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メキシレチン(mexiletine/メキシレチン)は、もともと不整脈の飲み薬として使われてきた、古くからある薬です。ところが近年、この薬は遺伝性の筋肉の病気や、遺伝性の不整脈の分野であらためて注目されています。メキシレチンは、細胞の表面にある「ナトリウムチャネル」という通り道の働きをおさえる薬で、その通り道をつくる遺伝子(SCN4A・SCN5A)に変化があって起こる病気に、しくみのうえでぴったり合うからです。この記事では、メキシレチンがどんな薬で、どうやって効くのか、なぜ骨格筋や心臓の遺伝性チャネル病と関わるのか、そして日本と海外で位置づけがどう違うのかを、遺伝専門医の視点で整理します。なお当院は遺伝カウンセリングを行う施設で、この薬の処方を行う場所ではありません。ここでは「薬の使い方」ではなく「薬を通して遺伝子とチャネルの働きを理解する」ことを目的としています。
Q. メキシレチンとは、ひとことで言うとどんな薬ですか?
A. 細胞のナトリウムチャネル(Naチャネル)の働きをおさえる薬です。もともとは不整脈の薬ですが、リドカインに似た「クラスIB」というタイプで、骨格筋のこわばり(ミオトニア)や、SCN5A遺伝子による遺伝性不整脈(LQT3)にも使われます。EUでは非ジストロフィー性ミオトニアの治療薬として承認されています。
- ▶作用:骨格筋・心筋のナトリウムチャネルを「使われすぎているときほど強く」おさえる(使用依存性ブロック)
- ▶効く病気:非ジストロフィー性ミオトニア(NDM)で最も根拠が強く、筋強直性ジストロフィー1型(DM1)やLQT3にも用いられる
- ▶遺伝子との関係:骨格筋はSCN4A、心臓はSCN5Aという遺伝子がつくるチャネルが標的になる
- ▶日本と海外:日本では不整脈と糖尿病性神経障害が保険適応。ミオトニアは国内未承認で、位置づけが国ごとに大きく異なる
1. メキシレチンとは ─ 「古い不整脈薬」の新しい顔
メキシレチンは、局所麻酔薬として知られるリドカインとよく似た構造をもつ薬です。リドカインが主に点滴(静脈注射)で使われるのに対し、メキシレチンは飲み薬として長く使えるのが特徴で、そのため「経口で使えるリドカイン」とも呼ばれてきました。米国の添付文書では、リドカインに類似した「クラスIB」の抗不整脈薬と位置づけられています[1]。
「クラスIB」というのは、抗不整脈薬を作用のしかたで分ける古典的な分類(ヴォーン・ウィリアムズ分類)のなかの一群で、電位依存性ナトリウムチャネルという「通り道」をおさえるタイプを指します。メキシレチンは、この通り道を通る電気の流れを弱めることで、心臓の異常な興奮や、骨格筋の異常な繰り返し発火をしずめます。
この薬が近年あらためて注目されるのは、標的であるナトリウムチャネルそのものが、遺伝性の病気の原因になるからです。骨格筋のチャネルをつくるSCN4A遺伝子や、心臓のチャネルをつくるSCN5A遺伝子に変化があると、チャネルの開け閉めがうまくいかなくなり、筋肉のこわばりや、命に関わる不整脈が起こります。メキシレチンは、その乱れたチャネルの働きを薬で整えられる、数少ない選択肢のひとつなのです。こうしたイオンチャネルの異常で起こる病気は、まとめてチャネロパチー(イオンチャネル病)と呼ばれます。
2. 作用のしくみ ─ 「使われすぎ」を選んでおさえる
ナトリウムチャネルは、細胞の膜にあいた小さな「ナトリウム専用の門」です。この門がすばやく開くことで、ナトリウムイオンが細胞の中へ流れこみ、神経や筋肉、心臓の電気信号(活動電位)が生まれます。心臓ではNaV1.5(SCN5A遺伝子がつくる)、骨格筋ではNaV1.4(SCN4A遺伝子がつくる)が、その主役です。
メキシレチンのいちばんの特徴は、このチャネルを「休んでいるときはあまりおさえず、さかんに開け閉めしているときほど強くおさえる」という性質です。これを使用依存性ブロック(use-dependent block)といいます。正常にゆっくり働いているチャネルへの影響は小さく、異常に速く繰り返し興奮しているチャネルを選んでおさえるため、正常な電気の流れを大きく乱さずに、病的な興奮だけをしずめやすいのです[1]。
💡 用語解説:使用依存性ブロックとは
