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ファーマコゲノミクス(PGx)とは?遺伝子で変わる薬の効き方・副作用を臨床遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

同じ薬を同じ量だけ飲んでも、よく効く人・まったく効かない人・強い副作用が出る人がいます。その差を生む大きな原因のひとつが、生まれ持った遺伝子の個人差です。ファーマコゲノミクス(PGx)は、この遺伝子の個人差を読み取って「その人に合う薬・合う量」をあらかじめ選ぶための医療です。本記事では、クロピドグレルや抗がん剤の例、日本人を含む東アジアの人に多い体質、検査でわかること、そして遺伝情報だからこそ大切になる遺伝カウンセリングまで、臨床遺伝専門医がわかりやすく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 PGx・薬と遺伝子・プレシジョン医療
臨床遺伝専門医監修

Q. ファーマコゲノミクス(PGx)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 遺伝子の個人差から「薬の効き方」や「副作用の出やすさ」を予測し、一人ひとりに最適な薬と量を選ぶための医療です。薬を分解する酵素や、薬を運ぶ・薬が作用する標的タンパク質の設計図(遺伝子)には個人差があり、これを先に調べておくことで、効かない薬で時間を失うこと・重い副作用を受けることを避けられます。

  • 仕組み → 薬を代謝する酵素(CYPなど)・運ぶトランスポーター・薬の標的の遺伝子の個人差を読み取る
  • 代表例 → 血液をサラサラにするクロピドグレル(CYP2C19)、抗がん剤(DPYD・UGT1A1・TPMT/NUDT15)、HIV治療薬アバカビル(HLA-B*57:01)
  • 日本人で重要 → NUDT15やUGT1A1*6など、東アジアの人に多い体質があり、欧米中心のデータだけでは見逃される
  • 検査の形 → 必要になってから1つずつ調べる「反応的」検査と、先に複数まとめて調べておく「先制的」検査がある
  • 注意点 → PGxの遺伝情報は生涯変わらず、血のつながった家族とも共有される。結果は遺伝カウンセリングとともに受け止めることが大切

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1. ファーマコゲノミクス(PGx)とは?「薬の個人差」を遺伝子で読み解く

ファーマコゲノミクス(Pharmacogenomics、略してPGx)とは、一人ひとりの遺伝的なプロファイルが、薬の代謝(分解)・効きやすさ・副作用の起こりやすさにどう影響するかを調べ、それに基づいて最適な薬と量を選ぶ学問領域です[1]。これまでの医療は、長らく「平均的な患者さん」を想定した標準的な用量を全員に当てはめる考え方(いわゆる一律処方)に頼ってきました。しかし、人のゲノムにはさまざまな遺伝的多型(個人差)が存在するため、同じ薬・同じ量でも、人によって効果や副作用が大きく変わることが明らかになっています[1]。

💡 用語解説:ファーマコジェネティクスとファーマコゲノミクスの違い

この2つはほぼ同じ意味で使われますが、見ている範囲が少し違います。ファーマコジェネティクス(薬理遺伝学)は、特定の1つの遺伝子(たとえばある酵素の遺伝子)と1つの薬の関係という、比較的狭く精密な視点に注目します。

一方のファーマコゲノミクス(ゲノム薬理学)は、複数の遺伝子やゲノム全体の相互作用が、まとめてどのように薬の反応に関わるかという、より広い(パノラマ的な)視点を持ちます。遺伝子は単独で働くのではなく、互いに影響しあうため、全体像をとらえるPGxの視点が重要になっています。本記事では両者をまとめて「PGx」と呼びます。

PGxが扱うのは、生まれ持った体質(生殖細胞系列の遺伝情報)です。つまり、PGxの検査結果は生涯ほとんど変わらず、血のつながった家族とも共有されるという、遺伝情報そのものの性質を持っています。だからこそPGxは、単なる「血液検査のひとつ」ではなく、結果の意味を正しく理解し、家族への影響まで含めて受け止めるための遺伝カウンセリングと地続きの領域なのです。当院のような臨床遺伝専門医が関わる意義も、まさにこの「遺伝情報としての側面」にあります。

