目次
- 1 1. SPTBN5関連神経発達症候群とは ─ まだ「候補」の段階にある病気です
- 2 2. スペクトリンとは何か ─ 細胞を裏側から支える「しなやかな骨組み」
- 3 3. 主な症状 ─ 知的障害・てんかん・攻撃的行動が三本柱です
- 4 4. 最初に報告された4つの家系 ─ 症状には個人差があります
- 5 5. 似た病気との違い ─ スペクトリン病はそれぞれ「顔つき」が違います
- 6 6. 変異と体への影響 ─ どこが壊れるかで意味が変わります
- 7 7. 病原性をめぐる論争 ─ 「本当に原因なのか」が問われています
- 8 8. 診断の進め方 ─ 網羅的なゲノム解析が出発点になります
- 9 9. 遺伝カウンセリングの実際 ─ 「不確かさ」とどう向き合うか
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
SPTBN5関連神経発達症候群は、世界でも報告例がごく少ない超希少な候補疾患です。知的障害・発達の遅れ・てんかん、そして強い攻撃的な行動を主な特徴としますが、実はこの病気には「本当にSPTBN5遺伝子が原因なのか」という専門家の間の論争が続いています。まれな病気ですが、そこで交わされている議論は、「遺伝子に変化が見つかった」ことと「それが病気の原因だと確定した」ことの間にある深い溝を映し出しており、ゲノム医療全体を理解するうえでも重要なテーマです。本記事では、症状から他のスペクトリン病との違い、病原性の論争、そして遺伝カウンセリングの実際までを、遺伝専門医の視点でやさしく整理します。
Q. SPTBN5関連神経発達症候群とは、どんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. SPTBN5という遺伝子の変化に関連して報告された、知的障害・発達の遅れ・てんかん・強い攻撃的な行動を主な特徴とする神経発達症候群です。2022年に4家系が初めて報告され、2026年には両アレル性(biallelic)SPTBN5変異をもつ患者も報告されました。一方、健康な人にも同じような遺伝子変化が数多く見つかるため、SPTBN5と神経発達症との因果関係や遺伝形式は、なお確立していません。他のスペクトリン病でみられる小脳の萎縮などは認められないのが特徴です。
- ➤中核症状 → 生後1年以内から現れる発達の遅れと、軽度〜重度の知的障害
- ➤てんかん・行動面 → 報告された患者ではてんかんが高頻度。攻撃的行動が目立つ点が特徴的
- ➤脳画像 → 小脳の萎縮などの明らかな異常は認められず、脳梁の所見が一部で指摘される程度
- ➤病原性の論争 → 健康な人にも同様の変化が多く、原因遺伝子として確定していない
- ➤遺伝カウンセリングの要点 → 「不確実さ」をどう受け止めるかが、この病気ならではの課題
🧬 SPTBN5関連神経発達症候群の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. SPTBN5関連神経発達症候群とは ─ まだ「候補」の段階にある病気です
この病気は、SPTBN5という遺伝子の変化に関連して、知的障害・発達の遅れ・てんかんが起こると2022年に初めて報告された神経発達症候群です。2026年には新たな症例を含む系統的レビューも報告され、疾患関連を支持する知見が追加されました。一方で、集団データとの不整合や遺伝形式・疾患機序の不確かさが残っており、現時点でも「原因遺伝子」として確立したとは言い切れない段階です。
神経発達症(神経発達症候群)とは、生まれつき、あるいは発達のごく早い時期から脳の育ち方に影響が現れ、知的な発達・言葉・行動などに困りごとが生じる病気の総称です。SPTBN5関連神経発達症候群では、生後1年以内から発達の遅れが目立ちはじめ、その後に軽度から重度まで幅のある知的障害へとつながっていくことが、報告された患者に共通していました[1]。
SPTBN5がつくるのは「βV(ベータ・ファイブ)スペクトリン」という、細胞の形を裏側から支える骨組みのようなタンパク質です[2]。同じスペクトリンの仲間であるSPTAN1・SPTBN1・SPTBN2・SPTBN4の変化は、てんかんや小脳の運動失調など、さまざまな神経の病気を起こすことが以前から知られていました[1]。SPTBN5だけが長い間、ヒトの病気と結びつけられていなかったのです。