薬がチャネルにくっつく強さが、チャネルの「働きぐあい」で変わる性質のことです。メキシレチンは、開いた状態・不活性化した状態のチャネルにくっつきやすく、発火の回数が多いほどブロックが強まります。だからこそ、暴走している筋肉や心臓の細胞を、正常な細胞よりも選んでおさえることができます。

メキシレチンは、電位依存性Na⁺チャネルの開口状態・不活性化状態に結合しやすく、チャネルが高頻度に活動するほどブロックが強くなる「使用依存性ブロック」を示します。この性質により、骨格筋のNaV1.4(SCN4A)や心筋のNaV1.5(SCN5A)を介する異常な反復発火・Na⁺電流を抑制します。
この共通のしくみが、一見ばらばらに見える病気――心臓の心室性不整脈、SCN5AによるQT延長症候群3型(LQT3)、そして骨格筋のミオトニア――を、ひとつの薬でつなぐ土台になっています。どれも「ナトリウムチャネルが余計に働きすぎている」という点で共通しているからです。
3. 遅延ナトリウム電流 ─ LQT3を理解するカギ
ナトリウムチャネルは、本来なら開いてナトリウムを通したあと、すぐに閉じる(不活性化する)のが正常です。ところが、SCN5A遺伝子の一部の変化では、この「閉じる」しくみがうまく働かず、チャネルがだらだらと開き続けて、ナトリウムが流れ込み続けてしまいます。この、本来はすぐ止まるはずなのに長く残る電流を遅延ナトリウム電流(late sodium current/レイト・ナトリウム・カレント)と呼びます。
この余分な電流は、心臓の細胞が電気的にリセットされる時間(再分極)を長引かせます。心電図では、それがQT時間の延長としてあらわれます。SCN5Aの機能獲得型変異(チャネルが働きすぎる方向の変化)によって起こるこのタイプが、QT延長症候群3型(LQT3)です。QTが延びすぎると、命に関わる不整脈につながることがあります。
💡 用語解説:機能獲得型変異と遅延ナトリウム電流
遺伝子の変化には、働きが弱くなる「機能喪失型」と、働きが強くなりすぎる「機能獲得型」があります。LQT3では、SCN5Aの機能獲得型変異によってナトリウムチャネルが閉じきれず、遅延ナトリウム電流が増えます。メキシレチンはこの余分な電流を選んでおさえるため、しくみのうえで理にかなった治療になります。
メキシレチンは、この遅延ナトリウム電流を弱めることで、延びすぎたQT時間を短くします。LQT3の患者さんを対象にした34人の観察研究では、メキシレチンによってQTc(心拍数で補正したQT時間)が平均で63ミリ秒短縮し、不整脈イベントを経験した患者さんの割合が22%から3%へと減り、イベントの起こる頻度は約93%減少したと報告されています[2]。これは、遺伝子のしくみに合わせて薬を選ぶ「精密医療(プレシジョン・メディシン)」の一例として注目されました。
ただし注意も必要です。SCN5Aの変異は非常に多彩で、同じLQT3でも変異の種類によって薬の効き方が変わります。変異ごとにチャネルの性質を調べた研究では、メキシレチンへの反応が変異によって異なることが示されており、なかにはチャネルのトラフィッキング(細胞内の正しい場所への輸送)を変える結果、かえって電流が増えてQTが延びる方向に働きうる例も報告されています[14]。ですから「すべてのLQT3に一律に効く」わけではなく、その人の変異でQTが実際に短くなるかを確かめる考え方が大切になります。この「変異の性質によって対応が変わる」という視点は、遺伝医学における個別化医療の基本的な考え方とも共通します。
4. SCN4Aと骨格筋のミオトニア ─ 最も根拠が強い使い道
メキシレチンの効果が、比較試験によって最もはっきり示されているのが、骨格筋のミオトニア(筋強直)です。ミオトニアとは、力を入れたあとに筋肉がすぐにゆるまず、こわばりが続く症状のことです。たとえば強く握った手が、思うようにすぐ開かない、といった困りごとにつながります。
このミオトニアが中心となる病気のひとつが、非ジストロフィー性ミオトニア(NDM)です。NDMは、骨格筋のナトリウムチャネルをつくるSCN4A遺伝子や、塩化物イオンのチャネルをつくるCLCN1遺伝子などの変化で起こる、遺伝性の骨格筋チャネル病です。ミオトニア先天症やパラミオトニア先天症などが含まれます。