2. なぜ同じ薬でも効き方が違うのか:代謝酵素と「代謝型」

飲んだ薬は、体の中で「吸収・分布・代謝・排泄」という流れ(ADME)をたどります。PGxは、この流れに関わる酵素・トランスポーター・受容体の設計図である遺伝子の個人差に注目します[1]。たとえば代謝を担う酵素の遺伝子にミスセンス変異(アミノ酸が1つ入れ替わる変化)や機能喪失型変異があると、薬の分解スピードが変わり、効きすぎたり効かなかったりします。

💡 用語解説:ADME(アドメ)

薬が体内でたどる4つの過程の頭文字です。A=吸収(Absorption)D=分布(Distribution)M=代謝(Metabolism)E=排泄(Excretion)。特に「代謝」では、肝臓のシトクロムP450(CYP)という酵素ファミリーが大きな役割を果たします。CYP2C19・CYP2D6・CYP2C9などはPGxの主役で、これらの遺伝子の個人差が薬の血中濃度を大きく左右します[1]。

PGxでは、酵素のはたらきの強さによって患者さんを4つの「代謝型」に分けて考えます。この分類が、用量調整や薬の選択の土台になります[1]。専門的にはスター(*)対立遺伝子という表記(例:CYP2C19*1、*2、*3)で個人の遺伝子型を整理します。

💡 用語解説:4つの「代謝型」(UM・NM・IM・PM)

薬を分解する酵素の働きの強さで、人は大きく4タイプに分けられます。

  • 超迅速代謝型(UM) → 分解が速すぎる。普通量では薬が足りず効きにくい
  • 正常代謝型(NM) → 想定どおりに分解する標準的なタイプ
  • 中間代謝型(IM) → 分解がやや遅い。減量が必要になることがある
  • 代謝欠損型(PM) → ほとんど分解できない。薬がたまりやすく副作用リスクが高い

ただし、この「速い=有利」「遅い=不利」は薬によって逆転します。飲んだあとに体内で活性型に変わる薬(プロドラッグ)では、分解が速い超迅速代謝型のほうが活性物質を作りすぎて危険になることもあるのです。

💡 用語解説:プロドラッグ

飲んだ時点ではまだ薬として働かず、体内で酵素によって「活性型」に変換されてはじめて効果を発揮する薬のことです。クロピドグレル・コデイン・トラマドールなどが代表例で、変換を担う酵素(CYP2C19やCYP2D6)の遺伝子型が、効果と安全性を大きく左右します。プロドラッグでは「変換できないと効かない」「変換しすぎると危険」という、両方向のリスクが生じるのが特徴です。

3. 循環器の薬とPGx:クロピドグレル・ワルファリン・スタチン

心臓や血管の薬では、用量がわずかにずれただけで血栓・心筋梗塞・脳卒中、あるいは大出血といった重大な結果につながります。そのためPGxの有用性が最も早く確立した分野のひとつです。

クロピドグレルとCYP2C19:効かない体質を先に見つける

クロピドグレルは、ステント治療後などに血栓を防ぐために広く使われる抗血小板薬ですが、プロドラッグであり、肝臓のCYP2C19によって活性型に変換されてはじめて効きます[4]。CYP2C19に機能喪失型変異(*2や*3など)を持つ人では、活性型が十分に作られず、薬を飲んでいてもステント血栓症などのリスクが高い状態が続いてしまいます[4]。この体質は東アジアの人で比較的多いことが知られています。

📊 エビデンス:TAILOR-PCI試験

遺伝子型に基づいて治療を個別化する戦略を検証した大規模試験です。CYP2C19の機能喪失型を持つ人には別の強力な抗血小板薬を割り当てる方針を標準治療と比較しました。あらかじめ決めた12か月時点の主要評価項目では統計的有意水準にわずかに届かなかったものの、治療開始から最初の3か月では約80%のリスク減少、患者さんが経験した総イベント数では統計的に有意な40%の減少が示されました[5]。「全員に強い薬を使って出血を増やす」のではなく、検査に基づいて必要な人に最適な薬を選ぶ意義を支持する結果です。