ここで大切なのは、「この病気かもしれない」と言われたご本人・ご家族にとって、いま医学がどこまで分かっていて、どこから先が未確定なのかを正しく知ることです。原因が完全には確定していないという事実は不安を呼び起こしますが、逆に言えば「決めつけずに慎重に考える余地がある」ということでもあります。この記事では、その線引きをはっきりさせながら話を進めていきます。
2. スペクトリンとは何か ─ 細胞を裏側から支える「しなやかな骨組み」
スペクトリンは、細胞膜のすぐ内側に網の目のように張りめぐらされ、細胞の形・柔らかさ・機械的な強さを保つタンパク質です。SPTBN5はその一員をつくる、非常に大きな遺伝子です。
📘 用語解説:スペクトリン(spectrin)
スペクトリンは、αサブユニットとβサブユニットが組み合わさって細長い二量体をつくり、それが頭どうしでつながって、細胞膜の裏側に大きな網目状のネットワークを形成します。赤血球では膜のしなやかさを支え、神経細胞では信号を出し入れする大切な場所(軸索の付け根やランヴィエ絞輪など)を正確に組み立てる役割を担っています。βサブユニットにはSPTB・SPTBN1・SPTBN2・SPTBN4・SPTBN5の5種類があり、SPTBN5はそのうち最も大きなタンパク質の一つ、βVスペクトリンをつくります[2]。
βVスペクトリンは、3,674個のアミノ酸からできた巨大なタンパク質で、大きく3つの部品(ドメイン)に分かれています[1]。頭の側にある「カルポニンホモロジー(CH)ドメイン」は、細胞の骨組みであるアクチンという繊維につかまる手のような部分です。中央の大部分(全体の約90%)を占める「スペクトリンリピート」は、バネのように伸び縮みして張力に耐える弾力を生み出し、αスペクトリンとつながる接着面にもなります。そして尾の側にある「プレクストリンホモロジー(PH)ドメイン」は、細胞膜の脂質にくっついて、この網目を膜へと固定します[1]。
この3つの部品がどこに並び、報告された変化がどこで起きたのかを図にすると、次のようになります。どの部品が壊れるかによって、体への影響のしかたが変わってきます。

SPTBN5は脳や脊髄だけでなく、胃の上皮細胞、消化管の平滑筋、網膜、内耳、心臓など、体の広い範囲ではたらいています[3]。この「あちこちで使われている」という事実が、ご本人・ご家族にとっては大切な意味を持ちます。つまり、もしこの遺伝子の変化が本当に影響しているなら、症状が脳だけにとどまらず、胃食道逆流症や便秘といった消化器の困りごととして現れても不思議はない、という説明の裏づけになるのです。
3. 主な症状 ─ 知的障害・てんかん・攻撃的行動が三本柱です
報告された患者に共通していたのは、発達の遅れと知的障害、てんかん、そして強い攻撃的な行動です。加えて、特徴的な顔つき、手足の指の変形、胃食道逆流症などの消化器症状を伴うことがあります。
まず中心となるのは、生後1年以内から現れる全体的な発達の遅れと、それに続く軽度から重度までの知的障害です[1]。言葉の獲得の遅れや、言葉を使わない場面での学習のしにくさも、しばしば報告されています。
特に目立つのが、行動面・精神面の症状です。自閉スペクトラム症(ASD)に似た、人とのやりとりのしにくさに加えて、多動、睡眠の乱れ、強い不安などが広くみられました[1]。2026年に報告された、スペクトリン病をまとめて分析した総説では、攻撃的な行動がSPTBN5関連の患者の66.7%に認められたとされ、これは他のスペクトリン病と比べても際立った特徴でした[4]。ただし、この割合は対象となった患者数がごく少ないうえでの数字である点は、読み取るときの注意点です。壁に頭を打ちつけるといった自分を傷つける行動が報告された例もあり、ご家族の負担が大きくなりやすい部分です[1]。
神経の症状に加えて、胃食道逆流症(GERD)や慢性の便秘、それにともなう食べにくさも、しばしば報告されています[1]。前の章でふれたとおり、SPTBN5は胃の上皮細胞や消化管の平滑筋でもはたらいているため、これらの消化器症状は「脳の障害のついで」ではなく、遺伝子の変化そのものによる症状の一つである可能性が指摘されています[3]。お子さんが繰り返す吐き戻しや便秘は、神経の症状とは別の「たまたま」ではなく、同じ根っこから来ているかもしれないという視点は、日々のケアを組み立てるうえで役に立ちます。
また、手足の指が内側に曲がる斜指症やクモ状指といった骨格の特徴や、広い鼻梁・薄い上唇などの顔つきの特徴も報告されています[1]。これらは、βVスペクトリンが体づくりの早い段階で、細胞の骨組みを整える広い役割を担っていることをうかがわせます。