2012年に医学誌JAMAに発表された国際的な二重盲検クロスオーバー試験(59人)では、メキシレチン200mgを1日3回内服することで、患者さんが感じるこわばり、客観的に測った手の握りのミオトニア、生活の質(QOL)がいずれも有意に改善しました[4]。この試験は、メキシレチンがNDMの第一選択薬として世界的に位置づけられるきっかけになりました。2021年に発表されたフランスのMYOMEX試験(25人)でも、こわばりの程度が大きく改善したことが確認されています[5]。
💡 用語解説:二重盲検クロスオーバー試験
薬の効果を公平に調べるための方法です。「二重盲検」は、患者さんも医師も、本物の薬か偽薬(プラセボ)かを知らずに評価するしくみ。「クロスオーバー」は、同じ人が期間を分けて本物と偽薬の両方を試し、自分自身の中で比べる方法です。少ない人数でも差を検出しやすい一方、薬の副作用の感じ方から「今どちらを飲んでいるか」が推測できてしまい、評価が偏る可能性がある点には注意が必要です。
近年は、比較の相手も広がっています。2024年にLancet Neurology誌で報告された、メキシレチンと抗てんかん薬ラモトリギンを直接くらべた第3相試験(60人)では、こわばりの改善はどちらも近い程度でした。統計学的に「ラモトリギンがメキシレチンに劣らない」と正式に結論づけることはできませんでしたが、いずれの薬でも症状は同じように改善しており、ラモトリギンがもう一つの選択肢になりうることが示されました[6]。今後は、心臓のリスク、消化器症状のつらさ、妊娠の予定、薬の入手しやすさなどをふまえて、その人に合ったナトリウムチャネル遮断の戦略を選ぶ流れになっていくと考えられます。
筋強直性ジストロフィー1型(DM1)ではどうか
同じ「ミオトニアが出る病気」でも、筋強直性ジストロフィー1型(DM1)はNDMとは別の病気です。DM1は、DMPK遺伝子のCTGリピートという配列が異常に伸びることで起こる多系統の病気で、筋力低下・疲れやすさ・不整脈・中枢神経症状などを伴います。DM1のミオトニアに対しても、メキシレチンは客観的な握りのミオトニアを改善することが、複数の無作為化比較試験で示されています[7]。
ただし、ここは大切な区別です。2021年に報告された6か月間の比較試験では、握りのこわばりは改善したものの、6分間歩行や患者さん自身が感じる負担には明確な改善がみられませんでした[8]。つまりメキシレチンは、DM1の病気の進行そのものを止める薬(疾患修飾薬)ではなく、ミオトニアという症状をやわらげる薬として位置づけられます。DM1はもともと進行性の伝導障害(心臓の電気の伝わりにくさ)を伴うため、NDM以上に心臓の評価が重要になります。なお、DM1ではCTGリピートが世代間で不安定に変化し、親から子へ受け継がれる際に伸長して発症が早まり重症化する「表現促進」がみられます。とくに先天性DM1は母親からの伝達が多く、その背景についてはCTGリピートの母系伝達と伸長のしくみで解説しています。
5. その他の使い道 ─ ALSの筋けいれんと、難治性の不整脈
メキシレチンは、ここまで見た病気以外でも研究されています。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の筋けいれん(こむら返り)に対しては、60人を対象とした第2相の無作為化比較試験で、1日300mgでけいれんの頻度と強さが用量に応じて減ることが示されました。一方で1日900mgでは副作用のために脱落が多く(900mg群で32%が中止、プラセボ群では5%)、忍容性の面から低用量のほうが扱いやすいと報告されています[9]。ただしこれは筋けいれんという症状への効果であり、ALSの進行そのものを変えるという結果ではありません。
心臓では、構造的な心疾患をもつ患者さんのくり返す心室頻拍(VT)に対して、救済的に使われることがあります。ただし現代のエビデンスは限られています。大規模試験VANISHの一部を解析した研究(19人)では、高用量アミオダロンでも抑えられないVTに対して、メキシレチンを追加する方法はカテーテルアブレーション(心臓の異常な回路を焼く治療)に比べて成績が劣り、複合エンドポイント(死亡・VTストーム・適切な電気ショック)に至った患者が90%を超えたと報告されています[10]。アブレーションが可能な患者さんでは、そちらが優先される、という位置づけです。