ワルファリンとVKORC1・CYP2C9・CYP4F2:用量の個人差が大きい薬

血液を固まりにくくするワルファリンは、効きすぎれば出血、足りなければ血栓という、治療の幅がとても狭い薬です。安定して維持できる量は1日1mgから20mgまで人によって大きく異なり、その個人差の約半分が遺伝的な要因で説明できることが分かっています[6]。関係する主な遺伝子は、薬の標的であるVKORC1、薬を分解するCYP2C9、ビタミンKの処理に関わるCYP4F2の3つです[6]。米国の添付文書では、CYP2C9とVKORC1の遺伝子型を組み合わせた推奨開始量が示されています。

VKORC1 / CYP2C9 *1/*1 *1/*2 *1/*3 *2/*3・*3/*3
GG 5〜7 mg/日 5〜7 mg/日 3〜4 mg/日 0.5〜4 mg/日
GA 5〜7 mg/日 3〜4 mg/日 3〜4 mg/日 0.5〜2 mg/日
AA 3〜4 mg/日 3〜4 mg/日 0.5〜2 mg/日 0.5〜2 mg/日

米国添付文書に基づくCYP2C9・VKORC1(-1639G>A)遺伝子型別の推奨1日用量の目安[6]。実際の用量は年齢・体重・併用薬・INRなどを含むアルゴリズムで決定され、日本人の標準量とは異なる場合があります。

スタチンとSLCO1B1:筋肉の副作用を避ける

コレステロールを下げるスタチンでは、肝臓への取り込みを担うトランスポーター(OATP1B1)の設計図であるSLCO1B1遺伝子に変異があると、血中濃度が上がりやすく、重い筋肉の副作用(ミオパチー・横紋筋融解症)のリスクが高まります[7]。ガイドラインでは、こうした体質の方には高リスクの薬を避け、別の薬に変えたり低用量から始めたりすることが推奨されています[7]。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「効いていない」を、検査で先に見抜く】

内科で循環器の薬を扱っていると、「きちんと飲んでいるのに、なぜか効果が乏しい」という場面に出会うことがあります。クロピドグレルのように、本人の努力でも生活習慣でもなく、生まれ持った酵素の体質が背景にある場合があるのです。原因が分からないまま量を増やしたり薬を足したりするより、先に体質を読み解くほうが、ずっと理にかなっています。

ワルファリンも、私が内科の現場で「個人差の大きさ」を痛感してきた薬の代表です。同じ体格でも必要量が何倍も違うことは珍しくありません。PGxは、こうした「説明のつかない個人差」に、分子レベルの言葉で説明を与えてくれます。検査は万能ではありませんが、危険な試行錯誤を一つでも減らせる手がかりになると、現場では感じています。

4. がん治療とPGx:抗がん剤の「致死的な副作用」を避ける

がん領域のPGxには2つの側面があります。1つは、患者さん自身が生まれ持った体質(生殖細胞系列)による抗がん剤の毒性を回避する側面。もう1つは、がん細胞の体細胞変異を狙うコンパニオン診断(CDx)による分子標的治療の側面です。ここでは特に重要な「毒性回避」を解説します。

💡 用語解説:生殖細胞系列変異と体細胞変異

生殖細胞系列変異は、卵子・精子の段階から持っている変異で、全身の細胞に共有され、子どもにも受け継がれ得ます。抗がん剤の毒性回避(DPYD・UGT1A1・TPMT/NUDT15)はこちらの体質を調べるものです。一方体細胞変異は、生まれた後にがん細胞だけに起きる変異で、薬の「標的」を見つけるコンパニオン診断はこちらを調べます。「全身の体質」か「腫瘍の中だけ」かで、検査の目的も家族への意味もまったく変わります。

フッ化ピリミジン系(5-FU・カペシタビン)とDPYD

消化器がんや乳がんで広く使われる5-フルオロウラシル(5-FU)やカペシタビンは、その大部分が肝臓のDPYDという酵素で解毒されます[1]。生まれつきこの酵素の働きが低い人(中間・代謝欠損型)では、薬が異常にたまり、重い骨髄抑制・粘膜炎・消化管毒性など致死的な副作用が起こります[1]。そのため、投与前にDPYDを調べて減量や代替薬を選ぶことが、欧州を中心に強く推奨されています[1]。