4. 最初に報告された4つの家系 ─ 症状には個人差があります
2022年の最初の報告は、パキスタンの1家系とイタリアの3家系、あわせて4家系でした。それぞれ別々のSPTBN5の変化を持ち、症状の重さや現れ方には個人差がありました。その後、2026年には両アレル性(biallelic)SPTBN5変異をもつ2人も報告され、両者にてんかんがみられた一方、発達は正常から重度の知的障害・自閉スペクトラム症まで幅がありました[4]。この追加報告はSPTBN5と神経発達症との関連を支持する一方、遺伝形式が単純な常染色体顕性だけでは説明できない可能性も示しています。
この4家系は、全エクソーム解析(後述)によって見つかりました[1]。当初の論文では遺伝の状態が「ホモ接合(両方の遺伝子に変化)」と書かれた箇所がありましたが、その後の確認で、実際には片方の遺伝子だけに生じた新生突然変異(de novo)のヘテロ接合であることが示されています[5]。次の表は、4家系の主な特徴を整理したものです。
この表からわかるように、同じ病気とされていても、てんかんの有無や消化器症状の現れ方には家系ごとの違いがあります。ご家族にとって大切なのは、「報告例の一覧は、あくまで幅を示すもの」だと理解することです。誰か一人の重い経過が、そのままご自身のお子さんの将来を決めるわけではありません。なお、当初の報告ではてんかんの頻度は低いと見込まれていましたが、後により多くの症例を集めた分析では、むしろてんかんがこの症候群で最も多い神経症状の一つと位置づけ直されました[4]。知見が新しくなるにつれて像が変わっていくのも、この病気の現在地を映しています。
5. 似た病気との違い ─ スペクトリン病はそれぞれ「顔つき」が違います
スペクトリンの仲間の遺伝子は、それぞれ驚くほど違う症状のパターンを示します。SPTBN5関連は「てんかんの多さ」と「攻撃的行動」が目立ち、「脳の萎縮を伴わない」点で、他のスペクトリン病とはっきり区別されます。
2026年に、91人の患者データをまとめて分析した総説が発表されました[4]。この分析は、遺伝子ごとに臨床像が大きく異なることを浮き彫りにし、鑑別診断(どの病気かを見分けること)の手がかりになります。次の図は、その違いをまとめたものです。
図2:β-スペクトリン病それぞれの特徴(Luoら2026の分析より)
SPTBN1
てんかん(45.5%)と発達遅滞・知的障害。脳画像で萎縮や異常所見が出やすい(DDISBA症候群)
SPTBN2
運動失調(82.4%)が中核。脳画像で重い小脳の萎縮(70.6%)が特徴(脊髄小脳失調症5型など)
SPTBN4
著しい筋緊張低下(91.7%)と重い発達遅滞。先天性ミオパチーや末梢神経障害を伴いやすい
SPTBN5
てんかんの頻度が最も高い(83.3%)。攻撃的行動(66.7%)が多い。小脳萎縮などのMRI異常は認めず(正常100%)
この分析から、SPTBN5関連は、SPTBN2に特徴的な小脳性の運動失調や、SPTBN4の重い筋緊張低下とは一線を画し、「てんかんの多さ」「攻撃的な行動」「脳の萎縮を伴わないこと」という独自の組み合わせを持つことが明確になりました[4]。ご本人・ご家族にとって、この違いは「脳のMRIが正常でも、症状があること自体を否定するものではない」という理解につながります。MRIで小脳の萎縮が見えないことは、SPTBN5関連ではむしろ「らしさ」の一つなのです。
6. 変異と体への影響 ─ どこが壊れるかで意味が変わります
報告された4つの変化は、タンパク質の壊れ方がそれぞれ異なります。頭の部品を不安定にするもの、設計図を途中で止めてしまうもの、表面の性質だけを変えるものがあり、影響の大きさも変わると予測されています。
研究チームは、AlphaFoldという高精度のタンパク質構造予測や、複数の予測プログラムを使って、それぞれの変化がどう影響するかを調べました[1]。順番に見ていきます。
① His89Pro(頭のCHドメイン):頭の部品を形づくるらせん構造の端で、ヒスチジンというアミノ酸が、らせんを壊しやすい性質を持つプロリンに置き換わります。これによってらせんが早く途切れ、頭の部品全体の安定性が損なわれ、アクチン繊維につかまる力が弱まると予測されました[1]。
② Tyr311*(頭の直後で停止):これは設計図を途中で止めてしまう「ナンセンス変異」です。本来はタンパク質の90%以上を占めるはずの中央の弾力部分と、膜に固定するための尾の部品が、まるごと失われた短いタンパク質しかつくられません[1]。4つの中で最も影響が大きいと予測されています。