こうしてみると、メキシレチンの臨床的な立ち位置は、「古い薬だから不要」でも「承認薬だから常に第一選択」でもありません。NDMでは確立した治療、DM1では有効な抗ミオトニア薬、LQT3では遺伝子の背景をふまえた精密治療、難治性VTでは救済的な選択肢――というように、対象によって意味が大きく変わる薬なのです。
院長コラム:ひとつの薬を「遺伝子の目」で見る
メキシレチンは、循環器の分野では長く「古い不整脈薬」として扱われてきました。けれども遺伝子の目で見直すと、この薬はまったく違う顔を見せます。骨格筋のSCN4A、心臓のSCN5A――標的となるナトリウムチャネルの設計図に変化があって起こる病気に、しくみのうえでかみ合うからです。
遺伝医学では、「同じ病名でも、変異の性質によって最適な対応は変わりうる」という考え方が重要です。LQT3でメキシレチンの効き方が変異ごとに異なるという知見は、その典型例です。薬を薬効の分類だけで語るのではなく、その背後にある遺伝子とタンパク質のふるまいまで含めて理解することが、個別化医療では重要になります。
6. 体内での動き(薬物動態)と個人差
メキシレチンは飲み薬として体内によく吸収され、その多くが肝臓で分解(代謝)されます。分解を担う中心がCYP2D6という酵素で、次いでCYP1A2という酵素も関わります。尿にそのまま出ていく(未変化体として排泄される)割合は約1割にとどまり、腎臓よりも肝臓の働きのほうが、体内の薬の量に大きく影響します[1]。
ここで遺伝の話が関わってきます。CYP2D6には生まれつき働きの弱いタイプ(代謝が遅い人)があり、そうした人では薬が体内にたまりやすくなります。こうした「体質によって薬の効き方・副作用の出方が変わる」ことを研究する分野をファーマコゲノミクス(薬理ゲノミクス)といいます。さらにCYP1A2は喫煙によって働きが強まるため、たばこを吸い始めたりやめたりすること自体が、薬の効きめを変える要因になり得ます[11]。
💡 用量表記の落とし穴(塩と本体の違い)
メキシレチンには「塩酸塩(HCl)」としての重さと、「本体(base)」としての重さがあり、塩酸塩100mgは本体でおよそ83mgに相当します。そのため、古い臨床試験の「200mg(塩酸塩)」は、EUのミオトニア治療薬NaMusclaの「167mg(本体)」にほぼ相当します。国や製品によって数字の意味が違うので、mg数だけを単純にくらべることはできません。
肝臓での分解が中心であることは、特別な配慮が必要な人を考えるうえでも重要です。肝機能が低下している場合、薬が体内から消えるまでの時間(半減期)が延びやすく、増量はゆっくり、量は控えめにする配慮が必要になります。EUの製品情報でも、中等度までの肝障害では慎重に、増量の間隔をあけて用い、重度の肝障害では使用を推奨していないとされています[13]。一方、腎臓からそのまま出ていく割合は少ないため、腎機能による調整は肝臓ほど大きくないと考えられていますが、重度の腎障害での使用経験は限られています。こうした「体内での動き」の理解は、薬が効きすぎたり副作用が強く出たりする背景を読み解くうえで欠かせません[1]。
薬どうしの飲み合わせにも注意が要ります。CYP1A2やCYP2D6の働きを妨げる薬(たとえば一部の抗うつ薬や抗不整脈薬)と併用すると、メキシレチンの血中濃度が上がることがあります。逆に、メキシレチン自身がCYP1A2をおさえるため、同じ酵素で分解される気管支拡張薬テオフィリンやカフェインの濃度を上げることも知られています[11]。コーヒーやお茶などに含まれるカフェインとの関係も、こうしたしくみから説明できます。
7. 日本と海外で位置づけが違う
メキシレチンは、同じ薬でも国によって「どんな病気に使う薬か」が大きく異なる、めずらしい例です。
📊 国・地域による位置づけの違い
※同じ薬でも、対象とする患者層とリスクとベネフィットの評価が国ごとに異なるため、適応や禁忌が違ってきます。数値・適応は各国の最新の添付文書・製品情報が基準になります。
とくに重要なのは、米国では「命に関わる心室性不整脈」が適応である一方、EUのミオトニア治療薬では心室性の頻脈性不整脈がむしろ禁忌とされている点です[13]。これは薬理として矛盾しているのではなく、「命に関わる不整脈という高リスクの患者で使う」場合と、「通常は命に関わらないミオトニアの患者で使う」場合とで、許容できる心臓リスクの水準が違うためです。EUの禁忌を「メキシレチンは不整脈に効かない」と読んだり、米国の適応を根拠に「ミオトニアでも心疾患があって安全」と読んだりするのは、どちらも誤りです。