イリノテカンとUGT1A1

イリノテカンは、体内で強い活性代謝物(SN-38)に変わって効きますが、その後UGT1A1という酵素で無毒化され排泄されます[1]。UGT1A1*28/*28や*6/*28などの体質を持つ人ではこの無毒化が弱く、SN-38がたまって重い好中球減少や激しい下痢を起こします[1]。日本では、東アジアで重要なUGT1A1*6を含む検査がコンパニオン診断として保険適用されており、PGxが実地診療に根づいた代表例です[15]。

チオプリンとTPMT・NUDT15:日本人で特に重要

白血病の化学療法や炎症性腸疾患(IBD)に使われるチオプリン製剤(アザチオプリン・メルカプトプリンなど)は、「人種・民族による体質差が治療の安全性に直結する」最も象徴的な例です[1]。欧米では長らくTPMTという酵素の体質が骨髄抑制の主因とされてきましたが、日本人を含む東アジアではTPMTが正常でも重い白血球減少を起こす患者さんが後を絶ちませんでした[12]。

その鍵を握っていたのが、別の酵素NUDT15です。NUDT15の機能喪失型(*2や*3など)は、ヨーロッパ系では非常にまれな一方、東アジア・南アジア・ヒスパニック系の人では約8〜14%と高頻度に存在します[12]。TPMTだけを調べると、日本人の主要な毒性リスクを見逃してしまうのです。現在では、投与前にTPMTとNUDT15の両方を含む検査を行うことが、CPICの最新ガイドライン(2025/2026年改訂)や日本の指針で強く推奨され、事実上の標準治療になっています[11]。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「効くか」より先に「安全か」を確かめる】

がん薬物療法を専門としていると、抗がん剤の怖さは「効かないこと」よりむしろ「効きすぎる副作用」にあると、つくづく感じます。DPYDやUGT1A1の体質を投与前に確認するという発想は、まさにその「安全をまず確かめる」プレシジョン医療です。検査を一つ挟むことで、避けられたはずの重い骨髄抑制から患者さんを守れるなら、その価値は計り知れません。

TPMTとNUDT15の物語は、私にとって特別です。欧米のデータをそのまま当てはめれば、日本人の本当のリスクは見えてこない——この事実は、「世界標準」を学びつつも「自分たちの体質」で検証することの大切さを教えてくれます。日本人の安全は、日本人を含むデータで守る。PGxを語るとき、私が最もお伝えしたい視点です。

5. 感染症・精神神経・その他:命を守るPGxの実例

アバカビルとHLA-B*57:01:PGxの圧倒的成功例

HIV治療薬アバカビルは、一部の患者さんで治療開始から6週間以内に致死的な過敏症反応(HSR)を起こす欠点がありました。これがHLA-B*57:01という遺伝子型と強く関連することが判明し、2008年以降、投与前のスクリーニングが標準治療となり、陽性の人には投与が絶対禁忌とされています[10]。大規模な実世界データでは、スクリーニング普及前後で過敏症の発生率が次のように激減しました[10]。

HSR発生率

1.3%0.2%

10万人日あたりの発生

32件12件

6週HSRフリー生存

98.7%99.6%

10万人日あたりのHSR発生率:スクリーニング前後の比較

数値が小さいほど安全(発生が少ない)

32
12

スクリーニング前

(1999〜2008年)

スクリーニング後

(2008〜2016年)

投与前のHLA-B*57:01検査の標準化により、発生率比でみて約69%の劇的な減少。6週時点の過敏症フリー生存も統計的に有意に改善した(p<0.0001)[10]。

抗てんかん薬とHLA-B*15:02:重症の皮膚障害を防ぐ

カルバマゼピンなどの抗てんかん薬は、HLA-B*15:02を持つ人でスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)や中毒性表皮壊死融解症(TEN)という致死的な重症薬疹のリスクが跳ね上がります[9]。この体質は特定のアジア系集団に多く、投与前のスクリーニングが推奨されています[9]。

💡 用語解説:SJS/TEN(重症薬疹)