③ Asn2937Tyr と ④ Glu3262Lys(中央のスペクトリンリピート):この2つは、中央の弾力部分の外側にあり、側鎖が外を向いているため、リピートそのものの形は大きく崩さないと予測されています[1]。ただし、アミノ酸の置き換えによってタンパク質表面の形や電気的な性質が変わり、αスペクトリンとの結合や、他の膜タンパク質とのやりとりに影響する可能性が指摘されています。なお、これら2つの変化は複数の予測プログラムで「無害寄り」とも判定されており、後の章で述べる病原性の論争と深く関わってきます[1]。
ご家族にとって重要なのは、「変化があること」と「その変化が症状を起こすほど強いこと」は別だという点です。同じ遺伝子の変化でも、頭の部品を壊すものと、表面の性質だけを変えるものとでは、意味の重みが違います。この「重みの違い」を理解しておくと、検査結果の説明を受けるときに、数字や専門用語に振り回されずに済みます。
7. 病原性をめぐる論争 ─ 「本当に原因なのか」が問われています
この病気の最大の論点は、「SPTBN5が本当に原因遺伝子なのか」という点です。健康な人の大規模データベースを調べると、同じような遺伝子の変化を持つ人が数多くいることがわかり、当初の説明には強い反論が寄せられました。
最初の報告では、機能を失うタイプの変化があると、片方の遺伝子が残っていてもタンパク質の量が半分に減って病気を起こす、という「ハプロ不全」という仕組みが提唱されました[1]。ところが2022年、別の研究者から、健康な人のゲノムを集めたgnomADというデータベースにもとづく反論が示されました[5]。
⚖️ 反論の2つの柱
① 健康な人にも多すぎる:報告された変化のうち、Glu3262Lysは健康な集団に24個、Asn2937Tyrにいたっては1,042個ものヘテロ接合が確認されています[6]。これほど多くの一般集団中の保有者がいる変化が、重い神経発達症を起こす高浸透率の病的変異だとは考えにくい、というのが第一の反論です。
② 機能喪失に強い遺伝子:SPTBN5は、機能を失うタイプの変化に対する「不寛容さ」を示すpLIスコアが0で、機能喪失にとても寛容な遺伝子です[5]。実際、gnomADにはSPTBN5の機能喪失型の変化がヘテロ接合で9,000以上、ホモ接合ですら190個も登録されています[6]。片方の遺伝子が働きを失う「ハプロ不全」だけでは、重い神経疾患は起きにくい、と考えられるのです。
📘 用語解説:pLIスコアと意義不明変異(VUS)
pLIスコアは、集団データから、その遺伝子がヘテロ接合の機能喪失(LoF)変異にどの程度の選択制約を受けているかを0〜1で推定する指標です。1に近いほどLoF変異が少なく強い制約が示唆され、0に近いほどその制約が弱いことを示します。SPTBN5のpLIは0で、少なくとも「片方の機能を失うだけで重い疾患を起こす」という単純なハプロ不全モデルを支持しにくいデータです。意義不明変異(VUS)とは、見つかった変化が「病気の原因かどうか判断できない」状態のこと。SPTBN5の変化は、まさにこのVUSと判定されやすい典型例です。詳しくは意義不明変異(VUS)とgnomAD・pLI・LOEUFの解説をご覧ください。
こうした集団遺伝学の証拠から、SPTBN5と神経発達症との関連は国際的な評価でも慎重に扱われています。PanelApp AustraliaではSPTBN5はLow Evidence(Red)に分類されており、2022年にはgene-disease relationshipを疑問視する複数のcommentaryも発表されました[5][6]。一方、2026年には新たな症例と系統的レビューが報告され、疾患関連を支持する知見も追加されています[4]。したがって現時点では、SPTBN5を確立した原因遺伝子と断定するのではなく、証拠が更新されつつある候補遺伝子として慎重に評価するのが適切です。
では、患者にみられた症状はどう説明すればよいのでしょうか。有力なのは、機能喪失(ハプロ不全)ではなく、変化したタンパク質が悪さをするタイプ(機能獲得、あるいはドミナントネガティブ効果)ではないか、という考え方です[5]。これは、変化したタンパク質が異常なかたまりをつくったり、正常なαスペクトリンと競い合って正しいネットワークづくりを邪魔したりする、というシナリオです。ただし、これを証明するには、遺伝子の発見だけでなく、変化したタンパク質を使った実験や、モデル動物での機能解析が欠かせません。