なお日本では、メキシレチンはEUのような形でミオトニアに承認されているわけではありません。海外の情報をそのまま国内にあてはめることはできない、という点は理解しておく必要があります。
8. 副作用と注意点
メキシレチンで比較的多いのは、吐き気・胃のむかつきなどの消化器症状と、めまい・ふるえなどの神経症状で、いずれも量が増えるほど出やすくなる傾向があります。食後に飲む、増量をゆっくりにする、量を減らす、といった工夫で和らぐことが多いとされています[1]。日本の添付文書でも、動悸・めまい・消化器症状などが記載されています[12]。
まれではあるものの重要なリスクとして、心室性不整脈の悪化、心臓の伝導障害、重い皮膚・全身の過敏症(DRESSと呼ばれる薬疹)、肝障害、血球の減少、けいれんなどが知られています[1][13]。とくに心臓に関しては、抗不整脈薬を「命に関わらない不整脈を単に抑える目的」で使うべきではない、という原則(過去の大規模試験CASTの教訓に基づくもの)があり、米国の添付文書でも強く注意されています[1]。
💡 用語解説:忍容性(にんようせい)
薬の効果とは別に、「その人が副作用に耐えて飲み続けられるか」を表す言葉です。メキシレチンは高用量になると忍容性が下がり、途中でやめる人が増えることが臨床試験でも示されています。効果と忍容性のバランスをみながら量を調整することが、実際の使用では重要になります。
妊娠・授乳に関しては、情報が限られています。EUの製品情報では、胎盤を通って胎児へ移行することが知られており、予防的な観点から妊娠中の使用は避けることが望ましいとされています[13]。ミオトニアは妊娠中にかえって悪化することがある一方、妊娠中に使える薬の情報が乏しいため、妊娠の予定がある方では、症状の重さや代替手段、心臓のリスクも含めて個別に考える必要があります。こうした「妊娠・次の世代をどう考えるか」という視点は、遺伝性の病気では特に大切になります。
なお、EUのミオトニア治療薬NaMusclaは、2018年に成人で承認されたのち、2026年には対象が小児にも広げられました[13]。ただし、その根拠となった小児のデータは成人の比較試験ほど大きくはなく、成長期に長期間使ったときの心臓や発達への影響などは、これから積み重ねられていく段階です。海外で対象が広がったことと、日本で同じように使えることは別である点も、あらためて確認しておく必要があります。
こうした効果・副作用・適応の範囲は、国や時期によって異なり、今後も更新されていきます。実際の治療に関する判断は、必ず主治医とご相談ください。この記事は、あくまで「遺伝子とチャネルの働きを理解する」ための解説です。
9. 遺伝診療との接点
メキシレチンという薬は、遺伝診療の視点から見ると、「薬の効き方が、原因となる遺伝子の変化と深く結びついている」ことを教えてくれる、よい教材です。骨格筋のSCN4A、心臓のSCN5A――どの遺伝子にどんな変化(バリアント)があるかによって、病気の起こり方も、薬への反応も変わってきます。
とくにLQT3では、「メキシレチンでQTが実際に短くなるか」という反応そのものが、その人の変異の性質を知る手がかりになります[3]。同じ病名でも変異ごとに対応が変わりうる、という考え方は、遺伝性の病気を診るうえでの基本です。遺伝子検査で見つかった変化が、体にどう影響しうるのかを読み解くとき、こうした「遺伝子と薬のふるまいの関係」は判断材料のひとつになります。
当院では、遺伝性の不整脈や筋疾患に関わる遺伝子検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのか、といった点を、中立の立場で整理してお伝えします。なお当院はこの薬を処方する施設ではなく、メキシレチンそのものの投与や調整は、循環器内科や神経内科など治療を担当する医療機関で行われます。正確な診断にもとづいて今後の選択肢を検討できるよう、遺伝学的な観点から情報を整理します。
10. よくある誤解
誤解①「ただの古い不整脈薬」