薬が引き金となって、全身の皮膚や粘膜(口・目など)が広範囲に水ぶくれ・びらんを起こす、命に関わる重い副作用です。スティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)が進行すると中毒性表皮壊死融解症(TEN)になります。一部のHLA型(免疫の型)を持つ人で起こりやすく、投与前にHLAを調べることで未然に防げる代表的なPGxの場面です。

コデイン・トラマドールとCYP2D6:超迅速代謝型の危険

鎮痛薬のコデインやトラマドールはプロドラッグで、CYP2D6によって強い活性物質(モルヒネなど)に変換されます[1]。CYP2D6が超迅速代謝型の人では活性物質が急速に作られすぎ、致死的な呼吸抑制を起こす危険があります[1]。このためFDAは、12歳未満の小児・扁桃摘出後の青年・授乳中の母親へのコデインとトラマドールを厳格に禁忌としています[15]。抗うつ薬(SSRIや三環系)でも、CYP2D6・CYP2C19の代謝型に応じて用量を調整する指針が出ています[8]。

💡 用語解説:G6PD欠損症

G6PD欠損症は、赤血球を守る酵素G6PDが生まれつき少ない体質で、PGxの「原点」とも言われます。特定の薬(抗マラリア薬のプリマキンや、抗がん補助薬のラスブリカーゼなど)や、そら豆などをきっかけに赤血球が壊れる溶血を起こすことがあります。世界的に頻度が高く、地域差も大きいため、「世界中の多様な人々の体質を踏まえた医療」が必要であることを象徴する疾患です。麻酔領域では、筋弛緩薬への遺伝的感受性(悪性高熱症のRYR1、遷延性無呼吸のBCHE)も知られ、PGxは手術の安全にも関わります[15]。

6. 先制的なPGx検査と国際的な仕組み:PREPARE試験とCDx

従来のPGx検査は、薬を出す直前や副作用が出た後に1つずつ調べる「反応的(リアクティブ)」なものが主流でした。これに対し、先に複数の遺伝子をまとめて調べ、結果を生涯カルテに残しておく「先制的(プリエンプティブ)」な検査の有用性が注目されています。

💡 用語解説:反応的検査と先制的検査

反応的検査は、その薬を使う段になって初めて該当する1遺伝子を調べる方法で、結果が出るまで治療開始が遅れることがあります。先制的検査は、健康なうちに複数の重要遺伝子をまとめて調べておき、将来どの薬が必要になっても即座に参照できるようにする方法です。遺伝情報は生涯変わらないからこそ、一度調べておけば長く役立つ、という発想です。

この先制的アプローチを国際的な超大規模スケールで実証したのが、2023年に発表されたPREPARE試験です。欧州7か国・約6,900名を対象に、12遺伝子のパネル検査(DPYD・TPMT・UGT1A1・CYP2C19・CYP2D6など、40以上の臨床的に重要なマーカーを網羅)をあらかじめ実施し、その情報に基づいて処方する群と標準治療群を比較しました[13]。その結果、PGxに基づいて処方を最適化した群は、臨床的に意義のある副作用(ADR)を約30%減らすことに成功しました[13]。さらに、多国間の費用対効果分析では、先制的PGxパネル検査は単に費用対効果が高いだけでなく、トータルで費用削減につながる場面もあることが示されています[14]。

こうしたエビデンスを臨床現場に翻訳しているのが、国際的なナレッジベースとガイドラインです。コンパニオン診断(CDx)のように特定の薬と一体で承認される検査に加え、CPIC(臨床薬理ゲノミクス実装コンソーシアム)が無償で標準化されたガイドラインを作成・公開し[2]、その土台をPharmGKBという文献データベースが支えています[3]。欧州ではDPWG(オランダ薬理遺伝学WG)も同様のガイドラインを整備しています。米国FDAは、添付文書に多数の薬剤-遺伝子の関連と推奨を明記しています[15]。代表的な例を整理します。

