に新しい変異が生じる「オンターゲット耐性」や、別の経路が代わりに働き出す「オフターゲット耐性」が生じることがあります。前者には次世代薬(セリトレクチニブやレポトレクチニブなど)、後者には別経路を狙う併用療法など、状況に応じた切り替えが検討されます。

Q6. 融合遺伝子の検査やがんゲノムについて、ミネルバクリニックで相談できますか?

当院は臨床遺伝専門医・がん薬物療法専門医が在籍し、遺伝カウンセリングや、血液で腫瘍の情報を追うリキッドバイオプシーforモニター検査などに対応しています。検査結果の意味づけや、次の選択肢の整理についてご相談いただけます。具体的な治療については、お一人おひとりの状況に応じて適切な医療機関と連携してご案内します。

Q7. 融合遺伝子は出生前に調べられますか?

がんの融合遺伝子は、出生前診断の対象ではありません。これらは生まれた後にがん細胞だけで起こる体細胞の変化であり、胎児の段階で検査する性質のものではないからです。出生前診断(NIPTや羊水検査・絨毛検査)は、染色体数の異常や生まれつきの(生殖細胞系列の)変化を対象としており、目的が根本的に異なります。検査技術としては同じ次世代シーケンスを基盤にしていますが、調べている対象は別物です。

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参考文献

  • [1] Fusion gene. Wikipedia. [Wikipedia]
  • [2] Gene fusion: mechanisms, detection, and applications. Abcam Knowledge Center. [Abcam]
  • [3] Fusion genes and chromosome translocations in the common epithelial cancers. PubMed. [PubMed 19921709]
  • [4] Recurrent Rearrangements in Prostate Cancer: Causes and Therapeutic Potential. PMC. [PMC3733264]
  • [5] RET Gene Alterations in Clinical Practice: A Comprehensive Review and Database Update. Genes (MDPI). [MDPI Genes]
  • [6] Functional Classification of Fusion Proteins in Sarcoma. Cancers (MDPI). [MDPI Cancers]
  • [7] Discovering and understanding oncogenic gene fusions through data intensive computational approaches. PMC. [PMC4889949]
  • [8] Diagnosis of fusion genes using targeted RNA sequencing. PMC. [PMC6437215]
  • [9] Larotrectinib and Entrectinib: TRK Inhibitors for the Treatment of Pediatric and Adult Patients With NTRK Gene Fusion. PMC. [PMC7863124]
  • [10] Efficacy of Larotrectinib in TRK Fusion–Positive Cancers in Adults and Children. PMC. [PMC5857389]
  • [11] FDA grants accelerated approval to repotrectinib for adult and pediatric patients with NTRK gene fusion-positive solid tumors. U.S. FDA. [FDA]
  • [12] Tumor-Agnostic Approvals of T-DXd and Repotrectinib Carry the Field Forward. OncLive. [OncLive]
  • [13] Gene fusion as an important mechanism to generate new genes in the genus Oryza. PMC. [PMC9199173]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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