メキシレチンは古くからある薬ですが、標的のナトリウムチャネルが遺伝性の筋疾患・不整脈の原因であるため、遺伝性チャネル病の分野で再評価されています。EUではミオトニア治療薬として承認されています。
誤解②「どのLQT3にも同じように効く」
SCN5Aの変異は多彩で、変異の種類によって効き方が変わります。平均ではQT短縮とイベント減少が報告されていますが、なかには逆に働きうる例もあり、一律には扱えません。
誤解③「DM1の進行を止められる」
メキシレチンはDM1のミオトニア(こわばり)を和らげますが、病気の進行そのものを止める薬ではありません。握りのこわばりは改善しても、歩行などに明確な効果はみられませんでした。
誤解④「日本でもミオトニアに使える薬」
日本での保険適応は、頻脈性不整脈と糖尿病性神経障害の症状です。ミオトニアやLQT3は国内では承認された適応ではなく、海外の情報をそのまま当てはめることはできません。
まとめ ─ 薬を「遺伝子のことば」で読み解く
メキシレチンは、循環器の教科書では「クラスIBの古い抗不整脈薬」の一語で片づけられがちな薬です。けれども、その標的であるナトリウムチャネルの遺伝子――骨格筋のSCN4A、心臓のSCN5A――に目を向けると、この薬はまったく違う姿を見せます。遺伝性の筋チャネル病、遺伝性の不整脈、そして遺伝子の性質に合わせた精密治療という、現代的な文脈のなかで再評価され続けているのです。
最も確立した新しい使い道は、非ジストロフィー性ミオトニアの症候性ミオトニアです。一方で、心臓への影響、CYP酵素による代謝の個人差、塩酸塩と本体の換算、そして「症状を和らげること」と「病気そのものを治すこと」を混同しないこと――これらが、この薬を正しく理解するうえでの要点になります。薬を薬効の分類だけでなく、その背後にある遺伝子とタンパク質のふるまいまで含めて読み解く姿勢が、遺伝医療ではますます大切になっていきます。
よくある質問(FAQ)
Q1. メキシレチンとは、どんな薬ですか?
細胞のナトリウムチャネル(ナトリウムの通り道)の働きをおさえる薬です。もともとは不整脈の飲み薬で、局所麻酔薬リドカインに似た「クラスIB」というタイプに分類されます。近年は、骨格筋のこわばり(ミオトニア)や、SCN5A遺伝子による遺伝性不整脈(LQT3)など、遺伝性のチャネル病の分野でも用いられています。EUでは非ジストロフィー性ミオトニアの治療薬として承認されています。
Q2. メキシレチンはどうやって効くのですか?
ナトリウムチャネルを、「休んでいるときはあまりおさえず、さかんに開け閉めしているときほど強くおさえる」という性質(使用依存性ブロック)で効きます。そのため、正常な電気の流れを大きく乱さずに、暴走している筋肉や心臓の細胞の異常な興奮を選んでしずめることができます。LQT3では、閉じきれないチャネルから流れ続ける「遅延ナトリウム電流」をおさえて、延びすぎたQT時間を短くします。
Q3. どの遺伝子と関係がありますか?
骨格筋ではSCN4A遺伝子(NaV1.4というチャネルをつくる)、心臓ではSCN5A遺伝子(NaV1.5をつくる)が主な標的です。SCN4Aの変化は非ジストロフィー性ミオトニアなどの骨格筋チャネル病に、SCN5Aの機能獲得型変異はQT延長症候群3型(LQT3)に関わります。メキシレチンは、これらの遺伝子がつくるチャネルの働きすぎをおさえます。
Q4. LQT3の患者さんには、みんな同じように効きますか?
いいえ。SCN5Aの変異は非常に多彩で、変異の種類によって効き方が変わります。34人の観察研究では平均してQTが短縮し不整脈イベントが減ったと報告されていますが、変異によっては反応が異なり、まれにかえってQTを延ばす方向に働きうる例も報告されています。そのため、その人の変異で実際にQTが短くなるかを確かめる考え方が大切になります。
Q5. 日本ではミオトニアの治療に使えますか?
日本でのメキシレチンの保険適応は、頻脈性不整脈(心室性)と、糖尿病性神経障害にともなう自発痛・しびれ感の改善です。EUのように非ジストロフィー性ミオトニアの治療薬として承認されているわけではありません。海外の情報をそのまま国内にあてはめることはできませんので、実際の治療については主治医にご相談ください。
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