領域 薬剤 遺伝子 臨床的意義・対応
腫瘍 カペシタビン DPYD 重篤な毒性リスク。減量または投与回避。
腫瘍 メルカプトプリン TPMT・NUDT15 重篤な骨髄抑制リスク。大幅な減量。
神経・精神 カルバマゼピン HLA-B*15:02 重症薬疹(SJS/TEN)。特定集団で事前検査。
感染症 アバカビル HLA-B*57:01 致死的な過敏症。投与絶対禁忌。
循環器 クロピドグレル CYP2C19 効果減弱(LOF保有者)。代替薬を検討。
疼痛 コデイン CYP2D6 超迅速代謝型で呼吸抑制。小児等で禁忌。

FDAが公的に認定している代表的な薬剤-遺伝子の関連と対応の一部抜粋[15]。実際の適応・運用は各国の承認状況により異なります。

7. 「多様性の欠如」と臨床遺伝専門医の役割

PGxには、解決すべき重要な倫理的課題があります。それは、これまでの大規模な遺伝研究の多くがヨーロッパ系の人に偏ってきたという「多様性の欠如(Diversity Gap)」です[14]。世界全体で見れば多数派であるはずの非ヨーロッパ系の集団が、医療データ上では極端な少数派になっているのです。

この偏りを十分な検証なしに多様な集団へ当てはめると、その集団特有のリスクを見逃す危険があります。先に述べた東アジア人のNUDT15変異は、まさにその典型でした[12]。最先端の医療が、かえって健康格差を広げてしまわないために、多様な集団を組み込んだデータづくりが急務とされています[14]。なお人種(Race)は生物学的な区分ではなく社会的に作られた概念であり、複雑な遺伝的多様性を正確に表せない点にも注意が必要です。

PGxの結果は生まれ持った体質であり、生涯変わらず、血のつながった家族とも共有されます。だからこそ、ある人にPGxの重要な体質が見つかったとき、家系内での確認(カスケード)や、結果の意味・家族への影響を整理する遺伝カウンセリングが大切になります。また患者さんは、遺伝情報の漏洩による「遺伝的差別」への不安も抱きやすく、こうした心理社会的・倫理的な配慮こそ、臨床遺伝専門医が関わる意義といえます。

8. よくある誤解

誤解①「速く代謝できる体質ほど薬が効く」

薬によって逆です。クロピドグレルやコデインのようなプロドラッグでは、代謝が速すぎると活性物質が作られすぎてかえって危険になります。「速い=有利」ではなく、薬ごとに意味が変わります。

誤解②「欧米のデータがあれば日本人も同じ」

違います。チオプリンのNUDT15や、イリノテカンのUGT1A1*6など、東アジアの人で特に重要な体質があります。欧米中心の検査だけでは、日本人の主要なリスクを見逃すことがあります。

誤解③「PGxはがんを調べる検査と同じ」

目的が違います。PGxの毒性回避は生まれ持った体質(生殖細胞系列)を調べます。がんの薬を選ぶコンパニオン診断の多くは腫瘍そのもの(体細胞)を調べます。同じ遺伝子でも、調べる対象で意味が変わります。

誤解④「一度きりの単なる血液検査だ」

PGxの結果は生涯変わらず、家族とも共有される遺伝情報です。だからこそ、結果の意味や家族への影響を整理する遺伝カウンセリングとともに受け止めることが大切です。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「平均的な患者さん」から、あなた自身へ】

医療は長いあいだ、「平均的な患者さん」を想定してきました。けれど現場に立つと、平均にぴったり当てはまる人など、実はほとんどいないことに気づきます。ファーマコゲノミクスは、その「平均」から一歩踏み出して、あなた自身の設計図に合わせて薬を選ぶための、静かで確実な技術です。

PGxはまだ発展途上で、すべての薬や、すべての地域の人々のデータが揃っているわけではありません。だからこそ、世界標準を学びつつ、日本人を含む多様な体質を大切にする姿勢が欠かせません。薬の効き方や副作用に不安があるとき、その背景に「体質」が隠れていることがあります。気になることがあれば、遺伝情報を正しく読み解く専門家に、どうぞお気軽にご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. ファーマコゲノミクス(PGx)の検査は、どんなときに役立ちますか?