8. 診断の進め方 ─ 網羅的なゲノム解析が出発点になります
SPTBN5関連が疑われる状況の多くは、原因のわからない発達の遅れや知的障害・てんかんを調べる過程で、網羅的なゲノム解析を行い、たまたまSPTBN5の変化が見つかる、という流れです。単独では確定できず、症状との統合が欠かせません。
最初の4家系も、全エクソーム解析(WES)という、遺伝子の「タンパク質の設計図にあたる部分」をまとめて読む検査で見つかりました[1]。原因のわからない症状に対して、こうした網羅的な遺伝子検査(WES/WGS)を行うと、これまで名前のつかなかった病気にたどり着けることがあります。次の図は、診断までのおおまかな流れです。
図3:診断の進め方(イメージ)
STEP 1
発達の遅れ・知的障害・てんかんなどの症状を評価
STEP 2
染色体検査などで大きな異常がないか確認
STEP 3
全エクソーム解析(できれば親子3人のトリオ解析)
STEP 4
見つかった変化の意味を症状と合わせて解釈
親子3人でいっしょに調べる「トリオ解析」が役立つのは、その変化が親から受け継がれたものか、お子さんに新しく生じた新生突然変異かを見分けられるからです。ただし、前章で述べたとおり、SPTBN5の変化は健康な人にも多く見つかるため、変化が見つかっても意義不明変異(VUS)と判定されることが多いのが実情です[5]。ご本人・ご家族にとって、これは「検査で変化が見つかった=原因が確定した」ではない、という大切な線引きを意味します。結果は、症状の全体像と照らし合わせて、慎重に読み解く必要があります。
9. 遺伝カウンセリングの実際 ─ 「不確かさ」とどう向き合うか
SPTBN5関連のように因果関係が議論の途中にある病気では、「見つかった変化が本当に症状の原因なのか」という不確かさを、正直に、かつ丁寧に共有することが、遺伝カウンセリングの中心になります。
遺伝カウンセリングでは、まずその不確かさを、隠さずに、わかりやすく伝えることが大切だと考えています。pLIスコアやgnomADに健康な保因者が多く存在するという最新の知見をふまえ、「この変化が症状の直接の原因だと確定したわけではない」ことを、透明性をもってお話しします[5]。曖昧なまま「原因です」と言い切るより、この線引きを共有することのほうが、長い目で見てご家族の助けになると考えるからです。
次に、次のお子さんへの影響や家族計画についてです。2022年に報告された4家系では主に新生突然変異(de novo)のヘテロ接合変異が示され、このようなケースでは次のお子さんに同じ変化が再び起こる確率は一般に低いと説明されます。一方、2026年には両アレル性(biallelic)SPTBN5変異をもつ患者も報告されているため、再発リスクは見つかった変異と両親の保有状況によって個別に評価する必要があります。ただし、ごくまれに親の生殖細胞に変化が潜んでいる可能性(生殖細胞モザイク)もゼロではないため、両親の検査結果をふまえて、正確な情報をお伝えします。「次の子も必ず同じ病気になる」わけではないという事実は、家族計画を考えるうえで大きな意味を持ちます。
そして、日々の困りごとへの対症的な支えです。現在、SPTBN5の変化に対する根本的な治療薬はありません[4]。そのため、てんかんに対する抗てんかん薬の調整、胃食道逆流症や便秘に対する消化器のケア、行動面に対する療育や支援教育など、それぞれの症状に応じたサポートを、各専門診療科が連携して組み立てていくことになります。日本では、原因のわからない病気に取り組む「未診断疾患イニシアチブ(IRUD)」などの枠組みを通じて、詳しい症状データを蓄積し、こうした希少疾患の理解を深める取り組みが進められています。
当院では、こうした場面で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリング・遺伝診療を行い、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人・ご家族にとってどのような意味を持つのかを、中立の立場で整理するお手伝いをしています。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人・ご家族です。
10. よくある誤解
この病気は情報が新しく、しかも論争の途中にあるため、誤解が生まれやすいテーマです。ここでは代表的な4つの誤解を整理します。正しく理解しておくことは、不必要な不安を減らすことにつながります。