特定の薬を使う前に、効果や副作用のリスクが体質によって変わる場面で役立ちます。代表例は、血液をサラサラにするクロピドグレル(CYP2C19)、抗がん剤(DPYD・UGT1A1・TPMT/NUDT15)、HIV治療薬アバカビル(HLA-B*57:01)、抗てんかん薬カルバマゼピン(HLA-B*15:02)などです。最近は、複数の遺伝子をまとめて先に調べておく「先制的」な検査も広がっています。

Q2. PGxの結果は一度調べれば一生使えますか?

はい。PGxが調べるのは生まれ持った体質(生殖細胞系列の遺伝情報)で、原則として生涯変わりません。だからこそ、一度調べておけば将来どの薬が必要になっても参照でき、結果を生涯カルテに残しておく「先制的検査」の発想につながっています。ただし結果の解釈は、新しいエビデンスやガイドラインの更新で精緻化されることがあります。

Q3. 日本人が特に気をつけるべきPGxの体質はありますか?

あります。チオプリン製剤の副作用に関わるNUDT15や、イリノテカンに関わるUGT1A1*6は、東アジアの人で重要度が高い体質です。欧米中心のデータだけでは見逃されやすく、日本ではNUDT15やUGT1A1を含む検査がコンパニオン診断として保険適用されています。「世界標準+日本人の体質」の両方を踏まえることが大切です。

Q4. PGxの検査と、がんのコンパニオン診断は同じものですか?

重なる部分はありますが、目的が異なります。抗がん剤の毒性を避けるPGx(DPYD・UGT1A1など)は「生まれ持った体質」を調べます。一方、がんの薬の標的を探すコンパニオン診断の多くは「腫瘍そのもの(体細胞)」を調べます。BRCAのように両方の意味を持つ場合もあり、その際は遺伝カウンセリングが重要になります。

Q5. PGxの結果で「遺伝的差別」を受ける心配はありませんか?

遺伝情報の取り扱いに不安を感じる方は少なくありません。PGxの結果は生涯変わらず家族とも共有される情報のため、プライバシー保護や差別への懸念は世界的にも重要な課題とされています。こうした心理社会的・倫理的な配慮を含めて結果を受け止められるよう、遺伝カウンセリングを通じてサポートすることが大切だと考えています。

Q6. ミネルバクリニックではPGxについてどんな相談ができますか?

当院は臨床遺伝専門医が在籍し、遺伝情報を「治療の選択」と「家族への意味」の両面から読み解くことを大切にしています。薬の効き方・副作用に体質が関わっているのではと感じる場合や、遺伝子検査の結果の受け止め方について、遺伝カウンセリングを通じてご相談を承ります。実施可能な遺伝子検査の内容についてもご案内します。

Q7. なぜ「先制的」にまとめて検査するほうがよいのですか?

薬を出す段になって1つずつ調べる「反応的」検査では、結果が出るまで治療が遅れることがあります。先に複数の重要遺伝子をまとめて調べておけば、将来どの薬が必要になっても即座に参照できます。欧州の大規模なPREPARE試験では、こうした先制的アプローチで臨床的に意義のある副作用が約30%減ることが示され、費用面でも合理的であることが報告されています。

🏥 薬と遺伝子・遺伝子検査のご相談

薬の効き方・副作用と体質の関係や
遺伝子検査の結果の受け止め方に関するご相談は
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にどうぞ。

参考文献

  • [1] Pharmacogenomics Overview. StatPearls, NCBI Bookshelf. [NCBI NBK617055]
  • [2] Clinical Pharmacogenetics Implementation Consortium (CPIC). ClinPGx. [ClinPGx CPIC]
  • [3] PharmGKB: The Pharmacogenomics Knowledge Base. PMC. [PMC4084821]
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  • [7] CPIC Guidelines for SLCO1B1 and Statin-Induced Myopathy (Supplement). CPIC. [CPIC Statins]
  • [8] CPIC Guideline for CYP2D6, CYP2C19, CYP2B6, SLC6A4, HTR2A and Serotonin Reuptake Inhibitor Antidepressants. PMC. [PMC10564324]
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  • [14] Bridging Genomics’ Greatest Challenge: The Diversity Gap. PMC. [PMC11770215]
  • [15] Table of Pharmacogenetic Associations. U.S. Food and Drug Administration (FDA). [FDA]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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