誤解①「SPTBN5に変化があれば、この病気だ」
そうとは限りません。健康な人にも同じような変化が数多く見つかっており、変化があること自体は珍しくありません。変化の有無だけで診断はできず、症状と合わせた慎重な解釈が必要です。
誤解②「脳のMRIが正常なら神経の病気ではない」
SPTBN5関連では、他のスペクトリン病でみられる小脳の萎縮などが認められないのが、むしろ特徴です。MRIが正常であることは、症状の存在を否定する根拠にはなりません。
誤解③「原因遺伝子として確定している」
まだ確定していません。2022年には集団データを根拠にgene-disease relationshipを疑問視する反論が出され、PanelApp AustraliaでもLow Evidence(Red)と評価されています。一方、2026年には新たな症例と系統的レビューが報告されており、関連を支持する知見も増えています。機能獲得やドミナントネガティブ、あるいは両アレル性変異を含む複数の疾患機序の可能性を含め、今後の検証が必要です。
誤解④「治す薬がもうある」
現時点で根本的な治療薬はありません。てんかん・消化器症状・行動面など、それぞれの困りごとに対する対症的なケアを組み合わせていくのが、現在の支えの中心です。
🧭 このページを読んだあなたへ
検査でSPTBN5の変化が見つかった方、これから網羅的な遺伝子検査を考えている方、あるいはお子さんの発達の遅れやてんかんの背景を知りたい方まで、この記事にたどり着いた状況はさまざまだと思います。次に確認しておくとよい観点を、いくつか挙げておきます。
・見つかった変化がどう解釈されるかを整理する → 意義不明変異(VUS)/gnomAD・pLI・LOEUF
・遺伝形式と次のお子さんへの影響を知る → 新生突然変異(de novo)/浸透率
・似た病気との違いを確かめる → SPTBN2/SPTBN4/SPTAN1
・検査や結果の相談先を知る → 遺伝カウンセリング・遺伝診療
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] SPTBN5, Encoding the βV-Spectrin Protein, Leads to a Syndrome of Intellectual Disability, Developmental Delay, and Seizures. Front Mol Neurosci. 2022. [PMC9248767]
- [2] Identification and characterization of beta V spectrin, a mammalian ortholog of Drosophila beta H spectrin. J Biol Chem. 2000. [DOI: 10.1074/jbc.C000159200]
- [3] SPTBN5 spectrin beta, non-erythrocytic 5 [Homo sapiens] — Gene. NCBI Gene. [NCBI Gene 51332]
- [4] Luo J, Wang T, Yan H, et al. Clinical characterization of SPTBN1, SPTBN2, and SPTBN5 variants: A case series and systematic review. Seizure. 2026;137:81-90. [DOI: 10.1016/j.seizure.2026.02.018]
- [5] Beijer D, Züchner S. Commentary: SPTBN5, encoding the βV-spectrin protein, leads to a syndrome of intellectual disability, developmental delay, and seizures. Front Mol Neurosci. 2022. [PMC9478934]
- [6] Van De Vondel L, et al. Commentary: SPTBN5, encoding the βV-spectrin protein, leads to a syndrome of intellectual disability, developmental delay, and seizures. Front Mol Neurosci. 2022. [PMC9552555]



